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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第十六章 園尾翠のお話
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第百四話 園尾翠


 彼女は抱きついていた僕の元から離れて、何かをゴソゴソと漁り出す。どうやらキャンプ用品の中のものを探しているようだ。


 そうして、お目当てのものを見つけ出したようで、それを取り出した。



「翠ちゃん?……何をするつもりなんだい?」



 持ち出したのはガスバーナー。

それは小さなもので、僕がオススメして買ったものだ。

彼女はそれに火をつけて、そのまま揺らめく炎を見ている。



「……少しお化粧するの、あなたに、

幸平くんに見つけてもらえるように」



 そして……その火を、自分の顔の左側面へと押し当てた。



「!!! 何をしてるんだ! やめろ!」



 バシッと彼女からガスバーナーを叩き落とし、その火が燃え広がらないように消す。


 彼女は呻きながらもその場で動かずに、焼けた自分の顔を押さえてうずくまっている。



「待ってろ! 今水を持ってくる!」



 急いで階段を駆け下り、大きな器に水を入れてまた彼女の元へと走る。


 彼女は相変わらずそのままうずくまっていたが、僕が戻ってきたのを確認したのか、よろよろと立ち上がってそのまま僕の肩を掴んだ。



「見て! よく見て幸平くん!

……これがあたしの顔よ! この傷がある顔が!

あなたを愛して、あなたに愛されてる女の顔!」



 彼女の顔の左側面の一部、特に左目の中心としたあたりは、バーナーで炙られて皮膚が赤くなってしまっていた。



「……クソ!なんてことをするんだ!」



 僕は急いで彼女の顔に水をかけて、その火傷の応急処置をしようとする。



「これで……これでもう二度と、

あなたに忘れられることなんてないわ……!」


「……もう絶対に君を忘れたりしないし、もう絶対に君を僕から離さないからね!」



 そのまま肩を担いで一緒に階段を下り、お風呂場のシャワーで冷水を浴びせた。二人でずぶ濡れになりながらも彼女がふと、口を開く。



「ねえ幸平くん……」


「今から救急車を呼ぶから手短に頼む」



「キス、してくれる?」



 僕のことを掴む彼女の手は、まるで万力のように僕をその場から動かすまいとしていた。


 やむを得ずに彼女に乱暴に口づけすると、彼女は……今まで見たことがないほどに笑い出した。


 心底楽しそうに、とても彼女とは思えない笑みを浮かべていたのだ。


 その時初めて、僕は人の顔を認識できた気がしたのだ。いや……認識できなかったとしても、その顔だけは絶対に忘れてはならないと思った。


 目を離したら、彼女はどこまでも僕のために壊れてしまう。そんな危うさがそこにはあった。



 結局のところ、彼女の顔を焼いたのは正しく恋の業火だったのではないか。僕はそんなことを思いながらも美しいその顔に手を当てた。


 僕にとってこの最愛の人の顔だけは、絶対に忘れられないものになった。


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