第百三話 可愛さ余って
「再会した時は、本当にショックだったわ」
翠が……いや、翠ちゃんが僕に垂れかかってくる。
ようやく彼女のことを思い出した僕を、責めているのだろうか?
「あたしの心を虜にして、
ずっと心の中をいっぱいにしてくれたあなたが、よりにもよってあたしを忘れているなんて、あたしを覚えていないなんて、とてもとても悲しくて悲しくて……」
そしてそのまま僕をぎゅうっと抱きしめてくる。
その言葉には凄まじいまでの執念と……。
「憎くて、憎たらしくて仕方がなかったの……!」
狂おしいほどの怨嗟が含まれていた。
背中に突き立てられる爪がガリガリと僕の皮膚に突き刺さるのを感じる。
よくもまあ、ここまでの想いを抱えたままで僕と平気な顔で会話ができたものだと感服するしかない。
「可愛さ余って憎さ千倍ってやつかしら?
あなたがあたしのことをなんとも思っていないことを感じるたびに、本当に傷ついたし、憎たらしくて憎たらしくて……」
翠ちゃんが僕の首の根元にカプリと噛み付いたかと思うと、そのままゆっくり歯を立て始める。
犬歯が肉に食い込んでいく感覚と鋭い痛みが走る。
そして、一旦口を離して僕を責めた。
「あたしがどんなに幸平くんを想っていたのか、この数年間片時も幸平くんのことを忘れずにずっとずっと愛し続けたというのに、あなたはあたしのことを何も覚えていないなんて」
彼女にとっては、それこそが生き甲斐というほどの執念にも似た愛だったのだろう。
あの一夏の邂逅から、あの雨の日の別れから延々と僕のことだけを考えて過ごしてきたと思うと、
彼女の今の怒りようにも納得が行くというものだ。
そして、彼女は僕の顔に手を添えてうっとりとした顔で言葉を続ける。
「でも……あなたはあたしに惚れ直してくれた。
あなたの力で、あたしをまた彼女にしてくれた」
はふぅ……という生暖かい息が僕を撫でた。
「あなたが、あたしのために努力している姿を見るたびに心がどんどんと幸せで満たされていった。
あなたがあたしのために、あたしだけのために結果で応えてくれた時にはもう死んでもいいとすら思えたし、あなたに改めて告白された時には幸せすぎて震えたの」
再び、ぎゅうっと抱きしめられる。
今度はまるで聖母のように慈愛に満ちていて、柔らかで暖かい感触を感じられた。
「でも……あなたは、あたしのことを、
あたしの顔を覚えられない……のよね?」
「ああ……僕のせいなんだ。僕が……悪いせいで」
彼女のことをここまで振り回していたのは幼い頃の僕と、今の僕両方だったのだ。
そして、僕はまた彼女のことを傷つけてしまっている。
「安心してね幸平くん。あたし……。
すぐにあなたに覚えてもらえるようにするから」
そう言って、彼女はフラフラと立ち上がった。