第百話 猫ちゃん
その日は、よく晴れた1日だったのを覚えている。
あたしはいつものように幸平くんの家へと向かおうとしている時に、それを見つけてしまったのだ。
「ひっっっ!! あ、あれ……!」
車の往来が少ない田舎道には珍しくあたしの家の前で、どうやら轢かれてしまったと思しき野良猫の死骸が落ちていたのだ。
その状況については省くが……。
まあ、無惨な姿だったのを今でも鮮明に思い出せる。
吐き気を抑えながら逃げるように彼の家に行って、
急いでインターホンを鳴らすと、彼が出てきて事情を問いただしてきた。
「……猫の死体だって? それは本当かい?」
「うん……その、すぐそこにあるの」
「……ちょっと待っててね」
するとバタバタと彼は家に戻って行ったかと思うと、数分後には何やら色々と持ってきた。
マスク、ゴム手袋、ホース、ブルーシート、スコップなどなど
「ど、どうするの……?」
「綺麗に清掃してあげて、埋葬しよう」
つまりは、これからあの猫を弄りまわすということらしい。彼は本気のようでブルーシートを庭に広げて準備をし始めた。
「あ、あたしはどうしよう……?」
「ああ、君は今日は家に帰っていた方がいいかな。
あまり見たくないものを見ると思うし」
bそう言われて、何故だか疎外感を感じる。
あたしは幸平くんと結婚するのに。
仲間外れにされたような気分になった。
「……あたしもてつだう」
「……良いのかい? 相当に辛い作業だよ?」
「うん……でもやるの。ネコちゃんのためにも」
それからのことは、あまり覚えていない。
猫の死骸を拾い集めて道路についた血をホースで洗い流し、猫自体の血も水で流した。
飛び出た中身をできるだけ元通りに戻そうと悪戦苦闘する彼の姿を後ろでぼうっと眺めて。
大きな穴を掘った後は、丁寧に埋葬してあげた。
全てが終わった後には、もう日が暮れていた。
新しく彼の家の庭の片隅に作った石積みのお墓に、二人して手を合わせる。
「……ごめんね。僕の思いつきに付き合わせてしまって」
「ううん。あのネコちゃんのためだもの。
あたしがしたくてやったの」
その日はキスはしないで家に帰った。
夕飯の生姜焼きは何故だかあまり美味しく感じられなかった。
その日から、あたしと幸平くんの間にはどこかギクシャクとした雰囲気が残ってしまった。
猫を一生懸命埋葬してあげている幸平くんは正しい行いをしたはずなのに。どこか、あたしの中で嫌悪感というものが残っていたのだ。
幸平くんはそんなあたしの心を知ってか知らずか、あまりこちらに干渉しようとはしなかった。
もしかすると……もう、あたしと一緒にやりたいことは無くなったのかもしれない。
そんな日々の中で夏休みも終わりに近づいていた。ひぐらしの泣く夕暮れに、あたしはどうにかして幸平くんにさよならを伝えたくて必死に考えた。