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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第二章 二人の日々
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第九話 四葉(さん)


 夏休みの野球部の練習は無くなったものの、当然だが宿題はたんまりとある。


 四葉さんのお見舞いでやることといえば、基本的な介助をしてあげたり、車椅子を押して中庭で寛いだり、彼女に寄り添って手を握ったり、数十分ほど顔を見つめられたり……キスをしたり。


 その度に自分がこんなことをしていいのか、いつかは正気に戻った四葉さんに全てを無かったことにされて、慰謝料を払うように……それ以上に然るべき法での裁きを下されるのではと脳裏によぎる。


 そんな中でも思ったよりも時間は空いていた。なので四葉さんの病室の机で勉強をするのが最近の日課になっていた。……実際、やれることがないから手慰みにしてるだけで、少しも集中などできないのだけれど。


 四葉さんはどちらかというと気分屋で、人懐っこくスキンシップを取りたいときもあれば、一人でテレビや音楽を聴いていたいときもあるようだ。……こういうと、猫みたいな人なのだが。


 それでも自分が傍らにいないと不機嫌になるらしく、とりあえずその左手の届く距離でペンを動かしていた。



ちょいちょい


「……どうかしましたか?四葉さん」



すると……何故だかつーんとした顔をしている。

……困った。理由がわからないぞ……。



「あー……お腹が減りましたか?」



 ハァ……とため息を吐いている。どうやら違ったらしい。

すると四葉さんがテレビを指差した。


 ……恋愛ドラマの再放送のようだ。

主人公と思しき俳優さんが、少し似合わない制服でヒロインのことを強引に呼び捨てにして、デートに連れ出して行く場面のようだ。



「……ええと……? 真似をすればいい、ですか?」



 むぅ……と不満げな様子である。

こういうときに四葉さんは自身の状況を煩わしく思うのかけっこう機嫌が悪くなる。すると痺れを切らしたのか自分の宿題を指差してしきりに急かしてきた。



「しゅ、宿題ですか? 教えてくれるんですか?」



 肯定も否定もせずにこちらを見ずに教材を受け取ると、利き手でない左手でペンを不器用に握ってそのまま何かを探し出す。


 これはお医者さんからの話だが……失語症というのは、何も発声だけの障害ではない。四葉さんの場合は言葉を介する全ての動作、つまりは書くことについてもかなりの障害が残ってしまっているそうだ。だから単語はともかく、文章などは書くことができないと、聞いていたのだが……?



 と、どうやら何かを見つけたようでぴっぴっとバツを書き込んでいるようだ。渡された宿題を見てみると……?



(ん……? 採点、じゃなくて、本文にバツ……?

バツがついてるのは……3?)



 ……? 困ったな、さっぱりわからないぞ。

3がダメっていうのはどういうことなのだろうか?



「四葉さん……その、ごめんなさい。伝えたいことがわからなくて……」



 素直に謝るしかない。簡単なジェスチャーでわかるものならなんとなく察しがつくものの、こういったものは苦手だ。

一応、普段の生活では不自由が無いように、基本的な日常生活の動作に関してはイラストを指差すことで指示を出せるようにしてあるのだが。今回はそういったものではないらしい。



 すると……四葉さんは何かを思いついたようで、自分が押し花にしたあの日受け取った四葉のクローバーの栞を指差した。



「……栞? ……ああいや、四葉……ですかね?」



 グッドサインと同時に深くうなづかれる。

そのあと四葉さんは自身を指差した。



「……四葉さんですね」



 ふるふると首を振って否定される。

……? ……あっ! ああー……!




「ええと……四葉、で良いですか……?」



 うーん……。

今度は否定ではないものの首を傾げてどこか不満げだ。


 ……四葉さんはどうやら自分ともっと親しげに話したいらしい。それこそ世間一般の先ほどのドラマの中の男女のように、だとすると……。



「け、敬語はやめたほうがいい……のかな?」



 するとようやく意図が伝わったとばかりにうんうんと大きくうなづいている。


 いや、一応加害者と被害者という立場なわけだし、こちらとしては四葉さんを敬うべきだと思うのだけども。それに2歳も歳上の女性を相手にタメ口で話すのは……。

罪悪感もあるが単純に、気恥ずかしくて照れてしまう。


 けれども四葉さんはそのままの方がいいようで、何かを期待してじっとこちらを見てくる。



「ええと……四葉。でいいのかな?」



 にっこりと微笑んでもう一回と指でせがんでくる。

そして、俗にいう恋人繋ぎで手を絡められた。



「……四葉」


……♪


「四葉」


……♪♪



 四葉の気が済むまで……そう呼んであげた。


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