第九十九話 はじめてのキス
キス。
酔ったママがあたしにときどきやってくれるけど、ほっぺただけで口と口ではやったことがない。
好きな人同士がやることで、結婚する時にすること。
じゃあ……あたしは幸平くんと結婚しちゃうの?
……幸平くんと結婚したいなぁ
「や、やりたい! キス……キスしよ?」
「いいのかい? こういうのは好きな人とやるものだけど?」
自分から提案しておいて、何故だか渋ってくる彼はずるい人だ。
たぶんあたしの口から了承させようとしているのだろう。
「うん……今日であったばかりなのに、
あたしこうへいくんのことすきだよ」
「……僕も、君のこと好きだな。
素直で可愛くて、それにとても従順だ」
二人して歳に似合わない愛の言葉を囁き、そのまま唇を重ね合わせる。
はじめはただ重ねるだけだったけれど、次第にお互いの舌でぺろぺろと口の中を舐め回すような激しいものになっていく。
数十秒後には、二人とも息を切らして見つめあっていた。
「……あたしたち、けっこんしよう?」
「もちろん責任は取るとも。
これからもよろしくね。翠ちゃん」
その言葉が嬉しくて嬉しくてたまらなくて、あたしは彼に思いっきり抱きついた。
それからの夏休みはとても……とても楽しかった。
彼はあたしを色んなところに連れて行ってくれた。
近所にある駄菓子屋では一緒にチョコのアイスを二人で分け合って食べた。
川に遊びに行って、一緒に水をかけてはしゃいだ。
山で虫取りをして、綺麗な蝶々を捕まえたりした。
絵を描いて、彼の絵がとても上手で驚いたり。
もちろん新婚さんごっこは楽しくて、何回も何回もせがんだ。
そして、別れる時には決まってキスをした。
それも初めての時のように深いものを。
また明日ね。と言われるととても寂しくて仕方がなかった。
そんな悠々自適な日々が続いた時、幸平くんがこう切り出した。
その日は雨の日で、お外に出られなくて幸平くんの部屋で遊んでいたのだ。
「ねえ翠ちゃん。男の子と女の子ってどう違うか、知っているかい?」
「え?どうって……おちんちんがあるかないか?」
「まあそうだねぇ。実際、図鑑でもそう描いてある。
でも……何故だか女の子のことに関しては僕の年齢では見ることができないんだよ」
「それは……えっちだからじゃないかな?」
すると、幸平くんはあたしの手を握って、真っ直ぐに見つめて頼み込んでくる。
あたしはまたドキドキとして、顔が熱くなった。
「男の子の身体に関しては、自分のものを参考にすれば良いから楽なんだけど。女の子のことはさっぱりなんだ」
「あたしも……男の子のからだは、知らないな」
「知らないもの同士……ここは、協力しないかい?」
つまりは、お互いの身体を見せ合おうということらしい。
冷静に今になって思うととても滑稽かつ馬鹿馬鹿しい話であるが、その時のあたしは既に幸平くんに夢中になっていたため、さして疑問に思わなかった。
「うん、見せ合いっこしよう!」
「決まりだね。さ、服を脱いで」
こうして……あたしたちはお互いの身体を隅々まで観察しあった。
どんな感触だとか。どんな味がするだとか。
どんなふうな匂いがするだとか。
心臓の鼓動はどんなふうに聞こえるとか。
小学生のやることにしては異常かつ過激で、とても背徳的な遊びだったけど。
その時のあたしは、幸平くんのことを知りたくて知りたくて仕方がなかったのだ。