第九十八話 たのしいなつやすみ
「僕の名前は木石幸平。年齢は6歳だよ」
「あ、あたしは園尾、翠。同い年だね」
「ふむ、翠ちゃんか。良いねぇ好きな言葉だよ。
緑豊かな自然は僕にとって大好きなものだ。
それにそのツインテールも可愛くて素敵だね」
「そ、そうかな? かわいいかな……?」
好きと言われてドキドキとする。
もちろん自分のことではないのだけれども、イギリスでは馬鹿にされた名前を褒めてもらえてなんだか暖かい気持ちになった。
「もし良かったら、一緒に遊ばないかい?」
「うん! こうへいくんとあそびたい!」
「そうだねぇ、翠ちゃんは何をしたい?」
そう言われてあたしはどうしようと思う。
男の子と遊んだことがないので、何をしたらいいのかわからないのだ。
「おままごと……はつまんないよね?」
「よしわかったよ。一緒におままごとしよう」
私の不安をよそに、彼はどうやら乗り気になってくれたようだ。あたしにとっては生まれて初めておままごとを友達とすることになるので、緊張する。
「じゃ、じゃあこうへいくんがパパであたしがママね。
ちょっとぬいぐるみとってくる!」
「うん、僕も初めておままごとするからね。
色々と教えてほしいな」
母に買ってもらったお気に入りのネコのぬいぐるみを持ってくると、おままごとを開始する。
母親が家で待っていて父親を暖かく出迎える。
なんてことはない普通の家族を一度体験してみたかった。
「じゃあ、こうへいくんはおしごとからかえってきてね」
「わかった」
すると、ごほんと咳払いした後に少し顔つきをキリッとして彼がおままごとをし始める。
「ただいま、翠ちゃん。ごはんはできてるかい?」
「え!? ええと……おかえりなさい。こうへいさん。
ごはんは……どうしよう?」
「君の好物で良いんだよ」
「じゃあ、その、ケーキが良いな」
「くすっ……良いねぇケーキ。僕も好きだよ。
家族で一緒に食べようか?」
「うん! ほら、あたしたちのこどももケーキたべたいって」
今思い出すと、なんとも幼稚な遊びで。
身振り手振りや簡単なおもちゃで遊んでいるだけだったけれど。その時のあたしは人生で一番と言っていいほど満たされていた。
しばらく遊んでいるとおままごとにも飽きたので、今度は幸平くんに何か遊びをしてもらおうと思った。
そう提案すると、彼はなんともにこやかな笑みを浮かべてこう言った。
「じゃあ、ちょっとだけ舌を出してくれるかな?」
「舌? こう?」
んべーっと舌を出してみる。
すると彼はなんとも愉快そうに続ける。
「君は……舌がどんな味なのか知ってるかい?」
「? 舌がどんな味? それなら……??」
ふと自分の舌を舐めようとしてそれができないことに気づく。確かにそうなのだ。舌はそのものが味覚を感じる器官なのだから、その味なんてわかるわけがない。
「……わかんない」
「まあ、所詮は唾液の味だと思うんだけどね。
……考えてみると、気になってこないかい?」
唾液の味と言われるとまあその通りだとは思う。
アイスクリームを舐めた時のように甘くても困るし、汗をかいた後のようにしょっぱくても困る。
「というわけで、今から舌の味を調べようと思うんだけど、良いかな?」
「……? どうやるの?」
「お互いの舌をくっつける」
「……え?! そ、それって……!」
キス。というものになるのではないだろうか?
いや、舌をくっつけるだけだからキスではないのか?
むしろキスよりも高度なことをしてはいないだろうか?
けれど……そんなことを含めて、とても気になっている自分がいた。
「もちろん、嫌なら良いんだよ。無理強いはしないさ」
「あうう……し、舌をくっつけるだけなら……」
言うと、彼はにっこりと素敵な笑顔になってあたしの肩を掴んでじっとこちらを見つめた。
「ほら、舌を出してみて」
「う、うん……ちょっとだけだからね?」
んべ、っと舌を出して目を瞑る。
そうすると、彼が近づいてきて……。
ちょん、と舌に何か暖かいものが当たった。
(こうへいくんの舌が当たってる……!)
ぺろぺろと確かめるように舌が動いたので、あたしも同じように彼の舌を舐める。
唾液の味だとばかり思っていたのだが、何故だかとても甘く、美味しく感じられた。
しかしすぐに彼が離れてしまい、お預けをされてしまう。
「ふぁぁ……とても、あまかったよ……」
「そうかい?奇遇だね。僕もそう感じたよ」
「ね……ねえこうへいくん……」
もう一回、やってみたい。
けれどそういうのは恥ずかしくて、俯いてしまう。
すると幸平くんは俯いた顔を見上げて上目遣いで言ってくれた。
「ねえ、翠ちゃん。僕……もうひとつやってみたいことがあるんだけど」
「! な、なに?いっしょにやろう!」
「うん……キス、って言うのをやってみたいんだ」
その言葉は、幼いあたしにはとても魅力的に聞こえた。