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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第十五章 秘密
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第九十六話 園尾翠の秘密


 僕が彼女に連れられて家を出ると、そのままの足で隣の家へと引きづり込まれる。


 そこの表札は外されていたので僕はてっきり空き家だとばかり思っていた。翠は手慣れた様子で玄関の鍵を開けるとそのまま少し古びた家の中に僕を案内した。



「もしかして……君は僕の家の隣に住んでいたのかい?」


「そうよ。祖父母が他界したから、

今はここにあたししかいないわ」



 じゃあ今までは学校の時間もデートの待ち合わせもわざと僕とずらして来ていたのか。なんとも徹底した秘密主義だと感心せざるを得ない。



「こっちよ。あたしの部屋に行きましょう」


「ああ……うん。わかったよ」



 連れられて二階の部屋に入る。

そこは彼女の匂いに包まれるような部屋で、しかしあまり物が置いていなくて質素な部屋だった。

真新しいキャンプ用品が少し場違いに見えるほどだ。


変わったところといえば窓際に双眼鏡と望遠レンズ付きのカメラが置いてあることと、大きなクリップボードに写真がずらりと貼られていることだろうか?



「……うーん?この写真……この人物の服装はどこかで……?」


「幸平くんの写真よ」



 え?と思いよく見てみると、確かに見覚えのある服装ばかりだ。学校の制服やバイト先での写真、家で私服で寛ぐ写真など様々にあるようだ……って?!



「こ、これどうやって撮ったんだい?!」


「そこの窓から。空き家だと思ってあんまり警戒していなかったでしょう」



 しれっと答えられる。

いや、だとすると僕のプライベートはかなり彼女に監視されていたということになるのだが?

もしかするとたびたび感じたストーカーの気配の原因は彼女自身だったのだろうか?



「こ、これが君の……秘密かい?」


「……そういえばそうね。あなたには伏せていたわ」



 ……どうやらこんなことは些細な隠し事の一つに過ぎなかったようだ。

つまり、これ以上に隠すべきことがこれから彼女の口から語られることになるのだろう。



「6月にここに引っ越して来て……驚いたわ。

まさか自分の通っている学校にあなたがいたなんてね」


「……4月に大沢に来たというのも嘘だったんだね」


「ええ、あのくだらない女とつまらない男……。

あたしのパパとママがようやく離婚したときに、パパがあたしを無理矢理ここに転居させたの。

たぶん面影も見たくないのでしょうね」


「おお……そこら辺もなかなかに事情が込み入ってそうだけど……聞いてもいいのかい?」



 翠は実に簡単に家族の事情について話し始めた。


 なんでも翠の両親は長いこと不倫を原因とした係争状態にあったらしい。翠の母親である百合花さんが浮気をしたのを理由にして娘の親権を押しつけあった結果、父方のほうに親権が移されたのだとか。


 今の彼女の学費や生活費は百合花さんの浮気相手からの多額の賠償金で成り立っているというのだから驚きだ。



「それはなんとも……ご愁傷様で」


「まあ……そんなことはどうでもいいのよ。

おかげであたしは幸平くんに会えたのだから、大して気にしてもいないわ」



 いや、どうでも良いことでは無いのでは……?


 聞いた話によると百合花さんは毎日遊び歩いており、ハーフ特有の美貌でまた別の男を作っているらしい。酒浸りでいつもほのかなアルコール臭を漂わせる彼女のことが翠は大嫌いだそうだ。ただ百合花さんのほうはそうとは想っていないようだけれど。


 対する父親も父親で、翻訳家という仕事を理由にして今は海外へと住処を移して生活している。

娘を日本へと一人残して自分はやりたいようにする姿には、翠も父親としての認識はしていない。



「……そんなろくでなし共はどうでもいいわ

大切なのは……これから話すことなの」


「少し……待ってくれるかい?

なにぶん情報量が多くて頭がくらくらしてきてしまってね」


「あら……あたしが幸平くんの秘密を知った時も同じ気持ちになったわ。お互い様ね」



 ここまでの情報量の爆撃は予想だにしていなかったが、これ以上のことがあるというのだろうか?


 身構えつつも、彼女の次の言葉を待つことにする。



 すると彼女は、僕の目と鼻の先まで顔をずいっと近づけてきた。思わず後退りしそうになるものの、堪えて彼女と見つめあう。



「本当に……あたしを見ても、何か……思い浮かばない?」


「何か……って、そうだねぇ……」



 彼女の顔をまじまじと観察する。

形の良い鼻、小さくほのかに赤みがかった唇、

整えられた眉、美しい曲線を描く輪郭。

そして、よく見ると深い翠色の瞳……。


 深い、翠色の瞳?




「?! もしかして……君は」


「やっと……気づいてくれたのね」



 僕に欠けていた最後のピースが、忘れかけていた最後の記憶が蘇る。


 そう、それは今日のような夏休みの日だった。


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