第九十一話 勉強会
以前、園尾さんが僕に勉強に集中するように言った時には正直面倒で仕方がなかったのだが、今は自分でも驚くほどに意欲に燃えている。
自分がこんなにも単純な人間だったのかと思うと共に、もし勝負に勝ったなら園尾さんを恋人に出来ると思うと、何故だがよりペンを握る手に力が入るのだ。
もしかするとこれが恋心というやつなのかもしれない。
ということは僕は実はこれまでの恋愛で微塵もそういった感情を抱いていなかったということになる。
我ながらなんとも薄情な人間だと思いつつ、いつものように放課後の勉強をしに図書室に向かった。
「木石くん、待たせたわね」
「今来たところさ。もう既に始めてるよ」
ちなみにこの勉強会は定期的に行なっており、普段は二人の交流の場としての意味合いが大きい。
もっぱら僕は図書室の適当な本を読んで国語の勉強をしてると言い張り、園尾さんは少し呆れながらも自分の勉強に集中しているのだが、今は事情が違う。
「………………」
「………………ふふっ」
「……何かな?」
「いえ……そんなに真剣にあたしに勝とうとしてる木石くんを見てると……惚れ直してしまいそうになって」
いつもは園尾さんが勉強に集中しているところを僕が読書をしながらチラ見する程度なのだが、今は逆になっているようだ。しかしこれは見方を変えれば相手の集中力を削いだうえで、勉強に専念できる好機かもしれない。
「園尾さん。僕は割と真剣に君に勝つつもりだからね。動揺させようたってそうはいかないよ」
「あら、……生意気ね」
すると、園尾さんが空いているほうの僕の手を取ってそのままはみはみと玩んでくる。ふにふにと柔らかく揉んできてこしょばゆい。
「……その、そういうことをされると気が散るのだけど」
「作戦通りじゃない。……そうだ、良いことを思いついたわ」
園尾さんがそういうと、対面から自分の横へと回り込んでくる。そして椅子を寄せてキャンプの時のように身体を寄り添わせてきた。
「ほら、わからないところは教えてあげるから」
「……くっつくのが目的だねぇ。
それとわからないところはほぼ無いし。
あっても自分で答えを見つけるから問題無いよ」
「頼もしいわね。……そんなにあたしを彼女にしたいの?」
腕を組んできて、そう言ってくる。周囲の自習をしている人の視線がとても痛いのだが、彼女は全くと言っていいほど眼中に無いようだ。
「……うん。君を手に入れるためならなんでも出来そうだよ。どうやら中々に君に入れ込み始めているらしい」
「……ふふふ、そう、嬉しいわ」
すると、より一層僕の腕を掴んで頭をぐりぐりとこちらに押し付けてくる。ここまで上機嫌な園尾さんは初めて見るぐらいだ。
「本当に……嬉しいわ。あなたに求められていると思うと、あたしが生きていて良かったと思える」
「大袈裟だねぇ……。あと、そろそろ怒られそうだから勉強しようね。ほら、どうどう」
肩を掴んで引っ付いてくる彼女をどうにか引き剥がす。園尾さんは少しむぅっとしたものの、引き下がってくれた。
そんなことをテスト前の期間はずっと続けていたのだが……次第に、僕たちのことはどうやらそういったものだと理解されたのか、生暖かい目で見られる程度になった。
ただ、園尾さんはその期間中ずっと僕の顔を見たりちょっかいをかけることに終始していた。
流石は特進クラス。余裕があるようで。
そんなこんなで定期テストの日を迎えて……
ついに、僕の暫くぶりの努力の結果が返ってきた。