第一話 出会い
この作品にはR -15要素が含まれます。
また、この作品内で描写される団体、病名、人物名等は全てフィクションであり、架空のものも含まれることをあらかじめご了承ください。
蝉が五月蝿く鳴いているのが聞こえる。
8月に入ったばかりの今日は、日が完全に落ち切った今でもまだ熱気をコンクリートから出していた。
そのコンクリートの上で俺は荒い息をして横たわっていた。
(……い、ったぁ……腰を……強く打ったか……?)
隣にはキュラキュラと未だに車輪を回している自転車があって、その前輪はぐにゃりとひしゃげている。籠も原型は留めていないようだ。運悪く受け身をとれていなかったらと思うと、あんな風に自分の身が傷ついていたと考えてゾッとする。
(待て……俺は、何に、ぶつかったんだ……?)
瞬間的に飛んでしまった記憶を蘇らせようとして頭に鈍痛が走る。それでも懸命にフラフラと立ち上がりながら周囲を確認すると果たしてそれはあった。
(水……溜まり……?)
雨は降っていないのに何故か目の前には水溜りがあって、何か大きな黒いものがその近くにある。
街路樹の影に隠れて見えないそれをよく見ようとして目を凝らすと、行き交う自動車の明かりでそれがなんなのかようやく理解できた。
それは頭から血を流して、手足があらぬ方向に曲がった少女だった。
「なっ……!? そんな、俺が……?!」
次第に鮮明になっていく意識。
そうだ、俺は学校帰りのこの坂道を自転車で下っている最中に、木陰から出た何かを轢いてしまったんだ。
そして、その何かは今目の前で倒れている少女に他ならないだろう。
「きゅ、救急車を……!助けを呼ばないと……!」
よたよたと周囲を確認して自分の携帯を入れたバッグを探す。お目当てのものは自転車の影からすぐに見つかって、足を引き摺りながら近づいて中身を漁った。
こういう時に限って手が縺れて震えてしまう。
(119……! 119……!! 早く出てくれ……!!)
もどかしいコール音の後にようやく出てきた緊急隊員へ怒鳴り込むように状況を説明する。
「もしもし! 今自転車で人を轢いてしまったんです! 早く助けに来てください……あ、頭から血が流れてて、手足が……折れてるみたいで……」
深呼吸するように言われて落ち着けず鼓動を早鐘のように鳴らし続ける心臓を抑えてなんとか呼吸を整える。
とりあえずは周囲の安全の確保、今いる現在地の報告、清潔な布で止血することなどを手短に指示されて、馬鹿みたいに頭の中で反芻しながらそれをやっていく。
「大丈夫ですか!……意識はありますか!?」
使っていない部活のタオルを引っ張りだして、それを手に倒れている少女の元に急いだ。
少女は少しだけ身じろぎしたようで、それでも返事が無いということは相当に重症を負ってしまっているのだろう。
駆け寄って抱き起こそうとして躊躇する。緊急隊員の人はあまり患者を動かすなと言っていた。
幸い歩道に倒れているから動かす必要はないが、彼女に下手に触れてしまうのは傷を悪化させてしまうだろう。
おそるおそる近づいて頭の出血箇所にタオルを当てる。その時に……目を閉じていた彼女が俺をその視界に捉えた。
「…………やっと会えた……」
彼女が折れていない方の左腕で俺の顔に手を添える。そして微かに微笑んだかと思うと、その手は力無く地面に落ちた。その笑顔は、この極限の状態にあってもなぜかとても素敵で……魅力的に感じたことを今でも覚えている。
「……大丈夫ですか?! しっかりしてください!」
次第に、自分も何故だか意識が遠のいていくのを感じる。遠くで救急車の音がして少し安心したと思った時には、くらりとしてその場に身体を横たえた。
これが俺、留木京治と四葉さんの初めての出会いだった。
俺たちの出会いは自転車で俺が彼女を轢いてしまうという最悪の出会いだった。