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ミラクルマンダッシュ!  作者: 木下源影
19/25

平穏と開拓と不穏な足音


     19


フリージアに渡ったのはいいが、肝心の源一と花蓮が戻ってきていなかった。


春之介は魂にお願いして、爽太とゼウスに話があることを伝えてもらうと、ふたりして王都にすっ飛んでやってきた。


「次回からは直接の念話でも構いませんので!」と爽太は機嫌よく叫んで、素早く頭を下げた。


ここは春菜が、ここに来た事情を爽太に伝えると、「…加重系魔法を持った眷属…」と爽太は大いに目を見開いて言った。


「似たような子がまだいるとお聞きしましたので、

 できれば借り受けたいと思ってやってまいりました」


今の春菜の言葉はまさに澄美の言葉でしかないので、春之介も優夏も大いに肩を揺らして声に出さずに笑っている。


三人は爽太とゼウスの案内で、貴重品保管庫に誘われた。


部屋の中央にある大きなキャビネットの中に、杖がずらりと並んでいる。


春之介と優夏は、動物たちに杖に変身してもらっていたので感情は何も変わらないが、春菜は大いに目を見開いて、苦情のひとつも言いたいような顔をしているが今は何も言わなかった。


「三分の一が動物ですね。

 しかし、人間の杖が自己主張を始めました」


春之介は笑みを浮かべて言った。


杖は完全に覚醒しないと動けないはずなのだが、渾身の力を込めて使って欲しいという感情を流しながら、かすかに震えているのだ。


「…黒いネズミと同じような子…

 いや、黒猫だった」


「…ああ、また黒猫ちゃん!」と春菜は陽気に言って、手を組んで喜んでいる。


「黒猫コレクターにでもなりそうだね…」と春之介は言って、右から5番目の杖を指さした。


「杖の先が少し黒っぽいからよくわかる。

 動物が封じ込められている杖は、こういった特徴があるようだ。

 …爽太様、お借りしてもよろしいですか?」


「はっ どうか、よろしくお願い申し上げます」と爽太に逆に歓迎されるように異様に丁寧に頭を下げられてしまった。


「あ、それから…

 すごく言いづらいのですが…」


「何なりとおっしゃってください!」という、爽太の快い言葉に、「動物の杖はすべて連れて帰りたいのです」と春之介は答えた。


「はっ できれば自由を与えたやった方がいいと、

 今回の件で思い知っております」


爽太は満面の笑みを浮かべて言った。


ここはまずは目当ての杖を春菜が手に取ると、「ピリッと来た」と笑みを浮かべて言った。


「主人を試すようなことが組み込まれているんだよ。

 ほぼ、本人の意思じゃないから怒らないでやってくれ」


春之介の言葉に、「怒らないわ」と春菜が言ったとたんに、杖はまばゆい光を放って黒猫に変わったのだが、巨大だったので、春菜は両腕で抱きしめた。


体重で言うと、春菜の二倍ほどはあり、それなり以上に大きな猫だ。


「クロヒョウじゃない!」と優夏は叫んで、腹を抱えて大いに笑った。


「黒猫には違いないさ」と春之介は笑みを浮かべて言った。


このクロヒョウだが、なにやら様子がおかしい。


何かが怖いのか、春菜を抱きしめたまま離れようとはしないのだ。


「…ふーん… これは珍しいと思う…

 ネコ科なのに、この子は草食獣だ」


春之介は言って、前足に触れてから、口を開けさせて確認した。


「爪がないし、牙もなくて、歯は臼歯…」と優夏は言って、大いに眉を下げた。


「それに、この子は人間と同じで、夜目は効かないと思う」


春之介はペンライトを出して、クロヒョウの目の前を素早く通過させた。


「瞳の構造は人間とほぼ同じだ。

 猫とはまるで違う動物だね…

 細かいものの判断は容易にできると思う。

 その点は普通の動物よりも優秀だろう」


「…うふふ…

 すっごく甘えん坊だからうれしいわ」


クロヒョウは春菜の言葉を聞いてようやく落ち着いたのか、ふわりと浮かんだように見えた途端に地面に四本の足をつけた。


「…加重系ではなく、重力操作だ…」と春之介は言って目を見開いた。


「…人型でも、その術を持っている者はひとりしか知りません…」と爽太は嘆くように言った。


「…まあ、普通ではいないだろうね…

 だからこの子を創った人はかなりすごい人だよ」


「杖は拾得物です」とゼウスが目録を確認して言うと、春之介は納得するように何度もうなづいた。


「…まあ… 優夏の作品、とか…」と春之介が言うと、優夏はにやりと笑って、「今思い出したわ」と陽気に言った。


「貸してあげちゃうわよ!」と優夏が春菜に向かって堂々と叫ぶと、「はいはい、ありがと」とここは仲のいい友達のように礼を言って、適当に頭を下げた。


「騒ぎになると面倒だから…」


春之介は言って、杖がすっぽりとはいる長さ30センチほどの細長い巾着を創って、数本の杖をサイコキネッシスで操って入れた。


「すぐに出してやるからな」と春之介は巾着に向かって言った。


ラックに残された杖は暴動を起こすかのように大いに暴れたが、そう簡単にはラックから出ることはできない。


春之介は試しに、ラックから少し離れると、杖は大人しくなった。


「優夏の漏れてる魔力で動いているのかと思ってたけど、俺だった」


「何も出てないわよ」と優夏が言うと、「察知できない何かがあるんだと思う」と春之介は言ってから、半歩ラックに近づくと、かすかに動き始めた。


「…不思議だわぁー…」と優夏は言って、春之介を抱きしめると、杖はまた激しく動き始めたので、優夏はすぐに春之介から離れて、「増幅したわ!」と陽気に叫んで大いに笑った。


「俺たちは無敵だ」と春之介が堂々と言うと、「はい、あなた…」と優夏はしおらしく言って、春之介と手をつないで外に出た。



アニマールに戻ったとたん、クロヒョウは子供たちと動物たちに大人気になって眉を下げている。


春菜は今はこれでいいと思って、笑みを浮かべて動物たちのコミュニケーションを見ているだけだ。


一方春之介は、巾着袋からサイコキネッシスを使って、テーブルの上に杖を並べた。


「使ってもらいたい人のもとに行け」と春之介が言うと、三本だけが消えるようにして飛んだ。


ここは順当に、浩也、麒琉刀、一太の手に握られて、その実態をあらわにしたが、すべてが小動物だった。


「マスコットですね」と浩也は機嫌よく言って、肩に乗せた。


姿はリスに近いが、浩也のように上半身が逞しく肩幅が広い。


もうすでに能力はわかっていたので、三人とも余裕の笑みを浮かべている。


「…ふーん… 君だけはちょっと変わっているね…

 行っていいよ」


春之介の言葉に、一本の杖はお辞儀をするようにして消えた。


そして、「えっ?!」と天使コロネが叫ぶと同時に、杖は白い小さなサルに変身していた。


天使たちはすぐさまコロネを囲んで、かわいらしい動物に出会えた幸運に感謝して祈りを捧げた。


「…天使で杖を創った人がいたのね…」と優夏は眉を下げて言った。


「情報では、万有様のご友人の天使チノ様のお師匠様が学者様で、

 天使たちに様々な必要なものを創り上げているそうだよ。

 天使ではまさに珍しい人だから、その人の作品だと思う。

 天使たちが配布してもらったリングは、

 それを応用して源一様が改良されて、

 天使の芸術家に創ってもらったそうだ」


「…あの指輪も脅威だわ…」と優夏は大いに眉を下げて言った。


「優夏には効き目はないけど、

 気分のいいものじゃないだろうね。

 相手の悪意に反応するから、

 悪そのものの優夏でも悪意はないから効き目がないんだよ」


春之介の言葉に、優夏は大いに納得して笑みを浮かべた。


残りの杖は春之介と優夏が印を結ぶように複雑に指を絡めてふたりで覚醒させた。


まさに怖い存在のふたりが主となったので、ほとんど巨体と言っていいほどの悪魔の眷属たちは春之介と優夏を見て眉を下げていた。


「それほど緊張しなくてもいいけど、羽目を外すことなく楽にしてていいぞ。

 気が変わって気に入った人がいたら寄り添ってもいいぞ。

 悪いが、俺たちは休憩時間だ」


巨体の動物たちはほっとしたのか、すぐに地面に寝転んだり散策したりして、久しぶりの自由を満喫していた。


春之介は席を立ち厨房に入って、動物たちに食事を与えた。


それぞれの好みに合ったものだったので、優夏は大いに眉を下げて眷属たちを見ている。


「…うう、まさか…」と優夏はあることに気付いて春之介を見た。


「…そう、飢えているんだと思う。

 もちろん食に対してもあるし、一番は愛だ」


「…だから目に見えない術のような…」と優夏は言って、そっと春之介に寄り添って笑みを浮かべた。


「今までに様々な人があの保管室に足を踏み入れたことだろう。

 源一様のような威厳のある人がそばに来たことで、

 本来なら目覚めないはずの自我が目覚めたんだと思う。

 さすがに放ってはおけないから、早々にでも解放した方がいい。

 使い物にならなかったら、

 人間のように過ごしてもらってもいいと思う。

 今のあの状態がまさに不幸でしかないから」


「その生活の中で、能力を生かせれば生き甲斐にもなるわ」と優夏は優しい笑みを浮かべて言った。


「源一様と花蓮様が保管庫に行かれました」と春夏秋冬が報告すると、春之介も優夏も笑みを向けあった。



春之介と優夏がお熱い雰囲気を醸し出したまま食事を摂っていると、源一と花蓮が社から出てきたが、振り返って戻って行った。


しかし、数人の少年少女が残されて、大いに眉を下げている。


すぐさま優夏が走り寄って、「いらっしゃい」と明るく挨拶すると、「…お邪魔しますぅー…」と子供たちは心細げに挨拶を返した。


「問題がある方を追いかけて行ったわけだ。

 ここは責任をとって、フリージアに行くべきだなぁー…」


春之介が苦笑いを浮かべていうと、「…みなさん、甘えてるだけですぅー…」とひとりの少女がまさに甘えるような声で言ったので、春之介も優夏も大いに眉を下げた。


すると悪魔な子供たちがやって来て、悪魔の眷属の子供たちとコミュニケーションを取って連れ去って行った。


その親分の早苗は満面の笑みであいさつを始めた。


「早苗が教育係を受け持ってくれるそうだし、

 どちらも大いなる修行にもなるだろうね。

 ここは給料を支払うか…」


春之介の言葉に、俊介少年と青空がすっ飛んでいって早苗の仲間になっていたので、春之介も優夏も愉快そうに笑った。


佐藤の本意ではなかったが、春之介がたくさんの作品を創り上げたことで、誠意をもって金貨を支払おうと、金儲けの話には敏感になっているのだ。


もちろん春之介は請求していないが、今後のことも考えての誠実さでもある。


佐藤も普通ではない能力者なので、春之介としては任せておいて安心できるのだ。



するとずっといたのか、社の扉の影から女性が外をうかがっている。


春之介は少し驚いて社を見ると、優夏がずかずかと歩いて行って、「さっさと出てきなさい!」と大いに叫んだ。


「…はいぃー…」と身長が160センチほどの気が弱そうなロングヘヤーの女性は眉を下げて、扉の影から出てきた。


「あんたは、根本的なところから鍛える必要があるわ!

 私の弟子になりなさい!」


優夏の堂々とした言葉に、春之介ですら眉を下げている。


「春之介! 明日の試合にも出るから!」と優夏は胸を張って叫んだ。


「いや、それだと春菜の立場がだな…」と春之介が眉を下げて言うと、「…ジュレさんに連絡を取ったから…」と春菜は言って立ち上がって、動物たちを引き連れて社に入って行った。


「…優夏にとって、都合のいい術を持っているようだね…」


春之介の問いかけには、優夏は笑みを浮かべているだけだ。


そして早速、女性と腕を組んで、射撃ブースに向かって、アイドル仲間を集めながら歩いて行った。


さらに、ブースでの的がアイドルたちだったことに、春之介ですら眉を下げている。


悪魔の眷属の微調整が終わったようで、優夏も的になって、射撃ブースで歌って踊り始めた。


そして女性は杖に変身することなく、ランダムにアイドルたちに術を打ち込む。


「…治癒には違いなさそうですが…

 回復系ではないように思います…」


浩也は真剣な眼をして言った。


そして女性が芽大琉の腰に術を放った途端、「妙な癖を直す!」と優夏が叫んだ。


「はいっ! ユーカちゃん!」と芽大琉は笑みを浮かべて叫んで、動きが柔らかくなっていた。


30分ほど経ってから、「ミライちゃんは休憩!」と優夏が叫ぶと、眷属の女性は、「はいっ!」と大声で叫んで、スカートのすそを気にすることなく、ばったりと床に寝転んだ。


そして天使たちが寄り添って、悪魔の眷属の魔力の復活を誘う術を放った。


そして悪魔な子供たちが全員集合して、わずかずつ魔力の補填を行った。


するとミライはぱっちりと目覚めて、「ミライちゃん! 5分間だけ!」と優夏の檄が飛んだ。


「はい! ユーカちゃん!」と今度は大いに高揚感を上げて、アイドルたちに術を打ち込み始めた。


その三十分後、アイドルたちはギャラリーたちに手を振って、比較的元気に射撃ブースの外に出て、大いにミライをねぎらった。


「さあ! 本格的に休憩に行くわよ!」と優夏は上機嫌で叫んで、今回の功労者のミライと腕をからませて、風呂場に向かって歩いて行った。


「…体の各所に疲労が発生する前に、

 乳酸を分解してるのか…

 特に最後の方は、みんなの両胸めがけて術を放っていた…

 ミライさんは、ほぼ確実に医師だな…」


春之介は少しうなるように言うと、「ストレートに回復というわけではなく、疲れが蓄積しないようにする術…」と浩也は言って納得して何度もうなづいている。


「アイドルひとグループにひとり欲しいところだね」と春之介は言って、少し笑った。



射撃ブースに、戻ってきていた源一と花蓮がいたので、春之介は挨拶をかわして、賃金を支払ってミライを雇うと言ったのだが、源一は、「ここで使ってやって欲しい」と言って頭を下げた。


もうすでに、アイドルの一員になっていたことと、前回と同じように十分に満足してもらえる興行ができることを喜んでいたのだ。


優夏が野球の試合にも出ることを伝えると、出場の変更はまだ公表していなかったようなので、特に面倒なことにはならなかった。


もちろん、チケット販売促進のために、参加予定選手の一覧を公表しているからだ。


「ここにいないと思ったら、春菜は予定通りドズ星軍に参加するんだね。

 ジュレから訂正が来たよ」


源一は笑みを浮かべて言った。


「ほかの眷属たちは少々出来が悪いようですね」と春之介が眉を下げて言うと、「…精神的には普通に人間だからね…」と源一は眉を下げて言った。


「杖にした者に仕返しでもしてもらいますか?」


春之介の言葉に、「半数は判明しているんだ」と源一は答えて眉を下げた。


「もちろん、同意があって悪魔の眷属になったのなら、ただの逆恨みです」


「…そういうこと…」と源一は言って、「俺の気持ちがわかってたまるか! だってさ…」とさらに呆れるように言った。


「そんなものわかるか! って怒鳴ってやったら怯えたわよ?」と花蓮が機嫌よく言うと、春之介は腹を抱えて笑った。


「誰でも、自分の行いは棚に上げるものなんですね…

 ここには何年経っても来られないでしょう」


「ああ、絶対無理」と源一は豪語した。


「となると、悪魔の眷属の能力から解放した方がよさそうですね…」という春之介の言葉に、「いや、それは…」と源一は言って眉を下げた。


それが一番いい道なのだが、全てを調べ上げていて、源一でも戻すことは不可能と断定していたのだ。


「重力魔法の件、聞かれましたか?」


「…いや、聞いていない…」と源一は目を見開いて言った。


花蓮は大いに悔しそうに、「…爽太のヤツー…」とうなった。


「その杖を創ったのは優夏のようです」という春之介の言葉に、「…ほかの杖なら戻せる可能性がある…」と言って何度もうなづいた。


「それを脅しにしてもいいと思います。

 多分、簡単に戻してしまうと思いますよ。

 今のところ、

 ここに悪魔の眷属を嫌がっている者がいないことが残念です…」


「…まあ… 普通の動物や人間には戻りたくないよな…」


「…まだ上を行くというのか…」と花蓮は風呂から出てきた優夏に向けて怒っていた。


「…願いの子として生まれてきた子で嫌がっている者は何人かいるが、

 この場合は確実に無理だろうなぁー…

 まずは優夏に詳しい話を聞こう」


源一は言って、花蓮を連れて優夏に向かって歩いて行った。



「何が難しいの?」と優夏がなんでもないことのように言うと、源一は大いに眉を下げていた。


「春夏秋冬、説明」と優夏がめんどくさそうに言うと、とんでもないほどの情報が宙に浮かんだ。


「…普通、無理だ…

 戻す者が、途中で倒れてしまう…」


源一が大いに嘆くと、「情けないわね…」と優夏は眉を下げて言った。


「私と春之介だったら一瞬よ、一瞬!」と優夏は大いに自慢したが、春之介は大いに苦笑いを浮かべていた。


しかし、大いに理にかなっている部分が多数あるので、途中で倒れることはないと判断していた。


「…まあ… 半分以上、魂たちにお願いするからね…」と春之介は眉を下げて言った。


「それと、願いの子の場合は無理ね。

 死の魂を持って生まれてるから、

 戻した途端に昇天するわ」


優夏の自信満々の言葉に、「だよなぁー…」と源一は言って苦笑いを浮かべた。


「新魂の場合でも死の魂に転じさせて生まれてくるわけか…」と春之介は詳細な情報を見入って行った。


「それができるのなら、死んだ者を生き返らせることができるからね。

 そこだけは奇跡でも起こらない限り戻せないわ」


優夏は言って、機嫌よく赤ん坊をあやしている桜良を見た。


「…そうだね、逆行はできないね…」と春之介も調べ直して納得して言った。


「…マンディーに詳しく説明できるから、

 それだけでもよかったよ…」


源一は嘆くように力なく言った。


「…そういえば、不思議な人と会いました…

 悪魔の眷属なのに天使…」


春之介は言って、コロネの肩にいる小さなサルを見た。


「少々特殊な天使が生んだ願いの子なんだよ。

 分魂の逆をやっていた天使と悪魔がいたんだ。

 だから天使も悪魔も弱点はほぼない。

 その天使が願って悪魔の眷属ならぬ、天使の眷属を生んだんだ」


春之介を優夏は顔を見合わせて大いに苦笑いを浮かべた。


そして、「マンディーさんに面会させて下さい」と春之介が胸を張って言うと、源一は、「そうしてもらおう」と笑みを浮かべて答えた。



春之介たちがフリージアに行くと、25名の悪魔の眷属たちが寝姿で術をかけられて縛り付けられていた。


「この術はフィル様ですか?」と春之介が聞くと、「そう… ペガサス特有の省エネの拘束術だよ」と源一は言って大いに苦笑いを浮かべた。


術の切欠はフィルの術だが、それを維持するエネルギーは術がかけられた者が消費する。


そして術が解ける条件は、フィルの思っている正しさをクリアする必要がある。


よって欲を持っていると確実に術は解けずに縛り付けられたままとなる。


すなわち、目を放して放置しておいても問題ない。


術が解けた場合、比較的いい人になっているからだ。


「…甘えるのも程々だよ…」と春之介が吐き捨てるように言うと、数名の者が動き始めたので、「…余計なことを言ったかぁー…」と春之介は大いに嘆いていた。


「その威厳、半分くれ」と源一は言って陽気に笑った。


「分けられるのなら差し上げますから」と春之介は冗談で返した。


すると、5名がすぐさま春之介の前に立って、「戦うって?」というと、5人はすぐさま首を横に振った。


「覚醒させたのは俺じゃない。

 段階を踏んで前に立て」


春之介に厳しい言葉に、5名はすぐさま源一と花蓮に主従契約を解いてもらえるように嘆願したが、もちろん拒絶した。


その途端、またフィルの術によって固められた。


「…もう何も言わないでおこう…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言った。



源一が念話でマンディーを呼ぶと、「あ、ここにいたのか」と源一は言って、天使の群れから出てきた大人の天使に笑みを向けた。


「…ふーん… 面白そうね…」と優夏が言うと、「マンディーさん、本当に眷属を解いていいのですか?」と春之介が聞くと、マンディーは満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


「本当にいいのね?」と優夏が念押しすると、「できるのですね?!」とマンディーは高揚感を上げて叫んだ。


「できるけど、確実に新生天使に生まれ変わるよ?」


春之介の言葉に、「…新生、天使…」とマンディーは言ってうなだれた。


「そんなの当り前ですよ。

 いきなり天使になれるのは、

 人間や死神が覚醒するしかないんですから。

 本来の天使の道は、新生天使から堕天使になるものと決まっています。

 人間などが覚醒する場合、人間として天使の道を歩んできたからです」


「覚悟が足りないからダメね」と優夏は即断した。


「ちなみに、何が嫌なんです?

 眷属の力はそれなり以上に高度です。

 それに、かなり上位の天使につくこともできる。

 不満があるとは思えないんですが…」


春之介の言葉に、「…みんなのように、成長していきたいのです…」と天使たちを見てうなだれた。


「…なるほどね…

 その基本は今の自分自身の能力をスタートラインにするわけですね。

 新生天使だと、高確率でその時点で死を迎えますからね。

 あなたの場合、願って生んだ親を大いに怨んでください。

 あなたを苦しめたのは親でしかない。

 これが神のいい加減さですよ」


「…父親は御座成功太…」と源一が言うと、「なるほどね…」と春之介は眉を下げて言った。


「散々みんなに迷惑をかけて今は人間の赤ん坊として

 祝福を浴びてすくすくと育っている。

 俺だったら赤ん坊であっても噛み殺しますよ」


春之介が煽ると、マンディーは声は出さないが号泣を始めた。


「もしくは、今を生きるでしょうね」


春之介の言葉に、マンディーは涙を止めて、「…幸せだったこともあった…」とつぶやいた。


「昔返りはいいことです。

 それを応用して、今を生きることも重要だと思います。

 心が決まったら、源一様にお伝えください。

 いつでも施術をしますから」


「…はい… ありがとうございます…」とマンディーは言って頭を下げて、感謝の祈りを捧げて、懺悔の祈りも捧げ始めた。


「戻す場合、何をどうするのか、説明だけしておきますよ」


春之介の言葉に、春夏秋冬がまた膨大な量の情報を宙に浮かべた。


「…よって、この施術を行うと、確実に新生天使に転生するのです。

 本来ならば新魂になるのですが、

 死の魂は維持されてそれは起こりません。

 ですので、自分の決めた道を歩むことが可能となるわけです。

 通常、そういった方はほとんどおられません。

 実例としては、セイラ様だけと確認しています」


春夏秋冬の説明に、「…わがままだな…」と春之介と源一が同時に言って、大声で笑った。


「女にしか転生してないんだからわがままも程々よ」と優夏が大いにクレームがあるように言った。


「性別の生まれ分けとしては、

 兵頭耕作様や松崎拓生様たちのように、

 木像から生まれた魂の方々の、

 女性を拒絶して転生を繰り返した事実だけは判明しています」


「…さすがに何億年も強制的に子供を生み続けるんだから、

 拷問でしかないよ…

 これは大いに共感するし、

 今がいいとしても不幸でしかない…」


春之介の言葉に、「…松崎拓生だけ、天寿を全うしやがったぁー…」と優夏が悔しそうに言った。


「そういう方だからこそ、源一様のような方も生まれた」と春之介が言うと、「…そうれはそう…」と優夏は少し反省して眉を下げた。


少々話は脱線したが、「…本当に今が嫌なのかしら…」とマンディーは言って考え始めた。


ここは誰も何も言わずに、あとは眉を下げている天使千代に任せた。



忙しい時に限ってこういうことも起こりうる。


それは春之介の夢見で、春之介では対応が無理と感じたのだが、星の魂たちの協力により、とんでもない巨大な黒い塊の成敗を終えた。


その中心には幼い女の子がいて、春之介がそれを確認したとたんに寝室で目覚めた。


「第85大宇宙の暗黒宇宙に近い場所です」と春夏秋冬は言って、春之介の指示で、この事実を源一に連絡した。


源一の対応は早く、機動部隊と復興部隊をすぐに向かわせた。


「先ほどの現象は初めてのことではありません。

 ああいった不幸が、この大宇宙では起こっていますし、

 それを意図的に発生させた実例もあるのです」


「…厳しいお仕置きの必要があるよ…」と春之介はつぶやいたが、周りですやすやと眠っている動物たちを見て笑みを浮かべた。


「…また早朝会議…」と寝ぼけ眼の優夏が言って、「…おはよ…」とあいさつをした。


春之介は挨拶を返して優夏に事情を説明した。


「…その子、気になるわね…

 でも、源一が向かわせたんだから安心していいと思うわ」


優夏の言葉に、春之介も同意して、ふたりは起き上がって身支度を始めた。


朝食中に源一から第一報が入り、不幸を背負った女の子は復興部隊が保護して、現在は天使たちが癒しているということだ。


その姿は悪意という巨大な鎧を強制的に着せられていたようだった。


その長さは百メートル以上あり、星の至る所を悪意で満たそうとしていたのだ。


よって復興にも相当に時間がかかるようで、復興部隊を追加で30ほど向かわせたそうだ。


この処置だけは慎重に行わないと、その中心にいた女の子と同じ不幸に巻き込まれることもある。


よって春之介たちの部隊の出番はなく、予定通り家族全員でフリージアに移動した。


すると、フリージア星では大いにどよめきが上がっていた。


『場合により、イベントの中断、中止順延もございます』と巨大な映像装置にテロップが流れていたのだ。


その詳細な事情説明もされている。


そしてこのフリージアの平和は、説明のような不幸を正す仕事にもあると、さらに気づかされたのだ。


もちろん、いい人しかフリージアに来られないので、騒ぎが起こらないのは当たり前だった。


よって、騒ぐ者は大いに目立って、警備員に強制的に宇宙艇に乗せられて、住んでいる星に強制送還された。


こういった者は政治的コネクションでフリージアに来星した者で、騒ぎを起こすと強制送還されると事前に説明をしているので、苦情は受け付けない。


この事実も正確に報道されるので、いい人たちは眉を下げるばかりだ。


「そろそろコネ来星は却下の裁定を下すか」と源一は大いに憤慨して言った。


もちろん源一は元々賛成はしていないことだが、この件は貿易商の御座成翔樹のお得意様への招待なので、翔樹がすべての責任を負うことになっている。


もちろん、企業などのセレブではなく、星の重鎮に位置する者たちだ。


よって源一はさらに厳しい裁定を下して、その星との国交を断絶して、明日からはその星からの観光客の来星は拒否される。


一旦は無期限とされるが、会心の状況により、解除される場合がほとんどで、フリージアとはさらに固い絆で結ばれることになる。



そのようなことは全く考えることなく、アニマール・フロム・アニマールのゲリラライブがいきなり始まって、地上にある巨大な会場は、熱狂が渦巻いていた。


「…いつの間に…」と春之介は大いに眉を下げて言った。


「…俺も知らなかった…」と源一は言って花蓮を見たが、花蓮は素早く首を横に振った。


「俺たち以外だと、爽太しかいないが…

 あ、まだいる…」


源一がつぶやくと、「佐藤様ですね」と春之介が大いに苦笑いを浮かべて言うと、「…傀儡になったかぁー…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「率先してバイトを始めましたので。

 作品を創る代わりに金貨を一枚もらうことにしています」


「…ふらふらと遊んでいるだけじゃないのならそれでいいよ…」と源一は大いに眉を下げて嘆いた。


第一試合と第二試合は素晴らしい試合となったので、第三試合のゼルタウロス軍と、その相手のタンドリッド軍両ベンチは、大いに気合が入っていた。


そしてマークをにらみつけるようにしてゼルタウロス軍ベンチを見てくるのだ。


「…それほど大きな嫉妬じゃなさそうだから追い出されない…」


春之介の言葉に、マークは大いに眉を下げた。


もちろん、その実例も確認できたことで、今は試合に集中したいが、付き合いは短いとはいえ、同じチームのリーダーが寝返ったことを許せない仲間も多いのだ。


特に異性の場合は大問題となる。


「…まさか、誰かと付き合っていたとか?」と春之介が聞くと、「それほどの時間はありませんでしたから…」とマークは眉を下げて答えた。


実際、チームを結成して一週間しか経っていなかったし、リーダーと言ってもオーナーが決めたことなので、マークに罪はない。


「…守って上げちゃうー…」と芽大琉が言うと、「…はは、どうも…」とマークは答えて、大いに眉を下げた。


すると芽大琉とフランシスがベンチ前で、とんでもない気合の入った空手の型を披露し始めたので、スタンドの子供たちが大いに沸きあがった。


まさに、アイドル二人の別の顔を見ることができて喜んでいるようだ。


そして映像には、ふたりのさらに詳しいプロフィールも流された。


こういう場合は臨機応変に、ファンサ―ビスに徹することになっている。


優夏は笑みを浮かべて見ているので、クレームはないようだ。


「…優夏ちゃんのボディーガードでアイドル…」と女の子たちはこの情報を知って、大いにうなだれた。


もちろん、ボディーガードはこのふたりだけなので、比較的やさしい表情のニ子に人気が偏り始めた。


もしもアニマールに加わるのならこの路線だ、などと女の子たちは感じたようだ。


しかし、武闘派の女の子もいるので、胸を張っている子もいる。


アニマール・フロム・アニマールのファンクラブ会則に、『オーディションはしないから、迎えに行くよ!』と優夏の口語でしっかりと書かれているので、売り込むようなことは考えていない。


いつか優夏が迎えに来てくれることを夢見ているのだ。


するとユニフォーム姿の優夏がスタンドに現れたので、周りにいた観客たちは、「えっ?!」と大いに驚きの声を上げた。


「あなたは練習生で」と優夏は言って、特殊なパスを十才程度の身なりのいい女の子に手渡した。


そこには女の子の顔写真もあり、プロフィールも書かれていたのだ。


「優夏! 今スカウトすんな!」と春之介がスタンドを見上げて叫んだので、スタンドの半数が驚きの声を上げて、残り半数は大いに笑っていた。


「きちんと、実例を作っておくことは重要だわ!」


「さっさと降りてこい!

 そろそろ始まるぞ!」


春之介の叫びに、「ゆっくりできなくてごめんね」と優夏は笑みを浮かべて言うと、女の子は素早く首を横に振って、パスを見つめたまま涙を流した。


「護衛を仰せつかった」とようやく人型を取れるようになった雄々しき女性の巨人の猛春が言うと、少女は笑みを浮かべて、「ありがとうございます!」と涙声だが大声で礼を言った。


猛春は、「失礼」と女の子に言って抱きかかえて、席に座って、女の子を膝の上に乗せた。


もう誰も猛春と女の子に近づくことはできなくなった。


まさに完璧なボディーガードだ。


「いい香りがする」と女の子は笑みを浮かべて振り返って猛春を見上げると、「それは何より」と答えて、女性らしいやさしい笑みを返した。



試合の方は、初めこそ因縁めいた感情はあったが、そうも言っていられないほど均衡したいい試合になっていた。


それは、アニマール軍は初回から悪魔な子供たちをスターティングメンバーとして出していたからだ。


もちろん、主要選手は全員出ているのだが、投手が悪魔な女子のダニーなので、常に快音が轟く。


しかし守備固めに徹しているゼルタウロス軍は難なくアウトを積み重ねていく。


まずは内野を抜く打球を飛ばすことに専念するしか打開策がない。


しかしこの攻防は三回で終わり、四回からは本来の主戦力に代わると、たちまち試合が動いて、ゼルタウロス軍は大量得点を積み重ね、五回の裏の攻撃を終えて、タンドリッド軍はギブアップした。



試合を見終えた優夏にスカウトされた少女はほっと胸をなでおろして、「ユーカちゃぁーん!!!」と大声援を送って優夏の雄姿を見入って両手を振った。


「さあ、出番だ」と猛春が言うと、「えっ?!」と少女カナエは驚きの声を上げて猛春を見上げた。


「カードに、変身と書かれている場所がある」


猛春の言葉にカナエはカードを出して、カナエの顔写真が載っている面の右下のピンクの枠に囲まれた場所に触れた途端、カナエは練習生用の衣装を着ていたことに、大いに驚いている。


その周りにいる女子たちも驚きの声を上げた。


「ファンクラブの会員証も作り替えるそうだ。

 ファン用のコスチュームに変身できるそうだぞ」


猛春の重厚な言葉は、この辺り一帯に響き渡って、「詳しいことは会報にアップされている」とさらに言うと、女の子たちは一斉に携帯端末を出して確認を始めた。


「では、飛ぶぞ」と猛春が言うと、「えっ?」とカナエは言って、気づいた時には目の前に優夏がいた。


「あら、想像してたよりもかわいいわ」と優夏は言ってカナエを抱きしめた。


「はいっ! ありがとうございます!」とカナエは会則に掲載されている通りのアイドルの返事をして笑みを浮かべた。


「さあ、みんな、お仕事よ!」と優夏が気合を入れて叫ぶと、アニマールのメンバーたちはコスチュームチェンジして、スタンドに手を振ってからベンチに消えた。



ここからは練習生が主役になるとは思ってもいなかったカナエは、先輩たちを差し置いてステージの一番前にいた。


ほかの練習生たちも大いに戸惑っていたが、主役は悪魔な子供たちだったので、陽気に歌って踊った。


まさにアイドルの入り口がこの素晴らしい演奏会だった。


正規のアイドルたちがバックダンサーなのだが、今日はアニマールを見られないと思っていたファンたちは大いに熱狂した。


しかし、素晴らしい音楽に聞き惚れている人たちの方が多い。


演奏会終了後に、アニマール・フロム・アニマールの会員証の交換をスタジアム内で行うとアナウンスがあると、ここは正規メンバーたちが前に出て、ファンの子供たちを出迎えた。


会員証を持っている子供たちは正規メンバー全員と握手をしてから優夏に会員証をもらって、すぐさま変身して大いに喜んでいる。


予告なしだったので今日は少ないのだが、それでも一万人は下らないほど、長蛇の列になっていた。


そしてファンクラブ証交換会が終了すると、「明日のコンサート、楽しみにしててね!」と優夏が叫ぶと、「はぁーい!!」という、陽気なファンの女の子たちの声が、スタジアムにこだました。



カナエは夢見心地で練習生たちに囲まれて、王都の食卓にいる。


「あら? 王女様だったのね」と友梨香が聞くと、「…たくさんいて、とっても嫌でしたぁー…」とカナエは眉を下げて言った。


「…よくわからない世界だけど、

 ドラマや漫画でもよくある話だし…」


亜希子は大いに同情して言った。


カナエは自ら王女の地位と肩書を捨てて、単身アニマールで暮らす決意をした。


この件は半数以上のお付きの者も賛同して、王に伝えられた。


次期王候補は50名ほどいて、どこの世界も同じで世襲制の王権争いは熾烈なものだ。


この星での暗殺はないものの、蹴落とそうとする精神的苦痛には、半数の王子王女は胃に穴が開くほどのストレスになっていたのだ。


すると王の気まぐれなのか策があるのか、「次期王を、カナエ・ドール・ミザレに決定した」とカナエの側近に伝えてきたのだ。


王権争いから離脱すると告げて、わずか10分の早業だった。


しかし、側近たちはカナエにこの事実を伝えられない。


よって王自らが連絡を取ろうとしたのだが、源一の手の者によって拒否された。


もちろん、その裏があることはわかり切っていたからだ。


王は何とかしてフリージア、アニマールとの親密な国交を望んだからだ。


カナエがアニマール・フロム・アニマールのメンバーに召し抱えられたことは、王にとって好機だったはずなのだ。


よって、この王の統治する星ミザレに住む者たちは、フリージア渡航不可の沙汰が下され、王は天国から地獄に落とされ大いに嘆いた。


さらには反王派の者たちからの突き上げも厳しくなり、王は面会謝絶の処置を何とか取った。


この欲を持った出来事は全宇宙に名指しで知らされて、この件を報道で知ったカナエは大いに驚いていた。


「カナエはこんな大人にならないで」という優夏のやさしい言葉に、「はいっ! ユーカちゃん!」とアイドルの返事ではなく、優夏を母として満面の笑みを浮かべて叫んだ。


まさに今の優夏は、大勢の天使たちを抱き上げていたので、そうとしか思えない行動でもあったからだ。


天使たちは全員アニマールのファンなので、会員証を交換してもらって変身して喜んでいる。


さすがに天使なので、白一色のステージ衣装だった。


優夏はまさにかわいらしい大勢のアイドルたちのファンになっていた。


しかしそのコスチュームでアイドルポーズをとって指輪の盾を出し始めたので、優夏は眉を下げて退散した。


春之介の言った通り、身に危険はないと判断したが、やはり苦手意識が大いに沸いていた。


「生理的に無理なことは特に鍛える必要はないさ」という春之介のお気楽な言葉に、優夏は甘えておくことにした。


もちろん、無理をしてさらに精神的苦痛が沸くと、どうなっていくのか先が見えているからだ。


「だけど、あの白い盾に触れることはあり」


春之介に厳しい言葉に、「…私を消したいのっ?!」とついつい叫んだが、春之介は笑みを浮かべている。


「優夏が納得すればいいだけのことだよ」


「…ついてきてえー…」と優夏は大いに甘えて春之介を後ろから抱きしめた。


優夏はまさに春之介を盾にしていた。


春之介が天使たちをほめると全員が盾を出し始めた始めたので、優夏は気が遠くなりそうなほど脂汗が出ていた。


悪魔たちも嫌ったようで、極力天使のくつろぎスペースから退散していった。


春之介は盾に触れて、その魔力をそのまま地面に落とすと、優夏は大いに目を見開いた。


ほんのわずかだが、優夏にも白の魔力が流れたのだ。


春之介に触れていたので、これは当然のことだった。


「…消えて、ない…」と優夏はゆっくりと満面の笑みを浮かべて、「…調子に乗らないでおくぅー…」とまた春之介に甘えて、食卓に戻った。


「納得できただろ?」


「…全部、春之介のおかげだわ…」と優夏は笑みを浮かべて涙を流し始めると、春之介は眉を下げて大いに照れた。


「別に慣れなくてもいい」と春之介は言って優夏に指の先を見せた。


「…ただれてる…」と優夏はつぶやいて涙を流した。


魔力濃度が高いので、触れるだけでもやすりに削られたようになってしまうのだ。


ちなみに悪魔の場合は、体から黒い煙を吐き、どろどろと溶けだしてしまう。


「特に問題ないさ」と言ったが、優夏は春之介に触れて一瞬にして治療した。


「…おっ 強くなったような気がする…」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「…天使以外には有効だから…」と優夏ははにかんだ笑みを浮かべて言った。


この甘い雰囲気のふたりに、話しかける勇者はひとりもいなかった。


そして誰もが、これほどまでに信じられるパートナーを欲した。


「…捨てられないように気をつけなきゃ…」と花蓮は言って大いに苦笑いを浮かべたが、「その心配はないよ」と源一は笑みを浮かべて答えた。


「春之介と同じで、俺が玉の輿に乗ったようなものだからな」と源一は心からの言葉を花蓮に向けると、花蓮は大いに照れて、照れ隠しのように子供たちを抱きしめに回った。


ラブラブが二倍になったので、誰もが大いに焦り始めたが、焦らなかった者たちが自然にペアになっていた。


まさに精神修行の濃度が高い者が幸運を得たと言ったところだ。



春之介たちは今回も山ほどの報酬をもらってアニマールに戻ると、来客があった。


仕事帰りなのか、松崎の部隊全員が食卓にいて食事を摂っている。


「やあ、いらっしゃい」と春之介が気さくにあいさつすると、新規メンバーから順に深々と頭を下げていった。


その中心に、元気のない女の子がいる。


巨大な悪意にとり憑かれていた少女だ。


天使の癒しによって、五体満足の状態にもどったが、心に問題があると春之介は察した。


春之介は笑みを浮かべて、女の子の視野に入った。


表情は変わることなく、春之介が少し動くたびに目だけで追った。


「やあ、こんにちは。

 俺は八丁畷春之介と言います」


春之介は笑みを浮かべて言って、女の子に頭を下げて上げると、女の子は目を見開いていた。


そして、「…お化け…」とつぶやいたので、春之介は大いに笑ってゼルタウロスに変身した。


「これが本当の俺の姿だからね。

 君を何とかしようと、

 さっきの人型ではなく、この姿で黒い鎧を溶かしてもらったから」


女の子は怪訝そうにゼルタウロスを見ていたが、「…猫ちゃんがしゃべった…」とぼう然として言った。


ゼルタウロスが大いに眉を下げて、「話ができなきゃ通訳がいるからね」と言ってから春之介に戻った。


「原因は何だったのですか?」と春之介が松崎に聞くと、それほど長くない話をした。


「30年前… 何の前触れもなく…

 時が止まっていた…」


「異空間にいれば納得はいくけどね…」と松崎は眉を下げて言った。


「…まあ、悪魔の資質があったのか、沸いたのか…」と春之介がつぶやくと、松崎は真顔のままうなづいた。


30年前というのは、女の子の記憶から彼女の住んでいた町を探し当てて、親を見つけたからだ。


そして親は、「…こんな子は知らない…」と言って親権を示さなかった。


よって女の子は人間不信に追いやられていた。


両親には違いないと認めたが、30年経っていたので、―― 違うのかもしれない… ―― などと考え、大いに混乱しているそうだ。


「…お父さんとお母さんはこの人だよね?」と春之介が言うと、春夏秋冬が宙にその映像を映し出した。


その瞬間に、女の子は大いに震えだしたのだ。


「…まあ、普通に虐待でしょうね…」と春之介は眉を下げて言うと、結城は素早くうなづいた。


「新しいお父さんとお母さんを見つければいいさ。

 本当は子供は親を選べないけど、

 里子になるという制度もあるんだ。

 この場合は、君が親を決められるから」


春之介のやさしい言葉に、「…いじめられない?」と涙を流して聞いた。


「さあ、それはどうだろうね。

 だからさ、君のいたい場所で生活してもいいと思うよ。

 君は誰も信じられないという病気にかかっているようだから。

 だから俺たちも無理に話はしない。

 君から話しかけてくれたらそれでいいから」


「…どうすればいいと思う?」と女の子は松崎に話しかけた。


「俺も同じ意見だ。

 君の好きなようにすればいいさ。

 もちろん、ルールはあるから、

 好き勝手なことはできないからね」


「…はいぃー… …猫ちゃん、やさしいですぅー…」と女の子が言うと、春之介は大いに眉を下げてゼルタウロスに変身した。


ここは人間の言葉は話さない方がいいだろうとゼルタウロスは思い、何も言わずに女の子を見上げた。


「お仕事もあるから、ずっとこの姿ではいられないわよ」と優夏が比較的やさしい言葉で話すと、「…テレビの中で歌って踊ってた…」と女の子は言って、優夏に笑みを向けた。


「お仕事に行ってたのよ。

 みんなもそう」


女の子は春之介の家族たちを見まわして、「…うん、みんな、スポーツしてたり、踊ったり…」と笑みを浮かべて言った。


春菜が笑みを浮かべて、猫が喜ぶおもちゃを出すと、ネコというネコ全てが集まって来て、春菜の想いのままになったので、優夏は腹を抱えて大いに笑った。


ゼルタウロスも猫の仲間入りをしていたので、かなり面白かったようだ。


春菜が女の子におもちゃを渡すと、「…ありがと…」と礼を言って、ネコたちとコミュニケーションを取り始めた。


―― ここは安全… ―― と女の子は思ったようで、今度はネコたちを抱きしめ始めた。


そして、ネコ以外にも触れ回って、かなり陽気になっていた。


「じゃあ、星に戻るよ」と松崎が言って立ち上がると、女の子は慌てるようにして立ち上がって、松崎の隣に立った。


「…ここに残るのかと思ってた…」と松崎は言ったが、女の子と手をつないで、社に入って行った。


ゼルタウロスは、「名前はドレス・ワゴン。父親を松崎様に決めたそうだ」と言ってから春之介に戻った。


「…あの子の悪意が…」と優夏がため息をつきながら言うと、「死んでなくて何よりだ」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「それに、あの子だけの悪意じゃない。

 最低でも数千万人分はあったと思うね。

 その根本を松崎様は正したと思う。

 だけど、公の場では言えないはずだよ」


「…あの子が気付いちゃう…」と優夏が嘆くと、春之介はすぐにうなづいた。


すると、夏之介を抱いたドレスが眉を下げて社から出てくると、春菜が立ち上がって、「ネコちゃんね?」と聞くと、ドレスは笑みを浮かべてうなづいたので、春菜の動物たちとともに社に入って行った。


「…春菜がネコだらけでよかったぁー…」と春之介が苦笑いを浮かべて言うと、優夏は愉快そうに笑った。


「…春ちゃんの家は、今はあっちだったこと忘れてたわ…」と優夏は眉を下げて言った。


「春菜を姉ちゃんにするだろうね。

 悪魔じゃないけど、存在感は似てるから」


「あっちにも悪魔は多いから、

 いがみ合いでもあるんじゃないの?」


「そんなもの、春菜の相手になるわけないじゃないか…」


「…無理ね…」と優夏は言って、愉快そうに笑った。



もちろん、春菜は松崎の家族たち全員に気に入られているわけではない。


力のある悪魔は特に春菜を毛嫌いする。


そしていい予感がまるでないので、春菜と視線を合わせることはない。


さらにはその存在感がもうすでに松崎の側近のひとりになっていたことは特に気に入らなかった。


アニマールからの借りものとはいえ、これほど威厳がある者をなぜこの星に召喚したのか、悪魔犬塚千代は理解できずに目を吊り上げて春菜を見ている。


すると春菜はすでに気づいていて、巨大なクロヒョウとともに、千代めがけて歩いてくる。


まさにその目だけが悪になっていたので、悪魔の誰もが大いに背筋に寒いものが走った。


クロヒョウが眉を下げて春菜を見上げると、「あ、ごめんね」と春菜は言って目を元に戻して、クロヒョウの頭をやさしくなでた。


すると悪魔たちは、「うっ?!」とうなって、身動きができなくなっていた。


だが千代だけは何とか動けたので、拘束の術ではないと判断できた。


そのパートナーの大魔王悦子は千代を見て、指先だけは何とか動くことを確認して、この不思議な術が何なのか考えようとしたのだが、思考までも縛られているように感じて、目に見えるものしか考えられなかった。


よって、術を放つこともできないのだ。


「すべて説明するから…」と春菜はため息交じりに言って、全ての事実を口頭で説明したが、イカロス・キッドがその後ろにいて、映像を浮かべてその真実の映像を流したので、「…拓生が欲したのか…」と千代はうなって、すべてを納得した。


「うちの悪魔ちゃんたちは聞き分けも察しもいいんだけど…」と春菜は眉を下げて言うと、悪魔たちはわなわなと震えた。


「野良悪魔と変わらないから…」とイカロス・キッドが眉を下げてい言うと、春菜は大声で笑った。


その途端、千代以外は意識を断たれていた。


「あら、悪いことしちゃったわ」と春菜は言って、クロヒョウの頭をなでると、悪魔たちは地面に転がった。


「…重力操作…」と千代はうなってから、そのまま意識を断たれた。


「あ、悪いね、説明してなかった」と拓生がお気楽に言うと、「こうするように仕向けたんじゃん…」とイカロス・キッドが眉を下げて答えると、春菜も同じように眉を下げていた。


「だけど、悪魔たちにはわかりやすいわ」と春菜は言って、イカロス・キッドの頭をなでた。


「うおぉ―――っ! 強くなったっ!!」とイカロス・キッドが大いに高揚感を上げて叫ぶと、「…簡単なのね…」と春菜は眉を下げて言った。


この時から、イカロス・キッドは、拓生と春菜の影として働き始めていた。


「複雑なことを説明する時は便利ね…

 春夏秋冬も大いに重宝されてるし…」


春菜の言葉に、「…きっとね、誰よりも先読みも何もかも早くなってるよ…」とイカロス・キッドが肩を落として答えた。


「あまり落ち込むと、いいことは何もないわよ」


春菜の言葉に、イカロス・キッドは笑みを浮かべて胸を張った。


「人間に反抗する思考への道にまっしぐらだからね」と拓生は笑みを浮かべて言った。


「…道の話を拓生の口から始めて聞いたよ…」とイカロス・キッドは拓生に軽蔑の眼差しを向けた。


「それもダメ」と春菜が言うと、「はっ 春菜様」と答えると、「それもダメ」とさらに春菜に言われてしまったので、拓生は大声で愉快そうに笑った。


「…わかったよ… 春菜さん…」とここは仕方なさそうに、友達のように春菜に言った。



余裕ができた春菜は、拓生の力になる者たちを見まわした。


色男も多いが、能力が高い者もそれなりにいる。


両方を持つ者は必ずといってパートナーがいる。


よって、大いなる資質があって、パートナーがいない者を探すしかないと、落ち込むことなく考え始めた。


ちなみにフリージアでも数名目はつけていた。


ここでもそれを知ろうと考えていると、クロヒョウが春菜を見上げた。


「あら、名前を決めてなかったわ」と春菜は笑みを浮かべて言って、「ブラックナイト」と言ってクロヒョウの頭をなでた。


クロヒョウはその体を人型に変えて、「…これほどうれしいことはございません…」と涙を流した言った。


「…あら、勇者だったのね…」と春菜は笑みを浮かべて言った。


まさにとんでもない戦力アップに、拓生すらも驚いている。


そしてその顔はクロヒョウでしかないので獣人の勇者ということになる。


しかし、着こんでいるその衣服や装備は、半端なく豪華で、ハイレベルな術師が鍛えたものと判断して、芸術品のようなブラックナイトを見つめている。


「…さすが、優夏ちゃんの作品…」と春菜は大いに眉を下げてつぶやいた。


「お師様は、今日のこの日を待てとおっしゃってくださったように感じます」


ブラックナイトは笑みを浮かべて春菜に頭を下げた。


「クロヒョウ」と春菜が言うと、ブラックナイトはすぐにクロヒョウに戻って眉を下げていた。


「私はこの方が好きだから」と春菜は言って、クロヒョウを抱きしめた。


「…優ちゃん、気づいたはずなのに来ないわね…」と春菜が言うと、「春菜さんに任せたんだろうね」と拓生は笑みを浮かべて言った。


「あんた、悪魔の眷属としての縛りはなくなったのよ。

 それ、わかってる?」


春菜の言葉に、クロヒョウは目を見開いて、辺りを見回して砂をかき集めて術を放った。


多くの砂は固い岩に変わったので、ほっと胸をなでおろした。


「眷属の力は勇者の術に変換されたようね。

 勇者としても破格になったわ。

 お師様からのご褒美のようなものよ。

 …春君も言ってたわ、勇者は自由」


するとクロヒョウは人型を取って、「姫のおそばで」とだけ言ってクロヒョウに戻った。


「ええ、いいわよ」と春菜は気さくに言って、強いパートナーができたことは喜んだ。


「あんたのライバルになる人を決めないとね」と春菜が言うと、クロヒョウは感情を変えることなく頭を下げた。


春菜とは主従関係のままなので、ブラックナイトとしては、春菜が伴侶をめとっても何も問題のないことだった。


するとガウルが走って来て、春菜を見上げた。


「…なによ…」と春菜がクレームがあるように言うと、「戻っても問題ないよね?」と春菜が予想したことをガウルが言ってきたので、春菜は大いにうなだれた。


「ブラックナイトは側近、あんたは友人」と春菜は言って、ガウルを抱き上げた。


ガウルは幼児に変身して、「…わかったよぉー…」とここは反抗することなく答えた。


「…ここにはふたり、フリージアには五人…」と春菜がつぶやくと、「お勧めはいないよ」とガウルがすぐに答えた。


「…そう、それは本当に残念だわ…」と春菜は眉を下げて言った。


「パートナーとして成立しなくなる人が出るように思うんだ」とガウルは言って、拓生と覇王を見た。


「…マジで…」と春菜はぼう然として言ったが、喜びもした。


だがその別れとめんどくささを考えると、眉を下げていた。


「ローレスさんも麗子さんも役不足だから」とガウルが子供らしく歯に衣着せぬことを言うと、「…ほんと、残酷だわ…」と春菜は眉を下げて言った。



「拓生さん、私をここに呼んだ本当の理由を聞かせて欲しいの」


春菜が堂々と言うと、拓生は大いに戸惑った。


「…姉ちゃんに興味があるからに決まってるじゃん…」とガウルが言うと、「あんたが答えなくていいの!」と春菜は苦笑いを浮かべて叫んだ。


「…遠回しに言うと、デヴォラルオウの望み…」と拓生がつぶやくように言うと、「…ふーん…」と春菜は怪訝そうに言って、拓生を見て覇王を見た。


「私と麗子さんがケンカをして、覇王さんを奪い合うわけね?」


春菜の言葉に、一番に麗子が過剰な反応を示したが、攻撃をすることはなかった。


しかし、その心情では攻撃をしていたことに等しい。


もうすでに、人型を取っているブラックナイトが春菜の前に立って結界を張っていたからだ。


「まずは麗子さんを完全に修復するべきね。

 今のままじゃ、話がこじれるだけだわ。

 めんどくさそうだから、覇王さんを欲することはないわ。

 それに、雇われた理由がなくなったから、

 アニマールに戻るわよ」


ここはお嬢様王女様気質を満載に出して春菜が言うと、拓生はすぐさま頭を下げた。


まるで反論の言葉が浮かばなかったのだ。


そして反論すれば、それはただの欲になることもわかっていた。


「松崎拓生も結城覇王もロリコンだって言いふらしちゃう!」


春菜はここは子供らしく言って、動物たちを連れて社に入って行った。


すると、ドレスもついてきてしまったのだ。


今はクロヒョウのブラックナイトにしがみついている。


「結城さんにきちんと言ってこなきゃダメよ」と春菜がやさしく言うと、ドレスは大いに迷って、「…別居…」とつぶやいたので大いに笑った。


春之介たちはすぐさま気づいて、遠くから春菜たちのやり取りを見ている。


春菜が説明しようとしたが、ここは春夏秋冬が詳細にわかりやすく情報を出すと、ドレスはきちんと理解した上でうなだれた。


「赤の他人だから、うまくいかないこともあるの。

 血縁者でも、うまくいかないことがあるって、

 ドレスだって知っているはずよ」


春菜のやさしい言葉に、「…うん、すっごくよくわかってるの…」と眉を下げて言った。


「じゃあ、今日はここで過ごして、

 明日はあっちで過ごせばいいじゃない。

 特に決めないからドレスの好きなようにしていいわよ。

 だけど移動する時は誰かにきちんと言ってから行くように。

 いいわね?」


「…はい… …ママ…」とドレスが小さな声で答えると、「…まあ… ママでもいいんだけどね…」と春菜は眉を下げて言って、ドレスをやさしく抱きしめた。


「…なんだかちょっと悔しいわ…」と優夏は大いに眉を下げて言って、クロヒョウを見た。


「なかなかかっこよくなった」と春之介ほめると、「…非の打ちどころのない勇者だったの…」と優夏は目を細めて言った。


「だからこそ、大いに縛られる悪魔の眷属となった。

 だけどそれはうわべだけで軽く縛っていたにすぎない。

 しかし主となる者は、かなりの上級者でなくてはならない。

 優夏に対抗できるのは、今は春菜しかいないと思う」


「…もしくは春之介…」と優夏は苦笑いを浮かべて言った。


すると小人たちが大いに興味を持って、クロヒョウに近づいた。


そして春菜が許可を出して人型になると、特に高い能力を持っている者たちは大いに目を見開いた。


「…クロヒョウとの存在感がまるで違う…」と浩也が悔しそうにうなった。


「…まあ… ほぼ完成品…」と春之介が眉を下げて言うと、「動物が全然ダメだからいいのぉー…」と優夏が言い訳をするように言うと、春之介は少し笑った。


「…木登りができないネコはいないな…

 重力操作で昇ることはできるけどな…

 身体的鍛錬は大いに積めるだろうね」


すると、勇者ブラックナイトがそわそわと始め、小人たちが察して春之介との道を開けた途端にクロヒョウになって走ってきた。


どうやら動物として修行を積みたいそうだ。


春之介はゼルタウロスに変身して、鋭い爪を出して地面をひっかいた。


そして今度は爪を収めて地面に手形をつけて、この辺りで一番高い木をめがけて突進した。


クロヒョウは何とかゼルタウロスに追いついたが、木の根元に来た途端にゼルタウロスは、木の幹にらせんを描くようにして30メートルほど昇って、太い幹の上に留まった。


ゼルタウロスは爪を使わずに木に昇ったのだ。


これが肉体的鍛錬の修行だと思い、クロヒョウは距離を取ってゼルタウロスのマネをしたがスピードがまるで足りないことに気付いた。


よって、木を半周ほどして地面に足をつけた。


スピードを上げて、前方への力を上方に素早く変換しなければ、木を登ることはできない。


さらには丸い木を一本の道に見立てる必要もある。


するとゼルタウロスは春之介に戻って、ゼルタウロスと同じことをやって、太い枝に立った。


クロヒョウはブラックナイトに変身したが、春之介のようにうまくできない。


力や技だけではかなわないこともあると、ブラックナイトは思い知って、春之介に頭を下げた。


春之介が空を飛んで戻ってくると、「春之介は忍者だったようね」と優夏は愉快そうに言って笑った。


「太い木ならほぼ問題ないけど、細いほど大変だと気づいた」


春之介の言葉に、―― これも修行… ―― と、猛者たちは一斉に思っていた。


「スピードとバランスと手加減」という春之介の言葉に、仲間たちは大いに眉を下げている。


「…魔球の応用でもあるのね…」と優夏は眉を下げて言った。


「絶対に打てない魔球を考え出したけどボークだった」と春之介が言うと、誰もが大いに眉を下げたが春之介に注目した。


「そしてキャッチが危険なので投げられない!」と叫んで大いに笑うと、誰もが眉を下げている。


「プレートを蹴って、その勢いを維持したまま投げる。

 ベースに近づけば近づくほど、ボールは脅威となる。

 だけど、プレートを外して投げることになるからボーク」


浩也が論理的に説明すると、「…そうなんだよねぇー…」と春之介は眉を下げて言った。


「ボールの変化よりも、

 トリッキーなアクションの方が効果があるような気がしてね。

 ボークにならないアクションを維持しながら投げる。

 例えば…」


春之介は言って、腕をぐるぐるとまわし始めた。


「ソフトボールのウインドミルは、野球の投球ではボークだぞ」と浩也が言うと、春之介がにやりと笑うと、春之介の右腕が肩から消えた。


「…罪悪感が沸くような投球方法を考え出すんじゃない…」と浩也はここは春之介の兄として言った。


「…やっぱ、ダメか…」と春之介は言って、あまりにもトリッキーなことはやらないことに決めた。


春之介の意図は、見えなくなるほど素早く腕を回して、一定間隔で小刻みに腕を止めて、さも普通に投げているように見せかける。


そしてリリースは、実際は腕を回し続けているので、様々なタイミングでボールを放つことができる。


よって振りかぶった直後に剛球が投げ込まれてくることもあるわけだ。


術は使わず体術なのだが、その投法が発覚した場合は確実にボークだ。


「…魔球もそろそろネタ切れだからなぁー…」と春之介が言うと、「…贅沢なことを言わないでください…」と浩也は眉を下げて言った。


春之介の投げる魔球はキレがあるので、打たれはするものの、外野に飛ぶことはない。


投手であれば、まさにうらやましく思ってしまうのだ。


「…ついに、縦回転を使う日が来たようだ…」と春之介が言うと、浩也はさらに苦笑いを浮かべた。


「…キャッチ、捕れるの?」と浩也が遠慮がちに聞くと、「意地でも捕りますので」と一太は胸を張って言った。


「ミットが重くなるけど、厚みがある丈夫な軽金属を入れておけば大丈夫だよ」


春之介のなんでもないことのように言うと、誰もが大いに眉を下げていた。


その魔球の説明を春夏秋冬が映像を出して始めると、「…フォームが違うし、これは打ちづらい…」と麒琉刀は大いに眉を下げて言った。


「…ボールの出どころが肩口か…

 それに、とんでもないスピードで飛んできそうだな…」


浩也は説明図をつぶさに見ながら言った。


「練習、行くよ!」と春之介が気さくに言うと、誰もが気合を入れて立ち上がった。



ひと通りウォーミングアップを済ませて、春之介と一太はブルペンに行って、軽く投げ込みを始めた。


そして、フォームは変えずに縦回転のボールを投げると、『ドォ―――ンッ!!!』と大砲の音がした。


「これでも十分です!」と一太は上機嫌で言って、春之介にボールを投げ返した。


そして投げるたびに、一太の構えがどんどん低くなる。


ついには、地面に腰をつけて捕り始め、魔球が完成してしまった。


「初速350キロ、終速400キロ」と春之介は機嫌よく言って、全ての投球内容の確認を終えた。


「…マネしたいけど厳しいー…」と優夏は苦笑いを浮かべて言った。


「完全じゃなくても、打ち取れる球は投げられるわ」という春菜の言葉に、「…うん、それはわかるけどぉー…」と優夏は答えたが気に入らないようだ。


「あんたたちは贅沢過ぎるの!」という春菜の声に、春之介も優夏も肩をすくめた。


「マネするなって言ってもマネして怪我しちゃうわよ」と春菜はさも当然のように言った。


もちろん、真似をするのは野球ファンの子供たちだ。


鍛え上げられている肉体であるからこそ投げられるボールも多いのだ。


そして魅力があるのはやはり速球。


ボールが見える程度に調整されているのだが、確認ができた時に振っても振り遅れることは確実だ。


少しでも、超野球人たちのマネをして、早く同じグランドに立ちたいと、どうしても子供たちは思ってしまうのだ。


「…下半身の強さと溜め…

 さらには柔軟性…

 …動物になる必要があるのかしら…」


優夏の言葉に、「それは大いにあるわ…」と春菜は眉を下げて答えた。


「練習試合やるよ!」という春之介の明るい言葉に、「…実験台ね…」と春菜は眉を下げて言って、優夏とともにグランドに向かって走って行った。



正式な試合が終わってもこの調子だが、試合よりも練習の方が気合が入っている。


しかも両軍とも投手が疲れただけで、一時間程度で練習試合は終わってしまった。


両軍の投手を打てないので、野手はまるっきり疲れていない。


春之介と優夏だけが、満足できた練習試合となっていた。


そしてリフレッシュを終えてから、優夏はアイドルとして通しのレッスンを積んだ。


少々疲れているのはミライだけで、今回もミライを担ぎ上げるようにして風呂に行った。



コンサート当日も、大勢の観光客を呼び、誰もが満足できるライブとなった。


このステージでも大迫力の生演奏だったので、子供たちはもちろんのこと、大人たちも満足できるイベントになったようだ。


そしてアイドルショップも大盛況で、通常の百倍ほどのレジを増設していた。


とはいってもセルフレジなので、ここではほとんど人の手を介さない。


誰もが不思議そうにして、精算を済ませる。


まるで自動販売機なのだが、厚みは10センチほどしかない板なので、不思議に思って当然だ。


そして、ここで大問題が起こった。


横に長いレジのほぼ中央で警報が鳴り始めたのだ。


このような場合、レジの並びの上部にある大きなモニターに、問題があったレジ付近の映像が流れ、対象レジはもちろん停止して、購入中の客を結界で囲むようになっている。


その近くにいた客たちは、自分たちのせいで何かをやったと思ったようで、驚愕の顔をしているが、誰でも驚いて当然なほど、けたたましい音だったのだ。


もちろん、今後の忠告、警告として、かなり目立つように考えられていた。


この場合、対応する係員は源一となっている。


普通であれば最高責任者が出てくるはずがないのだが、予想された事態は、それなり以上の能力者が引き起こしたことと考えられていたからだ。


よって源一は満面の笑みで、問題のレジに飛んできていた。


春之介も暇だったようで、源一に続いた。


「…おっ なかなかやるな」と源一は機嫌よく言った。


結界の中には誰もいなかったからだ。


「結界を解いた途端に外に出るわけですね」


春之介が笑みを浮かべて言うと、「そうするだろうね」と源一は楽しそうに言って、もう一つ結界を張った。


「逃げるすべはないぞ!

 わかっていると思うが、結界を二重にしたからな!

 おっと、言葉遣いが乱暴だった」


源一の言葉に、春之介は少しだけ笑っている。


「なかなか素晴らしいですね。

 綺麗に姿を消しています。

 影すらない」


「感心してないで、その術解いて?」と源一が眉を下げて言うと、春之介は魂たちにお願いして、真実の姿を晒してもらった。


そこには少女がいて、驚愕の顔をしている。


そして、透明化が解けていないとでも思ったのか、隠れる場所を探し始めた。


もちろん、そんな場所はどこにもない。


「会員証の不正使用だよ」とイカロス・キッドが報告すると、「カードのコピー?」と源一が聞いた。


「うん、そう。

 見た目は同じだけど、

 コピーなのは簡単にわかったよ」


すると会員証から警報が鳴り始めたので、少女は大いに慌てた。


そして会員証を地面に投げ捨てた。


その時に、透明化が解けていることに気付いて、眉を下げて源一を見た。


「なかなか高性能で、かわいらしい泥棒だ」と源一が言うと、少女は何も言えなくなってうなだれた。


背後には大勢の客が並んでいるので、少女を球状の結界で包み込んだまま宙に浮かべて、レジを解放した。


少女は何とかして外に出ようと結界を叩いているが、抵抗しても無駄だった。


「…バレないって言ったのに…」と少女はつぶやいた。


「手下に過ぎないようですね。

 コピーした者は別にいる」


「別の会員証で商品を買って、

 誰かに売ろうとでもしていたのかしら」


優夏が眉を下げて言った。


「…ユーカちゃん…」と少女は言ってうなだれて涙を流し始めた。


アニマール・フロム・アニマールのファンには違いないようだ。


「正規の会員証で商品を購入済みです」


イカロス・キッドの言葉に、「なるほどね… なかなか悪いヤツ…」と源一は言って、念話ですべての飛行艇の航行を見合わせるように伝えた。


「管理番号を」と春之介が聞くと、イカロス・キッドが伝え、その商品を持っている者が、源一の前に立った。


それは大人の女性で、目を見開いて驚きの表情をしていた。


「この人も手下…

 なかなか用意周到で卑怯なヤツ…」


源一はうなるように言った。


「バレないって言ったじゃない!」と少女が叫ぶと、女性は聞こえていないふりをして、これ見よがしにそっぽを向いた。


「どっちにしても君も犯罪者だ。

 たとえ誰かを人質にされていたとしてもな。

 その事実はなく、カネで雇われたようだけどな」


「雇った者は、科学者のようですね。

 マキガイという星の、

 ジョン・クラントという男のようです」


春之介の言葉に、女性は目を見開いた。


どうやら、雇い主の名前が違っていたようだ。


すると、今度は男性がここに飛ばされてきた。


「お、ここにいたんだ」と源一は言って眉を下げて男性を見入った。


「面倒がなくて何よりです。

 人形のコピーを取って、荒稼ぎする予定だったそうです。

 ふっかけることもあるし、良心的な値段の場合もあるようですけどね。

 ここに来られない星の住人相手の商売のようですね。

 アイドルたちにはここだけではなく、

 全宇宙ツアーでもやってもらおうかな」


「…早速会議をして、一番楽な方法を考えるよ…」と源一は眉を下げて言った。


「まずは、あんたらの住む星の住人は、明日から出入り禁止だ。

 あんたらの罪は、

 罪を犯した者が住む星にゆだねることに決まっているからな。

 場合によっては極刑もあるだろう。

 今、覚悟を決めておけ」


源一の厳しい言葉に、男性はうずくまり、女性と少女は泣き叫んだ。


「まだいるんじゃ…」と春之介は言って、魂たちにお願いして男性を探ってもらうと、とんでもない事実が発覚した。


『主犯は、細田仁衛門さんです。

 正確には、ヒューマノイドの方です』


春之介は念話で源一に伝えると、源一はすぐさま細田を拘束するように松崎に念話を送った。


「…ついにやったか… 判断が甘かった…」と源一は大いにうなだれて言った。


もちろん、春之介も源一の言葉に同意した。


そしてイカロス・キッドがメインサーバーのストレージを確認して、「ほぼ、特定できた。偽細田3号のログが一部不明になってるよ」と報告した。


「バレないはずがないのに…」と源一は立ち直れないほどにうなだれているが、ここは何とか胸を張って、マキガイ星の大使館員を呼んだ。


まさか、今日のこの日が来るとは思ってもいなかったようで、三人の身元を確認してから、大使館員ごとフリージア星から追放になった。


「…次に会えた時、曲がっていないように…」と優夏は涙を流して祈りを捧げた。


もちろん、この事件の詳細は、全てを明らかにして報道した。


このようなことを企んでいる者たちへの警告でもあるのだ。


優夏は仁王のような顔になっていて、「ふんっ!」とうなり声だけを上げた。


「はい、制裁完了」と比較的明るく言って、アイドル仲間たちに説明するため合流した。


「細田さんはたぶん、普通の人になったんでしょうね」と春之介は真顔で言った。


「能力ごとすべて消したか…

 まあ、松崎さんがやるように思っていたけど、

 躊躇していたんだろうね…」


源一は眉を下げて言った。


この場合、理論はわかっていても術は放てないという症状が発生する。


よって、ローレル・ミストガンのように、知識はあるが術を使えないという、ただの頭でっかちになってしまうわけだ。


どれほど知識があろうとも、この先の就職先は、大学教授程度のことしかできないはずだ。


松崎はすべてを察して、細田を源次郎に託した。


源次郎は苦渋を飲んで、澄美に託し、監視させた。


改良を施されていた偽細田たちは源一が涙を飲んで、全て影として造り替えることに決め、機能停止にした。


これが唯一の源一のロボットたちの王としてのけじめでもあった。


それでも妻の岩戸理恵は細田に寄り添った。


もちろん監視の意味もあるが、普通の人間の妻でも構わないと理恵は思ったようだ。


理恵も能力者なので、源次郎にとってさらなる大いなる痛手だった。



「…細田君…」と越前雛はつぶやいてうなだれた。


ビジョンもうなだれたいところだが、「当然の罪で、当然の罰」と堂々というと、「…はい、仏陀様…」と雛は言って涙を流した。


「この先、許される日が来ることもあるだろう。

 それは、星に戻された少女の運命次第だと感じる」


「…ユーカちゃんのファンには違いなかった…

 もし、本当に極刑にでもなったら…」


「今のまま、何も変わらないだろう」とビジョンは言って優夏を見た。


「私たちは、ファンのみんなのために、歌って踊るしかないのよ!」


優夏の気合のこもった言葉に、「はい! ユーカちゃん!」とアイドルたちも気合を入れて返事をした。



マキガイ星は死刑のない星なので、極刑はなく、無期懲役が最高刑だ。


しかも少女は能力者で、星の王のためにも働いていた。


科学者も女も王の手の者だったことに、この裏切りに対してどう対処するか大いに悩んだ。


もちろん、少女の術の対処方法は熟知していたので、拘束されている。


裁判の日までは、厳重監視の牢につないでおくことになった。


なんでもできると信じていた少女は、簡単に捕らえられたことを恥ずかしく思った。


まさに井の中の蛙だった。


この星の大人たちは少女をおだてたが、フリージア王は認めることはなかった。


この牢に繋がれるまでに、フリージア王が迎えに来ると信じて疑わなかったのだ。


しかしその気配はまるでなく、「…ただの泥棒になったか…」と顔見知りの衛兵に言われたことを悔しく思った。


「よくも、俺の娘の希望まで奪ってくれたな」


衛兵の言葉に、少女は返す言葉もなかった。


「ユーカちゃん! どうすればいいのっ?!」と少女は大声で叫んだ。


しかし、誰も答えなかった。


すると、「…えっ?!」といきなり衛兵が叫んだ。


「…は… はい…

 …王には…

 …は、はい…

 …すぐに準備にかかります…」


衛兵は言って、少女を見ることなく、部下たちとともに牢から出て行った。



マキガイ星の広大な空き地に、大勢のアニマール・フロム・アニマールの会員だけが招集され、辺り一帯は結界で包まれていた。


するといきなりカラフルなステージが現れ、演奏者、そしてアイドルたちが一斉に現れて、結界内は高揚感で満ち溢れた。


「私たちは希望よ!!」と優夏は叫んで、5曲を歌って、笑みを浮かべて手を振って、何もかもが消えた。


この件については、城の衛兵隊長だけが優夏の指示を受けていた。


ここは、まずは娘のために、速やかに計画を遂行する必要があった。


それは簡単なことで、今あった事実を王に報告し、その王の精神状態を優夏に報告するだけだった。


そのあとは、ことあるごとに優夏かまたは万有源一に報告することが衛兵隊長の任務となった。


これが、マキガイ星の唯一の未来への希望となっていたのだ。


「アニマール王女はお優しい」と源一が言って頭を下げると、「ファンは大切にしなきゃ」と優夏はさも当然のように言った。


「…私も、アイドルから始めようかしらぁー…」と花蓮がうなるように言うと、「練習生からよ?」と優夏が言うと、花蓮は大いに苦笑いを浮かべていた。


「だけど、あの透明化は術なの?」と優夏が春之介に聞くと、「体術、だね」と春之介は笑みを浮かべて言った。


優夏は春之介の顔色をうかがいながら、「…動物…」とつぶやくと、春之介はうなづいた。


「人間と動物の狭間だからね。

 ここは人間として罰を受けてもらう必要がある。

 カネ目当てではあったようだけど、

 そのカネを何に使うのかは調べてないよね?」


「想像はできたよ…」と源一は苦笑いを浮かべて言った。


「ファンを全員集めて、フリージアツアー!」と優夏が陽気に叫んで踊り始めた。


春之介は何度もうなづいて、「だけど、大人二人は個人の欲」と無感情に言った。


「その一部は観せたから。

 だから今後の展開次第だけど、その優しい心に免じて、

 俺が招待してもいい」


春之介の言葉に、「いや、俺が」と源一は言ったが、「いや、任せるよ」と言い直した。


「…動物としてスカウト…」と優夏が言うと、「当たり前だよ」と春之介は胸を張って言った。


「カネに目がくらんだのは少々いただけないから、

 再教育の必要はある。

 そのあとはアイドルでも目指すんじゃないの?」


「練習生はいくらいても構わないわ!」と、優夏は陽気に叫んだ。



その頃、カメレオン少女も事情聴取を終えていて、もらったカネでアニマール・フロム・アニマールのファンを募ってフリージアに渡ることに決めていたと供述した。


大人二人とはまるで違う事情に、王は少女を許して自由の身としたが、城から出ることは禁じられた。


王は身辺整理をするように、まずは側近などから面接を開始して、不穏な行いを計画していないか、少女も使って調べ上げたが、大規模なものは認められなかった。


この調査が終わった時、源一から国交正常化の話があり、マキガイ星はフリージア渡航を許された。


この間、わずか3日の早業だった。


よって、アイドルのファン全員に希望が湧いた。


ファンの誰もが、優夏の言葉を思い出して、「ユーカちゃんたちは私たちの希望よ!」と心をひとつにしていた。


すると、マキガイ星に住む会員全員の手元に招待状が届いた。


一週間後のフリージア渡航とアニマール・フロム・アニマールのコンサートへの招待だった。


『ひとりの少女の願いが通じたのよ!』という優夏の言葉も添えられていた。


それを見たカメレオン少女は、号泣して招待状を抱きしめた。


「…ああ、神様…」と少女は笑みを浮かべてつぶやいた。


この話を少女から聞いた王は、―― ここで欲を出すと元の木阿弥… ―― と正しく判断して、カメレオン少女のフリージアへの渡航を許した。


よって王にはこの少女を手放すつもりはさらさらない。


この事実も正確に春之介に伝えられた。


「…ま、仕方ないな…」と春之介は眉を下げて言った。


「…ここは、黙っておくしかないぃー…」と優夏も正しく判断して、少女の優秀さを思い知っていた。


しかしこの後、少女が今の心のうちを王に話した。


「ユーカちゃんは私の神様です。

 私は、ユーカちゃんのために働きたいのです」


王は大いに悩んだ。


今までのことを色々と思い描いたが、少女を都合のいい駒にしていただけだと王は正しく判断して、「できれば、この王の願いも聞き届けて欲しい」と告げると、「はい! 何なりと!」と少女は満面の笑みを浮かべて叫んだ。


「…あ、いや…

 時にはここに戻って、この城内の諜報をしてもらいたいだけだ…」


「はい! 喜んでっ!」と少女が快く叫ぶと同時に、少女から春之介と優夏が飛び出してきた。


ふたりは王に挨拶と自己紹介をして早々に、「では、この子をもらい受けますので」と春之介が言うと、さすがに王は戸惑ったが、自分が言った言葉を思い出して、「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「チェックが甘かったから、

 衛兵隊長にすべて言いつけたから!」


優夏の陽気な言葉に、王は満面の笑みを浮かべてうなづいた途端、春之介たちは少女を連れて消えた。


「…行ったのですね…」と衛兵隊長が王の間に入って来て、眉を下げて言った。


「貸しただけだ」とここは王は威厳をもって言い、大声で陽気に笑った。



「トカゲ・カメレオン?」と春之介は口を歪めて言うと、「…はいぃー…」と少女は上目づかいで春之介を見て返事をした。


「その名前が気に入ってるんだったらいいけど…」


優夏の言葉に、「皆さんのお名前はバラエティーに富んでいて素敵です!」とカメレオン少女は大いに感情を込めて叫んだ。


「素敵なお名前つけてあげてぇー…」と優夏が春之介に懇願すると、「…うーん…」と春之介は言って、腕組みをして考え始めた。


「…カゲナシレオナ…」と春之介がつぶやくと、「あら、素敵だわぁー…」と優夏は言ったが考え直して、「あら? 四季は?」と優夏が言うと、春之介は半紙を出して、今回は楷書で描いた。


『影無礼緖夏』


「カタカナの方がいいわ!」と優夏は叫んだが、半紙を見て何度もうなづいている。


「…カゲナシ、レオナ…」と少女は笑みを浮かべて言った。


「忍者っぽくっていい」と春之介が言うと、「歴史上の人物でいそうだわ…」と優夏は眉を下げて言った。


「この星では、それほど仕事はない。

 あるとすれば製造業だから。

 誰かを疑う必要はないから、

 今までやっていた仕事のようなことはまずない」


春之介の言葉に、「…ここは、平和…」と礼緖夏は喜びをかみしめるように言って笑みを浮かべた。



ここからは礼緖夏に今までの生い立ちを聞いた。


時折脱線するが、それは必要なことだった。


礼緖夏のような能力者は、星にとっては希少で、礼緖夏の先祖の代から、星を安寧に平定し続けていたのだ。


もちろん、礼緖夏しかいないわけでなく、優秀なものは多いのだが、礼緖夏ほど諜報員として使える者はそれほどいないのだ。


動物なので、その神髄を見抜かれてしまうことは多いので、時には王の敵に回ることもあったそうだ。


しかし礼緖夏は、自分自身の運命を呪った。


そして、観るべき時に観たと言っていい。


アニマール・フロム・アニマールに出会って、野球人の逞しい優夏を知って、礼緖夏はあこがれたのだ。


そのあこがれが力になった。


そして甘い言葉にたぶらかされてしまったのだ。


もちろん、よくないことだとわかっていた。


礼緖夏はフリージアへの渡航は問題なく許可も出て、支払いはすべて王が行うのだが、一般市民はそういうわけにはいかない。


どれほど費用が必要なのかを調べると、礼緖夏がどれほど頑張っても一年間の収入で百人程度しか連れて行けないのだ。


―― 自分だけが幸せでいいのか… ――


もちろん礼緖夏は間違った考えを持っていたが、情状酌量の余地は大いにある。


「礼緖夏の弱い心を鍛え上げないとな」


春之介の言葉に、「はい、八丁畷様」と礼緖夏は言って頭を下げた。


「この先、判断に苦しむ分岐点に立つこともあるだろう。

 仲のいいふたりの友人のどちらかしか救えないとかな。

 まさに究極の選択だが、両方救えるように鍛え上げろ。

 そして自分自身も守れるようになれ。

 それができるようになれば、ここにいる意味はあまりないから、

 誰かが望めば力になってやって欲しい」


「…ああ… はいぃー…」と礼緖夏は大いに自信なさげに返事をした。


しかし、春之介も優夏も笑みを浮かべて礼緖夏を見ていた。


「もちろん、ひとりで何もかもやれなどとは言っていない。

 ここに、パートナーという気の合った仲間がいれば、

 その力は二倍にも三倍にもなるんだ。

 そういう仲間を得て、今よりも強くなれ、礼緖夏」


「はい! 八丁畷様!」と礼緖夏は今度は自信満々で答えた。


「じゃあ、自由時間だ。

 好きに過ごしていいぞ」


「…あ、はいぃー…」と礼緖夏は言って、上目づかいで、春之介と優夏を交互に見た。


「あら? 何かしら?」と優夏が聞くと、礼緖夏は顔を真っ赤にして、言いづらそうにしている。


「なんでも聞いていいのよ。

 答えられないことは話さないだけだから」


礼緖夏は決心して、「八丁畷様はユーカちゃんのペットですか?!」と声を張って聞くと、優夏は大いに眉を下げたが、それ以外の者たちは大いに笑った。


「…夫婦、ですぅー…」と優夏が小さな声で答えると、礼緖夏は驚愕の目をした。


礼緖夏からすれば、意外で不思議なことだったのだろう。


春之介がゼルタウロスに変身すると礼緖夏は笑みを浮かべたが、その表情が徐々に驚愕に変わって行った。


「…とんでもない、ネコちゃんですぅー…」と礼緖夏は大いに怯えて背筋を震わせたので、春之介に戻った。


「俺は人間として生まれた後に、

 動物として覚醒したんだよ。

 人間でもあり、動物でもある。

 まさに、礼緖夏と同じだよ」


礼緖夏は安心したのか、本来の動物の姿に変身した。


「…カラフルで、威厳のないダイゾ…」


春之介の言葉に、誰もが眉を下げていたが同意もしている。


礼緖夏はほぼトカゲだが、直立の三足歩行で移動するようだ。


もちろんそれは、後ろ足と尾を使って歩くのだ。


しかし、ティラノサウルスのように、前足は小さくなく、後ろ足と前足の力のバランスは二対一ほどだと春之介は判断したので、人間よりも優秀だろうと感じた。


トカゲは礼緖夏に戻って、春之介に笑みを向けた。


まさに、仲間意識が高い安堵の笑みだった。


「俺以外にもまだまだいるぞ」と春之介が言うと、礼緖夏はさも楽しそうな顔をして、挨拶がてらコミュニケーションを取り始めた。


「パートナーは多いけど、

 ないものねだりに出るかな?」


春之介の言葉に、「…ペット…」と優夏はつぶやいて大いに笑い転げた。


春菜がゼルタウロスと遊んでいた姿を思い出していたからだ。


まさにあの時のゼルタウロスは動物でしかなかった。


「私は女王様の言いなりでございます…」と春之介が冗談で言うと、「…猫じゃらしで遊ぶぅー…」と優夏が言ったので、春之介は猫じゃらしを出してゼルタウロスに変身した。


するとまた猫たちが大集合してきて、優夏を大いに陽気にさせた。


優夏をひとしきり笑わせて、ゼルタウロスは春之介に戻った。


肝心の礼緖夏は、今度は純粋な動物たちに寄り添ってかわいがっていた。


それほど急ぐことはないと思っていたのだが、厨房からガウルが出て来た。


どうやら礼緖夏はガウルと意気投合したようで、少量のエサを動物たちに与え始めた。


「…振られたな、春菜…」と春之介がつぶやくと、「…期待はしてなかったわ…」と春菜は言って、微笑ましいふたりを見て笑みを浮かべている。


「外での修行だけど、

 澄美様の手伝いでもいいんじゃないのか?

 星の復興ではないが、大勢の人間相手だから、

 ある意味春菜の得意分野でもある。

 まあ、無理にとは言わないけどな。

 ひょっとしたら、いい男を捕まえられるかもしれない」


「いい女は多いけどね…」と春菜は言って笑みを浮かべた。


「それにいなかったら…」と春之介は言って、桜良があやしている赤ん坊の功太を見た。


「…誰もいなかったらそうするわ…」と春菜は眉を下げて言った。


「あー…」と春之介は言って、肝心の人物をすっかりと忘れていた。


「デヴォラルオウの弟のルオウ」


「あら、まだいたのね…

 それに会うだけはタダだわ」


春菜は陽気に言って笑みを浮かべた。


もちろん、全く期待などしていない。


昔、春之介とやっていたような人間観察が今は楽しいのだ。


「どこにいるんだろ…」と春之介は言って、源一に連絡すると、以前は源次郎が所有していて、今は澄美の城の浮島にいるそうだ。


その浮き島には黒い扉があり、ドズ星とミリアム星に移動できる。


今も使われていて、修行には必要不可欠となっている。


「いろんなところで寝泊まりしているそうだぞ。

 今は澄美様の浮島にいるそうだけど、

 そこからいける星にいるかもしれない」


「説明は受けてるわ…

 ちょっと、遊びに行ってくる」


春菜はゼロスには声をかけず、黒猫軍団を連れて社に入って行った。



「…あら、嫌な人に会っちゃったわ…」と春菜は言って、ぼう然自失としている細田を見た。


もちろんひとりではなく、妻の岩戸理恵もいる。


「あら?」とその理恵が春菜を見つけて、席から立ってお互い挨拶を交わした。


「ルオウっていう人を探しに来たんだけど、知ってます?」


春菜の比較的フレンドリーな話し方に、「たぶんドズ星だと思うわよ」と理恵も気さくに答えた。


春菜は礼を言って、ドズ星に渡る扉をくぐった。


数回来たことはあるが、じっくりと観察するのは初めてだ。


すると広大な農地に、数名の男女がいる。


その中でひときわ目立つ男性を発見した。


身長はそれほど高くないが、魂の積み重ねが半端ないとすぐにわかった。


しかし、春之介が言っていたような、魂がパンクしそうな悲壮感は感じない。


まさに一心不乱に大地を耕し、雑草を抜き、作物に水を与える。


「こんにちは」と春菜は全く警戒せずに声をかけると、「八丁畷春菜様」とルオウは笑みを浮かべて言って頭を下げた。


―― あら、いい男じゃない… ――


春菜の第一印象は好感触だった。


ルオウは現在の万有桜良に少し似ていて優男だ。


「魂がパンクしそうには見えませんわ」


春菜の言葉に、「つい最近、補填しました。さすがに、魂ごと消したくはありませんので」とルオウは照れくさそうに言って頭をかいた。


「魂についてもお詳しいのね?」


「はあ、それなりに…

 セイラのおかげでね…」


―― それなり以上に逸材っ?! ―― とは思ったが、パートナーにするのかは別の話だし、春菜が気に入られるとは限らない。


「ルオウ、どなただ?」と山のような男が言ったが、普通に人間でしかない。


「八丁畷春菜様だよ。

 私の友人のブライです」


―― 仏陀落ちの人… ―― と春菜は思って、人間相関図を思い出していた。


「越前雛様が返り咲かれたことは?」と春菜がブライに聞くと、「…本当の話だったのか…」とブライは地団太を踏んで悔しがった。


「澄美様にお願いすれば、ビジョン様との面会も叶うでしょう。

 ですが、私から見ても、あなたでは無理でしょう」


春菜の言葉に、ブライは憮然として春菜をにらみつけて、黒い扉に向かって歩いて行った。


「私も同じ意見です」とルオウは言って眉を下げた。


「戻って当然のように思っていますから。

 これからの人生について、

 大いに参考になりますわ」


「いえ、あなたは卓越しておられます。

 しかし、あなたに足りないものはもうないと思うのですが…」


「パートナーが足りません」


春菜の言葉に、「…はは… そうでしたか…」とブライはバツが悪そうな顔をした。


「ブライさんの監視役なのはわかっているつもりですわ。

 ビジョン様から門前払いを食らうのはわかっています。

 そして戻る場所はここしかない。

 そして、弱いものを脅し、こずいて暮らす…

 ルオウ様を連れ出すには、

 ブライさんよりも強い人が必要ですわね…」


春菜は言って辺りを見回した。


「…いそうにないので、タレント君に帰ってきてもらいましょうか…」


春菜の言葉に、「その脅しだけでも十分かもしれませんね」とルオウは眉を下げて言った。


春菜は山の方を見て、「あら? いましたわ」と春菜は陽気に言って、ひとりの女性をこの場に引き寄せた。


女性は大いに目を見開いている。


「あなたがこの星の王でいいんじゃないの?」


春菜の言葉に、女性は拒絶するように何度も首を横に振った。


「…ん? エッちゃん?」と春菜が言うと、「ここに大勢いる人間たちはすべてデヴォラルオウが生んだのです」とルオウが説明した。


「この人だけ、積み重ねが違う…」


「前世ですが、ガズーンという、この星で一番強い者だったのです。

 その片鱗はあるのですが、

 前世で去勢されるような出来事があったので、

 今世は異様に大人しいのです」


春菜は何度もうなづいて、「戦うことはないわ。あなたがみんなを守りなさい」という言葉に、女性は大いに戸惑った。


「殴られるのが嫌なら抵抗しなさい。

 その時、あなたの強さを知るから」


するとブライが大いに憤慨して戻ってきた。


そして、「おまえが何かやったのかっ?!」と春菜に向かって吠えた。


「八つ当たりもいいところね…

 自分が未熟だってわかってないのね…

 …タレントをここに戻すぞ…」


春菜が最高級の畏れを流してうなると、ルオウは白目をむいて後ろ向きに倒れた。


「ほら弱い」と春菜が言うと、女性は何度もうなずいて同意した。


「ということは、ブライも少しくらいはわかっていたわけね…

 殴って言い聞かせようと思ったけど、必要なさそう」


ルオウも女性も大いに眉を下げて春菜を見ていた。


「あなたが前に立てば、あなたの横にも後ろにも頼もしい仲間が囲むわ。

 ここは奮起して、あなたの思う星にして欲しいものだわ。

 暴君に怯えてるだけじゃ、何も変えられないの。

 戦え! ガスーンッ!!」


春菜が気合を入れると、女性の肉厚が倍になった。


「あ、しばらくは成長痛があると思うからほどほどに。

 ちなみに、私が術を放ったわけじゃないの。

 あなた自身が、自信を持った結果なの」


「…でも、男性に嫌われちゃいますぅー…」と女性は言って眉を下げた。


「それでもいいって言ってくれる人もいるはずよ。

 希望は捨てちゃダメよ」


春菜の言葉に、女性は恭しく頭を下げたが、今になって成長痛が出たようなので、春菜がその痛みを軽減させた。


「一週間は暴れないでね。

 そのあとは、強くなったって納得できるから。

 その力は、みんなのために」


「はい、春菜様」と女性は今度は自信をもって頭を下げた。


「この先どうなるのか、見守ってからアニマールにお邪魔します」


ルオウの言葉に、「はい、待っています」と春菜は穏やかに言って、今日のとことはアニマールに戻った。



「…うふふ…」と春菜は食卓について食事もとらずにずっと笑っている。


「…まあ… うまくいったんだろうけど、不気味だ…」と春之介が言うと、優夏も眉を下げていた。


「…先走ってなければいいんだけど…」と優夏は大いに心配して言った。


「最終的に振られてここから飛ばされて、

 地球で大暴れされる方が厄介だな…

 だけど、ギリギリまで見守ろう…」


春之介は自分に言い聞かせるように言った。


「一番肝心なことはわかったの?」と優夏が眉を下げて聞いた。


もちろん、魂についてのことだ。


「確認は終えていると思う。

 だけど、聞いておこうか」


春之介は春菜にルオウの魂の現在の状況について聞くと、「…修復したって…」と夢見心地の顔で言った。


「あ、そうそう。

 情報がなかったんだけど、

 セイラさんとはどんな関係だったの?」


春菜が少し緊張して聞くと、「セイラ星を創って、セイラさんを守ったんだよ」と春之介は春菜をじらすように言った。


「…星まで創って、セイラさんを守った…

 普通にパートナーじゃない感情に感じたわ…」


「親子、師匠と弟子、という感情だろうね。

 セイラさんの前世は、全員、同じ魂を持つように仕組まれていたんだよ。

 もちろん、ルオウ様の指導があったからって聞いている。

 だけど、春菜の感情から、

 ルオウ様からはそれほど感じなかったんじゃないの?」


「…うん… それが不思議だった…

 贖罪を果たしたってことなのかなぁー…」


「弟子は師匠の手を離れたってことだろうね。

 存在感や能力的にはどう思った?」


春菜は眉を下げて、「全く何も感じなかったことがさらに不思議な人…」とホホを赤らめて言った。


「色々と卓越していたはずだからね。

 個人的に星を創った人って、エッちゃんしか知らないから。

 妖精は使っていなかったって聞いてるよ。

 フリージアなんて創ってすぐに住めるほどだったからね。

 あれほど安定した星はどこにもないって思う」


「…さすが、姉弟だわ…」と春菜は言って、レスターと仲睦まじい桜良を見て笑みを浮かべた。


まさに、ふたりのようになりたいと、春菜は夢を見ている気分だった。


「…ふむ…」と春之介は少し違和感を感じて考え始めた。


ルオウは孤独だったはずだが、その事実をまるで感じない。


しかし、コミュニケーション能力が高くないと人助けはできない。


私生活は孤独だったのだろうが、旅の先々ではごく自然に人と接していたのだろうと察した。


よって、それほど孤独なのではないと感じたし、ブライとは友人のようにして過ごしていたことも、協調性はあると感じていた。


そして春菜の夢見る乙女のような態度にも、協調性の高さを感じる。


「…うまくいけばいいなぁー…」と春之介が言うと、「…うふふ…」と春菜は穏やかに笑った。


「…春ちゃんがついに大人になれるのね…」という優夏の言葉に、春之介は大いに眉を下げた。


「…まだ問題はあるさ…」と春之介が眉をひそめて言うと、「…蓮迦…」と優夏がつぶやいてから、席を立って春之介を背後から抱きしめて、「そんなことになってたわけだぁー…」とつぶやいて動かなくなった。


「…ルオウの罪でもあるわね…」と優夏は言って、春之介を放して席に戻った。


「一部だけは同一人物だからね。

 これは、春菜に伝えておいた方がいいと思う。

 あとで知ると、人間の部分が大いに反応するから」


春菜はここで初めて眉を曇らせた。


「ルオウ様には長年の想い人がいる」


春之介の言葉に、春菜はめまいを覚えていた。


そしてさらに踏み込んだ事実を伝えると、「…ボーイズラブ…」と春菜がつぶやいたので。春之介は少し噴き出した。


「だけど、過剰な感情は、今の結城覇王さんを見ていればわかるわ。

 ほんとに誰からもモテる人なのね…」


春菜は眉を下げて言った。


「…結城覇王に勝てばいいのね…」と春菜は言って悪に変身したが、すぐに元に戻った。


「…ルオウさんに嫌われるぅー…」と春菜はようやく気付いたが、「懐は広いから」と春之介は眉を下げて言った。


「そう! そうよ!

 ルオウさんは最高に素晴らしい人なのよっ!」


なぜだか春菜は大いに気合を入れるように叫んだ。


自分自身に言い利かせていると言ってもいいほどだった。



すると秋之介を先頭にして、頭を下げながらルオウがやってきたので、春菜は大いに目を見開いて顔を真っ赤にした。


まさかもうここに来るとは思ってもいなかったのだ。


春之介はすぐに立ち上がって、「ルオウ様、いらっしゃいませ」と春之介は丁寧にあいさつをした。


ルオウは立ち止まり、「お邪魔します」と笑みを浮かべて言って、真っすぐに春之介を見た。


そして、首を右に振って、大注目している桜良を見て、「幸せそうでよかったよ、姉ちゃん」と気さくに言った。


「生まれてすぐにいなくなった弟が来たわっ!」と桜良は陽気に叫んだ。


「…何だよその説明口調…」


春之介は大いにクレームがあるように言った。


「ルオウちゃんの簡単な紹介ぃー…」と桜良が眉を下げて言うと、「今の一言だけでみんなはよーく理解できたはずだよ」と春之介は言って少し笑った。


「じゃあさ、いなくなった事情説明」


春之介の言葉は最終兵器だったようで、桜良は大いに言葉を選ぼうと考えていたが、結局何も言えなかった。


「ルオウ様はグレて、親兄弟を捨てて旅に出た」


春之介の言葉に、ルオウだけが大いに笑っていた。


「それが一番当てはまります!」とルオウは叫んで、また愉快そうに笑った。


「父さんも久しぶりだね」とルオウは気さくにガウルに向けて言ったが、岩恐竜のガウルは怪訝そうな顔をしてルオウを見ているだけだった。


そしてルオウは遠くを見て、陽気に手を振った。


その先には、首を長く伸ばしているヤマがいた。


「…居心地がいいような悪いような…」


ルオウの言葉に、春菜は大いに眉を下げた。


「構えなくても構いません」と春も介が気さくに言うと、「そうします」とルオウが笑みを浮かべて答えると、春菜はほっと胸をなでおろしていた。


春之介はルオウに席を勧めて、自分も席についた。


「ですが、早かったですね」と春之介が言うと、「澄美さんがすぐに行けって…」とルオウは大いに眉を下げて言った。


「…ああ、お礼、きちんと言わなきゃ…」と春菜はホホを赤らめて言った。


そしてルオウは、長い話をした。


まさに今、春之介が話題に挙げたルオウの過去の件だ。


予備知識があったことで、春菜は平常心で話を聞いて、さらに理解した。


「軽いことだったら、私にもありますから」と春菜は春之介との関係などを話すと、「…それも不幸です…」と眉を下げてルオウは言った。


ここからは春之介がツーショット席を創って、春菜とルオウを誘った。


ふたりは心おきなく、世間話を始めた。


「…ある意味晒しもの…」と春之介が言うと、「…そばで聞いていたいぃー…」と優夏は眉を下げて言った。


「…古い神の第二期の筆頭の家族だけど、

 肝心要の長男はいない…

 だからこそ、ここでは穏やかでいられるかもしれないね…

 相談役もいるし…」


その相談役の俊介少年と青空は、ルオウとの挨拶がてら、興味を持ってふたりを見ていたので、優夏がすぐにさらってきた。


「邪魔しちゃダメ」と優夏が言うと、「…ごめんなさいぃー…」と青空が眉を下げて言った。


「…セントもいる風景…」と春之介が言うと、俊介は大いに期待した。


春之介は創り上げてから、怪訝そうにしてジオラマの端の地面を見た。


まるで、セイントやセントたちを監視しているようにして見ているものがいるのだ。


「…この方、誰です?」と春之介が指をさすと、俊介は今になって気づいて、「…知らない人がいるぅー…」とまるで幽霊でも見るようにして、トカゲに見える茶色い生物を見入っている。


地面と保護色のようになっていて、その姿ははっきりとは確認できないが、影ができているので存在はわかるし、角のあるトカゲだとはっきりとわかる。


「…なんとなくですが気付きました…」と春之介が言うと、誰もが大いに注目した。


「あとでご本人から聞いてください」と春之介は言って、ルオウと春菜の席を見た。


「…知らなかったわぁー…」と優夏は言って、動物たちと戯れている礼緖夏を見た。


「ルオウ様の子」と春之介が言うと、「よねぇー…」と優夏は肯定した。


ルオウが家族から離れる前に産んだ子だろうと春之介は察した。


やはり家族が気がかりなので、監視を頼んでいたはずだと察した。


このジオラマには、現在の山根桂子のブルダはいないが、その想いがあるように春之介は感じた。


ブルダとルオウはこの当時、わずかながらだが生活をともにしていた。


まずはブルダがいなくなって、ほどなくしてルオウもいなくなった。


ふたりの接点はこの時と現在しかない。


ふたりは道が違う仏の道の開拓を始めた時期だったはずだ。


「ルオウに仏に戻る意思はない」


優夏が断言すると、「全くないね」と春之介も自信を持って言った。


「自分自身が仏であればそれでいい。

 それは能力ではなく、

 自分自身の魂がそう思っておくだけでいい。

 まさに、仏の精神だけを残しておくことが一番だと感じているはずだよ。

 だからこの先は、神の力を多用するようになるだろうけど、

 春菜に付き合って、肉体の鍛錬もするだろうね。

 だけど今のままでもかなり高い性能は持っている。

 あとは、ここでもデジャブ」


「…叔父と姪…」と優夏は眉を下げてルオウと春菜を見た。


「俺とのことはこの予言だったのかなぁー…」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「人間だったらあとで知ったら大いに悲劇だけど、

 前世のことだからここは祝福を」


春之介と優夏は顔を見合わせて笑みを浮かべた。



すると、動物たちを追いかけていた礼緖夏がふとルオウを見上げた。


そして首をひねって怪訝そうな顔をした。


するとルオウが気付いて、笑みを浮かべて礼緖夏を手招きすると、礼緖夏は笑みを浮かべて走っていった。


「私が唯一産んだ子です」とルオウが言うと、「あら、そうだったの…」と春菜は言って礼緖夏を抱き上げて膝の上に乗せた。


「…家族になった…」と春之介が笑みを浮かべて言うと、「…展開が早すぎるぅー…」と優夏は言って、大いに眉を下げていた。


「…だけど…」と優夏は言って怪訝そうな目を春之介に向けた。


「ようやく終わったっていう喪失感はあるし、

 俺も春菜もようやく前に進めるという寂しさもある。

 だけど、よくよく考えると、

 俺の気持ちよりも春菜の気持ちの方が大きかった。

 振り回されていたとは思わないけど、

 多少はあったと思う。

 動物のせいにするのは卑怯だけど、

 特に最近は、俺は冷たいと感じることがあるんだ」


「…そばにいてよくわかっているつもりよ。

 だけど、動物に向ける愛が、

 源一のロボット愛、とまでいかないけど、

 とても深いような気がするのはなぜ?」


「母性を持っているから」


すぐに答えた春之介の言葉に、「…そうだったぁー…」と優夏は言って、子供たちと楽しそうにして遊んでいる美佐を見た。


「ゼルタウロスは性別的にはオスだが子を産んだ。

 やはり、自分自身が生んだ子には母性が沸くもんだと、

 女性に転生した時の記録を見てさらに納得できたんだ。

 しかし今世は人間の男として生まれたから、

 それほど表面には出ないけど、

 言葉には大いに出るね」


「…母は強し…

 その部分は私と同じだから、

 どれほどの能力差があっても、肩を並べて歩いて行ける」


優夏は自信をもって、笑みを浮かべて言った。


そして、「女が強くなるんじゃない。母が強いのよ」と優夏は胸を張って言って、子供たちを抱きしめに回った。


そして優夏は勇者たちに、「男であっても子を産みなさい!」と叫び始めたので、誰もが大いに眉を下げていた。


「…産まなきゃダメ?」と麒琉刀が大いに眉を下げて聞いてきた。


「ひと通り、人間の結婚と老後まで経験した後でいいんじゃないの?」と春之介は言ってから、少し笑った。


真奈が妙な顔をしていたからだ。


心情的には大いに微妙で、それほど歓迎はしていないと春之介は感じた。


「だけど子を産んだ時、気をつけなきゃいけなことがひとつだけある」


「…いくら我が子でも、自分の身を挺して守ってはいけない…」


麒琉刀の言葉に、「子供が生き残った時のことを考えるとね、ほとんどの場合、いい結果にならないんだ…」と春之介は力なく言った。


「…どれほど幼くても、その事実は呪いのように一生付きまとう…

 …母の愛だと言い聞かせても、やはり納得できない自分もいる…

 …逃げ足と防御は最重要だ…」


麒琉刀の決意の言葉に、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。


「高い資質を持っていても、覚醒できないかもしれない…

 そして自分自身も母までも恨んで、自暴自棄になる可能性も高い…」


真奈が確認するようにしてつぶやいた。


「未来を生きていくうえで、様々な障害があると思う。

 どのようにして生きていくのか、

 ルオウ様はその回答をご存じだ。

 春菜から解放されたら、

 ありがたいお話をお聞きした方がいいね」


「…長年生きていても、人それぞれなわけですね…」と浩也は言って、今は休憩時間で子供たちと遊んでいるトートマルとアカマルを見た。


「ルオウ様は、俺たちと同じことをただひとりでされておられたから。

 その経験は計り知れない。

 人の教育だけをしていたアカマルとは格段に経験値が違うはずだよ」


ハイレベルの者たちはルオウと春菜の席を見たが、どう考えてもしばらくは解放されないだろうと考えて眉を下げた。



たまにはほっこりとした依頼がないものかと春之介は思ってしまう。


願いの夢見の場合、強く願わないと叶うことはない。


春之介が請け負っている不幸は、願っていなくても率先して助ける必要があり、正解に導かない限り、途中で途切れても終わることはない。


デヴォラルオウに苦情のひとつも言いたいところだが、ここは自分自身の修行として、怪獣のような恐竜を撃退したところで次の星に飛んだ。


「あれでいいとは思えないんだけど…」と春之介が言うと、「ひとつでも弱点がわかればよかったんじゃない?」と春之介の肩の上にいるパンドラが言った。


「まあ、どんな動物でも火は怖いからね…

 経験上、火を得意とする生物は火竜くらいなもんだよ…」


春之介は話しながらも、現状の確認は怠らない。


そして春之介の願いが通じたのか、飛ばされてきた星は平和なような気がした。


目の前には様々な花が咲き乱れ、石造りの城の天守が目の前にある。


どうやらここは城内の中庭のようだ。


広大な庭の中央に庵があり、三人の女性が話をしている。


どう考えてもここに不幸はないように感じたが、春之介の鼻がすぐに察知して、サイコキネッシスを使って、庵のテーブルにあるティーセットを宙に浮かべた。


「お嬢さん方失礼します」と春之介はどう見ても城の王女に見える者たちにいうと、ひとりだけ目を見開いていた。


「毒が入っていると推察します」


春之介の言葉に、「マー様っ! 一体これはっ?!」と一番の年少者の女性が叫ぶと、マーと呼ばれた淑女は、懐から短刀のようなものを出したが、春之介が武器になり得るものをすべて宙に浮かべた。


「ここは衛兵を呼ぶべきじゃないんですか?」


春之介の落ち着いた言葉に、年長者の王女らしき者がテーブルの下に手を入れた。


衛兵の呼び出しボタンでもあるようで、すぐさま城から兵士が出て来て春之介を捕らえようとしたが、「違います!」と年長者の王女が、マーに指をさした。


しかし衛兵の数名は春之介の正面に立ってにらみつけている。


「…マー様、またですか…」と衛兵長らしき者が言って、マーを後ろ手に拘束して連行した。


「…ふーん、殺人ゲームでもやっているようだね…」


「…おまえ、何者だ…」と衛兵のひとりがうなると、「私のお話相手です!」と若年の王女が言うと、「チッ」と舌打ちをして衛兵は城に入って行った。


「態度の悪い奴め」と春之介が言って振り返ると、「なんだとごらぁ―――!!!」と兵士は叫んで春之介に殴りかかろうとした途端、『タァーンッ!!』という軽い破裂音が聞こえた。


それは銃声で、衛兵長が拳銃を撃ったのだ。


その球は兵士の頭を貫通して、庵の屋根に当たって、『キンッ!』という跳弾の音がした途端、年長の王女の胸に当たっていた。


「おまえが逃げなければ王女に当たることはなかった!」


衛兵長の言葉に、「バカ野郎」と春之介は言って、「ハッ」という軽い気合だけで衛兵長を吹っ飛ばした。


春之介は魂にお願いして、王女の命をなんとか救った。


「…めちゃくちゃな世界だな…

 きっと俺ではこの世界を正しく理解できないと思う…」


春之介の言葉に、パンドラは頭を抱えていた。


「この星での正しい作法を教えてもらえます?」と春之介が若年の王女に聞いた。


若年の王女は年長の王女の上半身を抱き上げていたのだが、乱暴に地面に叩きつけるような行動に出たので、春之介がサイコキネッシスでその動きを止めた。


「見られていなかったら何をやってもいい世界。

 だから今の映像を眠っている王女に見せると、

 あなたの罪が確定して指詰めの刑」


春之介は年長者の王女の手の指を見て言った。


「…うふふ…」と王女は不敵な笑みを浮かべて言った。


「よって、無謀なことをやるとさすがに極刑もあるから、

 下手なことで尻尾を捕まれないように敵を駆逐する必要がある。

 この世界には映像記録技術はなさそうだから、

 誰も見ていなければ何もやってもいい。

 国民ってほとんど残ってないと思いますが?」


「指を10本とも落とされた者なら大勢いますわ」


王女の手は比較的綺麗だが、左手の小指が欠損していた。


「あんたも一度見つかったわけだ」


「まさか、庭師の子が見ているとは思いませんでしたの。

 今度は見つからないように、その子は葬ってしまいましたけど」


王女は言って、愉快そうに高笑いをした。


そして春之介に近づこうとしたが足が前に進まない。


魂たちが気を利かせて動けなくしてくれているようだ。


「…魂たちはさすがに素直なようで助かった…」と春之介はほっと胸をなでおろした。


「…病気?」とパンドラがつぶやくと、「…感染したくないね…」と春之介は言ってセルフチェックをしたがその兆候はない。


そして立っている王女と眠っている王女を探ると、「…寄生虫…」と春之介はつぶやいた。


「…もし寄生虫を出したとしたら、さらに不幸になると思う…」とパンドラが言うと、「…全員に対して一斉に施術をする必要があるね…」と春之介は言ってゼルタウロスに変身した。


「…花…」とゼルタウロスは言って、少々遠いがこの位置から花の観察をした。


「…うわっ… いるよぉー…」とパンドラは背筋を震わせて言った。


「人間の鼻から入って脳に定着して、

 誰もが同じように見てなければ何をしてもいいという気にさせられる。

 この世界を望んでいる庭師がいるってことかな?」


ゼルタウロスは宙に浮いて城下町を見まわすと、そこら辺りすべてが花だらけだった。


よって、僻地に住んでいない限り、まともな者はいないだろうと思い、ここは放置して、花が咲いていない場所に飛んだ。


「…城下町の範囲内だけだと思う…」とパンドラは安堵感満載の声で言った。


「となるとだな…

 ほかの国から仕掛けた可能性があるね。

 そしてその国も報復を受けて、

 同じように脳を寄生虫に乗っ取られている、とか…」


ゼルタウロスは春之介に戻って、比較的平和そうな村はずれに降りて、辺りを観察しながら近づいた。


子どもたちの笑い声が聞こえる。


そして心も穏やかなようだと感じている。


大人たちも笑みを浮かべて井戸端会議をして、笑みを浮かべて子供たちを見ている。


「俺が姿を見せた途端、襲われそうだね…」と春之介が言うと、「囲い、すごいね…」と春夏秋冬は言って辺りを見回した。


「…仕方ない…」と春之介は言って、魂たちにお願いして、村人たちの思考を読んでもらった。


「…危ない危ない…

 木に見えるけど、見張り小屋が無数にある…

 この村は寄生虫に侵されていない。

 防衛は有効だけど…」


春之介は木陰に身を隠してゼルタウロスに変身して高い木に登った。


眼下には、兵士たちが進軍している。


行先はこの村ではなく、さらに小さい村に向かっているように感じる。


「…どっちが善で、どっちが悪か…」とゼルタウロスは言って、魂たちにお願いして探ってもらうと、兵士たちの方がまともだった。


「…寄生虫を配っている庭師の村か…

 …たぶん、花を投げて攻撃するんだと思うね…

 盾がやけに重厚だ。

 …弓部隊が約半数…

 何とかして焼き払おうと、弓自慢を大勢集めたようだね」


すると、まだ攻撃していないのだが、村から巨大な火の手が上がった。


するとゼルタウロスは、また別の星に飛ばされた。


そして素早く木に飛び乗った。


「…元凶を焼き払うだけでよかったってわけ?」とパンドラが小声で言った。


「…できればすべてを正したかったけど、

 詳しく事情がわかればそれでよかったんだろうね。

 注意喚起をしておけば問題はなさそうだから。

 だけど怖い植物兵器だね…」


ゼルタウロスは言いながら、かなり原始的な生活をしているムラ人たちを観察した。


言語はあるが、文字や絵を使っている様子はない。


特に危険はなさそうだが、その危険なものがこの森にあった。


「人食いの木…」とゼルタウロスは言って、異様に群生している低い木を見入っている。


今は昆虫でも食べているのか、風もないのに木が揺れている。


「…甘い香りで誘うわけだ…

 それに、この森には動物がいない…

 種を増やすために、

 花でも咲かせて胞子をまき散らす、とか…」


「…嫌な星ばかりだ…」と嘆いたパンドラの言葉を、ゼルタウロスも同意した。


「ここをどうしろっていうんだろうね…

 情報によると、人食いの木はなくてはならないものになってるけど…」


春夏秋冬がさらに詳しい話をして、春之介とパンドラを納得させた。


「…悪魔を増やさないために必要な木…」とゼルタウロスは言って眉を下げた。


目も覚めなければほかの星にも飛ばされないので、ゼルタウロスは比較的高く飛んで、誰にも見つからないように移動を始めた。


森には必ずといっていいほど、人食いの木がある。


そしてどこにも動物がいない。


「動物が引き寄せられるような森じゃないんだけど…

 いや、人食いの木の近くに生えている根菜を食べている間に、

 動物が木に食われる…

 もしくは、生気を吸い取る虫に刺されて昏倒する…」


ゼルタウロスは魂たちにお願いして、動物の魂を探ってもらうと、広いサバンナのような場所に動物がいることを突き止めた。


この辺りには身を隠す場所がないので、さらに高度を飛んで広い大地を見下ろした。


体の小さい馬のようなものがいる。


そしてどの動物も比較的小さい。


人食いの木はこの辺りにはない。


どうやら人食いの木は森のような日陰を好むのだろうと感じた。


「わかっていない事実を探り当てなきゃいけないようですね」という春夏秋冬の言葉に、ゼルタウロスは賛同して、至る所を飛び回った。


やはり、北に行くほど人食いの木は減っていき、比較的涼しい場所に来ると、まさに動物王国となっていた。


よって人も大勢住んでいるように感じる。


この星の人間は、狩猟をして糧を得ているからだ。


「保護のために、この星の場所を特定する必要があるのかも…」


ゼルタウロスの言葉に、「夜の場所に参りましょう!」と春夏秋冬が陽気に言うと、ゼルタウロスは傾きかけている太陽とは逆方向に飛んだ。


しばらく天体観測をしていると、時間切れなのか寝室に戻されて目覚めた。


「特定できました!」と春夏秋冬が叫んだあと、慌てて手のひらで口をふさいだ。


「別にいいよ、起きる時間だ」と春之介は言って、春夏秋冬の頭をなでた。


春夏秋冬は、今回の三つの事例を取りまとめてイカロス・キッドに送りつけた。


春之介たちが朝食をとっている時に、その第一報があり、ロストソウル軍内の受刑者の中に寄生虫に侵されている者が5名いたそうだ。


現在はこの5名の足跡調査をしている最中で、全部隊にこの事実は伝えられた。


さらには、罪を犯していない者で15名が拘束された。


発覚していない罪が確実にあるのではと、調査官の誰もが大いに疑った。


そのうち14名が薄笑みを浮かべている。


しかしひとりだけ、寄生虫にとり憑かれているにも拘らず、14名とは違うと源一は判断した。


寄生虫は脳神経に触手を伸ばして脳を乗っ取っているはずなのだが、死神ロッテン・バウワーには効き目がないように見える。


「…こりゃ、とんでもなくメンタルの強い人を見つけたと確信した…」と源一は笑みを浮かべて言った。


そして寄生虫を取り出したのだが、ロッテンに取り付いていたものは、取り出した瞬間に死んだ。


「…まともに飯を食えなかったようだ…

 衰弱死…」


源一は苦笑いを浮かべて言った。


「ひょっとして!

 アニマールに赴任になれますか?!」


ロッテンの陽気な言葉に、源一は大いに眉を下げていた。



優夏との甘い時間を終えた昼食時に、源一から念話があった。


『…寄生虫に操られなかった人がいるんだけど、興味ある?』と源一は少し投げやりに言った。


「…はあ… 時にはそういう人がいてもおかしくないと…

 寄生虫側の機能不全かもしれませんし…」


『その疑いはあるね。

 取り出した途端に衰弱死した。

 うまく取り付けなかったようなんだが、

 何とも言えないね…』


「死神の方でしたら、その肉体を創られた方には興味がありますね」


『…あ、そうだな… なるほどな…

 …あ、調べてまた連絡するよ』


源一は最後の方は陽気に言って、念話を切った。


「春夏秋冬はどう思う?」と春之介が聞くと、「確率としては別の症状が出ていいものと。そうではなく、乗っ取りに失敗していて、ギリギリ生きていた」と春夏秋冬が言うと、「…ふむ…」と春之介は少しうなって考え始めた。


「ロッテンさんの肉体を悪魔が創ったのか…

 もしくは、創造神の作品か…

 またはそれ以外…」


春之介は言って優夏を見て、にっこりと笑った。


「さすがにその記憶はないわ」と優夏はごく普通に言った。


「完璧な上、脳神経すら乗っ取られない優秀な肉体を創り上げるほどの

 繊細さと頑強さを持ったものづくり…

 性格的にも細かい人のような気がするから、

 悪魔じゃないと思う。

 資質としては統括地の創造神で勇者かなぁー…」


「一般人から見て、雲の上のような人。

 そのロッテンっていう人を修行にでも出していたのかしら?」


「…苦楽、様…」と春之介がつぶやくと、「少し前の全ての大宇宙の管理者の人ね?」と優夏が聞いた。


「俺の勘だけどね…

 まあ、会ってみたい想いはあったから。

 今は隠居生活をしているんだろうね。

 この件に関しては、影も詳しいことは知らないそうだ」


春之介の言葉に、春夏秋冬は眉を下げてうなづいた。


「再起不能後のリハビリ?」と優夏が聞くと、「その可能性はありそうだ」と春之介は言ってある程度は納得していた。



すると源一と花蓮が社から出て来て、男女二名を引率してきた。


どちらも勇者だが、女性の方は妙に悪魔臭い。


そのふたりが眉を下げていたので、ロッテンの件の関係者だろうと春之介は予想した。


「前の全大宇宙の管理者の苦楽様のご子息とご息女だ。

 よって、古い神に一族の一員の、

 ガイ・サラントさんとヴァン・ゴーゲルグさん」


源一の紹介に、春之介たちは握手を交わして自己紹介をした。


「話は一気に飛ぶけど、

 ロッテン・バウワーはこの星に来ることが狙いだったそうだ。

 そうするようにと、苦楽様に言われていたそうだ」


「ん? もしかして、魂の件かなぁー…

 ですが、ルオウ様でも松崎様でもいいと思ったんですが…」


春之介の言葉に、「それは大いにあるな…」と源一は答えた。


「…もしも、俺だけにしかできないと思った理由…

 …動物…」


春之介の言葉に、ガイとヴァンは目を見開いた。


「あ、その事実はないんですか?」と春之介が聞くと、「聞いたことがないので、真相はわかりません」とガイが答えた。


「タヌキ親父に聞いてみる」とヴァンは勇ましく言って、「こらじじい」とかなり乱暴に念話を始めた。


「…悪魔でしかないわぁー…」と優夏は笑みを浮かべて言った。


「育ての親が悪魔なので」とガイが眉を下げて答えると、「大いに納得したわ」と優夏は笑みを浮かべて答えた。


「ガイ様とヴァン様にも動物の雰囲気を感じますよ。

 ですが、今までにその切欠がなかった。

 だけど、今回の件がその切欠となって、

 今よりも能力が上がるような気がします」


「本当ですかっ?!」とガイは大いに高揚感を上げた途端に、『キャイ!』と子犬のような鳴き声が聞こえた。


春之介たちは地面を見て、妙に小さな、夏之介レベルの白い犬を見入った。


「…はは… 結果を聞くまでもなかった…

 ヴァンさんは、クマとかかもな…」


源一の言葉に、誰もが少し笑った。


「…黒猫だったら面白いことに…」と優夏はつぶやいて大いに期待して笑みを浮かべていた。


「…あー、驚いたぁー…」と元の姿に戻ったガイは感慨深く言って、飛び跳ねて喜んでいる。


そしてまた犬に変身して、そこら中を超高速で走り始めた。


「伸び悩みはこれが原因だったか…」と源一は眉を下げて言った。


「陽気でいいですね。

 いい友人になれそうです」


「確実になれそうだ」と源一はすぐに賛成した。


「ここは暫定巫女のパトラと保を連れて行くか…」


春之介の言葉に、優夏は自分のことのように大いに喜んだ。


「あんた! どーゆーことよっ?!」と念話を終えたヴァンが、小さな白い犬を見て叫んだ。


「…能力、跳ね上がってるしぃー…」とヴァンは大いに悔しそうに言った。


「優夏、手伝ってやって」と春之介が言うと、「しょうがないわね…」と優夏は言って、春之介が結界を張ってすぐに、優夏は悪の姿になって、「おまえもだ!」と叫ぶと、ヴァンはその場で白目をむいて倒れて、その姿が黒猫に変わった。


「よっし! やったぁ―――っ!!!」と悪の優夏は大いに高揚感を上げたあと、優夏に戻って黒猫を抱きしめた。


そして、春菜に渡したので、春之介は大いに眉を下げていた。


「春菜のお付き二号」と優夏がさも当然のように言うと、「それでもいいんだけどね…」と春之介は眉を下げて答えた。


もちろん、ここにはヴァンの意思がないので、困って当然だ。


「不器用だから、人型を取れないかも…」と人型に戻ったガイが眉を下げて言うと、「修行よ修行」と優夏はさも当然のように言った。



春之介はガイにもう一度苦楽に確認してもらって、側近を連れて、ガイとヴァンが育ったアリアンタ星に精神間転送で飛んだ。


春之介たちの目の前には、胸を張っている巨体の悪魔と、腰から頭を下げている男性がいた。


「おい、ヴァンは?」と巨体の悪魔ゴーゲルグがガイに聞くと、ガイは春菜に抱かれている黒猫に指をさした。


「…ヴァンに、違いない…」とゴーゲルグは目を見開いて驚きを現した。


春之介は早速、苦楽とコミュニケーションを取って、魂の器の厚みをつける施術を行った。


全く問題なく、魂は頑強になった。


何度も入念に確認して、「問題なし」と春之介は笑みを浮かべて言った。


保には少々辛い作業だったようで、笑みを浮かべて眠ってしまった。


その点、クレオパトラはなれたもので、今は床に寝そべって、後ろ足で首の側面をかいている。


この作業には材料が必要で、大きな鉢植えの木の一部が材料として使われた。


春之介は竜が焼いた黒い土を鉢に入れて水やりをして緑のオーラを流した。


木は少し成長して、青々とした新芽を枝の至る所に生えさせた。


「しばらくは様子を見た方がいいでしょうけど、

 何も問題はありません」


春之介の言葉に、「生まれ変わった気分です」と苦楽は笑みを浮かべて言って頭を下げた。


「…長生き自慢かぁー…」とゴーゲルグがうなるように苦楽に言うと、「そんなことを言った覚えはない…」と苦楽は眉を下げて言った。


「はっきり言って、自慢できる生涯ではなかったと思います。

 この大宇宙すべての奴隷と言ってもよかったはずです。

 縛り付けたデヴォラルオウにお説教した方がよさそうです。

 動物虐待として」


春之介の言葉に、優夏だけが腹を抱えて笑った。


「私と春之介様は兄弟のようです」という苦楽の言葉に、「爺ちゃんは当然知っていたわけだ」と春之介は眉を下げて言った。


「父ヤマの困惑したあの顔を今も忘れられません。

 デヴォラルオウに脅されて、私を生んだようでした。

 自分たちが生んだ子では無理だと言って、

 試しに私を生んだのです。

 私は半獣人という、中途半端な神として生まれました…」


苦楽は穏やかに話をした。


優夏には涙なくしては聞いていられないほど、閉じ込められた生涯を過ごしてきた。


そしてついに、苦楽に限界が来た。


古い神としての能力が薄れ始め、次々と大宇宙が誕生し始めたのだ。


苦楽に抑え込む力がまるでなく、まさに自然界が猛威を振るい始めたと言っていい。


しかし材料である魂が底をついたのでようやく止まったのだが、新たにできた大宇宙の崩壊とすでに出来上がった大宇宙の不浄な空気が、すべての大宇宙に影響を与え始めた。


この危機を知らせるために、初めて産んだ子がヴァンだ。


そしてその四百年後にガイを生んだ。


苦楽としては無意識だったようで、本来の使命を伝えずに、希望の星と言う名を持った、アリアンタに飛ばされたのだ。


そしてついに、苦楽に悪意が沸き、娘と息子に成敗されて、アリアンタに連れてこられて、養生の日々を過ごした。


全大宇宙の管理者は適任者がいて、人間当時の御座成功太の恋人の火檀友梨がその任についている。


火檀友梨の性格上、閉じ込められた狭い空間の方が生きやすかったのだ。


よって今は何も問題なく大宇宙は機能し始め、春之介たちがそのとばっちりを受けた星などの復興に尽力することになったのだ。


「火檀友梨様は御座成功太の復活を待っているのでしょうか?」


春之介の問いかけに、苦楽は少し考えて、「そうでもないようです… 本来の孤独モードが発動しているとしか思えません」と苦楽は答えた。


「逆に、興味が沸くようなことはしない方がいい。

 出てきたければ主張するでしょうし。

 陣中見舞いにでも行こうかと思いましたが、

 やめておきましょうか」


「私たちの話を暇つぶしがてら聞いているようです。

 能力ですべてを知ることもできるのですが、

 高性能なテレビシステムを造って与えられているそうで、

 それで満足のようです」


「…人それぞれのようですね…

 …そして適材適所…」


春之介の言葉に、優夏は笑みを浮かべていた。


春之介は苦楽とゴーゲルグに挨拶をして帰ろうとしたのだが、ゴーゲルグが優夏に興味を持ってしまった。


まさに戦うつもり満々で優夏をにらんでいる。


「私って強いわよ。

 このフロアで戦っても構わないわ。

 結界を張っておけば、何があっても壊れることはないから」


優夏の言葉を宣戦布告と取ったゴーゲルグはにやりと笑ってから重厚な結界を、室内一杯に張った。


強制的に廊下に追い出された春之介たちは、大扉の外から見守ることにした。


「…お前ほど強い奴はいない…

 どう考えても、あの憎たらしい花蓮の数千倍上手だ」


「花蓮とは比較的仲良くしているわよ」と優夏は笑みを浮かべて答えた。


「…ただの手下だろうがぁー…」とゴーゲルグはうなったが、機嫌がいいようで高笑いをした。


「お話だけでいいの?」


「…うー…」と今度はゴーゲルグは躊躇し始め、観戦している者たちに懇願の目を向けていた。


「十秒だけ戦えば?」という春之介の言葉に、優夏は陽気に笑った。


「…十秒だけなら、なんとか…」とゴーゲルグは言って、型にはまった構えを取った。


まさに攻防一体の構えで、優夏の行動次第で対応を考える、まさに優れた猛者だった。


しかし、「はっ!」と優夏が叫んだだけで、ゴーゲルグは吹っ飛び、結界にしたたか体を打ち付けて、意識を断たれた。


「ま、順当な結果だね」と春之介は言って結界を解いた。


「…師匠を気合だけで…」とガイは眉を下げて言った。


すると黒猫のヴァンが、『ニャンニャン!』と鋭く何度も鳴き、春菜の手を離れて、ゴーゲルグの顔にネコパンチを浴びせていた。


優夏と春菜は陽気に笑っている。


黒猫はようやくヴァンの姿を取って、「…情けないわぁー…」と眉を下げてゴーゲルグを見ていた。


「一番やさしい倒し方。

 今のあなただったら、

 今の数倍の力を出させてもらうけど?」


優夏の言葉に、ヴァンは大いに戸惑って、「…私って、平和主義者だもぉーん…」と心にもないことを言ったので、ガイが笑い転げた。


「この先、何度でも訓練で戦うことになるから、今じゃなくてもいいよ」


春之介の言葉に、「…アニマールで働きたいなぁー…」とヴァンは言って春之介からガイに視線を向けた。


「…爽太君に許可をもらうけど、

 うまくいくとは限らないよ…

 閑職だけど、それなりに厳しいこともあるから」


「妙子とパステルだけで十分よ!」とヴァンは胸を張って言った。


「…まあ、それでいいとは思うけどね…」とガイはここは折れて答えた。


ガイもアニマールで生活したいと願っていたからだ。


「調査官、ですか?」と春之介が聞くと、「はい、ついでに教官もしていました」とガイは笑みを浮かべて答えた。


「ボクたちふたりが抜けてもさほど問題はありません。

 爽太君が万全を期しているだけですので」


「完全に抜ける必要はありませんよ。

 アニマールで過ごして、

 要請があれば爽太様の依頼を受ける形を取ってもいいと思います」


「はい、戻って早々に、そのように変更してもらいます」


優夏はゴーゲルグを起こして、無理やり握手をしてから、春之介たちはアニマールに戻った。



「あ、母さんにも会ってもらえばよかった…」とガイは言ったが、春之介に挨拶をして、ヴァンとともに消えた。


「…ガイの母は天使のようね…」と優夏が眉を下げて言うと、「あの明るさは、天使の資質が大いに見えるね」と春之介は言って優夏の言葉に賛同した。


「そろそろ、ここにいる悪魔の眷属たちにも仕事に行ってもらってもいいから」


春之介と優夏の雰囲気を敏感に感じた、巨大なゴリラとクマとライオンがすぐに走ってやってきた。


「爽太様にご挨拶を。

 仕事があれば引き受けて来て。

 終わったら戻ってきていいから」


春之介の言葉に、三頭は頭を下げて、秋之介の先導で社に入って行った。


「…戦力が半分になったような気がする…」と春之介が言うと、「戦いにはいかないからいいの」と優夏は陽気に言って、春之介の右腕をしっかりと抱きしめた。


すると春菜が大いに照れながらも優夏のマネをして、遠慮がちにルオウの右腕を抱きしめた。


ルオウは驚くことなく、大いに照れているだけだ。


ほどなくして、予想外にガイとヴァンが戻ってきた。


どうやら悪魔の眷属たちの方が適任の仕事があったようだ。


朗らかに食事をして、ガイとヴァンも春之介たちの訓練に参加した。


もちろん野球の練習もして、素晴らしい戦力がふたりも手に入ったので、春之介も優夏も大いに喜んだ。


「アイドルには、ヴァンのような憎まれ役も必要なの!」


優夏の言葉に、ヴァンは、―― 褒められてないぃー… ―― と思いながらも、アイドルを仕事として引き受けた。


「…断らないんだね…」と春之介が眉を下げて言うと、「いつも踊ってましたよ」とガイは苦笑いを浮かべて言った。


相思相愛だったということで、春之介は何も言わなかった。


「エッちゃんと過ごすのは、三百年振りだなぁー…」とガイは仲睦まじいい桜良とレスターを眺めて言った。


「当時とはずいぶんと変わったはずだけどね」


春之介は笑みを浮かべて言った。


「ええ、別人ですね。

 ああ、別人になっているからその通りですね。

 当時はやきもきさせられましたけど、

 今となっては楽しい思い出です」


ガイがまさに楽しそうに語ると、春之介はさらにガイに好感を持った。


当時の監視役の話になり、男性の勇者御座成和馬と女性の天使ガフィロに春之介は興味を持った。


特にアニマールに召喚するつもりはないのだが、和馬とガフィロは夫婦であり、双方ともに、桜良の関係者だ。


「エッちゃんが真の監視者…」と春之介が眉を下げて言うと、「ええ、後半にようやく気付きましたよ」とガイは陽気に答えた。


「和馬様は御座成功太と火檀友梨様の子。

 ガフィロ様はエッちゃんの芸術家としての弟子。

 おふたりとも、ロストソウル帝国を支えているわけだ…」


「ガフィロ様は源一君によって特に変わられましたから。

 当時は、陽気に遊んでばかりでした」


「…困った監視者だ…」と春之介が言うと、ふたりは大いに笑いあった。


「ガイには妻がいるのよね?」と優夏が聞くと、「え? そうだったの?」と春之介は少し驚いて聞いた。


「統括地の創造神をやっている天使で、ラフラと言います。

 忙しいようで、宇宙中を飛び回っています。

 宇宙の根本を正す旅のようなものです」


「相手がハイレベルなだけに、一筋縄ではいかないこともあるんだろうなぁー…」


「仲間の裏切りがあって、身近の家族だけで動いているので。

 ですが、源一様の願い通り、

 一週間に一度はきちんと休息をとっています」


「…俺の夢見では、統括地の創造神との接触はないな…

 いや、なかったはずだけど…」


「何度か拍子抜けだったことがあったとか…

 数週間前の話ですが…」


ガイが詳細を話すと、「統括地の創造神の星にも飛ばされていたようだ…」と春之介は眉を下げて言った。


春之介は隠密行動に徹するのだが、それほど細かい事情までは探らない。


目の前の現実だけを正確に判断するだけの夢見なので、相手の肩書などはそれほど気にせずに、夢見をこなしていた。


「統括地の創造神も、人間とそれほど変わらないね…」と、春之介は眉を下げて言った。


ガイは何度もうなづいて、「ですので、人間たちよりも悩ませることが多いようです」と言った。


「宇宙には、矛盾することも多いからなぁー…

 改善された統括地の創造神の立場がなくなったと言っていい…

 善であれば宇宙はよくなるが、

 そうでもなければ混乱を招くだけ…」


「…帰ってきたようです」とガイは言って席を立った。


ここは挨拶という理由をつけて、春之介と優夏はガイについて行って、フリージアに渡った。


ガイの妻のラフラとの挨拶は問題なかったのだが、統括地の創造神の実質的なリーダーの勇者アンタレスが、優夏に異常なほどの反応を見せた。


しかし、取りまとめのリーダーである、御座成ダイがすぐに間に入って、優夏に謝った。


「さすが、エッちゃんの子ね」と優夏は笑みを浮かべてダイに言った。


「母がお世話になっています」とダイが頭を下げると、アンタレスは大いにバツが悪そうな顔をした。


「ラフラだけが私を見抜けなかった。

 それほどに、ガイに会いたかったのね…

 わかるわぁー…」


優夏の言葉に、ラフラは今更ながらに優夏に怯えて、ガイを盾にした。


「失礼だよ…」とガイがラフラを諫めると、「怖いものは怖いもぉーん」とラフラはここぞとばかりにガイに甘えた。


「優夏様よりも薄いけど、

 みんなは似たような人に会ったことがあるはずだ。

 そして理解もしていたはずだけど?」


ガイがアンタレスに向けて言うと、「はい、思い出しました」とアンタレスは穏やかに言って、ガイと優夏に頭を下げた。


「となると、春之介様の方がもっと化け物…」と死神のアレックスが見た目と同じで子供の残酷さをもって言うと、「その部分も大いにあるよ」とガイは苦笑いを浮かべて答えた。


「…お母様…」と天使マリリンが春之介に向けてつぶやくと、さらに収拾がつかなくなった。


マリリンはかすかに感じる春之介の母性に激しく反応したのだ。


しかしここはすべての誤解を解いて、何とか穏やかにあいさつを終えたので、春之介と優夏がアニマールに戻ろうとしたが、ここはダイが引き留めて、きらびやかな席につかせて、幅の広い世間話を始めた。


この話し合いにビジョンと雛たち仏の弟子も参加してきたので、勉強嫌いの天使たちと子供たちは頭を抱え始めた。


源一が眉を下げて、きらびやかな席だけを隔離するように結界を張ると、ようやく落ち着いた。


さらには、興味を持ったルオウが春菜とともにやって来て、新たに仲間になって、全大宇宙の首脳会議になってしまっていた。


しかし、誰もが多くの知識を交換し合って、意味のある集まりになった。


やはり中でも、ルオウの存在は大きかった。


現職の仏陀であるビジョンは少し自分を恥ずかしく思い始めていたが、もちろんルオウに諭された。


「ルオウさんもまた始めない?」とダイが聞くと、「今は平和の心を蓄える時ですので」という言葉に、統括地の創造神たちは大いに反省していた。


「一週間の長期の休息をとるよ」とダイは言った。


ラフラとアレックスは大いに喜んでいる。


確かに、その時期に来ていたこともあるので、ダイはこれからも定期的にさらに長い休息の時間も考え始めた。


「ガイさんも手伝ったらいいんじゃないの?」


春之介の言葉に、ガイは大いに目を見開いた。


「…今までよりも、頼り甲斐があるわ…」とラフラは真剣な眼をして言った。


「…平和な心を積み重ねたいぃー…」とガイが大いに苦笑いを浮かべて言うと、誰もが大いに笑った。


「八丁畷様も現在はその期間中のようですね。

 もちろん、お忙しいことは承知しています」


ダイは大いに言葉を選んで言った。


「私たちが行くと、あいまいさがまるでなくなって、

 創造神たちの肩身が狭くなりそうですし、

 いなくなった途端に羽目を外されそうで…」


春之介は言って、ダイの仲間になる申し出を断った。


「…それは、大いにある…」とアンタレスは言って、優夏を見ている。


「几帳面過ぎるのも問題だわ…

 だけど、新婚旅行として行きたいのぉー…」


優夏の言葉に、春之介は大いに眉を下げて、「そうしよう」と答えた。


「では、一週間後、非公式の同行者ということで」とダイは機嫌よく言った。


「ガイも来るんだぞ」とダイが言うと、ここは渋々ガイは頭を下げた。


「…優夏の手の平の上…」と源一がつぶやくと、誰もがバツが悪そうな顔をした。


「ぜひ、ボクも同行させてください!」とビジョンが頭を下げると、「断るわけがありません」とダイは上機嫌で言った。


「いや、それはダメだ」と源一は少し厳しく言った。


決して子煩悩という意味で言ったわけではない。


「時期を分けましょう。

 ガイとビジョン様はまた別の機会に」


ダイの言葉に、源一は笑みを浮かべてうなづいた。


「思いもよらない不幸も考えられる。

 残される方はたまったものではない」


春之介の言葉に、「あはははは…」と源一は空笑いをした。


「ですので、源一様と花蓮様も時機を見て同行を」


さすがに断る言葉が見つからなかったので、「はい、従いましょう」と源一は堂々と答えた。


ルオウはこの集まりの中にいて、笑みを浮かべてひとりずつじっくりと観察を始めて、さらに笑みを濃くしていた。


「…新婚旅行なのぉー…」と春菜が照れ臭そうに聞くと、「まだそれほどお互いを知りません」とルオウは笑みを浮かべて答えた。


「…あー… 私… また振られちゃうぅー…」と春菜が言うと、優夏がすぐに春菜の手を引っ張って、離れた場所で説教を始めた。


「今の言葉は忘れて欲しいそうです」と春之介が眉を下げて言うと、「いえ、私にはもったいないほどの方なのはわかっているのです」とルオウは笑みを深めて言った。


「…なるほど…

 春菜は転生を繰り返しているので問題はない。

 ですが、ルオウ様は一度も転生されていない。

 春菜を、どうしても妹として見てしまう」


「…できれば、時間をいただきたいのです」とルオウは言って春之介に頭を下げた。


「そうですね。

 いざ結婚をして妻というよりも妹だと強く感じてしまったら、

 孤独ではなくなったことを後悔しそうですからね」


「…あっ」とルオウは言って、春之介に恭しく頭を下げた。


「その件をもう忘れていました」とルオウは言って愉快そうに笑った。


「私は問題はないと思いたいですし、

 春菜も優夏に叱られてよく分かったと思います。

 ですので時には奇行に走ると思いますので、

 温かい目で見てやってください」


「もうその時点で、妹ではないと思う私がいるとことでしょう」


「…うまくいきそうでよかった…」と源一は言って、春之介とルオウと気さくに肩を組んだ。


「…忙し過ぎて彼女もできない…」とアレックスが言ってうなだれた。


「…私もぉー…」とマリリンは便乗して言ってきた。


アンタレスはこういったところが厳し過ぎるのか、アレックスとマリリンを少しだけにらんで視線を外した。


「アンタレス様には想い人がおられるようですね」


春之介の言葉に、「…あ、いや…」とアンタレスはあいまいな返答した。


「別に伴侶でもなくていいと思うのです。

 従者でもいいし、仕事上のパートナー、

 さらには執事を連れ歩くのもいいと、

 私は思うのですが」


「…あ、うーん…」とアンタレスは言って、大いに悩み始めた。


「その件で、嫌な思い出があるのです…」とダイが苦笑いを浮かべて言った。


春之介はダイの感情から、不幸には違いないが納得していることだろうと思い、「パートナーが納得されて昇天されたようですね」というと、ダイは少し目を見開いて、「…私は、臆病になっているのでしょうか?」と聞いた。


「ただの通過点だったはずです。

 また雇っても、数百年後にはまた納得して昇天してしまうかもしれない。

 これは強者の宿命だと、私は思うことにしています。

 何度繰り返えそうとも、今を精いっぱい生きて、

 多くの思い出を作ろうと私は日々努力しているつもりです」


「休息の時間を無期限にします」とダイは言って、恭しく春之介に頭を下げた。


「全員、パートナーを見つけるように。

 春之介様がおっしゃったように、従者でも執事でも構わない。

 そろそろ俺たちも変わらなくてはならないようだ」


ダイの仲間たちは一斉に頭を下げた。


そしてそれぞれの故郷の統括地の宇宙の星に帰って行った。



「…うー…」と春菜がルオウを見てうなっている。


組み手場にいるわけではないが、第一声に何を言おうかと考えているようだ。


「どこかに遊びに行きませんか?」とルオウが気さくにいうと、「行きます行きます!」と春菜は飛び上がるほど喜んで、「コンペイトウ遊園地に行きたいです!」と春菜はここははっきりとルオウに告げた。


「いいですね。

 あの浮遊島は見晴らしが最高ですし、地下には水族館もあるのです」


「…それは知らなかったぁー…」と春菜は言って、満面の笑みを浮かべて、ルオウの手を取って、母屋に入って行った。


母屋の中に澄美の管理する浮遊島に続く扉がある。


「…明日は仕事だけど…

 まあ、いいかぁー…」


春之介の言葉に、「…私もどこか行きたぁーい…」と優夏が言うと、「子供たちも連れて行かないと後で大変だぞ」という春之介の言葉にうなだれて、「…そうだぁー…」と言ってここは我慢して、ふたりして社に入ってアニマールに戻った。



よって、アニマールでのデートはできるので、今までに行っていないかった小さな島に降りた。


「別荘を建てたいほどだね」と春之介は言って、360度の景色を見まわした。


小さいと言っても、山があり森があり川も流れていて、広い平野が広がっている。


「おっ ここにもあった」と春之介は優夏は抱えて飛んで、森の手前で地面に降りた。


「…うわぁー… 初めて見たぁー…」と優夏は大いに眉を下げて言った。


森の少し入り込んだところに、低い木が数本生えていて、風もないのに揺れているのだ。


「人食いの木」と春之介が言うと、「…とんでもないわね…」と優夏は言って、木に食べられない昆虫も確認した。


「あのカブトムシのような昆虫と共存してるのね…」と優夏はお勉強した復習を始めた。


「そして、ニンジンのような根菜。

 この三つがひとつになって生息してるんだけど、

 ここの動物たちは賢いようだ」


この森には動物は暮していない。


山に近い川の辺りに多くの動物がいることが確認できた。


よって人食いの木は、昆虫だけを捕食して生きているようだ。


この森以外で動物は暮しているようだ。


春之介は地面に手を付けて、「ここは火山島だったようだね」と言った。


「変わった宝石とかないかしらぁー…」と優夏は期待して言った。


ふたりは山のふもとに移動して、金色に光る小さな湧き水を発見した。


「底に砂金が敷き詰められているようだね」


「…きれいだわぁー…」と優夏はうっとりとして自然の美しさを堪能した。


ほんの少し山に近づくと、自然にできた洞窟が、大きな口を開けていた。


「…遊園地のホラーハウスのような…」と優夏は言って、春之介の右腕をしっかりと抱きしめた。


そして入り口に立ってすぐに、「…素晴らしいな…」と春之介は言って、外からの光が反射してきらめいている洞窟の内部を見入った。


そして大きめのライトで照らすと、「うわぁー…」という優夏の声が、洞窟内にこだました。


「どうやら、それほど良くないものがあるようだね。

 動物どころか虫もいない。

 春夏秋冬、どうだい?」


「人間には影響はないようですが、

 小動物にとっては少々辛いようです。

 毒、というよりも、殺虫剤レベルの毒性がある薄い気体が流れ出しています。

 となると、どこかとつながっているように思います」


春之介が地面に手を付けて、春夏秋冬がその情報を映像化した。


「火口は完全にはふさがっていないようだ。

 右と左にも洞窟があるようだね。

 だけど中央に行くほど狭いから、

 人間では行き来できそうにない。

 だけど問題は、これ」


春之介は、色が違う大きな塊に指をさした。


「…竜…」と優夏は言って眉を下げた。


「生きていはいるけど、起きる気配がないね…

 ああ、末期かなぁー…

 だけど、卵を産んで生き長らえる。

 そして、この星とは何ら関係はないそうだ」


「…ドラゴンの赤ちゃん…」と優夏は陽気に言った。


「このまま死を迎えたら、

 小人たちは大喜びだろうね。

 竜のうろこや角や牙は、

 魔法道具を作る材料だから」


春之介がさらに細かく探ると、かなりの量のうろこがはがれていたので、数枚をゆっくりと失敬した。


「鉄でしかないわね…」と優夏は手に取ってすぐに言った。


しかし、はがれると色が変わるのか、くすんだ灰色に見えるが、光の加減で色が変わって見える。


すると、地面がかすかに揺れた。


「卵を産んだね。

 竜は死んだと思う。

 魂は卵にしかない」


「最高の楽園で生まれ変わるのね…」


「通常、羽化するまでは十年ほどかかるそうだ。

 個体の能力によってさまざまらしいけどね。

 熟練になればなるほど、早く生まれかわるそうだ。

 早くて三日らしい」


「…極端ね…」と優夏は眉を下げて言った。


「神だからね。

 その程度のことはできるんだろう。

 動かなくなってから、もう数十万年ほど経っていると思うよ。

 だからほぼ火竜だけど、

 土竜の可能性もあるね。

 だけど、できれば違う方がうれしい」


春之介の希望を聞いて、優夏は大いに眉を下げた。


春之介はゼルダに念話を送ると、ゼルダはすっ飛んでやってきた。


「…忘れてた…」とゼルダは言って眉を下げていた。


「大昔のことだろうから、

 忘れていて当然だろう。

 話はしたのかい?」


「ジョルド・ジュエルって言ってた。

 死期が近いから、どこかで死なせてもらうって…」


「死ぬというよりも、もうすでに卵を産んだから正確には死んでない」


「…ジュエル…」と優夏は言って、大いに喜び始めた。


「姿がね、つかみどころがなかったんだよ…

 竜には違いないんだけど…」


「体中宝石でできていたらそう見えるかもね。

 宝石の色もあるし、

 鉱石の種類によっては紫外線や赤外線を変化させて反射するだろうし…」


春之介が竜のうろこをゼルダに渡すと、「…お… 重いぃー…」と言ったので、春之介が手を添えて手伝った。


「…なんだか、すごいパワーが…」


「小人たちは大喜びすると思うけど、

 羽化するまでに処理しないと、

 竜の死んだ肉体は一気に加速して土に戻るそうなんだ。

 竜の死を目の当たりにできるのは、

 幸運と言うしかないそうだよ」


「小人たちにも修行を積んでもらう!」とゼルダは胸を張って言って、町に戻って行った。


そしてゼルダは小さな竜に変身して背中に小人たちを乗せて戻って来て、春夏秋冬にレクチャーを受けて、竜の死体がある場所を示唆した。


全員がうろこよりも小さいので、洞穴に入っても出てくることが可能だ。


早速小人の探検隊が、気合を入れて洞穴に入って行った。


春之介は地面に手を当てて、「…婆ちゃん、号泣してるよ…」と春之介が言うと、「みんなの役に立ってくれるようでよかった…」と優夏はここは家族愛を大いに出して、柔らかな笑みを浮かべて言った。


すると、探検隊一行はもう戻ってきた。


「何とか間に合ったよ!

 今頃はもう、あの巨体は消えちゃったって思う…

 卵は宝石のようだったよ!」


ゼルダが高揚感を上げて叫ぶと、マサが店を出すように戦利品の一部を地面に置いた。


処理は済んでいるようで土に返ることはない。


巨大な牙に爪、そして大小さまざまなうろこと、宝石でしかない大きな尖った塊がある。


「この武器のようなもの…

 竜の角のようだね…」


春之介の言葉に、「これに一番威厳がある!」とマサは胸を張って言って、ひと通り確認を終えて異空間ポケットにしまい込んだ。


「…実はな…

 子どもたちにとんでもないものを依頼されたんだぁー…」


マサが眉を下げて言うと、小人たち全員が眉をひそめた。


「俺だったら、この世にないものを創って欲しいとか言いそうだ」


「婿殿もまだ子供だぁー」とマサは大いにクレームがあるように言って腕組みをした。


「もっとも、婿殿がどんなものでも創ってくれる。

 では聞くぞ、創れないもの、なんかないか?」


「…おー…」と小人たちはうなってからマサに向けて拍手をした。


優夏も必死になって拍手をしている。


「創れないもの…

 創ってはいけないだろうと思うものはあるけど…」


「…む… それは聞かぬ方がよさそうだ…」とここはマサは興味を持たずに聞くことを拒否した。


「…ふーん… それが小人族の分別のようだね…」


「大きな者が言ったことにはきちんと耳を傾けなければならぬ。

 ここだけは真面目だ!」


マサは言って大いに笑った。


「いや、だからこそ聞いて欲しいかも…」


春之介の言葉に、マサは大いに眉を下げた。


「子供たちが想う、理想的な人物」


「うっ! それは、創ってはいけない!」とマサは気合を入れるように言った。


「それって、パートナーっていうこと?」と優夏が聞くと、「いや、理想的な親だ」と春之介が答えると、誰もが納得していた。


「…幸せになれるじゃない…」と優夏が言うと、「子供はそうなるだろう」と春之介が言うと、「…創った方に、嫌な変化が起こるようなぁー…」と優夏は嘆くように言った。


「本来とは違う道を歩ませるから、

 高確率で表面に出さずに悪い方に変わっていく。

 誰にも悟られずに悪意が沸く、とかね。

 願いの子への願いがいい例だよ。

 ここは五体満足で産まれて欲しい、

 っていう願いだけでいいと思う」


「…親の過剰な願いは、産んだ子に悪影響を及ぼすかも…」


誰もが一旦納得したが、根本的な問題は解決していない。


「…創れないもの…」と春之介が言うと、誰もが注目した。


すると、「…うっ…」と春之介が小さくうなった。


「…魂を作れるのに、どうして植物を創れないんだ…」と春之介は嘆くように言った。


「身魂一体だからじゃ」とマサは言って納得してうなづいた。


「…植物の方が複雑だということらしいね…

 物資的にはほかの生物の方が複雑だけど…」


「中には、生物とコミュニケーションをとれる植物もいるそうじゃ」


「…ああ、お勉強した…

 仏の修行として、

 食べて下さいと言ってくる作物だけを食べていたそうだ。

 これは願いを叶えるという意味もあるから、

 食欲よりも願いを叶えることが先に立って、

 食べたことにならないというこじつけ…」


「…こじつけには違いないが、理にはかなっている…」とマサが威厳を持って言うと、「…もう少し素直になるよ…」と春之介は眉を下げて言った。


「いや、全てを容認することはない。

 この先に、本当の答えがあるかもしれぬからな」


「…お婆ちゃんがこんなに立派だったなんて…」と優夏が涙を流しながら言うと、「…おまえ、ちょっと馬鹿にしてるだろ…」とマサは大いに疑って優夏を見ている。


「私のお婆ちゃんだったら当然」と優夏が感情を殺して言うと、「…ハードルが上がったかぁー…」とマサは大いに嘆いた。


よって、非生物であれば創れないものはないだろうという、春之介とマサの統一見解が出た。


したがって、春之介がまだ創っていないものをマサたちは修行として創り出すことに決めたようだ。


よって、説明はしないが、春之介は率先して、小人たちが創ったものは創らないことに決めた。


「ああ、そうそう」とマサは言って山を見上げた。


「羽化したら、卵の殻も回収したい」


「…町に卵を持って帰るか…」


春之介の嘆きに、小人たちは賛成していた。


春之介はこの位置からサイコキネッシスを使って慎重に卵を操って、優夏がすっぽりと両腕で受け止めた。


「…重かったぁー…」と春之介が嘆いて、この場でひっくり返った。


「…うふふ… お父さんを負かすほどのすごい子が生まれそうだわ…」と優夏は笑みを浮かべて卵に向かって言った。


「そういう子がひとりくらいいてもいいさ」


春之介は言って上半身を起こして、「帰って飯」というと、ゼルダが巨大な竜に変身して、みんなを背中に乗せて町に戻った。



マサの提案で、卵は子供たちの食卓スペースで羽化を待つことになった。


説明は聞いたのだが、大きな卵に子供たちは眉を下げているが、陽気な子は陽気に卵に抱きついて温めたりする。


竜の卵は魔法の塊なので温める必要はないが、これもマサの思惑のひとつだ。


「…怖い子だったようだけど…」と春子は言って卵をつついた。


「…もうすでに怖いぃー…」とベティーと高龗は声をそろえて言った。


「…む… もう肉体の形成を終えたか…」とガンデが悔しそうに言った。


「ここから時間がかかるけど、能力的にも早くて明日の今頃」


春子の言葉に、子供たちは笑みを浮かべている。


「急ぐと記憶の欠損が起きるわよ」と春子が卵に向けて言うと、「…さすが物知りぃー…」とベティーは大いに春子を尊敬して言った。


マサが幼児たちに情操教育上必要な、ここにいない動物のぬいぐるみを創り出すと、子供たちは大いに喜んで、ぬいぐるみを抱きしめる。


時には巨大なぬいぐるみも創り出すと、陽気に走って飛びついたりして笑みを浮かべる。


「…うう… 普通じゃないぃー…」と桜良はマサに大いにライバル心を持ってうなった。


竜のうろこを使って創り出した縫いぐるみなので、確かに普通ではない。


ぬいぐるみだが、生物のようにしてやさしく扱うのだ。


桜良はここは心を入れ替えて、ショップに出す安価な天使の小さなぬいぐるみのキーホルダーを造り始めた。


造ったものは店に納品して、ここだけではなく提携店でも販売する。


よって春之介が創り出すアイドルたちの着せ替え人形やグッズも同じ扱いだ。


まさに際限なく創り上げるので、ここで困った問題が発生した。


大金庫に金貨を収められなくなったのだ。


ここは出番と思い、桜良は同じ大金庫をもうひとつ造り上げて笑みを浮かべている。


「…使う必要もあるけど…」と春之介が眉を下げて言うと、「無駄遣いする必要はないわよぉー」と優夏も眉を下げて言った。


「人を雇えばそれなりに使うことになるけど、

 それほどいい人はいないという現実もある…」


「…困ったものね…」


「ここは源一様にお願いして、

 汎用ロボでも雇おうかなぁー…

 あと二機ほど雇っても忙しいほどだからなぁー…」


基本的には警備と、この町の清掃や、簡単な修復、そして、春之介の創り出す商品の梱包作業などが主な仕事だ。


家族総出で手伝ってもまだ足りないので、ここは少しカネを使うことに決めて源一に汎用ロボを発注した。


汎用ロボは一機金貨千枚なのだが、それほどの出資ではない。


今台車で新しい大金庫に運び込まれた金貨のほんの一部でしかない。


『確かに、なんでも創れるから、カネを使うこともないさ』


余裕の源一に言われてしまったが、ほとんどの金貨の出どころは源一だ。


興味を持って、どれほどの金貨を用意しているのか聞くと、必要な時に必要なだけ金貨を作っていると聞いたので、どれほどの資産があるのかは全くわからないそうだ。


『今のところ、底を突く気配はないから…』と源一に言われてしまったので、「…あははは…」とここは人間らしく、笑ってごまかしておいた。


『最近は澄美さんも持ち込んでくるからね。

 コンペイトウにも宝の山があるから、

 資産的には余裕なんだよ』


「…あの島にはそういう場所もあるんですねぇー…」


―― やはりカネは必要で、それ以外で大いに悩む必要がある… ―― と春之介は考えて、源一にロボを発注した。


『春之介も技師として学ばないか?

 ここは修行として』


あまりにも源一の感情が陽気になったので、「お断りさせてください」とすぐに言った。


もちろん源一は大いに残念がったが、へそを曲げることなく快く受け入れてもらい、念話を切った。


「…源一様に、ロボット技師としてスカウトされた…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言うと、「…源一に染まっちゃうからダメよ…」と優夏に釘を刺されてしまった。


「ロボット愛が沸くのはいいけど、

 盲目になるのはいただけないからね…

 春夏秋冬、変身」


春之介の言葉に、春夏秋冬はすぐさま防御主体の変身をして、「うふふ…」と優夏は笑って春夏秋冬を抱きしめて、そのまま立ち上がって目の色が変わっている男子たちの中心に立たせた。


「すっげ! すっげ!」と男の子たちは言って、春夏秋冬に触れ回る。


「…さすが男の子…」と春之介は眉を下げてつぶやいた。


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