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ミラクルマンダッシュ!  作者: 木下源影
18/25

つくりもののような戦い


     18


春之介は朝食の席で、連れて帰ってきた青年と少年にインタビューをしてから、みんなに自己紹介をしてもらった。


特に青年の身の上には誰もが大いに気合が入っている。


まさかの野球の主戦力の採用劇に誰もが嫉妬に近いものを感じていた。


もちろん、人間としても破格なので、本来の仕事にも出られるはずだ。


「もし、チームを引っ張ってフリージアに行った場合、

 絶対に抜けられないと思って、

 チームを捨てました…

 もちろん、俺の感情だけではないのです…

 誰かが毎日のように俺の頭の中で、

 悔しい思いを抱いて公園で過ごせと…」


青年はマーク・トレインといい、野球人としては最高級の逸材だ。


年齢は春之介が感じていた年齢よりも低く、浩也と同い年だった。


星によって人間も様々で、マークの人種は脂肪がそれほどつかないようで、資質の高い者は誰もがスポーツ選手を職業にする。


よってマークの星で大成できなくても、ほかの星に行けば一流選手になれる可能性もある。


しかし、まずはマークにはチームプレイを叩き込むことが先決だ。


一方少年はトリオ・サルデンといい、14才で、元いた星の学校では常に主席だった。


得意なものは美術で、まさにその遍歴を春之介に披露していた。


そのトリオは、まさにあこがれのアイドルを目の前にして、ホホを赤らめている。


そして恥ずかしくて顔を上げられないようだ。


ここは何とか朝食を終えて、不服そうな浩也たちは宇宙に向かって飛び立った。


「…はぁー…」とトリオは深いため息をついた。


もちろん、お目当ての女性も宇宙に旅立ったからだ。


「一瞬見ただけかい?」と春之介が笑みを浮かべて言うと、隣にいる優夏は胸を押さえつけてドキドキしていた。


「…もう二度と、顔を見られないんじゃないかって…」とトリオはさらにホホを高揚させて言った。


「問題は、ニ子に思っている人がいなけりゃいいんだけど…」


「いないわよ。

 今はそれどころじゃないから、

 トリオには大いにチャンスはあるの。

 ニ子のためにもなりそうだし、がんばって」


優夏の励ましの言葉に、「…頑張らなきゃ… 照れてばかりじゃ、嫌われる…」とトリオは一旦は胸を張ったが、その胸のときめきがまた背中を丸めさせた。


「トリオに注意しておくことがある」と春之介が言うと、「…はあ… なんだか視線が痛いのです…」とトリオは振り返ることなく言った。


「みんなっ! 授業よっ!!」と桜良が陽気に叫ぶと、子供たちは一斉に校舎に入って行った。


トリオは困惑の眼を春之介に向けたが、「お勉強は明日からでいいさ」と気さくに言った。


春之介はふたりから聞く必要があることをすべて聞き終えると、二時間ほど経っていた。


「昼食まで、学校の見学でいいから。

 ふたりと同じ立場の人が何人かいるから仲間になって来て」


マークとトリオは春之介に頭を下げて、校舎に向かって走って行った。



「昨日のあの坑道はもういいかなぁー…」と春之介が言うと、「…別のところに行くぅー…」と優夏はたちまち甘えて言った。


ふたりは抱き合うようにして空を飛んで、幅の狭い海を渡って、町とは別の大陸に降り立った。


この海は流れが速いようなので、波が立っているように見える。


「…海から怖いほどの殺気…」と優夏は言って海をにらんだ。


しかし海洋生物たちの方が怖かったようで、その恐れはすぐさま分散した。


「ここは山が多いね…

 猛獣がいそうな雰囲気だけど、

 どうもいないらしい…」


ふたりは川を発見して、その上流下流を探っていると、人工物を発見した。


ほとんど崩れ去っているが、石組みの家だったと感じる。


岩らしきものを持ち上げると、まるで軽石のように軽くなってしまっていた。


石すらも風化して砂に変わるほど、かなりの昔の文明がここにあった。


気候が穏やかなのか、堆積物がそれほどなく、遺跡などが土に埋まっているようなことにはなっていないようだ。


ここから奥は深い森で、すぐに高い山が連なっている。


すると唐突に春之介はあることに気付いて振り返って海側を見入った。


優夏もすぐに気づいて、「…人間は海にいる…」とつぶやいた。


「…獰猛な人間がいたもんだって、大いに呆れた…

 だけどほぼ動物だよ。

 退化もしたんだろうけど、

 食料として海にも引きずり込まれたようにも思うね。

 能力を持った動物もいるように思う。

 子供に話す物語の人魚姫のような…」


「…躾けてやろうかしらぁー…」と優夏は大いに海をにらみつけて言うと、空気が変わったように感じた。


「そう簡単には陸の生物を襲わないだろう。

 しばらくは海洋生物は海で生活してもらおう。

 だけどその中には逸材がいるだろうし、

 もうタレントが雇ったかもね」


「…どの世界でも一番怖い海洋生物だから、反抗はしないと思うわ…」と優夏は眉を下げて言った。


続きはまた明日にすることにして、ふたりはまた抱き合うようにして空を飛んで町に戻った。



ふたりは居残りのメイドたちに挨拶をしてから、春之介は米を炊いた後に、まさにうまそうなデザートを造り上げて、大きな冷蔵庫と冷凍庫にしまい込んだ。


「…デザート目当てのお昼ご飯…」と優夏は笑みを浮かべて言った。


「昼は食べ過ぎるほどでもいいさ。

 夕食まではほとんど運動の時間だからね」


春之介と優夏が厨房から出ると、トリオは同年代の少女たちに囲まれていたが、悪魔な子供たちがトリオを守るような体制を取っていたので、トリオは比較的安心しているように見える。


悪魔たちは敏感なので、トリオの想いは察している。


たとえ能力者であっても普通の少年少女にトリオの深層心理までは、そう簡単に見抜けるものではない。


「…ここに呼んでもいいけど、これも試練か…」と春之介が言うと、「…あまり口出ししない方がいいかも…」と優夏も春之介の意見に賛成した。



アニマール軍とパラダイス軍が戻ってきたのだが、浩也と一輝がそれぞれの宇宙船を降りた途端、口論のようなものを始めた。


優夏は笑みを浮かべて、ふたりを強制的に引き寄せた。


「一輝の話は春之介にするべきでしょ?」と優夏が少し優しく諫めると、「…言えねえ…」と一輝は大いにうなだれて言った。


「…中間管理職の立場が少しわかったような気がします…」と浩也が嘆くように言うと、春之介は大いに笑った。


「今のところは、本人の意思に任せるから。

 だけどそのうち、自分自身からチームを飛び出して、

 移籍することもあるだろう。

 優夏なんて、それを何度か繰り返してきたからね。

 俺を何度も驚かせてくれたのは優夏だけ」


「俺のライバルは春之介だからなぁー…」と優夏は大いに畏れを垂れ流してうなった。


「…だけど今は、相手チームの実力は伯仲してるから…」と恥ずかしそうに身をねじって言った。


「…優夏はいらねえ…」と一輝が大いに嘆くと、「行かないわよ!」と優夏は叫んでへそを曲げて腕組みをすると、恭司が大いに眉を下げていた。


恭司としては優夏とチームメイトとして試合をしたいと思っていたようだ。


「じゃあさ、俺と一輝さんが入れ替わる、とかどう?」と春之介が恭司を見て言うと、「よっしっ! 勝ったぁ―――っ!!」と恭司たちは大いに高揚感を上げて叫び、大いに喜んだ。


「…うう… 放り出されるぅー…」と一輝は嘆いて、ここは春之介たちに謝った。


「どちらにしても、マークのプレイスタイルを確認することが先だよ。

 そして俺たちの練習も見てもらえば、

 どのチームに所属したいのかよくわかるはずだから。

 決して、一輝さんが思っているようにはならないと思う。

 さらには女性が多い、

 ドズ星軍にも確実に興味を持っているはずだから。

 底力は一番あると俺は感じてるよ」


「…それは大いに認める…」と一輝の口調は渋々だったのだが、一輝は長い間ドズ星で修行をしていたので、ドズ星軍を一番認めているのだ。


「どっちにしても、観客を喜ばせることが先決だ。

 あまりにも一方的な試合ばかりしていると、

 そのうち誰も見向きもしなくなるからね。

 ここは商売として考え、野球人としても胸を張る。

 そういう興行をしていかなきゃいけなんだ」


「そういうことよ」と優夏は言って腰に手を当ててうなづいている。


「…自分の手柄のように…」と一輝は悔しそうにうなった。


「優夏に口出しする権利はあるさ。

 特に試合を見に来てくれる女子たちは、

 アイドルグループのアニマールが目当てになるんだから」


「…そうだった…」と一輝はうなだれて言って、優夏に頭を下げた。


「しかも次の試合日のアニマールの出番は多い。

 今まで以上に、子供たちの心をつかむ興行になるから。

 …まあ、源一様は無謀な集客はしないけど、

 また百万人ほどは呼ぶと思うね。

 そうしないとリピーターが減っていくし、

 俺たちの給料だって安くないんだから」


「…破格だよな…」とここは一輝も認めた。


「すべては全宇宙の平和のために!」と優夏が叫ぶと、特に女の子たちは必死で拍手をした。


「…優夏ちゃん、かっこいい…」とトリオが笑みを浮かべて拍手をすると、その取り巻きたちは誰にも負けない勢いで拍手を始めた。


そしてトリオは誇らしげに優夏を見上げているニ子を見た。


多少の免疫はできたようだとトリオは感じている。


やはりリーダーが大きな存在なので、二子が少し控え目に見えるからだ。


―― ここは、ボクの得意なことを… ―― と、春之介に再三言われた言葉を思い出したが、「配膳します!」という真由夏の陽気な言葉に現実に戻って、仲間たちに誘われるままに席に座った。


「一芸に秀でている子も大歓迎だ」と春之介は笑みを浮かべて、トリオが中心となっている年長組を見入った。


「…絵が得意だって?」と優夏は言って席に座った。


春夏秋冬がその映像を出すと、「…地面に描いた絵じゃないわ…」と大いに感動して言った。


「これでいいんじゃないかって俺は感じているんだ。

 デートの時にこの落書きをしたら、

 確実に感動する」


「…うう、絶対にドキドキしちゃうぅー…」と優夏は夢見る乙女になってつぶやいた。


「そしてこの落書きは儚くすぐに消える。

 いろんな感情が湧いて出ると思うよ。

 特に二子は、力よりも想いの方に心を動かされるように思う」


すると何かを感じたのか、優夏の右隣にいるニ子が前のめりになって春之介を見た。


「…うふふ… 楽しいことがあるかもよ…」と優夏がつぶやくと、「はい、期待しておきます」とニ子は朗らかに言った。


「…今、やらせようかしらぁー…」と優夏が気合を入れてドキドキしながら言うと、「焦っちゃ、うまくいかなくなるかも」と春之介に言われて、少しうなだれた。


『余計なことですが、ニ子は気付いています』と一太から春之介と優夏に念話を送ってきた。


「ま、気づかない方がおかしい…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「…事情、わかってるのよね?」と優夏が聞くと、「…逞しくて、頼りになりそうです…」とホホを赤らめて言った。


「…わかってなかったぁー…」と春之介が嘆くと、一太は大いにバツが悪そうな顔をした。


「…ごっちゃになってるようね…」と優夏は言って、ニ子に一から説明した。


ニ子はトリオではなく、マークに興味を持っていたのだ。


よって砂に描いたニ子の似顔絵は、マークが書いていたと誤解していた。


「…さらに美化していました…」とニ子は言って頭を下げた。


「…どうやって盗み見したんだか…」と春之介が言うと、「…スパイを雇っていますぅー…」と言って、春之介の肩にいるパンドラを見た。


「…まあ… 主たちを見守ることも仕事だからな…」と春之介は怒ることなく認めた。


「いえ、今回は私自身のことでした。

 申し訳ございません」


ニ子は素直に自分の非を認めた。


「いいや、側近に隠すこと自体がいけないことだ。

 興味を持たれて当り前だし、

 地球に帰すなどと相談されていていたら大問題だからな」


「…それをすっごく気にしてましたぁー…」とニ子は言ってうなだれた。



春之介たちは食事を摂りながら、「トリオはほかに何かないのかしら?」と優夏は春之介に聞いた。


「尻尾がある」と春之介が言うと、話が聞こえた者たちは、「え?」とすぐさま驚きの声を口に出した。


「絵がうまいだけで連れてくるわけないじゃないか…

 しかも、友梨香ちゃんがちょっかいを出しているけど、

 全く効き目がない。

 彼女もそれなり以上に魅力はあるんだけどね…

 あの髪の毛はオウムでしかない…」


春之介は自分で言っておいて、くすくすと笑い始めた。


「…高い能力を持った動物…」と優夏はつぶやいてからマークを見た。


「そっちは普通に人間」と春之介が短く答えると、「…子供たちは敏感だわぁー…」と大いに感心している。


「トリオは元いた星の中でも少数派だと思う。

 ああ、スルース星では特に秘密じゃないよ。

 それから動物を持つ者たちは野球には興味が薄いらしくて、

 マークさんの仲間の野球人は、全員普通に人間らしい」


「…似たようなスポーツがあったようね…」と優夏はこの件は調べていて知っていた。


「動物を持つ人間たちは、

 スポーツとしては陸上競技だけに心血を注いでいることが多い。

 誰が一番早いのか、白黒はっきりとさせたいらしいね。

 トリオも多分そっちには興味があるだろう。

 だから早速、昼食後に確認するから」


春之介は言って振り返って子供たちを見て、「トリオッ! 昼からは俺につけ!」と春之介が叫ぶと、「はいっ! 王様っ!!」とトリオは叫んでほっと胸をなでおろした。


午後もこの状態が続くと、身動きが取れないなどと考えていたようだ。


「…横暴ぉー…」と友梨香がつぶやくと、早速悪魔な子供たちが友梨香を囲んで、無言のプレッシャーを与えた。


友梨香は大いに泣きそうになって、「…なんでもないですぅー…」とつぶやいた。


トリオは苦笑いを浮かべていたが、ここはしっかりと食べておこうと思い、心を解放したとたんに、「えっ?!」と子供たちが声を上げた。


トリオにとっては普通のことなので、黙々と食事をする。


もちろん、その安心感はずっとそばにいる友梨香の雰囲気から、―― 同類 ―― ときちんと判断していたからだ。


トリオは上半身が異様に逞しい、カンガルーのような動物に変化していたのだ。


「おっ 草食獣で助かった」と春之介は大飯を食らっているカンガルーを見ながら喜んでいると、「…とんでもなかったぁー…」と優夏ですら驚いていた。


「足も速そうだ。

 できれば、野球にも興味を持ってもらいたいね。

 あの上半身は兄ちゃんや麒琉刀のようだ」


「…結局、逞しかったぁー…」とニ子は小さな声でつぶやいて、大いにトリオに興味を持ち始めた。


トリオが太くなった尻尾を機嫌よく振っていると、猫たちが大いにじゃれ始めて、天使たちを大いに陽気にさせた。


トリオとしてはかなり居心地がよくなったので、しっかりと食事をして、人型に戻ってから、「ごちそうさまでした」と礼儀正しく言って頭を下げた。


すると笑みを浮かべて真由夏がデザートを運んできたので、今度は人型のままで味わうようにひと口口に入れてすぐに、「うっ!」とうなった。


そして眉を下げて春之介を見た。


「今回のデザートは俺が創ったんだ」と春之介が言うと、「…本当に光栄です…」とトリオは姿勢を正して言って頭を下げた。


もちろん、動物の鼻が春之介のかすかなにおいを感じさせていたのだ。


そしてさらに味わうように、プリンアラモードを食べ始めた。


「…ああ… 食べつくしてしまった…」とトリオが嘆くように言うと、また真由夏がやって来て、今度はジェラートをトリオの目の前に置いた。


「お昼はたくさん食べた方がいいって」と真由夏が朗らかに言うと、「…ここは天国でした…」とトリオは大いに感動して言って、真由夏と春之介に頭を下げた。


「…とんでもなく訓練しろってこと?」と友梨香が杏奈と亜希子に聞くと、「…それしかないじゃない…」と杏奈が答えて、プリンアラモードを食べ始めると、「うんめえっ!」と叫んで、一瞬で食べつくした。


「…お下品よ…」と亜希子が言うと、「…そうだった…」と杏奈は言って大いに眉を下げた。


杏奈は猫をかぶった悪魔なので、この言動は仕方ない。


もちろん、まだ人間も持っていることで、食事は人間が食するものでも構わない。


「…見抜けなかったことが悔しいぃー…」と友梨香はトリオを見て眉を下げて言った。



そして春之介はトリオと優夏、ニ子を連れて、最近作ったばかりの陸上競技場に来た。


「あー、これは走りやすそうです…」とトリオは笑みを浮かべて言って、柔らかい地面を踏んで喜んでいる。


「普段も走ってるんだろ?」と春之介が聞くと、「はい、でも、ここだと、10周程度ですけど…」と眉を下げた。


「まずはトリオのペースでいいぞ」と春之介が言うと、「はいっ!」とトリオは叫んで、どう考えても全力で走り始めた。


「あのスピードで10周だと、相当鍛え上げているな」と春之介は言って、トリオを追いかけた。


優夏もニ子も春之介を追いかけたのだが、二周回してからようやくトリオと春之介に追いついた。


「…私からプロポーズしたいですぅー…」とニ子が優夏にこっそりと言った。


「…それはそれほどよくないと思うわよ…」と優夏も小声で答えた。


「…友梨香たちと同類と思われちゃうかもよ…

 あなたは今はお人形さんでいいの…」


優夏の言葉に、「…はい… いつものように対応しますぅー…」とニ子は眉を下げて答えた。


10周を終えて、トリオは満面の笑みを春之介に向けた。


そして二子がここにいることに気づいて、大いにホホを赤らめて照れたのだが、何とか姿勢を正して、ニ子に頭を下げた。


「ファンになってしまいました!」とトリオは感情としては告白のように叫んだ。


まさにトリオの一大決心だったのだ。


春之介も優夏も茶化すことなく、笑みを浮かべてうなづいている。


「…男性のファンはまだ少ないの…

 とっても嬉しいわ…」


ニ子は何とか普段通りに言えたと思って笑みを浮かべると、トリオが大いに照れながら手を出してきた。


「…恋人の契約…」とニ子がつぶやくと、春之介と優夏は大いに笑ってごまかした。


しかし、トリオにはニ子の声は聞こえていなかったようだ。


本来ならば聞き逃すことはないはずだが、今は大いに舞い上がっていて、心臓の鼓動が邪魔をしていたのだ。


ここは二子は平常心を取り戻して、トリオと握手をした。


そして握手をしたまま、急がずにトリオにいろいろと質問を始めた。


そしてお返しとばかり、トリオもニ子に質問を始めた。


今はアイドルとそのファンではなく、友人のレベルまで上がっていた。


「立ち話も何だから、あのベンチで座って話せば?」と春之介は言って、何もない場所にベンチを浮かび上がらせた。


もちろん地面が土の場所だ。


そしてこっそりと整地もした。


「あ、はい。

 ありがとうございます」


トリオは少し真剣な眼をして春之介に礼を言った。


「トリオ、きちんと想いを伝えろ。

 その方法はわかっているはずだ」


春之介の言葉に、トリオは少し考えてから目を見開いた。


そして大いに照れたが、―― 絶対に必要なことだ! ―― と思い直し、ニ子をエスコートしてベンチに向かって歩いて行った。


「…ああ… 真正面で見ていたいぃー…」と優夏が嘆くように言うと、「ふたりに気付かれない結界」と春之介があきれ返って言うと、「あ、はいはい…」と優夏は気さくに答えて結界を張った。


これは条件付きのもので、結界内にはトリオとニ子しか入れないものだ。


よって誰にも邪魔されることなく、ふたりだけの時間を過ごせる。


「…トリオ君、二子ちゃんのファンだったぁー…」と亜希子が大いに嘆くと、「…そんな気もしてた…」と友梨香は言ってうなだれた。


ここは邪魔をしても得るものはないと思って、三人は大人用のランニングコースを走り始めた。



春之介たちはトレーニングを終えて陸上競技場に戻ってくると、泣きじゃくっているニ子を支えるようにしてカンガルーが歩いてきた。


そのカンガルーは大いに眉を下げていて、春之介の姿を確認してトリオに戻った。


「さらに仲良しになれました!」とトリオは叫んで、春之介に頭を下げた。


「ニ子は気を抜くなよ」と春之介がやさしく言うと、「…はい、春之介様ぁー… 本当に、ありがとうございましたぁー…」とニ子はまだ泣きながら礼を言った。


「で? なぜ号泣してるの?」と春之介が聞くと、「…実は…」とトリオはかなり言いづらいようで、二子の顔を見た。


「…私の涙で、絵を壊してしまったのです…」とニ子は言ってまたワンワンと泣きだし始めた。


「それほどに感動したってことじゃないか…

 また描いてもらえばいいんだよ。

 今度は壊れないように俺が細工するから」


春之介の言葉に、ニ子は何とか復活して、「…また描いてくれる?」とニ子は涙声でトリオに気さくに聞いた。


「もちろんだよ!」とトリオも気さくに元気よく答えると、「…頼りになるぅー…」とニ子は言って、また感動して大声で泣いた。


もちろん、優夏も大いにもらい泣きしている。


「泣き止まないと、泣き顔を描かれることになるぞ」


春之介の言葉に、ニ子は何とか泣き止んで、「…顔、洗ってくるの…」とつぶやいて、トリオと離れがたい思いを表情に出して、何とかここは振り切って洗面所に向かって走って行った。


「トリオ、洗面所の前で待っていてやれ」と春之介が指導すると、「はいっ! ありがとうございます!」とトリオは叫んで、猛ダッシュでニ子を追いかけた。


「…青春だなぁー…」と春之介がつぶやいて空を見上げると、「…よかったぁー…」と優夏は言って、また号泣を始めた。



一方マークは、アイドルたちに囲まれていて、大いに眉を下げている。


「がっつくと嫌われるぞ」と春之介が言うと、芽大琉たちは大いに苦笑いを浮かべた。


女性たちが解散すると、「…ありがたいことですけどね…」とマークは眉を下げて言った。


「彼氏や彼女が欲しい年代なのでね。

 さっきも言ったように、まずはチームプレイ」


春之介の少し厳しい言葉に、「…俺はまだまだ自分に甘えてしまうことが怖いです…」とマークは言ってうなだれた。


「状況をきちんと判断して、

 想い描いたことを忠実に再現するだけだから。

 たとえアウトになっても、

 それが最善だったら何も問題ないんだよ。

 胸を張ってベンチに戻ってくれんばいいだけだから。

 欲張って失敗するよりもかなりいい」


「…さらに精進します…」とマークは言ってうなだれた。


「くよくよ考えない!」と優夏から檄が飛ぶと、「はっ! 申し訳ございません!」とマークは背筋を伸ばして叫んだ。


基本的にはマークについては何も指導することなく超野球人だ。


しかし練習試合で、マークの悪い面ばかりが目立って、さすがのマークも大いに落ち込んだ。


よってここぞとばかりに、同年代のアイドルたちが慰めていたのだ。


「お金がもらえる試合に出た時、さらに思い知るさ」


春之介の言葉に、マークは背筋を震わせた。


「あ、聞き逃していたことがあった」と春之介は言ってマークを見た。


それはマークのお告げの件だ。


公園で過ごせという言葉は、夢に出たなど、具体的な状況ではなく、朝起きると必ず頭に響いていたそうだ。


「…朝起きた時、同じ人が必ず誰かいた、

 とか、同じものがある場所だった、とか…」


春之介の言葉に、マークは眉間に皺を寄せて考え始めた。


春之介に聞かれてマークは大いに気になり始めたのだ。


「その都度、起きる場所も違ったので…

 初めの頃は家で、ここ数日は公園で…

 あ… 鳥… 赤い…」


マークは言って、春之介から紙とペンを受け取って描き始めた。


お世辞にもうまくないが、特徴はよくわかる。


「家にいる時は窓の外から見える屋根の上に…

 公園では噴水の縁に…

 頭にある、寝癖のような羽がチャームポイントだな…」


春之介は、トリオを呼んで絵を見せると、「…あっ…」とつぶやいて、春之介からペンを受け取って、まるでここに鳥がいるような、素晴らしい絵を描き終えた。


頭の羽の特徴は同じだが、両足に指輪のようなリングが光っている。


トリオは春之介に予言のようなものがなかったかと聞いたが、何もないと答えた。


最近の朝はずっと、春之介と出会った公園で思いふけっていたそうだ。


「…このリング…」と春之介は大いに考え込んだ。


「…知り合い?」と優夏が聞くと、「…うん、多分…」と春之介は言って、しばらく全く動かなかった。


数分後、「…やっとたどり着いた…」と春之介はつぶやいて、鳥の絵が描かれている紙をひっくり返して女性の絵を描いた。


女性の頭には一本の飾り羽が差してあり、両腕には細いブレスレットをしている。


「…俺の、母だ…」と春之介は笑みを浮かべて言ってから、大いに苦笑いを浮かべた。


「ミラルダ! 宇宙船を出してくれ!」と春之介が叫ぶと、ミラルダはすぐさま出航準備を始めた。


優夏は絵を見ながら、「…それなり以上に前のようね…」と目を細めて言った。


「俺がミストガンの名前をもらったのは、

 母に免許皆伝をもらったあとだ。

 本当の母ではなく、師匠」


「…じゃあ、ダルダイルも知ってるのね?」


「ダルダイルも先生の弟子だよ」と春之介が笑みを浮かべて言うと、「だけど、免許皆伝はもらえなかったから、ミストガン姓はもらっていない」と苦笑いを浮かべて言った。


「…厳しいのね…」


「…動物だからな…」


春之介の言葉に、優夏は大いに納得して笑みを浮かべた。


「…そして先生は、大いに拗ねるだろう…」


春之介の予言の言葉に、優夏は腹を抱えて笑った。



宇宙船はスルース星に飛んで、トリオとマークに出会った公園に立った。


そして、噴水の中央にあるモニュメントの上に、赤い鳥がいた。


「先生、お久しぶりです」と春之介が言って頭を下げると、鳥はプイっと背中を向けた。


「不義理だったこと、本当に後悔しております」と春之介は頭を下げたまま言った。


『…もー… 許してあげちゃうわよぉー…』と大いに苦情を言って、ふわりと浮かんで、人型に変身して春之介の前に立った。


「…立派になった…」と女性は胸を張って言った。


「…ローレル・ミストガン…」と優夏がつぶやくと、「あ、その子も弟子」と女性は比較的陽気に答えた。


「相当間が空いてるけど、ゼルダの妹弟子よ。

 優秀な子ってどれほど探しても、

 ほんといないのよねぇー…」


女性は大いに嘆いて言った。


「…クリスタル・ミストガン様…」と春之介は師匠の紹介をすると、「…クリスタル…」と優夏はうなるように言った。


「…あら? 気に入らない人で同じ名前の方が?」


「積もる話は、アニマールに戻ってからでも」


春之介が笑みを浮かべていうと、「あら、うれしいわ!」とクリスタルは言って、赤い鳥に変身して優夏の肩に止まった。


『弟子にならない?』と赤い鳥が言うと、春之介も優夏も大いに苦笑いを浮かべた。



「へー… すごい人なんだぁー…」とコウモリのゼルダが言うと、「ゼルダ様も素晴らしいですわ」と赤い鳥が言った。


ふたりは意気投合して、赤い実を切ったものをついばんでいる。


「…学校の先生がひとり増えた…」と春之介は眉を下げて言った。


「ああ! そうそう!

 悪魔でクリスタルっていう子がいたわ!」


赤い鳥が叫ぶと、春之介と優夏は大いに注目した。


「ゼルダとダルダイルに会ってずっとあとに、またダルダイルと会ってね」


「…そのクリスタル様も今は知り合いです…」と春之介は眉を下げて言った。


「あら、そうだったの。

 すごい偶然ね。

 コルダっていう、男天使といつもにらみあってたわ」


「今は夫婦になってます」


「あら、それはよかったわ!」と赤い鳥は大いに祝福するように言った。


「星が壊れそうになってもケンカしてたけど、

 ほんとは仲が良かったのね。

 私は星の最後を見送って、いつものように生きながらえたわ」


「長い旅をされていたようですね」


「星を移るたびに生まれ変わった気分になったから。

 …それからそろそろ怯えるのはやめてくれないかしら…」


赤い鳥は春子を見て言った。


「ローレルのすぐ後の弟子よ」と赤い鳥が言うと、「道理で能力が高いと… ようやく納得できました」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「ここもいいけど、いい人しかいないわね…

 寝床はすっごく安心できるからここでいいけど…

 ローレルに会いたいんだけど…

 あの子は不完全だけど、頭はすごっくいい子だったわ」


「今も変わっていません」と春之介が答えると、「はぁー…」と赤い鳥は深いため息をついて、「いかなきゃいけないわ!」と胸を張って言ったので、ここは春之介が赤い鳥を手に乗せて社に入った。



春之介がフリージア王都に姿を見せた途端、「クリスタル様っ!!」と源一が大声で叫んで、かなりの早口で再会を喜んだ。


そして悪魔クリスタルでもある花蓮は大いに苦笑いを浮かべている。


「天使と悪魔じゃ、確かに相性は悪いわね…

 今も変わらないのに、相当努力したようね…

 えーと、今は万有源一」


「はい! 最後まで見届けていただいて、

 本当に感謝しています!」


源一は大いに歓迎しているのだが、「…何しに来たのよぉー…」と花蓮は大いに眉を下げて言った。


「あんたはずっとそんな感じなのね…

 だからそれほど成長しないのよ…

 わざわざ私の名前を上げたのに…

 返してもらうわよ」


赤い鳥の言葉に、花蓮は大いに焦ったが、「私が決めたんじゃないもぉーん」と憎まれ口をたたいた。


赤い鳥は深いため息をついてから、大きく息を吸い込んで、「ローレルっ!!!」ととんでもない大声で叫んだ。


「あ、いたいたっ!」と赤い鳥は陽気に言って、ローレルに向かって飛んで行った。


「再修行だそうです」と春之介が眉を下げて言うと、「それでも、感謝しきれない!」と源一は叫んで春之介に頭を下げた。


「…転生、してないぃー…」と花蓮は大いに眉を下げて嘆いた。


「本体は多分竜でしょうね。

 雰囲気から無属性かと。

 先生は厳つい竜の姿を好んでおられないのでしょう」


「…そうか… 春之介にとっても先生なのか…」と源一は言ってさらに納得して笑みを浮かべた。


「ダルダイルさんとはこれで三度目の再会になるようですよ。

 そろそろ、免許皆伝をもらってほしいですね」


「…いや、ミストガン姓をもらってるけど公表してないんじゃないのかい?」


源一の言葉に、―― それは大いにある… ―― と春之介は考えて納得していた。


春子は本当の名前を持っているが、春之介への想いから自分でつけた名前を名乗っている。


「ビルド様の修行も、多分引き受けられると思います。

 ですが、寝床はアニマールと言っておられました」


「ああ、わかった」と源一は上機嫌で答えて、大いに眉を下げているローレルを見て笑った。


「魂の系列上はどうなってるんだ?」と源一は不思議そうに言って、「妙な話ですが、俺の孫です」と春之介は眉を下げて答えた。


「美佐の子… ではなさそうだが…」と源一は不思議そうな顔をして言った。


「友梨香ちゃんの本当の姿を見て大いに驚きました。

 ですが俺の子ではありませんでした。

 ですのでまだ再会を果たしていません。

 当時の名前をトートマルと言います。

 今でいうと、鶏のようなフォルムです。

 鳥の原型と考えて、少々挑戦してしまったのですが、

 トートマルの子が雄々しく育って何よりでした」


「出会っている可能性は大いにあったのかもしれない…

 家畜としてかなりの数を人間が飼育しているからな…」


「そういった生死の修行をしているのかもしれませんね。

 飽きたらそのうち姿を見せるでしょう。

 再会の日を楽しみにしておきます」


春之介と源一は朗らかに握手を交わしてから、春之介はアニマールに戻った。


すると、ついさっきの話題に出たトートマルが、美佐に抱かれていたのだ。


まさにその姿は鶏だが、目つきは穏やかで、鶏冠は金色だ。


そして体毛は赤い。


春之介はゆっくりと近づいて、「美佐、どこにいたんだい?」と穏やかに聞くと、「海、だってぇー…」と大いに眉を下げて答えた。


「利家君たちが連れてきてくれたようだね…」と春之介は大いに眉を下げて言った。


「どうして私に…」と美佐が不思議そうな顔をして春之介に聞くと、「…まあ、大昔の姉弟だから…」と眉を下げて答えた。


「…あー… それで…」と美佐は笑みを浮かべて答えた。


「昔の名前をトートマルという。

 美佐とは違い、自由奔放に育って、

 冒険に行くと言ってそれっきりだったんだ」


するとトートマルは大いに反応して、5才程度の幼児の姿に変身した。


「アカマルがここにいたからついつい来ちゃった…」とトートマルは眉を下げて言った。


春之介は笑みを浮かべて、「そのうち戻ってくるよ」と春之介は気さくに言った。


「…アカマルって…」と美佐がつぶやくと、「クリスタル・ミストガン」と春之介が答えると、美佐は目を見開いた。


「アカマルでいいんだよ…

 どれほどお勉強したのかは知らないけど、

 それが孤独を生んでるってわかってないんだから…」


トートマルの言葉に、「まあ、それは言えるけど、今はその弟子たちが大勢見つかったぞ」と春之介が答えると、「ふーん、春之介様もそのひとり…」と少し投げやりに言った。


「…ひょっとして、仲、悪いの?」と春之介が眉を下げて聞くと、「大らかさがないから気に入らない」とトートマルは唇を尖らせて言った。


「だけど先生としては大らかだと思うんだが…」


すると、トートマルは唐突に、「春子ちゃん!」と呼んだ途端に、春之介は理解した。


春子はトートマルの前に立って、朗らかな笑みを浮かべた。


「星の最後が訪れた時、たくさんの人を助けたよね?」


「…あ、はい… 放ってはおけなかったので…

 …それを、ビルドのヤツゥー…」


春子は大いに悔しがって言った。


「それって、間違ってなかったって思ってる?」


このトートマルの言葉には大いに春子は怯えて、「…半々ですぅー…」と言ってうなだれた。


「だけど、正したよね?」


「はいっ! もちろんですっ!」と春子は胸を張って答えた。


そしていまさらながらだが、「…えーと…」と大いに戸惑ってトートマルを見入った。


「大昔の俺の子。

 美佐とは姉弟で、トートマルという。

 クリスタル・ミストガンの父親」


春之介の言葉には大いに衝撃があったのか、「…先生と全然違いますぅー…」と穏やかな笑みをトートマルに向けた。


「世界の摂理に逆らわないこともいいことだと思う。

 だけど力があれば、春子ちゃんのように、

 どうにかしようと努力するべきだ。

 その時間は大いにあったはずだけど、

 あの子は運命に逆らわず静視するんだ。

 もちろんそれが悪いとは言っていない。

 静視するんだったら、自分自身もその星の運命とともにするべきなんだ」


トートマルの言葉に、春之介は目からうろこが落ちたように感じた。


「…先生は、死が怖い…」と春之介がつぶやくと、「その時が来た時、穏やかではいられなくなるよ」とトートマルはさも当然のように答えた。


「…先生の、とんだ欠点、発覚ぅー…」と春子は眉を下げて言った。


春子は長い間転生していないが、普通に鳥だったころは何度も経験している。


「傍観することで、それを知ろうとしてるはずだよ。

 体験しなきゃわかんないのに…」


「トートマルの方が正論だと俺は認めた。

 教育者としてはクリスタル・ミストガンは最適だろう。

 だが師匠としては、トートマルの方がよさそうだ」


「本気で考えてくれる家族でよかったよ」とトートマルは笑みを浮かべて言って、春之介を見上げた。


生を受けた者は死を迎えることがごく当たり前で自然の摂理に従うべきなのだ。


「…でも、冒険、行っちゃうの?」と美佐が悲しそうな目をしてトートマルに言うと、「ここが僕の住む星だから」とトートマルは胸を張って答えた。


「…うふふ、よかった!」と美佐が満面の笑みを浮かべて言うと、トートマルは大いに照れていた。


「…近親相姦だわぁー…」と春子が小さな声で言ったが、春之介は何も言わなかった。


動物とはいえ神でもあるので、兄妹での婚姻もあり得ることだ。


さらには今は他人でしかないので、それほどの問題はない。


「素晴らしい家族だわ!」と優夏は叫んで、全員を一気に抱きしめた。


「…優夏ちゃんが、とんでもなかったぁー…」とトートマルは大いに嘆いた。



アカマルは今日のところはアニマールに戻ってきたが、「うっ! パパっ!」と目を見開いて、人型のトートマルを見て叫んだ。


「やあ、頭でっかちのアカマル」とトートマルが憎まれ口をたたくと、小さな赤い鳥はわなわなと震えて、巨大な無属性の竜に変身した。


だがトートマルもすかざす、無属性の竜に変身した。


その能力差は歴然で、トートマルの頭にある角の数は、どの竜よりも多かった。


「頭、つるっつるじゃないか」とトートマルが吠えるように言うと、「…こ、怖がられるからこれでいいの…」とアカマルは大いにトートマルに怯えて答えた。


「親子喧嘩は終わりだよ!」と春之介が気さくに言うと、ふたりとも人型に変身して、迷惑をかけた人たちに謝って回った。


特に同じ無属性の竜のあさひが怯えてしまったので、ふたりして大いに慰めた。



「竜になれても威厳がなきゃ意味がない。

 変身してるだけで、アカマルは何もできないし、

 何もしない」


落ち着いたところでトートマルとアカマルが討論を始めた。


「じゃあ、どうすればいいのか教えてよ!」とアカマルが叫ぶと、「星の運命に従え」とトートマルが言ったとたんに、アカマルは錯乱するように震え始めた。


「アカマルは死が怖い!」とトートマルが宣言すると、アカマルは宙に浮かぼうとしたがそれは叶わない。


トートマルがすでに固めていたからだ。


「自殺はできない。

 だから、自分だけが生き延びる。

 だけど星の最後をともに迎えることは自殺じゃないと、

 賢いアカマルは知っていたはずだ」


「…あら、そうだったのね…」と優夏はさらに賢くなったと大いに喜んだ。


「それが怖くてできないから、

 何とか竜を手に入れて、

 今まで生きながらえてきた。

 だから今のアカマルは不完全だ。

 生あるものは死を迎えて当然だ。

 そうしないと、魂ごと消え去る恐れもあるんだ」


この事実は誰も知らなかったようで、「…そんな事実はないぃー…」とアカマルは悔しそうにうなった。


春之介はすぐに魂のエキスパートの松崎拓生に念話をして、今の話が本当のことなのかを聞いた。


そして、合理的な回答を得て、大いに礼を言って念話を切った。


「アカマルよりも魂に詳しい人に聞いた。

 そして、今の魂の状態も入手した」


春之介が言うと、春夏秋冬がその疑似映像を宙に浮かべた。


比較対象は、アカマル、トートマル、そしてヤマだ。


「うわぁ! うわぁ!」とアカマルは大いに嘆いた。


この真実を目の当たりにして、怯えないものは誰もいない。


「…こりゃ怖いね…」とトートマルは言って、アカマルに大いに同情した。


ヤマの魂は異様に大きい。


その魂と差がないのがアカマルだ。


だが、魂の器の厚みが、アカマルは目に見えて薄いのだ。


針で突けば、簡単に破裂してしまうと思わせるほどだった。


「アカマルには一旦死んでもらうしかないね…」と春之介が非情の言葉を口にすると、誰もが大いに非難の眼を向けたが、このままでは本当に魂が破裂しそうに思えるのだ。


「…分魂してもこうなるからな…

 御座成功太もそうだった」


一輝の言葉には誰もが大いに賛同した。


「ま、アカマルには不得意なことをやってもらって、

 一旦死んでもらうよ。

 アカマルの能力があれば、それなりの数転生できるはずだから」


「…先生って呼びなさいぃー…」とアカマルは春之介をにらみつけて言った。


「今は俺の孫として話をさせてもらってるんだよ…

 古い神の一族として、放っておけるわけがない」


春之介の堂々とした言葉に、「…うっ!」とアカマルがうなったので、春夏秋冬が家系図を宙に浮かんべると、アカマルはすべてを理解して、大いにうなだれた。


「死の苦痛が魂の器を強くするんだよ。

 ちなみに、俺と万有様の魂」


映像が出ると、「…あー…」と誰もが大いにためいきをついた。


ふたりともその魂はトートマルと同等に大きく、器はトートマルよりも厚みがある。


「石化の術を食らっても、数回は簡単に生き延びられるそうだよ。

 これほど厚みがある方が珍しいそうだ。

 さらに厚みがあっても硬くならないのが、

 魂の特徴だから」


春之介は説明してから、今後の具体的な話をした。


真実の死ではないが、このような抜け道もあると知って、アカマルも春之介の家族たちも納得していた。


その方法はアカマルが持っていない勇者などに覚醒すること。


故に死を迎えて転生するわけではない。


よってその修行をこのアニマールで積むのだ。


そのノウハウはわかっているが、実際アカマルは試していない。


この行程は楽なものではなく、まさに死に一直線の肉体的な修行になるからだ。


「付き合ってやるよ…」とトートマルは眉を下げて言って、アカマルにかけていた術を解いた。


「…パパだったら当然だもぉーん…」とアカマルが甘えるように言うと、春之介は大声で笑った。


「お爺ちゃんも手伝って!」とアカマルがさらに甘えると、「そう簡単に付き合うわけないだろ」と春之介がさも当然のように言うと、アカマルは一旦は憮然としたが、春之介の家族たちを見回して目を見開いた。


「…みなさん、ごめんなさい…」とアカマルはここは素直に謝った。


誰だって春之介をひとり占めしたいのだ。


能力者でもないアカマルであっても、この場の雰囲気でこの程度のことは簡単に理解できる。


「…えらそうにしてる頭でっかちなヤツは、

 大体こういった単純な間違いに陥るもんだ…」


春之介の言葉に、気の利かないことをしたことがある大勢の者たちが一斉に頭を下げた。


「…えらそうに言ってごめんなさいぃー…」とアカマルは大いにうなだれて言ったが、早速修行のようでトートマルが連れ去って行った。


「俺なんて、初めから誰かに頼ってるからな!」と春之介は叫んで大いに笑った。


「確かにその方が楽だし協調性がある…」と浩也はつぶやいて、いろんな面で考え直すことに決めた。


「もちろん魅力がないと誰もついてきてくれない。

 だけど、それ以上の強烈な強さはいらない。

 これが俺の程々だから。

 野球では負けたくないけど、

 この先はそうも言ってはいられないと思う。

 負けないように、今まで以上にちょっとだけがんばろう!」


春之介が気合を入れて語ると、「ミラクルマン! がんばれっ!」と子供たちが声をそろえて声援を送った。


「これが俺の力になるんだよ!」と春之介は胸を張って言ってから、「じゃあ、これから鬼ごっこだ!」と春之介が陽気にいうと、子供たち全員が春之介に群がっていく。


そして大人の家族たちも春之介に群がった。


まさに春之介の得意分野のひとつなので、そう簡単には捕まらない。


「…あっち、楽しそう…」と高い壁を昇っているアカマルが嘆くと、「うん、それでもいい」とトートマルは言って、アカマルの手を取って空を飛んで、ふたりして春之介を追いかけた。


まさに無我夢中で追うので、気を抜いたとたんに倒れそうになる。


そういう子に春之介はわざと捕まって、安全地帯に寝かせて、また追いかけられる。


よって、わずか5分程で、叫び疲れ、追いかけつかれた子供たちのほとんどは、柔らかい芝の上で、笑みを浮かべて眠ることになる。


もうすでにその子供たちの仲間入りをしているアカマルを、トートマルは眉を下げて見ていた。


最後の方は、悪魔な子供たちと大人たちを相手に本気の鬼ごっこをして、ほとんどの者を地面に転がした。


あとは優夏しか残っていないのだが、春之介から迫って優夏を抱きしめた。


「…うふふ… うれしいわ…」と優夏は上機嫌で言った。


すると、春菜が社から顔だけを出して辺りを見回していることに春之介が気付いた。


「やあ、おかえり」と春之介がごく自然に言ったのだが、春菜は大いに苦笑いを浮かべて社から出てきた。


「野球の練習は、ここでしたいんだって」と小さな岩の恐竜のガウルが言うと、「優夏と三人だったらすぐにできるぞ」と春之介は気さくに言った。


「そろそろ試合だからね。

 調整は必要だわ」


優夏も認めたので、春菜はほっと胸をなでおろした。


大人たちも何とかして参加したいのだが、あと数分は起き上がれそうにない。


起き上がれてもリフレッシュをしないと練習は無理だと感じ、今は大人しくしておくことにしたようだ。


ここは少年のガウルも参加させて、4人で軽く練習を始めたが、走攻守のレベルが低いものの、ガウルはすこぶるタフだと春之介は感じた。


「ベンチ入り、してもらってもいいかもな…

 身体上はまるっきり問題ないし…

 身長制限はないからね」


「…えー…」とガウルは大いに戸惑って、春菜を見上げた。


「全然かまわないわよ」と春菜が簡単に認めたので、「頑張る!」とだけガウルは言って、ひとりだけ外野に走った。


ここはガウルの守備練習として、春之介はそれほど走らせないように打ち分けた。


投手は春菜で、素直な球が多いので打ちやすいようだ。


ガウルは笑みを浮かべてボールを追いかける。


ここからはガウルと春菜中心の練習をして、大いに汗を流した。



リフレッシュ中の風呂場で、「…あの広いグランドで4人だけで…」と、ようやく復活した一輝が恨み言のように言うと、「いい練習になったよ」と春之介は陽気に答えた。


「ガウルも持っていくのか?」と一輝が怒りながら聞くと、「まだ聞いてないよ」と春之介が答えた瞬間に、一輝はガウルに寄り添ってからすぐに肩を落として戻ってきた。


「…春菜と同じチームがいいそうだ…」と力なく一輝は言った。


「その春菜がゼルタウロス軍に所属するとは限らない」


春之介の言葉に、「…あとで聞こ…」と一輝は小さな声でつぶやた。


風呂から上がって一輝が春菜に寄り添うと、「…なんであっちなんだ…」と大いに春菜をにらみつけて言った。


「一輝さんのところは必要ないじゃない…

 今回はSKプリンセスの誘いに乗っただけだし…

 その次はドズ星軍。

 そのあとは決めてないけど、

 一旦ゼルタウロス軍に戻るかもね」


春菜の話を聞き終えて、一輝は何とか頭を下げて、仲間たちの元に戻った。


恭司たちは大いに眉を下げていた。


確かに恭司たちに強い力は必要としていない。


しかし、スカッと爽快に試合を終えたいという思いもあるので、できれば一度だけでも、春之介、優夏、春菜、一太、浩也の誰かを迎えて試合をしたいと思っていたのだ。


「…下手に選手層が厚かったことが誤算だったね…」と恭司が眉を下げて言うと、「…もう頼まんー…」と一輝がうなって、大いに機嫌が悪くなっていた。



試合当日、前回と同じように、フリージア星には百万の観光客が集まっていた。


試合がある日は必ずこうなるようで、ウルトラゼルタウロススタジアムのキャンセル待ちに長蛇の列が並んでいるようだ。


星の外に中継はされないので、球場に入れないことはわかていても、浮遊スタジアムの下に設けられている、百万人収容できる巨大なスタジアムの3D映像システムで野球観戦をしたい者が大勢いるのだ。


映像媒体も販売されるのだが、できればその場にいて観戦したいという意思があるようだ。


そしてカメラテストを兼ねた、アニマール・フロム・アニマールのミニライブが始まると、特に女の子たちはグランドとモニターに釘付けになった。


「今日も、私たちのために来てくれてありがとう!」と優夏が叫ぶと、半分は大声援で、半分は笑い声だった。


まさに陽気な気分でコンサートは始まって、女の子と女性たちを大いに魅了した。


わずか一曲だけなのだが、ファンの誰もが放心状態になっていた。


そしてここでサプライズがあって、試合中の術の使用について、新しいシステムを導入したと放送があり、その試験をゼルタウロス軍が請け負った。


魔力を使っているという確認の実証実験をして、計器が正常に反応するのかを試すイベントだ。


グランドには数多くの小さな植木鉢があり、その中には土とタネが入っている。


緑のオーラを流せる者が一斉に術を放つと、巨大なモニターに、『魔法使用』と赤い点滅文字が出て、さらに警報が鳴った。


術を使えばこうなるという説明も兼ねている。


そして植木鉢には何も植わっていなかったはずだが、小さな可愛い花が咲いていた。


さらに植木鉢を術を使って浮かべると、また映像が切り替わり警報が鳴り始めた。


術者たちは小さな植木鉢を、スタンドにいる女性を中心にして配ると、誰もが大いに喜んだ。


まさに、魔法と術を確認できた観客たちは大いに喜んでいる。


簡単にグランド整備を終えて、第一試合のスターティングメンバーの発表があった。


第一試合はSKプリンセス軍と新規参加のスルース星所属のタンドリッド軍のカードだ。


なんとSKプリンセス軍は先発に春菜を起用してきた。


まさに春菜が信頼されていることがよくわかる。


もちろん、チームリーダーの澄美を温存する作戦でもある。


そして捕手は、大いに眉を下げている源次郎だ。


もちろん源次郎と春菜は、場合によっては、投捕を入れ替わることもある。


特に両軍ベンチに緊張感はそれほどなく、比較的朗らかだ。


だが、試合が始まったとたん、SKプリンセス軍の猛打が大爆発して、一挙10点を挙げた。


二回の表も、春菜は5人でぴしゃりと抑えたので、タンドリッド軍ベンチからは笑みが消えていた。


「3点で抑えて、5点得点できていた…」とマークがつぶやくと、「うん、そうだね」と春之介は朗らかに言った。


「実力は十分にあるんだ。

 だけど、チームワークに徹しないと、

 こんな情けない試合になってしまうんだよ。

 結局団体競技は、チームワークで成り立っている。

 だから悲壮感がさらなる悲壮感を呼び、

 疲労感までも呼んでしまうことになる」


「はい、思い知りました」とマークは答えて頭を下げた。


そしてバットについては変更があって、バッターボックスが1.5倍に広げられている。


長さ1メートル80センチ、太さ20センチまでの長く太いバットの使用が認められたのだ。


まだホームラン第一号は出ていないが、勢いのあるボールが外野に飛ぶ。


第一試合は50対ゼロで、SKプリンセス軍がギブアップ勝ちを収めた。



そしてまた、アイドルたちのミニライブショーが始まり、少女たちを熱狂させた。


売店の売り上げも上々で、ここぞとばかり、男性ばかりが眉を下げて列に並んでいる。


もちろん、女性たちによって強制的に並ばせられているのだ。


中でも少々お得な、『アニマール・フロム・アニマール フルコンプセット』が飛ぶように売れている。


一個10万アニマとかなりお高いものだが、個別にすべてをそろえるよりはかなりお安くなっている。


しかも、非売品の付録が大量に同梱されているので人気は高い。


優夏たちにはいいウォーミングアップだったようで、大いにいい状態で、ゼルタウロス軍と新規参入のアセス軍の試合が始まった。


このアセス軍は、かなりの猛者ぞろいで、ほとんどを死神が占めていて、星の防衛軍に所属している者がほとんどだ。


実力的にはタンドリッド軍が上だが、アセス軍はチームワークを重視したチームだ。


まさにアセス軍とゼルタウロス軍は鏡に映したほどチームカラーがよく似ていた。


しかし一回の裏に、大砲に火がついた。


三番優夏、四番春之介、五番浩也の三人が超特大のホームランを放ったのだ。


しかし打ったのはこの三人だけで、他は5人でぴしゃりと抑えている。


特に一太は大いに憤慨していた。


規格外のバットを簡単に振れるほどの力がないからだ。


技巧派の者が目立てないほど、両軍のチームレベルは高いのだ。


ここは今日の先発の浩也は大いに気合が入っていて、トップスピードのスクリューボールばかりを投げ込む。


バットには当たるのだが、全てが一塁ゴロか三塁ゴロに終わってしまう。


バットに食い込むボールなので、余程のパワーがない限り、簡単に打ち返すことは困難だ。


浩也は二回をパーフェクトで投げ終えて、マウンドを春之介に譲った。


試合はかなり引き締まったものになり、5回を終えて5対ゼロでゼルタウロス軍がリードしている。


後半に近づくと、双方ともに選手の交代がひっきりなしに行われ、先発選手は春之介と優夏だけになっていた。


春之介はここは洗礼とばかり、打てないボールを常に投げ込む。


魔球サラマンダーの前には誰もが空振りをするしかないのだ。


アセス軍は魔球の変化の解析は終えていたが、狙って打てないことも解析できていたので、まさにお手上げだった。


そして6回から優夏が投手として出てきたので、―― 打ち崩すっ! ―― と大いに気合を入れたのだが、優夏は春之介の指示通り、魔球と速球で難なくかわして、二回をパーフェクトの6三振で試合を終えた。


春之介も優夏も疲労困憊だったが、大いに高揚感を上げていた。


そして優夏は悪魔な子供たちに大いに癒され、そして軽く食事を摂って、ミニコンサートに挑んで、今までで一番の声援をもらっていた。


―― 化け物がいた… ―― と野球人たちは優夏だけを見入っている。


優夏たちアイドルはここで本格的に休息をとった。


第三試合終業後が真のコンサートだからだ。


その第三試合の、ドス星軍とパラダイス軍の戦いは大いに荒れた。


両軍ともに打ちまくって、地力のあるドス星軍が21対19で何とか勝利した。


もちろん、双方の選手ともども、誰も立ち上がれないほどに、疲労困憊となっていた。



そして十分に復活した、アニマール・フロム・アニマールのメンバーたちが、100万人収容できる地上のスタジアムでコンサートを始めると、「優夏ちゃんっ! 無理しないでっ!」という、優夏を心配する嘆願の声が多く聞こえてきた。


ちなみに、ウルトラゼルタウロススタジアムの方が3D映像で、ライブ映像が放映されている。


「この程度のことで、アイドルは根を上げないわっ!!」と優夏は大いに叫んで、スタジアムを大熱狂させ、5曲を歌って踊り終えて、最高の気分でコンサートを終えた。


ファンもアイドルたちも大いに泣いていた。


その中心にいる優夏だけは、笑みを浮かべて声援に感謝して、両腕をリズミカルに振っていた。



「…うーん… 甘えすぎだ…」と源一は食卓で大いに反省していた。


よって、アニマールのアイドルショーに匹敵するショーが必要だと考え始めたのだ。


「今日はこの後ゆっくりと過ごすから気にしなくていいの」と二回目のリフレッシュを終えた優夏は朗らかに言った。


「俺だったら、いくら好きなことでも根を上げそうだからね」と源一は眉を下げて言った。


「だったら、皐月母ちゃんになにかやらせればいいじゃない…

 人を使うんじゃなく、自分が動けって言って…」


「…そうだよなぁー…

 コンサートというわけにはいかないが、

 ミュージカルでもやらせるか…

 …短ければ短いほど難しいし…

 まずは根回しが大変そうだな…

 ここは俺も出ようかなぁー…」


源一はついに重い腰を上げるようで、春之介は源一に拍手を送った。


「…時には春之介も出てくれ…」と源一がつぶやくと、「それなり以上に疲労困憊ですので」と春之介は眉を下げて言った。


「…だよなぁー… 選手に頼む方がおかしい…」と源一は自己解決して春之介に頭を下げた。


「ボーイズアイドル」と優夏は言って春之介を見ると、「…やめてくれ…」と春之介は言って眉を下げた。


「…ふむ…」と源一が言って、悪魔な子供たちを見た。


そして源一の子供たちと天使たちを見た。


すると優夏は虹色ペンギンをすぐさま抱きしめた。


「みんな! 今日の分!」と源一が叫ぶと、大勢の子供たちが楽器などを持ってきて、演奏が始まり、そして大合唱が始まった。


「…これは、すごい…」と春之介は言って瞳を閉じて笑みを浮かべた。


「…絶対に、人気者になるぅー…」と優夏がつぶやくと、「マスコミには披露したんだけどな」と源一は言ってから辺りを見まわして、「…やっぱダメか…」と言ってうなだれた。


「どこがダメ」と優夏は言ってから辺りを見回すとみんな眠りこけていたのだ。


起きているのは源一と優夏だけだった。


「…起きている人がいなかったら意味ないぃー…」と優夏は大いに嘆いた。


これほどに素晴らしいことに、このような落とし穴があるとは思いもよらなかったのだ。


「…ただの熟睡演奏会だからね…

 だから、歌唱の方は悪魔な子供たちに代わってもらおうと思ったんだよ」


「…それって、私が寝ちゃいそうで嫌だわ…」と優夏は大いに苦笑いを浮かべた。


この場にいる全員を起こしてから、源一の子供たちが悪魔な子供たちにレクチャーをしてから歌い始めたのだが、「…男悪魔の子の歌は聞かせちゃダメ…」と優夏は言ってすぐに、花蓮を押さえつけた。


源一や春之介たちもすぐさま大人の女悪魔たちを押さえつけて、何とか騒ぎは収まった。


「男子は演奏の方に」と春之介は大いに眉を下げて言った。


そして女子の悪魔たちだけの歌になると、女悪魔たちだけが眠ってしまった。


「じゃあ、ここは私が…」と優夏は言って、歌唱の童謡に振付けをつけ始めた。


「アイドルの第一歩よ!」と優夏が檄を飛ばすと、「はいっ! 優夏ちゃんっ!」と女子の悪魔たちは上機嫌で叫んだ。


基本的には演奏は源一の子供たち、そして歌は悪魔な女の子たちが担当することになって、『フリージア特別少女合唱隊』として、マスコミに情報を流すと、子供たちに大いに反響があったのだが、大人の男性にも大いに反応があったことが判明した。


「…いい予感がしないわ…

 …童話の人魚姫のお話みたいに…

 男性の心を奪うような…」


優夏が嘆くように言うと、「…犯罪者を生みそうだから、ダメだな…」とこの件は諦めることにした。


しかし、身内の大人の男性には効果はない。


よって、よこしまな想いを持っていなければ問題はないようなのだ。


だがここはよけないマネはしないことにして、家族だけのひそかな楽しみにすることにした。


「…やはり能力が高いのも問題だったな…」と源一が苦笑いを浮かべていると、食事の配膳が始まった。


大いに特殊な経験を積んだ6チームの選手たちはここは試合のことは忘れて朗らかに食事を摂り始めた。


するとフィルが春之介と優夏のもとにやって来て、「お願いがあるのですぅー…」と眉を下げて甘えた声で言うと、「俺も興味があるが、客に働かせるんじゃない…」と源一が眉を下げて言った。


「いえ、しっかりと眠ってすっきりしたので、

 そのお礼として」


春之介が快く言うと、フィルは優夏にも許可を取って、春之介を連れ去った。


「…寝てない私って、本当に悪い奴だわ…」と優夏が眉を下げて言うと、誰も何も言えなかった。


ほんの二分後に春之介は上機嫌で戻って来て、デザートを創るついでに自分で炊いた飯を大いに食らい始めた。


するとその香りに、誰もがこぞってご飯のお代わりをする。


今日は何とか野球で活躍できた源次郎も、足りなくなったおかずを造り上げ、誰もを喜ばせる。


まさに最高潮のいい雰囲気のこの食卓に、誰もが笑みを絶やさなくなった。


「やっぱり、子供たちに喜んでもらいたいので、

 ヒーロー、ヒロインものかなぁー…

 できれば男女ダブル主演で、その主演も子供で…」


春之介がつぶやくと、「誰もが夢を持てる子…」と源一は言って、改めて源一の子供たちを見たが、刺激が強すぎる子ばかりだったので、ほかの子供たちに託すことになる。


だがその中で唯一、「…友梨香なら何とかギリギリ…」と源一がつぶやくと、「ええ、俺も賛成です」と春之介は同意した。


「…だけど、誰もいなかった時の控えで…

 理由は絶対に調子に乗るから…」


源一の言葉に、この辺りにいる大人たちはくすくすと笑った。


「来たばかりで押し付けたくないけどぉー…」と優夏が眉を下げて言うと、「トリオはまさに理想だよ」と春之介は胸を張って言った。


「…トップアイドルをメロメロにするほどだからね…」と春之介が言うと、源一にだけ確認できるように春夏秋冬がダイジェストで映像を流して、大いに納得させた。


「それほど目立たない男子…

 だが、みんなに囲まれる…

 その実態は恐竜のような逞しいカンガルー…

 感情移入もできやすい存在感で、

 その本来の技術も見せつければ、

 観る前と後では大いにイメージが一新するなぁー…」


源一が感慨深げに言うと、「…同じような雰囲気の女子…」と春之介は言ったが、さすがに思い当たらない。


ここは順当に天使たちの誰かを抜擢するという春之介に意見に、源一も大いに賛同した。


ヒーローとヒロインの恋愛ストーリーはなしにすれば、それほど問題はないだろうと、ふたりは納得していた。


「…あと悪役だけど…

 竜か神…

 もしくは両方…」


春之介が眉を下げて言うと、「…誠心誠意、お願いしよう…」と源一は胸を張って言った。


「…巨大なステージが大いに役に立つわ…」と優夏は明るく言って、配膳されてきたデザートをうまそうにして食べ始めた。


「舞台にする前に、アニメでも考えてみるか…

 絵本にしておいて刷り込んでおいてもいい…

 あとは舞台では能力者に裏方に回ってもらえば、

 何もかもうまくいきそうだ…

 具体的なストーリーを考えてもらうか…

 澄美さんだったら引き受けてくれそうだ」


源一の言葉に、「そういったスキルも持っていたんですね」と春之介は笑みを浮かべて言って、大いに興味を持った。


勇者澄美の作品の絵本などを源一が出すと、「…こりゃすごい…」と春之介は言って、興味津々で絵本や漫画などを開いた。


その中に、勧善懲悪の使える絵本を発見した。


複雑なストーリーではなく、まさに子供たちにストレートに伝わる素晴らしい作品だった。


もちろん基本コンセプトは、『みんな仲良し』だったことも春之介はうなづけた。


「…脚本をさらに詰めて、時間をかけて、オーディションもしましょうか…」と春之介が笑みを浮かべて言うと、「…ああ、任せておいてくれ…」と大人二人の善の悪だくみは、ここから始まった。


そして澄美も巻き込んで、三人のプロディーサーは基本コンセプトを簡単に話し合った。


そしてあっという間に、原作の絵本が完成した。


源一は大量に本を噴出させて、食後の子供たちに読ませると、誰もが心を熱くしていた。


「…うー… これって…」とトリオは大いに眉を下げて、絵本を閉じると、「…トリオ君のために描いてくださったとしか思えないわ…」とニ子は朗らかな笑みを浮かべて言った。


ここは、―― ニ子ちゃんに嫌われてしまうかも… ―― などと思ったようで、トリオはまず胸を張った。


そしてその特技のひとつを披露することにして、食卓からよく見える砂浜を凝視して、「よしっ!」と男らしく言ってから、砂浜に向かって走って行った。


砂浜をきれいに整えてから、トリオは一心不乱に絵を描いた。


すると、「うわぁー…」という天使たちの歓声が聞こえ始めた。


トリオが描いたのは、絵本『みんななかよし』の最終ページだったことに、特に子供たちは大いに歓声を上げた。


トリオは席に戻って、「あ、さすがにちょっとだけ曲がっちゃった…」とつぶやいたが、許容範囲だったようで納得の笑みを浮かべた。


さすがにこれほど大きな作品は描いたことがなかったので、当然でもあった。


「…トリオ君… 本当にすばらしいわぁー…」とニ子は涙を流して大いに喜んだ。


すると、「みんな! きちんと見たか?!」と源一が叫ぶと、「すっごぉ―――い―――っ!!!」と一斉に叫んだあとに、源一が絵を一瞬にして消した。


「え―――っ?!」と誰もが大いに嘆いたが、トリオだけは笑みを浮かべていた。


「誰かが今の絵を壊すからな。

 だから俺が消した」


源一の言葉に、トリオは大いに感謝した。


「だけど、復活できるから」と源一が言うと、いきなり絵が現れたので、誰もが大いに驚きの声を上げた。


すると、海から妖精のマーメイドが走ってやってきたのだが、絵は壊れない。


「映像化してくれたんだ」とトリオが喜んで言うと、子供たちはすぐさま納得した。


もし放置したままだと、マーメイドが悪役になっていたからだ。


そしてマーメイドは源一の膝の上に座ってしっかりと水を飲んでから、笑みを浮かべて絵本を読み始めた。


「…人魚姫がいた…」と春之介は大いに眉を下げて言った。


「最近は長時間、人型で陸に上がれるようになったんだ。

 そして絵本が大好きだからな。

 新作ができると子供たちの高揚感でよくわかるそうだ。

 子供たちから非難の目を向けさせたくなかったから、

 ここは映像化させてもらった」


「…3D映像…」と春之介はつぶやいて、食卓のクッションと砂浜の境に置かれている小さな箱を見た。


「…オーディションは熾烈になりそうね…」と優夏は笑みを浮かべて言った。


主役以外にメインキャラクターは絵にあるように8人いる。


10人がほぼ出ずっぱりの作品なので、誰もが主役と言っていい。


天使たちの何人かはまだ砂浜の絵を見つめている。


もちろん、魅力ある登場人物たちに感情移入しているのだ。


物語での登場人物はたった10人だが、ここには同じような大勢の仲間たちがいる。


今のこの平和を、天使たちは大いに感謝していた。


「…丁度中ほどにいる天使…」と春之介がつぶやくと、「さすがお目が高い」と源一はおどけるように言って、「イザーニャ!」と叫んだ。


イザーニャは我に返ったように驚いた顔をして、すぐさま走ってやってきた。


「天使服脱いで」と源一が言うと、「バカにするからヤッ!」とイザーニャは叫んで源一をにらんだ。


「…大人だったかぁー…」と春之介はすぐに察して眉を下げた。


「それがな、そうでもないんだ」と源一は言って、強制的に天使服を脱がせた。


「…確かに、大人のようだけど…」と春之介は笑いそうになるのを大いに堪えてつぶやいた。


「一千年以上生きている、天使で悪魔」と源一が簡単に紹介すると、「…なんの用なのよぉー…」とイザーニャは大いに憤慨してうなった。


「演劇の主役」と源一が短く言うと、イザーニャはあ然として何も言えなかった。


しかし、「…あの絵本の…」と何とかイザーニャはつぶやいて笑みを浮かべたが、すぐに思い直して、「私だけ大人じゃない!」と子供とそれほど変わらない身長のイザーニャは叫んで、腕組みをしてそっぽを向いた。


「だからこそいいんだよ。

 舞台の上では大いに働いてもらうから」


「…これも、試練なのね…」とイザーニャは嫌々ながらだが、引き受けることに決めた。


「変身できるものにもうひとつある。

 だけど変身すると一気に悪者だから、

 ダイゾに変身する必要はないよ」


源一の言葉に、さすがの春之介も驚いていた。


その気配がまるでないので、動物ではないのだろうと、ここはそう思っておくことにした。


「…白い目で見られるから、変身しないわよぉー…」とけだるそうにイザーニャは言った。


「イザーニャのダイゾは人間でしかないと思う。

 その理由は、ダイゾで暮らしていた時に人間になったからだ。

 ダイゾに変身できる者は、その経験者で、

 動物の存在感は薄い。

 だけどタレントと聖源は真の人間になっていないから、

 動物でしかないよ」


まさに源一が言った通りなので、春之介は大いに納得した。


なぜそうなるのかは、源一が説明して、春之介はさらに理解を深めた。


ダイゾは繁殖しないのだ。


子を産んでしまうと、ある意味人間に戻されるというランクダウンに見舞われる。


よって多くのダイゾを集める場合、星を巡って連れてくるしか手はない。


もちろん、源一はそれを狙っていたわけではなく、ダイゾたちが希望してここにいるのだ。


「…ダイゾを着た人間はまさに脅威ですね…」と春之介は眉を下げて言った。


「…そう…

 だから目を放すわけにはいかない。

 ここから放り出すと、まさに魔王になってしまう可能性が高いからね。

 あ、イザーニャはここに遊びにきていただけ。

 基本的にはサンダイス星にいるけど、

 最近はよくここにいるよな?」


どうやらイザーニャは放し飼い状態らしく、春之介は大いに苦笑いを浮かべた。


「そのおかげでお仕事をもらえたわよ」とイザーニャは源一をにらみつけて言った。


「学校の先生もまだまだ募集していますから、

 アニマールにも来ていただいて構いませんから」


春之介の言葉に、「あら、うれしいわぁー…」とイザーニャは笑みを浮かべて言って、天使らしく手を組んで祈りを捧げた。


「…まさに天使…

 うちの天使たちに気合が入りそうですね…

 千代ちゃんと交代でもいいようです」


「…さらに怖くなったから話し合いをして決めるわ…」とイザーニャは大いに嘆いて、天使たちのもとに戻って行った。


「フォーサは大いに楽になったんだ。

 このコロニーはほぼ千代が目を光らせることになった。

 フォーサも、俺の姉も、ほとんど出番はないんだよ」


「ああ、そうだ。

 まだ爛爛様にご挨拶をしていませんでした」


春之介が慌てて言うと、「源拓について行って、今は松崎さんのところにいるよ」と源一は大いに苦笑いを浮かべていた。


「そうですか、それは残念です」と春之介はごく普通に言ったのだが、優夏は少し怒っていた。


「なんだよ… 女の話はするなって?」と春之介が優夏に聞くと、「浮気するかもしれないから監視」と憮然として言った。


「優夏と全く同じ者が現れた時は、

 無意識でしてしまうかもしれないね。

 どう考えてもいないけど」


「…あなた、ごめんなさい…

 疲れてて、気が立ってるのかも…」


優夏は全く疲れていないが、ここは春之介に甘えることにしたようだ。


「じゃあ、帰ってのんびりしようか。

 あ、みんなは好きなだけコミュニケーションを取ってくれていいよ」


春之介は言って、源一と花蓮に挨拶をして、優夏だけを連れて社に入って行った。


「…あいつが疲れるわけがない…」と一輝はここは大いに悪態をついた。


「驚くほどタフなのは思い知ったよ…」と源一も一輝に同意して言った。


「だけど、優夏のファンに心配させるわけにはいかないからね。

 優夏に楽をしてもらえるように、一輝さんも考えてよ」


源一の言葉に、「…余計なことを言っちまったか…」と大いに嘆いた。



一太、ニ子、フランシス、芽大琉はさすがに側近なのでふたりについていき、アニマールに戻った。


もちろん、悪魔な子供たちと天使たちも戻ってくるので、子供たちもついてくる。


神たちも半数はアニマールに戻ったので、野球人だけがフリージアに残った。


すると、勇者になった浩也と麒琉刀が大人気となって、大勢の者たちが二人を囲んだ。


真由夏と真奈もアニマールに戻りたかったのだが、ここは監視も兼ねて、お互いのパートナーの隣に座ったままだ。


特に浩也は今日は大いにその実力を見せつけたので人気は高い。


麒琉刀は打撃は不振だったが、守備は完璧にこなして、そのメンタルの強さを大いに褒めたたえられてる。


公表されていないアニマールでの生活を聞きたがったが、このフリージアと何も変わらないという言葉にさらに食いついた。


できれば誰もが、このフリージアで生活したいからだ。


「…野球の鍛錬だけをして過ごしているわけなかろうが…」と今日は活躍できなくて少々機嫌が悪い秋之介がうなると、誰もが大いに畏れて、お話会は終了した。


「…秋之介様、助かりました…」と浩也は笑みを浮かべて言って立ち上がって、「忘れものだよ」と気さくに源一に声を掛けられて、とんでもないほど巨大な金貨の入った宝箱を受け取った。


「ありがたくいただいて帰ります」と浩也は大いに苦笑いを浮かべて、秋之介たちと協力して金貨を運んだ。



春之介は戻ってきた浩也たちを見て、地面に硬いクッションを敷いた。


浩也たちはゆっくりと、大きな宝箱をクッションの上に置いた。


「…このクッションが沈むほどか…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「明細です」と浩也は言って、春之介に手渡した。


素早く読んで、「三分の二がアイドルたちの売り上げ」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言った。


アイドルたちは大いに喜んだが、「手に入れられるのはほんの一部に決まってるじゃない…」と優夏が眉を下げて言うと、アイドルたちは、「そうでしたぁー…」とうなだれて言ったが、両手に余るほどの金貨をもらって大喜びしている。


アイドルの出演料はそれほど高いわけではなく、特別販売分のグッズの売り上げがほとんどだ。


よってこの金貨はグッズ生産に付き合った全員で分けることになる。


その結果、春之介と優夏の目の前にある金貨は、まさに山のようになっていた。


そして銀行員たちがやって来て、速やかに金貨を回収して持ち去った。


「手慣れたもんだ…」


「存在感が薄いわぁー…」


春之介と優夏は感じたことを言って笑いあった。


ふたりの売り上げはここにある大金庫に納めて国費となる。


銀行員たちにとっても、ここで働くことはまさに名誉だったのだ。


現在はファンドなどは行っていないが、それをすることなく着実に大金がたまっていく。


そして子供たちが金貨を預けたり両替に来たので、受付窓口もいきなり忙しくなる。


自動化しないのは、できる限り人とコミュニケーションをとるためだ。


「…どうしてこんなにもらえたんだろ…」とトリオは大いに不思議そうに言って、口座開設をして金貨を預けた。


「砂絵のお駄賃」とニ子は笑みを浮かべて言って、トリオと同じほどの金貨を預けた。


「…あ…」とトリオはつぶやいて、思い直して、常識的範疇で出金した。


「…あのぉー… カフェでも行かない?」とトリオが大いに恥ずかしそうに言うと、「…はいぃー…」とここはニ子はそれほど気合を入れずに控え目に答えた。


「…ショッピングモールもあって、素晴らしい星だわ…」とニ子は穏やかに高揚感を上げて言った。


しかし、幸せそうなふたりを妬む者もいる。


もちろん、あまりにもひどい場合は、ゼルダに追い出されるので、極力感情は抑えている。


「…隣の席に座ってやるぅー…」と友梨香が言うと、「余計に落ち込むわよ」という亜希子の冷静な言葉に、現実に戻ってうなだれた。


「優夏さんの待女なんだから、

 勝てるわけないのよ…

 優夏さんに負けないほど美人だし…」


杏奈はつまらなさそうに言った。


「…顔なんて、作ればなんとでもなるわ…」と友梨香は大いに悔しがって言った。


顔かたちではなく、現在の地位の充実している心の美しさを、ニ子は大いに醸し出しているのだ。


「トリオ君以外だと、悪魔っ子たちね。

 普通の男悪魔よりも柔らかくて私は好き」


杏奈の言葉に、「…将来、有望だもんなぁー…」と亜希子は杏奈の意見に賛成した。


「浩也さんの弟ちゃんたちは?」と友梨香が聞くと、「元締めが、ね…」と亜希子は言って、努たちのリーダーの早苗を見て言った。


まさに女帝で、男性陣は帰って来て早々に遊園地に付き合わされていた。


まさに早苗はガキ大将で、4人が出会った時からこのままだ。


しかしそろそろ早苗もお年頃で、仲間の三人ではなく、大人の男性に大いに興味があるようだ。


ちなみに、男の子三人に、早苗を思う特別な気持ちはない。


誰といるよりも居心地がいいので、常に四人で行動しているのだ。


しかし、そうも言っていられなくなってきている。


ここにきて努の身体的能力の高さが目に見えて秀でてきたのだ。


やはり兄もいることで、努としてはさらに居心地がいい、などと思っているようだ。


しかしそれは仕事としてだけで、遊ぶ時はそれほど気にもなっていないようだ。


「努、男性のおすすめ」と早苗はホホを赤らめて、かなり横暴に聞いてきた。


「…俺たち、そろそろ解散だね…」と努が言うと、三人は大いに眉を下げていた。


「…そんなこと…」と早苗は言ったが、この先どうなるのかは目に見えてわかっている。


「時々こうやって遊べれば俺は別にいい」と一番身長が高い鎌足が胸を張って言った。


「できれば、年に一回ほどあったらうれしいね」と誰にでも愛想がいい真司が朗らかに言った。


「…う… うまくいくとは限んないじゃない…」と早苗はパートナーを欲したことをすべてなかったことにしようと考え始めていた。


まだ13才なので、彼氏はまだ早いと思っていたものの、この気さくに付き合える4人組の中では、どうしても本当の自分を見せてしまうのだ。


「早苗ちゃんにぴったりの人は多いと思う。

 一太兄ちゃんって、彼女いるのかな?」


努の言葉に、「…それがね、いるのよ… 驚いちゃったわよぉー…」と早苗はまるで主婦のように言って、三人に顔を近づけて、知っていることすべてを話すと、三人は大いに驚いて、何も言えなくなった。


「…始めにここに呼ばれた人たちって、

 ほんと、とんでもなかったんだね…」


努は何とかこう言ったが、三人はうなづくことしかできなかった。


「…わ… 私もその方向性で…

 秋之介様とかぁー…」


早苗の言葉に、三人はこのチャレンジャーの女帝に大いに拍手をした。


その人型の秋之介が十冴と朗らかに話して、遊園地の近くにあるベンチに座った時点で、「…あっけなく終わったわ…」と早苗は大いに嘆いた。


「だけどさ、十冴姉ちゃんは何かあるそうだよ。

 秋之介様とは結婚できないかもしれないらしいんだ」


努の言葉に、「…キープで…」と早苗は小さな声で言って笑みを浮かべたが、さすがに秋之介は現実的ではないと思い、「夏之介ちゃんや冬之介ちゃんは変身できないの?」と聞いた。


「普通に動物らしいよ。

 だけど、神様たちの巫女さんだって。

 今回来た保君もそうだって。

 武兄ちゃんは能力者だから問題ないかも…

 優夏ちゃんのお兄ちゃんらしいし…」


真司の言葉に、「…先に、私自身に何か手ごたえがあってからの方がいい…」と早苗は思い詰めるようにつぶやいた。


「まずは、人間レベルを超えなきゃね」と鎌足は言って、両腕を力強く構えて、気合を入れてガッツポーズをとった。


「…野球の試合に出てる人はもう超えちゃってるわよぉー…」と早苗は言ってからうなだれた。


早苗と真司はまだ春之介に認められていないので、今回はスタンドから観戦するしかなかった。


しかし、仲間がふたりも大人たちとともにグランドにいることを誇らしく思っている。


ガウルを除いて、努たちと同年代は誰も試合には出ていない。


「早苗ちゃんも真司も、

 あともう一歩だって春之介様が言ってくれたじゃん…

 それに、俺を信じろって、すっごく堂々と言ってくれたよ?」


「…遊んでなんていられない…」と早苗は言ったが、自主トレーニングの時間は決められているので、さすがに春之介の言葉を無視して余計なことはできない。


我慢することは精神修行とも聞いている。


「…お勉強でもする?」とここは早苗が絶対に率先して言うはずがないことを提案すると、「図書館にでも行こうか?」と努は茶化すことなく具体的に聞いてきたので、全員が賛成して図書館に向かった。



子供たちはこの時間はほとんどショッピングモールに行っているので、学生は数人しかいない。


今回もお駄賃をもらったので、ほとんど買うことはないが、ウィンドゥショッピングなどを楽しんでいる。


比較的カネを落とすのは大人たちがメインなので、どの店も赤字になることはないようだ。


特に本屋、文房具、日常雑貨、ファストフード店は、この先一か月分の売り上げ目標をクリアしていた。


やはり低調なのはアパレル系だが、売れていないわけではない。


着衣としてはやはり女性用の下着は好調と言っていい。


だがさすがにアクセサリー系の店舗は失敗したと後悔したようだが、様々な星のバッグ類を置いたところ好調になってきた。


そして店舗ではなくアトラクションなのだが、ほとんど誰も気づかいな場所に扉があり、ここが最高のデートスポットになっている。


見つけた子供たちは担当の店員に、「…宣伝してほしいけど内緒で…」と眉を下げて必ず伝える。


できれば自然に気づいてもらって、驚いてもらって楽しんでもらいたいからだ。


ここは大人の気持ちを汲んで、余程のことがない限り、話すことはない。


現在アニマールの住人は百名もいないのだが、そのうち大いに増えることは決まっていることなので、試運転にはちょうどいいほどなのだ。



「…うう… みんな、遊んでるのね…」と図書館に入った早苗は、閑散としている室内を見まわしたが、笑みを浮かべてすらすらと書き物をしている美佐を見つけて眉を下げた。


美佐は早苗よりもふたつ年下なのだが、勉強の出来は遥かに年上でしかない。


「…美佐ちゃんって、好きな人っていないのかしら?」と早苗は興味を持って努たちに聞いた。


「トートマル君と仲がよさそうに見えたけど、

 友達かなぁー…

 よくわかんない…」


努は感じた事実だけを話した。


そのトートマルはここにはいない。


今は赤い鶏の姿でお散歩中だ。


美佐のほかにも3人ほど子供はいるのだが、読書を楽しんでいる。


子供たちは能力者たちの詳しい事情は何も聞かされていないので、会話をしてコミュニケーションを取らせることも、春之介の教育方針のひとつでもある。


どんなことでも話す切欠があれば、いきなり仲のいい友人になっていくこともある。


四人は友梨香たちと同じ年齢なのだが、なぜか早苗が絡むことを拒んでいる。


早苗の行動としては珍しくないことなので、努たちはそれほど気にしていなかった。



そして早苗は、美佐のかなり後方から何の勉強をしているのかと凝視すると、全く意味不明の問題を解いていた。


「…たぶんね、高校生か大学生の問題だよ…」と鎌足が小声で言ったが、美佐は声が聞こえたようで背筋を伸ばして振り返った。


「…あ、邪魔してごめん…」と鎌足はすぐに謝った。


「…ううん、いいの…

 少しお話しない?」


美佐はグループ学習室を見ると、早苗たちは無言でうなづいて、美佐とともに室内に入って扉を閉めた。


4人の早速の質問に美佐が答えると、早苗たちは半分以上はあきれ返っていた。


美佐はこの先勉強をしなくていいように、大人になって勉強することを今やっていたのだ。


よってこの先、基本的には宇宙を旅して役に立つことを中心に知識を積み上げていくそうだ。


美佐も星の復興を手伝えるので、春之介に許可をもらって宇宙を旅することを望んでいる。


やはり美佐はもうすでに能力者以上なので、こういった高度な勉強もこなせるように日々努力してきたはずだと、努だけは感じていた。


「…じゃあ、学校はもう行かないんだぁー…」と早苗が眉を下げて聞くと、「先生として行く日もあると思うの」と美佐が笑みを浮かべて言うと、「…もっとしっかり頑張らなきゃ…」と努は言って、眉を下げて頭をかいた。


「根を詰めなかったら、お勉強はいくらしても叱られないから」と美佐が少し陽気にいうと、「…マネすることに決めた…」と真司は言って、早速年相応の勉強をするために、勉強道具を取りに外に出て行った。


「そうだね、ボクもそうするよ」と努は笑みを浮かべて言って、真司のあとを追った。


早苗と鎌足は大いに眉を下げていて、「…私だけ置いて行かれそう…」と早苗は言ってうなだれた。


「じゃ、悪いけど…」と鎌足は言って立ち上がって、努を追いかけて行った。


「…まさか勉強の件で、孤立するとは思わなかったわぁー…」と早苗は大いに嘆いた。


「お勉強、嫌いなの?」と美佐は小首をかしげて聞いた。


「…避けて通りたいほど…」と早苗が答えると、美佐は少し笑った。


「お父さんが言っていたんだけど…」と美佐は春之介に聞いた話をすると、「…両方…」と、つぶやいてうなだれた。


「じゃあ、ちょっと異空間部屋に行こうよ」


早苗は美佐の言葉を聞いて小さくうなづいてから、肩を並べて歩いて行った。



努たちが図書館に戻ってきた時、美佐も早苗もいなかったのだが、三人を追いかけるようにして美佐と早苗が学習室に姿を見せた。


「…ふーん… まだそんなとこ、お勉強するんだぁー…」と早苗が言うと、努だけがすぐにピンときた。


「急ぐわけじゃないけど、お願いできないかな?」と努は美佐に言って笑みを向けた。


「…う… うん… 全然かまわないよ…」と美佐は少し照れながら言って、早苗と素早く腕を組んで踵を返して学習室を出た。


努は歩きながら、早苗が何をやったのかを素早く真司と鎌足に説明した。


「…美佐ちゃんも凄腕の教師なんだね…」と真司は大いに眉を下げて言った。


「ボクはそれ以上に気になったことがあるんだ」と鎌足は言って努を見た。


「…ちょっと、様子が変だったね…」と努は少し照れながら言った。


「早苗ちゃん、真司、そしてボクもパートナーを見つけて

 8人で行動するっていうのはどう?」


「…はは、大賛成…」と努はホホを赤らめて言った。


「恭司さんたちのようにすればいいわけだ」と真司も陽気に言った。


「使える動物のパートナーも真似したいところだね」


鎌足の言葉が聞こえたのか、動物たち数匹が努たちのあとを追って行った。



5人は何度も休憩を入れながらも、高校卒業レベルの勉強までなんとか熟した。


熟しただけなので、テストの成績がいいとは限らないが、ある程度は理解できたことで、早苗たち四人は大いに手ごたえを感じていた。


5人はリフレッシュを終えて、食卓で軽食をもらってくつろいでいると、「…あ、あのぉー…」と美佐がまず努をちらりと見てから早苗を見た。


「遊園地に行こう!」と早苗が元気よく言うと、「…う… うんっ!!」と美佐はまさに子供らしい笑みを浮かべて答えた。


そして早苗は、「ちょっと来なさい」と悪魔な子供たちの中から男子のタローと女子のラリー、蘭子の三人を強制的に選抜して、遊園地に付き合わせた。


もちろん、男女のペアになるように選んだのだ。


そして遊園地では、様々なペアを組ませて遊具を楽しんだ。


美佐と努は当然だが、鎌足と蘭子も意気投合していた。


「…悔しいわね…」と早苗は言ってタローを大いににらみつけると、「…小さな優夏ちゃんみたいだ…」とタローは大いに苦笑いを浮かべてつぶやいた。


「年齢も近いし、私は気に入ってるんだけど?」と早苗が言うと、タローはさすがに即答できなかったようで、どうすればいいのか大いに悩み始めた。


もちろん、タローは早苗のことが嫌いではない。


だが早苗と付き合ってしまうと、本来の使命が果たせなくなるという想いの方が大きいのだ。


「あんたの邪魔はしないわ。

 束縛するつもりはないし、

 私たちもあんたの仕事を手伝ってもいいの。

 宇宙へのお呼びはまだ先だと思うし」


早苗にこう言われてしまうと無碍には断れなくなり、「…うん、そういうことだったら、みんなの仲間として…」とタローが大いに眉を下げて言うと、「…なかなかしぶといわね…」と早苗は言ったが、今はこれでいいようで納得していた。


そして早苗は真司を見て、「ラリーちゃんの何が気に入らないのよ!」と叱るように叫んだ。


「ううん、ボクは気に入ってるさ。

 こんなにかわいいんだもん。

 ラリーちゃんも、タロー君と同じ理由だと思うよ。

 ラリーちゃんはどう思う?」


真司の言葉に、ラリーは大いにホホを赤らめて、「…赤ちゃん、何人欲しい?」と言ってさらにホホを赤らめた。


「よっし! これで完成っ!」と早苗は陽気に言って、全員と握手を交わした。


そして早苗を見上げている秋之介たちを見て、「…神様たちを仲間にするわけにはいかないんだけど…」というと、秋之介たちは目を見開いていた。


もちろん、ずっとそばにいたことはわかっていたので、早苗たちの仲間になりたいと思っていると早苗は見抜いていた。


「別にかまわないよ!」と天照大神が遠くから陽気に叫んだ。


「…あら? 神様のボスに了解を得ちゃったわ…」と早苗は言って、小さなクマの秋之介を抱きしめた。


そして秋之介を抱き上げてから立ち上がって、「天照様! ありがとうございまぁーすっ!!」と早苗は陽気に大声で礼を言った。


「…動物たちのレベルが高すぎるぅー…」と努は言って大いに眉を下げている。


ほかには夏之介、冬之介、トートマル、アカマルもいる。


さらには、ナイトと名付けられた小さなブタと、春之介が造った虹色ペンギンも早苗たちを見上げていた。


「…全員、人型になれるんじゃ…」と鎌足が大いに眉を下げて言った。


「気にしなくてもいいのいいの!」と早苗は大いに陽気に言った。



「…とんでもないリーダーシップをとってきたね…」と春之介は早苗を見て、笑みを浮かべた。


「…今の時点で、恭司たちに勝ってるわ…」と優夏も陽気に言った。


「それに、見た目は調子に乗っているように見えるけど、

 神たちがまるで嫌悪感を見せない。

 早苗ちゃんがどう変わっていくのか、大いに楽しみだね」


「…恋愛に関してはドライだから、ちょっと見習わなくちゃ…」と優夏は小さな声で言った。


「まあ… 魔王が順当だろうなぁー…」と春之介が早苗を眺めながら言うと、「そんな感じね…」と優夏も同意してため息交じりに答えた。


変身した姿を考えると、さすがにかわいそうだと思ったようだ。


「それにね、お勉強した中に、

 本来の魔王という種族で女性はいないんだよ。

 それに今までの様子から、

 単独行動の積極的な春菜と言っていい。

 しかもそれほど威張ることなく、

 あの悪魔な子供たちの心をつかんでいるし、協力的でもある。

 だから魔王になったとしても、

 人間が見ても好感が持てるかもしれないぞ」


「…魔王女…」と優夏がにやりと笑って言うと、春之介は少し噴き出した。


「しかも、あの秋之介が興味津々で寄り添っているし、

 天照も好きにさせようとしている。

 子供のお遊びに付き合っているわけじゃないと思うね」


優夏は何度もうなづいて、「それはわかるけど…」と言って少し小首をかしげて考え始めた。


「魔王は特殊だからね。

 自分自身に意地悪をして、

 その存在感をうまく隠しているような気もするね。

 そして、最高の状態で覚醒すれば、

 その時点で大いに納得して、

 自分自身の生き方を決められる」


「…だから、具体的にわかりやすいものは出ていない…

 …納得だわ…」


「だからこそ、早苗の性格から考えて、

 そう簡単には覚醒しないような気がする。

 覚醒には、どんな状況であろうとも、

 大きな変化が必要だから」


優夏は友梨香たち三人を見て、「…ちょっかいを出した時、面白そうだわ…」と言ってにやりと笑うと、「…大いにあるな…」と春之介は言って少し笑った。



友梨香たちは有望な同年代を4人も失くしてしまって、落ち込みながらも憤慨している。


一体なにがあったのか確認する間もなく、見た目以上に仲良しになっていたし、神を含めた動物まで仲間にしている。


「…ここで怒っちゃったら追い出されちゃうわよ…」と亜希子が小さな声で言うと、「わかってる…」と友梨香は少し怒って答えた。


「…早苗ちゃんって、特殊なようよ…

 春之介様と優夏ちゃんが話してた…

 …魔王かもしれないって…」


杏奈の言葉に、友梨香も亜希子も目を見開いた。


「…魔王イカロス君のような…」と友梨香が言うと、「あ、女性の魔王って、今まで見つかってないって知ってた?」と杏奈が聞くと、友梨香も亜希子も首を横に振った。


「…そうなのかもしれないって…

 それに、ほんの30分前と今とでは大違いになっちゃった…

 多分、美佐ちゃんと早苗ちゃんが異空間部屋に行ってから

 すぐに変わったみたいなの。

 でも、たった15時間で、これほど変わるわけがないって思うの。

 美佐ちゃんも古い神の一族だから、

 何か授けちゃったのかなぁー…」


「源一さんも春之介さんもそれは嫌うから、ないと思うけど…

 なにをやったのかは、興味はあるわ…

 だけど、どこからどう見ても人間でしかないわよ?」


「…あ、そうだぁー…」と杏奈は言って、自分の憶測が間違っていたことにようやく気付いた。


すると、一瞬のうちに友梨香たちを悪魔な子供たちと早苗たちが囲んだ。


「…何かの悪だくみ?」と早苗が聞くと、悪魔な子供たちは大いに眉を下げていた。


「異空間部屋に行ったって?」と友梨香が聞くと、「美佐ちゃんに先生になってもらってお勉強よ」と早苗は胸を張って言った。


「私たちには」と友梨香が言った途端に消えた。


「…あーあ…

 何を言いたいのかはよくわかったけど…」


早苗は言ってから、「美佐ちゃんは気にする必要はないわ」とすぐさま早苗は美佐を気遣った。


杏奈も亜希子も口を開けばここからフリージアに戻されると思い、口を固く閉ざした。


「黙っていればいいって思わないけど…

 ずっと黙ってるつもり?

 聞きたいことがあったら、全部説明するわ」


早苗の堂々とした言葉に、「…異空間部屋で何を教えてもらったの?」と杏奈は恐る恐る聞いた。


「まずは、勉強が好きになる方法のお勉強。

 そのあとに、中学卒業レベルまでのお勉強。

 3回出入りして、15時間分。

 そのあとにリフレッシュして、

 男の子たちも誘って、

 高校卒業レベルまでのお勉強、約30時間」


早苗はまるで箇条書きのように言った。


「…たったそれだけで、大きな集まりになっちゃったの?」と亜希子が聞くと、「多分、私に自信がついたから、だと思う」と早苗は自信なさげに答えた。


「正しい道を早苗ちゃんが歩いた結果だろうね。

 春之介様もよく言うし、万有様もみんなに言っているはずだよ」


努の言葉に、杏奈も亜希子も大いに納得した。


「…早苗ちゃんに足りなかったのは、

 勉強が好きになること…」


亜希子の言葉に、「うん。今となってはそうだと思う」と早苗は胸を張って答えた。


「カラフルなボスがいなくなったから、

 一緒に遊ばない?」


早苗の甘い言葉に、杏奈も亜希子も従おうと思ったが、さすがに友梨香を放っておくわけにはいかなくなったので、「フリージアに帰ってくる」と亜希子は言って、杏奈とともに社に入って行った。


すると、子供たちが心配そうな眼をして早苗たちを見ている。


「全然ケンカじゃないわよ。

 あの人たちは自分たちが気に入らないから嫉妬してたの。

 その誤解を解いただけ。

 あら、小さい子たちには難しいわね…」


早苗が眉を下げて言うと、努が丁寧に子供たちに説明した。


やはり春之介の寵愛を受けている努の言葉は、吸収するように理解できるようだ。


「…なんだか悔しいけど、

 そっちのお勉強も必要だわ…」


早苗が嘆くようにいうと、「誰でも役目ってあるはずなんだ」とタローが言うと、「…ほんと私って優夏ちゃんみたい…」と眉を下げて言った。


早苗の歯に衣着せぬ言葉に、誰もが愛想笑いを浮かべるしかなかった。


その優夏が、動物たちを抱きしめながら早苗に近づいてくる。


「…あはは、叱られちゃうかもぉー…」とさすがの早苗も眉を下げて、優夏に愛想笑いを向けた。


優夏の考えていることは秋之介ですらわからなかったので、今は動かないことに決めた。


優夏は動物たちをかがんで抱いたまま、早苗を見て、「魔王って知ってる?」と聞いた。


すると悪魔な子供たちと神と巫女たちが一斉に早苗を見た。


「…サンダイス様が魔王だって聞いただけですぅー…」と早苗はほっと胸をなでおろして答えた。


叱られるわけではないと思って、安心したようだ。


「…だから、なのでしょうか?」とタローが優夏に聞くと、「春之介も私と同じ意見よ」と優夏は答えた。


早苗は少し戸惑ったが、まるで話しが見えないので、「どういうこと?」とタローに聞くと、タローは目を見開いて早苗を見て頭を下げた。


「…何が怖いのよぉー…

 全然怒ってないのにぃー…」


早苗の言葉に、タローはゆっくりと頭を上げて、「禁句を口にしなかっただけです」と敬語で答えた。


早苗は深くため息をついて、「努君?!」と今度は大いに怒って聞くと、「タロー君は禁句だって言ったよね?」と努に言い返されて、大いに眉を下げた。


「禁句を言っていいわけないじゃないか…」と鎌足にさらに言われて、「…もやもやするわぁー…」と早苗は大いにうなった。


「単純なところは変わってないね…

 それが早苗ちゃんの持ち味なのかもしれなけど…」


真司の言葉に、早苗はこれ見よがしににらみつけた。


「…ふーん… 今までとちょっと違うね…

 ボクたちは早苗ちゃんに操られていたような気になってきた…」


鎌足の言葉に、「…それはちょっと認めちゃうぅー…」と早苗は大いに恥ずかしそうに言った。


「あのさ、ずっと聞きたいことがあったんだ」と努が聞くと、「ん? 苦情じゃなくて聞きたいこと?」と早苗が言うと、努たちは大いに笑った。


「今は違うけど、女の子を友達にしなかった理由を知りたいんだ」と努は言って美佐を見た。


「…うーん… 頼りないから、かなぁー…」と早苗は言ってからも考え込んだ。


「昌代ちゃんだったら仲間にしてもよかったって思うんだけど…」と真司が聞くと、「あ、ダメダメ」と早苗はすぐに答えた。


「何かイヤなことを知ってたわけ?」と努が聞くと、「今頃、補導されてるんじゃないかしら…」と早苗が答えた。


「補導って…

 夜遊びとか、万引きとか…」


鎌足の言葉に、「うん、両方!」と早苗が言ったとたんにまた考え込み始めた。


そして、「…そんなこと、聞いたことがない…」と早苗は嘆くように言った。


「うん、聞いたことないね。

 でも、早苗ちゃんはそれをどうにかして知っていたんだ。

 じゃあ、ほかの女子たちは?」


「…ほとんどがひっかきまわして楽しむ…」と早苗は言ってまた目を見開いて、「…そんなこと、聞いたことがないぃー… どーして…」と今度は大いに嘆いた。


「そう思ったんだから別にいいじゃん。

 今までに一度もそんな面倒なことに巻き込まれなかったから、

 お礼を言うよ」


努が言って頭を下げると、真司も鎌足も倣った。


「…結果的には、私たちって、ずっといい関係だった…」と早苗はようやく笑みを浮かべて言った。


「これからもさ!」と努は胸を張って言って、新しい仲間たちを見まわした。


「…うん、そうね… そうだわっ!!」と早苗が大いに喜んで答えると、「おっ おお?! お―――っ!!!」と叫んで、その身長が数倍に伸びていた。


優夏は大いに喜んで拍手をしている。


「努っ! どういうことだ?!」と早苗だった牙のある淑女が叫ぶと、「知らないよ! でも、覚醒ってやつじゃないの?!」と魔王女を見上げて答えた。


「…そうか! これが覚醒か?!」と魔王女は叫んで、腰に両拳を当てて大声で笑った。


優夏と春之介は努たちのやり取りを聞いて、腹を抱えて大いに笑っていた。


春之介は板物の光の反射の結界を魔王女の目の前に張ると、「うっ?!」と魔王女うなって数歩引いた。


変わってしまった場所は身長と口から生えている牙で、それ以外だと服装だ。


まるで天使の衣のように薄く、ひと言でいえば天女の装いのようだった。


「後継者ができて、アニマールは安泰だわ!」と優夏が叫ぶと、「…後継者…」と魔王女はつぶやいてぼう然とした。


一番に反応したのはタローで、ここはどうやって逃げようかと算段していたが、「気に入ったから声をかけたんだ!」と魔王女はタローに向けて叫んでから、ホホを赤らめてその体をねじって大いに恥ずかしがっている。


「タロー、お試しで付き合ってやれ!」と春之介が少し笑いながら言うと、「はっ お任せを!」と堂々と言ったのだが、その顔には大いに苦笑いが浮かんでいた。


「…ま、まあ… 少々強引だったから、今はそれでいい…」と魔王女はほんのわずかに憤慨したが、比較的穏やかだ。


「で? 何ができるの?」と努はワクワクして聞いた。


すると、魔王女は何度も早苗と魔王女の切り替えを行った。


そして早苗に戻って、「…とりあえず元に戻れたぁー…」と言って、へなへなと地面に腰を落とした。


そして、「…お腹すいたぁー…」と言ってそのまま地面に寝転ぶと、優夏が早苗の上半身を支えて、皿に乗った大量のおにぎりを目の前に置いた。


「…いただきますぅー…」と早苗は優夏に心細げな笑みを浮かべて、猛然たる勢いでおにぎりを食べ始めた。


「猛春、色々とレクチャーしてやって欲しい」と春之介が言うと、「はっ お任せあれ」と答えて、早苗に寄り添った。


「私だけが食べてるのもなんだから、猛春様も食べて」


早苗が笑みを浮かべて言うと、猛春は大いに困っていた。


その理由は、猛春は食事を摂れないようになっているのだ。


肉体はあるのに、生物以外は体をすり抜けてしまう。


妖精でも唯一と言ってもおかしくない。


しかし、早苗が差し出したおにぎりは違うと感じて、おにぎりを舌で絡めて口に入れて、「うまいっ!!!」と上機嫌で叫んだ。


「これからは誰かに食べさせてもらって」という早苗の言葉に、「そうだったのかぁー…」と猛春は少しうなって早苗に頭を下げた。


「食べても食べなくてもいいけど、

 みんなで食べるとうまいからな」


猛春も動物として、早苗のグループに入ることになった。



すると源一と花蓮が友梨香たち三人を連れてアニマールにやってきた。


「…はは、魔王がいる…」と源一が早速つぶやくと、「…友梨香が煽って覚醒したってところね…」と花蓮が眉を下げて言うと、友梨香たちは大いに苦笑いを浮かべていた。


「パートナーがいないと仲間に入れないわよ!」と早苗が友梨香たち叫ぶと、「…早速試練だな…」と源一は眉を下げて言って友梨香たちを見た。


「…もうここにはいないぃー…」と友梨香は大いに嘆いた。


「パートナーは男性とは限らない。

 もうひとり女性を仲間にしてもいいけど、

 その時は早苗ちゃんの手下。

 そういった集まりのように見えるが、

 強制的なものは感じない。

 魔王の魅力に引き寄せられている、

 と言ったところだな。

 だから誰がどう見ても、

 早苗ちゃんにあこがれてそばにいると言ったところだ。

 産まれてからずっと修行をしていたようなものだから、

 それなり以上に能力は高そうだ。

 友梨香たちは初めて、

 本来の居場所ができたと俺は思ったな」


「…私はここに来るために、

 姉妹三人だけでずっといた…」


友梨香はつぶやいて、辺りを見回した。


そして強引に、テーブルの上でうつらうつらしているゼルダを抱きしめて早苗に向かって走って行った。


「パートナーかっこ仮よ!」と友梨香は憤慨して叫んだつもりだったが、その表情には笑みが浮かんでいる。


「そうね。

 友梨香ちゃんにはゼルダ様がお似合いかもね」


早苗の穏やかな言葉に、友梨香は飛び跳ねて喜んでいる。


「…操られているようにも見えるね…」と努は眉を下げて言った。


杏奈と亜希子はお互い呆れた顔をして見合って、手をつないで早苗に寄り添った。


「明日、このメンバーで依頼を受けて星の救済に行くぞ!」


春之介が宣言するように言うと、誰もが大いに目を見開いた。


「もちろん、俺と優夏も行く。

 だけど監督に徹することにするから。

 司令官は早苗、参謀は努だ」


「…いきなりこの日が来たぁー…」と努は大いに喜んで、春夏秋冬と話を始めた。


「おっ さすが参謀…」と春之介は大いに納得して、努を見ている。


「…何が始まったの?」と早苗は小さな声で鎌足に聞くと、「宇宙船の手配に決まってるじゃないか…」とさも当然のように答えられたので、「…そうでしたぁー…」と早苗は眉を下げて言った。


そして努が戻って来て、「依頼は出発前に受けるから」と早苗に報告すると、「…よ… よきにはからえぇー…」と眉を下げて言った。


「…うふふ…」と美佐は機嫌よく笑って、頼りになる努に笑みを向けて見上げた。


「美佐は心から信じあえる友人を得て、

 さらに彼氏までも手に入れた。

 この日があるからこそ、

 ひとりでいたと言っていいようだな…」


源一の言葉に、「意識はしてなかったんでしょうけど、今までは納得できる人がいなかったんでしょうね」と春之介が答えた。


「源拓やビジョンでは役不足か…

 まあ、同時にパートナーまで手に入れるとなると、

 同年代が最適だからなぁー…

 さすがにほとんどが幼児だからね…」


「その好条件をここで見つけたと言ったところでしょう。

 まさかここでゼルダに気付くとは思いませんでしたね」


春之介は言って、友梨香に機嫌よく抱かれているゼルダを見た。


「同じ空を飛ぶ動物だからな。

 ゼルダが拒否しないからいいんじゃないの?」


源一は言って少し笑った。



するともう宇宙船がやって来て、町から少し離れた平坦な場所に降りた途端に、猛然たる勢いで船長が走って来て、源一と春之介に素早く頭を下げてから、早苗の前に立った。


「ご用命、ありがとうございます!

 船長のサニー・トレイダーです!」


どこからどう見ても少女でしかない船長が素早く頭を下げた。


「…よろしくお願いするわ…」と早苗は眉を下げて言って、サニーと握手を交わした。


そしてサニーは早苗の部下たちを見まわしてから、「どうか、よろしくお願いいたします!」と丁寧にあいさつをした。


そしてクルーたちもやって来て、サニーの後ろに立った。


大人の姿はひとりもいない。


全てが子供で、全員が死神だ。


そして、「…船長を尊敬しなきゃぁー…」などと小声で話し始めた。


「…あー、どーしよー…」と早苗が大いに困惑して言うと、「しばらくは様子を見るけど、もう決めたから」と努が言った。


「…うん、任せたわ…」と早苗は柔らかな笑みを浮かべて答えた。


「…こんな謙虚な姿を始めて見た…」と源一は大いに眉を下げて、サニーを見て言った。


「…本来は、荒くれ者の船乗り…」と春之介は眉を下げて言ったが、その程度で丁度いいと思ったようだ。


「…中流部隊の嫌われ者だ。

 時には、上流部隊にも食らいつくからね。

 だから、下流の者ばかりを相手にして、

 いつも怒っていた。

 最近、キースが認めてね。

 眉を下げながらも、上流の者たちも使い始めていたところなんだよ。

 だから腕も判断力も確かだよ。

 船長とのやりとりは、

 まずは努君の方がいいだろうね。

 かなり鋭い判断力を持ってる」



すると、早苗と努が相談を始めて、努がすぐさま確認をした。


春夏秋冬が一枚の依頼書を宙に浮かべると、「30分ね」と早苗が笑みを浮かべて言った。


「悪いけど、試運転に行くわ!」と早苗が叫ぶと、誰もが大いに気合が入っていて、すぐさま頭を下げた。


早苗の部下と、春之介と優夏、さらには源一と花蓮が宇宙船に乗り込んでくると、サニーは大いに高揚感を上げて、「ご乗船、感謝いたします!」と高揚感を上げて叫んだ。


仕事は簡単だったが、努、真司、鎌足は人間でしかない。


しかし三人はフォローを受けることなく、笑みを浮かべて働いた。


復興の依頼があったこの星には、早苗と同年代以下の者だけが取り残されたのだが、早苗たちを見て生きる希望が湧いていた。


予定よりも少々時間がかかったが、誰もが笑みを浮かべてアニマールに戻った。


「…金貨10枚…」と早苗は源一から報酬を受け取って、笑みを浮かべた。


「宇宙では何が起こるかわからない。

 だから危険手当がほとんどだから」


源一の言葉に、努たちは笑みを浮かべて素早く頭を下げた。


そして早苗はサニーに正当な報酬の20パーセントの金貨二枚を渡そうとしたのだが、拒絶されたのだ。


早苗は笑みを浮かべて金貨を引っ込めて、全員を引き連れてショッピングモールに行った。


報酬の代わりに、様々なものを察して買い与えた。


「…報酬よりも、得難いものをたくさんいただきました…」とサニーは両手では持ちきれないほどの荷物を抱えて言ったので、それほど説得力はなかったが、早苗は陽気に笑っていた。


「私はその気持ちに応えたかった。

 参謀はもう専属で雇う気満々だから。

 私も賛成よ」


早苗の言葉に、サニーはこの場で号泣を始めたが、クルーたちもそれに倣って、サニーをさらに尊敬していた。



翌日は本格的に働いて、昨日と同じようなそれほど報酬の高くない依頼を5カ所を回ったが、報酬の金貨を合計60枚もらった。


今回もサニーは受け取らなかったのだが、さすがに早苗は正当報酬を無理やり支払って、「専属として雇ったから受け取りなさい」と命令して受け取らせた。


サニーは大いに泣て、早苗に忠誠を誓った。


よってサニーたち宇宙船のクルーも正式にアニマールの住人となって、部屋も貸し与えられた。


そして部隊員と同じく修行と勉強も強要されることになる。


先生でもある美佐がクルーたちの個人教授も引き受けて、誰もが勉強の楽しさを知り、努たちの逞しさもさらに思い知った。


「俺たちがいなくても問題なさそうだから。

 付き添いは今日までだ」


春之介の言葉に、早苗を大いに困惑の眼をして、早速首脳陣会議が始まった。


そしてオブザーバーとして、正規部隊の浩也と真奈が召喚された。


「…いくら何でも、たった二日なんて…」と優夏は早苗たちの肩を持つように言ったが、春之介は笑みを浮かべて早苗たちを見ているだけだ。


「方針を変えないのなら、王様の言った通りで構わない」と浩也が堂々と言うと、「…わかりましたぁー…」と早苗は自信なさげに答えた。


「だから今まで通り、

 誰も受けそうにない簡単な仕事を多く受けることは変えてはいけない。

 欲を出すと、不幸が寄ってくることがあるからな」


浩也が核心をついた言葉を述べると、「…心構えがきっと変わってくる…」と努はつぶやいて、さらに詳しく早苗に説明した。


「…慢心の引き金…」と早苗はつぶやいて、そして大いに納得した。


「同じ時間で、今やっている仕事を倍できるようになったら、

 試験をしてもらおうって思うんだ。

 依頼のランクを上げる試験だよ。

 それに、楽な仕事がずっと残っているのも、

 問題があるって思うんだ」


「…こっちの方面は、依頼を受ける部隊はまだ少ないもんね…」と早苗はつぶやて、全てのことに納得した。


そして源一に順序だててしっかりと説明して、春之介と優夏の付き添いは、しばらくの間は行わないことに決まった。


「じゃ、三つ目の部隊も早々に作り上げるから。

 初航海に出るまでに、ステップアップ試験を終えておきたいね」


春之介の焦りを誘う言葉に、早苗はさらに気合が入ったが、努が落ち着いていたので、春之介は何も言わなかった。


春之介は言葉通りに、この場で新しい人材を呼び寄せたので、早苗だけが大いに焦っていた。


人員的にはあと一回呼び寄せれば、簡単な仕事を時間をかけて行えるほどの人員は確保できることになる。


その中に、春之介たちの知り合いがひとりだけいた。


「…通いでいい?」と春咲高校の元生徒会長の夏川冬延が眉を下げて言ってきた。


「はい、それで構いませんよ」と春之介は気さくに答えて少し笑った。


「呼び寄せたのはもう5度目ですので、

 何をすればいいのかよく知っている人も多いので、

 今まで通り、大いにコミュニケーションを取ってください」


「…ついに、放任教育になっていくわけだね…

 指摘や指導できる者も増えたわけだ」


冬延は言って、さらに逞しくなっている浩也を見て頭を下げた。


「あとは、大学卒業レベルの教育も受けてもらいますので。

 年長者は今までよりもかなり忙しくなりますから」


「…仰せのままに…」と冬延は大いに眉を下げて言ってから、頭を下げた。


ここからはそれぞれの担当者が新しい人材を引率して簡単な説明会を行う。


今回呼び寄せた中に悪魔な子供がふたりいて、大いに涙を流して春之介に礼を言っている。


まさにこのアニマールに来ることだけが、この子たちの生きがいになっているのだ。


だが、保護者がいる子供たちが多いので、すぐに全員を連れてくることは叶わない。


春之介はその説明をして、「連れてきたくてもできない子もいるんだ」と言って、何とか泣き止ませた。


浩也が春之介を無言でにらんでいる。


「…わかったよ…」と春之介は言って、浩也たちが復興を果たした星に住んでいた子供たちを50人ほど呼び寄せた。


「…うっ! これほどだったかっ?!」と浩也は大いに驚きの声を上げた。


浩也の考えとは少々違う子もいたからだ。


しかし、今ここにいる子供たちは、非の打ちどころがないほどに、穏やかな子ばかりだ。


そして早速優夏が母親ぶりを発揮し始めた。


「…いつ確認してるんだ…」と浩也は大いに苦情を言った。


「してないよ」と春之介が言うと、浩也は目を見開いたが、すぐに一太を見て、「…忘れてた…」とつぶやいて一太に頭を下げた。


「一太にはそろそろ俺につきっきりになってもらいたいから、

 俺の第二執事も選定するから。

 順当だと、麒琉刀」


春之介の言葉に、麒琉刀は穏やかに頭を下げたが、怒っている真奈を見て、「…ダメらしい…」と春之介が眉を下げてつぶやいた。


「…この件はそれほど急がないけど、

 一太の心情を考えると急ぎたいんだ。

 だけど、今となっては能力者じゃないと厳しいだろうからなぁー…

 その候補は、早苗にとられたし…」


春之介が眉を下げてちらりとタローを見て言うと、「…急ぎませんので…」と一太は笑みを浮かべて言って頭を下げた。


「あとは、夢見に期待するかぁー…」と春之介は苦笑いを浮かべて言った。



この日から数日、夢見で何人かは連れ帰ったのだが、子供の誘拐ばかりで、春之介の執事候補は残念ながら皆無だった。


こうなったらと、春之介は少し意地になって、優夏とともにフリージアに出かけた。


死神で、それなりに使えるものだったらいるだろうという、少々何直な考えだった。


もちろん、そういった者は重職についているはずだが、『この日を待っていた!』という心構えを持っている者がひとりくらいはいるだろうと春之介が言うと、優夏は愉快そうに笑った。


もちろん馬鹿にしたわけではなく、春之介らしいと思っただけだ。


春之介は源一と、現在のロストソウル国の代表の御座成爽太とあいさつを交わして、春之介の執事候補を探しに来たと、単刀直入に告げた。


源一と、この少々威厳がありそうな少年の爽太の目をだましてその日を待っている者が果たしているのかどうかは、まさに運次第だった。


「もし、探し人がいて、できれば目立ちたくない人だったら、

 考えられなくはありませんね…」


爽太の言葉に、春之介も源一も同意した。


爽太の隣に、インテリのような、かなり優秀と思わせる少年がいる。


もちろん、爽太の側近のようだが、人種としては爽太もこの少年も少々特殊だった。


「覚醒してない杖」と春之介がつぶやくと、「…いたぁー…」と爽太は大いに眉を下げて言った。


主に悪魔が創り出す魔法の杖は、種族としては悪魔の眷属と呼ばれていた。


姿は変哲のない細い棒なのだが、魔法を発動することが可能だ。


さらに優秀なものは人型に変身することができて、全ての縛りを解いて大いに使える者となる。


よって、魔法の杖は、生きた人間が材料となっているのだ。


この非情な工法はもう行われていはいないが、動物に関しては、さらに能力を上げるため稀に行うこともある。


春之介は爽太の側近のゼウスに案内を頼んで、仕事についていない覚醒済みの悪魔の眷属と面会した。


「あ、誰でもいい」と春之介が言うと、ゼウスは目を見開いた。


そして、動物の悪魔の眷属たちは人間でもないのに涙を流していたのだ。


「ここで遊んでるんだったら、

 アニマールに遊びに来ない?」


春之介の気さくな言葉に、首を横に振る眷属はひとりもいなかった。


報告を受けた爽太はさすがに大いに驚いてやってきて、「…春之介様が動物だから…」と言って苦笑いを浮かべた。


「ええ、それしかありません。

 さすがに全員というわけにはいかないので、

 動物でも特異なものを雇わせていただきますよ。

 そして、あぶれたものはここに戻ってもらって大いに働いてもらいます。

 そして家はアニマール」


爽太は目を見開いたが、「はっ どうか、よろしくお願いいたします」と言って、春之介に丁寧に頭を下げた。


春之介が団体を連れて王都に戻ってくると、「…おいおい…」と源一は言って大いに苦笑いを浮かべていた。


眷属一匹一匹の顔色が一新していたのだ。


まさにボスの言ったことは絶対、という意思をもって、春之介についてきたのだ。


「いったん借り受けて、教育をしてから選定することにしました。

 ですが、こいつらの家はアニマールにしてもらいました。

 一匹残らず必ず使えるように指導しますので」


「今までにない自信だね…

 やはり、動物同士としての自信か…」


「使えないやつがいるわけありませんから」


春之介の自信満々の言葉に、眷属たちはさらに春之介に好感と服従心を湧き立たせた。


33匹の悪魔の眷属たちは、春之介と優夏とともに社に入って行った。



アニマールに戻ってすぐに、春之介は大人用のランニングコースを走った。


さすがに動物でも得手不得手があり、遅い速いが大いにあるが、時々春之介が迎えに来るので、一匹の落伍者も出さずに、10周回を終えた。


そして杖本来の能力の魔法についても、全員の確認を終えた。


すると、春之介ではなく優夏が気に入った杖があったのだ。


「…よかったな、就職第一号…」と春之介は眉を下げて言った。


この眷属は大型のネズミで、体毛が真っ黒だった。


もちろん姿も気に入っていたのだが、その能力も気に入っていた。


はっきり言って危険な、荷重系魔法を使えるのだ。


術としては小さいものなのだが、燃料タンクが異様に大きい優夏が使うことで、黒ネズミは大いに陽気になっている。


「主の思い通りに扱えなかった、といったところだね。

 戻ってきたら、修行として春菜にも使わせてやって欲しい」


「そうね、恩を売っておくわ」と優夏は言って、愉快そうに笑って、大黒ネズミを抱きしめた。


ひと通り訓練をして、春之介の手料理を食わせると、さらに陽気になっていた。


そして自由時間を与えると、野放しの動物たちの邪魔にならないように、辺りの散策を始めた。


もちろん転寝をするものもいたり、杖に戻るものもいて、性格は様々だった。


さらには、春之介を守るようにして、離れない眷属もいる。


春之介は、まさに秋之介の兄弟のような、通常サイズの茶色のクマの頭をなでて、「おまえは汎用型だな…」と眉を下げて言った。


獰猛そうに見える割には大人しい。


よってここではなく、フリージアに戻って仕事をしてもらおうと思ったようだ。


しかしまだ一日目なので、すぐには戻さない。


まずは、春之介の家族たちにひと通り使ってもらうのだ。


気に入れば、永遠のパートナーとして肩を並べて働くことも可能だ。


春之介がゼルタウロスに変身すると、眷属たちがすぐさま集合してきた。


そして、ゼルタウロスが修練場に走ると、全員ついてくる。


そして、第二修練場の滝つぼのダイブをゼルタウロスが披露すると、躊躇しながらも全員が飛び込む。


第四修練場の棒渡りと第五修練場の板飛びでも修練を積んで、腹を空かせて町に戻った。


浩也の正規軍と、早苗のお子様部隊も戻ってきていて、大勢の眷属たちを見て目を見開いていた。


「もらってきた」とゼルタウロスが言うと、「えっ?」と誰もが言って目を見開いた。


特に、悪魔の眷属を扱ったことがある死神たちは、「…さすが王様…」と春之介を絶賛した。



春之介は桜良にお願いして、射撃ブースを造ってもらった。


そしてまずは春之介が杖たちの特性を見抜いて、様々な方法で浮き出た的を射抜いたり壊したり燃やしたり凍りつけたりする。


優夏は、デーモンと名付けた黒ネズミを抱いたまま、固い的を破壊したり小さくしたりして大いに喜んで、デーモンをほめまくる。


デーモンが生涯の主に出会った瞬間でもあった。


「言っとくけど、破壊的な衝動に駆られると、

 星にいられなくなるからそのつもりで」


確かにその通りで、どの星にある射撃ブースよりも厳しいものだと、誰もが思い知っていた。


よって、術の訓練と精神鍛錬でもあると、見学の子供たちも理解を深めていた。


「おや?」と春之介は言って、存在感の薄い白いキツネを見た。


「…疾風のシロ様…」と死神たちが小さな声で、嘆くようにして話し始めた。


「ここにきていいの?」と春之介は言って、シロの頭をなでた。


「あ、追い出されなかった!」とシロは陽気に言ってから、「ここに住みたいんだけどぉー…」と上目づかいで言ってきた。


「仕事、もらってるんだよね?」


「…まあ、ないことはないんだけど…」


「通いで好きに過ごせばいいさ」という春之介の言葉にすっかり安心したが、源一と爽太が眉を下げて社から出てきた。


事情を察している源一が、「黙っていなくなるんじゃない…」と眉を下げて言った。


「えー…」とシロは嘆いて、大勢のすっかり陽気になった仲間たちを見まわした。


「ここで過ごす許可を出したんだよ。

 誰にお願いしてここにきたんだ?」


「あ、夏之介君…」とシロは眉を下げて答えた。


神や巫女たちはその資質を見抜いて連れてくるので、お願いすれば連れてきてもらえるというわけではない。


それに、夏之介はお子様部隊に参加していて帰ってきたばかりだ。


もうすでにシロとは友人関係にあったので、念話でお願いすれば迎えに来てもらえる。


「夏之助、シロを甘やかさないでほしいんだ。

 エッちゃんと同じで、少々質が悪い平和主義者だからな」


源一の言葉に、「引き合いに出さないで!」と桜良は大いに怒って腕組みをしてホホを膨らませた。


「…ここがいいもぉーん…」とシロが悲しそうに言うと、「あ、シロは消える」と春之介が言うと、驚いている表情のままシロが消えた。


「…なんだかすっごく微妙だった…」とゼルダが眉を下げて言った。


「…なるほど…

 本来は動物なのに、人間の欲も感じた…

 まさに、人の神になろうとしている途中のようですね」


「あっちでも比較的自由は与えているんだけどな…

 少々わがままが過ぎるようになっていたから、

 丁度いいお説教になったよ」


源一は少し陽気に言って、爽太とともに社に消えた。


春之介が夏之介を抱きしめると、「今度は人型で来る…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「…眷属としては微妙よね…

 真の主がいないからでしょ?」


優夏はデーモンに聞くように言って、笑みを浮かべて抱きしめた。


「それを正した方がよさそうだね…」と春之介は眉を下げて言った。


春之介が死神たちに事情を聴くと、誰もがよく知っていたようで、本来の主は御座成功太で、結城覇王から松崎拓生、そして万有源一と渡り歩いてきた、ハイレベルな眷属だ。


今は正式な主は決まっていなくて、自由奔放に生活しているという。


「だとしたら、このまま神になってもらった方がいいね。

 悪魔の眷属としては少々面倒だ。

 サンノリカと似たようなものだよ」


サンノリカとサンロロスも、主のいない悪魔の眷属だ。


「あはは! 一瞬で理解できたわ!」と優夏は陽気に笑った。


そのふたりがやって来て、「…みんな、いい子になってるぅー…」とサンノリカが大いに眉を下げて、動物の眷属たちを見て嘆いた。


「サンノリカは本来の能力を出せていると思うかい?」


春之介の言葉に、サンノリカとサンロロスは大きく目を見開いた。


「…出せていないのね…」と優夏は眉を下げて言った。


「主がいなくて自由に過ごせは、

 本来の能力は発揮できなくなる。

 ハイレベルなふたりにはちょうどいいんだけど、

 さて、それが本当にいいことなのかは、少々疑問だね」


「…だ… だったら、ここの誰かに」とサンノリカが言ったとたんにその姿が消えた。


「さっきシロが消えた理由と同じだよ。

 人間的な欲が沸いたからここから放り出された。

 今回はしばらくはここに来られないかもなぁー…」


春之介の言葉に、「どうか、教えを!」とサンロロスが懇願の目を春之介に向けた。


「誰かに主になってもらって、

 許可を得て単独行動をすればいい。

 主がそれほど眷属をアテてにしない人がいいね。

 松崎拓生様」


「…うわぁー… 厳しそー…」とサンロロスは大いに眉を下げて言った。


「そしてサンロロスにも試練だ」と春之介が言うと、サンロロスは姿勢を正した。


「友人のもとに走るか、松崎様のところに行くか」


「えっ?!」とサンロロスは叫んで、大いに悩んで、涙を流し始めた。


「一心同体のようなパートナーは確かに重要だと思う。

 だけど根本は悪魔の眷属だ。

 その悪魔の眷属が何に変わろうが、

 根本は悪魔の眷属なんだよ。

 主がいるからこそ、

 本来の正しい力を出せるものだと、

 みんなと接してよくわかったよ」


春之介の言葉に、夏之介がもうすでにサンロロスの脚にしがみついていた。


サンロロスは泣き笑いの顔をして、夏之介を抱き上げた。


「拓生様のもとに行ってきます」とサンロロスは比較的気丈に言って、社に入って行った。


「雇われるのかは微妙だけどな」と春之介が言うと、優夏は大いに眉を下げていた。



春之介が射撃ブースでみんなの訓練を見ていると、眉を下げたサンロロスが戻ってきた。


「結城覇王様の眷属になりましたぁー…」とサンロロスは眉を下げて言った。


よって単独行動の許可を得てここにやってきたのだ。


そしてその主からも厳しい命令が言い渡されていた。


「サンノリカを説得して、松崎様の眷属になってもらう」


「…あはは… そうですぅー…」とサンロロスは眉を下げて言った。


「サンロロスに従うさ」という春之介の言葉に、サンロロスは目を見開いた。


「じゃ、その証明…

 訓練するから杖になって欲しい」


春之介の言葉に、サンロロスはすぐさま杖に変身して、春之介の手に収まった。


そして様々な数多くの的を様々な方法で壊していく。


悪魔の眷属たちは、『ウー…』という深いため息のようなうなり声を上げた。


「もういいよ」と春之介が陽気に言うと、杖はサンロロスに戻って目を見開いていた。


「よくわかったはずだよ」


春之介のやさしい言葉に、「先生! ありがとうございました!」とサンロロスは笑みを浮かべて礼を言って消えた。


「…悪魔の眷属の師匠になっちゃったのね…」と優夏は大いに眉を下げて言った。


「主と従者の橋渡し役と言ったところだね。

 だから俺は誰かの主にはならない方がいい。

 だけどなった者が、俺の執事ということで。

 一太と交代で、宇宙の旅に出てもらうから」


「でしたら、このオオトカゲ君を!」と一太は言って、まさにワニのような獰猛そうな動物の体をなでて言った。


「…一太が見つけてくれた…

 …まあ、少々、一太の欲もあるようだけど、

 ここは希望と願いということで…」


「もちろん、大いなる希望とお願いでございます」と一太は立ち上がって言って、素早く頭を下げた。


「…わかりづらかったけど、理解できたぁー…」とゼルダが大いに嘆くように言った。


「だけど、今までに今の感情を流した人はいなかったと思うけど?」


「…うん、いなかった…」とゼルダは笑みを浮かべて答えると、「わかりやすくなってよかった」と春之介は笑みを浮かべて言った。



野球の練習時間は返上して、春之介は優夏とともに、また星の探検に出た。


まさにふたりきりの時間を優夏は満喫して、心行くまで春之介を抱きしめる。


隣の大陸の山を越えたところに出ると、「うわぁー…」と優夏は女性らしく言って、すぐさま地上に降りた。


ここには色とりどりのかわいい花が群生していたのだ。


そして、羽虫たちが飛び回って蜜を吸っていた。


春之介は優夏の願いを聞き入れて、端の方に咲いている数株の花だけにピンポイントで緑のオーラを流し込んで種を取った。


そして仕切りの多いピルケースを出して、花の色ごとに収めた。


「ここだけが平地で、まさに花と羽虫の楽園になったようだね」


「…ああ… 来てよかったぁー…」と優夏は感動して言って、春之介に抱きついた。


春之介は少し離れた場所に社を建てた。


すると早速猛春が出て来て、「まさに楽園…」と言ってから社に入って、子供たち全員を連れてきた。


そして春之介と優夏は子供たちを宙に浮かべて、空からの景色も大いに楽しんだ。


まさに心の安らぎを得るために必要な場所になっていた。


広いので羽虫たちの邪魔をしているわけではなかったのだが、数匹の虫が子供たちを襲おうと飛んでくる。


「動物はかわいいが、虫は気が強いな…」


春之介の言葉に、「…虫じゃないんじゃないの?」と優夏が言うと、「…いたな、蝶人間…」と春之介は大いに眉を下げて言った。


春之介が夢見の話をすると、優夏が術を放って、数匹の蝶の動きを止めて引き寄せた。


見た目はほとんど変わらず蝶なのだが、少しカラフルな蝶は、頭が大きく、口がストローではなく先の長い一般的な口になっていた。


『放して放して!』と優夏の頭に懇願してきたので、すぐに放すと、蝶はすぐに飛び去って、子供たちを襲うことはなくなった。


「話しかけられちゃったわ…」と優夏は眉を下げて言った。


「逃がしてくれって?」と春之介が聞くと優夏はこくんとうなづいた。


「やはり、寿命は短いと思います」と春夏秋冬が分析して言って、羽虫たちの死骸を持ってきた。


「命の尊さを知る楽園だわ…」と優夏は大いに感情を込めて言って、子供たちに熱く語り始めた。


共存する時間がほとんどないことに、子供たちは誰もがうなだれた。


「これはね、竜たちから見れば、

 私たちと同じことが言えるのよ。

 私たちが思っている時間は、

 竜たちにとってそれほど長くないの。

 だけど、語り合う時間は、

 二週間よりもずっと長いわ。

 たくさん話し合えるから、

 しっかりとわかり合おうね」


優夏の言葉に、子供たちはほっと胸をなでおろして、いつもコミュニケーションを大いに取っている春子たちではなく、番人のようなガンデに寄り添って行った。


ガンデは大いに戸惑ったが、もちろん悪い気はしない。


「ガンデ君の得意なことって?」と聞かれると、「…戒めの鉄槌…」と恥ずかしそうに答えたので、子供たちは訳も分からず大いに喜んでいた。


この場所は社を建てるだけに留め、何も手を加えないことに決めて町に戻った。


そして子供たちに花の種が入ったピルケースを渡した。


桜良が花壇の拡張工事をしてから、子供たち全員で穏やかな笑みを浮かべて種を植えた。



すると、初めにここに呼ばれた子供たちの半数ほどが思い詰めた顔をしている。


誰もが通る道と思い、春之介は優夏を連れて子供たちの前に立った。


「ここに来られて幸せだ。

 だけど来られない人たちにすっごく悪いという思いが沸く」


春之介の言葉に、身に覚えがある子もそうでない子も大いにうなだれた。


「だったら元の生活に戻るのか?

 そんな必要のないことを考えた子から、

 本当に帰ってもらうぞ!」


いきなり春之介から雷が落ちたので、ここは一番落ち着いている、悪魔な子供たちが前に出た。


「早く一人前になって、みんなを迎えに行きます!」と悪魔な女子のタリスが叫ぶと、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。


「わかっているのならそれでいい」と春之介は言って、優夏を置いて振り向いてから歩き始めた。


「パパは怖いから怒らせちゃダメよ…」と優夏が眉を下げて言うと、「…優夏ちゃん、ごめんなさいぃー…」と本来叱られるべき子供たちが、優夏を囲んで謝った。


「今は前だけを見て歩くの。

 だから余計なことは考えなくていいわ。

 だけどね、ずっと前だけ見てるとね、

 落とし穴があったり、分かれ道があったりしても気づかなくなるの。

 もう少し大きくなってから、少し振り返った方がいいの。

 その時に、またパパが叱ってくれるからよくわかるわ」


悪魔な子供たちは、できればその日がすぐにでも来ることを期待していた。


しかし今は、大勢の幼児たちの面倒をみることがメインの仕事だ。


あまり急ぐことなく、胸を張って生きていけるように、用心して目の前にある道を歩もうと決めた。


優夏と春之介は、まさに飴と鞭だった。



「…今の状況から、よく気付いたものです…」と浩也は言って、春之介に頭を下げた。


「魂たちがかすかに戸惑ったからね。

 あとは子供たちの顔色を見て、すぐにわかったよ」


「…春之介様は、もう本当に、立派な父親なのですね…」と一太は言って、さらに精進しようと胸を張った。


「もちろん、優夏のためでもあるさ」と春之介が気さくに言うと、「…春君って、本当は悪魔なんじゃないの?」と尚が訝し気な目をして見てから、愉快そうに笑った。


「ある意味、その通りだよ」と春之介は戸惑うことなく堂々と言った。


どんな状況に陥ろうとも、絶対に優夏を本来の悪に戻さないための積み重ねでしかない。


よって悪よりもあくどい心をもって、全ての者に接する必要がある。


その性格は、人間よりも動物の方がふさわしいはずなのだ。


そして悪の方も、春之介の行動をよく理解しているので、余程のことがない限り、本来の悪に戻ることはない。


春之介と優夏は、もうすでに凄腕の父親であり母親で、ベストパートナーになっているのだ。



「…私がまず気付かなければいけなかったはず…」と早苗は言って少しうなだれた。


「あのさ… ずっと見張ってたら疲れるだけだよ…」と努が眉を下げて言うと、「お父さんとお母さんの仕事だから」と真司が言うと、鎌足も大いにうなづいた。


「悪魔っ子たちがすぐに対応した。

 その時に、早苗ちゃんが一番に前に出て欲しかったね」


鎌足の厳しい言葉に、「…そうなれるように努力しますぅー…」と眉を下げて言った。


「今の姿だからできなかったって思う。

 本来の姿に変わってみてよ」


努の言葉に、「…お腹がすくからイヤなんだけど…」と早苗は文句を言いながらも、魔王女に変身した。


「…うかつだった…」とすぐさま魔王女は言って、悔しがった。


「今程度のことは変身しなくても見抜けることがベストだろうね」


「ああ、努力する」と魔王女は言ってから、早苗に戻った。


「…全然違うー… 何かに、乗っ取られたって感じぃー…」と早苗は言ってうなだれた。


「お腹がすいてでも、しばらくは変身しておいた方がいいんじゃないの?

 まだきちんと確認してないんだろ、術とか…」


鎌足の言葉に、「…おにぎり作ってきてぇー…」と早苗は手下たちに大いに甘えて言った。


「牙がなけりゃ、アイドル確定なんだけどね」と努が言うと、「ん?」と早苗は言って、魔王女に変身して、牙を消した。


「…話しやすくなったぁー…」と魔女王は大いに寄り込んだ。


「腹が減りかけてる」と魔女王が言うと、悪魔な女子たちふたりが急いで厨房に駆け込んだ。


そしてすぐに戻ってきた。


とりあえず、みっつだけ作って持ってきた。


そのあとに、握り飯がわんさかと乗っている握り飯がテーブルの上に置かれた。


「ラリー、蘭子、ありがとう。

 この恩は一生忘れないわ…」


魔王女はかなり大げさに言ってから、うまそうにして握り飯を食べた。


「だけど、どうしてそれほどお腹が減るんだろうね?

 無意識で何かやってるんじゃないの?」


努の素朴な疑問に、「用心のためだ」と魔王女は言ってから目を見開いて、「このせいかっ?!」と叫んでから、握り飯5個を一気に食った。


「…警戒の術、とか?」と真司が聞くと、「おう、そのようだな…」と魔王女は言って、ゼルダの能力から察して、必要のない警戒の術を解いた。


「…おー… 楽になったぁー…」と言いながらも、握り飯を食い尽くすと、「頑張ってるな」と春之介はが言って、炊き立てご飯で握り飯を山ほど作ってきた。


「おまえらもごちそうになれ!」と魔王女は言って、さらにうまい握り飯を幸せそうにしてほおばった。


「…正規軍が入れ替わるかもな…」と春之介は笑みを浮かべてつぶやいて、軽く右手を上げて席に戻った。


「…まだそれほどすごくはないが…」と魔王女は怪訝そうな顔をして言うと、「何のリスクもなく戻ってくる方が正規軍じゃないの?」と努は笑みを浮かべて答えた。


「…あー… 能力とかじゃなくて…

 王様を悲しませないで安心させた方が正規部隊…」


真司は感慨深く言って笑みを浮かべた。


「だから、功の高望みをするな、とか、

 厳しいことを言われたんだぁー…」


鎌足は笑みを浮かべて答えた。


「宇宙に飛び立つこと自体が危険なこと。

 それ以外で心配をかけないように、

 日々気をつける必要がある」


魔王女の言葉に、お子様部隊全員が、笑みを浮かべてうなづいた。


「だけど今のままだと復興しかできない」と、努は新しい議題を上げた。


「ミーニャをこっちに引き込む!

 強引にっ!!」


魔王女の言葉に、誰もが白い目で見た。


「あまり妙なことを言ってると、

 僕たちの司令官がいなくなるんだけど…」


努の冷静な言葉に、「…冗談に決まってるじゃない…」と魔王女はさも当然のように言ったが、言ったと同時に、―― これはマズイッ!! ―― と大いに思い直して冗談として心を入れ替えたので、ゼルダによって消されることはなかった。


「星の修復はそう簡単じゃないからね。

 勇者でもできる人はほんの一握りだし…」


真司が言うと、春子が笑みを浮かべて右手の人差し指で自分自身を差していた。


「…春子ちゃん、すごぉーい…」と誰もが一斉に言って、春子に尊敬の目を向けた。


「でも、春子ちゃんって、正規軍じゃないの?

 さっきまでここにいなかったし…」


努の冷静な言葉に、「…こっちの方が楽しそう…」と春子は言って、ベティーとふたりして笑みを向けあった。


「…子供は子供同士でぇー…」と春子は自分の都合がいいように言った。


「あのさ、それをすると、ミーニャちゃんもこっちに来ちゃうよ?

 あ、ほらきた…」


鎌足の言葉に、春子もベティーも大いに眉を下げていた。


そして、「私もこっちがいい!」とミーニャは胸を張って言った。


「あのさ、多分、春之介様の許可がいると思うよ。

 それに、今のところは星の修復込みの依頼は受けないから」


「…うう…」とミーニャだけでなく、春子も大いに眉を下げてうなった。


「でも、話は聞いておいて欲しい」と魔王女が言うと、春子たちは満面の笑みを浮かべて、魔王女を見上げた。


「早速聞きたいんだけど、

 ほかに星修復ができる人か、

 修行次第でできる人って知らない?」


努の問いかけに、ミーニャがすぐさま、「保君!」と陽気に叫んだ。


「…保君は色々と使命があるけど、でも、候補として…

 ほかには?」


すると、春子、ミーニャ、ベティー、そしていつの間にかここにいた翔春の4人が会議を始めた。


「…姉妹だから…」と努が眉を下げて言った。


すると四人は、一斉に美佐を見た。


「…うう… 春之介様と同様に、その可能性はあるわけだ…」と鎌足は少し控え目に驚きながら言った。


その当人の美佐は、大いに苦笑いを浮かべて、首を横に振っている。


「…翼だけで飛べるようになったら…」と春子がつぶやくように言うと、「…それが美佐ちゃんの覚醒…」と努は笑みを浮かべて言った。


美佐は小さくため息をついてから、「…色々と頑張るぅー…」と眉を下げて言った。



「…どういうことです?」と浩也はかなり怒りながらも、ここは大いに我慢して春之介に聞いた。


「子供たちなりにこの先のことを考えているんじゃないか…」と春之介は眉を下げて言った。


「早苗は危なかったけど、努が冷静だから問題ないわよ。

 さすが弟ちゃんね」


優夏が穏やかに言うと、「…まさか努君がライバルになろうとは思いもよりませんでした…」と浩也は言って、優夏と春之介に頭を下げた。


「同じ年齢だったら抜かれてるはずだよ」と春之介が明るく言うと、浩也は一瞬憮然としたが、春之介がわざわざケンカを売るように言った意味がよくわかった。


「…一対四では、負けは決まっている…」と浩也は悔しそうに言った。


「三人の能力はまだ未知だけど、

 三年もしないうちに能力者になると思う。

 特に杖の修行の出来次第で、さらに早まるかもしれない。

 悪魔の眷属も、何匹かつけても構わない。

 いい護衛役にもなるはずだから」


「…兄貴面ができなくなったことが、大いに悔しいですね…」と浩也は何とか心を落ち着かせて言った。


「早苗が覚醒したことで、

 三人にはきっと能力者の道があるはずだって、確信したわ。

 居心地がいいっていう理由だけで、

 仲間にはしていないと思うから」


優夏の言葉に、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。


「しかも、恋愛感情もなかった。

 友人でもあり、主従の関係でもあったと言って問題ないだろうね」


春之介の言葉に、浩也は全面的に降参して、今を維持できるように日々修練を積むことに決めた。



すると春子たち五姉妹がやってきたが、話しだせないようで、春之介は大いに苦笑いを浮かべた。


「…楽しい方がいいかなぁーって…」と春子は言って、早苗たちを見た。


「おまえにとって、復興作業は楽しいことか?」と春之介が大いに目を吊り上げて言うと、春子とベティーは大いに目を見開いて春之介を凝視している。


「四人とも、春子と同じ意見か?」と春之介がうなるように言うと、ここは竜とそれ以外のチームに別れたのでわかりやすくなった。


「竜は不死身だからな、気持ちはわかる。

 だがな、お前らがいることで安心しすぎてしまうことも考えられるんだ。

 いくら同年代とともにいた方がいいと思っていても、

 宇宙に出て仕事をすることは命懸けなんだ。

 もう一度よく考えて話し合って、

 早苗にも叱られてこい」


すると五人は素早く春之介に頭を下げて、まるで逃げるようにして早苗たちの元に戻った。


「…一番ハイレベルな者が一番甘かったわね…」と優夏は眉を下げて言った。


「完全に今を楽しんでいるだけの感情だった。

 真剣味が皆無。

 悪い予感しかしなかったんだよ」


「…そういう予感って、案外当たっちゃうのよね…」と優夏は眉を下げて言った。


「…元に戻す、とか、そういう指導ではないわけですね?」と浩也が大いに眉を下げて聞くと、「そんな指導は意味ないよ」と春之介が少し憤慨して言うと、「…申し訳ございません…」と浩也はすぐさま謝って頭を下げた。


「好きな部隊で働いてくれていいが、

 星復興も修復も遊びじゃないんだ。

 お遊び気分満々でいられて、

 怒らない方がおかしい。

 どれほどにハイレベルな者でもね」


「…重ね重ね申し訳ございません…」と浩也は大いに眉を下げて謝って、―― 怖い王になってきた… ―― と考えたが、それは自分たちが至らないだけで、慢心が春之介を怒らせていると、浩也は再確認をした。


もちろん子供たちも見ていて、―― …お父さんは怖い… ―― というレッテルを張られてしまったのだ。


しかしその感情をすぐさま優夏が感じ取って、しっかりと説明した。


何を春之介が怒ったいたのか、きちんと説明したのだ。


「春菜と同じように、外に出した方がいいんじゃないの?」と天照大神が言うと、「…それ、きっと考えてるはずだわ…」と優夏は眉を下げて言った。



すると、フリージアに遊びに行っていた俊介少年と青空が手をつないで戻って来て、「…今日は絶対無理…」と俊介少年は大いに嘆いてうなだれた。


離れていてもこの場にいれば、確実に春之介の機嫌が悪いことがよくわかるからだ。


すると優夏が笑みを浮かべて青空に手招きした。


「…だけど、優夏ちゃんが呼んでるぅー…」と青空が大いに眉を下げて言うと、「…何も言ってないのに叱られそうー…」と俊介は言ったが、ここは無視するわけにはいかないので、春之介を見ないようにして恐る恐る優夏に近づいた。


「…私にもどうなるのかはわからないわ…」


優夏の言葉に、俊介少年と青空は、目と口を見開いて大いに驚いている。


「…だけどね、春之介はそれほど心は狭くないの…

 だけど、叱られちゃうかもよ?」


優夏が大いに脅したが、このままではダメだと思って、俊介は本来の姿に戻った。


そして薄笑みを浮かべて、「本日の作品をお願いします」と佐藤は穏やかに言った。


春之介は一瞬佐藤をにらんだが、満面の笑みを浮かべて、最近ここであった出来事のジオラマを造り上げた。


「…ああ… 愛に満ち溢れている…」と佐藤は号泣してつぶやいて、ジオラマを手に取って、所定の位置に飾って、まじまじと観察を始めた。


「いやぁー! 怒った怒った!」と春之介は大声で叫んで、そして大いに笑った。


ジオラマの構図は、優夏が翔春とベティーを抱いて、春之介が春子とミーニャを抱き、美佐がその間にいて、全員が笑みを浮かべている、まさに幸せにしか見えない家族の象徴の逸品だった。


春之介の機嫌が治ったと思い、誰もが佐藤に近づいて、特に子供たちは大いにうらやましがった。


しかし春之介は握り飯を食いながら、次々と作品を創り出す。


そして誰もが、さらに春之介を好きになっていた。


そして春子は大いに反省して、「…ずっと、お父さんの娘でいたい…」と大いに感情を込めて言って、春之介を抱きしめた。


「ああ、うれしいぞ、春子」と春之介は言って、ジオラマのフィギュアのように春子を抱き上げた。


優夏はこの幸せに大号泣して、子供たちを抱きしめに回った。


「…雨が降って、さらに盤石になった…

 …本当にうらやましいほどです…」


浩也は大いに感情を込めて言って、よりもさらに、精神修行を積んでいくように心がけることに決めた。


今すぐに行動はできないが、落ち着いた時、外に修行に行こうと決めたのだ。


もちろん、浩也だけではなく、大人は特にそう感じていた。


「…こういうところは、源一とそっくりだ…」と一輝が笑みを浮かべて言うと、「…どうなることかと思ったわ…」と南は大いに眉を下げて言った。


ここは全員でジオラマを見入って、今日のこの日を忘れないと心に誓った。


そして忘れそうになっても、ジオラマは常にここにある。


そして、働きに出られる悪魔な子供たちも、春之介の許可を得て、星の復興に尽力したいと思い始めていた。


「素晴らしいお父さんだね」と爺や役の松崎苦楽が感情を込めて言うと、子供たちは満面の笑みを浮かべた。


そして誰もが春之介に礼を言い、抱きつき抱き上げられた。


しかし、十才以上の子供たちはそれは叶わず、頭をなでられるだけにとどまった。


さらに女性の場合は、ここは最低限のスキンシップとして握手を交わしあった。


そして大人の男性たちは、春之介と肩を組んで、大いに高揚感を上げている。


まさに大きな家族が、さらに巨大になった瞬間だった。


また誰かが春之介を怒らせるだろう。


だがまた今日と同じことをするだけだと、春之介は思って、清々しい気持ちで、清々しい青空を見上げた。


「…こら、春之介、俺たちのは?!」と一輝が叫ぶと、「まだ家族じゃないから」と春之介はさも当然のように言ったが、「だったら、これはどういうことだ?!」と一輝は大いに憤慨して、一輝の手下の獣人たちのジオラマに指をさした。


「動物と獣人は、ここに来た時点で家族」


まさに春之介独自の家族の在り方だったことに、一輝は大いにうなだれた。


よって、友梨香のフィギュアはあるが、杏奈と亜希子のものはない。


杏奈と亜希子は大いに眉を下げていて、友梨香は、「…動物でよかったぁー…」と感慨深げにつぶやいた。


しかし、ジオラマにあるのはカラフルな怪鳥のフィギュアで、人間の方の友梨香を認めていないと取れなくもないが、蒸し返すと面倒だと思ったので、杏奈と亜希子は何も言わなかった。


「…それに…

 神たちのものは明らかに凝ってる…」


一輝はそれほど声を張らずに言って、二パターンある、春之介と天照大神たち神がいるジオラマを見入った。


「真の家族ぅ~♪」と天照大神は陽気に歌いながら言って、仲間の神たちとともに陽気にジオラマを見入っている。


天照たち神は春之介の実の子供や孫であるので、一番近い家族だ。



「…大昔は尖ってたって聞いてたけど、まさにその通りだったわ…」と魔王女は大いに眉を下げてつぶやいた。


「僕たちはさらに叱られなきゃ、

 大人になんかなれないよ」


努の言葉に、「叱られたくはないけど、今はあまり考えない方がいいと思う」と鎌足が言った。


「そうだね。

 きっとぎくしゃくしちゃう。

 それに、本気で叱ってくれる親なんて、

 もうどこにもいないと思う」


真司の言葉に、「…うちもそうだったわぁー…」と魔王女は言って眉を下げた。


「…うちは、時々兄ちゃんに叱られた…

 遊び過ぎじゃないのかって…」


努の言葉に、「…一度、成績落ちたことがあったから…」と魔王女は嘆くように言ってから早苗に戻った。


「…うん、多分そう…

 だから試験の少し前には必ず言われた…

 でもそのたびにしっかりと勉強したから、

 ずっと、注意を促してくれてたって、

 すっごく感謝してるんだ」


「…さすがお兄様…」と早苗は言って眉を下げた。


「あの春咲高校の首席だもん…

 威厳っていうやつがあるさ…」


鎌足は言って大いに眉を下げた。


「…ボクは、どう変わるんだろうなぁー…」と努は笑みを浮かべて言った。


「あ、努は」と早苗はここまで言って、すぐに手のひらで口を押さえた。


「今のままって答えが怖いから、

 教えてくれなくていいよ…」


努は大いに眉を下げて言った。


「…うふふ…」と美佐が意味ありげに笑うと、努はさらに考え始めたが、この感情に打ち勝つことを修行に決めた。


「魔王女様の僕だもの。

 何もないわけないわ」


美佐の陽気な言葉に、「自信をもって修行に励もう!」と鎌足が明るく言うと、仲間たちが一斉に、「お―――っ!」と陽気に叫んで愉快そうに笑いあった。


「…美佐ちゃんのように言えなかったことが悔しいわ…」と早苗は大いに眉を下げて嘆いてからうなだれた。



部隊としては元の鞘に戻ったが、自由時間は早苗たちに寄り添うことに春子たちは決めたようだ。


ここはごく普通に遊び相手として一緒に過ごしたい意思を向けている。


早苗は何も指摘することなく朗らかに話をする。


美佐、春子、ベティーがいることで、もちろんミーニャも仲間になるのだが、困ったのは翔春だ。


さすがに天使のコロニーからひとりだけ抜けるわけにもいかないので、翔春に合わせて天使全員が早苗に寄り添った。


午後はほぼ修練の時間なので、天使たちにもいい修行になっているようだ。


今までは気が向けば肉体的鍛錬に付き合う程度だったが、今回は自分たちの体も鍛えながら、早苗たちに笑みを向けて癒す。


よって夕食の時間まで、今までの数倍以上の鍛錬を余裕で積めていた。


誰も全く気付かなかったのだが、もちろん春之介と優夏は気付いている。


口出しする必要はないので、意識させないように何も言わないことにした。


よってわずか5日で、簡単な依頼を10件ほど受けられるようになっていた。


早苗は側近たちと十分に話し合ってから、休み明けに昇級試験を受けることに決めた。


昼食前に早苗が春之介にその意思を伝えると、「早かったね。その予定でいいよ」と春之介は笑みを浮かべて気さくに答えたので、早苗はほっと胸をなでおろしていた。


三つ目の部隊はまだまだ修行中で、最短でもあと三週間ほどはかかりそうだった。


しかしここは実地研修として、正規部隊とお子様部隊に分けて同行させることに決めた。


そうした方が、実際の職場をよく知ることができるし、星が違えば何もかも違いうことがよく理解できるのだ。


明日は完全休養日で、明後日は野球の試合があるのだが、その翌日に、アニマール・フロム・アニマールのコンサートを行うことに決まっていた。


よって今回は新曲を5曲加えて、18曲を歌って踊る、かなりハードなコンサートとなる。


そして演奏はプロと子供たちが行うので、さらに壮大なスケールのコンサートとなる。


ちなみに楽曲は基本的には優夏の作詞作曲で、編曲は真由夏が中心となって大人数でやっている。


楽器の演奏などはコンピュータ入力によりものだが、今回は実際の楽器で行うので、編曲者の真由夏たちは大いに胸を躍らせて期待している。


もちろんその練習も日々行っているので、心配するべきことは何もない。


逆にプロのバンドマンが大いに恐縮していた。


ロックバンドグループをオーケストラが囲むことになるので、「どこにもないライブだっ!!」と大いに気合が入っている。


「…入場料は野球と同じで、一万アニマらしい…

 チケットは全部売れたから、

 100万枚売り切ったそうだ。

 年間の国家予算ほどの収益だよね…」


春之介が眉を下げて言うと、「…あら、そうなの…」と優夏は心ここにあらずで、自然に体が動いていた。


今回は練習性も舞台に上がってバックダンサーとして踊るので、総勢30名に大いに気合が入っている。


「…野球の試合、やめとく?」と春之介が聞くと、「…うー…」と優夏は頭を抱え込み始めた。


「悩むのならやめておいた方がいい。

 コンサートに全力を注いだ方が、

 子供たちも喜ぶから」


「うん! そうするのっ!」と優夏は胸を張って言って、メンバーを全員招集して、特訓を開始した。


「…大いに戦力ダウンです…」と浩也は大いに眉を下げて言った。


もちろん優夏だけではなく、優夏の側近たちも抜けるからだ。


しかし、春之介は余裕の笑みを浮かべていた。


「悪魔な子供たちを全員出すから」と春之介が言うと、「…逆に楽ができそうです…」と浩也は言って満面の笑みを浮かべた。


そしてあとが面倒なので、この事実を春菜に伝えると、ドズ星の助っ人を断って戻ってきた。


さすがに優夏が抜けるとなると、ジュレもそれほど渋ることはなかった。


対戦相手がゼルタウロス軍ではないので、これも幸いしていた。


早速、春之介たちは少人数同士の練習試合を行って、誰もがヘロヘロになっていたが、満面の笑みを浮かべてグランドに寝転んでいた。



春之介が出場選手の変更をした途端に、源一と花蓮がやってきた。


そして、死闘のようなアイドルたちのレッスンを見て納得できたようだ。


「そろそろ休憩しろよ!」と春之介が叫ぶと、「はぁーい!!」と優夏が陽気に答えた瞬間に、メンバーと練習生たちは地面に倒れて荒い呼吸をしていた。


「さすがの優夏も、今回は両方は無理なようでしたので。

 きっと、リハーサル代わりに、

 全ての予定が終わってからステージに立つと思いますよ」


「やるだろうね」と源一が答えて少し笑った。


「…実はな… 少々困った人が復活してしまってね…

 今までほぼ生ける屍だったのだが…」


今の春之介に思い当たることは、キューブリックエンジンだけだったので、思い浮かんだことを聞くと、まさにその通りで、そのエンジンを見せて欲しいと再三再四言ってくるそうだ。


「しかし、どういった経路で知ったのですか?」と春之介が素朴な質問をすると、「リミッターの件だけが漏洩していたから」と源一が眉を下げて言った。


すると春夏秋冬が大いに考え込んで、「…材料から逆算して…」とつぶやいて大いに苦笑いを浮かべた。


「なぜこのような高性能なリミッターが必要なのかっ!

 とんでもないエンジンを造り上げたはずだ!

 …ということらしい…」


源一の芝居かかったセリフに、「役者に復活してください」と春之介は言って大いに笑った。


「それほどにエキサイトしている人にはお見せできません。

 そして星にも招待しません。

 確実に不幸が訪れると思いますので」


「…そのまま伝えた…」と源一は眉を下げて言った。


さらに、「…結城さんが固めた…」と源一は言って苦笑いを浮かべた。


「個人の欲で面倒なことはして欲しくありませんので。

 では、その方に会いに行きましょう。

 その程度はしないと、納得しないと思います。

 春夏秋冬、完全防御」


春之介の言葉に、春夏秋冬はその体に防具を着こんで、外部からも内部からもリンクが取れないように変身した。


「おー! カッケッ!!」と源一は大いに喜んで、春夏秋冬を触りまくっている。


「…源一様も固めていいですか?」と春之介が眉を下げて言うと、「パートナーとして責任を果たすわ…」と花蓮は大いに眉を下げて言った。


ここは優夏も同行して、まだ名前のない松崎が住む星に飛んだ。



「穏やかそうな青年としか見えないところがミソのようですね」


春之介は言って、大いに眉を下げた。


「…真っ黒よ…」と優夏がため息交じりに言うと、誰もが大いに眉を下げた。


優夏に真っ黒と言われるほどに、マッドサイエンティストの細田仁衛門は病んでいるのだ。


「このままで」と源一は言って、この先、どうしようかと大いに考え始めた。


「すごいものを発明したそうだね」と松崎が春夏秋冬に聞くと、「いえ、発見です」と言い換えた。


「仕組みはピラミッドエンジンと何ら変わりません。

 そして、今のところはピラミッドエンジン以上のものは必要ありません。

 平和ではない現状の宇宙がさらに混乱しますので」


「それでも、見てみたいのです!」と細田が結界を叩きながら叫んだ。


「見れば触りたくなるのが人間です。

 今のあなたは本当に危険だ」


春夏秋冬の堂々とした言葉に、誰もが大いにうなづいている。


「おまえたち影を造ったのはこのボクだぞ!」と細田は当然の権利を主張してきた。


「残念だけど、ボクはすべて、源一様の技術で産まれてきたから。

 あんたに指図される覚えはないよ」


さすがに細田は言い返せなくなったようで、大いにうなだれたが、そう見せかけただけだ。


「人間に反抗するヒューマノイドなど消えてしまえ!!」と細田が叫んだ瞬間に、春夏秋冬に雷が落ちた。


「…な、ん、だとぉー…」と細田はぼう然として言った。


春夏秋冬は全くダメージを食らっていなかったからだ。


「春之介様の指導のもと、

 ボクにはどんな術も通用しない鎧を造り上げた。

 ボクが人間だったらあんたは殺人者だ!」


細田は力なくその場に崩れ落ちた。


結界の外に作用する術を放ったので、その代償は計り知れないほど大きなものだった。


そして殺人者のレッテルを張られ、精神的にもダメージを食らっていた。


細田の妻の岩戸理恵が大いに涙を流して春夏秋冬に謝った。


理恵は献身的に細田を支えてきたのだが、その想いはついに届かなかった。


「次は動物にでも転生してください。

 そうすれば、あなたはいい人として生まれてこられるでしょう。

 過ぎたる探求心は毒でしかないのですよ。

 聞いていたプロフィールと真逆のお方だった」


春之介の言葉に、理恵は春之介にも謝った。


「…分魂していた時の、一輝と同じだ…」と源次郎も大いに涙を流しながら言った。


細田のおかげで、今の源次郎があると言っていいほどの、長年の友人だったのだ。


「いえ、誰にでもあることだと思いますよ。

 自分自身を過大評価するとこうなって行くような気がしますね。

 ですから、孤独が一番の敵だと俺は思います。

 仲間がいても、表面的なつながりであれば、

 また悪い病気は出ることでしょう。

 一輝さんが少々怪しくなってきましたから。

 ですが、南さんが何があっても止めるでしょうね」


「別にいいの、放り出されるだけだから」と優夏はなんでもないことのように言った。


「ですが希望はあるのです」と言った春之介に、誰もが目を見張った。


「俺はもう少し賢くならないとな、と、

 自分の愚かさを認める一輝さんもいるのです。

 これは大きな希望だと俺は思っています」


「…あいつの口から出る言葉じゃない…」と源次郎は大いに苦笑いを浮かべて首を横に振った。


「一番親しい源次郎さんがそう思われたので、

 俺の希望は報われると思いたいですね。

 …ようやく素直になった…」


春之介の言葉に、「え?」と誰もが言って春之介を見てから、細田を見た。


細田は後悔の涙を流してうなだれていた。


「では、帰ります」と春之介は言って、優夏と春夏秋冬を連れて社に入って行った。



「…何やったら改心するのよぉー…」とアニマールに戻ってすぐに優夏がクレームがあるように聞いてきた。


「初心に誘っただけだよ。

 もちろん、あの星にいた魂たちにお願いしてね」


「…それ、私にやらないでね…」と優夏は大いに眉を下げて言った。


「離縁する時にやるから」と春之介は言って、優夏をやさしく抱き寄せた。


「…それでいいわ…」と優夏は笑みを浮かべて同意した。


「うー…」と春菜が大いにうなっていた。


さすがにお年頃の春菜も、恋人が欲しくなってきたようだ。


「焦ったら、いい人に巡り合えないぞ」


春之介の言葉に、「はぁーい…」と春菜は素直に答えて、今の寂しさを動物たちを抱きしめることで埋めた。


「あら?」と春菜は言って、大きな黒いネズミを見ると、大いに慌てて優夏に寄り添って行った。


「…魔力の雰囲気が… 悪魔の眷属…」と春菜は言って、まるで引き寄せられるように、ふらふらと優夏に向かって歩いて行った。


「あげないし貸さない!」と優夏が叫ぶと、春菜は大いにうなだれた。


そして、「…全部、優ちゃんが持っていっちゃうのね…」と春菜は悲しそうに言った。


「春之介! 代わりの子!」


「いないよ」と春之介は言って眉を下げた。


しかし、「杖のままの子がまだまだいるようだから、運が良ければ似たような子がいるかもね」と春之介が希望がある言葉を放つと、「…探してきてぇー…」と春菜は春之介に大いに甘えた。


するとガウルがネズミと話を始めて、「似たような子がいるらしいよ」というと、春菜は大いに陽気になって、ガウルを抱きしめた。


「じゃ、自分で探してきて」と春之介が大いにめんどくさそうに言うと、「…源一の星がパニックになっちゃうかもぉー…」などと言って、やんわりと春之介を脅し始めた。


「…嫌なこと言うね…

 そうならないように探してくるのが修行じゃないか…」


春之介の言葉に、誰もが大いにうなづいていた。


「ここはかわいい叔母さんのためと思って…」と春菜が言うと、春之介は少し笑った。


「なんだか変わったね。

 なんとなく、澄美様と話をしているように思った」


春之介の言葉に、優夏が超高速でうなづき始めた。


「…真似をすることも重要だって…

 そしてその神髄もきちんと理解すること」


成長を遂げている春菜の言葉に、「じゃあ行こうか」と春之介は笑みを浮かべて立ち上がった。


もちろん優夏も立ち上がって、春之介の右腕を抱きしめた。


「…イチャイチャすんなぁー…」と春菜がうなっると、誰もが春菜に味方になっていた。


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