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ミラクルマンダッシュ!  作者: 木下源影
17/25

学童教育中心の町づくり


     17


「穏やかな灘があってね。

 ここで、一般的な小型の魚たちや哺乳類たちが暮してるんだ」


ここから一番近い海を視察した利家が春之介に報告した。


この星の潮の満ち引きはなく、風が吹かないと波は立たない。


よって、巨大な湖に思えないこともない。


しかしそれはこの辺りだけで、別の場所に行けば水温の加減で海流が発生している場所もあるだろうと春之介は考えた。


獰猛な海洋生物は確かに多いのだが、その体が大きすぎて浅瀬にはやってこないので、穏やかな灘にいれば安全だということらしい。


しかし、ほかの海がこのような好条件ではないと春之介は感じて、まずは安全地帯を作ることに尽力しようと計画を立てた。


そして春之介は現地に行って、目的の動物を見つけた。


触れ合って大いに観察してよく理解できた。


まずは春子が巨大な緑竜に変身すると、その反応は早く、獰猛な生物も、そうでない生物も一斉にいなくなった。


特に弱い生物は、危険な場所から安全地帯の灘に逃げ込めたので、素晴らしいほどの安堵感に包まれたと春之介は感じた。


そして緑竜は500メートルほど海岸から離れて巨大翼を広げて、海底をさらうように陸地に向かって歩いてくる。


その光景はまるで怪獣映画そのものだった。


波打ち際から利家の細かい指示が飛び、緑竜はその通りに移動する。


わずか数回この作業を繰り返しただけで、比較的浅瀬の巨大な灘が完成して、利家とタレントは機嫌よく泳ぎ始めた。


春之介は目的の動物を創り出して、魂の定着を確認して、「しばらくは修行だ」と言って海に放した。


しかし、利家に懐いてしまったので、ミンククジラから離れなくなった。


すると、利家が人型に変身して春之介に走り寄ってくると、オットセイのような動物も利家のマネをして人型に変身した。


その姿は利家によく似ていたので、春之介は大いに眉を下げていた。


「いいのっ?!」と利家がいきなり言うと、「兄ちゃんにしたようだぞ」と春之介が言うと、「あはは… こんなことは初めてだ…」と利家は感慨深げに言って、生まれたばかりの幼児の頭をなでた。


「…ボクは嫌われた…」とタレントは言ってうなだれると、「怖くない人っていないよぉー…」と幼児は眉を下げて言った。


「話しかけられるんだから大丈夫だ!」と利家は陽気に言った。


すると幼児はオットセイの姿に戻って、『オウ! オウ!』と苦情があるように鳴いた。


「そう簡単には丘で暮らせないさ。

 しばらくは今の繰り返しだよ」


利家の言葉に、オットセイは大いにうなだれた。


町からこの海岸まではそれなりの距離があるので、ある程度整地などを施してから社を建てた。


地球の神のペンギン三頭が専属で面倒を見ることになったので、ペンギンたちもオットセイとコミュニケーションを取り始めた。


「…ここ… 今までで一番いいなぁー…」とタレントは笑みを浮かべて言った。


そして春之介を見上げて、「弱い生物はかなり少ないから狩りはしないよ」とタレントが言うと、「食事を運ばせるから」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「あの人たちすごいのに、なんだか悪いなぁー…」とタレントは眉を下げて神のペンギンたちを見ている。


「普通に仲間でいいさ」と春之介が気さくに言うと、タレントは納得したようで満面の笑みを浮かべて波打ち際に行って、海洋生物のダイゾになって泳ぎ始めた。


『怖い生物がいる!』と海洋生物の猛獣に察知されたようで、この海域は一般的で穏やかな海洋生物であふれるようになった。


しかし広いので、混雑はしていない。


ダイゾは、その大きな体を使って、浅い灘の拡張工事を始めた。


あとは好きにするだろうと思い、春之介たちは社を使って町に戻った。



春之介は今度は自分で食事を作って、うまそうにして握り飯を食い始めた。


優夏がひとつ手に取ってしげしげと見てからぱくりと口にして、さも幸せそうな顔をして、一瞬にして食べ尽くした。


「ほれでへんへんひひっ!」と優夏が叫ぶと、「なんだって?」と春之介は聞き直して少し笑った。


優夏はアイドル仲間を呼んで、みんなに握り飯を振舞うと、誰もが幸せそうな顔をした。


「これがアイドルの食事よ!」と優夏が胸を張って言うと、「…すっごくおいしい…」とフランシスが感動して言って、あっという間に握り飯を食べつくした。


春之介は眉を下げてまた握り飯を造って、さらには手でも食べやすいおかずも作って持ってきて、「はっ」と少し気合を入れた。


「あら… 春之介って、電子レンジみたいね…」と優夏は言ってから、暖められた握り飯とおかずをうまそうにして食らった。


またなくなってしまったので、また作って、今回は空腹感を満たされて、安堵の笑みを浮かべた。


「…あら、そういえば… どうしておやつ?」と優夏が今更ながらに聞くと、「オットセイを創ったから」と春之介がさも当然のように答えると、「…あの子、春之介の子だったんだぁー…」と感動したように言った。


どうやら元々海にいた生物と優夏は思っていたようだ。



「結局はひとりしか婿にやってないな…

 まあ、いないよりはかなりマシ…」


春之介は思って、まだいる魂たちの確認を始めた。


「…ここは花蓮様用に考えて生んだ方がいいかぁー…」と春之介は言って、この星でも珍しいハリネズミとスカンクのミックスのような動物を生んだ。


その耳に特徴があり、まるでコウモリのゼルダのように、大きくてとがっている。


「…あら、悪魔みたいだわ…」と優夏は言って笑みを浮かべて生まれたばかりの動物を見入った。


「だから、それほどやさしくないさ」と春之介が言うと、「ふーん…」と優夏は言ってから、「下手に攻撃すると反撃を食らうわよ」と穏やかに言うと、ハリネズミは苦笑いを浮かべるように表情を変えた。


「悪いヤツほど能力が高い典型だよ。

 これほどじゃないと、花蓮様に献上できないから」


「…この子が教育係…」と優夏は眉を下げて言った。


「優夏にも攻撃を仕掛けようと考えたほどだ。

 かなり気が強いけど、魂のままの時と何も変わっていない。

 だましだまされることは嫌うようだ。

 一番扱いづらいけど、花蓮様なら問題ない」


春之介の言葉に、優夏はハリネズミを抱いて、アニマールのメンバーを連れて、社に向かって歩いて行った。


食後なので、腹ごなしついでに、フリージアでコンサートでもするのだろうと、春之介は思って笑みを浮かべた。



春之介は空を見上げた。


そして、「ゼルダ、お前はコウモリなのに仲間がいそうにないな」と聞くと、「…ボクだけ特別だよ…」と言ってうなだれた。


「さらに、ペンギン以外鳥がいない。

 長距離を移動する必要がないから?」


「意識的にそう仕向けたんだ…

 検疫対策…」


あまりにも人間的考えだが、動物の本能ともいえるし、自然界の猛威を恐れてる意味もあると、春之介は納得してうなづた。


「今のところは、特別そうな病気は確認されてないし、

 病気にかかっていない動物が多い。

 少々過保護過ぎないか?

 もちろん、今を変えなきゃ、悲劇は起こらないけどな」


「ここには天使たちがいるから問題ないはずだよ。

 だけど未知の病気とかが蔓延した時は怖いね…」


「今の状態だと、未知の病気を持っているのは俺たちだ。

 別の星に行く時は天使を同行させよう。

 何があっても確実に役に立つし、

 魂たちにも徹底しておこう」


春之介の言葉に、「…よかったぁー…」とゼルダは言って、うまそうにして春之介特製の料理を食べ始めた。


この場から魂たちに調査してもらったが、どこも平和なようで、『かなり安全』という返答があった。


そして興味深い反応もあった。


「…人間のものらしき文明?」と春之介がつぶやくと、ゼルダがすぐに顔を上げた。


「なぜだか動物に戻ったんだ」と不思議そうに言った。


「人間にとって、少々厳しい星の環境があらわになったのかもな…

 俺はいいが、ほかの人間たちが動物になってしまうかもしれない…

 ま、それも修行…」


春之介の人間にとって厳しい言葉に、「大昔と同じで動じないね…」とゼルダは眉を下げて言った。


「能力者となれば揺るがないはずだ。

 そしてそれを取り入れると、今よりも成長を見込める。

 問題は子供たちで、なじみやすいはずだけど、

 その兆候はない。

 過去の人間たちはどれほどで変化したの?」


「往復一千万年」とゼルダが答えると、「常識的範疇だ」と春之介は笑みを浮かべてうなづいた。


「この星の食べ物のせいで変化が始まるかもしれない。

 未確認だった元素も8種類発見されてるからね。

 特に勇者たちはこれを大いに利用して、

 さらなる成長に励むと思う。

 とくに、コラーゲンに似ている元素は、大いに興味がある。

 水竜の水を飲んだ時のように、かなり強く柔らかい性質を持つ。

 人体にも問題なく吸収されて、軟骨などの一部になっている。

 みんなの成長が早いのも、この元素のおかげかもしれない。

 だからうかつに、試すように人をここに住まわすようなことはしないでおくよ」


「春之介はそんなことはしてない」とゼルダは言って、子供たちに顔を向けて笑みを浮かべた。


「ここで成長期を過ごした子供たちは、

 まさにミラクルマンになれるかもしれない」


「…なれると思う…」とゼルダは言って笑みを浮かべた。


「…鬼ごっこでよくわかるような気がするね…」と春之介はため息交じりに言った。


「…ボクも、頑張って…」とゼルダは言って笑みを浮かべると、「そうだな…」と春之介は言って、ゼルダの小さな頭をやさしくなでた。


「大昔のことだが、正体不明の小人に何度も会った。

 しかも、その体が意味不明だった」


春之介の言葉に、ゼルダは大いにうなだれた。


「…何度も笑われた…」とゼルダは社を見入っている。


すると、妙に陽気な優夏たちが帰ってきた。


ハリネズミがいないので、無事に誰かの仲間になったんだろうとほっと胸をなでおろした。


今日のところはふたりもいれば問題ないだろうと思い、春之介は優夏を呼んだ。


上機嫌で駆け寄ってきた優夏に、「ゼルダに何やったんだ?」と春之介が少しにらんで言うと、「…ど、どの件かしらぁー…」と言ったので、春之介は大いに笑った。


「…かなり、虐げられていたようだね…」と春之介は言ってゼルダの頭をまた優しくなでた。


「虐げてないもん!

 …でも… 今思うと、そうだったのかもなぁーって…」


優夏は大いに恥ずかしそうに言ってその身をねじった。


春之介は意識してゼルダを探ったが、術らしきものは何もない。


もちろん、魂たちにお願いして探ってもらったが、呪いの類もない。


「ゼルダも俺の生徒になる?

 少々回りくどいけど、

 普通に人型に変身できるようになると思う」


「ほんとにっ?!」とゼルダが目をキラキラ背せて春之介を見て叫ぶと、小動物が一斉にこの場から逃げ出した。


まさに、神の畏れをゼルダが放ったので、驚いて当然だった。


「変身はできる。

 ただ美的感覚が問題だ。

 人間受けする美的感覚を養えば、

 みんなともさらに仲良くなれるし、

 一緒に遊べるし、先生もできるはずだ」


「春之介先生、よろしくお願いします」とゼルダは恭しく言って頭を下げた。


「今は変身するなよ。

 第一印象は大切だ」


「…うっ! うん… わかった… わかりましたぁー…」とゼルダは言って落ち着きを取り戻していた。



「で? どうなったの?」と春之介が優夏に聞くと、「…素晴らしいコンサートだった…」と優夏は夢見心地で言った。


「そんなものは当然だよ…

 ハリネズミの件」


春之介が冷たく言うと、「花蓮があの子に頭を下げてたわよ。どうやらぎりぎり雇えるようになったみたい…」と優夏は眉を下げて答えた。


「面倒そうな主の方が働き甲斐もあるからね。

 たぶん、見限らないだろうから、

 万有様もここは一旦は安心されただろう」


「うん、すっごく感謝されたのは何とか思い出したわ…」と優夏は言った。


コンサートの印象が強烈だったので、薄れていても当然だった。


何しろ、千を超える天使たちの前でのコンサートなので、こことは規模がまるきり違う。


時間的にも一部の観光客も観覧できただろうと春之介は察した。


『春之介っ! 申し訳ないっ!!』と源一がいきなり謝って念話を送ってきた。


「グッズですか?」と春之介はここは察して言った。


『暴動が起きそうになってる…

 なんとか、天照たちが抑え込んでくれているんだが…』


確かに、神たちはほとんどいなくて、夏之介だけがアニマール一同を連れて帰ってきたようだ。


「どれほど必要です?」と春之介が聞くと、優夏たちはすぐさま厨房に入った。


もちろん、春之介のために食事を作るためだ。


春之介は念話を切って、山のようにグッズセットを噴出させると、アニマールのメンバーたちが持てるだけ持って社に駆け込んで行く。


「コンサートの模様の映像媒体も付けた方がいい」と春之介が言うと、「イカロス・キッド君たちがもう量産を始めてます」と春夏秋冬は答えた。


春之介は百万ほどのグッツセットを造り終えて、仲間たちに礼を言った。


袋詰めは子供たちも含めて家族全員で手伝ってもらったからだ。


もちろん能力者が大いに協力して、その能力をさらに上げて喜んでいる。


そして春之介はうまそうにして握り飯をほおばった。


優夏たちアニマールのメンバーたちは陽気に戻って来て、重そうにして純金のコインを次々にテーブルに置いた。


「山分けで」と春之介が言うと、優夏はコインを手早く分けて、家族たちに手渡し始めた。


「一枚でももらえて光栄だわぁー…」と尚は大いに嘆いて言った。


勇者たちは100枚ほどもらっていたので、ここは労働実績を十分に考えた分配だった。


もちろん子供たちもお駄賃をもらって大喜びしている。


「山分けでよかったのに…

 まあ、差をつけることが悪いとは思わないけどね…」


春之介は言って、目の前にあるどれほどあるのかわからないほどのコインの山を見入った。


もちろん、グッズの全てを創り上げたのは春之介なので当然の報酬だ。


「…持っていてもそれほど使わないのが実状…

 まあ、無駄遣いしてもいいことはないから、

 いざという時に使うか…」


この星の住人の数人は外から雇っているので、支払いはあるのだが、それほどの大金ではない。


よって、今までにフリージアで働いたほとんどの収入は手つかずに近い。


春之介はふと気づき、「欲しいものがある人!」と右手を上げて言うと、子供たちは一斉に手を上げた。


「…あることが、多少ショック…」と春之介が眉を下げて言うと、「…ひとりくらいはいるって思ったけど…」と優夏は嘆いて子供たちを見た。


「言っとくけどものだからね、おもちゃとか、そういったものだ」


春之介が重ねて聞くと、全員の手が下りたことに大いに眉を下げた。


「じゃあ、代表して、マカロン…」と春之介は一番手を上げるのが早く、一番手を下げるのが早かったマカロンに顔を向けて言った。


マカロンは平和資質の高い、かなりのいい子だ。


現在は8才で、子供たちの中でも年長のクラスにいる。


「…お店…」とマカロンが恥ずかしそうに言うと、「…そういうこと…」と春之介は言って何度もうなづいて納得した。


「…ああ、とんでもないことだったらどうしようかって思ったわぁー…」と優夏は笑みを浮かべて言って、ほっと胸をなでおろした。


「じゃあさ、どんなお店が欲しいのか、一斉に叫んでくれ」と春之介が自信満々に言うと、子供たちはそれぞれが欲しい店などを叫んだ。


春夏秋冬がその一覧を映像として宙に浮かべて、「ここに出ている以外にはないの?」と春之介が聞くと、「春夏秋冬君、すごいぃー…」と子供たちは誰もが春夏秋冬に羨望の眼差しを向けた。


「…春之介が聞き取るのかって思ってた…」と麒琉刀が小さな声で言うと、春之介はリストを見上げて、「聞き取れたのは半分だね…」と眉を下げて言った。


「その理由は、小さな声で言った子もいたからですね?」と浩也が聞くと、「さすがに聞き取れなかった」と言って、『ランジェリー』と書いてある項目に指をさした。


大人たちは誰もが納得して笑みを浮かべている。


「さて… みんなはお金持ちになった。

 その純金の硬貨一枚は日本円で約10万円。

 アメリカドルで、950ドル。

 ユーロで900ユーロほどだ。

 まずは、このアニマールの通貨でも作ろうか。

 この金貨一枚、十万アニマ。

 着せ替え人形セットが5800アニマだ」


春之介は言って、このアニマールの通貨見本を一瞬にして出した。


全てが硬貨で、ほぼ、金の相場に合わせて等価の価値がある。


一番大きい一万アニマは、アニマール歴一年と刻まれていて、ゼルダの顔などが浮き彫りにしてある。


「文明文化のあるほかの星に行って売っても、

 同じほどの貴金属的価値はあるから。

 もし迷子になってもおカネさえ持っていればそれほど困らない」


春之介の言葉に、誰もが大いに眉を下げて、首を横に振った。


できればどこかの星で迷子にはなりたくないようだ。


「さて…

 まずはどこか大手のコンビニでも誘致しようか…

 食べ物としては駄菓子…」


どうやらこういった子供らしいものにおカネを使いたいようで、まさに子供らしい本来の希望だった。


春之介は天照大神たち神と相談して、地球に向けて小売業代理店の出店の依頼を出した。


すると地球では大騒ぎになり、もちろん、八丁畷一族と浅草一族も大いに興味を持って、すぐさまプレゼンテーション用の資料などの収集を始めた。


「申し訳ないが、それなり以上に時間がかかるから許してほしい」と春之介が言って頭を下げると、子供たちは大いに恐縮していた。


世間の仕組みを大いに思い知ったといったところだ。


何かが欲しいと言って、すぐにできないこともあると、小さい子たちも比較的納得していた。


しかし要望の多かった駄菓子については、天照大神が地球中を回って仕入れて来て、神たちのおごりで子供たちに配ろうとしたが、ここは店を出して、子供たちを大いに陽気にさせた。


子供たちの中では、駄菓子であっても高根の花だった子もいて、半べそをかきながら食べている子もいる。


「…この子たち全員、大人になったら同じことをするわ…」と優夏は笑みを浮かべて涙を流して号泣している。


そして次々と春之介に寄り添ってきて、「ミダグルダン、あでぃがど…」などと大いに泣きながら礼を言ってまた駄菓子屋に行く。


優夏は大いに感動して泣いている。


一方の春菜は、さすがにお嬢様で、優夏がこれほどに泣く理由を知りたかった。


しかしここは重い腰を上げて、素直になって優夏に聞くと、「…金貨100枚ぃー…」と言って手を出したので、春之介は腹を抱えて笑った。


「…百枚も出しちゃったら半分になっちゃうじゃない…」


などと苦情を言っていたが、優夏の手のひらに100枚の金貨を乗せた。


そして優夏は念話で詳細に春菜に伝えた。


「…積み上げがないと…

 それに、花蓮も…」


春菜は大いに思い知ってうなだれた。


「お嬢様気質の高い春ちゃんには厳しい修行だわ…

 やりたくないだろうけど、

 ここは食うや食わずの生活をした方がいいのかも…

 だけど今は、食べなくても生きて行けちゃうから、

 かなり厳しい修行になるわ…

 追加10枚…」


優夏の言葉に、春菜は渋々金貨10枚を出して、大いに眉を下げて優夏に渡した。


「…どんどん貧乏になっていく…

 なんとなくだけど、

 一般庶民の気持ちがわかりかけてるような気がするぅー…」


「それはあるね。

 限りある資産から何とか捻出して生活することが普通だから。

 今の春菜はまさにその状態だからね。

 疑似的でも経験できて何よりだ。

 追加二枚」


春之介が手を出すと、「…二枚でも、かなりの痛手だわぁー…」と春菜は大いに嘆いて春之介に金貨二枚を手渡した。


「…指導料として金貨を奪い取る…」と真奈が嘆くように言うと、「今は春菜の修行だから…」と春之介は眉を下げて答えた。


「だけどもし、過分なほどの修行の場合は、

 金貨をもらってもいいかもね。

 その時はきちんと伝えるから」


春之介は言って、金貨二枚を春菜に返すと、優夏はかなり顔をしかめて、追加で手にした金貨10枚を返した。


「…ああ、戻ってきてくれてありがとう…」と春菜は金貨に礼を言って、異空間ポケットに戻した。


すると子供たちがそろって春菜に金貨を差し出してきたので、ここは春菜は大いに胸を張って、子供たちを説得するようにして手を引かせた。


「…いい子ばかりだわぁ―――っ!!」と優夏は叫んで号泣して子供たちを抱きしめて回った。


「…子供たちのために、意地汚い心も抑えなきゃ…」と春菜は言って、さらに考え始めた。


そして子供たちを見て、個別にインタビューを始めた。


「なかなかの第一歩だ」と春之介は笑みを浮かべて言うと、「…遅いほどよぉー…」と優夏はまだ泣きながら悪態をついた。


「…ここは春ちゃんを見習わないと…」と尚は言って、真奈とともに春菜のマネを始めた。


子供たちにとっては辛い過去だが、今は幸せだ。


よって子供たちは笑みを浮かべて話をするのだが、聞く方はそうはいかない。


まさに同情心と憐みと目の前にいる子の立場に立って涙を流して、子供たちを抱きしめた。


子供たちと大人たちのこのコミュニケーションは就寝時まで続いた。



「…今回は何だろうかなぁー…」


春之介は夢見にいる。


今回は妙に平和に感じるが、大地が妙だと感じた。


ごく普通に惑星だと思っていたのだが、地中を探るとここは星の上ではなかった。


だが、広大な土地があり緑があり、もちろん大気もある。


「…どうやって造ったんだ…」と春之介が大いに嘆くと、「どこにもリンクが取れません」と春夏秋冬が報告した。


まさに見た目通りの田舎の景色でしかない。


「電気は使っているようだ。

 だが、コンピューター機器はない。

 植物もあり虫もいるし動物もいる。

 だが、人間はいないけど…」


春之介はゼルタウロスに変身して、10メートルほど宙に浮かんだ。


まさに普通の星と同じで地平線が湾曲して見えるので、巨大な星を造り上げたものだと関心すらしている。


そして協力者の魂を探ったのだが、落ち着かないようで、要領を得ない。


よって動物の魂だけを選んで話を聞いた。


「…すごいことだ…」とゼルタウロスはつぶやいて宙に浮くと、確かに勝手に大地が移動している確認ができた。


この星は宇宙を旅する星なのだ。


よって夢見で用があったのは生物ではなく、この星ということになる。


ゼルタウロスはまた地面に戻って、春之介に戻ってから、この星の仕組みを詳細に探った。


「…信じられません…

 ピラミッドエンジンよりも高性能で、

 この星は生きていると言っていいほど成長しているようです…」


春夏秋冬は嘆くように言った。


「コンピューターはすべてオフラインで、外部との接触はできない。

 電源も別になっているようだね。

 無謀な諜報作業はやめておくか…

 問題は、ここに飛ばされたことはわかるが、

 何か不幸でもあるんだろうか…

 例えば、どこかの星と激突してしまう、とか…」


「夜の場所に行きませんか?

 天体観測をすれば、よくわかるように思うのです」


春夏秋冬の進言に、春之介はすぐに賛成して、傾いている太陽に向かって飛んだ。


ほんの数分で辺りは暗くなり、所々に生活の明かりが見える。


そして、空を見上げると、星がゆっくりと流れるように移動しているのだ。


「肉眼でも十分にわかる…

 この星は飛んでいる…

 根と詰めると、オーバーヒートするぞ」


春之介の忠告に、「記録だけに切り替えました」と春夏秋冬はすぐに答えた。


「もし、都合よく安全な軌道上を回っているとしても、

 宇宙はその時々で表情を変えます。

 消える星もあれば、生まれる星もある…」


「ああ、それはある。

 超新星爆発でもあったら、

 たちまちこの星の軌道は変わってしまう…

 そうならないように軌道修正できる仕組みには違いなさそうだけど…

 きっと、問題があるはずだ…

 たとえば、急ブレーキやいきなりの進路変更…」


春之介の言葉に、「とんでもない重力がかかった時点で、生物はおろか、ロボットも生きてはいません」と春夏秋冬は答えた。


「その形跡はなさそうだったけど…

 しばらくは降りて、魂たちと話をするよ。

 いつもとは違って、この星は居心地が悪いらしくてね」


「ボクも、これほどの恐怖があることを初めて知ったように思います…」


春之介は地面に降りて、まずは魂たちを落ち着かせることから始めた。


そして春之介は、ここから抜け出さない理由を魂たちに聞くと、半数ほどの魂が宇宙に旅立って行った。


もう半数は、どうしても生物として生を受けたいようだ。


しかし、星の生物はそれほど生息していない。


人間が十万人ほどで、動物がその百倍ほど、昆虫がその百倍なので、生を受けるとすれば、昆虫に転生する可能性が高い。


春之介は魂たちに、近くにいる人間の思考などを探ってもらった。


サンプルとして、この近くにいる共同生活者5名の思考だが、どこにでもある一般的なものだった。


そして、テレビやラジオなどはなく、外の情報を知る手立てはない。


知り合いの人間はかなり遠くに住んでいて、会いに行く時は手紙を鳥に運ばせるように訓練しているようだ。


それがほかの家との唯一の連絡手段だ。


よって食べるものは愚か、紙や筆記道具もすべて手作りだ。


そして店のようなものはどこにもないし、王が住んでいる城のようなものもない。


ここにあるのは、不思議な穏やかな平和だけだった。


この星が宇宙を飛ぶ凶器ということ以外は、平和しかこの星にはない。


そしてさらに分かったことがある。


この星に住んでいる人間たちは別の星に住んでいた。


子供以外の大人は別の星で産まれていることは確実だった。


よって、条件があり、この星に住まわせてもらっていると考えることができる。


感情は穏やかそのものなので、まさに次代の子供たちのためだけにこの楽園を望み、大いに気に入っているようなのだ。



ふと気づくと、春之介は寝室の天井を見上げていた。


「…さすがに8時間程度では解決できなかったか…」と春之介は少し嘆いた。


「…一致する宇宙が判明しました…」と春夏秋冬は言って、宇宙地図を出した。


「現在判明している全体のほぼど真ん中の大宇宙…

 ここからはかなり離れてるね…

 星の復興などは終わっている大宇宙だけど、

 この事実を確認できていなかったようだ」


「死の星が多い星域のようですので、

 少々危険だと感じます。

 いつ超新星爆発があってもおかしくないと判断します」


「移動速度は判断できる?」


「秒速36万キロですので、

 現在使っている宇宙船であれば、簡単に追いつけます。

 軌道も判明しましたので、いつでも行けます」


「…朝っぱらから会議?」と優夏が寝ぼけ眼で聞いてきた。


「少々面倒な事態になってね。

 ロストソウル軍が見逃していた少々危険な星が判明したんだ。

 それはそれは平和な星で、

 大自然の中のオアシスのような人工の星だ」


「…そんなの、危ないだけじゃない…」と優夏はぱっちりと目覚めて眉を下げて言った。


「造った人はそう思わなかったんだろう。

 まさに究極の楽園だと。

 そして、選ばれた人を招待して住まわせているけど、

 そこに招待した人が判明しないんだ。

 ほかの星に住んでるんじゃないのかなぁー…」


「…ほらぁー… 危険なことがわかってるんじゃない…」


「いい人を探す旅に出ているんじゃない?

 まさに、ノアの箱舟…

 パンドラなんて、今日はひと言も話さなかった」


優夏の胸にしがみついて眠っているパンドラを見て言った。


「…こら、金貨取るわよ…」と優夏が言うと、春之介はくすくすと笑った。


そしてパンドラは眠そうにして目をこすりながら、「…おはよ…」と言って大あくびをした。


「パンドラは何か感じなかった?」と春之介が聞くと、「…怖かった…」と言って背筋を震わせた。


「だからなにも話さなかったわけだ…」


「頭を抱えてうずくまってた…

 春之介様と出会った時と同じほど怖い星…」


やはり敏感な者は正しい判断をしていると感じて、源一に知らせることに決めた。


源一はすぐさま機動部隊を携えて、目的の人工惑星に飛んだ。


目的の星はすぐに見つかったが、今は危機がないとして、監視用の小さな無人の偵察艇を配備して、フリージアに戻った。


報告を聞いた春之介は一旦は胸をなでおろした。


しかし源一も大いに不思議がって、星を造った者に大いに興味が沸いていた。


もちろん、それなり以上の科学力を持っていると確信していたからだ。


そして星にはその痕跡がまるで見えないことが、平和の条件だと察している。


よって源一が目をつけたのは発電施設だ。


全ては太陽光パネルとバッテリーで賄われていて、一番条件のいい場所に設置されていて、家にも非常用のものと発電機もある。


かといって、電気だけに頼っているわけではなく、炭焼き小屋などもあり、直火で調理などもできるようになっていた。


数日間は何事もなく過ぎて行ったのだが、ある日、宇宙を周回する星に宇宙船が下り立ったことを確認して、源一と春之介の部隊が星を訪れた。


「…はあ、そういうこと…」と源一は言って、少し驚いた顔をして源一たちを見ている男性を見た。


「やあ、お邪魔します」と源一が言うと、「ここに住みませんか? いえ、住んでいただきたい!」と男性は高揚感を上げるように叫んだ。


「不幸な星が多いのでね。

 その星々をできれば平和にする仕事に尽力しています」


男性は眉を下げて、「…ロストソウル軍のお方ですか…」とうなだれて言った。


「いえ、私は万有源一。

 フリージア王です」


「王自らがっ?!」と男性は叫んですぐさま頭を下げた。


「この星は最近完成したようですね。

 起動したのはほんの数年前」


「はい。

 5年と300日目です」


「この星系の軌道を計算しつくして作られている。

 そして、太陽も同じように移動して飛んでいる。

 ですが、それほど安全とはいいがたいんですが…」


源一が眉を下げて説明すると、「…唯一の誤算は、宇宙は生きているということですなぁー…」と男性は言ってうなだれた。


「条件がいい太陽の軌道に乗せた方がいいと思います。

 もちろん、星の安全はフリージア王国が保証します。

 遅くても50万年後には、少々惨事が起きそうですので」


「…死の星域が蘇りますか…」と男性は言ってさらにうなだれた。


「いつまでも放っておかないのが自然界ですので。

 条件が合えば、

 今すぐにでも超新星爆発やブラックホールが発生してもおかしくありませんので」


「その条件がお分かりなのですか?!」と男性は大いに興味を持って聞いた。


「平和のためにお話しできません。

 知ったとしても、普通の人間ではどうしようもないのです。

 あなたのようなロボットでも同じです」


源一の言葉に、ロボットの男性は大いにうなだれた。


「神でも、ハイレベルな者でしかその事実を確認することができませんので。

 安全な星域はいくつもありますし、

 そのシミュレートはもう終えています。

 お好きな場所を選んでください」


「はい… 我が王…」とロボットの男性は言って、深々と頭を下げてから、イカロス・キッドと話を始めた。


この星のアクセス方法はまさにアナログで、深い森の中の地中に接続装置があり、ロボットの男性とリンクした。


そして星は計算通りの航路を取って、一番条件がいい太陽の軌道に入って停止した。


この人工惑星は自然な自転を始めて、計算上では最高に安定した軌道をとることになった。


「黒い扉よりも社がいいな」と源一は辺りを見回しながら言った。


「そうしましょう」と春之介は笑みを浮かべて言って社を建てると、ロボットの男性は腰を抜かすほど驚いている。


「この社がある場所なら、いろんな星に行けますよ。

 もちろん、許可制ですけど」


「フリージア星にお供したいです」と男性は言って、源一に頭を下げた。


「それでもいですよ。

 気に入った人がいれば、

 この星に住まわせてやってください」


源一が言うと、男性はすぐさま春之介を見た。


「俺の住む星はありますので。

 この星よりも人口は少ないですし」


春之介の言葉に、「…うまくいかなものです…」と男性は言ってうなだれた。


「人口の多い星で、それなりに平和な人もいますから。

 それほど落ち込むことはありません」


源一が励ますと、「はい、王よ」と男性は胸を張って言って、希望を持ったような笑みを浮かべた。



春之介たちは数カ所の星の復興を終えてアニマールに戻ると、宇宙船を降りてきた一輝が何やら考え込んでいて春之介を見ている。


思い出そうとしているが思い出せないようで、一輝は春之介に向かって歩いてきて、「言わなきゃいけないことがあったはずなんだが…」とつぶやいた。


「思い当たるのは、俺の過去の名前の、ゼルダ・ミストガン」と春之介が答えると、「そうだっ! それだっ!」と一輝は陽気に叫んで、春之介に握手を求めた。


「実はな」と一輝は意味ありげににやりと笑った。


「驚かせてほしいものですね」と春之介は陽気に言った。


「源一のように、先々言わないところが気に入ったっ!」と一輝は陽気に叫んだ。


「私たちの知り合いにミストガンがいるわけね?」と優夏が言うと、「そういうこと!」と一輝は胸を張って叫んだ。


「源次郎様の本当の姓はミストガン…」と春之介が勘で言うと、「…やっぱつまらんやつ…」と一輝は言って顔をしかめた。


「ヒント与え過ぎよ…

 春之介じゃなくても見当ついた人は大勢いるわよ」


優夏は言って浩也を見た。


「一輝さんの一番の友人ですから、

 その可能性は大いにありましたね」


浩也の言葉に、「…俺は、もう少し賢くならないとな…」と一輝は言ってうなだれた。


「ほかにもまだあるんじゃないんですか?

 源次郎様の家族、とか…」


「あっ! そうだそうだ!」と一輝は言ってから、「急いだ方がいいかもしれない…」と一輝は真剣な眼をして言って春之介を見て、事情を話した。


一輝の話に出た、クラーク・元気・ミストガンに、春之介と優夏のふたりで会いに行くことに決めた。


「クラーク…

 よくある名前だけど、お勉強した中に出てきたな…」


春之介は言って辺りを見回して、「あ、いた」と言って、赤ん坊のひとりを見入った。


「御座成功太の関係者に、クラークが二人出てくる」


「なんだとぉ―――っ?!」と一輝は大いに驚いてから冷静になって、「…俺が驚かされた…」と言ってうなだれた。


「ひとりは功太にとって悪人で、ひとりは功太の師匠」


春之介の言葉に、「…極端だな…」と一輝は言って眉を下げた。


「行こうかと思いましたが、源次郎さんに確認してもらってください。

 へそを曲げられるのも嫌なので」


「…その方がいいか…」と一輝は言って素早く頭を下げてから、南とともにその姿は消えた。


「…まだあるんだよ…」と春之介がつぶやくと、「クラークじゃなくて苦楽ね?」と優夏が聞いた。


源次郎はミドルネームを持っていて、今の本当の名前は皇・苦楽・源次郎だ。


さらに苦楽があと二人いる。


ひとりは元大宇宙の管理者の苦楽。


もちろん、凄腕の能力者で、統括地の創造神を管理していた者だ。


もうひとりは松崎拓生の父の松崎苦楽。


松崎苦楽は神として覚醒を終えている。


苦楽は出しゃばることなく、息子拓生のサポートに徹している。


「この中に、功太の爺やになる人いがいるんじゃないのかなぁー…」と春之介が何かの予感を受けて言うと、「必要ないように思うけど…」と優夏は眉を下げて、仲睦まじい桜良とレスターを見た。


「もちろん、功太のためだけじゃないさ。

 俺たちがいないと、男性はほんの数人しかここに残らない。

 ここに爺やがいてもいいと思ったからね」


「…それはそうね…

 男の子は寂しいかも…」


優夏は言って納得してた。


するともう一輝と南が帰ってきた。


「早かったね。

 一体なにがあったの?」


春之介が不思議そうに聞くと、「すべてを見破られたんだよ、まさかだった…」と一輝は悔しそうに言った。


「へそを曲げた…

 一輝さんたちをよこした黒幕を連れてこい…」


春之介のつぶやきに、「…大正解…」と一輝は眉を下げて言った。


「源次郎さんが黙ってないでしょ?」


「クラークのヤツ、帰れの一点張りだったから、

 ここは引こうと思って、源次郎の奴も引っ張ってあの星に返してきた」


一輝は苦笑いを浮かべて言った。


「俺たちのことはそれほど知らないと思うんだけど…

 …ああ、澄美さんから聞いたのか…

 若い気前のいいボンボンがいる、とか…」


春之介のつぶやきに、「…まあ、とんでもないボンボンだけどな…」と一輝は言ってにやりと笑った。


「じゃあ、それほど先入観を持たずに行きましょう」


春之介の言葉に、一輝は春之介と優夏の肩を掴んで、南とともに、クラーク・ミストガンの魂に飛んだ。



そこは消毒液臭かった。


クラーク・ミストガンは死の淵にいたのだ。


「話ができる猶予を」と言って春之介はこの辺りにいた魂たちにお願いした。


クラークはみるみる顔色を生命力に満たして行った。


そして酸素吸入器を外してから、徐にリモコンを手に取って、ベッドの稼動機能を使って上半身だけを持ち上げた。


「…勇者の術ではない…

 いや、術は何も放っていない…」


クラークは目を見開いて言って、春之介を見入った。


「お願いすると、ほとんどのことが叶いますので」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「便利で何より」とクラークは言って、ひとつ咳をした。


声を放つのは久しぶりだったので、少々むせただけだ。


「源次郎様でもできたはずですが、拒否されたのですか?」


「俺は、勇者として転生したいからな」とクラークは堂々と言った。


しかしその体はやせ細った老人でしかない。


源次郎よりも三才年上なので、70に近いはずだ。


「ですが、十数年前までのことは夢だったと諦めてください」


春之介の言葉に、「もちろんそう思おうとした」とクラークは諦めきれないのか、春之介をにらんだ。


「…澄美と大樹だけは勇者となった…

 …俺だって…

 それに、一輝は反則だ!

 この裏切り者!!」


クラークは大いに叫んだので、今度は盛大にせき込んだ。


―― 急ぐ必要がある… ―― と春之介は真剣な眼をした。


「面白い話はありませんか?」と春之介が聞くと、優夏も一輝も目を見開いた。


落ち着きを取り戻したクラークは、「…ああ、ある…」と小さな声で答えた。


「…俺は、何もない、黒い空間を飛んで、星を創っていた…

 俺はそれだ好きだった…

 その上の仕事の話もあったんだが、俺は拒んで、星創りを楽しんでいた。

 何がどう楽しいのか、全く理解できなかったが、

 思い出すと楽しいと思ってしまうんだ…」


クラークは穏やかな笑みを浮かべて語った。


「それはすべて事実です」と春之介が言った途端、クラークは笑みを浮かべて力なく横たわった。


「…死んじゃったわよぉー…」と優夏が悲壮感をあらわにしてつぶやいた。


「…ああ、今世は終わった…

 だが、すぐに来世がやってくる…」


春之介が言ったとたんに、クラークの体が信じられないほど逞しくなり、上半身の衣服がはじけ飛んだ。


そして、ゆっくりと目を開いて、「…いやぁー… まさかだったなぁー…」と逞しいが少年のようなクラーク・ミストガンが言って、ゆっくりと体を起こした。


「あー… 目もよく見えるよぉー…

 八丁畷春之介君、会いたかったよ」


春之介はおもむろに右腕を差し出して、クラークと握手を交わした。


「…力が出ないと思ったら、腹が減ってる…」とクラークが言うと、春之介は非常食をわんさかと出すと、礼もそこそこに大いに食った。


「…勇者に転生しやがったかぁー…」と一輝が悔しそうに言うと、「あんたよりも優秀でよかった」とクラークは憎まれ口をたたいた。


「できれば、源次郎様の手助けをしてもらいたいのです」


春之介の言葉に、「いくら恩人でも、その言葉には従えないから」とクラークは言って、もりもりと食べている。


「俺は、八丁畷春之介の家来になりたい。

 おっと、言ってしまったけど、

 源次郎につけって命令されそうだぁー…」


クラークの言葉に、優夏が腹を抱えて笑った。


「望まない無碍な命令はしません。

 俺の希望を言ったまでです。

 勇者は誰もが自由です。

 好きに過ごしていただいて構いませんので」


「…助かったぁー…」とクラークは陽気に言って、食べ物をすべて平らげた。


「…実はね、問題が少々あるんだよね…」とクラークが小声で言うと、「ご家族ですね?」と春之介が聞くと、「うん、そう…」と答えて眉を下げた。


「それをすべてクリアできたら、来てくださって結構ですよ。

 仕事はいくらでもありますので」


「…うう… さすがに、家族の説得までは甘えられないかぁー…」とクラークは言ってうなだれた。


すると、クラークの家族のひとりで、妻の美都子が部屋に入って来て、クラークを見て目を見開いた。


そして、「あんただけ若返ってんじゃないわよ!」と叫んだので、春之介たちは大いに笑い転げた。


春之介は土竜の若清水と水竜の水を美都子に渡して、「若返りの魔法の水です」と言って二本のペットボトルを渡した。


優夏がレクチャーをして、美都子は初老の女性から、少女まで若返っていた。


「…ああ… 澄美様の気持ちがよくわかるぅー…」と美都子は感動して言って涙を流した。


「では、帰りますので。

 決まったら連絡をください」


「…忙しいのはわかっているから引き留めないよ…

 だけど、本当にありがとう」


クラークは心から感謝して、春之介に頭を下げた。



アニマールに戻ると、結城と源次郎が来ていたのであいさつを交わした。


春之介が全ての事実を語ると、源次郎は大いにうなだれた。


「…実の兄弟までもか…」と源次郎が大いに嘆くと、「記憶は引き継ぎましたが転生したので、実際にはもう兄弟ではありません」と春之介が少し厳し口調で答えた。


「この先はクラークが決める。

 源次郎に口出しができないことはわかっているはずだ」


一輝が諫めると、「…わかった…」と源次郎はうなだれて言った。


「雛さんがここにないということは、仏の弟子入りを果たしたようですね」


春之介の言葉は禁句だったようで、「…また仲間を集めるよ…」と源次郎は力なく答えた。


「今回の件で、何か予感でもあったのですか?」と結城が春之介に聞くと、クラークと苦楽の話をした。


「悪人のクラークの方は、魂を悪に消されてしまったと聞いています。

 今はその悪は、御座成功太に戻っていますけどね」


「完全体に戻っても、松崎様よりも優位に立てなかった。

 転生してもやむなし、ですね…」


春之介は言って、生まれ変わった功太をあやしている桜良を見た。


「おまえ、あまり欲張ってると、明日は我が身だぞ」と一輝が源次郎をにらんで言うと、それに今気づいたようだが、「…それもいいかもな…」と笑みを浮かべて答えた。


一輝は大いに苦笑いを浮かべたが、結城と春之介は、似たような考えを持っていて、―― トンネルを抜けた ―― と思っていた。


多少の開き直りもあるのだが、決してひねくれたりやけになってはいない。


まさに一度死んだ身になって今を生きようという覚悟を感じたのだ。


「源一があれほど力を入れて更生しようと尽力したのにな…

 この一千年のお殿様気質が、結局は抜けなかったんだよなぁー…」


源次郎のつぶやきに、春菜がすぐに耳をふさいだ。


やはり今の性格のまま成長してしまうとロクなことがないと考え、本気でお嬢様気質を何とかしようと考え始めた。


「春菜様をお貸しくださいませんか?」と結城が春之介に聞くと、「俺は構いませんが、今の春菜は断るように思います」と答えた。


「失礼」と結城は言って、春之介に頭を下げて、春菜に寄り添った。


「…プロポーズだって勘違いしてるぅー…」と優夏が小声で陽気に言うと、春之介は声を殺して笑っている。


「…結城様の言葉が耳に入ってないな…」と春之介は言って眉を下げている。


すると結城は、また初めから語り始めた。


よって今回はどういう話なのかを十分に理解してから、春菜は結城の申し出を丁重に断った。


「…面白そうだったけど、

 今はここで働いた方がいいと私も思っていたの。

 だけど、ここを出る日はそれほど遠くはないと思う」


「親族としてはまだちょっと恥ずかしいけど…

 女春之介…」


春之介の言葉に、「確かに外面は大いに違うわ」と優夏は言って、少し考えた。


「…これって、俺の修行?」と春之介が優夏に聞くと、「…そうかもしれない…」と優夏は少し自信なさげに答えた。


結城が春菜に頭を下げた時、「春菜、外で働いてもそれほど問題はないんじゃないのか?」と春之介が聞くと、「追い出すつもり満々じゃないっ!!」と春菜は叫んで、腕組みをしてそっぽを向いた。


「女春之介」と春之介が言うと、春菜はすぐにふくれっ面はやめて考え始めた。


「追い出すなんて全く考えていない。

 外で問題なく働けるのは、夏介が確認を終えている。

 春菜が納得したら、また帰って来ればいいさ。

 まさか、たった数日で、その日が来るとは思わなかったけど、

 成長はあったはずだ」


「ガウル、あんた、外で働ける?」と春菜が小さな岩恐竜の姿のガウルに聞くと、結城が大いに興味を持ってすぐに、顔色が変わった。


「あ、いや… 申し訳ない…

 今の話は忘れて欲しい…」


結城の言葉に、春菜も優夏もあっけにとられた。


「結城様、もう一度考え直してください。

 これはあなたにとっても試練です」


春之介の言葉に、「あっ」と優夏が小さな声で言って口をふさいだ。


ガウルは古い神の一族では、結城の父に当たるのだ。


「申し訳けありません。

 取り乱してしまいました」


結城は春之介に謝ってから頭を下げて、今の状況を考え始めた。


「…どういうこと?」と源次郎が一輝に聞くと、「覇王の父親」という返答に、「ん?」と源次郎は言ってから、大いに顔を青ざめさせた。


そして春菜を見て、「…ある意味、兄妹だったか…」と源次郎は嘆くように言うと、「…古い神一族だったら、まぎれもなく兄妹だ」と一輝は少し憤慨して言った。


一輝は古い神の関係者に過ぎないので、ここは大いにむくれていた。


「母ちゃんもいるし」と一輝がぶっきらぼうに言うと、「…すっかり忘れてたぁー…」と源次郎は言って、今は朗らかな桜良を見入った。


「…まあ、この状況じゃ、結城様が慌てるのも無理ないよ…

 大昔では長い時間、顔を突き合わせて生活していたはずだし、

 爺ちゃんも目を細めて見てる…」


春之介の言葉に、優夏はヤマを見て、小さく手を振った。


するとヤマは小さなゾウに変身して、結城の肩に向かって飛んで足をつけた。


「…なんだか、懐かしく思えてきたよ、ヤマ…」と結城は穏やかに言って、ヤマの頭をなでた。


「覇王が決めた名前のチョモランマでもいいんだよ?」とヤマが朗らかに言うと、「そうだったな… そっちの名前よりも昔の名前の方が自然に出てきた」と結城は笑みを浮かべて答えた。


「…討伐されちゃうぅー…」と優夏が大いに嘆くと、「させるわけがない」と春之介が堂々と言うと、優夏は笑みを浮かべて春之介にしがみついた。



結城はもう一度、春菜をスカウトすると、事情を察していた春菜は、「ガウルも連れて行っていいの?」と聞いた。


「はい、もちろんです」と結城は笑みを浮かべて答えた。


「ボク、ここにいたいんだけど…」とガウルが大いに迷惑そうに言うと、「…あんた…」と春菜はつぶやいて少し怒っている。


「姉ちゃんの修行だろ?

 ボクには関係ないと思うんだけど…」


「…うー…」と春菜は言い返す言葉もなかったので、うなることしかできなかった。


「ガウルも見分を広げてくれば?

 納得したら戻って来ればいいさ」


春之介の陽気な言葉に、「…兄ちゃんがそう言うのなら、そうするぅー…」とガウルは渋々、春菜について行くことに決めた。


「私よりも春之介が好きかっ?!」と春菜が怒鳴ると、「うん、そうだよ」というガウルのあっさりした回答に、春菜は大いにうなだれた。


「子供の残酷さ」と春之介がさも当然のように言うと、「…また思い知りましたぁー…」と春菜はここは何とか納得して穏やかに答えた。


「…修行とはいえ、同情するわぁー…」と優夏は春菜の肩をもってつぶやいた。


「心情がはっきりわかっていいんだ。

 俺としては動物は分け隔てなく全員好きだからな。

 順位を決めろと言っても無理な話だ。

 みんなの全てを知っているからな。

 逆に人型の方がわかりづらいから、

 これが俺の欠点だ」


「いいえ、さすが、ヤマのお孫様でございます」と結城は笑みを浮かべて言った。


「…だから母ちゃんも何とかするから…」と春之介は言って眉を下げて、クレオパトラにちょっかいを出しているフローラを見て言った。


「その時は、麗子の教育用に、ベティーをお貸し願いたいものです」


「あ、そういうつながりもあったんだね。

 今は俺と人間の勉強中なので、

 早ければ一週間後には胸を張って出向に出せると思います。

 まだ少々、子供に甘える母親のようなものなので…」


「拓生様母子が相変わらずそのような状態でして…」


「少し落ち着いたらお会いしますので。

 ですが、その弟子の宮園陽花さんの方に興味がありますね。

 佐藤様の系列の関係者だとか」


「系列ではセントの孫のゼンドラド様の孫に当たります。

 古い神の一族の末席という位置ですが、

 なかなかの勇者です。

 師匠を反面教師にして、人間の当時とは違い、

 性格が一新しています。

 まさにうまくできているようで」


結城の言葉に、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。


「…これ見よがしに浮気して捨てられるのね…」と優夏が悲しそうに言うと、「ん? 会ったの?」と春之介が聞くと、「…コンサートを見てやがったぁー…」と優夏はうなって答えた。


「その時の彼女の心情」


「…仲間になりたい…」と優夏は言って、ここで初めて陽花の心情を慮って少しうなだれた。


「その弟子と師匠を見ていないから、まだ何とも言えないけど、

 近いうちに対決することになりそうだね」


「ボインちゃんよ?」と優夏が眉を下げて言うと、「はっきり言って、人間の外的魅力は、動物としてはそれほど触手は動かないから」と春之介は答えた。


「…じゃあ、動物使いは、魅力があるの?」と優夏が興味を持って聞くと、「一度会ったセイラさんの雰囲気は、動物にとって脅威だと思う」と春之介は真剣な眼をして言った。


「だけど半分ほどは動物寄りだから。

 誰かが言ったらしいけど、

 器用貧乏がまさに当てはまる」


春之介の言葉に、優夏は腹を抱えて笑った。


「動物としてはチェックしてるよ。

 松崎様が養女にして、源一様が妹にした、松崎友梨香ちゃん。

 あとは、元は御座成功太の部下の、

 動物使いのマーガレッタ・ミシガンさん。

 動物から見て、強敵はこのふたりかなぁー…」


「…うう、オウムの怪鳥がいたぁー…」と優夏はうなって思い出していた。


「ん?

 それも、コンサートの時?」


「源一が何とか抑え込んで固めてたわ…

 人間としては12才程度だと思ったから、

 ちょっと興奮しちゃったみたい…」


「動物の弱点の部分は優夏が掌握してほしいね」


「…うふふ、そうするわ…」と優夏は春之介に仕事をもらって喜んでいる。


「…弱点を晒しあえるほどの、パートナーを欲します…」と結城は言って、春之介に頭を下げた。


「あら? 私だけじゃないわよ。

 春之介の親衛隊が放っておくわけないもの」


優夏は陽気に言って、天照大神たち神を見た。


「…これは強烈でした…

 …今、気づいたことがおかしいほどです…」


すると神たちは本来の姿になって春之介と優夏を囲んだ。


まさに一分の隙も無いほどの頑強さに、誰もが倒れ込みそうになっている。


「過剰防衛だ」という春之介の言葉に、神たちはごく自然な人型に変わったが、まだ秋之介が怖いようで眉を下げている。


「松崎様も神たちを呼び寄せて、この力を得られたと思います」


「…いえ、まさに格違い…」と結城は苦笑いを浮かべて答えた。


「一番大きい神のフランドルフ様はそれなり以上だと思ったんだけど…」


「…神ではない、猛春様と同じほどですので…

 ここでは、猛春様ですら末席ですので…」


まさにその配列になっているので、春之介としては認めるしかなかった。


「…やっぱり、この安心感はいけない感情のようだ…

 強制的に全員を出向に出そうかなぁー…」


春之介の言葉に、浩也たちは大いに困惑した。


確かにその感情は大いにあるのだ。


守ってもらっている安心感は、修行中の者にとって甘やかしに近いものがある。


「あまり言っちゃダメよぉー…」と優夏は眉を下げて言うと、「まあ、俺たちが一旦部隊を抜けるから、まだしないから」と春之介が眉を下げて言うと、浩也たちは一斉に安堵の笑みを浮かべて頭を下げた。


「…もう部隊を離れられるのですか?」と結城は目を見開いて言った。


「ちょっと長めに新婚旅行でも…

 あとは、子供たちの先生として…」


春之介が恥ずかしそうに言うと、「…もう始められるか…」と結城は笑みを浮かべて子供たちを見た。


まさに、春之介の言葉に大いに期待をしていて満面の笑みを浮かべている。


「…みんな、いい子にしか育ちようがないようです…

 先生方も充実されているようですし…

 エッちゃん以外…」


結城の言葉に、「お兄ちゃん、ひどいよっ!!」と桜良は大いに憤慨して叫んだ。


「親族の親しさだ、許せ」という結城の言葉に、「…本気で怒るんじゃなかったぁー…」と桜良は大いに反省していた。



すると、俊介少年と青空が社から飛び出してきて、「何の集まり?」と俊介が聞くと、「…さらに古い神たちがパワーアップしたぁー…」と優夏が大いに嘆いた。


「俺たちが、八丁畷様に甘える会だよ」という結城のジョークに、俊介は陽気に笑った。


そして俊介は青空とともに春之介に向かって走ってやってきて、「ここでずっと過ごすって本当なの?」と俊介は興味を持って聞いた。


「すぐってわけじゃないけど、

 いろいろと目途がついたらそうするつもりだけど、

 何かあるの?」


「…ここで、ずっと過ごそうかなぁー…」と俊介はつぶやいて満面の笑みを春之介に向けた。


「…ああ、まさか俺の作品への期待?」と春之介が聞くと、「毎日とは言わないけど、その程度の時間はあるだろうし…」と俊介の口調は大いに控えめだが、大いに期待して言った。


「あ、じゃあ、こういうのはどうだろうか…」


春之介は言って、手のひらサイズで小さいが、ひとつの景色を造り上げた。


ジオラマというよりも、奥行きのある絵画のように感じる。


「…うう… なんか、すっごくうらやましいぃー…」と俊介は言って、ジオラマを見入っている。


ジオラマなのだが背景は黒く、何かの模様が書かれているようにも見える。


その中に生物と言えるものが四ついて、首長竜、薄灰色の猫と、赤い猫、そして、目の吊り上がっていることが一番に印章を受ける女性だ。


まるで、本来の天照大神のように勇ましく感じて見える。


「ヤマにベティーに春之介に…

 この人型は、安藤麗子…」


優夏は言って眉間に皺を寄せた。


「この直後に、

 セイレスはセイントを追って行ったんだよ。

 俺が物心ついた時、

 人型の神との接触はそれほどなかったんだ。

 爺ちゃんが何かを感じたように、

 今になって俺も何かを感じ始めた」


「別の道を歩むことに決めたんだよ。

 ベティーが失敗作だったから」


ヤマの辛らつな言葉に、「…悪いヤツの神髄…」と優夏は言って、セイレスを指さした。


「人型… いや、神たちとの生活は毒でしかなかった…」と春之介が言って何度もうなづいた。


そして、「爺ちゃんのように思わないように、俺はその上を行くから」という春之介の言葉に、「もうできてるよ」とヤマは陽気に言って、北に飛んで本来の姿に戻って丸くなって眠った。


「動物の方で差別化したわけだ。

 動物と言えども、神だからこその行動と言っていい」


春之介が納得しながら言うと、「色々と頼みづらくなってきました…」と結城は大いに眉を下げて言った。


「いえ、最善を尽くしますので、それほど気にしないでください」


「はっ 正しく理解できたと感じます」と結城は恭しく言って春之介に頭を下げた。


春之介が努力するのは間違えないことだ。


願えば尽力して叶えるということではない。


「…ボク、やっぱり、春之介様の隣にいた方が、

 すっごく修行になるって思ったんだけど…」


ガウルの言葉に、春菜は大いに眉を下げて、束縛はしないが、ガウルを手のひらだけで抱きしめた。


「普通の修行とすっごい修行の間」と春之介が言うと、「…うん… わかったよぉー…」とガウルは諦めるように言って、体の力を抜いた。


「…ものは言いようだわぁー…」と春菜は笑みを浮かべて、今度はしっかりとガウルを抱きしめた。


「…女春之介様じゃないの?」とガウルが聞くと、「今は休憩中だもぉーん」とガウルに甘えるように言った。


「…ふーん… そういった区別も必要なんだ…

 なるほどなぁー…

 恭司たちは何も教えてくれなかった…」


ガウルのまさに子供の言葉に、「…おまえらのコミュニケーションは遊びだけか?」と一輝が少し諭すように恭司たちに言うと、「あはははは…」と恭司が代表して空笑いをした。


「…源一様よりも春之介様の方がわかりやすく、

 みんなのことを考えて指導して、

 正しい道を示してくれる…」


幸一郎が笑みを浮かべて言うと、「…まあ、そういった部分は話を聞いているだけでもよく分かった…」と一輝はさらに春之介を知って嬉しく感じている。


「だけどね、ある程度は自分自身で、手探りででも道を見つける必要はあるのよ」


南の厳しい言葉に、「…源一派がここにいたかぁー…」と一輝が軽口を叩くと、南はギロリと一輝をにらんだ。


「南さんの言う通りでもあるから。

 甘えすぎると怒るかもね、優夏が」


春之介の言葉に、優夏が胸を張って、「ふっ ふっ ふっ」と妙にわざとらしく笑った。


「今はそれほどでもないわ。

 ここにいる人たちは、子供たちですら厳しいもの」


優夏は家族自慢をするように、胸を張って言った。


「…子供たちですら…」と源次郎は言って、子供たち数名を見入って、すぐに目をそらした。


「俺たちが教わっているほどだからな」と一輝は真剣な眼をして源次郎に言った。


「…俺の生涯、甘々だ…」と源次郎は言ってうなだれた。


「幼児期の経験が根本的に違う。

 まさに、生死をさまよったからな。

 だからこそ、気を付けて愛情を注がなければならない。

 春之介は常にそれを気にしているんだ。

 その絆は、まさに家族でしかないんだよ」


一輝の言葉に、源次郎はうなだれたままうなづいた。


「まだあるぞ。

 天使たちはよくわかるが、

 悪魔たちはその威厳を隠している」


一輝の言葉に、源次郎はすぐに顔を上げて子供たちを見入ってから、またうなだれた。


そして何度も首を横に振った。


「…ここの子供たちにも教わった…」と源次郎は目を輝かせて言ってから立ち上がって、春之介に向かって、「また来る」と言ってその姿は消えた。


「私も移動して仲間を探します。

 ためになる時間をありがとうございました」


結城は言って、頭を下げたまま消えた。


「あのさっ!

 ボクと一度だけ会ったよね?!」


俊介少年が勢い込んで春之介に聞くと、「明日のお楽しみだ」と春之介は言って、俊介少年の頭をなでた。


「…欲出しすぎぃー…」と青空にも言われてしまったので、俊介少年は、「…ごめんなさい…」と誠心誠意謝った。


「共同生活じゃなく、会うことはあった…」と優夏が言うと、「そうじゃないと実地研修の教育ができないからね」と春之介が答えると、「その通り…」と優夏は納得してうなづいた。


「特に、神しかいない時代が長かったから。

 星なんかなくて、ジオラマで表現したような、

 黒い空間しかなかった。

 もちろん、優夏はよく知っていると思う」


「…すっごく、懐かしく思っちゃった…」と優夏は機嫌よく言って、春之介の右腕を抱きしめた。



二日間はごく普通に過ごし、夢見で新たな仲間が増えることなく、今日も昼になるまでにアニマールに戻ってきた春之介たちに来客があった。


松崎拓生とその妻の天使ローレス、そして父の苦楽と妻の皐月、さらには弟子の宮園陽花の五人が、春之介に一斉に頭を下げた。


「友梨香ちゃんたちは連れてこなかったのですか?」


春之介の言葉に、「…特に友梨香の欲が、ね…」と拓生は大いに眉を下げて言って頭を下げた。


「ですが、多分問題ないと思いますよ。

 ここに来れば、その理由がよくわかるはずですから。

 動物ならではの欲は、人間では判断が難しい場合もあるのです」


それではと、拓生が妹にした三人の少女をすぐさまここに呼び寄せた。


一番目立つ頭髪をしている少女が友梨香で、ミドルのボブヘヤーの少女が杏奈、ロングヘヤーで一番大人っぽく見える少女が亜希子だ。


三人は珍しそうにして辺りを見回していたが、友梨香が真っ先にかがんで動物たちに触れた。


そして三人は、一番愛らしい虹色ペンギンに触れ回ったのだが、拒否されてねばねばの液体をかけられて、三人とも両腕を地面に水平にして、拓生を見ている。


「そろそろ大人になれ」と拓生が言って少し笑うと、天使たちがやって来て三人の手と腕をきれいにした。


「みんな、ありがとう」と拓生が笑みを浮かべて天使たちに礼を言うと、「お仕事ですので」とコロネがいつもにはない緊張と警戒の低い声で言った。


「コロネの新しい一面を見た思いだな…

 千代ちゃんみたいに怖い天使になるようだ」


春之介の言葉に、コロネは何か言いたいようだが口をつぐんでいる。


「言いたいことがあったら言った方がいい。

 それが失礼なことであっても、

 真実であれば俺がお前を守るから」


「…はい、申し訳ございません、春之介様…」とコロネはまだ警戒を解かずに低い声で謝って頭を下げた。


「虹色ペンギンに値段をつけていました」というコロネの言葉に、少女ふたりは一斉に友梨香を見た。


すると春之介は腹を抱えて大声で笑い始めたのだ。


そして、「友梨香ちゃん、今の話しってどうなの?」と春之介が聞くと、「脇から背中にかけてのお肉がおいしそう…」と友梨香は答えてうなだれた。


「各部位別に、人間ならわかりやすい値段をつけたんだよね?」


春之介の言葉に、誰もが目を見開いて友梨香を見入っている。


「一番おいしそうなところは100グラム1000円で、

 そうでもなさそうなところは55円ですぅー…」


友梨香の言葉に、春之介はさらに笑った。


「…と、いうことだ、コロネ」と春之介は何とか笑い声を抑えて言うと、「…判断が難しいですぅー…」とコロネは大いに嘆いた。


「聞かなきゃ真実はわからないわけだ。

 特に、メインが動物の場合はね。

 さらに、知識のある動物は判断が難しいから、

 きちんとコミュニケーションをとるように」


「はいっ! 春之介様っ!」とコロネはようやく、今まで通りの陽気なコロネに戻って返事をした。


「…その思考が、欲があると思わせていたわけだ…

 その場に流れた感情では、正確に探れていなかった…」


拓生は大いに嘆いて、そして大いに後悔した。


そして、「頭ごなしに怒って悪かった」と拓生は友梨香に頭を下げて謝った。


「…聞かれたこと、なかったから…」と友梨香は大いに困惑して言って、春之介に向けて笑みを浮かべた。


「ほとんどのことは、源一様に説教されて更生しているように思います。

 問題は、今のように勘違いされてしまうような事象だけです。

 多分、俺は大いに笑うことだろうと、予想はしていました」


春之介は客たちに席を勧めてから、早速食事の準備を始めた。


春之介は米だけを炊いて戻ってきた。


「…ああ、素晴らしい香りがする…」と拓生は笑みを浮かべて言った。


ここからは、特に客人たちは競うようにして料理をむさぼった。


まさに誰もが動物だったので、野良動物たちもそれにつられて、真由夏に食事をせがんだ。


メインの食事が終わってデザートが始まると、「では、早速お話をお聞きしますよ」と春之介が言うと、拓生は眉を下げて皐月を見た。


皐月は大いに戸惑ったが、「それほど心の狭いお方ではない」という夫の苦楽の言葉に、皐月は瞳を輝かせて春之介を見た。


「断る!」という春之介のいきなりの叫び声に、一番に優夏が笑い転げた。


「…おまえ… どれほどのことを言おうと思ってたんだ?

 まさか、全部か?」


苦楽はあきれるように言うと、「…うん… 雰囲気から、いいかなぁーって思って…」と皐月は答えてうなだれた。


「まずは見世物になるつもりはありません。

 映像としてはもうすでに販売されているものがありますから。

 しかも、芸能関係の仕事はもう引き受けません。

 さらには、アイドルグループアニマールについても、

 宣伝はまるきり必要はありません。

 数回ゲリラライブをやっただけで、

 大勢の子供たちの心をつかんだので。

 そして、アニマールのメンバーの私生活やプロフィールも公表しません。

 本来の子供たちの夢は、現実身があると薄れるものなんです。

 程よい距離があればあるほど、

 あこがれも膨れ上がるものなんですよ。

 それをあおるようなマスコミの報道の方法には賛同できませんから」


春之介が流暢に語ると、「隙がないね…」と拓生は言ってから、皐月を見た。


その皐月はもうすでに泣き出しそうな顔をしていた。


「宮園陽花さんは言いたいことがありそうですね」


春之介の少し厳しい言葉に、天照大神たちがそれほど威厳がない大人の姿に変身して、皐月と陽花を囲んだ。


「人間の自分勝手な欲は、

 ここから排除するよ」


ゼルダの言葉に、「…お話することは何もありません…」と陽花は言ってうなだれた。


「…あーあ、もったいないぃー…」という優夏の言葉に、陽花はすぐに顔を上げて優夏を見た。


「メンバーに入れてください!」と陽花が叫ぶと同時に消えた。


「メンバーに入ったあとの欲。

 友梨香ちゃんたちにどや顔をする」


春之介の言葉に、友梨香たち三人の少女は、大いに苦笑いを浮かべていた。


「気づかれないって、自信があったようだよ?」とゼルダが言うと、「…あれが普通の人間の思考だよ…」と春之介はため息交じりに言った。


「三人はどうしたいの?」と優夏が身を乗り出して聞くと、「…この日のために、鍛え上げたって思いたいですぅー…」とまずは友梨香が言った。


「友梨香は合格よ。

 だけど、練習生からだから」


「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」と友梨香は叫んで、カラフルな怪鳥に変身して空を飛び回った。


「…天にも昇る気分…

 まさに鳥だな…」


春之介の言葉に、「すぐにでもメンバーでもいいけどね… 派手だし…」と優夏が言うと、春之介は大いに笑った。


結局は杏奈も亜希子も合格をもらって、練習生から始めることになった。


しかし今は学生でもあるので、休日に優夏たちと合流することになった。


できれば学校はやめて星復興に尽力したいようなのだが、ごく一般的な思考の中にある人間のしきたりからは離れたくないようだ。


「だけど、松崎様に寄り添ってる子供たちの学校は、

 松崎様のいるところだよね?

 ここもそうだし」


春之介が連れてきた子供たちは、一番の高年齢は13才で、友梨香たちと同年代だ。


さらに年齢を上げて連れてくる予定もあり、その時の学校は、かなり大きなものになる予定だ。


「…ここの学校に通ってもいいですかぁー…」と友梨香が頼りなげに聞くと、「うん、いいよ」と春之介は気さくに答えた。


「だけど先に言っとくけど、

 最高学年はみんなのお姉さんとお兄さんで、

 下級生たちの面倒を見るという試練もあるから、

 それほど遊べないよ?

 ここにはまだ店すらもないし。

 あ、臨時の駄菓子屋だけはある」


春之介の言葉を聞いて、天照大神たちがすぐさま店開きをした。


「子供たちの希望で、ミニショッピングモールを作る予定があって、

 現在はその選定中なんだ。

 これは近いうちに確実にできるから、

 みんなと気さくにコミュニケーションをとれるようになるはずだよ」


その構想を見た拓生は大いに苦笑いを浮かべて、「…必要だろうなぁー…」と言って大いに考え込んだ。


「通学してもらってもいいですよ。

 時にはこちらから出かけさせてもいいです」


「専属の教師まで雇っていないから…」と拓生は眉を下げて言ったので、拓生の子供たちをこのアニマールに招待することに決まった。


そのおまけが、教師のひとりでもある、松崎苦楽になった。


よって自動的に爺やとして、このアニマールで過ごしてもらうことになった。


「…テ… テレビ局とかぁー…」と皐月が言った途端に消えた。


「あれ? 何があったの?」と、皐月の言葉が聞こえていなかった春之介が不思議そうに言うと、拓生はすでに頭を下げていた。


「テレビ局作れって言ったから、強制退去させられたのよ…」と優夏は眉を下げた。


「…はは… 話しに聞いていた通り、懲りない人なんだ…」


「どれほど教育しても、この件だけは正すことがないんだ…」と拓生は眉を下げて言った。


「それなりの信念とこだわりがあることは理解できますけど、

 巻き込まれる方は迷惑でしかないのでね。

 だから、皐月さんがテレビ局の局長として働いてくれるのなら構いませんよ。

 もちろん、ゼルダが裏事情なしで認める必要がありますから、

 その条件をクリアできる企画だけですけど」


「…迷惑がかかる前にここから消える…」と拓生は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「商談をする必要もないので、

 こっちとしては楽ですから。

 協力できることは率先してすることになりますし。

 ここに人を呼ばすに、

 ここから発信するようにすれば、

 それほど面倒とも思いませんし、

 無理強いをすれば、ここにはいられませんし」


「…賢くない母でも、思い知るだろうね…」と拓生は言って、春之介の言葉に甘えることになった。


拓生が皐月と陽花を呼び戻したが、ここに留まることができない。


「何度でも繰り返せば、きっと理解できますから」と春之介は言って、拓生はさらに言葉に甘えて、何度もふたりを呼び寄せる。


まさに、強制的に欲のない人間を造り上げる作業のようなものだ。


今はゼルダの意思を汲んで、魂たちが代行しているので、誰にも迷惑は掛かっていない。


春之介の構想を聞かされた皐月はさらに欲を持ってしまった。


一方、陽花は留まれるようになったので、その師匠が醜態をさらすことになってしまった。


「…ついに、この師匠を超えたのね…」と皐月は笑みを浮かべて言ってから消えた。


「この修行を繰り返させてもらうよ…」と拓生は眉を下げて言って、春之介に頭を下げた。


苦楽は子供たちを引率してきて、早速子供たちとのコミュニケーションを取り始めた


「…あなたは、私の子供のはずだわ…」とローレスが翔春を見て言った瞬間に、ローレスルは消えた。


「…妻までも申し訳ない…」と拓生は大いに気を使って謝った。


「同じ猫の獣人でしたからね…

 ローレス様がそう思っても、

 厳しく否定をしたくない俺もいます…」


春之介は大いに眉を下げて言った。


苦楽は何度もローレスを呼び戻し、ローレスの修行を引き受けた。


5回ほど戻されたが、さすがに天使で6回目は留まれるようになった。



この日はこれでようやくローレスも皐月も落ち着いたのだが、その数日後についにイベントが行われることになったのだが、いつものようにミラクリマンインタビューだった。


しかしその全権を皐月が請け負うことになり、猛勉強の末、この日を迎えた。


さらにはインタビュアーは皐月が春之介たちが住んでいた地球から調達した顔見知りだった。


アニマールに住み込める予備軍のメイドで、現在は修行中の草笛紗枝夏が、薄笑みを浮かべてカメラを見ている。


そして今日はディレクターに抜擢された真由夏がキューを出しているのだが、紗枝夏は何も言わない。


春之介は紗枝夏を見て、「…起きてる?」と眉を下げて聞くと、「…あ、リハーサルですよね?」と紗枝夏は小声で聞いた。


「いつも通り、リハーサルはないよ…」という春之介の回答に、紗枝夏はまさに泣きそうな顔になった。


「ふーん… 緊張じゃないね…

 変わった症状だ…」


「…リハーサルやって当然だと思いますぅー…」と紗枝夏はぎこちない笑みを浮かべて言った。


「ああ、そういった型にはまってないと動けない性格なんだ…

 だったら紗枝夏ちゃんをここに連れてきた責任者のせいだね。

 誰かに代わってもらう?

 ここにも代わりはたくさんいるからね」


春之介の穏やかだが厳しい言葉に、紗枝夏は笑みだけは絶やさずに考え込んでいることがありありとわかる。


「あと十秒で決めて」と春之介が言うと、紗枝夏は大いに焦ったが、表情は変えない。


「お料理も配膳も、最高のメイドさんになるために頑張ってきました。

 春之介様が住んでおられた地球に住んでいます、

 草笛紗枝夏と申します。

 できれば春之介様に認められて、

 妹になれるように虎視眈々と狙っています」


「…紗枝夏ちゃんの方が年上だから…」と春之介は眉を下げて言った。


「…幼く見られるので別にかまわないのです…」


何とか話が進み始めたので、真由夏はほっと胸をなでおろしている。


「現在、私が一番興味がある質問があるのですが、

 よろしいですか?」


「うん、構わないよ」と春之介が気さくに言うと、紗枝夏はここにできるミニショッピングモールの件について質問を始めた。


その必要性と運用資金面についてだ。


その最後に、「…どう考えても採算が合わないと私は思ってしまうのです」と言ってから、春之介にマイクを向けた。


「まずは、なぜここに贅沢ともいえるショッピングモールを建てることになったのか。

 それは、ここに住む子供たちの唯一の希望だったからだよ。

 それ以外のものは、全てここにあるからだ。

 あ、駄菓子屋だけは先に作ったけど…」


子供たちは撮影を見ながらも、駄菓子屋の商品を見入ってる。


「…世界中の駄菓子が…」と紗枝夏は大いに興味を持って眉を下げて見ている。


「神たちが気を利かせて全部買いそろえて店を出してくれたんだよ。

 そして、このアニマールにも通貨を造った。

 よって、店の誘致もできるように、

 実際に出店する企業と、銀行に声をかけて、

 そのプレゼンテーション待ちなんだよ。

 本来なら、もうできていてもいいはずなんだけど、

 あまりにも対応が遅いから、

 こっちで決めようかと思っているところなんだ。

 付き合いのあるフリージア星だったら、

 あっという間に対応してくれていたはずだから。

 うちの親族たちは使えないね」


「それほど簡単にできるはずがありません…

 特に両替の問題など、考えることが山積みだと思います」


「フリージア王は、銀行の頭取でもあるんだよ。

 さらには、フリージアも外の企業に入ってもらって店を出しているんだ。

 そのノウハウはもうすでにあるんだよ。

 この放送中に、

 ショッピングモールが完成できるほどの素早さだよ。

 せっかくチャンスを与えたのに、

 本当に残念だよ…」


春之介の言葉に、源一が飛び出してきて、「やっていいかい?」と春之介に聞くと、「はい、お願いします」と春之介は笑みを浮かべて答えた。


源一は桜良と話を始めて、早速ショッピングモールを建て始めた。


子供たちは工事現場に近づいて、作業員たちに激励の声をかけ始めた。


「じゃ、本題の話をしようか」


春之介の言葉に、「…あ… …はい…」と紗枝夏は夢見心地の顔をして、真由夏の指示通りのインタビューを始めた。


さらにはアニマール・フロム・アニマールのミニコンサートも披露して、視聴件数二千億アクセスを記録して、ショッピングモールの完成とともに中継を終了した。


「…ニ千億…」と紗枝夏はつぶやいて、へなへなと地面に腰を落とした。


「関係する平和な星に中継していたから。

 アイドルグループのアニマール目的でみんな観ていたようだから。

 紗枝夏ちゃんはアニマールと同じように、

 宇宙中に顔を知られたよ」


「…一生分の仕事をした気分ですぅー…

 お給料、一万アニマですけど…」


紗枝夏は言って、一万アニマコインをポケットから出した。


「日本円で一万円」という春之介の言葉に、「…普通のお仕事でしかありませんでしたぁー…」と言ってから、何とか立ち上がった。


「まだ地球には一枚もないから、

 売ればかなり儲かるかもね。

 両替はここでしかできないから。

 通貨の受け渡しはすべて純金で行うんだ。

 レートは今のところは変更は考えてない。

 地球の金相場によって、

 変わっていくかもしれないけどね」


「紗枝夏ちゃん、話があるの」と皐月が大いに厳しい顔をして紗枝夏を呼んだ。


「はは… キャリアウーマンの厳しい顔だ」と春之介は言って納得して笑みを浮かべた。


「…叱られてきますぅー…」と紗枝夏は肩を落として言ってから頭を下げて歩いて行った。



ショッピングモールに商品はない。


全ては映像で賄われているが、一店舗に最低でもひとり従業員はいる。


もちろん、アニマールに渡れる資格を持った者だけを雇っている。


よって、商品購入としては、少々特殊な方法を採用した。


店内には数多くのモニターがあって、商品映像にタッチすると、本物の商品がモニターから出てくるのだ。


この方法は、ゼルタウロススタジアムの売り子がフィギュアを販売した方法と同じだ。


よって、商品を手に取って確認することはできる。


そして店員も、購入に当たるアドバイスをする。


気に入らなければ、商品を戻すことも可能なので、在庫を抱える必要はない。


そして在庫のないものは、『SOLD OUT』と表示されている。


これも商売の一端で、予約させて購入させるという販売促進でもある。


こういった常識的な社会の仕組みを子供たちは知ることになる。


すると源一の希望で、十数名の留学生がやって来て、さらに子供の人口が上がった。


まさにエリート集団のようだが、美佐を見た途端眉を下げた。


このアニマールに来られたのはいいのだが、美佐よりもエリートではないで、それほど胸は張れないのだ。


しかし美佐は孤立していたわけではないので、数名とは朗らかにあいさつを交わして話をする。


そして、本屋で立ち読みをして立ち話をする。


春之介は本屋でたくさんな書籍を買って、図書館に納入した。


まさに社会勉強もできる、最高のエリート集団養成所が完成した。



ショッピングモールはほとんどの店は閉店したが、子供たちは満面の笑みで、ショッピングモールを見渡した。


そして、駄菓子屋とフードコートはまだ空いているので、就寝までのひと時をここで過ごすことになる。


「一気に明るくなった感じかいいわ!」と優夏は陽気に叫んだ。


「…それって、人間だけだと思うよ…」とゼルダが言うと、「変わってしまう子も現れて当然だから」と春之介は眉を下げて言った。


「…うふふ… 親の出番も大いにあるわ!」と優夏が気合を入れると、「…考えすぎてた…」とゼルダは眉を下げて言った。


親や教師が目を光らせておけば、今のまま何も変わることはないのだ。


そして就寝までのひと時で、また春之介がアイドルグッズの量産を始めると、子供たちも大いに働いてお駄賃をもらう。


働いて勉強もして、さらに大いに遊んで、子供たちの一日が終わる。



「ここのように、源一様にお願いして、ロボットも雇うかな…」


春之介はいつものように、パンドラと春夏秋冬を従えて夢見に来た。


ここはかなり科学力が進化しているようで、ロボットと人間が同じようにして生活している。


しかし、どう考えてもロボットの方がいい生活をしている。


面白くない人間はかなりの数、いるはずだった。


労働実績の差があり、人間としても渋々納得するしかない。


しかし実際はロボットの場合、メンテナンスに多額なカネが必要になるので、必要以上に働くことも重要になるのだ。


さらには、ロボットの量産を停止したことで、悲劇が起ろうとしていた。


春夏秋冬はこの問題を春之介に報告した。


「…暴動が起ころうとしている…」と春之介は目の前の見栄えだけの平和を見ているだけだった。


「ということは、先導者を見つける必要があるが、

 その候補がいるわけだ」


「それがね、大勢いるんだよ…」と春夏秋冬は言って、その一覧を出した。


「根本は、ロボットの交換パーツ不足か…

 造りたくても原材料が枯渇した…

 再生することは全く考えない、

 贅沢なやつらだ」


春之介はここは大いに奮起しようと思い、まずは食料を自給自足してから、ゴミをすべて再生資源に変換して至る所を回り始めた。


中には島ひとつがごみの場所まであった。


春之介は大いに文句を言いながら、そして大いに非常食を食べながら、原材料を創り出した。


全てのゴミを再生し終えたと感じたところで、寝室で目覚めた。


「…まあ… 大いに苦情を言いたいところだが、

 ロボットに愛が沸いたか…」


春之介は笑みを浮かべてつぶやいて、家族たちを起こさなようにして身支度をした。


再生するには膨大なエネルギーが必要になる。


誰もが春之介のように、マントルのパワーを利用して再生をしているわけではないので、それなりの時間も費用もかかるものなのだ。



「…今日はお店、開かないのかなぁー…」と子供たちは大いに心配を始めた。


商品はここに置いていないので、それほど早く店開きをする必要はないし、子供たちの自由時間は昼になってからなので、店のオープン時間は昼過ぎからになる。


教師たちは子供たちの不安をすぐに解決して、子供たちを喜ばせた。


ショッピングモールは子供たちにとっては、なくてはならない施設になっていた。


もちろん、外から来た店員たちにも興味があるのだ。


お願いすれば、どんなものでもすべてを春之介が造ってくれることはわかっている。


しかしそれでは、春之介は子供たち全員の願いを叶える一日になってしまう。


さらには、お金を貯めて買いたいものもできている。


この方法は、世間一般と全く同じシステムでもある。


よって、働くことも重要だと思い、ここは教師たちに働くシステムについての要望を出し始めた。


もちろん子供なので、すごいことができるわけではない。


だが教師たちは丁寧に指導をして、すべてを取りまとめて桜良に報告した。


実際、春之介に連絡してきたのはレスターなのだが、この事実は春之介と優夏だけしか知らない。


あまり先入観を与えない方がいいと思ったからだ。


みんなが知っていると、確実に協力的になってしまう。


ここはさらにコミュニケーションを深めてもらい、不手際が発生しそうになれば、春之介か優夏、または神たちが適切な指導をすることになる。



そして、春之介たちはそれほど疲れていないが、多少薄汚れた身なりで帰ってくると、早速子供たちが駆け寄って来て、「おかえりなさいっ!」と挨拶をしてから、全員を風呂に誘った。


そして天使の術ではなく、その体を使って衣服を洗い始めた。


この担当者と、風呂にいる大人たちの体を洗う役の子供たちもいて、大いに愛想を振りまいて大きな体を洗う。


特に、こういったことが苦手な麒琉刀は大いに眉を下げていたが、―― 確実に何かある ―― と察して、子供たちの言いなりになっている。


麒琉刀よりも不得意な一太は、大いに遠慮を始めたのだが、子供たちがあまりにも悲しそうな顔をしたので、ここは、「…では、お願いいたします…」と丁寧にお願して、大いに苦笑いを浮かべて、子供たちに体を洗ってもらった。


食事前まで子供たちの労働は続き、メイドたちから仕事を奪って配膳を始めた。


気を付けて運ぶのだが、どうしてもこぼしたりひっくり返したりしそうになるので、ここは真由夏がすべてを見守って、ミスをしたことを自覚させてながらも助けた。


昼食が終わり、校長のレスターからお小遣いが配られた。


最高で800円、最低でも300円ほどの収入を得て、子供たちは笑みを浮かべて受け取ったのだが、なぜ差があるのか不思議に思った。


その差は明細書を読めばわかるのだが、ここには比較的高学年でないと理解できない言葉で書かれている。


「…亜紀ちゃんよりも10アニマ少ないって思ってたけど…」


友梨香は明細の備考欄を読んで納得してうなだれた。


そして子供たちがわんさかと迫って来て、解説をねだったので、子供たちの中でもお姉さんやお兄さんたちは、額に汗して説明した。


「…そう簡単にはお金を稼げないぃー…」と年長者は嘆いたが、この説明についても給金が出るようになっているが、まだ知らされていない。


やはりマジメなのは悪魔を持つ者たちで、すべてを理解できるまできちんと説明する。


「みんな、えらいわね」とここでボーナスという優夏の温かい手のひらが、子供たちの頭をなでる。


解決した子供たちは、ポケットやポシェットにカネをねじ込む子もいれば、銀行に預ける子もいて様々だった。


性格がよくわかっていいと春之介は思って笑みを浮かべている。


「…小さい子でも、500円ほどもらっている子もいますが…」と浩也は言って、春之介をギロリとにらんだ。


「きちんと指導したあと、

 きちんと理解して、

 それなり以上に仕事をしたからに決まってるよ」


春之介は機嫌よく言って笑みを浮かべた。


「…要領の良さも給金に反映するわけですね…」と一太は眉を下げて言った。


「ある程度の世渡り上手は比較的得をする。

 そして手を抜けばたちまち減額される。

 駄々をこねてる子がひとりもいないことが納得だろ?」


「…すべてを理解できたわけだ… すごい教育だって感心した…」と麒琉刀は笑みを浮かべて言った。


「ゼルダにもそろそろ褒美をやらないとな。

 本当によく働いてくれている」


「別にいいよ…

 ボクは魂たちにお願いして、

 解読してからレスター校長に伝えただけだもん…」


人型の小人のゼルダが、手づかみで小さく刻まれている果実をうまそうにして食べている。


まさにこのうまい食事がゼルダの褒美になっている。



小休止してから春之介たちは野球の練習をするために立ち上がると、俊介少年と青空が仲良く手をつないで走ってきた。


「…今日の分…」と俊介少年が控え目に言うと、「金貨一枚」という春之介の無碍な言葉に、俊介は膝から崩れ落ちた。


「昨日の分もあるから、次に創る時は金貨二枚ね」と春之介は笑みを浮かべて言ってから、仲間たちとともにグランドに移動した。


「…金貨をもらえるお仕事はできるけど、

 確実に叱られるぅー…」


俊介は言って桜良を見た。


「だけど、大きなお仕事ってもうないよ?」と青空は眉を下げて小首をかしげて言った。


「…あるよ…」と俊介は小さな声で言って、自由奔放な動物たちを見た。


「…あ、ここにも…」と青空は言って笑みを浮かべると、「…エッちゃんの不得意部門だから、何とかなるかもしれない…」と俊介は言ってから、両手のひらを地面につけたまま、魂たちにお願いをした。


俊介は魂の存在は探れないが、その願いはゼルダに届いたので、ここから仕事と判断されたものは給金対象になる。


ふたりは動物たちにインタビューをして、安心して眠りにつける巣などを作り始めた。



春之介がアニマールに帰ってくると、わずかな変化に気付いて笑みを浮かべた。


まさに目立たない場所に、動物たちの様々な巣があるのだ。


敏感な子供たちですら気付いていなかった。


「…給金対象なの?」と優夏が聞くと、「…ゼルダに対して媚を売っているようなものだからね…」と春之介が小さな声で答えると、「…あー… たくさんもらえちゃうかも…」と優夏は言ったのだが、そううまく行くものではなかった。


レスターは眉を下げて、臨時労働の給金を俊介に渡した。


給金袋は重く、最低でも硬貨三枚は入っていた。


俊介はまずは明細を見てから目を見開いて、袋の中を見ると、千アニマ硬貨が三枚入っていただけだ。


そして明細の詳細を読んで、肩を落とした。


『巣、ひとつ当り30アニマ。

 動物たちの感謝の気持ちを賃金化した。

 賃金の比較対象物がないため、

 食料を代替えとして試算した』


理解はできたが、「…なんか、すっごく悔しいんだけどぉー…」と俊介は言ってうなだれた。


「頑張って貯金して」と春之介が言うと、「高額のお仕事くださいぃー…」とついに俊介はわかりやすく春之介に聞いた。


「旅についてくれば、簡単にもらえるよ。

 今日も楽だったけど、ひとり平均金貨30枚」


「…そうすればよかったぁー…」と俊介は言ってうなだれた。


「動物たちの感謝の気持ちを含めて、

 昨日と今日で2千アニマでいいよ」


春之介の救いの言葉に、俊介は大いに感謝して、千アニマ硬貨二枚を春之介に渡した。


「…今の俺が創りたいもの…」と春之介はつぶやいて考え、今日もまたクレオパトラにちょっかいを出して反撃されているフローラを見て、少し笑った。


昨日、お勉強したばかりなので、一気にイメージが湧き出てきた。


春之介の手には、また小さな絵画のようなジオラマが浮き出てきた。


「…ああ、これは… 愛がある…」と俊介はつぶやいて号泣を始めた。


春之介は厨房の隣に、掲示板のようなものを建てて、昨日造ったジオラマと、今創ったジオラマを収めた。


そして誰もが興味を持って見に来て、そして半数ほどが涙を流し始めると、すかさず優夏が子供たちを抱きしめて回る。


春之介が創り上げたジオラマは、フローラと赤い猫の二匹が歩いている姿を現したものだ。


しかし二匹は顔を見合わせて、笑みを浮かべあっているように見えるのだ。


そのフローラであるベティーが人型になっていて号泣している。


「…悔しいけど、仕方ないわぁー…」と優夏は言って目に涙を浮かべている。


「…虎次に、会いに行ってくるぅー…」とベティーは穏やかに言って、夏之介を従えて社に入って行った。


「…もう、子供じゃないけどね…」と春之介は言って眉を下げた。


「…たくさん金貨があったら…」と俊介が言うと、「春之介は一日ひとつって言ったわよ」と優夏がすかさず釘を刺すと、青空が眉を下げて、肘で俊介の脇をつついている。


「明日の作品はもう決めたよ」と春之介が言うと、俊介は大いに目を見開いてから消えた。


「偉い人でも、欲を持ったら追い出されるから」


春之介の言葉に、子供たちは一斉に頭を下げた。


青空は慌てて秋之介とともに社に走ったが、俊介はベティーとともに戻って来た。


そしてその背後に、なかなか獰猛そうな虎がいる。


その筋肉は盛り上がり、足を踏み出すたびにさらに隆起する。


しかし動物たちはその存在を一瞬確認しただけで、全く慌てることなく自然に過ごしている。


怖いのは見た目だけで、心は穏やかなのだ。


何を考えたのか、珍しくコウモリのゼルダがトラに向かって飛んで、頭の上に止まって話を始めた。


どうやらゼルダが気に入ったようだと春之介は感じたが、それは違っていた。。


「…なんだか俺は無視されてる気分…」とベティーは言って、後ろにいるトラと同じ姿になると、動物たちは一気にその姿を隠した。


「ベティーは猛獣過ぎるからダメ」とゼルダが言うと、ベティーは人型に戻って、「…くっそぉー…」とうなって落ち込んだ。


「やあ、虎次君」と春之介が気さくにあいさつをすると、トラは少年に変身した。


一番の特徴はその目で、人型なのだがトラそのものだ。


服装などはオーダーメイドなのか、少々派手な戦闘服のように見える。


よって戦場に出た場合、敵を集める役を担っている。


だが現在は修行をやり直しているので、日々修行に勤しんでいる。


「…同い年なのに…」と虎次は言ってうなだれた。


「それぞれの役目っていうものがあるんだよ。

 いつここに来るのかって待っていたんだよ」


春之介は言って虎次と固い握手を交わした。


「…あーあ… 俺の居場所、ほぼないね…」と虎次は言って、特に浩也たち男性を見回して、挨拶がてら握手を交わした。


女性には触れたくないのか、口頭だけであいさつをしている。


虎次の感情には何の変化もないのだが、女性たちは気に入らないようだ。


「…母ちゃんよりも立派…」と春之介が言うと、「…今日のお勉強は?」とベティーは春之介をにらみつけて聞いた。


「夕食の前にでも」と春之介が言うと、「わかった」とベティーは言って、フローラに変身して北に向かって走って行った。


「…母親らしくなってる…」と虎次はフローラの後ろ姿を見ながら、笑みを浮かべてつぶやいた。


「動物では少々厳しいほどのお勉強をしているからね。

 今までのように、感情に任せたような行動はしないよ。

 口の悪さも、少し落ち着いた」


「…それだけでもすごい成長だよ…」と虎次はため息交じりに言った。


「実は、今日ここに来させてもらった」とここまで虎次が言った時、「おい」と優夏がうなって、虎次の言葉を遮ってみらみつけた。


「やっぱり怒った」と虎次は言って眉を下げた。


「ん? 握手の件?」と春之介が言うと、優夏は今度は春之介もにらんだ。


「優夏は問題ないから。

 それに、その理由にすぐに気づくさ」


春之介の気さくな言葉に、「ああ、わかった」と虎次は気さくに言って、優夏と握手を交わした。


優夏は目を見開いて、「…教えない方が幸せかもぉー…」と眉を下げて言った。


「だけどね、意思がなく触れた時に困ったことになりそうだから、

 説明しておいた方がいいのかもね」


「…だよなぁー…

 …俺が触れると、女性に限って奇行に走るんだ…」


虎次の言葉に、女性たちは全く意味がわからず、顔を見合わせている。


「恋をするとか特定の行動じゃなく、

 いきなり走り出したり、誰かと戦い始めたり、

 空を飛んでいなくなったりするそうだ」


春之介が説明すると、「呪術っていうやつだ」と優夏が女性に向けて言うと、女性たちは大いに怯え始めた。


「もちろん、俺よりも上手だったら、

 優夏さんのようにかかることはない。

 春菜さんは、微妙だなぁー…

 まだいろいろと修行中のようだし…

 だから俺から、できれば離れていて欲しいんだ」


「母ちゃんは特定の呪術だよね?

 監視?」


「そう。

 本気でかまなくても、監視の必要ありとにらむと術がかかるんだ。

 …俺の場合は意味不明だ…」


虎次は眉を下げて言った。


「それを何とかしようとここに来たわけだ…」と春之介が言うと、虎次は素早く頭を下げた。


「…松崎様も源一様も手を出せないようだ…

 考えてはくれているようだけど…」


「だけどね、もう大丈夫だと思うんだよね」と春之介が言ってゼルダを見ると、「え?」と虎次は言って、テーブルの上で転寝をしているコウモリを見た。


「虎次君はとり憑かれていたようなんだ」


春之介の言葉に、虎次は目を見開いた。


「とり憑かれたのは、5年ほど前。

 その時に誰かがいなくなったか動かなくなったと思う。

 その人の魂は虎次君にとり憑いていたんだと思う。

 だから、死んでいるとは限らないよ。

 普通は死んでるはずけど、まだ生きていて、

 今この時に復活した可能性はあるね」


「…再起不能で、病院のベッドの上…」と虎次は目を見開いてつぶやいた。


「恋愛感情は?」


「…あったように思う…」と虎次は少し困惑して答えた。


5年前だと、虎次はまだ子供でしかない。


よってその相手は子供の女性の可能性がある。


「…仏の力を失った彼氏と別れて、

 俺と付き合いたい意思を向けてきたんだ…

 俺にとっては姉のような人で、

 皇聡美姉ちゃん…」


「…皇一族の悲劇だね…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべた。


「…姉ちゃんは、俺と同じほどの年の時、

 重い病気にかかっていて、

 雛さんの指示で約二年間、肉体から魂を切り離して、

 今回と同じようにして生きながらえてたんだ…

 ずっと父ちゃんにあこがれてて、生霊としてそばにいたそうなんだ。

 正確には、みんなの生活の様子を見ていたってところらしい…」


「ほとんど能力者だね…

 その聡美さんは仏の力以外にも、

 何かを持っていると思う。

 考えやすいのは、

 過去に、宇宙の創造神以上だった、とか…

 宇宙の創造神は意識的に肉体と魂を切り離せるから」


「…偉い人だったわけだ…」と虎次は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「今世はそうでもないんだろうね。

 この事実はまだ思い出していないはずだから」


春之介は澄美に念話をして、聡美の件を話すと、聡美が入院している病院にいるという。


そして聡美が目覚めた事実を源次郎と雛にも伝えたそうだ。


『…どうしてご存じなのですか?』と澄美が大いに困惑して聞いてきたので、虎次に承諾を得てからすべてを話した。


『…こちらで、対処いたします…

 本当に、ありがとうございました…』


澄美は涙ながらに言って、念話を切った。


「…なかなか嫉妬深い人のようだ…

 そして虎次君の幸せを考えず、

 虎次君の立場に立って考えない人。

 自分の欲が満たされないことが我慢できない。

 相当なリハビリが必要だね」


「…そうだ… そうなるよな…」と虎次は嘆くように言った。


「…とんでもないストーカーだわ…

 しかも二回も…」


優夏は少し憤慨して言った。


「雛さんの窃盗の手伝いもしたそうだよ…」


虎次の呆れたような口調に、春之介も優夏も大いに眉を下げていた。


「魂から湧いて出ているものだったら信じてもいいけど、

 もらったものはそれほどアテにしない方がいい。

 仏の世界がなくなったとたん、

 あっという間に悲劇に変わった。

 この時に源次郎さんが変わらなかったのはどうしてだと思う?」


春之介が興味を持って聞くと、「…悪い、あまり言いたくない…」と虎次は眉を下げて言った。


「自分自身にまだ力がある優越感」と虎次の代わりに優夏が答えると、春之介も虎次も眉を下げていた。


「…さすがに、松崎様とはそれほど接触はなかったんだ。

 だけど、源一様とは接触があった。

 そのたびに、自分の器の小ささを思い知っていたような気がするんだ。

 その前から、サヤカ姉ちゃんは源次郎さんの元を離れてたんだけど、

 セルラ星に移住したからそれほど問題はなかった。

 だけど、フリージアに移住したとたんに、

 源次郎さんの様子がおかしくなり始めた。

 …確実に、源一様への嫉妬だよ…

 情報では聞いていたけど、御座成功太と同じだと思う」


「分魂してはいないようだから、それだけが救いだよ…

 エッちゃんは手を出していないようだし…

 御座成功太に入れあげていたけど、

 当時のエッちゃんも少々狂っていたようだからね…」


春之介の言葉に、虎次も優夏も眉を下げていた。


そして、「…明日は我が身…」と優夏は言って体を抱いて震わせた。


「そんなもの…

 そうなった時、宇宙は終わるから、

 それほど気にしなくていいさ」


「…うふふ…」と優夏は上機嫌に笑みを浮かべて、虎次の前だが春之介に甘えた。


優夏からみて虎次は動物でしかなかった。


「…パートナーか…

 …まあ、動物を持っていたら誰でもいいけど…」


虎次は言って、笑みを浮かべて翔春を見た。


「お目が高い」と春之介が言うと、優夏は愉快そうに笑った。


「…俺って、ロリコンじゃないと思っていたが、

 何だこの感情は…

 愛や恋とは違う…

 家族の絆?」


虎次は言って、強く首を横に振った。


「まずは遊び相手から」と春之介が笑みを受けベていうと、「…うん、そこから確認しよう…」と虎次は答えて、まずはトラからコミュニケーションをとることにして、変身してから、小走りで天使たちに寄り添った。


黄色ベースで恐ろし気な黒い模様がある虎次のトラの体毛は、すぐさま真っ白になった。


天使たちがしっかりとしがみついているからだ。


まさに強い者の特権のように、天使から愛を受けている。


虎次は巨体を細かく震わせて天使たちを振り落とすと、天使たちは陽気に笑った。


その中でただひとり、翔春だけが上機嫌で虎次の背に乗って喜んでいる。


「…さっき虎次君が言った以外の感情…」と春之介が眉を下げて言うと、「…主従…」と優夏も眉を下げて言った。


「虎次君を天使たちの護衛で雇った方がいいか…

 天使たちは全員、旅に出そう…」


「…色々と思い知るけど、強い盾があれば大丈夫…」と優夏は笑みを浮かべて、陽気な翔春に目尻を下げて見ていた。



春之介たちは一日の日課をほとんど終えて、あとは寝るだけとなった時、花蓮が夏之介を抱いて社から出て来て、手下のようにセイラたち女性を5人従えてきた。


最後にひとりだけ男性が社から出てきた。


そして挨拶代わりなのか、体高ニメートル半ほどの恐竜に変身すると、悪魔な子供たちが大いに反応して、恐竜に触れ回った。


「子供たちは重要な役目を持っているようだ…」と春之介は言って、まずは花蓮とあいさつをしてから恐竜に近づいた。


「セイント様のお弟子さんの動物とは少々格違いのようですね」


春之介の陽気な言葉に、恐竜は変身を解いて、少し頼りなげに見える男性に変身した。


「…春之介様、お邪魔いたします…

 源一の友人のデッダと申します…」


少し自信なげだが、まさに温厚さがにじみ出ている。


だがその強さは本物だと思い、春之介はデッダと握手をした。


「源一様には友人が少ないと聞いています。

 まさに希少な方だ」


春之介の言葉に、デッダは大いに照れて頭をかいた。


そして、比較的デッダのそばに来た女性を見て、「安藤サヤカさんですね?」と春之介が聞くと、「…悪の元凶ですぅー…」とつぶやいたので、春之介は大いに笑った。


「サヤカさんが悪いわけではありません。

 ですけど多少は、お父さんにやさしくするべきでしょうけど、

 その時だけは源次郎さんは強がっていたのでは?」


「…たぶん、そうですぅー…」とサヤカは眉を下げて同意した。


「眼に入れてもいたくない娘は大いに弱点になりますからね。

 仕事はほどほどにして、

 源次郎さんに寄り添ってあげて欲しいと思っています。

 あなたを取り合えないことが、唯一の平和だと、

 俺は感じています」


春之介は言って、セイラたち女性を見まわした。


「サンダイスはもう安定したようですね」と春之介がカノンに聞くと、「…お世話になりましたぁー…」とすぐに眉を下げて礼を言った。


「…優夏がにらんでて怖いんだけど…」とセイラが言うと、春之介は優夏に手招きをした。


「隣にいればいいじゃないか…」と春之介がいうと、「そうしますぅー…」と優夏は新妻のように控え目に言って、春之介の隣に立った。


するとサヤカが満面の笑みを浮かべてデッダと腕を組んだ。


「…パートナー、見つけなきゃ…」とセイラは言ってうなだれた。


「グレラス様じゃダメなんですか?

 相当に更生されたと聞いていますが…」


「…私ともども、源にはお世話になったわ…」


「ああ、そうか…

 気楽に星から連れ出すわけにもいかないからめんどくさい」


春之介の歯に衣着せぬ言葉に、「…あんた、まさかそんな理由で…」と花蓮は言ってセイラを少しにらんだ。


「男はファッションだわ。

 持ち歩けないのなら、持ち歩ける人を探して当然じゃない…」


「…どう表現すればいいのかよくわからない性格…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言うと、「ちょっと人より冷たいだけよ」と花蓮は真顔で答えた。


花蓮は優夏を畏れている。


優夏はここにいる女性たちをくまなく探っているからだ。


「高いわよ」といきなり優夏が言うと、「ああ、高いかもな」と春之介がすぐに答えた。


「…この阿吽に嫉妬するぅー…」とセイラは頭を抱え込んで大いに嘆いた。


そして花蓮は警戒を解いて苦笑いを浮かべた。


花蓮はセイラとカノンをどうにかしてもらおうと思ってここにやってきたのだ。


ほかに悪魔ダフィーと勇者の大山早百合は、どちらもパートナーはいる。


「俺だって、星自身だからね」という言葉に、セイラは目を見開いた。


「ここにいる神たちも、星に土着する神だ。

 だけどこのアニマール星で暮らせる。

 存在感は俺自身の地球に置いてきたからだよ。

 誰にもそう簡単にはできないから、

 高いって言ったんだ」


「…源君の星にいた神たちの件は感謝するわ…

 拓生の力と心の支えになっているようだから」


花蓮の言葉に、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。


春之介は花蓮を見て、「ところで、万有様は反対なの?」と聞くと、「…答えてくれないのよ…」と花蓮はため息交じりに言った。


「グレラス様に会う必要があるね。

 予想としては、

 その答えはセイラさんが知ってる、

 じゃないかなぁー…」


春之介の言葉に、セイラは目を見開いて、「…まさか、こんな、子供のような理由で…」と大いに嘆いた。


「だけど、心は大人だから、

 何をしでかすのかわかったものじゃないって、

 万有様は考えているんじゃないの?

 その証明は解放しないとできないし、

 もし不幸を招いた時、取り返しがつかないこともあるはずだから」


「…はあ… 納得ぅー…」とセイラは言ってうなだれた。


「…鎖でつないでいると大人しいけど、

 いざ放すと、自由を満喫して自由奔放に飛び回る…」


花蓮の言葉に、「その可能性があるって、万有様は考えてると思う」と春之介は答えた。


「十年以上前、グレラスは拓生が住んでいた地球に勝手に遊びに行ったの…

 その時の映像を見て、まさに普通に人間の行動で呆れちゃったわ…

 女を口説いては抱きまくって、

 ファストフードでハンバーガーを食べたり…

 もしそれが過剰に出るって源が思っていたら、

 できたとしても解放しないかもしれない…」


「…はは、かなりのジゴロで子供だよね…

 だけど、そういうグレラス様も好きなんだね」


春之介のやさしい言葉に、「えっ?」とセイラは言って顔を上げて、涙が流れていることに今気づいた。


「…おおー… セイラはいいヤツだぁー…」と優夏がうなって号泣した。


「セイラさんが監視する必要があるね。

 星から解放されたといっても、

 今度はセイラさんが手綱を握ることになって、

 グレラス様に結局自由はない。

 どこまで容認するかが、大いに問題だね」


「慎重に確認して決めるわ…」とセイラは言って頭を下げた。


「…縛っておいた方がいいって思うぅー…」と花蓮は大いに嘆いて言った。


「自己弁護するようだけど、志にあると思う。

 俺の住んでいた地球はある程度は平定できた。

 だからさらに不幸がある星を救いたいと思って出てきたんだ。

 ドズ星のベティーは長い間放っておかれて、

 ついには曲がりそうになっていた。

 少々甘いけど、解放したとたん、俺の娘になってしまった。

 もうそんなことはほとんど忘れて、

 子供たちの一員になってしまった…」


春之介は眉を下げて、春子に寄り添って笑みを浮かべている人型の幼児の火竜ベティーを見た。


「…あの一角、怖いわね…」とカノンが眉を下げて言った。


春子の隣には強い力を持った者しかいないからだ。


ちなみにベティーの逆側には高龗が陣取っているので、まさにそう見える。


「…その後ろにいる子…」とダフィーが目を見開いて言うと、「…雷竜ガンデ…」と春之介はつぶやいて、大いに眉を下げていた。


いつの間にか幼児の姿に変身できていたからだ。


「…あとで抱きしめちゃうぅー…」と優夏が陽気に言った。


「…源の自慢のライディーンと変わらない…」とセイラが言うと、「…認めたくないけどね…」と花蓮はため息交じりに言った。


「春之介! 春之介!」と陽気な声を発して、小さな竜が飛んできた。


「おっ! すごいな! ゼルダッ!」と春之介は陽気に叫んで、ゼルダを手のひらに乗せてなでた。


するとやんわりと優夏が奪って、ほおずりをした。


「…ここにも、最強の無属性の竜が…」と花蓮は言って、大いに眉を下げた。


「あさひさんのマネでもしたんだろうね。

 修行度合いは誰よりも高いから。

 肉弾戦になったら、大いに役に立ちそうだ。

 ゼルダは、アニマール防衛将軍に任命するよ」


春之介の陽気な言葉に、「やったやった!」とゼルダは大いに喜んで飛び跳ね、竜たちに自慢に行った。


「…肩書つけただけじゃない…」と優夏が眉を下げて言うと、「きちんと役職を与えることは重要だ」と春之介は胸を張って言った。


「…みんなにも肩書を上げるよ」と春之介が言うと、誰もが一斉に耳をふさいだ。


今はまだそれどころではないようで、日々能力の確認をしている最中だからだ。


「だけど、今のところの俺の判断で伝えておくよ」


さすがにここはふざけるわけにはいかないようで、誰もが姿勢を正して春之介に頭を下げた。


「浩也兄ちゃんが司令官。

 真奈は副官で」


「ちょっと、春之介?!」とまずは優夏が叫んだ。


司令官ではないが、副官でも司令官以外は部下扱いとなり、真奈に操られてしまうはずなのだ。


「…わかったよ…」と浩也は敬語はやめて、転生する前の浩也に戻って答えた。


だが、「王様は厳しいので、みなさん、覚悟を決めてください」と浩也が今度は敬語で話すと、真っ先に真奈が頭を下げた。


そして目を見開いて頭を上げた。


「…すべてをはじき返されたような…」と真奈はぼう然としてつぶやいた。


「じゃ、うまくいったので、早速明日から頼んだよ」


春之介の言葉に、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。


「よくない予感がしたら、

 兄ちゃんがみんなを抱えて戻って来ればいいだけだから、

 何も問題ないよ。

 その程度の能力の確認は終えているはずだから」


「早速の修行、本当に感謝いたします」と浩也は丁寧に礼を言ったように見えるが、大いに春之介をにらんでいた。


「…浩也はやっぱり真面目だわ…」と優夏は笑みを浮かべて言った。


「俺としては特にわがままを言っているつもりはないよ。

 もちろん、今までに言っていたことはすべてするし、

 さらに、新しい部隊ももうひとつ作るから。

 王様としては当然の仕事だと思ってるんだ」


さすがに家族たちは大いに眉を下げて春之介を見ている。


「明日からは、アニマール星正規部隊として頑張ってほしい」


春之介の堂々とした激励の言葉に、家族たちは背筋を延ばして頭を下げた。


「…さらに忙しくしちゃうのね…」と優夏が眉を下げて言うと、「復興が二倍速になる」と春之介は当然のこと言ったが、誰も笑うことなく気合が入っていた。


「…野球を好きになってくれたらさらにうれしいんだけどなぁー…」


やはり春之介の神髄はここで、結局は野球好きを中心に集めるのだろうと、誰もが心をひとつにして同じことを考えていた。


「…じゃ、半数ほど呼ぶから…」と春之介が言うとさすがに、「えっ?」と誰もが言って目を見開いた。


すると、人間の8人の大人、ふたりの少年少女、そして5人の幼児が姿を現した。


優夏が、「うっ!」とうなって口を押えた。


「ようやくここに来られた」と優夏の祖母のマサが機嫌よく言った。


「…兄ちゃんも、保まで…」と優夏はぼう然として言って、目に涙を浮かべた。


「…ママに叱られちゃうぅー…」と小人の妙子が大いに嘆いたが、マサの眼は優夏の胸ポケットに釘付けになっている。


「妙子、でてこー」とマサが少し涙声で呼ぶと、「はいぃー…」と妙子は答えて、夫の優介の手を引っ張って、二人そろって姿を見せた。


「芽衣子も連れてきたで」とマサが言うと、一ノ瀬一族は目を見開いた。


そして春之介が着せ替え人形セットの箱を出すと、『バンバン!』と何かを叩く音がした。


さらに、「出してぇ―――!」と遠くから声が聞こえる。


春之介が箱を開けると、「…窒息死しちゃうって思ったわぁー…」と女性の小人が箱から出て来て言って、保に向かって飛んだ。


「大きくなったわぁー…」と芽衣子が涙ながらに言うと、「母ちゃんが小さいんだよ…」と保は涙を流しながら言った。


そして芽衣子は武にも抱きついて、感動の母子の対面を果たした。


「…芽衣ちゃん、飛べるのね…」と妙子が嘆くように言うと、芽衣子は今度は妙子に抱きついた。


そして、「優介さんも久しぶり!」と陽気にあいさつした。


「…悲劇があったって思えない…」と春之介は大いに眉を下げてつぶやいた。


「…一家だんらんの日が…」と優夏は言ったが、すぐに子供たちを見て、気持ちを鬼にした。


「保は役に立たないでしょ?」と優夏が少しケンカ腰に春之介に聞くと、「地球との交信役だよ。保君は、基本的にはここの学生兼修行者」と春之介が答えると、「…ふ、ふーん…」と気のない返事をしたが、内心は大いに喜んでいる。


「じゃあ、武兄ちゃんは?」


「ちょっとした切欠で覚醒したんだよ。

 今はサイコキネッシスと飛行術を持った能力者」


武は優夏に笑みを向けていたし、優夏が確認をしたので間違いはなかった。


「…婆ちゃん…」と優夏がつぶやくと、マサがいなくなった。


そう見えただけで、宙に浮かんで優夏の肩に止まった。


「婿殿、こたつ」とマサが言うと、春之介は大いに笑って、小さなこたつを創って優夏の肩に乗せた。


「…肩の上でくつろがないでぇー…」と優夏が眉を下げて言うと、誰もがくすくすと笑い始めた。


春之介はこたつごと宙に浮かべて、テーブルの上に敷物を敷いてから、ゆっくりとこたつをおろした。


小人四人は朗らかに積もる話を始めた。


残りの6人の大人はひとりはメイドで5人は春之介の部下兼野球仲間となる。


その中でひとりだけ、浩也たちと面識がある者がいた。


「先生、迎えに行くのが遅くなってごめんなさい」と春之介が言うと、「ううん、全然いいの!」と先生と呼ばれた女性は背伸びをするように深呼吸した。


「…廊下であいさつしたことが一度だけ…」と優夏が嘆くように言うと、誰もが同じようなものだった。


「春咲高校の保健室って暇だったのよねぇー…

 だから鍛えてたら、能力者って人になっちゃってたわ!」


校医だった友坂満夏は満面の笑みを浮かべて言った。


医者らしく、今は髪の毛をポニーテールにしているが、その髪の毛はつややかで、まさにお嬢様の雰囲気を醸し出している。


「八丁畷家の分家の筆頭」と春之介が言うと、「ついに番号も満ちちゃったわけね…」と優夏は眉を下げて言った。


「知り合いもたくさんいて助かっちゃったわ!

 私の人生つまらないものだったのに、

 この半年間は充実していたわ!

 いつ呼ばれてもいいように、

 初めてしっかりとお勉強もしたわ!」


満夏は29才で、春之介の幼少の頃の接触はそれほどないが、ことあるごとに顔を合わせる仲ではあった。


もちろん、春之介の叔父たちとの縁談の話もあったが、すべてを丁重に断って、今日のこの日を迎えたのだ。


「…残念だけど、私のパートナーはいないようね…

 でも、出会いも多いようだから…」


満夏がホホを朱に染めて言うと、「ついに恋愛も本気になるようだね」と春之介は愉快そうに言った。



幼児5人は全員将来の能力者候補生で、学校で勉学に励むことになる。


残った少女は、まるでスナイパーのように目つきの鋭い14才のミラ・テイラーで、「マイクが悔しがってるはずよ」と以外にも気さくに春之介に話し始めた。


ミラはアメリカのスーパーマンの、マイク・ロドリコの腹違いの妹だ。


春之介とは面識はなかったが、もちろん春之介たちがアメリカに遠征に行った時に、ここに住む主要メンバーを試合で見て知っていた。


まさに、春之介にあこがれた一人だった。


しばらくは学生として勉強することになるが、時には星復興の旅にも出ることになる。


ミラは文武両道で、普通の人間以上に体は動く。


ここでさらに鍛え上げれば、あっという間に使える逸材でもあった。


「マイクはまだ身辺整理が終わっていないからね。

 その差でしかないから」


―― やはり、あの怪物も来るんだな… ―― と浩也たちは納得してうなづいた。


「楽しい日々になりそうだわ…」とミラは言って、早速保にロックオンしている。


同年代はそれほど多くないので、さすがに意識してしまったようだ。


「ボクに決めない方がいいよ」という保の予言者のような言葉に、「はい、預言者様!」とミラは陽気に言って、保の鍛え抜かれた腕に抱きついておどけている。


「申し訳ないけど、スキンシップは遠慮するよ。

 ボクよりもミラさんの運命が変わるようで嫌なんだ」


「…はい、預言者様ぁー…」とミラは言って、ここは渋々保の腕を放した。


春之介は笑みを浮かべてうなづいている。


まさに春之介の新しい右腕ができたように感じたのだ。


「あんたは私に付き合いなさい」と優夏が胸を張って言うと、「…はいぃー… お姉様ぁー…」とミラは態度を一変して優夏に頭を下げた。


アメリカ人は人に頭を下げることはない。


しかし、優夏の前では誰でもその行動に出てしまうのだ。


「あなたはトレーニングとしてアイドルにもなるのよ!」と優夏が叫ぶと、メンバーが一瞬にしてステージ衣装に着替えて集合した。


「…身長が高くて、初めてよかったって思っちゃったわ…」とミラは大いに感動して言った。


まだ14才だが、身長は170センチを超えている。


もちろん、アニマール・フロム・アニマールの存在も、報道されているので知っている。


「私たちアイドルは、頭も切れなきゃやってられないから。

 覚えることはたくさんあるわよ!」


「はい! ユーカちゃん!」とミラはもうすでに、優夏の弟子になっていた。


「まずは練習生から。

 そこから這い上がってきなさい!」


尖刃の谷から我が子を突き落とした獅子のように、優夏は仁王立ちして叫んだ。


「…練習生のコスチュームもかわいいぃー…」とここは14才らしく、ファッションに目をつけて感動している。


「まずは食事からよ!」と優夏は言って、厨房から握り飯を持ってきて、メンバーたちで立食パーティーが始まった。



「…ネクストキオからは誰も呼ばないのですか?」と浩也が春之介に聞くと、「…やる気を喪失したって感じ…」と眉を下げて答えた。


「それは残念です。

 まだ学生の方が気合が入っていると言ったところですね」


「そっちは何人か呼んでもいいんだけど、

 身辺整理を躊躇しているんだよねぇー…

 まあ、不安なのはよくわかるし、

 ここは本人の意思に任せることにしてるんだ…」


春之介はさも残念そうに言った。


「その中からひとりだけでも呼べれば、気合が入りそうなんだけどね…」


まさに春之介の言った通りなので、家族たちは大いに察してうなづいた。


しかし、春之介の杞憂は払拭されることになった。


ミラがアニマールに呼ばれたことをマイクが大いに悔しがって、地球にいる野球人たちもその報道を観て聞いて、希望となっていたのだ。


さらには、春咲高校の校医だった満夏が消えたことも、学校関係者だけではなく、報道でも取り上げられた。


もちろんこれは八丁畷家の策略のようなものだが、これだけでもさらなる希望となったのだ。


「…やる気、1.5倍増しです…」と保がつぶやくと、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。



翌日は春之介の言葉通り、正規軍の旅立ちを見送ったあと、今回移住を認めた者たちに、「わかっていることだが」と前置きをして、アニマールの過ごし方の講習をした。


作業員として雇った者も、午前中は子供たちと過ごしてもらうことにして、春之介と優夏は新婚旅行第一日目に出かけた。


海とは逆側のそれほど大きくない山脈になっている麓だ。


人間の文明があった場所はこの辺りで、900万年ほど前はこの辺りまで海だったそうだ。


しかしその面影は何もないように見えるのだが、まずは動物に変化が見られた。


種類は様々なのだが、全てが臆病で、町にいる動物と大違いで、姿を見せようとはしない。


魂たちの見解によると、『経験がそうさせている』という、謎かけのような言葉が帰ってきた。


「異星人との接触があった…

 ゼルダの警戒網をかいくぐって、

 ここに降り立った者がいたわけだ…

 打ちひしがれてやる気をなくし、

 徐々に動物に戻って行ったか…」


「…種族が減ればそうなるかもね…

 あまりよくない感情だけど、

 憐れんでしまうわ…」


優夏は言って肩を落とした。


建造物がある場所を魂に聞くと、目の前がそうだという。


春之介と優夏はツタや高い草などを引き抜くと、確かに小さな村を発見した。


「…身長、1メートル以下の人間だったようだ…」と春之介は言って、石組の住居や横穴の探検を始めた。


「この辺りに炭鉱もあったようだ」と言って、宝石の原石やレアメタルなどを手に取った。


「坑道を探して、国費にしようか」と春之介は言って、さらなる探検に出たのだが、それは目と鼻の先にあり、横穴のひとつが宝石が出る坑道だった。


というよりも、坑道自体が宝石の宝庫だった。


ここを中心にして大地が隆起して形成されたようで、宝石や鉱物がトンネル一面に埋まっていたのだ。


すると、どう考えても原住民ではない人間の骨のあとらしきものを発見した。


「…異星人のようだ…」と春之介が言うと、「…この、欲張りめ…」と優夏は骨に向かって言った。


衣服は金属が織り込まれているようで崩れ去っていない。


宇宙服としても機能できそうなほど、薄いが頑丈なものだった。


少し奥に行った場所に、宇宙人の生活環境があった。


そこには宇宙艇も保存されていて、元いた星も判明した。


「あの人がここに来た時、90才だったようです」と春夏秋冬が宇宙艇にあった情報から判断して言った。


「なぜ崩れ去ってないんだ?」と春之介が人工物などを見回して言うと、「ここは風化させない何かを感じます」と春夏秋冬は言って、壁などを子細に探り始めた。


「壁、天井、床の90パーセントが、同じ鉱物で形成されています。

 同じ鉱物は発見されていませんが、

 似たようなものとして、ピラミッドエンジンの虹鉄があります。

 虹鉄が一番貴重で、今までにここにあるほど発見されていません」


「…科学者、雇うか…」と春之介は言って考え始めた。


「あのぉー… ボクが…」と春夏秋冬は控え目に言うと、「科学技術学長官に任命する!」と春之介が春夏秋冬に肩書をつけると、春夏秋冬は恭しく頭を下げて喜んでいる。


春夏秋冬は積み上げられているすべての情報を駆使して、部屋に転がっていた虹鉄のようなものを使って、小さなピラミッドエンジンを造り上げた。


「…出力、今までの二倍ですぅー…」と造り上げた春夏秋冬が驚きの声を上げた。


「ほかの金属が耐えられないじゃないの?」と春之介が素朴な疑問を投げかけると、「はい、相性はよくないようです」と春夏秋冬はすぐに認めた。


この部屋はこのままにして、ほかの鉱物を探すことにしたのだが、隣の坑道にそれがあった。


この部屋は逆にすべてが風化して砂のようになっていて、原形をとどめているのは、壁に埋まっている宝石類だけだ。


「新たな鉱石も発見しました。

 今回は4種類の金属を使ってエンジンを造ってみます」


「エンジンのネーミング、考えておかないとな…」と春之介は陽気に言った。


小さな模型のようなエンジンだが、とんでもなく頑強で、春之介程度の重量であれば簡単に支えることが可能なものだった。


「ピラミッドエンジンの三倍の出力です。

 しばらくは統計を取りますが、

 劣化スピードは現状の十分の一と判断します」


春之介は春夏秋冬の制作主任として、子供用に見える宇宙艇を創り出し、エンジンの形状からキューブリックエンジンと命名した。


四角い箱だったので、妥当なネーミングだった。


そしてバッテリーも創り出して充電を開始したが、電力を水のように吸収して、一瞬で終了した。


「このエンジンひとつで、今の町の電力を賄えます」


「じゃ、それも試験として造って使おうか」


春之介の意見は採用されて、新しいエネルギー源を造り上げて町に戻って切替工事を行った。


電化製品すべてに電源を入れたが、全く電源不足にならない。


「…これは脅威です…」と創り上げた春夏秋冬が大いに苦笑いを浮かべた。


「…今までのものだと、確実に使えない電化製品もあったはずだ…」と春之介は情報を精査してつぶやいた。


「これひとつで、この町三つ分の電力を安定供給できそうですね」と春夏秋冬は陽気に言った。


しかもエンジン音が全くしないので、ピラミッドエンジンよりも高性能であることは立証された。


「…ですが、少々問題もあります…」と春夏秋冬が眉を下げて言うと、「リミッターをかけて欲しい」と春之介はすぐに察して言った。


「…時間を超えちゃうスピードが出ちゃうのね?」と優夏が目を見開いて言った。


「計算上でもあり得なかったのですが、

 遠いほどその症状が現れるはずです。

 一千光年で30分程過去に戻されます。

 行って戻ると、一時間前に戻されるような…」


「恭司さんが忙しくなりそうだから、試すこともやめておこう」


春之介の意見は即採用して、造ったふたつのキューブリックエンジンにもリミッターがかけられた。


「一兆光年で、時間差ゼロに調整しています」


「それほど一気に飛ぶことはないし、

 今までと同じでも全然かまわないさ。

 それほど急ぐことはないから。

 もし、過去に戻って不幸を救えたとしても、

 それが正しかったとは言い切れないから。

 それをやって、別の人が不幸になることには賛同できない。

 あ、大山勇気さんにはまだ会ってなかったね…

 嫌われてるのかなぁー…」


春之介の言葉に、「そうではないようです」と春夏秋冬は言って、大山勇気の過去のスケジュールと春之介の過去のスケジュールを出すと、「…会えなくなっている…」と春之介は大いに嘆いて言った。


「…会ってはいけないと言われているように感じてしまいますね…」と春夏秋冬は眉を下げて言った。


「…今は会うべきではないと考えておくよ…」と春之介は苦笑いを浮かべて言った。


「…源一様から通達です…

 アニマールへの渡航制限を強化すると…

 ですが、こちら側からの移動制限はありません」


「特別扱いだけど、お礼、言っておいて…」と春之介は眉を下げて言った。


「もちろん、精神間転送もよね?」と優夏が聞くと、「渡航制限に含まれていますので…」と春夏秋冬は眉を下げて言った。


「…宇宙の父を解かれてさらに能力が上がったかぁー…」と優夏は悔しそうに言った。


「お任せした方が楽」と春之介が言うと、「それはそうだけどぉー…」と甘えるように言って優夏は春之介に抱きついた。



ここからはいつもの生活に戻って、旅から帰ってきた浩也たちを出迎えた。


浩也と真奈は大いに気疲れしたようで、子供たちと天使たちに大いに癒されている。


反省会のついでに春之介たちの今日の成果を話すと、浩也たちはすぐさま春之介に頭を下げた。


「…さすが王…」と浩也は大いに敬って、短い言葉で表現した。


「…この星は、いろいろとお勉強させてくれるようだよ…」


春之介は言って、色とりどりの宝石などをテーブルの上に出した。


そして浩也は黒い鉱物に注目した。


「…さすが兄ちゃん、目利きだねぇー…」と春之介は笑みを浮かべて言った。


そして春之介は小人一家に黒い石を託した。


「それほど強力ではない使える魔法道具を創って欲しいのです。

 緊急時に使えるものが最適ですね」


「考えさせるねぇー…」と小人のマサは陽気に言って、胸を叩いて、「任せとけ!」と叫んだ。


「だが、この石の半分ほどは、試しが必要だ」とマサが真剣な眼をして言うと、「全てお任せしますから」と春之介は全般の信頼をマサに向けて言った。


「さすが婿殿っ!」とマサは陽気に言って、小人族会議が始まった。


もちろん、ゼルダとパンドラも小人仲間としてマサに召集された。



「さて、残りの色とりどりの宝石は魔法石だと思う。

 宝石の色に対応した術の増幅器と言ったところだね」


春之介がエメラルドのような深い緑色の石を掴むと、辺りには濃い緑の香りが充満した。


「術は発してないよ。

 その術を持っているだけで、勝手に出てしまう…

 …って、聞いてない…」


起きていたのは興味津々で見ていた優夏と春子だけだった。


春之介は全員を起こして、監視用映像を流してから口頭だけで説明すると、誰もがすぐに納得していた。


「…人間でも、術の資質、相性の検証ができそうだ…」と浩也が言うと、まだ人間の者たちは大いに興味を持った。


「逆流するようなデメリットがないことは検証済みだから。

 これも修行として取り入れて欲しい。

 そしてすべてに反応しなかった場合」


春之介がここまで言うと、全員の表情が固まっていた。


―― このアニマールから元の星に返される… ―― などと考えたからだ。


「無属性で最強!」と無属性竜のあさひが飛び跳ねて陽気に叫んだ。


「…その可能性は高くなるね…」と春之介は大いに苦笑いを浮かべて言って、虹色ペンギンを抱き上げた。


虹色ペンギンは、過剰な術の避雷針替わりとなって大地に落とす作用を持っているので、すべてが外れでも希望があると誰もが考えていた。


春之介は少し離れた場所に、頑丈なテーブルを置いて宝石類を移動させた。


「…危険ですからね…」と浩也は言ってから、「食後の修行」と銘打って説明を始めた。


「…濃い灰色の石は?」と浩也が春之介に聞くと、「加重系」と答えると、「おー…」と特に勇者たちがうなり声を上げた。


まさに特殊な術で、守りに関しては無敵の資質を得ることも可能だ。


「特に兄ちゃんや麒琉刀には色濃く出るような気がするね。

 ふたりが試す時、誰もそばに寄らないように」


春之介の言葉に、誰もが超高速でうなづいた。



昼食を終えて、早速術の資質を試そうとテーブルを見ると、頑強なブースに変わっていた。


床や壁などに様々なセンサーが組み込まれていて、その結果を確認して、これからの方向性を知ることができる。


まずは自慢するように春之介が試すと、ほとんどすべてにおいて高性能と確認できる結果が出た。


特に動物だけに、緑を促す術の資質が一番高い。


そして浩也は春之介が言って通り、荷重系の資質は大いにあった。


さらには赤い宝石を持つと目に見えて火が出たので、浩也は大いに苦笑いを浮かべている。


麒琉刀と一太が譲り合いをして、一太がブースに入ると、ここですべてに全く何の反応も示さない結果が出た。


一太はすぐに麒琉刀を呼んだ。


麒琉刀が赤い石を手に持つと、一瞬火が出たのだが、一太に吸収されたように見えて、正確に結果を図れなかった。


一太は納得してブースを出た。


麒琉刀はすべての検査を終えて、浩也よりも小さいが浩也よりも起用と診断されて喜んでいる。


浩也としては微妙だったようで、大いに苦笑いを浮かべている。


大きな変化があったのは能力者だけだが、人間でも変化が見られた。


しかし、一太のような逸材は誰もいなかったが、みんなに希望が湧いている。


そしてここで、力を発揮したのは悪魔な子供たちだ。


全員が大きな炎に包まれ、満面の笑みを浮かべている。


そして子供たちからは、「すごいすごい!」と絶賛され、悪魔な子供たちは今までよりもさらに自信を持った。


天使たちはさすがにやさしい風や水に大いに反応して、コロネに至っては危険なほど水が噴出して、風が嵐となっていた。


「…自分自身が怖いぃー…」とコロネは正しく判断して眉を下げたが、天使たち全員に敬われた。


そして神たちも試したのが、唯一一太と同じ結果が出た者がようやく現れた。


それはもちろん秋之介だ。


人型の秋之介はまるで誇るようにして、幼児姿の天照大神の前に立つと、天照大神は苦笑いを浮かべるしかなかった。


そして殿は嫌々ながらにブースに入れられた虎のベティーだ。


春之介の思惑通り、ベティーはすべての石の反応が出なかった。


よって術は呪術だけという結果を得て納得した。


そして攻撃よりも守りに徹した方が役に立つことを新たに認識していた。


「…すごい修行をした気分…」と浩也は言ってから、気合を入れて修練場に歩いて行くと、仲間たちも浩也と同じ気持ちをもってついて行った。



春之介と優夏は、訓練の時間を勉強に時間に当てて、異空間部屋で子供たちとの追加授業を楽しんだ。


そして外に出て大いに鬼ごっこをして昼寝をした。


だが、野球の練習には二人は参加した。


どれほど能力が上がろうと、このふたりには追いつくことはかなわないと、浩也たちを思い知っていた。



夕食時に源一と花蓮が訪問してきた。


今起きたばかりのようで、夕食を朝食代わりに勧めた。


要件は今後の日程で、正規に採用された球団ニチームのデビュー戦だ。


その二戦目にゼルタウロス軍は試合をすることになっていた。


能力票を見ると、確かに実力はあると誰もが認めたが、ドズ星軍との試合でその実力が発揮できていない。


もちろん手を抜くことはなく、必死でボールを追いかけるのだが空回りしているように感じる。


「不器用な人が多すぎるようですね…

 まさにもったいない…」


「個人競技のかき集めだからね。

 この先、さすがにチームプレイに徹するだろう」


源一の言葉に、春之介は大いに賛同してうなづいた。


さらには正式にアニマール・フロム・アニマールのコンサートについても話があり、試合開始前と試合の合間、試合が終わってからのスケジュールを示唆した。


試合終了後がメインのようで、天使たち全員で癒すことを確約したが、優夏は大いに眉を下げている。


「優夏は普通に体力回復をして欲しい」と源一は言って頭を下げた。


「…優夏独自の効率的な体力回復方法…」と春之介はつぶやくと、優夏はワクワクして春之介を見入った。


「…勉強…」と春之介がその結果をつぶやくと、優夏は大いに困惑していた。


「今日の午前中、気づいたことがあるんだ」


「楽しかったのに、全く疲れなかった…

 春之介と同じように働いてたのに…」


優夏はここまで言って、なぜそのような結果になったのか考え始めた。


「吸収するものがあれば、それが癒しになっていると思う。

 優夏にはまだまだ教えたいことがたくさんある。

 しばらくは尽きることがないほどにね。

 まずは俺を癒してもらって、優夏を癒すという順番で。

 このチームが相手で、さらにパワーアップしていると見込むと、

 少々疲れると思うからね。

 だけど実力が均衡していれば、

 それほどでもないかな?」


春之介は少し笑って言った。


「…どんな状況でも、自然でいられるのは、王様と女王様だけです…」と浩也は大いに苦笑いを浮かべて言った。


話しはこれだけだったようで、源一と花蓮は社を使ってフリージアに戻った。


「…ふん…」と春之介は言って考え込むと、「全部知ってるから話す必要もないようです」と春夏秋冬が答えた。


「ということは、利用する気はない…

 もっとも、今は試験中だからね」


「危険という判断もされているように感じます」


「…そうか、そっちか…」と春之介は言って納得した。


リミッターは簡単には外せないので、悪用される可能性は低い。


しかしそれができる者がいることも確認できている。


惑星を造り上げたロボットだ。


名前は記号だったので、便宜上見た目からタフと名付けた。


留まることを知らないようで、今も平和な人探しに従事している。


「素晴らしい資源は、この星から出さないようにしたいが…」


春之介の言葉に、「出ているものがあるかもしれない…」と優夏が言った。


「物理的には持ち出されていませんが、

 通信履歴には情報が流れ出ています。

 ここを訪れた宇宙船は、

 ゼルダ様に追い返されたようにも感じます」


「そっちの確認にでも行くか…」と春之介は言って、源一を通して、宇宙船とクルーを提供してもらった。


もちろんミラルダが自己主張したのだが、「たまには外からも雇うという実績を作っておくんだよ」という春之介の言葉に折れた。


そして源一お抱えの船長のキースがやってきたことに、「…意味がなかった…」と春之介は言って眉を下げた。


「いいじゃねえですかい…

 ここでも働かせてくださいよ…」


もちろん安心はできるので、反論する言葉もなかった。


しかし次がある時は、キースが推薦するクルーを連れてきてもらうように約束した。


「今回は偵察だから、見つかったら帰るという条件付きですよ」


「へい! 了解!」とキースは陽気に答えて、部下たちに厳しく指示を出し始めた。



春之介と優夏、そして一太たち側近のお付きを乗せた宇宙船は、春夏秋冬の指示通りの星に飛んだ。


アニマール星とは百光年離れているので、ご近所様というわけではない。


もちろんこの星は、ロストソウル軍もフリージア軍も訪れていない星だ。


偵察する星はマリといい、それなり以上に科学技術が発展している。


しかし戦争もあるようで、それほど平和とはいいがたい。


だが手を入れるほどでもないという、微妙な星の環境だった。


宇宙開発もしているのだが、それほど本腰を入れてないように感じる。


「…新天地を求めて…」と春夏秋冬がつぶやいた。


「その新天地を、この星のようにされては困るんだけどな…」


春之介の言葉に、誰もが同意するように眉を下げた。


その新天地であるアニマール星にたどり着くまでに、最低でも50年ほどかかるので、まだ旅に出た実績はない。


アニマールにたどり着いた老人は、非公式で飛んできていたようだが、その記録はしっかりと残っている。


風化してもいいほどに時間が経っているのだが、この情報だけはしっかりと受け継がれていたのだ。


「エネルギー源は、普通に発電しているようだね…

 風力と水力に依存していることが笑わせる…」


もちろん、このマリ星の気候風土に合う発電なので、それほど馬鹿にできるものでもない。


だが、太陽光発電に全く力を入れていないことが、この星の科学者の最大の欠点だった。


星を飛び出した場合、最大のエネルギー源は明るい星の光だけしかないからだ。


「この星の言葉で、メッセージを投げておこうか…」


春之介は言って、メッセージを看板に書いて、このマリ星の科学技術に見合った小さな宇宙艇を造り上げて射出して、マリ星の軌道上に乗せてから、『新天地記念公園』にある、石碑の横に宇宙艇を突き立てた。


宇宙艇が真っ二つに割れて、看板が立ったことを確認してから、春之介たちはアニマールに戻った。



「…ここを目指すんだろうけど、心境は複雑だろうな…

 退化しろと言っていることに等しい…」


春之介たちの短い旅の全ての映像を観た浩也は感想を述べて大いに苦笑いを浮かべた。


「科学技術が進み過ぎるとこうなる。

 それにマリ星はその役目を終えそうだと感じた。

 まだ数千万年先だが、宇宙から見れば末期だ」


春之介の言葉を受けて、「平地にオーロラが出て喜んでいたことが不思議かと」と猛春が言うと、「…星の終焉の警鐘…」と一太がつぶやいた。


「…ああ、そういえば…

 コロネとパンドラを連れ帰った星は、

 怖いほどにオーロラだらけだった…」


春之介は夢見を思い出して、今更ながらに身震いした。


「…そこに、雷の嵐…」と春之介がさらに言うと、誰もが疑似体験したかのように体を震わせた。


「…誰もがそこまでは経験しておりませぬ…」と猛春は言って、春之介に頭を下げた。


「俺もいずれはそうなるわけだ。

 それまでに、俺の帰る場所も作っておきたいからね」


「…うふふ…

 意地でも維持しちゃうからいいの…」


優夏の言葉を聞いた春之介は、優夏をやさしく抱きしめた。


「また初めからやり直すのも楽しいんじゃないのかい?」


春之介の言葉に、「…悩んじゃうぅー…」と優夏は大いにうなって頭を抱え込んだ。


「考えられないほどとんでもない先の話だから。

 いくらでも時間ができた時に悩めばいいさ」


春之介の気さくな言葉に、「…そうするわ…」と優夏は苦笑いを浮かべて答えた。


「すべてが思い通りにならないから、生きていて楽しいっ!!」と優夏の心からの叫びに、子供たちは盛大な拍手を送った。


そして、十才以上の子供たちが、「思い通りの方が楽しい」と優夏に質問を投げかけると、優夏は四苦八苦しながらも子供たちが納得できるまで説明した。


何か行動を起こした時、誰もが納得するとは限らないと、優夏は大いに思い知っていた。


「…そうだ…

 思い通りになるってわかっていたら、

 いずれは生き甲斐も生きている意味もなくなっちゃう…

 成長できると信じてずっと生きていくことが、

 楽しくなってくるんだ…」


悪魔な少年のダンデの言葉に、年長の少年少女も納得していた。


「…脅していうことをきかせるって言わなくてよかったぁー…」と優夏はつぶやいてほっと胸をなでおろしていた。


もちろん、春之介が時々念話を送って、優夏にアドバイスをしていたおかげでもある。


「ふたりで一人前っていうのも楽しいよ」と春之介が言うと、「…うん… 本当にそう思うわ…」と優夏は言って、春之介を抱きしめた。


「ミラクルマンはなんでもできちゃいます!」と年少の子供たちが一斉に叫ぶと、「野球はひとりではできないさ」と春之介が答えると、「…うう… たぶん、ミラクルマンでも無理…」とつぶやいて納得していた。


「ひとりでできたとしても楽しくないし。

 仲間がいてこそ楽しいことはたくさんあるぞ。

 学校で勉強を教えてもらっていることを楽しいって思っている子もいるはずだ」


「…えー…」と子供たちは大いに眉を下げて反論しようとしたが、「ほら、美佐が手を上げたぞ」と春之介が言うと、「…美佐姉ちゃん、ほんとすごいぃー…」と子供たちは議論のことはもうどうでもよくなったようで、美佐を褒めたたえ始めた。


まさに美佐の成績がその証明でもある。


「…本当のことだから、全く反論できないわぁー…」と優夏は眉を下げて言った。


「そういえば、春菜ちゃんがすごいことしてたって、

 ガウルが言っていたよ。

 野球の練習がしたくて、投げて打って捕るを一人でやっていたそうだ」


恭司が眉を下げて春之介に話すと、「練習だったら俺もやりそうだね」と陽気に言った。


「…そうだね… 練習だったらボクもするかも…」と恭司も賛成した。


「仲間がひとりでもいれば、さすがにしないよ。

 春菜はひとりでいて、

 そういう状況に追い込まれたようなものだから。

 そして野球つながりでガウルと仲良くなって、

 ひとりではなくなった。

 春菜はまた仲間を増やして戻ってくるんじゃない?」


「…ガウルはここで暮らしたいみたいだからね…」と恭司は眉を下げて言ってから、春之介に頭を下げた。



その頃春菜は、女性たちに囲まれて質問責めにあっていた。


もちろんこれも修行と春菜は真剣に質問に答える。


「アニマールに入ればいいのに…」と松崎の妹の神のアスカが聞くと、「…アイドルはちょっと…」と春菜は大いにホホを赤らめて言った。


純粋に人前に出て歌って踊ることが恥ずかしいだけだ。


それに、常に笑顔でいることも、春菜にとって難しいのだ。


「まずはアイドルは笑顔」と優夏がいつも言っている。


「…優ちゃんはどうしてあれほどアイドルが好きなのかしら…」と春菜がつぶやくと、「テレビの中の世界に魅力があるって思ってたんじゃないの?」と松崎の幼馴染の勇者のジェシカがさも当然のように言った。


そのジェシカは、幼いころからテレビに出ずっぱりで、現在も時々元いた星に戻って、女優の仕事などもしている。


「…やった方がいいのかなぁー…

 すっごく疲れるって思うけど…」


「精神修行と思えば、

 それほど厳しいものじゃないって思うわよ」


ジェシカは言って、春菜に色紙を渡して、「サイン、書いて」とねだった。


春菜としては、アイドルの契約書にサインを迫られているようで、大いに苦笑いを浮かべていた。


「ジェシカ、お前の世界に引きこむなよ」と拓生が言うと、「そんなことしないわよ」とジェシカは少し憤慨して答えた。


春菜は少し思い直して、ジェシカの話を聞くことにした。


ジェシカの武器はその美貌と、その雰囲気から醸し出す存在感だった。


ジェシカ本人としては、レストランのシェフかパティシエを仕事にしたかったようだったのだが、まずはその修行としてテレビに呼ばれると出演していた。


ある程度は夢が叶って、数十件もの支店を持つ洋菓子店のオーナーにもなっていた。


拓生の家族たちも、それなり以上の実力者ぞろいなのだ。


「…アニマールの食卓に、手づくりのデザートはそれほどでないわね…」と春菜がつぶやくと、「作りに行っちゃうっ!」とジェシカは陽気に言った。


「ただでさえメンバーが少ないんだから、休みの日にしてくれ…」と拓生が言うと、「すぐに戻るわよ!」とジェシカは憤慨して言って、春菜とガウルを抱えて社に入った。



「おや?」と春之介は言って、社から出てきたジェシカたちを見た。


「何が始まるのかしら…」と優夏がつぶやくと、ジェシカが急ぎ足でやって来て、ふたりに挨拶してから、お菓子作りをするから厨房を貸してほしいと言ってきた。


春之介は快く承諾して、真由夏に案内をさせた。


ジェシカとしては春菜はただの同行者に仕立て上げただけで、ほったらかしだった。


「何があったの?」と春之介が聞くと、「…話の流れでこうなっちゃった…」と春菜は眉を下げて言った。


すると厨房から拍手が聞こえた。


春夏秋冬がすぐさまその様子を流し始めた。


「…これは、すごいな…」と春之介をうならせるほどの洋菓子の数々を見入っている。


「真由夏たちが盗んでくれたらいいが…」


「造り慣れてるわ…」と優夏は目を皿のようにして映像を見入った。


「メイドを数人、修行に出した方がいいか…」と春之介は本気で考え始めた。


「…子供たち、大丈夫かしら…」と優夏はこの先の展開を考えて言った。


「あ、それは問題ないから」と春之介は軽い口調で言った。


「今度はどんな奇跡を見せてくれるのかしら?」と優夏は言って、春之介に笑みを向けた。


「飯炊き以外に、デザートづくりが増えるだけだよ」と春之介はお気楽に言った。


さらには洋菓子だけでなく、和菓子やパンまで焼き始めた。


「俺が創る工程は見せちゃダメだな…」と春之介は陽気に言った。


すると完成した半分ほどをメイドたちが運んできて、春之介と優夏の前に置いた。


春之介はすべてをしっかりと見入って、一口食べては全く同じものを創り出していく。


「…もう、コピーしちゃってるぅー…」と優夏は大いに嘆いて、春之介が再現したケーキを見入っている。


「俺好みに修正もかけてるんだ。

 これをジェシカさんに食べてもらおうと思ってね。

 確実に違いが判るはずだ」


「…厳しいパティシエがここにいたわ…」と優夏は言って眉を下げてから、ケーキをひと口口に入れて、さも幸せそうな笑みを浮かべた。


春之介はすべてを一口食べて、全ての再生を終えて、真由夏を呼んで、春之介が再生したものを食べてもらうように伝えた。


「…お兄ちゃん、すごぉーい…」と真由夏は言って、ケーキなどをもってすぐに厨房に駆け込んだ。


ほんの一分後、ジェシカが厨房から飛び出してきて、「あり得ないっ!!」とジェシカは大いに春之介に向かって叫んだ。


「大いに勉強になりました。

 ここに足りないものを指摘してくださってありがとうございました」


春之介の言葉に、「春ちゃんっ! 帰るわよっ!」とジェシカは大いに叫んで、また春菜とガウルを抱えて社に入って行った。


「…そして、へそを曲げさせた…」と優夏は言って眉を下げたが、大いに笑った。


「食べさせて?」と浩也が眉を下げて言うと、春之介が一番うまいと思うものを子供たちに見られないように創り上げて、浩也に渡した。


「…うっ 香りがまず違う…

 こっちの方がうまいと確信した…」


浩也はつぶやいてから一ひと口口に入れて、「…かわいそうなことしてやらないでください…」と浩也は眉を下げて言った。


「雇ってもよかったんだけどね。

 でも俺が気に入らなかったら、

 手を加えさせてもらったんだよ。

 商業目的のものは、少々甘すぎるんだ。

 甘さ控えめと言ってもそれなり以上に甘いからね。

 だから砂糖の代わりに、アニマール特産の甘味料を使わせてもらったんだよ。

 特に男性は、俺が創ったものの方が自然に食べてもらえると思う」


「…私はそれほどケーキは好みませんが、

 このケーキがデザートに出たら、

 また食事をしたくなるほどうまいと感じます…

 ごちそうさまでした…」


浩也は笑みを浮かべて、春之介を絶賛した。


「今日のお勉強は本を読んでイメージして、

 お菓子作りでもやってみようか」


春之介は優夏にもこっそりと創って食べさせると、「…どっちもおいしいぃー…」と大雑把な感想を述べた。


すると拓生がアスカを連れて眉を下げてやってきた。


「…迷惑をかけたね…」と拓生は言って頭を下げた。


「いえ、いい問題定義をしていただきました」


春之介は言って、ケーキをふたつ出して、拓生とアスカの目の前に置いた。


「手品?」と拓生は陽気に言ってから、フォークをもってケーキを切った。


そして口に運んで、納得するように何度もうなづいた。


「…怒るはずだわ…」とアスカが言って、あっという間に食べつくした。


「五感すべてに素晴らしい刺激。

 これ以上のものは、そう簡単にはお目にかかれそうにない。

 しいて言えば、三井悦子さんのお菓子、かなぁー…」


「匹敵してるわよ。

 まさに甲乙つけがたいわ。

 早さを加味すれば、春之介君の勝ち」


アスカの言葉に、春之介は笑みを浮かべて頭を下げた。


「俺が創り出そうと思いましたが、

 メイドの誰かに作らせます。

 その方がありがたみもあるので」


「…だから、こっそりと出したわけだね…」と拓生は言ってちらりと子供たちを見た。


「…はは、そうです…」と春之介は少し照れながら言った。


「ですがひとつ創るのに、

 ケーキ一個分以上のカロリー消費がありますから。

 それほど楽はしていません」


「愛はあるわけだ」と拓生は言って席を立って、アスカを強制的に立たせて社に入って行った。


「…早く作ってるだけで、愛はある…」と優夏は言って笑みを浮かべた。


「大いにお勉強になったよ」と春之介は笑みを浮かべて言った。



「エッちゃんにそっくりな人が三井悦子さん…」と優夏がつぶやくように言った。


「話は聞いてるけど、俺はまだ会ってない」と春之介が答えた。


「王都の厨房にいたから、

 デザートでも造っていたんだって思う…」


「御座成功太の人間時代の姉…」


春之介の言葉に、「…そういう人だったわけだぁー…」と優夏はつぶやいて何度もうなづいた。


「脳力者としては、天使で悪魔。

 その昔は統括地の創造神。

 まさに反則級のとんでもないお人だよ。

 そして今は戦わず、

 お菓子作りに専念しているという変わった人だ」


「…大丈夫かしら…」と優夏が心配そうに言うと、「納得できない何かがあれば、昇天することはないよ」と春之介は真剣な眼をして言った。


すると、とんでもない勢いで社から桜良が出てきたが、その桜良は赤ん坊ふたりをあやしている。


よってそっくりだが別人だと誰もが思い、出てきた女性と桜良を見比べている。


「怒ってるわ!」と優夏は叫んで大いに笑った。


その後ろから源一が眉を下げて姿を見せた。


今回の引率係は、南アメリカの神ミアイで、その姿はオオトカゲなのだが、動かないと造り物と誰もが思うほど大人しい。


「お菓子を馬鹿にしないでっ!」と三井悦子は歯をむいて叫んで怒っているはずだが、その声は笑っているように聞こえて、その口調は桜良にそっくりだったので、春之介も優夏も腹を抱えて笑った。


今度は自分が馬鹿にされたと思ったようで、腕組みをして、「怒ってるのよっ!」とまた叫んで、ぷいっとそっぽを向いた。


「エッちゃんにそっくりぃ―――っ!!!」と春之介は叫んで、また陽気に笑った。


「…うう… それで笑われてたのね…」と悦子は少し嘆くように言った。


「あ、じゃあ、これでも召し上がってください」と春之介は言って、シンプルなイチゴのショートケーキを出した。


「…どこから出したのよぉー…」と悦子は文句を言いながらも、ケーキを半分に切って大口を開けて食べ、「…むむむむ…」とうなったので、また春之介と優夏は笑い転げた。


そして残りも口に運んで、「先生っ!!」と感情を一変させて春之介に頭を下げた。


「一応、説明はきちんとさせてもらいますよ」と春之介は言って、ケーキを創り出すまでの行程を春夏秋冬が映像化して解説した。


「…手間暇かかってるぅー…

 それをたった一瞬で…」


「ここで創れば、同じものの量産もできます。

 働いているのは俺だけではないので」


「…話は聞いてますぅー…」と悦子は眉を下げて言った。


そして今度は鼻を鳴らし始めて、農地の奥にある果樹園を見た。


「…絶対、おいしいですぅー…」と悦子がつぶやくと、「加工をしなくても十分においしいですけど…」と春之介は言って、手のひらサイズの赤い実ふたつをさらに乗せて出した。


「…ん?」と悦子は言って、まじまじと実を確認して、ひとつを手に取ってかじりついた。


「…んー! おいひいっ!」と満面の笑みを浮かべて叫んだ。


本来の赤い実を食べ尽くしてから、さらに添えてあるフォークを手に取って、身を切った。


「…なんてこと…」と言って、切った赤い実に似せたゼリーを口に入れて、さも幸せそうにして両手のひらでホホを抑えて、「…本物よりもおいひいぃー…」と涙を流して感動した。


「超えてなきゃ創った意味がありませんからね」


春之介はまずは握り飯を大量に作ってテーブルに置いて、大きな皿を出して、赤い実のレプリカのような小さな赤い実を大量生産した。


「さあみんなっ! 試食だっ!」と春之介は子供たちに向けて叫ぶと、一斉に走って来て、行儀よく並んで赤い実を手に取ってまじまじと見た。


まさに小さいだけで本物なのだが、食べるとゼリーで、「…おいひいぃー…」と誰もが感動してつぶやいた。


そして春之介は、握り飯を黙々と食い始めた。


「…すごい労力ね…」と優夏は眉を下げて言った。


大量に創り出すと、とんでもない勢いで腹が減るんだとさらに思い知っていた。


悦子は今度は、春之介が食べている握り飯にも注目して、優夏を見た。


「…コンサートが終わって食べてた…」と悦子が言うと、「アイドルの食事でもあるの」と優夏は陽気に言った。


「…まずは、この赤い実を商品化します!」と悦子が叫ぶと、「ええ、いいですよ」と春之介は快く承諾して、レシピを披露してから、真由夏が悦子を厨房に案内した。


優夏は悦子を見送りながら、「…新しい生き甲斐…」とつぶやいて笑みを浮かべた。


「最近、元気がなくてね…

 そろそろボケるか、って思ってたんだよ」


源一は眉を下げて言って、春之介に頭を下げた。


「無碍に引き留めるのも問題がありますからね。

 生き甲斐を与えないとただただ辛いだけですから。

 それからお菓子作りも、

 星復興の一部にした方がいいと思います。

 喜んでくれる子供たちは、

 星の数以上にいますから」


「いつまでも納得できないはずだ…

 その星が終わっても、また別の星の子供たちが待っている…

 星によっては、趣向も味の好みも大いに違う…」


源一は笑みを浮かべて言ってうなづいた。


真由夏は厨房の一部を菓子工房にして、今は悦子に使ってもらうことにした。


その手際はしっかりを目に焼き付けたので、真由夏は家族たちとともに眠りについた。



「…うまそうにない実だな…」と春之介は言って、妙な色の木の実を眉を下げて見た。


もちろん今は毎日の日課の夢見中だ。


そして小動物たちが木に群がって、必死になって実を食べている。


見た目の色が悪いだけで、小動物たちは空腹を満たすだけではなくしっかりと味わっている。


この実が熟すのを待っていたのか、所々の実には小動物の歯形がついているものもある。


よってその実には虫が湧いているので、小動物が食べることはない。


『やっと飛べるようになったわぁー…』と高揚感を上げて、妙な羽の色の蝶が空に舞い始めた。


「…感情的には動物よりも人間っぽい…」と春之介は言って、宙に舞う蝶を見上げて言った。


春之介は木から離れてふわりと宙に浮くと、別の実のならない木が、蝶のマンションのようになっている。


「…この星の人間は蝶だ…」と春之介は眉を下げて言った。


「…すっごく合理的な進化のように思うよ…

 果実は豊富なようだから、

 蝶が小動物に食べられることはないみたい…」


春之介の肩の上にいるパンドラが言った。


春之介はさらに上昇すると、まさに蝶が飽和状態なのではないかと思うほどにいる。


そしてある一角では熾烈な争いがあい、花畑で小さな戦いが繰り広げられている。


「…花の蜜は貴重のようだ…」と春之介は言って眉を下げた。


場所を変えても、どこもかしこも蝶だらけ。


動物たちは蝶に遠慮して暮らしているように感じる。


「…たぶんね、蝶を襲ったら、団体で攻撃されるみたいだよ。

 知能は高いから、小枝でも十分に武器になるから」


「それはありそうだな…

 これだけ蝶がいれば、連れ帰れとことらしいが、

 これほど繁殖されると迷惑だ…」


蝶の天敵ともいえる鳥がいないようなので、これほど繁殖することもうなづける。


「…寿命は短いようだね…

 ある意味不幸だよ…」


パンドラは言って、風で飛ばされている蝶の死骸を見て言った。


「知能は高くても、何もできないままその生涯を終えてしまうわけだ。

 イヤな進化をしたものだな…

 それに、昆虫でしかないし…」


「推定として、何とか人間のような感情をもつことが可能な脳でしかありませんが、

 昆虫としては大きいです」


「ほとんど姿を変えずに人間となった…

 だったら、俺はここに、高性能な蝶を見つけるためにやってきたのか…

 いや、理由がよくわからないけど…」


「先ほど飛び上がった時の状況と、大陸の様子から、

 蝶は推定で3千億ほどいるようです」


「…さすが昆虫…

 普通じゃないな…

 人間として生まれた」


春之介がここまで言うと、別の星に飛ばされた。


今回はごく普通の自然がいっぱいの森だった。


「お試し人間経験」と春之介がひと言でいうと、「…そういうこと…」とパンドラはつぶやいて納得していた。


宇宙壁や虫ばかりを経験した魂たちが飛ばされる星ではないだろうかと春之介は考えたのだ。


もちろん、魂たちが動物などに接してきて、人間という生物に興味を持ったものが蝶の人間に転生できる。


そして文明文化はほとんどないが、虫や動物とは違う思考をもって生活する。


その期間は短いが、人間の生から死を駆け足で体験するのだろうと、春之介は感じたのだ。


「段階を踏んだ世界を体験すれば、

 それなり以上の経験にもなって、

 本来の人間として生を受けた時、

 人間のランクとして差が出るように思う。

 よって猟奇的事件を起こす者は、

 幼児体験だけではない元から持っている残虐性があってもいいはずだ。

 こうやって人間の魂はランクアップを目指して転生しているように感じたね」


「生まれてすぐの性格の違いは、魂の経験が違うからなんだなぁー…」とパンドラは笑みを浮かべて言った。


「この事実を知っておく必要があるんだろう…

 じゃ、次の仕事だ」


春之介は言って辺りを見まわした。


虫の姿は見えるが、動物はいない。


しかし、春之介を凝視している眼を感じる。


春之介がゼルタウロスに変身すると、その視線が消えた。


「逃げたようだ」


ゼルタウロスは言ってから、この辺りの生の魂を探った。


まさに田舎といった感じで、人間の魂は当りに散らばっていて100人ほどいる。


動物の魂はその十倍ほどで、この森に集中している。


この森はかなりの広さがあって、動物の数が少ないと感じる。


大型の動物はいないようだ。


よって動物たちは人間に狩られているのではないだろうかと、ゼルタウロスは考えた。


「狩られるかもしれないから隠れよう」とゼルタウロスは言って木の枝に向かって飛び上がって、音をたてずに枝伝いに移動した。


狩りは子供の仕事のようで、弓のようなものを持って数人が散らばって、高い草などを凝視している。


どうやら木の上で生活する動物はいないようだと、ゼルタウロスは判断した。


その腕前を観ようと、ゼルタウロスは近くにある木の実を爪をひっかけて音を立てずに取り、スナップを利かせて30メートルほど前方に投げた。


『カサ』と小さな音がした途端、狩人たちは一斉に矢を放った。


なかなか素晴らしい反射神経で、まさに狩りに慣れている。


「いや、音だけだ、いない」と一番身長が低い子供が言った。


「木の実が落ちてきた音じゃないって思ったけど…」と少し身長が高い子供が言うと、―― 大正解… ―― とゼルタウロスは陽気に思って、安全な場所に向かって音をたてずに移動した。


「みんな俺の部隊に雇いたいほどだよ…」とゼルタウロスが言うと、「子供なのにすごいって思ったんだけど…」とパンドラは言って眉を下げた。


「ああ、みんな大人だったと思う」と春之介が答えると、また別の星に飛ばされた。


今回は文明文化がある児童公園の小さな森に立っていた。


今は早朝のようで、魂たちの移動がほとんどない。


しかしこの公園に、人間の魂がふたつある。


お互い気付いていないのか、大きな噴水の北と南に離れて置かれているベンチに座っている。


ひとりは新聞のようなものを呼んでいるサラリーマン風の成年男子で、もうひとりは少年で、うつむいて考え込んでいるように見える。


すると、「ふんっ」と青年が鼻を鳴らした。


くだらない記事でも書かれていたのだろうと、ゼルタウロスが興味を持つと、春夏秋冬がその記事を宙に浮かべた。


『ウルトラミラクルウォーズ参戦のため、今日現地入り』


どうやら新しいチームの所属する星に飛ばされたようだとゼルタウロスは確信した。


春夏秋冬が様々な情報をかき集めて、「…突然のリーダー交代劇…」とゼルタウロスはつぶやいて、新聞を読んでいる青年を見た。


「第一印象は荒んでいるように感じた。

 その事情が知りたいけど…」


ゼルタウロスは、その逆側に座っている少年の方が気になっていた。


すると足元に落書きがされていて、とんでもなくうまいと大いに感心して、感動すらしていた。


この少年はアニマール・フロム・アニマールのメンバーのひとりに恋をしていたのだ。


「…絵描きとして雇うか…

 この子の現在の生活環境を…」


ゼルタウロスは魂たちにお願いして、ひとりで暮らしていることに少し驚いた。


生活力はないようだが、普通の身なりで腹も空かせていないと感じる。


「…こんな子、すっごく多い星のようだよ…

 国の差はそれほどないみたい…」


「…誘拐しやすいようだ…」とゼルタウロスはにやりと笑った。


少年は保留して、青年に意識を集中した。


青年の手は震えていた。


「…俺の行動は間違っているのか…」とゼルタウロスは青年からあふれ出ている感情を読んでつぶやいた。


「…悪い人じゃなさそうだ…」とゼルタウロスは言って、青年に向かってすたすたと歩き始めて、青年の視界内に入った。


「ん?」と青年は言って赤い猫を見た途端、「…まさかだったぁー…」と大いに嘆いて新聞を放り出して頭を下げた。


「ゼルタウロス様っ!

 お待ちしておりましたっ!」


青年が叫ぶと、少年にも聞こえたようで、考えることなく噴水の縁を走ってやって来て、「…赤い猫ちゃん…」と笑みを浮かべて言った。


「今すぐに連れて帰ってもいいし、正式に迎えに来てもいよ」


「連れて行ってください!」「連れて行ってっ!」と青年と少年が叫ぶと、ゼルタウロスは寝室で目覚めた。


青年がガッツポーズをとって笑みを浮かべて眠っていることに少し笑った。


そして少年も笑みを浮かべて無意識なのだろうが床に何かを描いているように見える。


「ふたりとも、みんなのいい刺激になりそうだ」とゼルタウロスはつぶやいて、春之介に変身した。


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