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ミラクルマンダッシュ!  作者: 木下源影
12/25

続々々々々々々々々


     12


春之介はミラクルマンインタビューで、知った事実を大いにデフォルメして語った。


結論としては、ミラクルマンの住処はこの地球であることに、子供たちは大いに歓迎した。


また別の問題として、この宇宙には自分たちよりも不幸な子供がいくらでもいることに、大いに心を痛めた。


金品の寄付ではなく、直接手を差し伸べて救う必要もあるのだ。


よって春之介はまずはこの地球上の不条理を一新すると宣言した。


国の制度や威光などはお構いなしで、すべての子供たちを救うと宣言したのだ。


そのためには、使える大人の仲間も必要になる。


そして邪魔な大人は排除する。


「そういった大人は身に覚えがあるだろうから、

 覚悟しておいた方がいい。

 悪いヤツから順に更迭してやるからな」


この脅しだけで、その悪いヤツが簡単に姿を消した。


もちろん、これには神が関与していて、天照大神が神の鉄槌を落としたことにより、大いに怯えて素直になったようだ。


よってその後釜に、春之介が期待している人材があてがわれることに決まった。


まずは大人の世界を正さない限り、子供たちは安心できないのだ。


そして、食糧問題、エネルギー問題、住居問題、衛生問題は一気に解決した。


春子は農地を創りその土地土地を清潔に保ち、エネルギーは春之介が数日間を費やして太陽光プラントと永久機関発電機を無料で配布できるようになった。


そして神たちは、許可の出た空き地に家を建てた。


まさにこういう仕事を源一たちは行っていたのだ。


その予行演習を、どの星よりも人口が多いこの地球で試したのだ。


そして最終的には、国連を見張り番として機能させた時点で、すべての地球の住人たちに安息の日がようやく訪れた。


この地球自体も、今までよりも緑濃い星となり、穏やかな空気に包まれていた。


よって地球である春之介にも、当然いい効果が見えてきた。



だが、春菜は気に入らない。


やはり春之介は優夏の僕でしかないと確信しているからだ。


納得できない理由は、優夏が本来の姿を見せないからだ。


よってそれを見た時、春菜も春之介と同じようになるのだろうということもわかっていた。


しかし確認しない限りは納得できないことを優先して、春菜は優夏の前に立って、「威厳と真の姿を見せて」と堂々と言った。


もちろんこの場に春之介もいたが、春菜を諫めることはしない。


体感しない限りは納得できるはずがないのだ。


「じゃ、覚悟してね」と優夏は穏やかに言って、本来の真っ黒な姿に変身した。


その姿はつかみどころがないが恐ろしく、さらには威厳もある。


天照大神の神以上の畏れがある姿と存在感なのだ。


春之介は何とか我慢して苦笑いを浮かべていた。


「だから何なのよ。

 確かに春君よりは強そうだわ。

 だけど私は納得できないわよ、春君」


春菜はまさに冷静に言い放った。


春之介も黒い物体の優夏も、今の春菜の状態が理解できなかった。


ここにいる春之介の仲間たちは、優夏の変わり果てた姿を正視できず、頭を抱えて、椅子に座っていることすらできず、床に伏せているほどだ。


「…そんなはずはない…

 恩人は春菜ではない…」


黒い物体が大いに困惑してうなると、「何よそれ」と春菜は全く怯えることなく、黒い物体をにらみつけて言った。


黒い物体は優夏に戻って、「…春菜と結婚した方が…」と言い始めると、「ふざけんな!」と春菜はいつもの調子で言って優夏をにらみつけた。


優夏はまだユーモアがあるが、春菜は大いに真面目に対峙している。


「解決しないから、一度あっちに連れて行け」


春菜の勇ましい言葉に、「…そうした方がよさそうね…」と優夏は大いに困惑して言った。


「…俺は、優夏の何が怖いんだ…

 やはり、神の系列か…

 いや、存在感に怯えていることはわかる…

 …俺が、動物だからか…

 怯えるのではなく、警戒…」


春之介はここまで言って、安堵の笑みを浮かべた。


「過剰に警戒していただけだった」と自然な笑みを浮かべて言った。


「…春之介もころっと変わっちゃったぁー…」と優夏は嘆くように言って、また黒い物体に変身すると、春之介も赤い猫に変身した。


「怖くない」と赤い猫が言うと、「抱いていい?」と黒い物体は本当の春之介の感情を判断できなかったので眉を下げて聞いた。


「根性試しとして」と赤い猫が言うと、黒い物体は機嫌よく赤い猫を抱いてキスをした。


「だからすんなと言っている!」と春菜は大いに怒り捲っている。


「あんまり怒ってると、夏介に嫌われちゃうわよ」


その夏介も、今はまた頭を抱えて床に伏せている。


「…夏介君はもう醒めちゃった…」


春菜の呆れたような言葉に、「…それでもいいですぅー…」と夏介は姿勢を変えずに声を震わせて言った。


今は恋愛どころの騒ぎではなく、命すら危ういと感じていた。


「春ちゃんにはもう相手はいないって思うわよ?」と黒い物体は言って優夏に戻った。


「それほど好きでもない男と付き合うつもりはないわ」


まさにいつもの春菜の堂々とした言葉だった。


「…夏介はクビだ…」と赤い猫が比較的冷たく言うと、夏介は大いに戸惑って、何とか体を起こして、テーブルに手をかけて立ち上がって、「…これほど恐ろしい方に出会ったことがありません…」と夏介は言って、春菜を見ると、赤い猫も優夏も大いに笑った。


「あ、まさか、怯えていたのは春菜の方?」と赤い猫が聞くと、「お三方全員ですぅー…」と夏介は言って頭を下げた。


「…あー… クビは撤回で…」と赤い猫は言って春之介に戻り、夏介に頭を下げると、「…あー… 助かったぁー…」と夏介は安堵して、何とか椅子を引いて座ってから、ほっと胸をなでおろした。


「…春菜の覚醒がとんでもなさそうで、なんかいや…」


春之介の言葉に、優夏は何度もうなづいて大いに賛同していた。


「だけど今の状況をあっちで試そう。

 夏介は耐えたが、

 耐えられず発狂する者が出るかもな」


春菜は非常にマズイことを言ったのではないだろうかと思い夏介を見た。


さすがに強大な怖い者が三人もいれば、誰だって怯えもするだろう。


しかも神たちも怯えていることに厳し過ぎるのではないかと少々焦っていた。


さらには、一番怖いのはどう判断しても春菜だったようなので、ここは初心に戻って、夏介の右手を両手でつかんで、「やっぱり逃がさないもん!」と叫んだ。


「あ、抑えとして安全策を取った」


「…往生際が悪いわぁー…」


春之介と優夏の言葉に、「うちの家系は恐妻家が多いからいいの!」と春菜は都合よく言って、夏介の腕を放して自由にした。


「今回の精神鍛錬は、まさにこのまま死んでしまうとすら思ってしまいました」


「…強くなったと思うよ…」と春之介は夏介の気持ちが手に取るように分かったので、眉を下げて言った。


「春夏秋冬、今のここの様子を万有様は確認した?」


「はい、確認されて、みなさんに公表されました。

 …あのぉー…」


春夏秋冬はその結果を話すことを大いに戸惑った。


「こっちに来るな、とか?」と春之介が眉を下げて言うと、「源一様と花蓮様以外は比較的そのような感情のようですぅー…」と春夏秋冬は申し訳なさそうに言った。


「じゃあさ、春夏秋冬から感じたことを教えて欲しい」


春之介の質問に、「…この子が一番強いかも…」と春菜は言って大いに興味を持って春夏秋冬を見入った。


「…まあ、春菜の結婚相手の場合、生物じゃない方がいいのかもしれないね…」


春之介のほぼ軽口に近い言葉に、春菜は春之介をにらんでから春夏秋冬を見た。


「様々な過去の状況から判断して、

 ボクたちヒューマノイドでも感じた威厳から停止した事象が何度もあります。

 そしてボク自身の感情回路には、

 人間で言う動揺というものは感じていませんでした。

 記録自体が全てスムーズに再生できていますので、

 人間で言う緊張もありません。

 ですが怖くなかったわけでもありません。

 今回は源一様が創り上げられたプログラムが

 守ってくれていたと言っていいと感じました」


春夏秋冬の言葉に、「まさにロボット愛、かぁー…」と春之介は納得して言って笑みを浮かべた。


「源一様の影のイカロス・キッド君の見解によると、

 君以外にそこで暮らせる子はいないよ、です」


春夏秋冬の言葉に、春之介も優夏も大いに笑って春夏秋冬を抱きしめた。


「…春君のコピー…」と春菜は言って春夏秋冬を見入った。


「あのさ、ある意味春菜は危険な道に入っているって思わないの?

 現実世界にお人形遊びを取り入れていることと、何も変わんないんだよ?」


春之介の言葉に、春菜は大いに戸惑ったが深く考えてから、「私が自然な私で暮らしていくのなら、春夏秋冬が必要」と胸を張って言った。


「覚悟がある言葉だね。

 だったらそれでもかまわないさ。

 だけどさ、夏介にも慣れというものが発生するんだよ。

 春夏秋冬の見解では、今の状況以上に怖い状況はあったようだが、

 それなり以上に怖かったわけだ。

 だから夏介のさっきまでの姿をもう見ることはないかもしれないんだ」


「だけど、頼りないって思っちゃったもぉーん…」と春菜は言って、少しホホを膨らませた。


「それも正しい見解だけどね、

 今は決めない方がいいと思う。

 はっきり言って今度夏介があっちに戻った時、

 すぐにでも相手を決めそうな気がしてならないんだ。

 例えば、ペガサスのフィル様」


春之介の言葉に、「あっ!」と夏介は言って、ホホを赤らめた。


すると春菜が、「…うー… …この、浮気ものぉー…」とうなると、「春菜も一緒じゃん!」と春之介は陽気に言って、優夏とともに大いに笑った。


「だから今は決めない方がいいと思う。

 恋愛はお互いの気持ちだ。

 奪うあいはそれほどあっていいとは思わないね。

 第一の理由はやはり平和ではないし、

 相手の気持ちを汲んでいないという意味がある。

 だけど、強引さを見せた時に、

 さらに恋愛感情が強くなることも考えられる。

 これは欲ではなく、

 相手に対する想いを態度で示したということになるはずだから」


「…今は、少しだけ、我慢するわぁー…」と春菜は言って、ぎこちない笑みを夏介に向けた。


「…フィル様の方が怖くないなぁー…」と夏介が言うと、春菜は寂しそうに眉を下げていた。


「フィル様がもし春菜の顔色を窺ったら、春菜の勝ちだと思う。

 フィル様が夏介と付き合うことを辞退すると思うんだ」


「あら! 朗報だわ!」と女子二人は大いに喜んで同時に言った。


それは大いにあると思い、夏介は眉を下げていた。



「…さて、大問題だけど…」と春之介はまだうずくまったままの家族や仲間たちを眉を下げて見た。


「小さな家族になっちゃったわ…」と優夏が悲しそうに言うと、天照大神がここは奮起して立ち上がって、まずはクレオパトラに檄を飛ばしてから、神たちを叩き起こし始めた。


「ま、これは順当だね。

 俺の本来の家族だから」


春之介がさも当然のように言うと、「…それなり以上にタフね…」と優夏は眉を下げて天照大神たちを見て言った。


「だからさ、こういう術は有効になる」


春之介が言って、春之介、優夏、春菜に術を放つと、「えっ」と、頭を抱え込んでいた誰もが言ってバツが悪そうな顔をして床から這いあがって、ここは何とか椅子に座ってうなだれた。


「人間の皮をかぶせた」という春之介の言葉に、「これも問題だけど、今はこれでいいわ…」と優夏は仕方なさそうに言った。


「…話すらできないもの…」と春菜も眉を下げて言った。


春之介は家族たちと仲間たちに顔を向けて、「何とかして慣れて欲しい」と言うと、特に真由夏は号泣を始めた。


そして優夏が子供にした、春子、美佐、ベティーも真由夏と同じようにして大声で泣いた。



「さて、大問題は、春菜が何者かということ。

 魂を探れば簡単に判明するけど、

 できればそれはしたくない。

 この先大いに鍛え上げて、まずは春菜自身が自覚してほしい。

 それが一番自然だと思う」


「…花蓮に平和的にケンカを売るのがいいぃー…」と優夏が言うと、春之介は大いに笑った。


「…野球の実力勝負ね…」と春菜はため息交じりに言った。


「着せた人間の皮は肉体には作用してなくて、

 何も抑え込んでないから、

 肉体の実力を100パーセント出せるから」


「…そう… よかったわ」と春菜は笑みを浮かべて言った。


「だけど、花蓮っていう人と対決して何がどう変化していくの?」


春菜の疑問に、「まずは対抗心よ」と優夏が短い言葉で言った。


しかしこれだけで、「ふーん、なるほどね」と春菜は言ってほどんど納得していた。


「私って、優ちゃんに対抗したり、

 春君にも大いにきりきり舞いさせられてるから、

 逆境には強いと思うわ。

 もちろん、諦めてなどいない。

 野球をまた始めて、新しい私を発見できているの」


春菜は薄笑みを浮かべて言った。


「野球の実力は人間レベルだけど、

 それ以外は神でしかないけど…

 威厳は天照ちゃんほどだから畏れることはないわ。

 もちろん、戦いにおいては誰よりもエキスパ-トだから、

 そこは触れないことにしたの。

 肉弾の戦いを迫られるって思ったけど、

 なぜだか何も言わなかった。

 きっとね、彼女は自分に宿題を与えたはずなの。

 野球で私に勝たない限り、

 花蓮が得意な肉体の戦いはお預けにした」


優夏が語ると、春之介も春菜も大いに納得していた。


「一戦終わった時、悔しそうではあったけど穏やかだった。

 だから春菜には、肉弾の戦いを迫ってくるかもしれないね」


「そんなの興味ないもん…

 乱暴なのは嫌い」


春菜が春之介の言葉を一刀両断にすると、「だからこそ都合がいいんだ」と春之介はにやりと笑った。


「花蓮に弟子入りするのよ」と優夏が言うと、「えー…」と春菜は大いに嘆いて大いに嫌がっている。


「春ちゃんはたったそれだけで覚醒するって思うわ。

 少々のことならへこたれないって思う。

 あの絶壁、意地になって昇ってるでしょ?

 しかも後半ほど速くなる」


「スタートとゴールがわかっているから、

 どうしても早く終わらせたくなるの。

 後半は特に疲れが見え隠れするから、

 疲れ切る前に昇ってしまいたいのよ」


まさに合理的だと思い、春之介は大いにうなづいた。


「余裕ができたら、

 確実に格下の人と並んで登ればいいわ。

 人に合わせるって、ほんと大変だから」


「…やりたくないけど、

 それをやんなきゃ、私ってずっと畏れられたまんま…」


春菜は大いに嘆いて言った。


「まさに、普通に生きることと同じだよ。

 できれば不得意なことは、

 今のうちに経験しておいた方がいいはずだから。

 俺も今日からそうするよ」


「…仲間がいたから助かったわ…」と春菜は力ない笑みを浮かべた。



春之介はまだ安心していない。


地球上のすべての人たちが救われたわけではないからだ。


それは街にある黒い一角だ。


ある意味、ここに住む者は、この地球の悪い空気に当たって生まれてしまったと言っていい存在だったことが、春之介と優夏の見解の一致を見た。


いつか暴発するかもと思っていたのだが、今までとまるで同じだ。


潮来がかなり厳しく見張っているようで、この地球のそばかすのように残ってしまっている。


まずは日本にあるこういった場所を8カ所解放して、一段落ついた時にようやく予定の日がやってきた。


『ウルトラスターウォーズ 第一戦

 地球バーサスドズ』


春之介がこのタイトルを命名したのだが、その対戦相手のドズ星のメンバーにはまだ会っていないし、その実力も又聞きの又聞きのようなものだ。


しかし、「ご褒美ご褒美」と春之介は毎日のようにつぶやいて日々を過ごした。


今回も宇宙船をチャーターして、選手だけでなく、仲間の観覧希望者はすべて乗り込ませた。


もちろんこの地球でも放映することになっている。


今回は警備員として源一からロボットを三体もらっていた。


そのロボットを経由してインターネット上に放映する。


現在は今までのミラクルマンの軌跡としてそのチャンネルで流しているのだが、土曜日ということもあって、視聴数が50億を超えている。


まさに星を上げてのお祭り騒ぎとなっていた。


「今回はキースさんじゃなかったんですね」と春之介が船長に笑みを向けて言った。


「はい、今回キースは本業の方で、涙をのんで譲ってくれました。

 私、クリス・ハウンゼンと申します」


まさに紳士然と語ったが、キースとそれほど変わらず好感が持てた。


船の船長というよりも、王の執事のように感じたからだ。


今回も短いが宇宙の神秘をみんなで体験してからフリージア星に到着した。


「…この日があってほっとしたよ…」と源一が眉を下げて出迎えて、春之介と優夏と固い握手を交わした。


そして、「まさかだったよ…」と大いに眉を下げて春菜とも握手をした。


「私がただただ鈍いだけだって思っていたけど、そうじゃなかったようだわ」


春菜は機嫌よく言った。


「今がその状態じゃなくて助かったって言ったところだ」と源一は眉を下げて言った。


春菜は辺りを見回して、「奥様は?」と聞くと、「早々に本来の仕事に行ったよ」と源一は申し訳なさそうに言った。


「試合が終わったころに戻ってくるはずだから」


そして春之介たちは源一の後ろに座っていた、雄々しき肉体を持った30名ほどの男女を見入った。


「…はは… ある意味神以上…」と春之介は眉を下げて言った。


源一は振り返って、「ドズ星の勇者、能力者諸君だ。子供のころから野球に勤しんでいた」と説明すると、代表者の女性のジュレを紹介した。


ひとりだけスレンダーなので、絶対に変身していると誰もが怪訝そうな目をしてジュレを見ていた。


そしてチームに関係あるのかないのか、ふたりの大人がかなり背後にいて、春之介たちに値踏みをするような目で見ていた。


「一番奥の方たち…

 お一人は皇源次郎さんですね」


「…ケンカを吹っ掛けなくて助かったってところだね…」と源一は言って眉を下げた。


「もうひとりはランス・セイント。

 本来ならば、俺の上司のはずだったけど、

 その運命が変わったと言ってね」


源一の説明に、春之介は家系図を思い出していた。


「第ニ期の神の重鎮ですね。

 しかも魔王という存在を生んだお方…

 俺とは入れ違いだったようですね…

 俺の方が後で産まれたようです。

 それにすべてを自覚されている。

 普通でなはいほどのお仲間のようです」


「…そのはずだったんだけどね…

 でも、ある程度は素晴らしい宇宙の王にはなれるはずだよ…」


源一がため息交じりに言うと、「その道でも別にかまわないのです」と春之介は柔軟性をもって言った。


「楽できそうだからそれでいいよ?」と優夏がかわいらしく言って少し笑った。


「本人も楽をしたいそうで」と源一が言うと、「ふーん…」と優夏が言って術を使ってランスを引き寄せた。


いきなりのことで、ランスは大いに身構えたが体が動かない。


優夏は結界を破壊して黒い肉体となっていた。


「…時には協力して仕事をすればいい…」と優夏が言うと、ランスはもうすでに白目をむいて失神していた。


「…こらこら…」と春之介が言うと、優夏はすぐさま人型に戻って、春之介の結界を着た。


「…ドス星の皆さんが怯えちゃったじゃないか…」と春之介が眉を下げて言うと、「…夢だったってことにしてぇー…」と、優夏は大いに嘆いた。


「…体感することは重要だ…」と源一は言って何とか意識を保っていてようやく背筋を伸ばした。


「…この畏れがほぼ三倍だったわけだ…

 俺は起きていられなかったはずだ…

 だが、ここにいる人たちは全員が起きていた…

 家族、仲間という絆がそうさせていたとしても、

 普通以上だ…」


「恐怖を感じていたのは俺も同様でした。

 俺自身がそう思い込んでいただけでしたけどね」


源一はすべてを理解してほっと一息ついてから、なんと、春之介の身長の三倍ほどある巨大な恐竜に変身した。


「ふざけ過ぎるとペットにされますよ」と春之介が機嫌よくその太い後ろ足を叩くと、秋之介が恐竜よりもさらに巨大なクマに変身して、恐竜を食らわんばかりに大口を開けていた。


恐竜はさすがに恐怖したようで、すぐさま源一に戻った。


「…俺の威厳はすべて吹き飛んだ…」と源一は大いに嘆いた。


「規格外だと思っておいてください」と春之介はなんでもないことのように言った。


秋之介はひと仕事終わった褒美とばかり、小さなクマに戻って優夏に抱かれた。


そしてもうひとりの面倒な存在の皇源次郎は、―― ベティーがいない… ―― と思って春之介の仲間たちを見ていた。


まさか人型の少女に変身しているとは思ってもいなかったのだ。


ベティーは美佐と春子と手をつないで眉を下げてこの場の光景を見ていた。


「さあ、ルールの最終確認をしましょう」と春之介は言ってジュレとともに席についた。


基本ルールでの厳重注意は、ボールに干渉する術、体術、能力を使わないこと。


そして、全選手を効率よく使えるように、一度ベンチに下がってもまた出場できる特別ルールも設けた。


よって休憩を取ってまた試合に出ることが可能となる。


そして最重要事項があって、使うボールは特別製とした。


基本は地球で使っている硬球なのだが、春之介がそれぞれを分解して説明した。


「投げたり打ったりしても火は出ないので」


春之介の冷静な言葉に、ジュレは大いに眉を下げていた。


もちろん、映像を観ていて、優夏が火の玉を投げていたことは確認していた。


まさに最大級の畏れが乗っている事項に、―― 本気で野球ができる! ―― とジュレは大いに気合が乗っていた。


「いい気合いです。

 ですが俺たちもうれしいのです。

 本気で戦って、野球らしい試合ができそうなので」


「…それは、よかったですぅー…」とジュレはここは大いに下手に出て言った。


「対戦相手によっては、

 チームを二分して紅白戦にすることも考えていましたが、

 その心配はなさそうです」


「…気に入っていただいて何よりですぅー…」とジュレは言って眉を下げた。


だがジュレたちドズ星人は自信があった。


そして誰もが大いに背筋を伸ばして、春之介たちを見入っていた。


「重力差は、それほど問題ではありませんから」


ドズ星人たちの隠し事は一気に露呈した。


それだけが心の支えだったが、一瞬にして打ち砕かれたのだ。


「ドス星に行って体感しましたから。

 重力が厳しい星のようですが、

 普通に飛べたので何も問題はありません。

 それに、野球の練習はほどほどにして、随分と走り込みましたよ。

 ですので俺たちはあなたたちと同じ、

 機動力重視のチームですので」


「…マネしちゃダメェー…」とジュレが甘えた声で言うと、春之介は大いに笑った。


「さあ、練習にでも行きましょう。

 大勢の観客がスタンドで待っています」


春之介は言って立ち上がり、大勢の仲間たちとともに空を飛んで、ゼルタウロススタジアムに向けて飛んだ。



観客たちはまさか選手が空から降りてくるとは思わなかったようで、「お―――っ!!!」という大きな歓声が沸き上がった。


春之介たちは大人数だが、ベンチには余裕があるのでそれほど狭く感じない。


選手として認められなかった仲間たちは、機嫌よく特等席で野球観戦できることを喜んでいた。


しかも仲間は選手だけではなく、春咲高校から放送部員も連れてきていて、ウグイス嬢や技術者として雇っていた。


天照大神スタジアムと同じ構造なので、迷うことなく放送室にたどり着いて、機材チェックを始めた。


ドス星人たちも空から降りて来て大歓声を受けながら、早速練習を始めた。


普通ではない投球速度や打球速度に、観客たちは驚くよりもあきれていた。


もちろん、地球人側のベンチにいる観客も大いにうなっていて、人間と能力者の差を思い知っていた。


もちろん空を飛ぶのもありなので、大飛球の場合は確実に捕られてしまうので、反応できないほどのライナーでスタンドを狙う必要がある。


もしくはスタンドは狙わずに、確実に守備の間を抜く打撃力が必要になる。


さらに言えば、春之介がやったように叩きつけて高いバウンドで出塁する方法も使える。


しかしどれも長打は無理で、塁を埋めて得点を重ねる戦いになることは必至だ。


先発はキャプテンのジュレで、軽く200キロ超えの球を投げてくる。


普通の人間たちは、―― 当たったとしても出塁は無理… ―― と大いに呆れていた。


そして春之介たちの練習が始まると、まさにドズ星の選手たちと同じ動きをしたので、観衆は大いに盛り上がり、「看板に偽りなしだ!!」と大声で叫んだ大人がいた。


その声の主に、「…普通に人間だけど…」と優夏が大いに気にし始めた。


「このフリージア星の関係者で、

 次の俺たちの対戦相手だ」


春之介の言葉に、「次も楽しめそうだわ」と優夏は陽気に言って、投球練習を始めた。


一球投げたところで、優夏はまた内野スタンドを見上げて目を見開いた。


もちろん春之介は優夏の異変に気付き、この反応を見せるのはひとつしかないと察して、優夏に駆け寄って、「母ちゃんがいた?」と聞いた。


「…いることがわかったからもういいわ…」と優夏は笑みを浮かべて言って、一球目よりも気合が入ったボールを投げた。


すると、「おー…」とスタンドが大いにどよめいた。


優夏と春之介の間に飛行機雲が浮かんで、ボールの軌道がよくわかった。


「少し抜け!」と春之介は笑みを浮かべて指示を出した。


「そうするわ!」と優夏は陽気に言ってアイドルダンスを始めると、スタンドにいる子供たちの心をつかんだようで、「ユーカちゃぁ―――んっ!!!」という大歓声が沸いた。


優夏は踊りながらも気合が入ったボールを投げて、スタンドに手を振って投球練習を終えた。


春之介はそのまま守備練習に参加して、まさに火が出るようなノックを始めた。


ここでもボールが移動すれば水蒸気が湧くが、神たちは笑みを浮かべて陽気に、しかも簡単に処理する。


もうこの時点で、ドズ星の選手たちは大いに気合が入っていて、春之介たちゼルタウロス軍のファンになっていた。



試合は始まり、先攻はゼルタウロス軍で、春之介が打席に立った。


ジュレは先ほどまでの気弱そうな笑みではなく、気合の入った凛々しい顔をしていて、さらに、「ふんっ!」と気合を入れてその肉体を倍の厚みに変えた。


―― キャッチが捕れるんだろうか… ―― と春之介は相手チームの心配をした。


ジュレはまさにダイナミックなフォームから、剛球を投げ込んだ。


『ドォ―――ンッ!!!』という、大砲の弾が着弾したような音に、スタンドは大いに沸いた。


―― 投げてくる場所がわからんと打てねえ… ―― と春之介は常識的に考えていた。


しかしこれはバットに正確に当てるという意味で、打つことは可能なのだ。


二球目は空振り覚悟で、いつものように雄々しく構えた。


バッテリーはサインをかわすことなく、ジュレはすぐに投げてきた。


春之介は、―― よっしっ!! ―― と心の中で叫んで、『ピシュ!』という妙な打球音とともにファーストに走り始めた。


打球は平凡なショートライナーだったが、遊撃手がファンブルした。


春之介は二塁を狙い、さらに駆け抜けた。


サードが地面に転がって回転しているボールに手を出したが、ボールが手につかない。


春之介は三塁ベースに滑り込んだ時、遊撃手がようやくボールを手にしていた。


「…何ちゅー打球だ…」と遊撃手はボールを見て、タイムをかけた。


そして球審にボールの交換を頼んだ。


まっさらだったボールはすでにズタボロになっていたのだ。


一体なにが起こったのが、超スロー再生が出てすべてが判明した。


春之介の打球は、超高速で回転していたのだ。


ボールを掴んでも逃げてしまう。


さすがに三度目のトライでは、回転は緩まっていたので手に取れたのだ。


二番の一太は、サインは出ていないがスクイズで確実に一点をもぎ取った。


「…アベックホームランが打てないじゃない…」と優夏は文句を言いながらも打席に入った。


ジュレの顔はさらに鬼のようになっていたが、優夏は何食わぬ顔で打席に立った。


そして優夏は、『ここに投げろ』と言わんばかりにバットをホームベースから70センチほど浮かせて何度も突くポーズをとった。


ジュレはその意味が分かったようで、さらに鬼の顔を深めた。


だが投げると、ボールがその場所に誘われ、『カァ―――ンッ!!!』と子気味いい音がした。


しかし打球はサード真正面だったが、選手ごと吹っ飛とばして落球を誘った。


優夏は悠々と一塁まで走って、陽気に踊り始めて観客の歓声に答えた。


だが四番の天照大神、五番の秋之介を簡単に打ち取って、優夏は三塁残塁となって攻撃を終えた。


「…これぞ野球だぁー…」と春之介は大いに気合を入れながら、捕手の守備についた。


優夏は三人を凡打に抑えたが、三振はひとつもなく、すべてはヒット性の当たりだった。


まさに仲間がいないと勝てないとここは大いに思い知って、「みんな! ナイスプレイッ!!」と陽気に叫んだ。


4回までは試合が動かなかったが、優夏は自らマウンドを降りた。


さすがにトップスピードを何十球も投げ続けるわけにはいかず、ここは大事を取ってマウンドを春之介に託した。


優夏がベンチに引っ込んだので、捕手は一太が務めた。


春之介は始めは剛球で攻めたが、少々問題ありと思い、魔球重視で投げ始めると、ドズ星軍からクレームが出た。


だが球審は、「術、魔法は使っていない」と断言した。


ジュレも疲労困憊で交代していたのだが、一体どうやってとんでもない変化をする球を投げているのか大いに気になっていた。


振れば何とか当たるが、すべては簡単に処理できる打球にしかならないのだ。



大量得点は取れないので、ここは慎重に選手を交代して、9回表を迎えたころは、両ベンチの選手は疲労困憊となっていたが、すべての者の顔に笑みが浮かんでいた。


9回裏はここでようやく出番が回ってきた浩也が力づくで抑え込んで、1対ゼロでゼルタウロス軍が勝利した。


全選手はスタンドに向けて手を振って、2時間55分の熱闘を終えた。


スタジアムを後にした全ての選手たちはすぐさまリフレッシュして大いに食った。



試合を観終えた源一は、「…とんでもねえな…」としか言わなかった。


まさに、これほど健全でハードなスポーツはないだろうと思っていて、第二戦のことを考えると眉が下がっていた。


「だが、ひとりだけ人間がいたよな?」と源一は言って浩也を見た。


「いえ、一太、春菜、尚、麒琉刀、真奈もまだ人間のはずですよ」


春之介の言葉に、源一は5人を見て、「…まさかだったぁー…」と大いに嘆いた。


その存在感は確かに人間で、浩也も人間離れしていたのだが、その上を行っていた。


さらに驚いたのはドズ星人たちで、6人に向けて目を見開いて見ていた。


「基本的には、人間じゃないと思わせる、

 順当な肉体を持っている者たちが神です」


春之介は言って、話などそっちのけで猛烈な勢いで食事を摂っている天照大神たちを見た。


「…わかりやすいが…

 中でも一太君はとんでもないな…」


源一が誉め言葉をうなるように言うと、姿勢を正した一太が、「ありがとうございます」とだけ穏やかに礼を言って頭を下げ、黙々と食事を再開した。


「気功術程度はもう使えるかもしれませんね」


春之介の言葉に、今度はその6人が目を見開いた。


「使えない方がおかしいよ…」と源一は大いに眉を下げて答えた。



すると予定通り、妙にこそこそして、食卓に花蓮がやってきた。


仕事中も春之介たちの野球の試合を見ていて、またとんでもないキャッチボールをやらされるかもしれないと思うと腰が引けていたのだ。


すると春菜が食事を終えてすぐに立ち上がって、「花蓮様」と言って頭を下げると、「…はい、何でしょうかぁー…」とうんざり感をあらわにして答えた。


「キャチボールをお願いしたのです」


「やんないよ?」と花蓮がかわいらしく答えてから、フィルに食事を注文した。


「優夏とはされましたよね?」と春菜が目を吊り上げて言うと、「もうしないもーん…」と言って、食事を運んできたフィルに礼を言って食べ始めた。


「…こんなのが宇宙の母だなんて大いに呆れるわ…」と春菜が憤慨して言って席に着くと、さすがの花蓮もケンカを売られたと思い悪魔に変身した。


「いくらでもやってやる!」と叫んで、男以上に男らしく料理を食い尽くた。


「あ、ラッキー!」と春菜は陽気に言って、花蓮にグラブを渡して、優夏と同じように素早く走って100メートルほど離れた。


「…デジャブ…」と花蓮はつぶやいたが、ここは悪魔の本気を出して、春菜に向かってボールを投げつけた。


かなり本気だったので、周りの空気が蒸発して飛行機雲ができていたが、春菜は難なくボールを取った。


優夏の本気の10分の1ほど力だったので、子供のボールを捕ったことと何も変わらなかった。


春菜は大きく振りかぶって、「ふん!」と多少気合を乗せてボールを投げると、『バシッ!!!』というとんでもない捕球音の直後に、『ドォーンッ!!!』という爆発音が聞こえた。


あとの爆発音は春菜が投げたと同時に出た、空気とボールとの摩擦音だった。


「…ありえねえぇ――…」と花蓮は大いに嘆いて、源一は砕けてしまった花蓮の手の修復をした。


「…源… 助けろぉー…」と花蓮が大いに嘆いて言ったが、「…さらに強くなる修行…」と小さな声で返した。


「…そう、だったのか… これも、修行だったのかぁー…」


花蓮は単純だった。


もっとも、そう仕込んだのは源一なので、今更やめろなどとは言えなかったのだ。


花蓮は大いに気合を入れて、この後は骨折することなく、春菜とキャッチボールを繰り返した。


源一は気付かれない程度の小さな術を放って、花蓮を守っていたからだ。


「優夏とは違って何の変化もないな…

 まあ、神となるには資格があるからなぁー…」


「春ちゃんの場合は、何も持ってないって思うわよ?

 今世でスーパーマンになれた人間ってとこ…

 神たちも驚いてるほどだから、

 何の変化も起こらないって伝えた方がいいかもね。

 花蓮を壊しちゃうわよ?」


さすがにそれは大問題だと思って、「春菜! もう終わりだ!」と春之介が叫ぶと、春菜は猛ダッシュで戻って来て、「何か沸いた?!」と勢い込んで陽気に聞いてきた。


「優夏とは違って何もないという結果を得た。

 人間慣れした超人ってとこ。

 その代わりに気功術を教えるから。

 そうすれば、ドズ星のみなさんのように、

 能力者や勇者の道も開けるから」


春之介は真実を語って何とか春菜を説得した。


「…この人たち、もうやだぁ――…」と人型に戻った花蓮は泣いて、大いに源一に甘えた。


「…あのさ、できれば、春菜さんを探っていい?

 ちょっと納得できないんだよねぇー…」


源一が眉を下げて言うと、「…はあ、そういうことであれば…」と春之介は答えて、春菜にも伝えた。


春菜はそれほどいい顔はしなかったが、潜在能力を探ってもらうことにした。


源一は、「頭を掴むから」と眉を下げて言うと、「どうぞ」と春菜は大いに投げやりに言った。


源一が春菜の頭をむんずとつかむと、「…あー… このパターンか…」とすぐに言って源一は納得して、春菜の頭から手を放した。


「春菜さんはそれなり以上の実力者だけどね、

 春菜さんの前世が術をかけて縛り付けてるんだよ。

 その解除方法は本人にしかわからない。

 基本的には、春菜さんが何かに納得すること。

 よって、肉体的鍛錬じゃなく、心の問題だと思う。

 例えば、今考えて好感の持てることはやめて、

 不快に思うことを受け入れて、

 それを克服する、など…」


「あー、なるほど…

 心に問題があるからこそ縛り付けたが、

 ある程度は肉体の方にもその兆候が現れ始めたって感じ…

 神の威厳はないが、肉体的には変幻自在の神…」


源一はうなづいて、「この方が険しい道だと思うね…」と苦笑いを浮かべて言った。


春菜は気に入らないようでふくれっ面を見せると、「その顔を笑顔に変える!」と春之介がすぐさま指摘した。


「…うう… 心のままに生きて行けないのね…」と嘆いたが、ここは苦笑い気味の笑みを浮かべた。


「その態度や感情によって、手ひどい目にあったからこそ、

 前世の人は何とか克服しようと術をかけたんだと思う」


源一の言葉に、「よーく、わかりましたぁー…」と春菜はぎこちない笑みを浮かべて、源一に丁寧に礼を言って頭を下げた。


「それにこの場合、魂にロックがかかっていると思うんだ。

 探るとね、探った者に手ひどい痛手を負わせるような術もかけられるんだ、

 だからそう簡単に俺は探らない。

 だけど、それができるロボは造ったけど、

 そこまでして知りたい?」


源一が聞くと、「すっごく知りたぁーい!!」と春菜が陽気にすぐさま答えると、「それがダメなんじゃないか…」と春之介が眉を下げて言った。


「…知りたいって思っちゃダメなんだぁー…」と春菜は言ってうなだれた。


「探って知った時点で、もう解けなくなることも視野に入れておいた方がいいね」


源一の常識的見解に、「役立たずだわ!」と春菜は陽気に悪態をついた。


「…春菜はたぶん覚醒できないね…」と春之介があきれ返って言うと、春菜は、「見捨てないでぇー…」とさすがにここは懇願した。


「今のままでも十分威厳はあるし、

 気功術だって、

 普通は50年以上はかかるほど大変な修行を積む必要があるんだぞ。

 それをこの若さで手に入れようとしているんだ。

 それだけでも十分だと俺は思ってるんだよ」


春之介が少し厳しい言葉を浴びせると、「…優ちゃんだけずるいぃー…」と予想通り言ってきたので、「それもダメ」とさらに春之介がダメ出しすると、春菜は大いに落ち込んだ。


「ダメ出し役を引き受けましょうぞ」と大人の姿の天照大神が言うと、「はい、お願いします」と春之介は丁寧に頭を下げて言った。


「…覚醒できたらひどいんだからぁー…」


「はいはい、それもダメです」と天照大神はさもめんどくさそうに言った。


「覚醒したら、確実にひどいことはしない春菜になってるから。

 あまり矛盾があることを考えてたら、

 さらに訳わかんなくなるぞ」


春之介の言葉に、「…そんな私いらないぃー…」と嘆くと、「はいはい、それもダメです」と天照大神は無感情に言った。


「…大変そうね…」と優夏が眉を下げて言うと、春之介は腹を抱えて笑った。


「素直が一番なんだけどなぁー…

 だけど今の春菜は、

 自分の心に逆らわないことが素直だと思っているけど、

 そこには欲があるからダメなんだ。

 前の人は、それが本当に嫌だったんだろうなぁー…

 まあ、多分、春菜も常識はずれな悪魔だろうね…」


春之介の言葉に、「…強くなれるんだったら悪魔でもいいぃー…」とここは常識的に素直に言ったので、天照大神のチェックは入らなかった。


「一番いいのは、ジュレさんたちのような勇者だと思うけどね。

 話をするだけなら、普通の人間と何にも変わらないから。

 見た目異形だと、子供たちに大いに嫌われるぞ」


ここは優夏も仲間になって、頭を抱え込んで苦悶の表情を浮かべた。


「俺もその通りだと思う」と源一は穏やかに同意した。



「さっき言おうと思っていたんだけど、

 次の試合は今日ほどの強敵じゃないと思う」


源一の言葉に、「きっと、優夏はそう思っていません」と春之介は断言した。


「ん? 何かあったわけだ」と源一は言って考え始めた。


「優夏の過去の恩人をスタジアムのスタンドで見つけたそうです」


春之介の言葉に、源一は目を見開いた。


「…佑馬さん…

 佐伯佑馬さんが確かに観戦に来ているが、

 佑馬さんじゃないぞ」


「はい、佐伯さんも浩也さんと同じで、人間で超人だと思います。

 優夏が気にしたのはその隣にいた女性です」


「…菖蒲さんが…」と源一は言って、菖蒲の魂を追ったが、なんといないのだ。


しかし佑馬の魂はあるので隣にいるはずなのだ。


「…ハイレベルだった…」と源一は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「それに、今日ほどハードだと、予備軍の出番がまるでないので。

 できればもう少し緩い方が戦いやすいですね。

 ですが、文句はまるでありませんよ」


春之介は陽気に言って、ジュレたちに笑みを向けた。



すると、春之介と優夏が注目していた一行がやってきた。


「これはなかなか…」と春之介は言って笑みを浮かべた。


ここはすぐさま春之介があいさつを交わして、「ドズ星軍と三つ巴で試合をしませんか?」と佐伯佑馬に進言した。


「…実は、教え子たちにせがまれてしまったのです…

 野球をやっていたのは、もう15年ほど前の話なんですけどね…」


佑馬は申し訳なさそうに言った。


「いえ、もうすでに蘇ってますし、

 さらに新しい力も加えた方がいいと思います」


春之介は言って、佑馬の妻の菖蒲を見た。


「…えっ?」と佑馬は驚きを隠しきれずに、菖蒲を見た。


「…とぼけようと思ったんだけど、逃げ切れそうにないわ…」という菖蒲の言葉にも佑馬は驚いていた。


「ところで、どうして魂を隠しているんです?」と春之介が聞くと、「用心のためよ」と菖蒲は言って少し笑った。


「ですが私の妻は見抜きました」


「…すっごくお転婆だったのよぉー…」と菖蒲が言うと、春之介は大いに笑った。


「…あんまり言わないでぇー…」と優夏は小さな声で嘆いた。


ここからは大勢で語り合って、今後二試合の日程を組んだ。


まずはドズ星軍とイチガン軍が戦うことになった。


イチガン軍は15年前、まだ佑馬の教え子たちが幼少の頃から大人になるまでずっと世界大会に出場して優勝を続け、ほとんどの者がプロ球界で生活をしている。


佑馬もそうだったのだが、家督を継いで大会社社長となり、甥の佐伯大和が大学を卒業してから一年のプロ野球生活ののち、佑馬が社長の座を譲って、自分は専務として大和を支えている。


スポーツマンでもあり、しかも実業家でもある。


さらには人間でしかないが、一太たちと同様に、超人と言っていいほどの実力者だ。


その中にひとりだけ勇者がいて、名前を山王恭司という。


今はこのフリージアで仕事をもらって仲間たちとともに生活している。


「今回は本気で野球ができるよ!」と恭司は大いに気合を入れて叫んだ。


そしてひとりを除いて全員大人だ。


春之介たちと同年代の少年がひとりいて、佑馬と菖蒲の子だった。


父母によく似ていて、短髪美形のイケメンだ。


「…母さんも出るんだ…

 野球やってたなんて聞いたことなかったよ…」


春之介と同等の高身長の佐伯世界が言って、春之介に笑みを向けた。


「かなり過去の、俺の妻の恩人らしいんだ」と春之介が言うと、「…あー… そういうのはきっとあるって思う…」と世界は言って苦笑いを浮かべた。


「世界君は野球をやっていないようだね」


春之介の言葉に、「ひとりで修行…」と答えて苦笑いを浮かべた。


「規格外だから自らはじき出ることになってしまったわけだ」


「だけど、ここにきて本当によかった」と世界は言って春之介に右手を差し出した。


そしてふたりは笑みを浮かべて握手を交わした。


その途端、「…デジャブ…」と春之介は言って目を見開いて世界を見た。


「…髪、伸ばそうかしら…」という世界の言葉に、優夏がすぐさまやって来て、春之介と世界の空いている手と握手をした。


「…お遊戯でもするのかい?」と春之介が言うと、「うー…」と優夏はうなって世界を見入った。


まさに優夏は世界と同じことをやったので、指摘すらできなかったのだ。


「あんたたち!

 あとから出てきて出しゃばらないで!」


春菜が言って、ここぞとばかりに両手がふさがってしまっている春之介に抱きついた。


「…妹だって言ったぞ…」と春之介は呆れた顔をして言うと、「…春君がいいもぉーん…」とまさに妹のような上目遣いで春之介を見てきたので大いに笑った。


「婚姻の誓いのキス、したもぉーん」と優夏が自慢げに言うと、「この先、決めるのは春之介君だわ」と世界は穏やかに言って、二人からの握手の手を放した。


そして、「聞いてなかったっ!!」と世界は佑馬に向けて怒りに任せて叫んだ。


「詳しい情報は聞かされてなかったからな」と佑馬はにやりと笑って答えた。


「…何とか入り込めるようにしちゃおうかしら…」と菖蒲が言うと、春之介も優夏も大いに苦笑いを浮かべていた。


そして菖蒲は手のひらを胸の前で合わせて、「そうそう!」と陽気に言って、「留学しなさい!」と叫んで春之介に指さした。


「できれば、面倒ごとは辞退させていただきたいのです」


大いに眉を下げている春之介の言葉に、「誰も騒がなければ面倒にはならないわよ?」と菖蒲がすぐさま答えると、「見た目が平和でも、その場の空気というものもありますから」と春之介は対抗するようにすぐさま答えた。


「それも修行にすればいいだけだと思うけど?」


「その前に、少々困ったことが起きるんですよ…」


「…うっ! まずいっ!!」と菖蒲が叫んだ瞬間に、『タァーン!』という、少々軽い音がした。


菖蒲は雷に打たれてようにへなへな力なくうなだれ、その場にぺたんと座り込んだ。


「爺ちゃん!」と春之介は陽気に叫んでから、ヤマに向かって手を振った。


そのヤマの長い首が春之介たちに迫ると、一気に強風が吹き荒れた。


頭部だけでも縦横1キロ以上あるので、この程度の風が起こっても当然だ。


「波風を立てるようなことはするべきではない」


ヤマが佑馬と世界を交互に見て言うと、佑馬はすぐさま頭を下げたが、世界は腕組みをしてそっぽを向いた。


「まあいい…

 この先、おいおいわかっていくことにもなるだろう。

 ゼルタウロスには逃げ道もある」


ヤマの言葉に、春之介は赤い猫に変身して素早くヤマに向って飛んだ。


「爺ちゃん! ありがと!」と赤い猫は陽気に言って、ヤマの巨大な顔の横に浮かんだ。


「野球をする時以外は、この姿でいてやる!」と赤い猫がかなり笑いながら言うと、春菜と優夏がタッグを組んで世界を責め立てた。


優夏の剣幕で、また春之介の結界が壊れて、この場は瞬時に騒然となり、立っていたのは優夏と春菜だけだった。


「…あーあ、やっちゃったぁー…」とゼルタウロスは言ってこの位置からまたふたりに結界を張って、魂たちにお願いして倒れた者全員の気付けをしてもらった。


「ふむ… 壊れるように囲っていた…

 そうしないと、包まれている者が傷ついてしまう…

 なるほど、納得…」


ヤマは言って、赤い猫に少し触れてから、その首を元に戻した。


「あっ! 爺ちゃん! ありがと!」と赤い猫はまた礼を言った。


この礼は、ヤマがゼルタウロスに触れたことにある。


「あとで確認しよう」と赤い猫は言ってから、春之介に戻った。


「…みんな、根性なしだわ…」と優夏が眉を下げて言うと、地面に足を下ろした春之介は愉快そうに笑った。


「もうそれほど面倒なことはないさ」と春之介は言って、何とか地面に腰かけた桜良に歩み寄った。


そしてヤマに聞いたことを話すと桜良は目を見開いた。


「優夏があなたを欲した理由はそこにあったはずなのです」


「…忘れておきたかったぁー…」と桜良は嘆くように言って、春菜に憐みの眼を向けた。


「春菜にも恩人がいると思うんです。

 そうじゃないと、

 自分自身を変えようだなんて思わなかったはずですから」


「…あー… そういえばそう…」と桜良は言って、ふたりいる赤ん坊を抱き上げた。


「ふたりとも、野球選手にしませんか?」


春之介が目を爛爛と輝かせて言うと、桜良はわが子を隠すようにして、春之介に苦笑いを向けた。


春之介が振り返ると、優夏は笑みを向けていたが、春菜はホホを膨らませていた。


「女性と話をしちゃいけないの?」と春之介が春菜に言うと、「…うー… 別に、いいけどぉー…」と大いに嫉妬心をもって言った。


「そもそも、俺の妻は好意的なんだけど?」


春之介の言葉に、春菜は大いに戸惑って、「嫉妬、して?」と優夏に懇願してきたので、優夏は愉快そうに大いに笑った。


「たぶん、しないと思うなぁー…」と優夏は言って、春之介に笑みを向けた。


「俺だって、優夏に惚れてるからな…」と春之介の照れくさそうな言葉に、優夏は大いに反応して、「もう! やだぁーっ!!」と叫んで、力いっぱい春之介の背中を叩くと、春之介は海に向かって飛んでいた。


―― 無意識の力がとんでもないっ!!! ―― と、春之介は特に逆らうことなく、勢いに任せて飛んでから、多少勢いが弱まったところで意識して宙に浮かんだ。


―― 飛ばされた陸地が見えねえ… ―― と春之介は振り返って考えた。


ここも陸地だが、海を隔てた別の大陸で、緑は多いが、高い木はない。


すると、小動物がわんさかと姿を見せた。


「…ふーん… 人懐っこいな…」と春之介は言って地面に降りた。


どうやら天敵はいないようで、ざっと見ただけでも白い小さな動物が百匹ほどはいる。


すると、甘い香りがして、その場所に目を向けると、桃のような実がなっていた。


タネや皮などがこの辺りに散乱していたので、ここが小動物たちの食堂なのだろうと春之介は思った。


そして所々に根菜などが植わっているようだが、人の手は加えられていないように感じる。


「…あのぉー… もしかして、この星で一番偉い人ですかぁー?」とつぶやくような声が聞こえた。


春之介がその場所に目を向けると、白い小さな標準サイズのネズミが春之介を見上げていた。


「いえ、俺は八丁畷春之介と言います。

 この星の王は万有源一様で、

 女王は万有花蓮様です」


「あー… そうなのですかぁー…」とネズミは言ってうなだれた。


「何か願い事でも?」と春之介はまずは少しずつ聞くことにした。


「…ボクはこのままでいいと思います?」と聞いてきたので、「いえ、人間と話ができますから、人間の住む場所で過ごせばいいと思います」と春之介は答えた。


「…あー… ちょっと怖いけど…

 このままも嫌だなぁー…」


ネズミは思案するように、後ろ足だけで立って腕組みをした。


「そのしぐさは人間でしかありませんよ」


春之介の言葉に、「あっ」とネズミは言って、「仲間たちに、変なやつ扱いされていた理由がよくわかりました」と言って、春之介に頭を下げた。


「もし、興味がおありでしたら、街まで戻りますのでお連れしますよ。

 気に入らなければ、ここにまたお連れしますので」


ネズミはまるで笑みを浮かべているように表情を変えて、「よろしくお願いします!」と叫んだ。


春之介はネズミを肩に乗せて、飛んできた方向に向かって飛んだ。


まずはヤマを確認できたので、また挨拶すると、「ゼルタウロスを勧めておく」とヤマはネズミに言った。


ネズミは大いに戸惑って、「ゼルタウロスは俺の昔の名前なんです」と春之介が答えると、「あー… たぶん、あなたがいいとボクは思っていたと思います」とネズミは言って体を春之介の首に押し付けた。


「ですが勝手に連れて帰るわけにはいかないので、

 王と女王に許可を取りますから」


ネズミは大いに陽気になって、春之介の肩の上で飛び跳ねていた。



春之介の話を聞いて、「ダメッ!!!」と花蓮が猛烈に拒否した。


「あのね、神の鉄槌、落ちてくるわよ?」と優夏が言うと、花蓮はすぐさま頭を抑えた。


「この星の生物はすべて王と女王のものだからね。

 俺としては無理なことは言えない。

 だけどこのネズミ君は、俺とともにいたいと言ってくれたんです。

 できればこのネズミ君の願いを叶えてもらいたいのです」


「それで構わないから」と源一が眉を下げて言うと、「源君っ!!」と花蓮が叫んだと同時に、『タァーン!』とまた軽い音がして、花蓮は白目をむいてテーブルに突っ伏した。


「…言わんこっちゃないぃー…」と優夏は眉を下げて言った。


「花蓮様のご機嫌を取った方がよさそうだなぁー…」と春之介は言って、椅子から降りて瞑想の姿勢を取った。


「…えっ …あ、どうも…」と春之介が言うと、昏倒している花蓮に多くの白い動物たちが群がった。


「…これは気に入るだろうね…」と源一は笑みを浮かべて、異様にかわいらしい小動物たちを指先でなでた。


「…すっかり忘れてた…

 宇宙の妖精…

 この大地にも住んでいるようですね」


春之介の言葉に、「…そういった妖精もいるんだね…」と源一は眉を下げて言った。


「最近はその違いがよくわかるようになりました。

 ですが宇宙の妖精にも都合があるようで、

 姿を見せることはないんです。

 ですが、その存在感はほかの魂とは違うので、

 挨拶だけでもと思ったまま、

 忙しさにかまけて放置してしまっていました」


「もっと近くで使ってほしければ、

 言ってくるはずだから、

 別にかまわないと思うよ」


源一の言葉に一旦は納得しようと思ったが、やはり誠意は必要と考え直し、また座禅を組んだ。


その魂はすぐに見つかって、春之介が相談すると、『どこにいても同じ』という回答が返ってきた。


地球でも同じことをしようと思い、春之介は礼を言ってから交信を切った。


すると、「おや?」とネズミが言って、後ろ足だけで立って、辺りを見回した。


そして西の方角を見入っている。


ネズミは春之介の耳に顔を突っ込んで、「…何かきた…」と小さな声で言った。


春之介もネズミと同じ方向を見入っていると、何か半透明の動物らしきものが走ってくるように感じる。


「…なんだ、この気配…」と源一は言って身構えた。


「たぶん、今交信していた妖精だと思います」


『あなたはこの星の住人ではなかったようですね』


春之介と交信していた魂が念話を送ってきた。


「はい、今日は仕事でここにきていたのです。

 そろそろお暇しようと思っていたところです」


『申し訳ないのですが、あなたの星に同行させていただきます。

 ヤマ様にもお願いされてしまいました』


「そうですか、お爺様にも…」と春之介は言って、ゼルタウロスに変身すると、巨大なメスのシシのような動物が目の前にいた。


その姿は黄金色に輝いていたのだ。


「素晴らしいです!」とゼルタウロスが叫ぶと、『…いやぁー… お恥ずかしい…』とシシは言って、その存在感を小さくして、ゼルタウロスの肩に乗った。


『変わり者のネズミ君にも気に入られたようです』


「ええ、俺とともにいたいと言ってくれたのです」


『私も末席に加えさせていただきます。

 ここは居心地がよかったのですが、

 あなたの住む星の方がさらに面倒そうで仕事に困ることはなさそうです』


「ええ、人は多いので。

 帰ったらまたいろいろとあると思いますので、

 ご協力ください」


「…存在はあるのに、見えない…」と源一が嘆くように言った。


「巨大なメスのライオンのような姿でしたが、

 今は小さくなられて肩に座っておられます。

 ゼルタウロスであれば、視認できます」


ゼルタウロスは言って春之介に戻った。


「旅をされている妖精のようですね。

 源一様の妖精たちも大いに困惑されているようです」


「…ああ、見えてないけど、存在は感じるようなんだ…

 妖精の中でも、さらに上の存在なのかもしれない…

 さらに言えば、

 その妖精は、精神空間にも異空間にも宇宙空間にもいないことになる。

 また別の空間がこの世にはあるのか…」


源一は嘆くように言った。


『住処は、ヤマ様の魂の中です。

 そうすれば、わが身を守れます。

 もちろん、住まわせていただく条件はあります。

 動物であり、欲は持たないことです。

 ですので、敏感な動物であれば、

 存在は気付かれますし、姿が見える子もいるはずです』


「見えてるし、聞こえてるよ」とネズミがシシに向けて言った。


『このネズミ君もなかなかのもののようですね。

 ヤマ様からお言葉をいただいた時点で認められたと言っていいと思います』


「話しても?」


『はい、何も問題はございません』


ライオンの快い言葉に、春之介は源一にすべてを話した。


「…世界基準がヤマになってしまったな…」と源一は言って、高い山でしかないヤマを見上げた。


春之介は振り返って、「お爺様はずっとここにおられるのでしょうか?」と聞いた。


ヤマはすぐさま首を上げて、「いや、そろそろ、住処を移動しようと思っている」と声に出して答えた。


「さらに先の大宇宙ですよね?」


「ああ、そうすれば、悪の根源の動きを止められるからな」


「その時は、もしよろしければ、緑竜春子を使ってやってください」


「その時はそうさせてもらう」


ヤマは言って、また巨大な首を体に巻き付けるようにして元に戻った。


「…責任重大ぃー…」と春子は笑みを浮かべて言って、春之介を見上げた。


「たぶん、あと数年先だろうけどね」と春之介が言うと、「10年ほど先でもすぐだよ?」と春子は小首をかしげて答えた。



春之介たちは野球のライバルたちに別れを告げて地球に戻った。


今回はそれほど騒ぎになっていなかったが、ネクストキオ軍全員がフリージア星に渡っていたことで、前回よりも大いに心配はしていたようだ。


そして、試合の中継を見ていたのだが、反応は様々だった。


多くの意見として、試合内容がハイレベル過ぎて、まるで映画を観ていたように感じたという。


「…作りものっぽい?」と春之介が言うと、試合に出場した者たちは眉を下げていた。


「春之介が楽しかったんだからいいんじゃないの?」と麒琉刀が少し笑いながら言うと、「…楽しかった…」と笑みを浮かべて言った。


「それから、今回の遠征の手当だけど、

 興行主の万有様から純金のコインをもらったから。

 換金して渡してもいいし、コインのままでもいいけど、どうする?」


春之介は言ってひとり分の分け前の金貨をテーブルの上に100枚ほど積んだ。


「これがひとり分」


春之介の言葉に、誰もが目を見開いた。


「…記念にもらっとくぅー…」と優夏は言って、金貨を手に取って、「おもぉーいぃー…」と言って喜んでいた。


「換金すると、1000万ほど、かな?」


メンバーとして選ばれなかった者たちは大いに苦笑いを浮かべていた。


登録した者はすべて試合に出たので、後ろめたく思う者はあまりいない。


しいて言えば、最後のマウンドに立った浩也が少々苦笑いを浮かべていた程度だ。


しかし、1対ゼロの予断を許さない場面からの登板なので、その価値はあると、特に投手は思っていた。


結局は全員が一旦は金貨を手に取って、春之介に預けた。


もうすっかりと夜も更けていたので、今日のところは就寝することにした。



春之介は今夜も夢見に出たのだが、今回の相手は竜ではなかった。


ある意味竜だが、目の前にいるのは恐竜だった。


姿はまさに肉食獣で、ティラノサウルスに似ているのだが、頭はそれほど大きくなく均整がとれているように感じる。


ぬめりのあるような皮膚が独特の存在感を醸し出し、濃い緑と濃いオレンジが混ざりあったようなのツートンカラーだ。


結局は、動物の重鎮などを巡る夢見だろうと、春之介は何となく考えた。


そしてすぐさまゼルタウロスに変身すると、二足歩行の恐竜は頭を垂れるようにして地面にひざまついた。


『この辺りには君しかいないようだね』


ゼルタウロスが動物の言葉で話すと、『あんたもそうだが、妙なやつらが攻めてきた』と答えた。


『俺は攻めてきたわけじゃないさ』


『あんたは乗り物には乗ってこなかったな。

 動物と人間、どっちが本物だ?』


『両方』とゼルタウロスが答えると、『…そういった者には初めて会った…』と恐竜は言って、ようやく顔を上げた。


『あんたを食おうかと思ったが、食われそうだと思った』


ゼルタウロスは少し笑って、次から次へと食料を出すと、『食べたら食われる… とか…』と大いに怯えて言った。


『そんな意味のないことはしないさ』


ゼルタウロスの言葉に、恐竜は食料を大いにむさぼって、『うめえ! うめえ!』と動物の言葉では言ったが、実際は、『グルロロ…』とうなりながら大いに食っている。


その間にゼルタウロスは宙に浮いて見える範囲内で辺りを見回すと、まさに大自然が広がっていて、人工物などは何もない。


だが何かの光が反射していて、遠くの山間のかなり離れた場所に細い煙が上がっている。


何かが燃えて鎮火しかかっているように感じる。


『君がやっつけたの?』と煙が見える方向を見てゼルタウロス言うと、『あそこから逃げてきただけ』と不愛想に答えてまだ食っている。


どうやら、本来のここに来た目的はこの恐竜ではないと感じて、ゼルタウロスは煙が見える方向に飛んだ。


やはり人工物は何もなく、青い空と白い雲、高い山と大地、草、木、土、石、岩、そして水しか確認できない。


ようやく煙の元が判明して、乾いた枯れ草が燃えたようで、火の元は転覆しているように見えるそれほど大きくない銀色に光っている宇宙艇からだった。


恐竜はただただ逃げてきたようで、ここには人間らしき生物だった者たちが黒焦げになって転がっている。


子細に探ると、火が出たのは地面からで、宇宙艇に燃え広がったようにも感じる。


小さな爆発でもあったようで、地面が少し抉れているように見える場所もあり、木の皮がはがれて黒くなっている部分もある。


そして唯一の魂の気配を宇宙艇の中から感じて、中に入れるようにゆっくりと宇宙艇を宙に浮かべると、『オギャー、オギャー!!』と赤ん坊の泣き声が聞こえたので、春之介は大いに眉を下げたが、まずは助けだそうと思い、宇宙艇の中に入った。


中には火は回っていないが、人間の姿はない。


すると固定されていたのか、テーブルが宙づりになっていて、その天板の裏側に、信じられないと思うほどのかわいらしい赤ん坊がいた。


鳴き声は人間なのだが、その顔は白い猫だった。


だが、手足は人間で、「…獣人か…」と春之介はつぶやいて大いに苦笑いを浮かべて、タオルのようなものに包まれ、タオル生地のような肌着を身に着けた赤ん坊を抱き上げた。


「…どうしよう…」と春之介がつぶやいた瞬間に、寝室の天井を見ていた。


春之介はガバッと起き上がり、獣人の赤ん坊を抱いていることを確認した。


今日の夢見はこれで終わりのようだが、いつもよりも時間は早く、まだ夜中だった。


しかし、二度寝するほどの時間はなかったので、春之介は宙に浮いて移動して廊下に出て、食堂に向かった。


ここからは手際よく春夏秋冬が赤ん坊の面倒を見てくれたので、「…助かったぁー…」と春之介は言って、赤ん坊の寝顔を見入った。


「…父親は大したことはできないなぁー…」と春之介がつぶやくと、「それはどうでしょうか」と春夏秋冬は笑みを浮かべて言った。


「…あ… この子を見つけた時、泣き止んだ…」と春之介がつぶやくと、「安心して眠ったようですよ」と春夏秋冬は言って、赤ん坊に笑みを向けた。


「…また優夏と春菜が取り合いするんだろうなぁー…

 あ、その前に、メイドたちがここにくるから、真由夏もか…」


その第一陣が食卓に入って来て、ここにいた春之介に向けてすぐさま朝の挨拶をして、赤ん坊を見て目を見開いた。


「…また連れ去ってきてしまった…

 獣人の赤ん坊だよ…」


メイドたちも獣人の存在は知っていたので、誰もが声を上げずに高揚感だけを上げて、赤ん坊にやさしく触れ回る。


すると真由夏が眠そうな目でやってきたのだが、カッと目を見開いて、赤ん坊を見入ってから春之介に目を移した。


「みなしごのはずだ」


春之介の言葉に、真由夏はすぐに理解して、「…ママになるぅー…」と言ってすぐに、メイド服の前ボタンをはずし始めたので、「ここですんな」と春之介は大いに赤面して言うと、春之介が創り出したベビーカーごと、そろりそろりと厨房に運んで行った。


「…おっぱい、出るわけがないが…」と春之介は少し赤面して言うと、「母性により出る場合もあります」と春夏秋冬はさも当然の顔をして言った。


「母の自覚があればその可能性は否定できないな…」


すると赤ん坊が目覚めたのか、メイドたちの小さな黄色い声が聞こえてきた。


仲間たちも続々と食堂に集まってきたので、面倒ごとになる前に、優夏と春菜に説明すると、ふたりと真奈、尚が飛び込むように厨房に走った。


春之介は洗面所に行ってから食堂に戻ってくると、悲しそうな顔をした女性四人がうなだれていた。


「真由夏が母に決まったようだね…」と春之介が言うと、「…私がママなのにぃー…」と優夏が嘆くように言った。


「育てのママは真由夏じゃなく、春子たちになるはずだ。

 さすがに子供を抱いて学校には行けないだろ?」


「…だったら、条件は同じだから、私もママになる!」と優夏は大いに気合を入れて、笑みを浮かべて厨房に走って行った。


すると、「私もだもん!」と春菜も言って優夏を追いかけた。


「…ふたりは行かないの?」と春之介が眉を下げて真奈と尚に聞くと、「…真由夏ちゃん、母親だったぁー…」と真奈が大いにうなだれて言った。


すると、「よっしゃぁー!!」と少し控え目の優夏の雄々しき声が聞こえた。


「…優夏もママになったようだな…」と春之介は眉を下げて言った。


「…おー… 胸がデカくなったぁー…」という声も聞こえたので、春之介は聞かなかったことにしてテーブルについて、朝食前の軽い食事を摂った。



獣人の赤ん坊の母親たちは新聞配達に行くことなく、今は母親役の春子を恨めしそうにして見ている。


そして、美佐、ベティーの三人が養育係と決まったようで、正規の母たちの出番はなくなったようで、指をくわえて見ているだけだ。


「ほらほら、飯食って学校に行け!」という春子の威厳のある勇ましい言葉に、女性たちは大いにうなだれて食堂にやってきた。


「…ママなのにぃー…」と優夏、真由夏、春菜の三人が言って、うなだれて席についた。


「乳母たちに任せておけばいいんだよ。

 自由時間はママになればいい。

 昼休みもその対象だから、先に言っとくよ」


「…乳母が本物の母親になっちゃうぅー…」と完璧すぎる乳母の存在を優夏は大いに呪っていた。


「ママは自分が今やるべきこともやって、

 自信をもってママになればいいだけだ。

 まだ、一応学生なんだから。

 優秀な乳母がいたことに感謝しないとな」


「…抱かせてくれないぃー…」と天照大神が言ってうなだれた。


「ほら、神すらも落ち込んだ」と春之介は言って、今は幼児姿の天照大神の頭をなでた。


「美佐は学校に行くから、

 基本的には春子とベティーがママ」


春之介はここまで言って、「…ふたりとも竜…」とつぶやいて大いに苦笑いを浮かべた。


「…あの子の運命、決まったようなものだわ…」と春菜はつぶやてうなだれた。


「幸せで健やかに育ってくれるだけでいいんだよ」と春之介が言うと、否定する者は誰もいなかった。


「決して奪い合うな。

 その時は天照が裁け」


春之介の言葉に、「…私自身も裁いちゃいそー…」とうなだれて言ったが、ここは渋々承諾した。


さすがに平和ではなくなるので、誰もが認めざるを得なくなった。



だが、大問題が発生して、春之介が学校に行く間際になって、春之介に抱かれた赤ん坊は大いに泣き出し始めたのだ。


「…学校、休むか…

 育児休暇とか使えるのかなぁー…」


春之介は言ってから、「あ、名前…」とつぶやくと、赤ん坊はぴたりと泣き止んだ。


「…ショウ… …シュン…」と春之介はつぶやいて、赤ん坊を優夏に渡して、半紙を出して、『命名 八丁畷翔春』と達筆で書いた。


「翔春ちゃんっ!」と優夏は叫んで、赤ん坊を抱きしめると、「キャッキャッ」と翔春は陽気に笑った。


「…さすがに猫ちゃんは気に入らなかったわけだぁー…」と春子は言って大いにうなだれた。


「この子は翼を持っているからな。

 そういう意味もあるんだ」


春之介の衝撃の告白に、優夏はすぐさま確認して、「…私の天使…」とつぶやいて、ここで母乳を与えようとしたので、ここは天照大神が雄々しき大人になってやんわりと止めた。


母親も護衛も大いにいることで、学生たちはそろって学校に行った。



「こら、春夏秋冬、翔春ちゃんの今の映像」と教室で春菜が命令すると、春夏秋冬は眉を下げてその映像を宙に浮かべた。


「…もう、帰るぅー…」と春菜が大いに嘆きながらも、笑みを浮かべている翔春を見入った。


ここは春之介がクラスメイトたちに説明して、誰もが理解した。


そして特に女子たちが大いに興味を持って、春菜とともに映像を見上げ始めた。


すると、優夏、真奈、尚もここに来ていて、「もう予鈴が鳴るぞ」と春之介が言うと、「映像、切れ!」と優夏が命令すると、すぐさま消えた。


「…特別扱いは許さねぇー…」と優夏は真剣な眼をして言ってから、教室を出て行った。


「ま、ある意味、勉強ができる環境にはなったな」と春之介は、大いに怯えている春夏秋冬の頭をなでて言った。


「…だけど、ボクにもわかる…

 守ってやらなければ、って…」


麒琉刀の言葉に、「その点、俺は少々薄情かもな」と春之介は眉を下げて言った。


「それは父親の余裕だよ…」と麒琉刀は唇を尖らせて言った。


「天使たちよりもかわいいと思ってしまいました」と夏介が言うと、「今回実物に会ったけど、まさにそうだったよ」と麒琉刀は陽気に言った。


「天使も必要らしいからなぁー…

 まあ、この星に悪魔がいることで天使もいるんだろうけど…

 昼休みにでも探ってみようか…」


「動物たちがその代わりってわけじゃないんだ」


麒琉刀の言葉に、春之介はうなづいて、「偶然の出会いを期待するよりも、子供の天使だったら確実に止められるはずだから」と春之介が答えると、「そうだ、お勉強したな」と麒琉刀は思い出して言った。



午前中の授業はつつがなく終わって、屋上での昼食を終えてから、春之介は星中を探って、天使の存在感を持つ者たちを選定した。


そしてその存在感を持つ魂をロックオンした。


それは作業員の中にいて、―― 確実に宇宙の妖精… ―― と考え、今は手を出さずに潮来とともに確認も終えた。


すぐさま猛春と名付けたメスライオンの妖精が確認に行って、「…怯えられてしまった…」とうなだれて猛春が報告した。


「落ち込まなくていいさ」と春之介は言って、小さな猛春をやさしくなでた。


小春と名付けたネズミには仕事を与えてネクストキオスタジアムに残した。


もちろん警戒役で、翔春を守らせたのだ。


翔春にとって小春はまさにいい遊び相手のようで、笑みを絶やさず、遊び疲れて眠るという、いいサイクルができていた。


優夏と春菜は落ち着かないようだが、この昼休みにネクストキオスタジアムには戻らないと決めたようだ。


戻ると、戻ってこられなくなると感じたからだ。


するとその褒美なのか、大いに警戒した天照大神たち一行が、屋上に姿を現した。


すぐさま優夏が翔春に寄り添って、ブラウスをまくり上げたので、一斉に女子たちが囲んだ。


そして、「…かわいいぃー…」と女子たちが黄色い声を上げた途端、「えっ?」と全員が驚きの声を上げて、この場の空気が変わった。


「春之介! 春之介!」と優夏がただならぬ雰囲気で叫んだので、春之介はすぐさま優夏に寄り添って、優夏の胸の確認とともに、倍の大きさになってしまった翔春を見入った。


「…巨大化した… 失言、成長した…」と春之介はぼう然として言って、翔春を抱き上げた。


「あははっ!」とまるで幼児のような笑い声に、「もう話せるようだ…」と春之介は言って、優夏のブラウスを下ろして胸を隠した。


「どうやら、とんでもなく栄養がついたんだろうな…

 もう飲ませるなよ。

 明日にでも大人になってしまいそうで嫌だ」


「…うう… 私のおっぱいのせい…」と優夏は言って大いにうなだれた。


そして翔春は今は姉たちと遊びたいようで手を伸ばしたので、春之介は眉を下げて春子に渡した。


そして翔春は何かを探すしぐさをして、人型のベティーを見上げた。


「あ、小春君ね」とベティーは言って、肩にいた小春を翔春の肩に乗せた。


そして、「…せんせー…」と翔春は言って春之介を見上げて小春をやさしくなでた。


「…第一声は先生だった…」と春之介が言って眉を下げると、優夏は大いに落ち込んだ。


「…なんだか申し訳ない気がぁー…」と小春が大いに困惑して言うと、「いや、優秀な先生だからこそだ」と春之介は言って小春をほめた。


すると翔春は春之介と優夏を見て、「パパ、ママ」とまるで儀式のように言って、「…おにんぎょ…」とすぐさま言った。


「…遊びたくて仕方ないそうだ…」と春之介が言うと、春子がこの場に草のにおいがする柔らかいマットを敷いて、早速着せ替え遊びを始めた。


「…あー… あー…」と翔春は何かを探すようなしぐさをして、少し泣き顔になった。


「わかったわかった」と春之介は言って、春之介の家族一式の人形を出して、マットの上に置いた。


「…ありあと…」と翔春は笑みを浮かべて春之介を見て、一番に、翔春の着せ替え人形に手を伸ばした。


「自分がいないと思って悲しくなったようだ」


「…パパ、すごいぃー…」と優夏は言って、大いに春之介を尊敬していた。


「おばちゃんのがないっ!!」と春菜が叫ぶと、「おまえ、子供より子供だな…」と春之介はあきれ返って言って、春菜の人形も出して、マットの上に置いた。


すると翔春は、「…ま…」と言って一瞬固まってから少し考えて、「…マミ…」とつぶやいて春菜に笑みを向けた。


「…よかったな春菜。

 マミーと言いたかったようだぞ」


春菜はすでに号泣していて、遊びの邪魔をしないように、翔春に寄り添った。


春之介はあることを思い出し、翔春専用の服を出して優夏に渡した。


「…あ、そうだったわ…」と優夏は言って、すぐに翔春を着替えさせて、誰もがうっとりとした表情で翔春を見ている。


背中に生えている翼を出せるスリットの入った服を着せたのだ。


「…天使でしかないな…

 それに、動物が薄くなってないか?」


春之介の言葉に、「…気づかなかったけど、鼻がもう変わってる…」と優夏は言って目を見開いた。


動物と同じで顔にも毛があるのだが、短く細くなっていた。


しかも一番インパクトのある鼻が、もうすでに人間と同じ形になっていたのだ。


耳はまだ獣のものなので、まるで被り物を着せているようにしか見えなかった。


「猫科で肉食獣の獣人ですので、

 姿は一般的な人間になってしまうそうです」


春夏秋冬の言葉に、「…草食獣の獣人の天使はいたな…」と春之介は言って納得していた。


「代表的なウサギの獣人のフォーサ様は、

 源一様のお弟子さんで白竜に変身できます」


「ああ、そうだ、それだ。

 あと黒竜、太陽の竜は俺の管轄外だ。

 修行の末、造られた竜と言っていい。

 だけど本来の竜とは種類としては別物だから、

 竜たちはどうしても神と崇めてしまうんだ。

 しかし、一般の竜が一皮剥けた存在になれると確信した。

 現在のところで資格があるのは、春子とビルド様だろうな」


春子は大いに興味津々になった。


「どうなるのかわかるかい?」と春之介が笑みを浮かべて春子に聞くと、「パパと一緒がいいぃー…」と笑みを浮かべて答えた。


春之介は赤い猫に変身してから、何かをかぶったようになって、その視認がしづらくなった。


『地上では地上の姿。

 宇宙では宇宙の姿。

 今の姿は宇宙に飛び出せる姿』


ゼルタウロスは言って、地面を蹴ったとたん、とんでもない勢いで、天を目指して飛び上がった。


「…パパ、とんでもないことしちゃったわ…」と優夏が空を見上げて大いに嘆くと、翔春は空に手を伸ばして笑顔になっている。


すると赤い球が飛んできて、『ドンッ!!』という音とともに、徐々にゼルタウロスの姿が確認できた。


今は囲いを解いたので、はっきりとゼルタウロスに見える。


ゼルタウロスが地面に降りてくると、翔春が笑みを浮かべて赤い猫を抱きしめた。


「俺と、全く同じになれる」と春之介が言うと、春子は卒倒しそうなほど興奮して喜んだ。


「ちなみに美佐は竜にはならずに、

 今の姿に翼が生えて完全体になったら、

 俺と同じ力を得るはずだよ。

 それなりに時間はかかるはずだけどね。

 だから竜は生物が非生物になって、

 また生物に戻る変化をするんだけど、

 植物の竜だけは別格で、

 能力はさらに高くなるはずだ。

 春子はさらに頑張って欲しい」


春子も赤い猫を抱きしめて、「猫も好きだからよかったぁー…」と言ったので、ゼルタウロスは大いに笑った。


「宇宙の頂点は猫なのね…」と優夏は言って、この状況でも天照の肩の上で丸くなって眠っているクレオパトラを見た。


「性格上、自由を得ることにもつながると思うね」とゼルタウロスは言ってから、春之介に戻った。



春之介たちは昼休みを終えて、かわいらしく見送る翔春に手を振って、後ろ髪引かれながらも教室に戻った。


親の方が離れがたい感情を持っていたが、ここは授業に集中して、あっという間に放課後になった。


優夏と春菜は、競うようにして学校を後にした。


春之介はまた屋上に上がってきた。


今は誰もいない。


そして一番都合のいい、この日本に住む天使を、潮来と協力してこの場に連れてきた。


「…ミラクルマン…」と少女は言って、手を組んで笑みを浮かべて拝んだ。


「随分と近くに住んでいたようだ。

 里子に出るつもりはなかったようだね」


「いつかこの日が来ると、

 信じていました」


「一番大きい兄ちゃんに言って、

 スタジアムで暮らしてもらってもいいんだけど、

 できればこちらからお願いしたいんだ」


「…もったいないお言葉…

 お兄さんはここにいるようですので、話してきます」


ここ春之介も同行することになって、冬延の妹の三宅春空とともに、ネクストキオスタジアムの、『臨時春咲高校生徒会執行部』の部屋に行った。


春之介と春空が部屋に入ると、冬延と浩也がすぐに春之介を見て、「…春空もやはりここに来たか…」と冬延が笑みを浮かべて言った。


「お仕事として、ここに住まわせていただくことに決まりました」


春空の言葉に、「…いつも通りでいいから…」と冬延は眉を下げて言った。


「お仕事ですから」と春空は重ねて笑みを浮かべて言うと、春之介は陽気に笑った。


「…家に帰ったらみんなにきちんと説明するよ…」と冬延は言って眉を下げた。


「お兄様、ありがとうございます」と春空はかしこまって言って頭を下げた。


「この先、春空ちゃんの仲間は増えるけど、

 まずは翔春に会って欲しいんだ。

 ちょっと、うらやましく思ってしまうけど、

 ここは我慢して友達になってやって欲しい」


「…もったいないお言葉、ありがとうございます」と春空は言って少女らしい笑みを浮かべて春之介を見た。



生徒会一同は春之介の許可を得て、翔春に会うことになって、リクリエーションルームに行った。


「みんな、ただいま」と春之介が言うと、春之介の四人の子供たちが集合した。


「驚いちゃった…」と美佐は言って、翔春を見てから春空を見た。


「…一緒に、遊んでもいいですかぁー…」と春空は翔春に頭を下げて言うと、翔春は春空を抱きしめて、「うんっ 一緒に遊びたい!」とついにはっきりと人間の言葉を話していた。


「…ついに、猫の獣人は完全に消えたなぁー…」と春之介は言って、笑みを浮かべてこの光景を見ている優夏と春菜を見た。


春之介が、「練習に行くよ」と言って踵を返すと、翔春もついてきたので、女子たちは眉を下げながらも春之介に従った。


着替え終えてグランドに出て、走っている仲間を簡単に三度ほど追い抜いて、今度は合流してペースを合わせた。


もちろん、優夏たちも春之介に従った。


「ランニングコース、どこに創るかなぁー…」


春之介の言葉にはすぐさま一太が反応した。


「この単調な積み重ねの方が、

 さらに修行になると思っているのです。

 ですが、アップダウンも必要になると思いますので、

 修練場の中に創られていいと思います」


「そうだね、それがいい。

 お願いしておこう」


春之介は言って、潮来を間に立たせて魂たちにお願いだけしておいた。


「おっと、早いなぁー…

 一周、10キロだそうだ…

 かなり複雑なジョギングコースを造ってくれたから、

 ここのランニングはもう終わりにしようか」


夕食後の自主訓練時にランニングに勤しむことに決めて、今回は野球の練習に勤しむことになった。


しばらくは予備軍の面倒を見てから、天照大神スタジアムに移動して、野球の神の練習を始めた。


時間は短いがそれなり以上の練習をしてから、修練場の風呂に入って出てきた時に、翔春は笑みを浮かべて眠っていた。


翔春は引き続き春子たちに任せて、春之介たちは勉強部屋に入って、みっちり5時間勉強をしてから食堂に行った。


春子たちも異空間部屋についてきていたので、翔春はもう起きていて、女子たちに囲まれて大いに遊んでいる。


かなり忙しい放課後だが、やるべきことはやっているという自信も、生活の糧となっている。



夜の自主訓練は早速ランニングコースを走ることになったのだが、真由夏が眉を下げてマイクを手に持っていた。


どうやら、春之介の邪魔をしないように走りながらインタビューをするようで、カメラマンは優夏と春菜が引き受けていた。


ここは春之介の好意に甘えて走りながらインタビューを始めた。


「聞きたいことは色々あるって思ってたよ」と春之介は陽気に言った。


「はい、まずはライバルと思える方が大勢現れたと、

 カメラの向こうの子供たちは大いに気になっています」


「優夏が敵じゃなくて苦戦したのは初めてだからね。

 だから第一のライバルは、今まで通り優夏」


「よっしゃぁー!!」と気合の入った優夏の声に、春之介は少し笑った。


「今回の相手は勇者という超能力者の集団で、

 素晴らしい存在だった。

 ボールに何かをしない限りすべてインプレイだったから、

 現実離れした試合だったと思う。

 まさに作りものの映画を観ていたように思ったはずだよ」


「はい、その質問も多くありました。

 ですが、試合を真実だと豪語している子がひとりだけいました」


「…はは… 柳川さんのお子さんだね…」


「柳川さんは私服ですが、映像に映っておられましたので」


「最低でも今の倍の速度で走り、5倍のジャンプ力がないと、

 本来のベンチ入りはできないからね。

 今一緒に走っている仲間たちについてこられたら合格だろうね」


「まだ余裕はありますけど、

 インタビューを終えるころには疲れ切っていると思いますぅー…」


真由夏は言って大いに眉を下げていた。


「子供たちのために頑張ってくれ」と春之介は兄として言った。


「ですが子供たちの興味が、この場所に移ってしまいました」


真由夏はタブレットを見ながら言った。


「俺たちの秘密の特訓場だから。

 秘密だから話せないよ」


「そういう場所があってもいいのでしょうね。

 まさに神と人間の狭間の場所と言ってもいいでしょう」


真由夏の的確な言葉に、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。


「…翼の生えた女の子がいる、と…」と真由夏は眉を下げて言った。


どうやらどこかでカメラに写り込んだようだ。


すると優夏が望遠を使って翔春を映し出して、「翔春ちゃぁーんっ!!!」と大声で叫んだ。


優夏の声が聞こえたようで、翔春は立ち上がって、優夏に向けて両手を振ってふわりと浮かんだので、さらに書き込みが過激になった。


「いろいろと不思議な子だから…」と春之介は眉を下げて言った。


真由夏の体力が怪しくなってきたようで、次回の試合の予告だけをして、今日のインタビューは終わった。


と思いきや、インタビュアーが尚に変わって春之介に並走して、少しだけ自己紹介をしてから、「試合の観戦を望むお子様たちが増大しました」と言った。


「宇宙旅行も兼ねるから、

 そう簡単には連れて行けないから。

 相手先の迷惑になることも考えられるから約束はできないよ。

 もちろん、大人は連れて行けないね。

 ほぼ間違いなく騒ぎを起こすから、

 連れて行くとしたら縛り張りつけておくことにするよ」


「大人が、お子様以上に澄んだ心を持つことが重要のようですので、

 ミラクルマンが認めるまで頑張ってくださいね」


尚のやさしいが厳しい言葉に、書き込みが激減した。


「だから予定にないその次の試合はこの地球ですることに決めたから。

 そうすれば、宇宙の旅は必要ないからね」


「楽しみ半減ですが、

 天照大神スタジアムで試合を見ることはできるので願いは叶いましたね」


尚の冷静な冷え切った言葉に、春之介は陽気に笑った。


「尚はタレント登録すれば?

 フィギュアの売り上げ、総合で5位以内に入ったよ」


ここは幼馴染の親しさで世間話のように言うと、「断れない仕事もあると思ったので所属はしません」と正しい見解を述べた。


「そりゃそうだ。

 自由でいたいのなら、会社に所属しない方がいいからね。

 やりたくない仕事も笑顔でしなきゃいけない。

 精神修行としてたまには受ければいいけど、

 目が飛び出るほど報酬を請求してやればいい」


「そんな悪人のようなことはしないわよぉー…」とここは尚は気さくに答えた。


「子供にとって、今回の試合の報酬は過分だったから、

 今はそれだけでいいわ」


「何か買うの?」


「創ってもらえたらおカネはいらないわ。

 もちろん、お礼はするけどね」


「家族の女子と同じように、

 デザインリングをプレゼントするよ」


「やったやったぁ―――っ!!」と尚は純粋に喜んで飛び跳ねた。


「…尚ちゃん… インタビュアー、代わってぇ―――…」と真奈が小声で言ってきた。


「真奈は彼氏に創ってもらえばいいじゃないか」と春之介が言うと、「できないから言ったのっ!」と真奈はついに怒り始めたが、すぐさま神たちが囲んでダメ出しをしたので、頭を抱え込んで謝っていた。


「というようにここにも欲はある。

 だから神が戒めるようになっているんだ。

 だからみんなの周りにいる大人が、

 ここにいる神のような存在になる必要はあるね」


「…強制的に、現実に引き戻すのね…」と尚は眉を下げて言った。


「甘いだけじゃ、奇跡の人はやってられないからね。

 そろそろこのインタビューも終わりにしてもいいほどなんだ。

 あと数年は様子を見て、

 全てが平和になったと確認を終えたら、

 前にも言ったように、

 本腰を入れてさらに不幸な人々を助けに行きたいからね」


「…さすがに、低年齢層は駄々をこね始めたわ…

 親がすぐに消したけどね…」


尚の言葉に、春之介は少し笑った。


「じゃ、その親の心根に免じて、

 確認できた親子を宇宙の旅に招待しよう。

 52組?」


「…ついに、特別扱いまで出たわ…」と尚は言ってから、「招待メールを送りましたので、誰にも公表しないでくださいね」と尚は穏やかに言った。


「悟られただけで大騒ぎになるはずだから、

 十分に気を付けた方がいいですよ。

 もちろん、発覚した場合は辞退した方が身のためでもありますから。

 こういったことだけでも、不幸の火種になってしまうので、

 もし問題が発覚した場合、

 取り消しもあるので要注意です。

 これは特別扱いにした俺の責任なので、

 ある程度の常識的謝罪はしますよ。

 謝罪の内容は宇宙の旅…」


「どちらにしても、宇宙に連れて行くんじゃないですかぁー…」と尚は大いに眉を下げて言った。


「自然発覚と故意の発覚があるから。

 その部分は完全取り消しも考えてあるからね。

 好意を無にしたということで、

 神が説教にいく、とか…」


「…特別扱いはめんどくさいわ…」と尚は常識的見解を述べた。


「35名が辞退してきました」


「ま、面倒事は避けたいだろうからね、

 それは当然だと思うよ。

 あ、増えてるね」


最終的には52人中50人が辞退した。


「…はは、残りの二組は納得したよ…

 まさに親の信念を感じたよ。

 親の行動は子供のために」


残りの二組の親は、元宇宙飛行士だったのだ。


「…自分のためにっていう道もありますぅー…」と尚が言うと、「ここは罪悪感が湧くようなことを言うべきじゃないよ…」と春之介は眉を下げて言った。


最終的にはこの元宇宙飛行士たちも辞退して、異星に行く特別扱いはなくなったことで、誰もが納得してインタビューを終えた。



寝る段階となった時、翔春の親たちが全員集合してしまったので、ここはやむなしとして、リクリエーションルームを臨時の寝室にした。


翔春が眠ってしまうと春之介たちも自然に眠って、春之介だけがまた探し人の夢見に出ていた。


今回も危険はないようだが、近くに生物がいない。


大地は大いに歪んでいるように見えるが、自然は豊富なので荒れているようには感じない。


だが何か不幸があったのだろうと思い、春之介はゼルタウロスに変身して空の散歩を楽しんだ。


すると、見覚えのある人がふたりいたので、ゼルタウロスは素早く飛んで、「こんにちは!」と気さくに叫んだ。


ふたりはすぐさまゼルタロスを確認して笑みを浮かべた。


「まさかここでお会いできるとは思いませんでした。

 フォーサ様、ツヨシ様」


ゼルタウロスは言って、地面に足を下ろして春之介に戻った。


「何か、お話を聞かなければならないと感じています」


春之介の言葉に、フォーサが大いに眉を下げた。


まずは成り行き上主になってしまった花蓮の無礼を大いに謝ってきたので、春之介としては何も言えなかった。


春之介に実害があったわけではないし、星の生物と妖精を無償でもらった負い目もある。


この件だけを話すと、フォーサは大いに眉を下げて、「…お師匠様でもわからないことがあった…」と妙に喜んでいるように見えた。


春之介はある程度察して、「俺にだって弱点はありますから」と落ち着いて言った。


「それに、知らないこともあるかもしれませんから」


「…神とはいえ、動物として生まれたのに、ベティーさんとは大違い…」とフォーサは嘆くように言った。


「俺が強く育ったのは母のおかげだと思います」


春之介の言葉に、フォーサはすぐさま懺悔した。


確実にそれはあるはずだし、ゼルタウロスの姿を創造したのはベティーなのだ。


火竜ベティーと同じ名前なのは全くの偶然で、火竜の方はレッドベティーと呼ばれていたそうだ。


「ところで、ツヨシ様は変わったことをされていますね」と春之介が言うと、ツヨシは目を見開いた。


「あ、桜良様との絆の件ではありませんよ」


春之介の言葉に、それ以外では何もやってはいないので、驚きながらも事実を春之介に告げた。


「となると無意識のようですね…

 桜良様との絆については太いのでよくわかるのです。

 それ以外に無数の絆が張り巡らせてあります。

 雰囲気からして相手は大勢の天使だと思います」


ツヨシは寝耳に水だったので、大いに目を見開いて、そして自分自身を探ると、確かに、天使たちの様子がよく見えていたことに驚いた。


「過保護と言っては申し訳ありませんが、

 天使たちは安心し切っていて、

 今以上の成長が見込めないかもしれません」


「…ああ… それは、確実によくない…」とツヨシは言ってうなだれた。


だが、今さら切るのもどうだろうと、やさしいツヨシは思ってしまった。


「私が切るから」とフォーサは決意の眼をしてツヨシに言った。


「…はい… お願いします…」とツヨシは天使たちの長でもあるフォーサにすべてを託した。


ふたりは夫婦なので、―― これはあり… ―― と春之介は思って、微笑ましく笑みを浮かべた。


すると本題はこれだったようで、また別の星に飛ばされた。



この星は文明文化は地球と同じほどで、比較的穏やかな空気が流れている。


ここは広い川の河川敷の広場で、スポーツなどが活発に行われていて、サッカーや野球に似た競技を、大勢の子供たちが楽しんでいた。


特に変わったことは何もなく、春之介はこの辺りを散策することにした。


近くには森林公園があり、読書や勉強、食事を摂っている者もいる。


まさに平和だと思っていると、まるでスタジアムほどある宇宙船がこの上空を横切った。


人間たちは気にすることなくそれぞれの遊びなどに集中している。


―― それほど科学技術が発達しているとは思えない… ―― と春之介は大いに疑問に思った。


春之介がふわりと宙に浮かぶと、どういうことなのか一目瞭然だった。


まるでこの大地を分断するように高い塀で大地が分けられていた。


こちら側は人間の世界。


塀の向こうはまさに機械の世界としか思えないほど、生体反応を感じなかった。


―― 過度の平和を望んだ結果か… ―― と春之介は思って悲しくなった。


「その通りのようだよ。

 人間はただただ生かされてるだけのようだね」


春夏秋冬が暗い口調で話すと、「…ここまで行くと不幸はあるはずだ…」とつぶやくように言った。


「増えすぎた人間を間引くようだよ。

 その時々に試験をして、

 ある日気付くと友人や子供がいなくなっている。

 だけど随分と長い時間この状態のようだから、

 人間たちも慣れたようで、

 いなくなってもいつものこととすぐにあきらめるんだ。

 だからね、その無碍な法律と戦っている人たちもいるようだよ」


「…俺も抗うと思う…」


「やっぱりね、愛している人がいきなりいなくなれば、

 誰だって探したくなるし、

 どういうことなのか知りたくもなるよね。

 だからね、そういう人たちも捕まって処刑されるそうなんだ。

 その生き残りが戦っているんだけど、

 武器は手製だし威力もない。

 ここは一見平和に見えるので、

 外来種もわかっていて見過ごしているようなんだ。

 それに下手に攻撃を加えても、

 相手は恐れを知らないから、

 勝てない戦はないはずだよ」


「そのようなプログラミングをしたのは人間だ…」


「まさか、星を埋め尽くすほど、

 人間が暮すようになるとは思わなかったそうだよ。

 このシステムが誕生したのは3000年ほど前。

 当時の人口は一億ほどだったようだ。

 今は50億だけだど、年間、一億人ほど消されてるよ」


「…手を、出してはいけないのか…」


すると春之介はまた別の星に飛ばされた。


「…大いに世間をお勉強しろということらしいな…」


春之介の嘆きの言葉に、「そのようだね…」と春夏秋冬は言って、「今度は原始的過ぎてリンクを取れない…」と眉を下げた。


「…だが、なぜ俺なんだ…

 過去にこうするような、出来事でもあったのか…

 …この世の全てを知りたいとでも思っていたのか…

 …あ…」


春之介はあることを思い出した。


「源一様や花蓮様に、この世界のことで知らないことはないはずだ。

 だけどそれは違っていて、

 宇宙の母と宇宙の父が見えない場所や事象があるとしたら…」


「特殊派遣員?」と春夏秋冬が言うと、「…なんか、すごい役職をもらったようだ…」と春之介は言って眉を下げた。


「宇宙や星の配置で、死角になったりする場所があるのかもしれないね。

 神のシステムも完璧じゃないと思うから。

 そして宇宙の母が納得すれば、

 俺は次の場所に飛ばされる。

 俺に断る権利はないようだ…」


春之介は近づいてきた一般的な大きさの猫の頭をなでた。


するとこの猫は有袋動物のようで、三匹の子猫が母親の腹にある袋から顔をのぞかせていた。


「…これもかわいいな…」と春之介が言うと、母猫はいそいそと先を急いで小走りに走って行った。


すると次は黒いブタがやってきた。


ここは特に獣道というわけでもないが、春之介は気を使ってふわりと宙に浮いた。


豚は一瞬春之介を見上げて、猫と同じようにして小走りに走って行った。


すると、様々な動物が一直線になってこの場所を目指して歩いてきている。


「この道筋しか歩けない?」


「はい、道幅は5メートル程ですから」


春夏秋冬の言葉に、春之介は目を見開いた。


そして春之介はゼルタウロスに変身すると、「人間の眼で見るのとは違う世界だった…」と大いに嘆くと、「…えー…」と春夏秋冬も大いに嘆いた。


「正面にあった森がない。

 辺りは一面広場だった。

 こんな深い谷はなかった…

 術師でもいるのか…」


春之介は大いに集中した。


春夏秋冬も探ったが、全くそのような者はいない。


動物の魂しかなさそうだし、危険はないと思い、ゼルタウロスは春之介に戻って、谷と思われる場所に立つと、地面があると感じる。


「大地はあるぞ」と春之介は言って、地面の土を手に取った。


「どう見える?」


「何もありません」と春夏秋冬が言ったので、春之介が手を差し出すと春夏秋冬が手のひらを出した。


春夏秋冬の手に土を渡すと、「…湧いて出た…」と春夏秋冬は言って土を見入った。


「非生物は動物と同じように見える。

 共存はできるが、人間に有利な土地だと思う」


「…この事実を知っていたら、狩りし放題…」


春夏秋冬の言葉に、春之介は少し笑って、「その通り」と言ってうなづいた。


広範囲に探ったのだが、人間らしきものは皆無で、しかも従ってくれる魂がいない。


「動物の星だと思う。

 両方の眼を持っている人間が現れると、

 まさにパラダイスになりうるな…

 創造神が妙なことでもやったのか…」


春之介が考えていると、地面がリクリエーションルームの天井に変わった。


「…不思議な場所だ…

 たぶん、また行くことになるな…」


そして雑魚寝は危険と思い知っていた。


春子たち春之介の子供たち四人が春之介を抱きしめて眠っている。


そして優夏は欲張りな子供のように、みんなを抱きしめている。


子供たちと優夏はいいのだが、春菜、真奈、尚、真由夏までがまさに春之介を狙わんとばかりすぐそばにいたのだ。


「こいつら、寝る前に縛り付けてやる」


「…縛ってるから大丈夫…」と天照大神が眠そうな顔をして言って大あくびをした。


「それはありがとう」と春之介は言って、天照大神を抱きしめた。


天照大神に夢の話をすると、「ん?」と言って考え始めた。


「似たような経験があったわけだ。

 天照ほどの能力者なら知っていても不思議じゃない」


「…逆?」と天照大神がつぶやくと、春之介は大いに苦笑いを浮かべた。


人間は動物たちにいいように扱われて食われ続けた黒歴史もあったのだろうと春之介は考えたのだ。


「生物の希少度によって変わるのかもな…

 夢見で行った星は人間が生まれにくいのかもしれない。

 創造神の願いがかかっている星なのかもな。

 そして真実は機械の眼の方のはずだから、

 何らかの術は確実に関与しているはずだ。

 優位にしたい生物に見えているものが真実だと感じさせるように。

 なかなかの高能力者だと思うし、

 魔力量はとんでもないだろうなぁー…

 まあ、その実態は悪魔のような気はするけどね」


「でも、そこに行った目的って…

 あ、宇宙の母に気付かせるため…

 誰が…」


天照大神の疑問に、春之介は大いに賛同した。


「すべてを知っているはずの宇宙の母以外にも、

 大きな力を持った神がいる。

 そしてなぜだか俺にそれを知らせようとする大きな神がいる。

 今までに接触したことがある誰か…

 俺は普通に感じたが、優夏との出会いのように、

 大きな神と接触していたことがあった…

 そして認めてもらえたんだろうなぁー…

 きっとね、その人って母さんのような人だって思ったよ」


「…夏樹じゃないけど、多分そうだって思うぅー…」


「まあ…

 たぶん、あの人だろうけどね…」


「…うん… 理由はよくわからないけど、たぶんそう…

 この千年間で、今回だけは高能力者のお父さんに寄り添わなかった…

 絶対に気付かれるって思ったから…

 本当はここに来たいんじゃないかって思うぅー…」


春之介はうなづいて、「万有様じゃダメな理由もわからないなぁー…」と言うと、「宇宙の父だからダメなのかもぉー…」と天照大神は常識的見解を述べた。


「ある意味縛られていることと何も変わらないからね。

 自由に動ける存在も必要になる。

 花蓮様には宇宙の母であることは厳しいのかなぁー…

 随分と楽しそうに思ったんだけど…」


「これも推測でしかないけどね、

 悪魔を持ってちゃ完全になれないんじゃ…」


春之介はまた何度もうなづいて、「源一様と花蓮様の性別が逆だったらよかったのかもね」というと、「きっとそう…」と天照大神は大いに考えながら答えた。


「…何やってんのよぉー…」と優夏は目を吊り上げて、天照大神を抱きしめている春之介を見ていた。


「朝食の時に話す」と春之介は言って素早く身支度をして、新聞配達に出かける準備を始めた。



「で? それって誰なのよぉー…」と優夏は春之介から話を聞き終えて、眉を下げて聞いた。


「優夏は俺よりも上位なんだから、

 この程度は察してほしいんだけど…

 もっとも、優夏は花蓮さん相手に必死だったから、

 全く接触してないから、この結果はわかっていたけどね」


優夏はかなり反省していたが、「…悪魔だもの…」と言って種族のせいにしたので、春之介は陽気に笑った。


「源一様と花蓮様、俺と優夏…

 どちらもいいパートナーなのかもしれないね」


「…接触、あったの?」と春菜が眉をひそめて聞いた。


「まだそこまでは探ってないけど、

 かなり大昔だろうね。

 異空間部屋で紐解く必要はあるだろう。

 相当時間がかかるはずだから、少々うんざりだ…

 ここは源一様に頼るものもいいのかも…

 ターゲットがわかっていれば、

 魂の記録の検索ができるそうだから。

 とんでもない能力者なのはやはり動かないね」


優夏が悔しそうな顔をしたが、「少人数じゃ、何もできない…」と春菜がつぶやくと、優夏はここは素直になって春菜に同意した。


「…だけど、本人に聞けば」と優夏が言ったが、「あのさ…」と春之介が眉を下げて言うと、「…愚問でしたぁー…」と優夏は大いに反省して言った。


この事実を花蓮に知られると、花蓮が宇宙の母を放り出すかもしれないのだ。


しかし源一によって鍛え上げられている花蓮はかなりハイレベルな域にいるので、ほぼ心配はないが、万が一がある。


そうなればその役は、優夏に回ってくることは簡単に導き出せる。


やはり自分の身に降りかかってくることは素早く察知できるようだ。


「俺としては、裏方の方が気が楽だ」


春之介の言葉に、「…その分、自由もあるからね」と春菜は笑みを浮かべて言った。


「飽きるまで、野球を堪能させてもらうよ」と春之介が満面の笑みを浮かべて言うと、「…野球バカ…」と春菜は言って、少し笑った。


「その人も、胸が大きくなったり小さくなったりするそうだぞ」と春之介は優夏の大きさが元に戻った胸を見て言った。


「…またすっごく母性を出したら大きくなるもぉーん…」と優夏が眉を下げて言うと、それができない春菜は大いに悔しがっていた。


「…肉体も、優夏がいいなぁー…」と春之介がつぶやくと、優夏は大いに喜んだが、春菜はふたりを大いににらみつけていた。


「ただ、普通のヤツだったら確実に昇天する、

 あの照れ隠しはいただけないね」


春之介の言葉に、優夏は今思い出して、「…人前で照れること言わないでぇー… でも言って欲しいぃー…」と優夏は照れながらも喜んでいた。


春之介は何度も笑みを浮かべてうなづいて、「言葉にすることでそれがバリアになるからね」と意味ありげに言うと、春菜は立ち直れないほどうなだれた。


だけどそのおかげで、小春と猛春を手に入れられたこともあるし、小春のおかげで、いいのか悪いのか翔春がいい子に育った。


春之介としては、―― 照れ隠しではないのでは? ―― と、どうしても考えてしまっていたが、優夏の様子からそれはないと考えた。


―― 幸運がある ――


これが一番に思い当たっていた。



ついに、この日本のこれからの政治の道筋が見えてきて、天皇制は完全に消滅して、宮内庁も大幅に縮小され、国が管理していた古墳などにも許可が必要だが発掘できるようになった。


これで日本の考古学についてはほぼ判明するはずだと、考古学者と考古学ファンは大いに歓迎した。


これだけでも数年は食っていけるからだ。


だが、新発見だとしても神がいることで、奇抜な憶測を説いても簡単に覆るかもしれない。


よってここは、春之介の父親の春拓が、考古学者に大人気となってしまった。


しかし春拓は、「学生でもあり社会人」として、春之介の協力要請を突っぱねた。


その二足の草鞋を履いた春之介は、放課後に天照大神スタジアムをネクストキオスタジアム上空に呼び寄せて、どちらのスタンドも解放した。


練習風景だけでも子供たちに見てもらいたいという春之介の気持ちだった。


予告なしに行われたので、猛烈なミラクルマンファンだけが特等席で春之介たちを応援した。


あっという間に大勢の人が集まったのだが、あっという間に練習が終わったので、早々に全員が追い出されることになってしまった。


こうなることがわかっていたので予告はしなかったのだ。


それに練習なので毎日するとは限らないし、しかも無料開放だ。


欲をもって希望を言うのは憚られるので、ほとんどのファンたちからは苦情はなかった。


そして自主訓練の時間に、また真由夏がマイク片手に春之介に迫ってきて、「天照大神様たちのフィギュアは販売しないのですか?!」と聞いてきた。


「あ、してもいいよ」と春之介は簡単に答えた。


「フリージア星には二セットほど創って置いてきた。

 天使たちが大いに気に入ってくれたのでね」


「喜びのお便りが次々と舞い込んでいます!

 そして、天使の質問も多いです!」


春之介は何度もうなづいて、「この地球にもいるから」とすぐさま答えた。


「だから見つけて、ひとりだけここで働いてもらってるから。

 この先、本人と保護者たちと話し合って、

 さらにここで働いてもらおうと思っているんだ。

 俺たちには大勢の天使も必要なんだよ」


「試験とかはないんですか?」


真由夏が聞くと、春之介は少し笑って、「生まれながらの資格だから。こちらからスカウトに行くシステムをとってるからね」と、子供たちにとって無碍な回答した。


現在のところふたりいる天使の翔春と春空は、今日は体力トレーニングが遊びのようで、春子たちとともに、やけに楽しそうな子供向けのランニングコースを走っていた。


「今回は偶然に都合がいい子がいたので、

 簡単に雇うことができたけど、

 この先は弁護士に頼んだから。

 少々問題ありの環境下で暮らしている子が多いのでね。

 もちろんこの中には大人もいて、

 どうしても仕事を辞められない人もいるんだよ。

 だからこの件関しては、何かあったとしても話を広げないで欲しいんだ。

 その天使たちにとって、不幸でしかないから。

 目に余る場合だと、神が鉄槌を下すことになっているからね。

 この日本は変わったから。

 政治は人間が行うが、人間を管理するのは神の役目になったから、

 誰も文句は言えないよ」


「…真実だけど、あまり脅さない方がいいんじゃ…」と真由夏は大いに眉を下げて聞いた。


「この日本と琉球は天照大神とシーサーの領土だから。

 そこに住まわせてもらっているんだから、

 神の言葉に逆らうことは許されないからね。

 もちろん、ミラクルマンである俺も同じだし、

 俺の仲間たちも同じ対応をされるから。

 神をなめてると、とんでもないことになるから、

 試したければ試せばいい。

 神の反応は早いぞ」


もちろん、高視聴率番組なので、その反応は早い。


すでに50人ほどが神の鉄槌を食らって意識を断たれたとSNSに上がった。


「希望は持っても構わない。

 さらに願い事をしても構わない。

 だけど欲は持つな。

 子供たちはお父さんやお母さんにその違いを聞いてくれ」


春之介からの宿題に、子を持つ親たちは大いに戸惑ったようだ。


「…教育番組にもなりそうですぅー…」と真由夏は眉を下げてコメントした。


「関東近郊に住んでいる人たちはラッキーだ。

 その神たちの野球の練習風景を見られるからな。

 だけど、欲を持ってやってきたら、

 すぐさま神の鉄槌が落ちるようになっているから、

 悪さをしたい者はうまく隠してきた方がいいぞ」


「…お兄ちゃん、誰も観なくなっちゃうぅー…」と真由夏が嘆くと、「この放送をなくすように仕向けているんだよ」と春之介はさも当然のように言った。


「俺は俺の道を歩むべき時が来たと確信したから」


さすがの真由夏もこの言葉に対してのコメントができなかった。


そして真由夏は穏やかに総評して、番組を終えた。



春之介は眠ってから、昨夜飛んだ星にまた来ていた。


「さて、この星の神を探そうか」と春之介は言って、ゼルタウロスに変身した。


動物として見る大地はまさに過酷だった。


動物に修行でも課しているのかと言わんばかりに荒れ果て、そして動物同士で争う。


まさに野生と言えばそれまでだが、人間がいないこの星でこの実状を見てしまうと、どうしても人間に置き換えてゼルタウロスは考えてしまう。


だがなぜか悪意は感じられない。


ただただ強く雄々しく生きろとでも言わんばかりに感じ取れるのだ。


「…手を出す必要があるのか…」とゼルタウロスがつぶやくと、別の星に飛ばされた。


あまりの刺激臭に、ゼルタウロスはすぐさま春之介に戻って鼻をつまんだ。


「人間でもあって助かったぁー…」と春之介は言って、宙に浮かんだまま大地を見回した。


それは公害でも何でもなく、この星の環境がこの匂いを産んでいるだけだった。


「できれば赤い猫に!

 人体には有害です!」


春之介は仕方なくゼルタウロスに変身して、防毒マスクを創り出して被った。


「…生物がいる…」とゼルタウロスはつぶやいて、魂がある方向に飛んだ。


「…うう、これは… これでいいのか…」と春之介は大いに嘆いた。


動いているので生物には違いない。


だが、その肉体はドロドロに溶けたスライムというヤツによく似ていた。


もちろん科学技術は皆無で、スライムたちはただの移動中なのか、紫色の森に向かって移動している。


この地が異様なのはほとんどのものが紫色なのだ。


空の色も、雲も、木も草も水も紫色に近い色だ。


「…生きるための気体の違いで、こういう運命もあるわけだ…」


「だけどね、すべてが高エネルギー体だよ」


春夏秋冬の言葉に、「それを狙ってやってくる者もいるだろうね…」と春之介は常識的に考えて言った。


するとまた別の星に飛ばされ、初めに来た星に戻されていた。


「…確実に修行だよな…」と春之介は大いに呆れて言った。


「となると、ここにいる神が俺の夢見を操っている張本人の可能性は高いな…

 ここは怒った方がいいのかぁー…」


するとまた別の星に飛ばされ、「…慌てたような感情を感じたな…」とゼルタウロスは言って辺りを見回した。


今回は普通に呼吸ができて、草木は緑で、水は青く、土は茶色だった。


そして人は多いが、様々な人種が入り乱れているように感じ、戦争も行われているように感じた。


だが、武器などは手製のもので、飛び道具は弓矢だけのようだ。


住居はあるが、それは簡素なもので、雨風をしのげればいいだけのお粗末な代物で、倒壊したものが何軒もある。


「…壊れたら建てる…

 だけど最近、ここに嵐でも来たようだね…」


大地にはその爪痕が残されていて、まるで獣道のように曲がりくねっている道ができている。


「ここを竜巻が襲ったようだ…」


ゼルタウロスが高度を上げると、石造りの砦が所々に見える。


地球で言えば中世の時代のように感じられた。


「…あ、竜の気配…」とゼルタウロスは言って、山が連なる場所を見入った。


しかしすぐさまその奥に意識を移した。


「…邪悪な感じ…

 これが魔王というやつか…

 だが、お勉強したのは、邪悪なのは人間だけのはずだ。

 だったら扱いやすいな」


「そう豪語する人はそれほどいないから…」と春夏秋冬が姿を現さずに言った。


「協力者を募ってみよう」とゼルタウロスは言って、この星の魂たちを探ると、あっという間に静かになった。


「…え、まさか終わった?」と春之介が言ったとたんに、また別の星に飛ばされたが、初めに来た星に飛ばされることなく、数カ所回ってから、リクリエーションルームで目覚めた。


さらに今回は誰かを誘拐してくることはなかった。


春之介を抱きしめて眠っている翔春の頭をやさしくなでて、抱き上げたまま座った。


「…苦悶の表情…」と春之介は言って、春菜の顔を見て眉を下げた。


「…ついに抵抗を始めちゃったけどね、

 翔春には逆らえない葛藤があるようよ…」


天照大神は眠そうにして目をこすりながら言った。


「マミーじゃなくなるのは耐えがたいだろうからな」と春之介は言って少し笑った。


すると翔春がぱっちりと目を覚まして春之介に笑みを向けて、「…パパ、おはよー…」と言うと、「ああ、おはよう、翔春」と答えて抱きしめた。


「さあ、起きる時間だ。

 みんなで叩き起こしてくれ」


春之介に仕事をもらうと、翔春はかわいらしい笑みを浮かべて、みんなをやんわりと起こしにかかったが、神たちは蹴り飛ばしていたことに、春之介は眉を下げていた。


起きればそれでいいので、神の場合はこれはありだ。



学校に行くと、クラスメイトたちが大いに眉を下げている。


「数年先の予定だったけど、

 今日明日にでも学校を辞めることになるかもしれない」


春之介の言葉に、誰もが生き甲斐を失ったようにうなだれた。


「もちろん、俺の認めた仲間を強制的に連れていくことはない。

 確実に俺と行動を共にするのは優夏だけだ」


春之介の言葉に、「私もよ!」と春菜は大いに憤慨して言った。


「春菜の場合は、さらに社会勉強を積むべきだと思うけど?」


春之介の言葉に、「…うー…」と春菜はうなることしかできなかった。


もちろん春菜も春之介と優夏に比べて劣っていることは自覚している。


よって春之介の言葉を認める自分もいるのだ。


だが、春菜の様々な欲が、その想いを否定する。


「だからそれもダメだと何度も言った」と大人の姿の天照大神が現れると、誰もが大いに驚き、すぐさま頭を下げた。


「…あんた、次からの指摘は鉄槌を落とすから。

 落第を覚悟しておくことね」


天照大神は威厳をもって言って消えた。


「…もう、落第でもいいぃー…」と春菜は言って、ついにしくしくと泣き出し始めた。


「すべてを諦めるのならそれでもいいさ」という春之介の冷たい言葉に、春菜はすぐさま泣き止んで春之介をにらみつけた。


「希望が欲しいのなら言ってやる。

 これはお前の覚醒とそれほど関係はないからな。

 お前の場合、何かひとつでも希望がないと、

 すぐにお嬢様ぶりを発揮する。

 だが、ひょっとすると失敗して覚醒できなくなるかもしれないが、

 どうする?」


春之介の厳しい言葉に、春菜は大いに納得していた。


そしてその希望の言葉だけでも聞きたいと思っている。


さらに、―― 春君がいないと何にもできない… ―― と思うと、涙が止まらなくなっていた。


『あはははっ! ごめんねっ!!』と妙に明るい声が春菜の頭に響いてきた。


すぐに春之介に聞こうと思ったが、―― 聞いていいことなのかもわからない… ―― と思い、ここは何とか我慢した。


そして今の笑い声と話し方をどこかで聞いたことがあると思い、最近のことをすべて思い出したが、―― 心当たりなし… ―― という無情な回答を得た。


その存在に会ってはいたのだが、全く接触していなかったので、わかるはずもなかった。


だがあるとすればフリージア星であったことのはずだ。


「どうにかして、フリージアに連れてって」


春菜の言葉に、「フリージアだったら、俺じゃなく夏介でもいいさ」と春之介が言うと、夏介は大いに眉を下げていた。


―― 付き添いは春君じゃなくても構わない… ―― という回答を得て、春菜は、「そうするわ」と言って、一時限目の教科書を出した。


「夏君、昼休みに行くわよ。

 食事はあっちで食べさせてもらうから。

 時差は?」


「…はい…

 夕食時だと思います。

 伝えておいても構いませんか?」


「お願い、そうして… ありがとう」


春菜の言葉を聞いてすぐに夏介は源一に念話を送った。


源一は興味津々だったが事情は察していたので快く許可した。


『春之介はまさか来ないのかい?』と源一が聞くと、『どうやらそうなりそうです…』と夏介は大いに困惑して言った。


『…ひとりなら、何とか耐えられるから別にいいか…』と源一が物騒なことを言うと、夏介は大いに眉を下げた。


『春菜の覚醒とは関係ないところで気づいたことがある』


『実は、春之介様もそうおっしゃったのです』


夏介がすぐに答えると、『エッちゃんと何とかして引き合わせよう』と源一は答えると、『そういうことだったのですかぁー…』と夏介はおぼろげながらもつながったと感じた。


『食事時なので、いらっしゃるのでは?』


『…嫌がるかも…』と源一が答えると、夏介は何も言えなかった。


夏介は源一に丁寧に礼を言って念話を切った。



授業は滞りなく四時限目までを終えて、春菜と夏介はフリージア星に渡った。


春菜は源一と花蓮に挨拶だけは丁寧にして、千人は超えるほどの源一の部下たちを見入った。


―― いつもはもっといるんだ… ―― と春菜は空席数を見て判断した。


するとここに、赤ん坊をふたりあやしている女性を見つけた。


春菜は大いに興味を示して、桜良の後ろに立って、「…かわいいぃー…」と笑みを浮かべて言った。


「どうもありがとっ!!」という桜良の明るい言葉に、―― もう見つけたぁ―――っ!!! それに、超大物だったぁ―――っ!!!」と春菜は思い、万有桜良のプロフィールを思い出していた。


「四時間ほど前に、どうして私に謝ったんですか?」


春菜が聞くと、「…とんでもない試練を与えちゃったから…」と桜良は眉を下げてうなだれた。


「私が悪魔として生まれたからですか?」


「悪魔だけどね、悪しかない悪魔なのぉー…」と桜良のとんでもない言葉に、春菜はめまいを覚えた。


「欲があっても行動を起こさない。

 だからね、大昔の春菜ちゃんは更生できたはずなの。

 だけど、欲を持たず、素直になることをさらに望んだって思うの…

 だから今世で、その想いを遂げさせてあげて欲しいの…」


桜良のやさしい言葉に、「…すごいことをしてくださった方にもお礼を言いたいです…」と春菜は自然に涙を流していた。


「あっ! 知ってるよっ!」と桜良は叫んでから、すぐさま両手のひらで口をふさいだ。


「…もういいの、ママ…」と春菜は言って、桜良を抱きしめた。


「…私って、ママの裏側の人にそっくりだと思うわ…」と春菜は言った。


「…否定できない私がいるぅー…」と桜良は言って、笑みを浮かべて春菜を抱きしめた。


そして春菜は皮膚まで真っ黒な悪魔に変身した。


「…あー… こういうこと…」と春菜は言って、辺りを見回して、この辺りにいる全員の気付けをした。


「…ママは平気なのね…」と黒い物体が言うと、「大昔よりはかなり優しいわ」と桜良は母の想いをもって、黒い物体を抱きしめた。


「春之介君を手伝って上げて欲しい…

 きっとね、優夏ちゃんではまだ無理だって思うの…

 だけど、かなり面倒なことになっちゃうかなぁー…」


「そうなる切欠は、優ちゃんのせいだから。

 できれば、その時に春君を取り戻したい…」


黒い物体は言って、涙を流した。


「…そうね…

 欲はなくて希望の言葉を言っただけ。

 春菜ちゃんは生まれ変わったと言っていいから、

 春之介君とは、甥と叔母の関係は成立しなくなったわ」


「…そう… それだけでも救われたような気がするわ…

 …私って、呆れるほどお嬢様だったわ…」


春菜は言って、大いにうなだれた。


「今はもう違うんだからいいの。

 迷惑をかけたのは春之介君だけだから。

 春之介君だけに謝ればそれでいいの」


「うん、ママ、ありがと」と黒い物体は言って春菜に戻った。


「…うう… こっちの方が、かなりダメだぁー…」と春菜は言って頭を抱え込んだ。


「人間だからね…」と桜良は眉を下げて言った。


「…すっごくよく分かったような気がするぅー…」と春菜は今までに勉強してきたことをすべて理解した。


「だけどママは、あっちに星に行きたくないの?」


春菜の言葉に、「ここ、空き地が多いから…」という桜良の言葉に、「そういう基準なの?!」と春菜は叫んで、大いに笑った。


「…それに、私の得意なことはさせてもらえそうにないから…」と桜良は言って、海に浮かんでいるゼルタウロススタジアムを眉を下げて見た。


「…神たちと大勢の魂たちの協力は強烈だから…」と春菜は眉を下げて言った。


「だけどね、お礼を言いに行くわ。

 私のお友達を正してくれたから。

 春之介君の今の仕事の、

 宇宙の母の管理から漏れてる世界を正す夢見」


「…あー… 翔春ちゃんを連れて帰ってきた…」と春菜が言うと、桜良は大いに興味を持った。


春菜は警備中の影を捕まえて、その映像を見せると、「…かわいすぎるぅー…」と桜良も大いに気に入っていた。


「エッちゃん、食事」と源一が言うと、「あ、時間、それほどないのよね?」と桜良が聞いた。


「エッちゃん? ママのあだ名?」と春菜が聞くと、桜良はその事情を話すと、「改名、したんだぁー…」と春菜は言って納得していた。


万有桜良は人間当時は安藤悦子と名乗っていた。


そして気に入った男性の姓を勝手に名乗るようになり、最近名前まで改名した。


それは桜良が生まれ変わった記念として思い切って源一に頼んで変えたのだ。


だが、あだ名は有効で、桜良は快く思っている。


「…ママって波乱万丈だったのね…」と春菜は言って、雄々しき母を尊敬していた。


「…私だって、春菜ちゃんのことは言えないよ…

 ここに来るまで、私って欲の塊だったもん…」


この先、ふたりは時間を気にすることなく、陽気に話をして食事を楽しんだ。


しかし何とか昼からの授業に間に合って、春菜は自然体で授業を受けて、放課後はすぐさま夏介とふたりして消えた。


少しでも桜良とコミュニケーションを取りたかったからだ。


桜良はまだ起きていて、春菜を大歓迎してから、春菜の天使の妹を紹介した。


「青空ちゃん、かわいい―――っ!!!」と春菜は叫んで、幼児姿の青空を抱きしめた。


「…連れて帰って自慢したいぃー…」と春菜は言ったが、すぐさま眉を下げた。


「お姉ちゃんがお休みの日に遊びに行きたい!」と青空が叫ぶと、「…さすがに断れないわぁー…」と春菜は大いに悩み始めた。


しかし、その日に迎えに来ると告げて、春菜と夏介は地球に戻った。



「ちょいと強敵になったかもな」と春之介が言うと、「…思ってたよりも早かったぁー…」と優夏は大いに嘆いた。


「桜良さんは花蓮様の前の宇宙の母だからね。

 しかも、何度も全宇宙の終わりを見ていて、

 今回で八回目だそうだ。

 恐ろしいほど長生きな、唯一と言っていいほどの魂を持ってるからね。

 能力は花蓮様に劣っていても、魂の記録量は半端ないほど膨大だ。

 俺の夢見は、桜良さんの要請で行っていたはずだ。

 そしてその夢見の中にかなりの大物がひとりいる。

 理由はわからないけど、俺は試されているようなんだ」


「それが春菜ちゃんの恩人なのね…」と優夏は察して言った。


「佐伯菖蒲さんよりも上だろうね」という春之介の言葉に、「…嫌な予感…」と優夏は言って、眉を下げて春之介を見た。


すると、春菜と夏介が天照大神から飛び出してきた。


「強敵になった」と春も介が言うと、「…結界、なくなってるのに畏れが出てない…」とここですでに差がついていると優夏は思い、大いにうなだれた。


そして春菜はまっすぐに春之介に向けて歩いてきて、真っ黒な悪魔に変身した。


「…どうして優夏と同じなんだい?」と春之介が眉を下げて聞くと、「本来のあるべきママの姿の半身」と黒い物体は胸を張って言った。


「…そうかよかった…

 能力を分けたわけじゃなさそうだ…」


春之介の言葉に黒い物体は大いに戸惑った。


「能力を湧けていたら、

 春菜のその姿は桜良さんに吸収されていたはずだからね」


黒い物体は目を見開いて、「似たようなことが何件もあった…」とお勉強した内容を思い出して言った。


特に魂を分割していた場合は、確実に同化していたはずだ。


さらには、嫌な部分を切り離して春菜の黒い物体を創り上げていれば、空気を吸うように桜良に吸収されていた。


覚醒してそれが起こっていないので、当時の桜良である、デヴォラルオウの想いだけが春菜のこの黒い物体の姿の、デヴィルとなって生を受けた。


「…優ちゃん、申し訳ないけど、

 春君を好きにさせてみせるから」


デヴィルが胸を張って言うと、「…春之介が決めることだから、私に言わなくてもいいの…」とため息交じりに言って、優夏も黒い塊となった。


結界を壊した優夏だった黒い塊は、「…それほど穏やかなことが信じられねえ…」とうなって、畏れをまき散らした。


春之介がゼルタウロスに変身して、「親の差だよ…」と眉を下げて言った。


「…ん? こっちではなくあっちに結界か…」と黒い物体は言った。


「そういや、名前ってないんだよね?」とゼルタウロスが言うと、黒い物体も優夏は、「ないな」と答えた。


「…あー… 逆転されそうで嫌だぁー…」とデヴィルは言って、大いにうなだれた。


「同点以上の効果が出て欲しいね」とゼルタウロスは言って、筆と半紙を宙に浮かべて、大昔に想いを馳せた。


そして、神の文字を二つ書いた。


「…リヴァイ、デル…」と黒い物体は文字を読み解き、その畏れが鳴りを潜めた。


ゼルタウロスは春之介に戻って、仲間たちを囲んでいる結界を解いた。


「当時の言葉で、唯一神」と春之介が言うと、リヴァイデルは落ち着いた声で、「ありがとう」と言って優夏に戻った。


「…うおお… こっちがまだまだだと確信したぁー…」と優夏がうなると、「まだまだやることがあるようでよかったよ」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「…ママに、春君に協力してって言われたもぉーん…」とデヴィルはかわいらしく言って春菜に戻った。


「50点」と春之介が言うと、「赤点だぁ―――っ!!!」と春菜は大いに嘆いた。


「…ふーん…

 協力できるのかは、

 その時にならないとわからないわけなんだぁー…」


優夏はある程度察して言った。


「まるで理解不能だからね。

 俺を夢の世界に誘っている張本人がどう思うかだけにあるから。

 俺には何の権限もない」


「…ママのお友達だって聞いたぁー…」と春菜が言うと、「ん?」と春之介は怪訝そうな顔をした。


「春夏秋冬、家系図」と春之介が言うと、更新された家系図を宙に浮かべた。


「まあ、候補はこの人だね」と春之介は言って、第二期の頂点にいる、『ブルダ』と書かれている名前に指をさした。


そしてこの子供である、『ブライ』の文字を見て、怪訝そうな顔をした。


「…ドズ星にいたな…」と言うと、ここで春夏秋冬が仏の話を始めた。


「人間の考えた仏の世界と同じようなものを創り上げた人、かぁー…

 まさに修行のような夢見には違いないから、当たりかもしれないね…

 その仏の世界は松崎拓生さんによって崩壊したけど、

 有り余る能力は保有したまま。

 誰かを夢見に誘うことは簡単にできるだろう。

 そしてそのブルダは、

 精神的な皇源次郎の姉。

 俺に置き換えれば、真由夏のような存在だ」


「…精神的な家族の絆…

 それも、半端なく強い…」


春菜がうなるように言うと、「現実世界でも面倒になりそうだ…」と春之介は言って大いに眉を下げた。


「守るよ?」と天照大神が小首をかしげて言うと、「ああ、ありがとう」と春之介は笑みを浮かべて言って、天照大神の頭をなでた。


「ベティー」と春之介が呼ぶと、春子、美佐、翔春もやってきた。


そしてブルダとブライ、そして皇源次郎の人となりを聞くと、「恩人だけど、手駒を失うと欲の塊になっちゃう愚か者」とかわいい顔をして辛らつな言葉を吐いた。


「そういわれないように修行を積むよ」と春之介は眉を下げてベティーの頭をなでた。


「万有源一も、それほど気に入らないなぁー…

 ずっと、私だけほったらかしだったもぉーん…」


ベティーの言葉に、「忙しいのも程々だ」と春之介は自分に言い聞かせていた。


そしてベティーも言い過ぎたと感じたようで、「怒っちゃったから、パパに嫌われるぅー…」とベティーは涙を流して言うと、「嫌わないさ」と春之介は言って、ベティーを抱き上げた。


「おしっこちびりそうなほどうれし―――っ!!!」とベティーは叫んで春之介の首を抱きしめた。


「…動物の気持ちもわかるような気がしたわぁー…」と春菜は言って、シュタインリッヒを思い浮かべて笑みを浮かべた。


そのシュタインリッヒも、夏之介とクレオパトラの訓練を受けていて、この修練場のランニングコースを走っている。


「まずはこの星からすべてを正そう。

 全ての悪魔の解放。

 妖精たちとのコンタクト。

 天使たちとのコンタクト。

 これだけでいいか…」


『お任せくだされ!』と潮来が上機嫌で言った。


「少しは俺の仕事を残しておいてくださいよ」


『最終面接はミラクルマンの権利でおじゃる』


潮来の陽気な言葉に、「はい、ありがとうございます」と春之介は心を込めて礼を言った。


「…親族たちのご機嫌取り…」と春菜が眉を下げて言うと、「外ばかり見ているわけにもいかないことが辛いね…」と春之介は大いに眉を下げて答えた。


「家族が悪になったら目も当てられないわ…」と優夏が眉を下げて言った。


「ここは母さんに頼むか…

 親族向けの秘書にでもなってもらった方がよさそうだ…」


「…あー…」と春菜と優夏が同時に言った。


「…お父さん、捨てられないかしら…」と優夏が眉を下げて言うと、春之介は大いに笑った。


「父さんもこっちに来てもらうからいいよ。

 積もる話もあるだろうから。

 ま、ほとんどが仕事の話になると思うけどね…」


「全ての墓を暴いて、真相を書いて看板を建てておいてもいいよ?」


天照大神の言葉に、「大幅に間違っている時の指摘だけでいいから…」と春之介は苦笑いを浮かべて言った。


「…人間たちにも仕事を与える…

 それだけでも、何千人もが潤う…

 やはり、神はそれほど手を出さぬ方が良い…」


天照大神の言葉に、「…時には放任も必要だから、面倒この上ないけどね…」と春之介は眉を下げて言った。


「春夏秋冬、今の話、ネットに流して」と春之介が言うと、「いい手だわぁー…」と春菜は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「…家族も欲張るなって言ったにも等しいわ…」と優夏も眉を下げて言った。


「きちんと考えてるって知らしめることも重要…」と天照大神は瞳を閉じて言った。



これを知った春之介たちの家族一同は、さらに春之介の邪魔をするわけにいかなくなった。


しかし唯一、母親である夏樹は大いに喜んで、暇さえあれば春之介のそばにいる。


国民と議員の関係と同じで、家族の代表として夏樹が寄り添うことになるからだ。


しかも、一番近い関係なので、誰も苦情が言えないのだ。


春之介はまだ未成年でもあるからだ。


優秀な母でよかったと、今は春之介そっちのけで、女子会に参加している夏樹を見て苦笑いを浮かべていた。



様々な問題は優秀な家族たちが全てフォローするので、春之介は比較的穏やかな日々を過ごし始めた。


穏やかといってもやはり忙しく、相変わらずミラクルマンは大人気で、その具体的な反応ともいえるフィギュアの売り上げは留まることを知らない。


ついには売り上げの全額を足りない国に寄付をして、どの国も潤い始めた。


誰もが人間らしい生活を送り始めたと、恐山の潮来からの連絡があった時、ドズ星人たちを地球に招待することに決めたと春之介は公表した。


この地球でとんでもない試合を目の当たりにできると誰もが喜んだが、ミラクルチケットはわずか十万枚しかないことに誰もが気付いた。


ミラクルマンインタビューの視聴数は最高で60億となっているので、当選者はまさにミラクルでしかない。


「フリージア星で二試合やって、スタジアム入場者は20万人。

 チケットの売り上げは日本円で200億円」


春之介が無機質に語ると、SNSの反応が大いに鈍り始めた。


どう考えても普通のチケット料金ではないからだ。


「もちろん全員にお土産を持って帰ってもらったけど、

 チケットはちょっと高いんだよねぇー…

 それにこの地球の試合だけ、特別扱いにはできないんだ。

 来てくれる選手への報酬も普通じゃないから。

 よく考えると、フリージア星の観光客って呆れるほどにお金持ちだと思うよ。

 数多くの星から来ている人たちはVIPが多いそうだし、

 いい人しか観光に来られないという縛りまであるんだ。

 お金持ちでいい人なんてそれほどいないと思うんだけど、

 いるもんだよねぇー…

 もちろん、必要経費以外の売上金は、

 いい暮らしをするために使うわけじゃなく、

 星復興のための必要経費に消えるんだ。

 フリージアについて調べた人は、良く知っていると思う」


もちろん情報は公開していて、星を渡り歩いて人々を助けていることもほぼ周知している。


その仕事にミラクルマンが就くことを公表しているのでなおさらだ。


「さらには今回、そのVIPの人たちも招待することになるかもしれないから、

 この地球に住んでいてもチケットを買えないことになるかもしれない。

 さすがにこれはみんな怖いと思うから、

 はっきりと伝えておこうと思ってね。

 基本的には普通に地球人にしか見えない人が多いけど、

 中には獣人もいるからね。

 普通に会えば、ちょっと怖いと感じるよ。

 だけど、いい人なんだよねぇー…

 そんな人たちと、スタジアムで同じ時間を過ごすって、

 さっきも言ったけど、怖い人もきっといるはずなんだ」


『候補、3万組ですじゃ』と潮来の言葉が春之介の頭の中に響いた。


「今情報が入って、現時点で地球人に売ってもいいチケットは6万枚。

 まさにこの国のいい人と言われる人たちが、

 最低でもこれだけいたということだよ。

 だけどあまりにも少ないので、俺としてはかなりショックだよ…」


春之介は言葉通り、大いにうなだれた。


そして顔を上げ、「親子喧嘩を始めた家族もいるはずだよ」と春之介が言うと同時に、SNSが大いに盛り上がってきた。


いい当てられたことに大いに反応したのだ。


「本当にいい人はね、親も子供もいい人なんだよ。

 それがわずか3万組だったんだ。

 今回はこの三万組6万人にチケットを販売しようと思う。

 チケットは普通じゃないほど高いので、

 もちろん拒否できるから。

 余ったチケットは、

 こちらで精査して子供たちだけを対象にチケット販売して、

 こちらの警護をつけるから、

 ご両親は安心してほしい。

 残りの4万枚のチケットは、

 異星人向けのチケットに決めたから。

 もちろん高いチケットだけど、

 いい人でお金持ちだからね。

 幸い、天照大神スタジアムは、

 地球上であればどこにでも移動できるので、

 スタンドにいたまま世界旅行をしてもらおうと思っているんだ。

 それだったら、それほど高いチケットじゃないからね。

 チケットが手に入らなかった人は、

 インターネットで俺たちの試合を見てもらいたい。

 これは前回と同じで無料だからね。

 また数日後に調べて決めようと思っているから、

 会員登録をしていない人はしておいて欲しいね」


インタビュアーは今回はパティーなのだが、ほとんど言葉を発せられないまま番組は終わった。


「…なんだか不平等…」とパティーがつぶやくと、「どんなことにでも試験は必要だって思わない?」という春之介の言葉に、パティーは一言も発せられなかった。


「本当は全員を招待したいほどなの。

 それができないから篩にかけるしかない。

 その篩がいい人であってお金持ち。

 この点だけを不平等って思っているんでしょ?」


春菜の堂々とした言葉に、「…ごめんなさい、マミー…」とパティーがつぶやくと、誰もが大いに笑った。


「いい人という内面と、

 お金持ちという現実を基本としてテストをした結果だから。

 まあ、ゼロじゃなかっただけマシだよ…」


「ゼロに近い可能性もあるって思ってたわ…」と優夏が穏やかに言った。


「その時は、丸い地球を見ながら試合をしようと思っていたんだけどね」


「どうしてそれを黙ってるのかって不思議に思ったんだけど…」と優夏は眉を下げて言ったが、その事情はすぐに察した。


「施設保全係の問い合わせが殺到する」と春之介が言うと、「悪い人として認定してやればいいわ」と春菜がここはお嬢様ぶりを発揮して言った。


「特に、宇宙開発に携わっていた人は興味をもつだろうね。

 だけど、今まで勉強してきたことはほとんど役に立たないことも思い知るだろう。

 何しろ、燃料は一切使ってなくて、超高速で飛べるんだから呆れたよ…」


「…永久機関、恐るべきね…」と優夏は言って感慨深げにうなづいた。


「知ってた?

 その永久機関の出どころ」


春之介の言葉に、優夏たちは大いに興味を持った。


春之介が意味ありげにベティーを抱き上げると、「…ドズ星の技術…」と春菜が目を見開いて嘆いた。


「まさに原始的な生活していた原住民たちは、

 みっつの金属を組み合わせて、宇宙船を創り上げることに成功した。

 まあ、普通は考えられないことだよね。

 もちろん様々な確認をして、星の外には空気がないことも知った。

 その検証の犠牲者はそれなりにいたと思うけどね。

 だけどついに完成させたのはいいけど、宇宙に飛び出さずに、星中を飛んで、

 条件のいい場所を探して生活をした。

 そして悲劇があり、その文明は埋没した。

 このベティーを殺したヤツが現れたんだ」


「…そんなヤツ… 許せねえぇー…」と優夏は目を見開いてうなった。


「まあ、実際はベティーは死んでないからここにいるわけだけど、

 卵に戻ることは死んだも同然だからね。

 ドズ星は神がいなくなったことで、

 天変地異が絶えなくなって、

 生きて行くことだけが奇跡のようになった。

 それが終わった時、宇宙船の技術が土に埋まってしまったんだよ。

 そしてベティーは今のベティーに復活した。

 だから本来なら、ベティーはここには住めないはずだったけど、

 知っての通り、身代わりを置いてきたのでここで暮らせる」


春之介は言って、ベティーの頭をやさしくなでた。


「…春之介も同じ…」と優夏は言って悲しそうな顔をした。


「俺とベティーも神たちも限りある命だ。

 星が崩壊すれば、俺たちも消える」


春之介の言葉に、優夏は驚くことなく、「死んだら俺が産むからいい」とにやりと笑って言った。


「俺は母ちゃんとは結婚しないぞ」と春之介が言うと、優夏は春菜と譲り合いを始めたので、春之介は大いに笑った。


「それに、俺の場合は星の老化とともに老化する。

 まあ、かなり長い時間はあるし、

 永遠の命にすることも可能」


「ふふん!」とここは優夏が鼻高々に言って、春菜を見た。


「…隠し事してんじゃないわよぉー…」と春菜はうなって優夏を見た。


「…あ…」と春之介の肩にいる猛春が言った言葉に、春菜はすぐさま食いついた。


「猛春っ! できるの?!

 見えないけどっ!!」


春菜の言葉に、誰もが大いに笑った。


「…みなさん、もうやっておられる…

 宇宙の妖精でできる方はそれほどおられない…」


「…この猛春が恐れおののくほどの妖精たちなのね…」と優夏は眉を下げて言った。


「もとはと言えば、過去の春之介様についておられた妖精たちだ。

 その感情は、クレオパトラと同じだ」


「…畏れ多いので、話しかけることはない…」と優夏が言うと、春之介は大いに眉を下げた。


「だから、誰彼ともなく礼を言うことは忘れないよ。

 必ず俺の言葉は届いていると思うから。

 そのうちクレオパトラをうらやましがって、

 姿を見せてくれることも期待してるんだ」


天照大神の肩の上にいるクレオパトラは首を上げて話を聞いていたが、『ふー』と鼻を鳴らして丸くなって瞳を閉じた。


「…報酬を要求するからよ…」と優夏が眉を下げて言うと、クレオパトラは、『ふー…』とため息と威嚇の間のようなうなり声を上げた。


「肉体があるんだから、正当な報酬だ。

 さすがに食わなきゃ、

 肉体を維持できないからな。

 食欲に関しては、多少は目をつぶるべきだろう」


「…元素を溜めるように食べなきゃ…」と優夏が言うと、「ママってすっごく食べてたわ…」と春菜は言って眉をひそめた。


「だからこそ、大きな力を維持できているんだよ。

 桜良さんの場合、

 元素の変換は天使か悪魔の姿だとできるそうだ。

 人間の姿は見た目通り人間だから普通に食っているだけ。

 そういう存在に維持できるようにした万有様たちを本当に尊敬するよ…」


春之介の言葉に、「…やはり、ハイレベルな仲間は大いに必要…」と優夏はさらに確認してうなづいた。



すると、天照大神から万有青空が飛び出してきた。


「やあ、いらっしゃい」と春之介が笑みを浮かべて挨拶をすると、「こんにちはぁー」と青空は笑みを受かベてみんなに挨拶した。


そして翔春に寄り添って、すぐさま抱きしめた。


このふたりの天使は親友になっていた。


青空はほぼ毎日、頃合いを見計らってここにやってくる。


さらには少々増えた天使たちの教育係としてもここにきているのだ。


その青空のここでの母親役は春菜なので、必ず青空に付き添うので席を立った。


「桜良さんのお子さんも半端ないよなぁー…」と春之介は大いに感心していた。


「…だけど、いいのかしら…」と優夏は心配そうに言った。


「無断で来ているわけじゃないさ。

 天使の長のフォーサ様の許可は得ているはずだから。

 今はフリージアとこの地球の架け橋と言っていいね」


「…私も目に見える協力をしたい…

 もうひとりの母ちゃんは大したことなかったぁー…」


優夏はさも残念そうに言ったが、新しいメンバーを抱え込めば、成長はあると春之介は思っていた。


今回は試合に出なかった山王恭司の兄に等しい、皇一輝に大いに注目していたのだ。


春之介たちはフリージア星で、佐伯拓馬率いるイチガン軍と試合をした。


手ごたえはあったのだが、8対1で圧勝した。


明日はドズ星軍とイチガン軍戦がフリージアで行われるので、もちろん春之介たちも観戦に行く。


そして今回、春之介、優夏、春菜が認めた親族やその部下も連れて行くことに決まっていた。


その最終審査は、優夏と春菜が畏れを垂れ流しても死ぬことはないと実証された親族とその関係者だけだ。


春菜の兄弟では、その対象者は雅春だけだったので、春拓は大いに嘆いていた。


そして春太郎も高山も認められたが、健太郎は認められなかった。


その代わりとして、健太郎の秘書の桜山幹介が同行することになった。


浅草家からは唯一夏樹が選ばれたことだけを春緒は喜ぶことしか出きなかった。


両家としてはかなり微妙なこの結果に、数日たっても落ち込んで立ち直れなかった。



すると春之介に源一から念話があった。


『実はひとりだけ選手を貸してもらいたいんだよね…

 こっちで探したんだけど、該当者がいなかったんだ…』


源一の言葉にいつもの覇気がない。


「投手の球を受けられないほどすごい人が現れたわけですね?」と春之介は上機嫌で言った。


『はは… まあ、わかるよね…』


「皇一輝さんですよね?」


『うん、そう… あともうひとり』と源一が言うと春之介はすぐさま、「皇源次郎さん」と答えた。


『あの義兄弟、野球となると能力が上がったように感じるよ…』と源一が嘆くように言った。


「俺にとってはうれしいことです。

 夏介で構わないので、

 一旦そちらにお返ししますよ」


『それが一番いいけど…

 あ、春之介や優夏ほどじゃないから大丈夫だろう…』


「それなりに鍛え上げましたので、

 自信をもってお返しできますので」


源一は丁寧に礼を言って念話を切った。


「夏介、助っ人だ」と春之介が言うと、「…またお金持ちになれます…」と夏介は言って眉を下げた。


「皇一輝さんと皇源次郎さんが化けたそうだ。

 人間でいえば、ふたりとも60を超えているんだけどね。

 二試合見て、ようやく火がついたといったところのようだ」


「ですが、本当に優夏様や春菜様以下だったらいいですが…」と春介は大いに眉を曇らせて言った。


「あれ以上になると、ボールが蒸発するから大丈夫だ」


「あ、なるほど! 納得です!」と夏介は陽気に言って、快く承諾した。


「…確かに、今のボールだと上限はあるわね…

 それに、そんな球投げてたら、

 どんな高性能なカメラでも捉えられないわ…」


優夏が嘆くように言うと、「今のまま、何も変えなくていいはずだよ」と春之介は胸を張って言った。


選手のプレイが見えない試合ほど面白くないものはないからだ。


「…あ、あのぉー…」と夏介が大いに困惑気な顔をして春之介と優夏を見た。


「俺も万有様も、夏介の意思を尊重するから。

 今回の助っ人は特例だと釘を刺しておこう。

 だが、夏介がイチガン軍を気に入ったら、

 その限りじゃない」


「…イチガン軍は家族でしかないので、きっと居心地が悪いです…」と夏介はすぐさま答えた。


「夏介も家族になるとすれば?」という春之介の言葉に、「…春菜様次第かも…」と夏介は言ってうなだれた。


「すべて夏介が決めればいいんだ。

 あっちのお姫様も魅力的だぞ」


「春菜様二号…」と夏介がつぶやくと、春之介も優夏も大いに笑った。



最低でも事前に練習する必要はあるとして、春之介は夏介を説得して送り出した。


すると、夏介がいなくなったことに春菜が気付いて大いに戸惑い始めたのだ。


「…今となっては手下のようなものだろ…」と春之介が眉を下げて言うと、「…夏介以上が春君しかいないぃー…」と春菜は大いにうなった。


「宇宙は広いんだ、そのうちどこかから湧いて出るさ。

 しかも永遠の命になったことだし。

 あまり急いでも得がないように思うけどね」


「…春君と対決して無理やり奪うぅー…」と春菜が悔しそうに言うと、「まずは私が戦うわよ」と優夏がさも当然のように言うと、「…やっぱりぃー…」と春菜は大いに嘆いた。


さすがに優夏には勝てないと認めたようなものだ。


もし勝てたとしても、まともではいられないという思いもあった。


そんな戦いは不毛でしかないし、春之介に嫌われることがわかっている。


「…私に何がいいことがあったら、優ちゃんに勝てると思う?」と春菜は春之介に聞いた。


「それ、俺に聞いてもいいの?

 反則だと思わない?」


春之介は言って少し笑った。


「考えられること言ってあげたら?

 私がもし持っていなかったらできるように修行するから」


優夏の余裕の言葉に、「…ヤブヘビ…」と春菜は言ってうなだれた。


「どちらにも言えることだけど…」と春之介が言うと、優夏も春菜は大いに食いついた。


「熱中すると周りが見えなくなるよね?」


春之介の言葉にふたりとも、「…あるわぁー…」と言ってうなだれた。


「パートナーの場合、

 できればそばにいることが普通だから、

 そういう時こそ冷静になってもらいたいんだ。

 もちろん、その場の空気を考えて、

 行動してもらうことも重要だと思う。

 その点だけは、いろいろと考え直して欲しいんだ」


「…そうしなきゃいけないぃー…」と春菜はすぐに言った。


「あとはね、星復興の際にできること。

 復興に使える術とか、かなぁー…」


春之介の言葉に、「絶対に必要っ!!」とふたりは同時に叫んで、今まで勉強したことで、できることを確認しようと思い、夢中になって食堂を飛び出した。


「ふたりとも不合格…」と春之介が言うと、仲間たちも納得していた。


もうすでに周りが見えていなかったからだ。



春之介たちも修練場に行くと、優夏と春菜が相談しながら様々なことをやっていた。


「仲、いいな」と春之介が言うと、仲間たちはくすくすと笑い始めた。


春之介は少し先を急ごうと思い、仲間たちに断って、修練場の走破を始めた。


春之介に不得意なことはなく、第一修練場の壁登り、第二修練場の高飛び込み、第三修練場のペアでの谷渡り、第四修練場の稼働する棒渡り、第五修練場の滑るように動く板渡りを難なくクリアして、第六修練場の石人形との戦いまでやってきた。


戦闘については、様々な武術の本を読んで、その神髄は理解できている。


あとは体が動くかどうかだが、源一と戦った時の目の錯覚の動きは大いに使えると思い、気楽に戦いの場に降りた。


そして早速まるで時間差攻撃のような足運びをすると、石人形は大いに戸惑っているような動きになっている。


よって、相手の気配を察知して動いているのではなく、目で確認して動いていることがよくわかる。


もちろん、実戦などの映像を観ていて、そういった者は二流でしかないと春之介にでもわかる。


しかし石人形はタフでさらに重いので、それに負けないほどの重い一撃を与えないと勝てない。


しかし春之介はまるで楽しむように、石人形に触れて回る。


ここが生物と違うことで、石人形はムキにならない。


よってかなりの強敵でもあるのだ。


やはりここは打撃ではなく投げだろうと思い、何度も同じ動きをして石人形の出方をうかがう。


判を押したように同じ動きをするので、投げを打つタイミングは計りやすい。


石人形の重心が前に来た時に、腕を固めて投げれば、自重が仇となって勝てるはずなのだ。


石人形の重さは、ざっと見積もって500キロほど。


できれば潰されないようにと、投げることはなく、その型とタイミングだけを何度も試した。


もちろん素早く逃げないと捕まるので、それも大いなる積み重ねになる。


だが、石人形の動きが微妙に変わったような気がしていた。


何度も繰り返すことで学習してしまったようなのだ。


―― さらに強敵になったぁー… ―― と春之介は思い、もうひとつ有効な技を仕掛ける必要があると思い、今度は円運動を交えて錯覚地獄を出した。


―― これならいける! ―― と春之介は大いに自信をもって、石人形を中心にして円運動をしながら、重心が前に来た時にタイミングよく腕をとり、まるでハンマー投げのように勢いをつけて、高い壁めがけて投げつけた。


『ドォ―――ンッ!!』ととんでもない音がして、石人形は床に倒れた。


そして、何事もなかったように起き上がって直立した。


合否判定は戦いのフロアの上にあるので、春之介は急いで上に上がって、その結果を見て小躍りした。


『大宇宙の覇者』という診断結果が出ていたからだ。


「いやぁー… 最高にいい運動になったぁー…」と春之介は言って、その場に寝転んだ。


―― 次は石人形じゃなく、意志を持つ生物と戦った方がいい… ―― と春之介は思い立ち上がった。


―― 戦いの神を誘うか… ―― と春之介は思い、ランニングコースに出て、神人に並走した。


そして、「組み手しませんか?」と春之介が言うと、神人は大いに困惑気な笑みを浮かべた。


「あ、石人形に勝ったから」と春之介が言うと、「だったらなおさらだ、俺に勝てるわけがない」と神人は言って拒絶した。


「だったら、神崎先生の修行にもなるよね?」


「…うう… それは否定できないぃー…」と神人は言ってペースダウンを始めた。


春之介と神人は広い場所に出て向き合って、武人らしく頭を下げた。


春之介は早速錯覚地獄を出して、神人を翻弄した。


やはり神人は石人形とは違い、同じ行動をとらない。


そして何か弱点がないかと動きながら見ていると、左の腕の動きが鈍いと感じた。


鈍いと感じたのは腕を突き出す前の溜が長いからだ。


何度も確認したが間違いないようなので、時計回りに回ってからしばらく軽い攻撃をしてから、すぐさま左に転じた。


―― ここっ!! ―― と春之介は思い、神人が左腕を引くと同時に間合いを詰めてから身を翻して背後に回り、背中合わせの体制から、その腕ごと押さえつけて背負い投げのようにして投げ、地面に倒して腕を固めた。


力はほとんど必要なく、実際の神人の体重の半分しかないように感じた。


春之介が少し体を緊張させると、「参った!」と神人はすぐに叫んだ。


腕を解放されると、「…なんてことだ…」と神人は大いに嘆いた。


「殴る蹴るは嫌いなんでね。

 できれば平和的に拘束したいから。

 だけど、それが弱みになる場合もあるから、

 相手の考えひとつで攻撃方法は変えるよ」


「…それがいい…

 しかし、一体なにを狙っているのかまるで分らなかった…」


神人は言って大いにうなだれた。


「戦いに関しては素人だから。

 やはり基本は、足を使っての翻弄だろうね」


「魔法を使ってきたとしても、当たらなければ意味がないからね。

 今の動きだと、術を放つ暇はないと思う」


「広範囲のショットガンのような術には要注意だね。

 そういった敵に出会っても、防具は必ずつけるから、

 ほぼ問題はないと思う」


「透明なのにレーザーを通さないなんてね…

 常識では考えにくい防具をよくも創れたもんだ…」


「強い光が当たるとね、透明じゃなくなって鏡になるんだよ」


春之介の言葉に、神人は大いにうなづいた。


春之介は立ち上がって、神人の手を取って立たせた。


すると神たちが勢ぞろいしていて、春之介に拍手をしていた。


「やるべきことはしておかないとね」


春之介が照れ臭そうに言うと、「やっぱりパパはすごい!」と天照大神が笑みを浮かべて叫んだ。


「…鬼ごっこするぅー…」と翔春が言ったので、「パパが鬼だぞぉー… みんな逃げろっ!」と春之介が叫ぶと、「キャーキャー!」と叫んで子供たちは逃げた。


春之介はみんなを大いに走らせて、頃合いを見計らってひとりずつ捕まえて、最後に翔春を抱き上げた。


「鬼の勝ちだ!」と春之介は叫んで、翔春を地面に降ろした。


「…小春先生がいないよ?」と翔春が言うと、「居所はわかってる」と春之介は言って、その場で片足立ちになってスピンした。


「あっ!」と小春が叫んで、翔春の手にすっぽりと収まった。


「…先生も捕まっちゃったぁー…」と翔春は言って、小春にほおずりをした。


すると青空から天使に見えるふたり飛び出してきた。


どちらも幼児姿だが違うと春之介は判断した。


「サンノリカちゃんとサンロロスちゃん!」と青空が説明すると、「あー… 最強の防御の人たち…」と春之介は言って頭を下げた。


「…鬼ごっこするぅー…

 私たちみんなが鬼ぃー…」


サンノリカは何かに飢えているようで、春之介は大いに苦笑いを浮かべた。


しかし、「さあ! みんな、こい!」と春之介が宣戦布告すると、子供たちは一斉に春之介を襲った。


ここは狭い範囲で錯覚地獄を使って、ギリギリ捕まえられない状況を作った。


「こんな人、今までに誰もいなかったぁ―――っ!!」とサンノリカは大いに喜びながら叫んだ。


そして頃合いを見計らって、春之介が全員を抱きしめると、「…楽しかったぁー…」とサンノリカは号泣を始めたのだ。


「そうか、それはよかった。

 俺もいい運動になったよ。

 やっぱり、一緒に遊ばないとな!」


春之介が言うと、「ほかの人たち、誰も来ないね?」とサンロロスが言うと、「すぐに捕まるのが嫌なんじゃないのかい?」と春之介が言った。


「…うん、多分、捕まえられると思うぅー…

 …あ、あのね…」


サンノリカは大いに照れ臭そうにして、春之介を上目づかいで見た。


「ランス様の許可があったら、ここで暮らしてもらってもいいよ」


春之介の言葉に、「…許してもらえないかなぁー…」と言ってうなだれた。


「だったら、青空ちゃんと相談して、

 都合のいい時に来ればいいさ」


「…うーん… そうするぅー…」とサンノリカはここは妥協したようで、駄々をこねることはなかった。


「二時間だけ、ここにいていいって」とサンロロスが言うと、「ああ、翔春たちと遊んでやってくれ」と春之介は言って笑みを浮かべた。


「…パパともっと遊ぶぅー…」と翔春が言うと、「今日はかなり練習したからいいぞ」と春之介は言って、天使たちを抱きしめた。


「遊園地で乗り物乗るの!」と翔春が言うと、春之介は気功術を使って幼児サイズまで体を小さくした。


「ちょっと小人」と春之介は陽気に言って、幼児サイズの遊園地に走った。


春之介は満遍なく子供たちとペアになって、大いに遊んで、遊び疲れて眠ってしまった子供たちを宙に浮かべて風呂場に行った。


子供たちを尚たちに託して、春之介は男湯に入った。


「遊んでただけなのに修行以上…」と浩也は言って苦笑いを浮かべた。


「最後が遊園地でよかったよ」と春之介も苦笑いを浮かべて言った。


「ところで…」と浩也は言って、振り返ることなく視線だけ広大な湯船に向けた。


春之介は全く動かず、「…どうやって来たんだろ…」と大いに眉を下げてつぶやくと、『一度は放り出した』と潮来が言ってきたので、春之介は大いに笑った。


「では、二度目は許可したわけですね?」


『低姿勢で謝ったのでな。

 今はほぼ欲はない。

 始めはミラクルマンを鼻であしらおうなどと思っていたようだ。

 あのふたりの女は何とかごまかそうとここに来させたようだ』


「そうでしょうね。

 少女というよりも幼児に近いように感じますが、

 大いに女性も感じました」


『だが、迷惑はかけそうにない。

 我にも挨拶をしてきおった。

 なかなかの者のようだ』


「納得できました。

 ありがとうございます」


春之介が礼を言うと、「…警備員は許可したわけだ…」と浩也は言って苦笑いを浮かべた。


「入浴の時間なら多少の自由はあると思ったんだろうね。

 前に母もそんなことを言ってたよ…」


「…俺も、学生よりも体を鍛えることを優先するかな…

 だが、学生をしているから体を壊さないことも考えられる…」


浩也の思案深げな言葉に、―― 大いにある… ―― と春之介は考えを改めた。


学生として拘束される時間が多いので、体を鍛える時間を作ろうと思ったら、異空間部屋を使う必要がある。


だが、勉強以外の使用用途は考えていない。


忙しいのも山々なのだが、学生はやめない方がいいのかもしれないと感じたのだ。


「…体を壊さないように、学生を続けることに決めたよ。

 兄さん、ありがとう」


「いや、俺もそう決めた。

 優夏も春菜もお前に従うだろう。

 しかしあのふたりの場合は、

 そんなことなどお構いなしのようだけどな」


「精神的にはまだまだですよ」と春之介が言うと、浩也は大いに認めてうなづいた。



「春之介、あのさ…」と麒琉刀が眉を下げて春之介に寄り添ってきた。


「ん? 何かあった?」とごく自然に聞くと、「芽大瑠のヤツが遮光器土偶のキーホルダーをクラスメイトに見つけられてね…」とさも申し訳なさそうに言った。


「特に口止めはしてなかったからね。

 文化祭当日に発売すると伝えておいて欲しい。

 みんなに渡した分はお試しだから」


「そうか… よかった…」と麒琉刀はほっと胸をなでおろした。


「着ぐるみを脱がせるとクマになる…

 なかなか愉快なキーホルダーだし、

 女子には人気が高いようだぞ」


するとここにいた秋之介が、クマの姿で後ろ足だけで立って胸を張っていた。


「体を洗ってやろう」と春之介は言って、ボディーシャンプーを手に取って、やさしく秋之介の体を洗い始めた。


「夏之介!」と春之介が呼ぶと、夏之介もすぐに秋之介の仲間になって泡だらけになった。


「あれ? 消えたよ?」と麒琉刀が振り返って言うと、「放り出されたようだね」と春之介が答えて少し笑った。


「仲間とのコミュニケーションが最優先だからね。

 その程度の時間すら待てないのなら、放り出されても当然だ。

 こっちから頼んで来てもらったわけじゃないからな」


浩也の言葉に春之介は何度もうなづいて、「そして騒ぎになる」と春之介が予想して言うと、「…さすがにその先はよくわからん…」と浩也は言って苦笑いを浮かべた。


「約束事は大切だ。

 サンノリカとサンロロは二時間だけここの滞在をセイント様に許されたんだよ。

 まだ一時間ほどは残っているけど、それを破棄したとすれば?」


「…あのふたりは大いに怒ってここに家出…」と麒琉刀も苦笑いを浮かべて言った。


「この場合、まずはふたりを説得して返す必要があるんですよ。

 できれば遺恨を残したくないので。

 やはり、セイント様は大いにややこしいお人のようだ…

 きっと、源一様が察知して、何とかしてくれるんでしょうけどね…

 おっと、今はあっちは夜中で寝ているだろうから逆に都合はいい…」


春之介の言葉に、浩也と麒琉刀は顔を見合わせて不思議そうな顔をしたが、「…願いの夢見…」と浩也はお勉強していた内容を思い出していた。


「どなたでもいいので、自然に解決していただきたいものです」


「叶えますぅー…」と春之介たちの背後から桜良の声が聞こえた。


誰もが大いに驚いて、桜良と眉を下げて頭を下げまくっている桜良の夫のレスターを見ていた。


「エッちゃん、お願いしたよ」と春之介が気さくに言うと、「任せといて!」と陽気に叫んでレスターとともに消えた。


「…この先は…」と浩也が苦笑いを浮かべて言うと、「俺が納得すれば、依頼は完了だけど、納得していなければ、納得するまでここにいてくれるけど、あまりにも無碍な依頼の場合は契約を破棄することも可能だよ」と説明した。


「…そういうシステムなんだぁー…」と麒琉刀は眉を下げて言って、「…神様も大変だね…」と大いに同情していた。



春之介たちが外に出ると、「もう帰らないっ!!」とサンノリカが大いに叫んでいた。


その点サンロロスは眉を下げてサンノリカを見ていたが、説得する気はないようだ。


「あまり駄々をこねるとね、

 春之介君に迷惑が掛かるの。

 それでもいいの?」


桜良が眉を下げて言うと、「…うー…」とサンノリカは大いにうなって思案し始めた。


春之介が言ったように、サンノリカは大人で、遺恨を残すことだけは避けたいと考えていたからだ。


「…あと、50分もあるもぉーん…」とサンノリカが言うと、桜良はランスに念話を送った。


「最初の約束通り、だって!」と桜良が笑みを浮かべて言うと、「…お父さん、ケチだわ…」とサンノリカは言って、ここは何とか納得した。


「解決できたようなので、心ばかりのお礼をしたいのですが。

 食事でもされていきませんか?」


春之介の言葉に、「食べる食べる!」と桜良は陽気に言った。


「お言葉に甘えることにします」とレスターも笑みを浮かべて言った。


これも願いの延長であり、無理に引き留めているわけではないので、破棄されることはない。


春之介は桜良とレスターを食堂に誘って、春子が育てた野菜などを使って、春夏秋冬ともに調理して、ふたりをもてなした。


「ご飯炊きたてっ?!」と桜良は不思議そうに叫んだが、大いに食らっていた。


「はい、今炊き上げました。

 協力者は大勢いますので。

 俺の自慢のマグマ炊きです」


「…ああ、力が湧いてくるほど、このご飯がおいしいし、

 お料理もすごいぃー…」


桜良は大いに感動していた。


「こちらの食事時にでもまた来てください。

 いつでもごちそうしますので」


「…あー… ヒイキしちゃうぅー…」と桜良は機嫌よく言って、「おかわり!」と叫んだ。


ふたりが大いに食事を堪能したことを確認して、「ありがとうございました」と春之介が言うと、「もっと食べたいぃー…」と桜良は嘆きながら、レスターとともに消えた。


「…依頼者が納得すると神の意思は無視されるわけだ…」と麒琉刀が言うと、春之介は大いに笑って肯定した。


「…マグマ炊きの飯…」と浩也が眉を下げて言うと、「少し残ってるから食べて」と春之介は残り物を持ってきてみんなと試食会を始めた。


「…メイドたちには申し訳ないが…」と浩也は大いに眉を下げて言った。


そのメイドたちもいつもとは違う顔色で、必死になって食べている。


「…できれば毎食、このご飯がいいなぁー…」と麒琉刀がほとんど見せない笑みを浮かべた。


「俺がここにいる時は、飯炊き役を仰せつかるよ」と春之介が言うと、思いは様々だが、誰もがすぐさま春之介に頭を下げた。


「…私、このご飯やだぁー…」とただひとり春菜が言った。


「よっし! 勝ったっ!」と優夏は上機嫌で言って、大口を開けて最後のひと口のご飯を食べきった。


「コメ一粒一粒に神通力がかかっているように感じるからだよ。

 悪魔は神通力はある意味弱点だから。

 だけど、ダメージを食らうわけじゃない。

 ただただ、黒魔法との相性が悪いだけ。

 だから優夏はその克服を終えているんだよ」


春之介の言葉に優夏は胸を張ってうなづいて、春菜は大いにうなだれた。


「人によっては、能力が上がる飯になるかもね。

 特に神たちは、直接力になるからかなり合理的だよ」


「早く、朝にならないかなぁー…」と天照大神が恍惚の表情を浮かべて言うと、春之介は陽気に笑った。


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