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ミラクルマンダッシュ!  作者: 木下源影
10/25

続々々々々々々々


     10


浩也に一本の電話がかかってきた。


真由夏は、女性からだろうかと大いにやきもきしたが、「やあ、八郎」と言ったので、安堵の笑みを浮かべた。


しばらくは浩也は聞き入って、「…今日、受けたの?」と大いに苦笑いを浮かべて言った。


「…まあ… ここはお前にとっても本来の居場所だろうからな…

 いや、おめでとう。

 春之介が、八丁畷に迎え入れてもいいって言ってたぞ」


そしてまた八郎がたまり込んだので、「タイムラグ?」『…マジか…』という言葉のキャッチボールをした。


「春菜と結婚すれば普通にそうなるだろ?

 家は姉さんか弟に任せればいいじゃん。

 え、姉さんは嫁に行ったの?」


八郎の姉の七菜は山際志郎に嫁入りしていたのだ。


「もうここに住んでもいいんじゃないの?

 部屋はあるぞ。

 俺としては、春之介と一太がうらやましいから早く来て欲しんだよ」


浩也の言葉に、春之介は大いに笑っていた。


「…えっ?」と浩也が言って固まった。


「…明日しかないが…」と浩也は言って、少しだけ話をしてから慌てるように電話を切った。


「山ほど夏休みの課題をもらったそうだ。

 明日一日でやってしまうには問題があるほどの量らしい…」


「我が校は大いに厳しいね…」と春之介は眉を下げて言った。


「提出期限は本来の休み期間の一週間後らしいけどね…

 その能力が大いに問われているといったところだろう」


「…なんだか、恋人を取られちゃった気分…」と真由夏が眉を下げて言うと、「そういう意味では、八郎には春菜が寄り添うから問題はないぞ」と浩也はなんでもないことのように言った。


真由夏と春菜は大いに照れて、首をすくめていた。


学生たちは休息の時を終えて、勉強部屋に入って大いに眠気を誘ってから、健やかな眠りについた。



春咲高校限定での夏休みの最終日、浩也は冬延に誘われて外出した。


制服を着ていたので、生徒会の仕事のようだ。


秋は行事が多いので、今から準備をしておくことも多いようだ。


ここは遊ばない手はないと春之介は思い、児童保護施設に行って子供たちを外に連れ出して、自然公園にピクニックに出かけた。


この日までに二百名を超えていたが、先生役は大勢いるので全く問題はない。


「こらこら、騒ぐんじゃない!」と優夏が言うと、「はいっ! 優夏ちゃん!」と特に女の子たちは気合を入れて答える。


広大な施設なので、バーベキューを楽しめる施設もある。


大勢の子供たちはその一角に陣取って、まだ朝だが、昼食の準備を始める。


先生はメイドたちと涼子が請け負って、大いに指導をする。


厳しいが楽しい行事に、誰もが笑みを浮かべていた。


一般の市民たちはできれば近づきたいところだが、それはできないようになっていた。


天照大神たちが目を光らせて、見えないバリアを張っている。


しかし、その中で例外が現れた。


まだ若い執事っぽい男性と、ふたりのメイドを引き連れて、白金修人がやってきたのだ。


胸にはペンダントのように翼を持ったトカゲがしがみついていて、修人の手にはリードに繋がれているゴールデンレトリバーの子犬が、まるで笑みを浮かべるようにして春之介を見ていた。


「招待してないぞ」と春之介がにやりと笑って言うと、「夏休みの思い出…」と修人が眉を下げて言うと、「冗談でもそんなこと言ってやるな!」と優夏が胸を張って叫んだ。


「…居心地がよくなった…」と修人は優夏を見上げて頭を下げた。


「家を出て、子供たちと暮らせば、お付きはいらねえ…」


優夏の言葉に、「…あー… 考えとこ…」と修人は言ってから、優夏に頭を下げた。


「仲間に入れてもらえ」と優夏が言うと、この言葉は絶対のようで、「はい、優夏ちゃん」と修人は陽気に答えて、まずは厨房のボスの涼子に挨拶に行った。


「…緊張はしてるわけだ…」と春之介が言うと、「得体のしれない子だからね…」と優夏は眉を下げて自然に言った。


「…何かやったな…」と春之介は言って天照大神を見ると、「新宿に行ってきたようね…」とため息交じりに言った。


「…あまり刺激しない方がいいんだけどな…

 まあ、修人には修人なりの考えがあったんだろう。

 いてもたってもいられなかったといった感情か…」


「…今は、人間でしかないわ…」と天照大神は笑みを浮かべて言った。


「…三毛猫がいない…

 偵察に出したようだな…

 体のいい監視か…」


「敵はさらに動けなくなったはずよ。

 だけど強制力はないから、警戒はしない」


「…やれやれ…

 知ったからにはやっちまうか…」


「ミラクルマンに同行することも、あの子の作戦よ。

 潮来に連絡を取って、

 接触してもらうことも面白い…」


天照大神がにやりと笑って言うと、「お嬢ちゃん、大人が見え隠れしてるぞ」という春之介の言葉に、「あはははは…」と天照大神は笑ってごまかした。


「…遠隔操作のようであまり好まないが、

 俺一人で背負い込むことも問題だからな…」


春之介は言って潮来とコンタクトを取って、今後の予定が全て明確になった。


「修人が割り込んでこなかった?」


『イライラしてるようじゃ』と潮来は鼻で笑って言った。


「じゃ、明かしてやって。

 今すぐにでも行動に出るだろう」


『あい分かり申した!!』と潮来はい大いに気合を入れて叫ぶと同時に、修人は一瞬固まった。


そして春之介に笑みを向けて頭を下げて、「仕事ができたから今日は帰るね」と修人は眉を下げて涼子に言った。


「おう! またきな!」という涼子の気さくな言葉に、修人は笑みを浮かべて頭を下げて、お付きを引き連れて、この暖かい場所から遠ざかって行った。


優夏が春之介をにらみつけて、「何の用事だぁー…」とまるで悪魔のように聞いてきた。


「そっち方面の仕事を与えたんだよ…

 新宿…」


春之介の言葉に、「おめえが命令したのかぁー…」と今度は怒りをあらわにして言ってきたので、ここはやんわりと説明すると、「…怒っちゃってごめんなさい…」と優夏は素直に謝ってきた。


「ここに来たのは第一は俺たちの生活を見るため。

 そしてできれば仕事をもらうため。

 そのできれば、の方が本題だったはずなんだ。

 悪魔にとって、今までの経験は消したいほどの記憶のはずだから」


「…似たようなヤツを自分と同じ明るい道を歩ませる…

 なるほど…」


優夏はさらに納得して、今度はそれほどコミュニケーションを取れなかったことを悲しんだ。


「偶然見つけたんだけど、

 面倒そうなヤツが秋葉原にいるんだ。

 放っておいてもいいが、

 まあ、更生させた方がいいかもしれないかなぁー…」


「…オタク系悪魔…」と優夏が安直に考えてつぶやくと、「…はは、今回は初見で、それなりに面倒そうだよ…」と春之介は比較的明るく言った。


「…そっち方面の仕事も手伝いてぇー…」と優夏が言ってきたので、「あ、今回はいいと思う」と春之介はさらに明るく言った。


優夏は大いに喜んだが、「…相手は妖怪だから…」と春之介がここでその正体を明かすと、優夏は大いに尻込みして、「…やっぱ、いいかなぁー…」などと言ってなかったことにしようとした。


優夏にとってはこっちの方がほぼ専門になるので、経験は重要になる。


まずは見えるかどうかが大問題だが、確実に見えると春之介は断定している。


よって、霊感のない者を二名ほど連れて行くことも重要だ。


「ここの食事が終わったら、ダブルデートにでも行くか」


春之介の言葉は、優夏にとってそれほど素直に喜べなかった。



ペアの相手は麒琉刀と真奈にしようと春之介は思ったが、真奈は気付くかもしれないと思い、学校から戻っていた浩也と興味津々の真由夏を誘った。


すると、真奈も何かあると感じたのか、麒琉刀を盾にして春之介に近づいてきて、今度は春菜が冬延を盾にしてやってきた。


大人数になってしまったが、特に問題はないので、神と巫女たちを抱えて電車に乗って秋葉原にやってきた。


駅近辺は最近改装されて、明るい雰囲気に見えるが、一番の問題は駅から一番遠い三角地帯の雑居ビルの立ち並ぶ一角だ。


いかがわしい店も半分ほど入っているのだが、春之介は迷うことなく大きなステージ付きの健全そうに感じるメイドカフェに入った。


ここはひと昔前のダンスホールのようだが、演技をするのはメイドだ。


もちろんそれなりの野望を持ったメイドが多く所属している。


真由夏たちもこういった場所でスカウトされて、今もメイドとして働きながらそのチャンスをうかがっているのだ。


そして春之介はターゲットをもう見つけた。


「赤いリボンのメイド」と春之介が言うと、半数ほどが怪訝そうな顔をした。


「…どこにいるのよ…」と春菜が言うと、「右の端」と優夏が言ったとたんに、「あの子が妖怪…」と真奈は正しく判断した。


「真奈は見えるが麒琉刀は見えない。

 ほかに見える人は?」


一太、真由夏、浩也、冬延は苦笑い浮かべて首を横に振った。


「妖怪というよりも幽霊に近いね。

 きっとね、話しかけた途端に消えて驚かそうとするはずなんだ。

 だから逆をやってやるわけだ」


春之介の悪だくみに、「…大丈夫なの?」と優夏が少し心配して聞いた。


「驚かせることが、姿を見せられる糧で楽しみ。

 それを自給自足してもらうだけだから別にいいんだ」


「…まあ… 怒って何かやれるほど、パワーは感じない…」と優夏が言うと、天照大神は笑みを浮かべて優夏を見上げた。


春之介たちは、「おかえりなさいませ! お坊ちゃま! お嬢ちゃま!」という明るい声で席に誘われた。


注文を終えると、赤いリボンのメイドだけが春之介たちの席の近くに残った。


「見えてるから」と春之介が普通に言うと、メイドは驚愕の顔を春之介に向け、そして優夏と真奈と神たちを見入った。


しばらく固まっていたが、「…消えられなくなっちゃった…」と悲しそうに言ったので、その声が聞こえた者たちは大いに笑った。


「…へー… そこにいるんだぁー…」と麒琉刀は言って、見えている者たちの視線を追ってその空間を追った。


「…胸を見入ってますぅー…」とメイド妖怪が言って両腕で胸を隠すと、「どこ見てんのよ!」と真奈が叫んで麒琉刀に向かって怒った。


「それが見えてない証拠のようなものじゃないか…」と春之介が言うと、「…見えてないふりをしているのかも…」と真奈は大いに疑った。


「じゃ、全員が見えるように」と春之介が言うと、天照大神が強制的に肉体と服を与えて、その姿があらわになった。


「うおっ!」と見えなかった者たちが一斉に叫んで、胸がそれなりにあるメイドを見入った。


「…ああ、懐かしいけど、重いぃー…」とメイドは言ってその場にぺたんと座り込んでしまったので、優夏がすぐに体を抱え上げて椅子に座らせた。


「ここが過ごしやすいの?」と春之介が聞き始めると、「…みんなに注目してほしかったぁー…」とつぶやいた。


「そのみんながどれほどなのかが問題だよね。

 俺たちだけでいいのか、ここが満席になった人数がいいのか、

 ホールやドームの満員がいいのか…」


「ホールやドーム…」とメイドは言って首を横に振った。


「満足したら消えるんだよね?」と春之介が言うと、優夏はすぐに眉を下げた。


「…あ、それはわかりません…」とメイドがすぐさま答えると、「普通は消えちゃうぅー…」と天照大神は断言した。


「インゴレッドスタジアムだったら、そう簡単には満員にできないわ。

 収容人数十万人だもん」


優夏の明るい言葉に、「…十万人の視線…」とメイドは言って気が遠くなっていた。


「…確実に消えそうだ…」と春之介は言って苦笑いを浮かべた。


すると客がひとり増えていたことと、見覚えのあるメイド姿に、ここで働いているメイドたちが騒ぎ始めて、ついには黒服がやってきた。


そして初老の黒服が目を見開いて妖怪を見て、「…千代子…」とつぶやいた。


「あ、千代子さんはここで妖怪をやってました」という春之介の言葉に、黒服は悲しそうな顔をした。


そして目が赤くなっていた。


「…私の、妹なのです…」と黒服は笑みを浮かべて言ったが、その目から涙がこぼれ落ちた。


「お兄さんは何となく感じてここでメイドカフェを?」


春之介が聞くと、「このビルは私の城なのです」と黒服はここから説明を始め、そして妹の千代子が騙されそうになり死んでしまった話までを終えた。


「肉体の定着は?」と春之介が天照大神に聞くと、「もし満足したら昇天して肉体も消えちゃう」と真顔で答えた。


「能力的には何もなさそうだね…」と春之介が言うと、「…あはは、持ってないよ!」と天照大神は、大いに陽気に答えた。


「…ミラクルマン様にここに来ていただくなんて、

 本当に幸運に思っております」


黒服は言って、春之介たちに名刺を渡した。


「あっ!」と春之介は言って、黒服の顔と名刺を見入って、「お久しぶりです、南城さん」と春之介が言うと、春菜もすぐさま思い出した。


「覚えていてくださって光栄です」と南城雅弘は笑みを浮かべて言った。


「例の映画の主役だった方だよ」と春之介が南城を紹介すると、「春之介の妻の優夏です」とまずは優夏が挨拶をした。


「できればここで踊って行って欲しいほどです」と南城が陽気に言うと、優夏はもうその気になっていた。


しかしここは千代子をどうしようかということになり、千代子の希望でここを離れてスタジアムで働くメイドとしての職を望んだ。


その理由は簡単で、ここで働いていたメイドたちの見る目が怖くなったからだ。


さすがに幽霊だった者が肉体を得て、何かされないという保証はない。


しかし、誰もが大いに図太いようで、―― きっとここは話題になる! ―― とメイド全員が考えていた。


恐れる存在がいないのならそれほど問題はないと、メイドたちが比較的安堵すると、「あ、怖がられなくなったからここで働こうかなぁー…」と千代子が言ったとたんに、南城に懇願の眼を向け始めた。


「おまえがまた勝手に消えないように、

 消える前には俺に挨拶に来てくれ」


南城の言葉に、「…今度はそうするわ、お父さん…」と千代子が言ったので、誰もが大いに眉を下げていた。


もう30年以上も前の話なので、今の南城は千代子の父と言ってもおかしくないほどの年齢の隔たりがあった。


「で? 誰に殺されたんです?」と春之介が千代子に聞くと、南城は複雑な表情をした。


「…もう、テレビに出てない…」と千代子はこうつぶやいた。


そして、全く興味を示さなかったので、春之介としてもこれ以上は聞く気にならなかった。


千代子は感情的には穏やかで、あえて言えば少し陽気なほどで、恨みなどは何もないようだと春之介は感じていた。


「篠塚真奈美さんがいた事務所の社長でしょう」


南城の言葉に、春之介も春菜も大いに納得していた。


俳優ながらも事務所を切り盛りするなかなかの敏腕だったが、黒いうわさが流れ、あっという間に事務所を閉めることになったのだ。


それは所属俳優たちの売春行為だ。


仕事をもらえればそれでいい女優もいたが、さすがに自殺者が出ると世間が黙っていない。


よって無関係だった真奈美も大いに疑われて、消えるしか方法がなかったのだ。


それはすべては真奈美の考えで動いていたという、主犯である社長の嘘の供述が広がってしまったからだ。


たったひとつの嘘で、真奈美は女優生命を断たれてしまった。


しかし正義の味方はいるもので、春太郎がきちんと面接して、俳優たちの教育係として雇ったのだ。


もちろん真奈美としては表舞台に立ちたいのだが、奇跡の人の出現によりその夢が叶うことになった。


冤罪ではあったのだが、まさに不幸中の幸いと、真奈美としては少し調子に乗っている。


だがこれは、春之介の性格がそうさせているという事実を真奈美は気付いていなかった。


「あ! テレビで篠塚真奈美を見たわ!

 あ! テレビじゃなくてスマートフォンだった!」


春之介の表情は穏やかだが、内心は少々戸惑っていた。


一方南城は大いに眉を下げていて、できればこの先は聞きたくないとでも思ったようだ。


そして千代子は笑みを浮かべて南城を見て、「結婚、しないの?」と聞いたので、春之介は笑みを浮かべてうなづいた。


「真奈美が俺のことを忘れていなけりゃそうするさ」と南城は冗談ぽく言った。


すると千代子は、春之介に祈りを捧げるようなポーズを取った。


「…結婚、させてあげて欲しい…」と千代子が言うと、「まずは面会をしてもらわないとね」と春之介が答えると、千代子は大いに喜んだ。


「暇だったら来てもらうよ」と春之介は言ってスマートフォンを出して、秋菜に電話をしてすべてを伝えた。


『あら? 真奈美さんに春が来るのね!』と秋菜は上機嫌で叫んで、このメイドカフェに行かせたと告げて電話を切った。


「あと一時間もすれば来ると思います」


春之介の言葉に、南城は大いにバツが悪そうな顔をした。


ここからは千代子も働き始め、大いにドジっ子メイドを本気で演じ切って、今はうなだれて春之介たちの席に座っている。


すると、ひとりの女性が店に飛び込んできた。


まさに見事に変身をしている真奈美で、どこかの企業の事務員にしか見えない。


「真奈美さん!」と春之介が叫んで手を上げると、真奈美は笑みを浮かべて走ってやってきた。


そしてすぐさま南城を見つけて、「…お互い、年を取ったわ…」と真奈美が芝居っぽく言った。


「君はそれほど変わってないよ」と南城も演技っぽく言った。


「お兄ちゃんと結婚してあげて!」と千代子が叫ぶと、真奈美は千代子を見て、そして徐々に目を見開き、三歩下がってから床に腰を落とした。


しかし視線は千代子に釘付けのままだ。


「南条千代子さん本人だよ。

 まあ、妖怪だけどね」


春之介もさも当然のような言葉に、「…ごめんなさい… ごめんなさい…」と真奈美は何度もつぶやいていた。


「あ、勘違いしちゃダメだよ。

 千代子さんを真奈美さんの事務所に誘ってしまった

 悲劇について謝ってるだけだから。

 事件とは全く関係ないことだ」


春之介の言葉に、誰もがほっと胸をなでおろしていた。


今ここで行われていることは、ほかの客には全く感知されていない。


夏之介が術を使ってわからないようにしているからだ。


「…俺まで疑ってしまった…」と南城はバツが悪そうな顔をした。


そして南条は立ち上がって、真奈美の両腕を握りしめて立たせてから、席に誘った。


「…千代ちゃん、妖怪って…」と真奈美はまた千代子を眼を見開いて見ている。


「…お兄ちゃんに叱られるから教えたげなぁーい…」と千代子が言うと、「叱られる?」と春之介は言って南城を見た。


「…俺が叱るようなことを千代がした…

 …一体、なんだ…

 …あ…」


南城は気付き、大いに苦笑いを浮かべた。


「…知らない人について行ってはいけない…」と南城がつぶやくと、「約束破ってごめんなさぁーい…」と千代子は今にも泣きそうな顔をして頭を下げた。


「…全くの世間知らずの少女だったわけだ…」と春之介が眉を下げて言うと、「…叱られる方がイヤだったわけね…」と優夏がため息まじりに言った。


「…千代の死は不可解だった…

 襲われた形跡もなく、道端に綺麗な姿で死んでいた。

 襲うとしたヤツは大いに驚いたようで、

 挙動不審者として警官に捕まって、

 知っていることを洗いざらい話した。

 千代の死が切欠で、警察が本格的に動き始めて、

 黒幕を逮捕できた。

 だけど、一体、なにがあったんだ?」


南城の言葉に、「…覚えてなぃー…」と千代子が言ったので、誰もが大いに眉を下げていた。


「ところで話は変わるけど、

 ずっとここにいたの?」


春之介が千代子に聞くと、「うん、ほとんどここにいたよ」と答えてから、「あー…」と言って考え始めた。


「ここに人がいなくなると寂しいから、

 三角公園に行って、男の子と会ってた」


千代子はごく自然に言った。


その男子に恋心があるなど、心の変化は感じられない。


「…仲間がいたのか…」と春之介が小さい声だが鋭く言うと、『そいつが能力者じゃ! 捕らえたっ!!』と潮来の言葉が聞こえた。


「千代子さんの死の真相がわかったよ。

 死に追いやった者は捕らえたから。

 今回も妖怪だ。

 今度は危険だから、神たちに任せるよ」


春之介の言葉に、天照とクレオパトラだけが消えた。


「…一体、なにが…」と南城がつぶやくと、「奇跡の人の本職ですので、説明しても構いませんが、誰も信じないと思います」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「…いえ、すべてを信じます…

 できれば、教えて欲しい…」


南城の嘆願の言葉に、春之介は順序良く説明した。


「…千代の死の原因は…

 増幅された後ろめたさによるショック死…」


「その術は妖怪が放って、仲間にしたんです。

 これは想像でしかありませんが、

 千代子さんのことが気に入っていたんでしょうね」


「…死は確かに辛いが…

 綺麗なまま死んだことで、

 誰かを恨むことはなかった…」


南城は笑みを浮かべて言った。


「…その点だけが救いでした。

 失っていた30年間、

 できれば千代子さんとともに生活していただきたいと思ったのですが…」


「いえ、私はもう大丈夫です。

 ありがとうございました…

 あ、恐山の潮来様にもどうかよろしくお伝えください。

 大いに感謝しておりますと」


「はい、潮来様も聞いておりましたから。

 お気持ちは十分届いております」


南城はバツが悪そうな顔をして、「…超常現象などすべて否定していましたが、頭ごなしは決していいことはないとようやく気付きました…」と言って頭を下げた。


「不思議なこともあるもんだなぁー…

 という程度でいいのです。

 証明するには、それなりの霊感がないと体験できないことですので。

 ですが今回、千代子さんという証人ができましたが、

 疑う人は大いに疑いますからね。

 近い人だけが信じてくれていたらそれでいいのです」


「…これほどそっくりな千代子を見つけ出す方が難しいです…」と南城は言って笑みを浮かべた。


「お兄ちゃん、お腹すいたぁー…」と千代が言うと、「わかったよ…」と南城はため息交じりに言って立ち上がった。


「タコさんウインナーとカラコロのお子様ランチ!」と千代子が叫ぶと、「待ってろ…」と南城は涙を浮かべて答えた。


まさにストレートに千代子の言葉だったからだ。


「…幼過ぎるぅー…」と優夏がつぶやくと、春之介も同意するようにうなづいた。


年齢的には春之介たちよりも上だが、精神年齢は小学生以下だ。


「…結婚するの?」と千代子は真奈美の顔を覗き込んで聞くと、「もちろんよ」と真奈美は笑みを浮かべてすぐさま答えた。


千代子は手のひらを合わせて、「よかったぁー…」と言ってもうろうとし始めた。


「春之介っ!!」と優夏が慌てて叫んだが、「…腹が減ってるだけだから…」と眉を下げて言った。


「…心配して損したぁー…」と優夏は顔を真っ赤にしてうなった。


「まだ思い残していることは山のようにあるはずだから。

 今回は人と触れ合うことができるから、

 そう簡単には昇天しないはずだ。

 日が経つにつれて、納得したいことが大いにできる。

 千代子さんの場合は特に、なかなか昇天しないと思うね。

 それなりに不器用そうだし…」


「…お兄ちゃん… お腹すいて死んじゃうぅー…」


テーブルに突っ伏して言った千代子の言葉に、春之介は大いに笑ったが、ほかの者たちは大いに眉を下げていた。



「というわけで、妖怪メイドの南城千代子さん」


春之介の紹介に、メイドたちは大いに戸惑って、すぐさま真奈美を見た。


「30年前と何も変わってないから妖怪ね」と真奈美がさも当然のように言うと、メイドたちは大いに苦笑いを浮かべていた。


「はっきり言って不器用だし、確実に迷惑をかけるけど、

 ある意味もの知りだから、基本的には話を聞いてやって欲しい。

 千代子さんから得られることがあるかもしれないからね。

 口は達者だけど手は動かない典型だから」


春之介の言葉に、千代子はしくしくと泣き始めた。


「この程度の口の悪さは普通のことだ」


春之介の厳しい言葉に、「嘘泣きでしたぁー!!」と千代子は大いに反抗的に叫んで、春之介に向けて舌を出してにらみつけた。


「この人嫌い!」と千代子は春之介に指をさして大いに叫んだ。


「じゃあ、帰れば?」と春之介が真顔で言うと、「うっ!」と千代子はうなってから大いに戸惑った。


もちろん帰りたいのだが、同じメイドでも秋葉原の方は商売だ。


しかしここは、商売というよりもお手伝いという部類になるので、多少のミスはまだ許される。


商売で粗相をしてしまうと、千代子だけの責任では済まなくなる。


最終的には南城に迷惑をかけてしまうことになるのだ。


よってここで修行をして、ある程度働ける自信を持てたら、いつでも帰ってもいいと千代子は思い、「…よろしくお願いしますぅー…」とメイドたちには頭を下げた。


ただ、千代子がひとつ見落としているところがあり、働かないという選択肢を持っていなかったところが子供でしかなかった。


しかしそれなり以上にマジメで、働くことが嫌いなわけではないのだ。


「…働かなきゃいけないの?

 ある程度はお金持ちみたいなのに…」


優夏の言葉に、「あ…」と千代子は言ってゆっくりと優夏を見た。


「…お兄ちゃんに甘えて生きて行けそう…

 …だけど…」


千代子は大いに考え込んで、「ここで及第点をもらってから、あっちで働きます!」と優夏に胸を張って言った。


「…ふーん…」と浩也は言って春之介と優夏を見て考え込み始めた。


すると優夏も考え始めてすぐに、千代子をにらみつけた。


だが何も言わない。


浩也はさらに怪訝に思い、知っている事実を全て並べてから、「…そういうことかい…」と笑みを浮かべて納得した言葉を口にした。


「俺も春之介のようにいきなり怒るかもしれないから。

 怒られたヤツはすべてを精査して言葉を発しなかったことになる。

 本当の意味で春之介の友人ではないことになるから、

 よく考えておいた方がいい。

 そして春之介、優夏、神たちにも聞くな。

 最悪、ふたりと神たちがここからいなくなることも覚悟しておけ」


浩也の厳しい言葉に、春之介と優夏は浩也をさらに尊敬した。


だが、考えてもわからないことは聞いたことが早い。


だがそれを聞いてはならない。


一体どういうことなのか、一太ですら理解不能だった。


しかし浩也はそれを知った。


知ったというよりも、事実から導き出したのだ。


「浩也から語ることは問題ないよ?」と天照大神が小首をかしげてかわいらしく言うと、「それは助かった」と浩也は言って、推測した事実を語った。


「…千代子さんだけ特別扱い…

 今まで協力していた、

 体を持たない魂たちがへそを曲げていなくなってしまう…」


一太が嘆くように言うと、「この件はもう語るな」と春之介は奇跡の人として言うと、誰もがすぐさま頭を下げた。


千代子は自分は随分と甘かったと思いうなだれ、大いに後悔した。


しかし妖怪になったのは千代子のせいではない。


だが、奇跡の人の大勢の協力者を手放していいわけがない。


千代子は春之介、優夏、浩也に尊敬の眼を向けて頭を下げた。


『そこにいる魂は問題ない。

 八丁畷家ゆかりの者の魂じゃからな』


「そうか…

 助かったぁー…」


春之介は潮来の言葉を聞いて安堵の声を上げた。


『恐山と神たちの住処の魂たちも問題はない。

 となると、ほぼ問題なさそうじゃな…』


潮来の見解に、春之介は少し笑った。


「さらに仲間を増やすから」という春之介の言葉に、『それが一番の解決策のようじゃ』と潮来は上機嫌で言った。


「…特別扱いは大変だ…

 身に染みて思い知った」


春之介は言って、天照大神たち国の神に頭を下げた。


人の神の神人、ツクヨミ、高龗は大いに眉を下げていた。


やはり特別に願いを叶えたり、特別なものを与えることは、争いの火種にもなる。


三人はこの先、思い通りにできないはけ口になる事項を考え始めた。


「大勢の人が潤うこと」と天照大神がぶっきらぼうに言うと、「…さすが姉者…」と神人は言って頭を下げた。


「春之介のゴミ集めの手伝いが一番いいわ。

 確実にその地域全体の役に立つから」


「…おお… そうした方がよさそうだ…」と神人は言って、春之介に笑みを向けた。


「急ぐんだったら今から行くよ。

 今日は沖縄の太平洋側を重点的に」


「手ごわそうだ!」と神人は大いに喜んで言ったが、『ガウッ!』とここはシーサーが春之介の前に立って吠えた。


「シーサー、手伝わせてやってくれ」


春之介の言葉を無視はできないので、シーサーは上目づかいで春之介を見た。


「おまえのやるべきことのために力をため込んでおけ。

 今から二千万年後は、琉球がなくなるかもしれないんだからな」


『…ニャー…』とシーサーが悲しそうに鳴いたので、春之介は笑みを浮かべてシーサーを抱き上げて機嫌を取った。



春之介たちはとんでもない量の海洋資源を沖縄県に寄贈して、ネクストキオスタジアムの食堂に戻った。


「…人の神は情けないわね…」と優夏が眉を下げて言うと、シーサーは大いに胸を張っていた。


「シーサーもミルク飲む?」と真由夏が声をかけると、シーサーは瞬間移動のようにして真由夏に寄り添った。


人の神もかなり頑張ったのだが、春之介とシーサーの力には全く及ばず、ふたりの百分の一も協力できなかったが、その量が半端なく、しかも沖縄本島の底上げもしたので、疲れ果てて当然だった。


神人、ツクヨミ、高龗は満足したのか、笑みを浮かべて眠っていた。


しかし、神人の巫女の夏之介はシーサーに並んでミルクを飲んでいる。


やはり動物の方が、要領よく働けるようだ。


冬之介はツクヨミの手からようやく脱出して、厨房に行ってニンジンをもらって大いに食らい始めた。


草食獣だが肉食獣の勢いで食べると、メイドたちは大いに喜んでいた。


「…私だけができること…」と千代子はつぶやきながら、今は獰猛そうに見える冬之介をなでていた。


そして手を組んで、「私だけにできることくださいぃー…」と今度は春之介に聞いてきたので、大いに困惑していた。


「まずは体に慣れて。

 まだまだ辛いはずだよ。

 そしてメイドたちと同じように働けるようになったら、

 特別扱いの特別だけを何とかして返してもらえることを考えよう。

 魂は妖怪で肉体は人間のメリットが必ずあるはずだから。

 それに俺に聞くよりも、特に人の神と仲良くなった方がいいと思った。

 人の神に弟子入りすることで、

 能力が開花するかもしれないから」


「ミラクルマン、アドバイス、ありがとうございます」と千代子は笑みを浮かべて礼を言って、メイドたちの指導を受けた。


死んでからの30年間、狭い世界だが様々なものを見てきた。


よって進化した科学技術については説明する必要はないので、物理的に動けるようになれば、一旦は落ち着ける。


しかし千代子の場合、典型的なドジっ子だった。


だが、新しい仲間の教育だと思えば、誰もが千代子を励ます。


その優しさに触れるたびに、千代子に力がみなぎってくるように感じていた。



「…どうして千代子さんなの?」と春之介は眉を下げて、マイクを向けている千代子を見た。


「真奈美さんに命令されてしまいましたぁー…」と千代子も眉を下げて答えた。


「その命令、受ける必要があったの?」


「…マイティーカウルと契約しましたぁー…」


千代子の言葉に、春之介は、「だったら仕方ないね…」と春之介は答えて納得した。


「今夜は沖縄からの子供たちからのお礼が目白押しです!」


千代子は春之介とカメラを大いに意識して話す。


まさにこういった仕事をしたかったと千代子は思っていたが、思ったよりも大変で、そして全く納得のいく行動ができないので大いに真剣だ。


「まずは、話せる範囲で自己紹介でもすれば?」


「はい! ありがとうございます!

 私、南城千代子と言います!

 芸名はまだ付けていませんけど、

 本名のままでいいって思っています。

 …千代子って名前がちょっと昔の名前だけど、

 お兄ちゃんがつけてくれたそうだから大切にしたいのですぅー…

 それから素晴らしい女優さんに

 二回もスカウトしてもらえて本当にうれしいのです!

 だからここで何とか私をたくさん知ってもらいたい!

 だけど、話せないことの方が多すぎます!」


まずは常識的に言葉を選んでいることに、春之介は大いに納得して笑みを浮かべてうなづいた。


今のところは千代子の本来の魅力が出ていると春之介も、そして真奈美も思って千代子に笑みを向けている。


「メイド服を着ていますけど、

 これはお仕事です。

 私が芸能のお仕事をしようと思ったのは、

 やっぱり、兄の影響でした。

 そしてその恋人の女優さんにも憧れました。

 特に、ここに来られたことは幸いでした。

 春之介様は厳しいけれど、心が温かいです。

 気遣いがすごいです。

 きっと、誰にも真似できないって思ったけど、

 優夏様も浩也さんも春之介様と同じでした。

 まずは私の夢よりも、今の生活に慣れようと、

 今の私は思っています!」


千代子が言い切ると、春之介は拍手をしていた。


自己紹介はここで終わって、子供たちからの礼状を読み、いつになく穏やかなインタビューを終えようとしていた。


「…私、長野県の児童保護施設に入っていますけど、

 いつになったらミラクルマンと暮らせますか?」


千代子は眉を下げて女の子からのメールを読んだ。


春之介も同じで、大いに眉を下げていた。


「ひとつ考えて欲しいんだ。

 この番組は大勢の子供たちが見てくれている。

 そして児童保護施設に入っている子供たちもだ。

 その子供たちの集計だけど、今の時点で38万5636名だそうだ。

 さすがに全員をここに連れて来て生活することはできないんだよ。

 それからここにできた施設は知っての通り

 千葉県に住んでいる子供たち限定で暮らし始めてもらっている。

 現在の住人は211名だけど、

 俺と一緒に暮らしているわけじゃないんだよ。

 でもね、今日はみんなを連れて短い時間だったけど、

 公園の自炊広場で昼食を作ってもらったんだ。

 できれば、別の場所に住んでいる子供たちにも会いに行きたいんだけどね、

 俺自身がしなきゃいけないこともたくさんあるんだ。

 だからここは、施設の先生たちのお話に耳を傾けて欲しいんだ。

 今回は特別扱いで会いに行くことはないよ。

 だけど、お便りありがとう。

 できればみんなの声を聴きたいから、

 まだまだ送ってきて欲しい。

 そして子供庁も大いに仕事をしてくれるはずだから。

 できれば一日でも早く、慰問できるような環境を作ってもらいたいんだ。

 まだ管理ができていない施設が5万9621カ所ある。

 本当に大変な仕事になると思うけど、

 どうか無理をしないように頑張ってもらいたいんだ」


「…春之介様から深い愛を感じます…

 台本があるわけでもないのに、

 まさに俳優さんです!」


千代子の堂々とした言葉に、「…あまり煽らないで欲しい…」と春之介は大いに眉を下げて言った。


真奈美がここで、綱を引く姿勢を取って春之介を挑発した。


そして千代子はカメラに真剣な眼を向けた。


「近くにいて気づいたことがあります。

 春之介様は誰よりも働いておられます。

 だから子供たちも、わがままだと思うことは、

 怒りに任せて春之介様に言わないで欲しい…

 今の現状だけを教えて欲しい…

 それに、わがままな行動は慎んで欲しい…

 どうか、よろしくお願いします…」


千代子は言って、カメラに頭を下げた。


そして頭を上げて、「私も早く一人前になって、ミラクルマンのお手伝いをします!」と大いに気合を入れて、希望になる言葉を叫んだ。


春之介も仲間たちも、千代子に温かい拍手を送った。


「…私は、魔法少女になる夢が叶いかけています…

 今こそ私は奮起しなければならない!」


千代子が大いに気合を入れると、天照大神によって強制的に固められた。


「…千代子さんが暴走し始めたんだ…

 みんな、ごめんね!」


ここは困った時の真由夏頼みで、朗らかに番組を締めた。


「…まあ、前向きだから問題ないんだけどね…

 一応、女優志望だし…」


春之介が眉を下げて言うと、千代子はようやく目覚めて、「…暴発しそうになってごめんなさい…」と大いに反省して言った。


「魔法少女って言ったけど、もうほとんど大人だから…

 ここはまずは大人になろうよ…」


「…はい、冷静に考えてそうすることに決めました。

 ご指導、ありがとうございます。

 ですが、先生の件についてすっごく悩んでますぅー…」


千代子の言葉に、「人間としては神崎さんが一番だから」と春之介が推薦すると、神人は大いに眉を下げていたが、天照大神の手前、拒否することはできない。


「ツクヨミ様も高龗様も、ちょっと怖かったので、ナイスアドバイスです」


「はは、それはよかった…」と春之介は大いに困惑の笑みを浮かべた。


「では、先生にご挨拶に行ってまいります」と千代子は言って頭を下げて、すぐさま神人に寄り添った。


「…なんか、面倒なことが起こりそうか気が…」と春之介は大いに困惑して言った。


「…フォローするから…」と天照大神も眉を下げて言った。


すると腰の重いクレオパトラがひとつ背伸びをしてから、千代子に向かって走って行って、その肩に飛び乗った。


「うおっ! こちらにも先生が?!

 あっ! はいっ!

 誰にもご迷惑をかけませんっ!!」


千代子の叫びに、「…ほんと、パトラは大いに怖いね…」と春之介は眉を下げて言った。



翌日、春之介たちは学校に行き、いつものように通常の授業を受けた。


6時限目が鬼門で、何と体育でバスケットをさせられる羽目になった。


沙耶夏は大いに厳しい目で春之介たちを見て、ついには我慢できなくなって、春之介に挑むようにして、敵チームの仲間入りをした。


だが人数が多い分、春之介だけをマークしているわけにはいかず、大いに翻弄されて、沙耶夏は息が切れていた。


「もう若くないんだから、おばさん」


春之介が冗談交じりに言うと、「…おばさんの若返りのために、バスケ部作ってぇー…」と大いに懇願してきた。


「ところで、うちって球技大会はないんだね」


春之介の言葉に、「その分、体育祭に力を入れてるから…」と沙耶夏は不承不承言った。


「だけど学校生活でのチーム戦は重要だと思うけどね。

 野球とバスケット…」


春之介は、『野球』と言ったとたんに笑みがこぼれていた。


「クラスの人数から考えて、ちょっと厳しいけど、

 男女混合だったら、バレーボールも加えると丁度いいかもね」


「あー… なるほどね…

 うちのクラスは33名。

 約半数は野球で、残りはバスケとバレーでちょうどよさそうだな…

 生徒会に議題として話し合ってもらうなかなぁー…

 バスケ部もバレー部もできるかもしれない」


ここで沙耶夏は蘇り、「今日の採点は終わったからあとは自由時間!」と沙耶夏は叫んで体育館から出て行った。



春之介たちは高校生から大人にモードに変えてネクストキオスタジアムに戻ると、懐かしい顔が出迎えた。


「来てやったぞ」と三条が挑戦する目を春之介に向けると、「偉そうなこと言ってんじゃあねえ」と柳川が言って三条の頭をこずいた。


「ふん! 腑抜けにされた先輩には用はありません」と三条が言うと、「実力を見せつけてやっただろ?」と柳川は言って眉を下げていた。


「まぐれです」と三条がさも当然のように言うと、春之介は大いに笑った。


「まさに野球人ですけど、

 もう少し素直になりましょうよ、先生」


春之介の言葉に、「もう先生じゃねえ」と三条は言ったが、「あだ名です」と春之介はさも当然のように言った。


「それに、ここで失敗しても教師に戻れます」


「…うー… こいつ、ほんとにむかつくぅー…」と三条は大いに気合を入れてうなった。


「別にいいんじゃねえの?

 俺は言葉にしないだけで、

 三条と同じ気持ちだし」


常盤の言葉に、「そうっすよね?!」と三条は味方ができたと思い大いに喜んだ。


「言葉にしない、が重要だぜ」と常盤に釘を刺されると、「…はあ、そうっすね…」と三条は大いにうなだれて言った。


「じゃあ、練習がてらトライアウトをしましょう。

 このチームの監督は俺なのでね」


春之介の言葉に、「…やっぱ、そうだったのかぁー…」と三条は大いに苦笑いを浮かべてうなった。


「コーチも俺たちなので。

 だから一太が一番厳しいので要注意です」


春之介が歩き始めて言うと、「…優夏に眉を下げさせるヤツ…」と三条はつぶやいて、春之介と一太のあとを追った。



まさに陸上記録会の走りでしかないウォーミングアップを終えて、早速春之介の練習なのか試験なのかわからない指導が始まった。


基本的には言葉はなく、取れないボールを打つだけだ。


内野守備なのに外野に飛ばすことは当り前で、あきらめずに追いかけることが重要だ。


三条は聞いていないが、どんなボールにも食らいつく。


バッティングでも同じで、大いに闘志を燃やして優夏と春之介の剛球に食らいつく。


そしてついに、首脳会議が始まると、三条は動物園のクマのようにベンチ前をうろうろと始めた。


「…さっさと決めやがれぇー…」と三条は大いにイラついてうなった。


「じゃ、そういうルールで」と春之介が言うと、「終わったかっ?!」と三条は叫んだ。


「臨時で解放してお客さん入れるから。

 一律百円だからそれほどボーナスは出ないけど、

 こんな日もいいと思ってね」


「…カネは欲しいが、今はどーでもいいぃー…」と三条は大いにうなった。



早速にチームに分かれて守備連携の練習を始めると、スタンドに子供たちが駆け込んできて、「ミラクルマァーン! ありがとぉ―――っ!」という子供たちの声がこだました。


世間一般はまだ祝日期間中なので、それなり以上に子供たちがやってきていた。


もちろん宣伝もしたので、近隣の住人たちが大挙してやってきて、練習を終えたころには、満員御礼となって、入場ゲートは閉ざされた。


「守備力強化のため、ホームラン禁止…」と三条は言ってわなわなと震えた。


このルールは絶対で、マイクを通してスタジアム中に伝えた。


「だけど今日使ったボールはサインしてみんなにプレゼントするから。

 誰のサインが欲しい?!」


春之介が聞いて、手を耳に当てると、「ミラクルマン!」という声と、「優夏ちゃん!」という声で二分したが、春菜、一太、尚、常盤の声も上がり、ここにはいない麒琉刀、真奈の声も聞こえた。


「春菜よかったな、ファンがいたぞ!」と春之介が言うと、春菜は大いにむくれたが、「春菜ちゃぁーんっ!!」という大声援が湧いた。


春菜は大いに感動して、スタンドに頭を下げまくった。


「政治家の礼だな…」と春之介が言うと、スタンドは大きな笑い声に包まれた。


「春君には打たせないもん!」と春菜が豪語すると、「うお―――!!!」と大いにスタンドが沸き上がった。



まさに春菜の言葉は予言となっていて、春之介はツーストライクと追い込まれていた。


ジャストミートするのだが、打球は大いに左右に切れてしまい、フェアグランドに飛ばないのだ。


まさに一球一球に見ごたえがあり、子供たちの手にも力が入っていた。


そして春之介が侍のポーズを出すと、優夏はすぐさま投げてきた。


「キーンッ」と子気味いい打球音がして打球はセカンドベースを襲ったが、ショートの片山が飛びついてグラブに納めていた。


「ウオオオオッ!!!」という大歓声とともに、片山の好守備を誰もが認めて、片山のファンも増えていた。


まさに見どころ満載の紅白戦に、子供たちは大いに満足して、一部の子供たちはお気に入りの選手のサインボールをもらって、家路についた。



春之介たちは風呂に入って食事を摂っていると、「おい」と三条は春之介をにらんで言った。


「ここで飯食ってる時点で合格ですよ」という春之介の言葉に、三条は一瞬喜んだが、「監督ならきちんと伝えやがれ!」と叫んでから、陽気に食事と格闘を始めた。


「あのさ、監督ごときにそんな権限があるって思ってるの?」


春之介の言葉に、「んなっ?!」と三条が叫ぶと、常盤も柳川も大いにうなづいた。


「普通、決定権はオーナーだな。

 ほとんどオーナーからのお言葉があって、

 合否は決まる。

 まあ、監督が合格だと言えば、

 普通オーナーは認めるだろうが、

 客を呼べる選手ではないと思えば、

 オーナーの独断で雇わない場合もあるはずだ」


常盤の言葉に、三条は大いに眉を下げて、「…オーナーって、あのヤクザの親分みたいな人ですよね?」と柳川に聞いた。


「春之介の実の祖父」と柳川が答えると、「睨んじまったぁ―――っ!!!」と三条は大いに嘆いた。


「別の道の採用も考えられるね。

 爺ちゃんのやってたことはまさにヤクザだから。

 先生のにらみを認めた時、

 明日はスーツを着て爺ちゃんの隣に立ってるかもね」


「あり得るから言ってやるな…」と柳川が言うと、三条は大いに頭を抱え込んでいた。


「いやぁー! 結構結構!」とそのヤクザの親分が上機嫌で食堂に入ってきた。


今日は事務員とひとりお付きがいて、健太郎の秘書然として、右斜め後ろにいた。


「まずは紹介しておこう。

 インテリヤクザの権藤猛君だ」


健太郎の言葉に誰もが大いに苦笑いを浮かべたが、春之介は陽気にあいさつをした。


「さらに、武闘派ヤクザも欲しくなってな」と健太郎は言って三条にロックオンしたが、その三条が眉を下げていたことに、怪訝そうな顔をした。


「…戦意喪失させてやるな…」と健太郎が春之介に言うと、「その武闘派ヤクザを嫌がったんだよ」と春之介が言うと、「…もったいない…」と健太郎は言って、「ま、野球人として頑張ってくれ」と健太郎が三条に言葉をかけると、大いに喜んで笑みを浮かべて頭を下げた。


「潰れたらいつでも雇うから」という健太郎の言葉に、「その時は教師に戻りますので」と三条は大いに抵抗して信念を述べた。


「…猪口才な…

 だが、いくつも道を持っておくことは重要だな」


健太郎はここは仏の笑みを三条に向けた。



選手たちがボーナスをもらって喜んでいると、権藤が三条の隣に立った。


「…マジヤクザ?」と三条が眉を下げて聞くと、「甘いヤクザでした」と権藤は笑みを浮かべて言った。


「大旦那様も旦那様も本当に恐ろしいお方です。

 私など赤子に過ぎませんでしたが、

 部下になってくれと大旦那様に頭を下げられて、

 本当に自分自身を切り刻みたくなってしまったのです」


「…はあ… 普通じゃない世界っすねぇー…」と三条は興味なさそうに言うと、権藤は三条をにらみつけた。


「大旦那様のお誘いを断るヤツはただじゃおかねえ…」と三条がそれなりの筋のような者の言葉を権藤の代わりにうなると、「…はあ、降参です…」と権藤は言って笑みを浮かべて頭を下げた。


「旦那様に逆らうわけにも参りません。

 そして教師の道もおありだと聞いて、

 ここは渡りに船」


権藤の言葉に、「バイトしろ、ってかい?」と三条が聞くと、「はい、私はそのためにここに参りました」と権藤は言って、一枚の紙をクリアファイルから抜いて三条に差し出した。


「アルバイトの契約書です。

 この定型は国から支給されたものです。

 内容をよく読んでいただいて、

 精査して回答願いたいのです。

 教育者不足はどこでも同じなので」


「…文部科学省子供庁…

 なるほどね…

 まずは子供たちに会いたい」


三条は言って、用紙を権藤に返した。


権藤はクリアファイルにはさんで三条に返して、「持っておいてください」と言った。


「カバンを持ち歩かねえ不良教師だからな。

 必要な時にもらう」


三条の言葉に、「…優秀だと自慢しているようなものじゃないですか…」と権藤は苦情があるように言った。


「先生は、権藤さんとタッグを組んでもいいよ」


春之介の言葉に、「待てこら! 勝手に決めんな!」と三条は大いに慌てた。


「いや、春之介の言った通り、今の件はワシも納得した。

 権藤とはいい友人にもなれそうだと感じた」


健太郎は笑みを浮かべて言った。


「ここで否定すれば、普通の組でしたら指どころか首が飛びますぜ」


権藤の言葉に、「ここは堅気の世界だ」と三条は堂々と言ってそっぽを向いた。


「…少々調べさせていただきました…」と権藤が笑みを浮かべて言うと、「家と俺は無関係だ!」と三条は抵抗するように叫んだ。


「そういうわけにはいかないのが世の常です。

 最も、三条様のご本家が八丁畷家というのが大いにいただけません」


「え?」と三条は言って春之介を見入った。


「ついさっき聞いたんだ」と春之介は答えて笑みを浮かべて言った。


「六三四兄ちゃんと従兄だってね」


春之介の言葉に、「懐かしい名前が出てきやがった…」と三条は大いに苦笑いを浮かべて答えた。


「俺たちとはかなり遠いし血のつながりはないけど、親戚には違いないよ」


春之介の言葉に、「…ボディーガードやれって?」と三条はここは穏やかに聞いた。


「野球と両方」と春之介が大いに欲張って言うと、「それでいい」と三条はにやりと笑って答えた。


「勝手に決めないでくれ」と権藤は三条を見て言うと、「お坊ちゃま直々のお言葉だぜ」と三条は都合がいいように言った。


「…おまえ、怒りまくっていたくせに…」と権藤は三条を大いににらみつけた。


「お坊ちゃまの味方になっただけだぜ?

 それに子供たちの教育についてはまだ決まってねえ」


「権藤、もういい。

 三条を怒らせるな。

 末端とはいえ、八丁畷の血族を雇えるとはな…」


健太郎が上機嫌に言うと、「そんなの俺たちもじゃないか…」と春之介が言うと、「…そ、それは、そうだが…」と言って、大いに焦った。


「春菜なんて、八丁畷家のトップと言ってもいいほどなんだけどね」


「…すっかり忘れとったぁー…」と健太郎は言って、大いに苦笑いを浮かべていた。


「まあ、近すぎるからね。

 春菜は常にバリア張ってたから目立たない。

 そして春太郎爺ちゃんが何も言わない。

 放任しているわけじゃないよ。

 爺ちゃんが忙しいからでもない。

 春菜が怖いからというのが一番の理由だから」


「…うう、うーん…」と健太郎は言ってうなだれたまま顔を上げられなかった。


「旦那様がそうおっしゃるのならその通りなのでしょう」と権藤は言って、春菜に頭を下げた。


「サンタクロースが組事務所に乱入した件、覚えてる?」


春菜の言葉に、権藤は目を見開き、春之介は大いに笑った。


「あの時ね、私も春君も現場にいたの。

 サンタクロースが担いでいた袋の中に」


「ちょっとした冒険旅行だったよ」


春菜と春之介の言葉に、権藤はさらにふたりに怯えた。


「…あのサンタクロース…」と権藤は言って大いに身震いして、「サンタは三太さんだよ」と春之介は言って大いに笑った。


「楽屋受け狙っちゃダメよ!」と春菜は叫んでから大いに笑った。


権藤には二人の笑い声が悪魔の声にしか聞こえなかった。


少々荒っぽい仕事だったが、春太郎が証拠を掴むためと三太に命令して、とある組事務所に乗り込んで、証拠品を押収して何事もなかったように立ち去ったのだ。


細かい指示は春菜から出ていて、春之介にとってはただの冒険旅行だった。


もちろん二人が同行していた件は春太郎の知らないことだったので、あとで知って大いに驚いたのだが、それ以来、三太に荒事を頼まなくなり、本来の意味の八丁畷家を守る門番となったのだ。


よって、一太、ニ子、三太はふたりにとってかなり近い位置にいる部下のようなものだった。


そして今は、その当時のことは忘れて、友人になろうと努力しているのだ。


さらに、その時の荒事のせいで権藤は職を失ったが、逮捕されることはなかった。


それなりの筋にも情報が回っていて、『八丁畷には係るな』というおふれが出ていたほどだ。


もちろん権藤はこのネクストキオスタジアムに八丁畷の姓を持つ者がいることは知っていたが、ただの子供だと思っていたが、とんでもない勘違いだったと、今までの愚行や判断を恥じていた。


しかし、これほど頼りになる者はどこにもいないと胸も張っていた。


少々恐れをなしていた健太郎の方が赤子だったと大いに思い知っていた。



浩也と八郎が食堂に入ってくると、「兄貴っ!!」と権藤は叫んで浩也に駆け寄った。


そして徐々にバツが悪そうな顔になっていった。


「…綿辺、浩也様…」と権藤は言って、ぼう然としていたが、「もしかして父のお知り合いでしょうか?」と浩也は笑みを浮かべて言った。


「…あ、はあ… お父様は正憲様でしょうか?」と権藤が聞くと、「ええ、そうですよ。こういったことはもう何度もありました」と浩也はまさに慣れていると言って、笑みを浮かべていた。


「あなたは、どこの組事務所の方ですか?

 あ、さすがにここにはそういった人はいないですね!」


浩也が言って大いに笑うと、「…生き移しだ…」と権藤は満面の笑みを浮かべて浩也を見ている。


「ちなみにこれもいつも言ってますけど、

 父はトラックの運転手ですから。

 そっちの筋の人間ではありません」


「えっ?」と権藤は言って固まった。


「父にかわいがってもらっていたっていう人が、

 千葉に移り住んでから大勢現れたんですよ。

 千葉に住む前は神奈川県の横浜に住んでいました。

 中華街に近い場所だったので、

 それなりの人たちがそれなりにいましたからね」


「…その中のひとりでございます…」と権藤は言って頭を下げ、顔を上げてから笑みを浮かべて浩也を見た。


「権藤、行くぞ!」と健太郎が言うと、「はっ! 大旦那様!」と権藤はすぐさま答えて、名残惜しそうな顔をして浩也を見入った。


「なぁーに、家庭訪問だ。

 大切な息子さんをここで預かっているんだからな」


健太郎の言葉に、権藤は、「はい! 大旦那様!」と今度は大いに陽気に答えた。


「社長、父はたぶん、ここかミラクルマンスタジアムにいると思います。

 確認しましょうか?」


「おう! 助かる!」と健太郎はまさにそれなりの筋の大親分のように威厳をもって叫んだ。


浩也は電話をして、父母ともにこのネクストキオスタジアムに来ていると話して、メインエントランスで落ち合うことに決まった。


浩也にそっくりなことがわかっていので、まず間違えることはないし、権藤が詳しく知っているので問題はない。


「…武闘派として雇うと思うぅー…」と春之介が大いに嘆いて言うと、「全く違う仕事も面白がるかもね」と浩也は陽気に言った。


「でも、遊びに来てたの?」と春之介が聞くと、「羽を伸ばしてデートだよ」と浩也は顔をしかめて言った。


「…弟君はほったらかし…」


「ああ、不憫な弟だが、友人は多いから、何なりとして生きて行く」


「あ、八郎兄ちゃん、いらっしゃい!」と春之介は思い出したように八郎に声をかけた。


「お久しぶりでございます」と八郎は野太い声で言って、巨大な体を小さくして頭を下げた。


「…遮光器土偶…」と春菜がつぶやいてから、大いに笑い始めた。


まさに体形はクマで、クマイコール遮光器土偶として思い出し笑いを始めたのだ。


「やめて! やめて!」と春菜はさらに陽気に笑い転げた。


秋之助が遮光器土偶になったり、元に戻ったりを繰り返したからだ。


「…同類項、だな…」と春之介は言ってにやにやと笑っている。


「秋之介を連れてデートにでも行ってくれば?」


春之介の言葉に、春菜はさらに笑い転げた。


春菜は笑いながらも八郎を連れて廊下に出て行った。


「…まさに同類項…」と浩也は言って、今はクマの姿の秋之介の頭をなでた。



すると、苦虫をつぶしたような顔をして健太郎が入ってきた。


そして逞しい男性と、妙に小柄な女性が権藤に引率されるようにして食堂にやってきた。


「連行されてきたね」と浩也が言ってすぐに、春之介に両親を紹介した。


「この御大がここで働けと言ったんだがな…

 それほど楽しそうな仕事ではないらしい」


浩也の父の正憲が眉を下げて息子に言うと、「実力を出す機会はそれほどないだろうからね」と浩也は少し笑いながら言った。


母親の慶子はというと、挨拶もそこそこに優夏やメイドたちに陽気に挨拶をかわしていて夢見心地になっていた。


「ですが、トラックの運転手に生き甲斐を感じているのでしょうか?」


春之介の言葉に、正憲は大いに眉を下げていた。


「自衛官をやっていた時の方が楽しかったんだけどね…」と正憲は言って頭をかいた。


「…そうか、その生きざまの迫力があったか…」と健太郎はつぶやき、権藤は納得の笑みを浮かべていた。


「仕事自体にはそれほど思い入れはないんだよ。

 だけどね、長距離を走っていると様々な出会いがあって本当に楽しいんだ」


正憲の言葉に、春之介は大いに共感して、「それは仕事を続ける正当な理由になると思います」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「…俺のようなヤツとかなり出会っていたのか…」と権藤は嘆くように言った。


「それに平日に堂々と妻とデートができるのも、

 不規則な仕事のおかげでもあるよ」


「お父さんにとって都合のいい仕事だったんですね。

 納得できました」


春之介は笑みを浮かべて言って礼を言った。


「…どこにもいない存在感なんだがなぁー…」と健太郎は大いに眉を下げて言った。


「まあまあまあまあ」とその妻の慶子は言って、恥ずかしそうな真由夏と腕を組んでやってきた。


「素敵なお嫁さんを見つけたわ!」と慶子は明るく言って、正憲に紹介した。


正憲は姿勢を正して真由夏とあいさつを交わし、ほのぼのとしていてわずかに照れくさそうな雰囲気になっていた。


「…私が、お付き合いをお願いしましたぁー…」という真由夏のいきなりの告白に、「真由夏ちゃんは見る目があるわ!」と慶子は大いに息子を自慢して言った。


「…おい、権藤、母親の方…」と健太郎が小さな声で言うと、「…一般人のはずですが、お嬢様気質を感じます…」と権藤は小さな声で答えた。


そしてすぐさま調べ上げ、健太郎に報告した。


慶子の実家は、田舎だが山林王の末娘だったのだ。


「話の腰を折って申し訳ないが、

 慶子さんは店を開きたいと思ったことはありませんか?」


健太郎の言葉に、「まあ! 素敵っ!」と慶子は陽気に言って、正憲と浩也を見た。


「定職につくと、こうやって自由に遊べないぞ」という正憲の言葉に、「あ、ありがたいお言葉ですけどぉー…」と慶子は大いに名残惜しそうに健太郎に言った。


まずは将を落とさないとどうにもならないと思い、健太郎は懇願の眼を浩也に向けた。


「改めて父と母を見ていて、

 今の生活を変えない方がいいと俺は思いました」


浩也の無碍な言葉に、「…うーん…」と健太郎は言って眉を下げた。


「ここで大飯を食らっているようだから、

 俺たちの生活にも大いに余裕ができそうだからな」


正憲の言葉に、春之介はわずかながらに寂しさを感じていた。


子供を育てるという自慢があったのだが、それが半減してしまったという寂しさだと理解できた。


「爺ちゃん、無理強いは俺が許さないよ」


春之介の威厳がある言葉に、「…もう言われてしまったか…」と健太郎は言ってここは諦めるしかないと決意した。


「…助かった…」と正憲は言って眉を下げていたが、笑みを浮かべて春之介に頭を下げた。


慶子は様々なことに大いに名残惜しそうだったが、正憲と手をつないで食堂を後にした。


「俺なんかよりも怖ええじゃねえか」


三条の言葉に、「質の違いだけだ」と権藤は言って三条をにらみつけた。


三条としてはまだ諦めていないと言ったに等しい。


権藤は、三条の希望を叶える件を話すと、健太郎も同行して児童保護施設に行くため、男三人は食堂を出た。


「お父さんもお母さんも素敵」と真由夏は浩也に笑みを向けて言った。


「春之介の威厳にはかなわないけどね。

 それなり以上に胸を張れる両親だよ」


「…あ、あのぉー…

 お勉強、見てもらえないかなぁー…」


真由夏の恥ずかしそうな言葉に、「ああ、もちろん」と浩也は言って、真由夏と肩を並べて食堂を出て行った。


「俺たちも勉強しよう」という春之介の言葉に、学生たちはすぐさま立ち上がった。



勉強を終えた春之介たちは、リクリエーションルームにいた。


明日も早起きなので、30分程語らってから就寝することになる。


「ところで、生徒会はどんな感じだったの?」


春之介が興味津々で浩也に聞くと、「それがな…」と腰を浮かすようにして前のめりになって説明を始めた。


「…高身長生徒会…」と春之介は言って困惑の笑みを浮かべた。


「しかもただ身長が高いだけじゃないと感じた。

 会長はもとより、ほかのヤツらも何かスポーツをやっていたはずだ。

 いや、俺のようにやっていると言っていいかもしれない。

 体温が普通の者たちよりも高いように感じるんだ。

 だからここは大いに暑苦しい」


浩也の言葉に、春之介は大いに笑った。


「ここに誘ってもいいんじゃないのかなぁー…

 あ、ここよりもミラクルマンスタジアムの方がいいのか…」


春之介のつぶやきに、「運動部員たちが嫌がるからここの方がいいよ?」という天照大神のアドバイスに春之介も浩也も大いにうなづいて、浩也はスマートフォンを出して冬延に電話を始めた。


『そうか、そうだよな… 君なら気づくと思っていた』


冬延はすぐさま認めて、明日から生徒会をネクストキオスタジアムに移したいと言ってきた。


現在、生徒会の担当教員を神人が受け持っているので都合はいい。


しかも冬延が住む児童保護施設はネクストキオスタジアムの方が近い場所にある。


『俺はボクシング。

 ほかの四人のうち三人はバスケット。

 残りはバレーボール』


「その理由は、スポーツに明け暮れて勉学がおろそかになるから、ですか?」


『ほぼ正解だ。

 しかも、スポーツをする時間があれば勉強したいと思うやつらばかり。

 だが、同じ考えを持った集まりの生徒会の仕事にも興味があるから、

 放課後はともにいるという意味もあるんだ。

 だから知っての通り、社交性はそれなりに高い』


「…はあ、納得です…

 しかし、集まってしまったことで、

 大門先生が大いにうっとうしい…」


『名前で呼んでもらいたいそうだぞ。

 沙耶夏先生ってな。

 八丁畷君が現れるまで、

 バスケ少年少女の三人は大いにマークされていた。

 今はそのマークが外れたが、

 八丁畷君がバスケ部を作ったとたんに、

 二年生のふたりは勧誘されるのは当然のことになる』


「結局は逃げられないわけですか…

 大いに迷惑な話ですね…

 あ、話は変わりますが、

 春菜さんは俺の友人がさらって行きましたよ」


『…おまえ、とんでもないライバルを連れて来てくれたもんだな…

 お前よりも優秀なんじゃないのか?

 うちの教師が驚くことが珍しいのに…』


「驚いてましたね」と浩也は言って少し笑った。


『恋愛については、大学に行ってから考えるさ。

 それに春菜さんは現実的ではない。

 あ、もちろん、魅力はあるし、妹キャラだし、

 女性としても申し分ないけど…

 …ここの施設に住む誰かと結婚することが、

 俺にとって一番現実的…』


冬延は最後の方は小さな声で言った。


大勢の兄弟たちが背後にいるのだろうと浩也は悟った。


「あ、ここの施設に入れない理由は、

 そこの施設って、東京都にあるから…」


『…そうなんだよなぁー…

 まあ、わがままは言えないからな…

 東京に住んでいることが優越感の子もいたのに、

 こういう時だけ千葉がいいと言い出す。

 まあ、いい経験になったはずだよ…』


浩也が神たちとの橋渡しをすることにして電話を切った。


「協力するよ?」と天照大神が浩也を見上げて、大いにかわいらしく言った。


「はい、ありがとうございます」と浩也は笑みを返して礼を言ってから、春之介に顔を向けた。


「自主練の時間の半分ほど、バスケットをメニューに入れてもいいね」と春之介が言うと、「学校から帰って来て勉強もスポーツもできる環境… しかも生徒会の活動は、基本的には週二回」と浩也は言った。


「しっかりと気分転換を楽しんでもらいましょう」


春之介は陽気に言った。


そして、春之介が球技大会の件を話すと、「案としてその下書きのようなものは見たな…」と浩也は少し考え始めた。


「沙耶夏先生に気合が入っていたから、

 教師からの提案だと思う」


「…会長の顔が歪んでいたからな、きっとそうなんだろう…」と浩也は言って苦笑いを浮かべた。


すると神人が大いに苦笑いを浮かべて、機嫌がよさそうな沙耶夏とともに社から出てきた。


「うふふ…」と沙耶夏は上品そうに笑って春之介を見てから、「球技大会の件だけどね」とまさにこれ以上ないほどの高揚感を上げて言った。


「…いい予感がまるでしないんだけど…」と春之介は眉を下げて大いに嘆いた。


沙耶夏はカバンから厚みのある冊子を取り出した。


確実に策略があると思いながら春之介は冊子を開き、そしてすぐさまうなだれた。


まさにここに書いてある通りで、これは認める必要がある。


競技は三種目で、バレーボール、バスケットボール、そしてソフトボールだ。


春咲高校には野球部はあるがソフトボール部はない。


しかし、この二競技は酷似しているとして、野球部員、さらには学校が認識している生徒はソフトボール競技には出場できない。


もちろん理由があり、実力差がありすぎて不公平の上危険という理由が記されている。


まさにプロ選手と素人が同じグランドでプレイすることは、学校としては認められないという常識的見解だ。


遊びではなく学校行事の競技なので、春之介としても認めざるを得なかった。


最後のページまでは全く問題なく賛同できたが、その最終ページにとんでもないコラボ企画が記されていた。


『バスケットポール競技での優勝、準優勝チームは、

 文化祭での特別待遇を許可する』


この二クラスの生徒は、法に触れない限り、どのようなわがままでも言えるというもので、まさに、『セレブ待遇』という記載もある。


社会に出ればこのような理不尽な仕打ちなどはごく普通にある。


この春咲高校でも、一日であればそのような理不尽な規則があってもしかるべき、まさに社会勉強、として力説してあり、理解できないわけでもない。


よって春之介たちのクラスが、文化祭でVIP待遇を受けたければ、春之介がバスケットーボール競技に出場する必要が出てくる。


しかし、それ以上の理不尽な決め事は書かれていない。


バスケットボール部を立ち上げるような記載はないので、春之介としてはほっと胸をなでおろした。


「…あるとすれば、

 煽られて認めざるを得なくなるようなイベント、

 だろうなぁー…」


「ま、確実に競技の全世界中継とかするんだろうけどな」と浩也が言うと、春之介も沙耶夏も大いに苦笑いを浮かべていた。


「問題があるとすれば、バスケットボールだけが特別扱い。

 この理由はなんです?」


浩也が沙耶夏に聞くと、「執行委員長が私だからその権限」と沙耶夏は胸を張って言った。


確かに裏表紙に役員一覧がでかでかと書かれていて、まさにすべての権限を握っていると言っていい、女王様的存在感で、『八丁畷沙耶夏』と気合の入っている筆文字で書かれている。


「生徒会の出番はなく、教師全員と運動委員、無作為の有志を執行委員とする、か…」と浩也は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「まさかだけど、賭けを仕掛けてくることはないでしょうね?

 これも社会勉強だとか難癖をつけて…」


春之介の言葉に、沙耶夏はすぐさまそっぽを向いた。


「それは言えるな。

 それも執行委員長命令だなどと言ってきそうだけど、

 さすがにその事実が発覚した場合、生徒会が口を出すから」


浩也の常識的見解に、「うう…」と沙耶夏はうなって、「…このふたりは手ごわいぃー…」と沙耶夏が嘆くと、浩也と春之介は陽気に笑った。


「最終的には、おばちゃんがめんどくさいから、

 渋々バスケットボール部を立ち上げざるを得なくする、とか…」


春之介の言葉に、浩也は、「あるある!」と大いに笑ったが、さすがに沙耶夏は面白くないようで、腕組みをしてそっぽを向いた。


「文化祭とのコラボは確かに面白い。

 何らかの褒美があれば、生徒たちは大いに乗ってきて、

 必死になってボールを追いかける。

 ですが会長は黙っていないでしょうね。

 文化祭の執行委員は生徒側にありますからね。

 この件は会長が認めるかどうかにかかっていると思います。

 まあ、会長にも弱みがありますから、

 そこをついてくるような気はしますね。

 沙耶夏先生も八丁畷家の一員だ。

 児童保護施設をちょいと動かして千葉県の施設にしてしまう、とか…」


「…うわぁー… それは悪だから成敗しないとなぁー…

 神崎先生はどう思います?」


春之介の言葉に、「…虫けらの刑…」と神人が真顔でつぶやくと、沙耶夏は大いに慌てた。


さすがに汚い大人の手は使えないと、沙耶夏は大いに思い知ることになった。


そして沙耶夏は怯えながら、今日は退散することにして、神人とともに廊下に出て行った。



翌日の学校での授業は滞りなく終了して、春之介たちが談笑しながら帰り支度をしていると、「春之介!」と教室の前の出入り口から浩也が顔を見せた。


するとこのクラスの女子たちが、浩也を見入っている。


制服のネクタイの色から二年生と知って、今度は春之介に懇願の眼を向けた。


「彼女いるから」という春之介の無碍な言葉に、春菜は女子たちを大いに慰め始めた。


春之介は手早く身支度を終えて、カバンをもって廊下に出た。


「会長がな、とんでもないことを言い出した」と浩也は大いに眉を下げて言った。


「はあ、なんとなくわかってしまった…

 俺に、一時的に生徒会に入れ、とか…」


「…正解…」と言ってから、浩也は眉を下げた。


「生徒会はクラス対抗の球技大会に、

 生徒会として出場すると言い出したんだ。

 もちろん競技はバスケ」


「優勝、もしくは準優勝して、

 褒美を受けるのはひとクラスにする…

 いや…

 2チーム選抜して、優勝準優勝を独占する…

 だけど、組み合わせではそうならない可能性も…」


「第一シードと、第二シードとして、決勝までにぶつからないようにするわけだ。

 生徒会チームに勝たない限り、決勝までは上がれない」


「…はあ、なるほど…

 褒美をやらないとは言っていない。

 欲しければ奪い取れ。

 文化祭の執行委員としての権限で、

 こうすることは普通でしょうね。

 そしてジョーカー的俺と兄ちゃんをクラスから分離させることで、

 それぞれのクラスが優勝できるとは限らなくなる。

 もちろん、お仲間の生徒会員の三人も…」


「そうなるね…

 あ、一太君!」


少し離れて話を聞いていた一太も仲間に加えた。


「ほかにバスケに精通してる人、知らない?」


「一組にはいません。

 確認はしていませんが、

 超人的なバスケット選手は、一年生にはいないと思います。

 しいて言えば、陸上世界記録保持者の4名は抱えた方がいいと思います」


「ああ、そうしよう。

 世界的アスリートだから、

 ほんの少し練習するだけで超人選手になりそうだ。

 それに君も仲間になって欲しい」


「はい、喜んで」と一太は言って素早く頭を下げた。


「なんだか楽しそうに思えてきたけど、

 おばちゃんに操られてるようでなんかイヤだなぁー…」


春之介が嘆くように言って眉を下げた。


「今は気のせいと思っておこう。

 一太君はどう思う?」


「旦那様の気持ちひとつだと思います」と一太が言うと、「…自爆してるわけだ…」と春之介は眉を下げて答えると、浩也は陽気に笑った。


顔会わせは夕食後の自主練時間にすることにして、ここで浩也と別れた。



そして、自主訓練の時間となり、春之介はネクストキオスタジアムの体育館で生徒会のメンバーとあいさつを交わした。


特に生徒会の三人は、―― バスケをさせろ、いますぐに! ―― という目で、春之介か冬延を見ている。


そしてただ唯一、バレーボール大好き少女の横山美千代は、この先の展開に興味があるのか、余裕の笑みを浮かべている。


美千代は日曜日だけだが、近所のママさんバレーに混ぜてもらって練習をしているので、三人のようにストレスがたまるほどの我慢はしていない。


しかし会長命令なので、バスケットの練習をするために、なんとなくここにいるだけだった。


しかし、有名人の優夏が目の前にいることで、かなり陽気な気分になっている。


「面倒ごとに巻き込まれてしまったので、

 一から説明するから」


春之介は優夏たちに向けて言ってから、要領よく事情説明をした。


もちろん、生徒会からの刺客と言っていい2チームが球技大会に参加することまで告げた。


「本来なら、あまり不平等なことは避けて通るべきで、

 特例の褒美の項目は削除してもらおうと思っていたんだ。

 しかし、褒美をぶら下げることで、

 本気になって取り組む生徒もいるはずだと期待してこの方法を取ることにした。

 次の行事に繋がる褒美は、確かに有効だし、

 学校を卒業してから社会に出た場合、

 こんな転機やチャンスもあるはずだからね。

 そういった精神を養うために、

 沙耶夏先生の手に乗ろうと考えたわけだ。

 もちろんこれは内緒ごとではなく、

 生徒全員にきちんと伝える。

 エキサイトしすぎるヤツも出るはずだから、

 先に釘を刺しておく必要はある。

 だからこそ、我が校のスーパーマンたちを、

 助っ人として生徒会のチームに入れる。

 基礎体力は世界レベルだから、

 どんなスポーツにでも順応性は高いはずだからね」


「…おー… そういうことだったのかぁー…」と優夏は何度も春之介に聞いていたのだが、納得できていなかった。


優夏は頭ごなしに、野球以外のスポーツにはまるで興味がないからだ。


しかし走ることはどんなスポーツでも基本なので、その延長線として本気で陸上競技に力を入れただけだ。


今の話を聞いて、優夏はとりあえず本気で取り組んでみようと考えを固めた。


「バスケはやらねえって、ずっと拒否してたんですよ…」と春之介は眉を下げて言った。


「おまえの説明が悪いんだ!」と優夏は叫んで、腕組みをしてそっぽを向いた。


「…はいはい、わかったよ…」と春之介はここは折れた。


「…離婚しちゃえ、離婚しちゃえ…」と春菜が小さな声でつぶやいていた。



早速5名ずつのチームに分かれて練習を開始した。


キャプテンは春之介と浩也で、基本的なドリブル、パス、シュートの練習を簡単にやってから、早速試合をすることにした。


まずは細かいルールは無視するが、選手の体には触れてはならないという基本的なことだけを守るようにと冬延が説明した。


審判は冬延が請け負って、コートの中央にボールをもって立った。


春之介と、この中で一番背の高い生徒会の近藤美智雄が、向き合って立った。


冬延は高くトスを上げ、春之介と美智雄が同時に飛んだ。


春之介は本気でジャンプして、美智雄との身長差をもろともせず、ボールを左手ではじいて、一太にパスした。


そしてすぐさまゴール下めがけて走り込み、すぐ様ジャンプした。


もうすでに一太はリングに向けてボールを投げていて、タイミングよくワンハンドダンクの形となり、まずは春之介のチームが先取した。


「ありえねえっ!!」と生徒会の高田大和が大いに叫んで、ボールを取ってコートの外に出て、浩也にパスした。


浩也はすぐさま確認していた道筋にドリブルをして走り込み、バックハンドで美千代にパスした。


ここから浩也のチームは留まることなくボール回しをして、じりじりとゴールに近づいていく。


優夏はこのパス回しを全体的に見ていて、そして大回りをして浩也の背後に迫った。


そして浩也にバスが通る瞬間にインタセプトして、すぐさま一太にパスした。


ここから反撃の速攻が決まり、春之介に渡ったボールを一太にパスして、さらに得点を重ねた。


「…こういうことか…」と優夏はうなって大いに理解できていた。


全ての攻撃を味方の攻撃に転じさせることは、それほど楽な仕事ではない。


浩也の生徒会チームは全員動きがかなり機敏だ。


その相手から、インターセプトすること自体が難しい。


浩也たちが大いに苦笑いを浮かべていたことからでも確認はできていた。


浩也としてはある程度は自信があったのだが、さすがに世界的アスリートにはかなわないと痛感していた。


浩也たちは大いに粘ったのだが、10分間でワンゴールも決められず、大いに悔しがっていた。


「春之介! なんか楽しいぞ!」と優夏は大いに叫んだ。


「ああ! ナイスプレイだ!」と春之介と優夏はハイタッチをして、お互いの健闘を称えあった。


「…メンバーチェンジする?」と冬延が言うと、「苦渋を飲むのも訓練にしますよ」という浩也の言葉に、チームメイトたちは少しうなだれたが、異様に楽しいと思っていたので、異存はなかった。


「…あの判断力は反則級だが、

 まさに息があった5人だ。

 その動きを盗もうか…」


浩也は言って、マンツーマンで決めた選手に張り付く作戦に出た。


しかしいざ試合が始まると、ダッシュ力の違いが大いに出て、ついて行けるのは浩也だけになっていた。


10分が経過して、成果はわずかにワンゴール。


誰もが大いに疲れ果てて、コートに寝そべった。


しかし、その顔には納得の笑みを浮かべていた。



「ついに! 完成形を見たわ! 撮ったわっ!」と、カメラを覗き込んでいる沙耶夏が大いに喜んで叫ぶと、春之介たちは大いに苦笑いを浮かべていた。


「だからなんなの?」と春之介が無碍な言葉をかけると、「…うー…」と沙耶夏はうなり声を上げた。


ここで余計なことを言ってしまうと、体が虫になってしまうような危機感を感じていたのだ。


「子供たちの希望が多いのは、野球の次はサッカーだよ?」


春之介がさらに畳みかけると、「…はいぃー… 聞きましたぁー…」と沙耶夏は大いに落ち込んでうなだれた。


「それにバスケットボールの順位聞いた?

 日本ではやはりバスケットよりもバレーボールの方が人気があるんだ。

 まあ、僅差だったけどね。

 もし子供たちの願いを叶えるのなら、

 この順位に沿って企画を練ろうと思うけど、

 俺一人でできることじゃないからね。

 まあ、第4位にテニスが入っているから、

 これは個人競技だからできなくなないけどね。

 第三位がドッジボールだったことがかなり驚いたけど、

 年齢層から言って、入っていて間違いないって感じたよ。

 まさにボールを投げあう格闘技には違いないからね」


「…それは盲点だったぁー…」と優夏は言って、春之介をにらみつけた。


「…戦うって?」と春之介が眉を下げていうと、「…今になって、やりたくなってきちゃったぁー…」と優夏はかなり恥ずかしそうに言って、その身をねじった。


「それほど広い場所を使わずに大いに盛り上がる競技だからね。

 大人が夢中になってやっても何も問題はない。

 だけど油断すると、簡単に突き指するから要注意だ」


「…バスケもそうだが、気を抜けねえ…」と優夏は言って気合を入れた。


「こういったことも、俺たちの精神鍛錬だけど、

 わざわざ危険な道を歩む必要はないんだ。

 できれば、予定されている試合はきちんとこなしたいし、

 サプライズで試合もしたい。

 だからそろそろ諦めて欲しいんだ」


春之介の言葉に、沙耶夏はうなだれたまま体育館を出て行った。


「…俊春兄ちゃんに言いつけると思う…」


春之介の言葉に、誰もが眉を下げていた。


「…いろんなことから鑑みて、逆に叱られると思う…」と春菜は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「…問題は俺の弱点だなぁー…」と春之介が言って、微妙な笑みを浮かべている真由夏を見た。


「沙耶夏お姉ちゃんよりも、真由夏ちゃんの方が大人だから問題ないわよ」


春菜の無碍な言葉に、春之介は大いに笑った。



球技大会開催の是非は、最終的には校長の判断で開催することに決まった。


それと同時に、生徒会から特別待遇の件の発表があり、特に文科系に力を入れている生徒たちに大いに気合が入った。


一年一組も同じだが、スーパーマンの春之介、春菜、一太、麒琉刀が生徒会につくことがわかっているので、大いに意気消沈している。


もちろん、二組の優夏と真奈、四組の尚もこのスーパーマンチームの一員なので、平等ではある。


「基礎体力はつけておくべきだね」


春之介の言葉に、クラスメイト達は大いに眉を下げていた。


「…不平等な世界をもうここで体験できるわけだ…」と麒琉刀は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「そういうことになるね。

 新入社員として意気揚々と仕事についたのはいいけど、

 いきなり高い山が現れる典型だよ。

 それを経験として積んでおくこともいいと、

 生徒会長が判断したけど、

 そう簡単には特権を与えるつもりはない。

 結局は文化祭は生徒会が全権を握るように仕組まれていると言っていいね。

 だけどそれは正々堂々と戦って奪い取ることになるから、

 苦情は受け付けない。

 あとは組み合わせによっては、幸運不運もあるはずだから。

 勉強は個人競技のようなものだから、

 それぞれが頑張れば結果は出せる。

 しかし、チームワークが必要な競技は、

 どれほど濃密な時間を過ごせるかにかかっている。

 本気で特権を取りに来るクラスは、

 それなり以上にチームワーク重視で本戦に臨むと思うよ。

 頭脳もそうだけど、キレてる人、賢い人も多いからね」


「…そうなるよなぁー…

 できれば、このクラスの力になりたかったんだけど…」


麒琉刀は大いに眉を下げて言った。


「だけどさ、文化祭でのクラスの出し物って決まってるの?

 そろそろ草稿だけでも練っておいた方がいいと思うけど…」


春之介の言葉に、まずはそのコンセプトがないと思い、クラスメイト全員が春之介を見てきたので、大いに苦笑いを返した。


「ここに、取り戻した俺の夏休みの課題がある」


春之介は言って、クラス委員長の山本愛実に厚みのある論文を手渡した。


ここは大いに盛り上がって、春之介の論文を読んで、大いに目を見開いていた。


「それを効果的に使って、クラスの出し物にしてもいい。

 小さな子供でも理解できるように、要約して販売物にしてもいい。

 遮光器土偶をデフォルメして物販する、など…

 ここで公表するけど、

 国立大学で講義をしろと言われていた幻の論文だから。

 特に大学生や大人たちが大挙してやってくると思うけどね」


「やる気になったぁ―――っ!!!」とクラスメイト達は大いに盛り上がって、春之介に大いに礼を言った。


「…特別待遇だよぉー…」と麒琉刀は眉を下げて言ったが、球技大会の件については、後ろめたさを持つことはなくなった。


「ある意味、文化祭自体をさらに盛り上げる道具にもなるさ。

 宣伝次第で、大勢の来客を望めるからね。

 このクラスだけの特権というわけでもないと思う」


春之介の正論に、「客寄せに使ってもらう… それは大いに言えるね」と麒琉刀はすぐさま認めた。


「…だけど校長たちがよく引き下がったわね…」と春菜が言うと、「聞いてないけどコピーを取っていると思う」と春之介はすぐさま言った。


「出てきた時点で訴える。

 俊春兄ちゃんが味方にならないことも考えて、

 ここは健太郎爺ちゃん側の弁護士さんに話しだけでもしておくかな」


「…お兄ちゃん、大丈夫かしら…」と春菜は大いに心配していた。


「ここは両家の大人も利用しようか…」と春之介は言って、詳しい内容のメールを八丁畷側と浅草家側にメールした。


もちろん、両方の家に送信していることも記載してある。


具体的には、双方の家長である、八丁畷春太郎と、浅草春緒の両名に送ったのだ。


伝達力はほぼ同じだろうと春之介は何げなく思っていた。



授業を終えて春之介たちがネクストキオスタジアムの食堂に姿を現してすぐに、待っていたかのように健太郎が姿を見せた。


その顔は妙にこわばっている。


「弁護士を依頼した件?」と春之介が聞くと、「…ほんとに察しのいいヤツ…」と健太郎は苦笑いを浮かべて言った。


「いつもこない時間に来たってことは、

 婆ちゃんにメールした内容の件だとすぐにわかるさ。

 激怒してこなかっただけでも、助かったってところだね」


「…うー…」と健太郎はうなって、二の句を告げられなかった。


「文句のひとつも言いたいところだけど、

 ここは孫の顔を見に来ることにした、

 ってところだよね?」


春之介の言葉に、健太郎の後ろに控えている権藤がくすくすと笑った。


「浅草家は婆ちゃんの家だ。

 爺ちゃんは独立して多摩川に戻るの?」


春之介の言葉に、「…考えたことはあった…」と健太郎は言ってうなだれた。


「恩を仇で返すことになるから、

 さすがにそれはできない。

 婆ちゃんの財力がなければ、

 爺ちゃんは普通のヤクザにしかなれなかったんだから。

 ここは怒る場面じゃないって思うけど?」


「…はあ… 本当に、まだまだだなぁー… ワシは…」と健太郎は肩を落として食堂を出て行った。


権藤は友好的な笑みを浮かべて春之介に頭を下げてすぐに健太郎を追った。


「…お母さん、怒ってやってこないかしら…」と今度は春菜が大いに心配して言うと、春之介の眉が大いに下がっていた。


「娘と孫の顔を見に来たなどと理由をつけてくるだろうね。

 夏休み中に一度だけ本家に行ったきりだから」


「…来るわね…」と春菜は断定していた。



春之介たちがグランドに出て練習をしていると、やはり秋菜がやってきていて、健太郎とともにスタンドにいた。


秋菜は今日のお付きにニ子を連れていた。


まだ祝日中で、学校はまだ休みなのでこれは当然だった。


さすがに練習中に声掛けはできないので、秋菜としてはここは我慢していた。


練習を終えて風呂から上がって勉強部屋に行くと、健太郎を伴った秋菜がやってきたが、ここでも声をかけることは憚られた。


よって声をかけてきたのは、食堂に移動した夕食前だ。


「…頼み事をしてくれてありがと…」というそっけない秋菜の言葉に、春之介は大いに笑った。


春菜は大いに困惑して眉を下げている。


「家のナンバーワンがむくれる方が面倒なんだよ」


春之介の言葉に、秋菜も健太郎も大いに眉を下げていた。


「特に春太郎爺ちゃんは国を動かせる力を持っているんだ。

 それをすっ飛ばして、婆ちゃんに話しはできないだろ…」


「…孫に気を使わせて悪うございました…」という秋菜の言葉に、「お母さん、やめて…」と春菜が懇願の眼を向けると、さすがに秋菜はここは反省して大いにうなだれた。


「…おー… さすがだぁー…」と特に大人たちは春菜を見てうなっていた。


「第三者機関を造った方がいいんじゃないの?」


優夏の進言に、春之介は大いにうなづいた。


「…優夏ちゃんを怒らせちゃったぁー…」と秋菜が嘆くと、「怒ってませんから」と優夏は穏やかに言った。


「ですが、ことあるごとに春之介に甘えるのもどうかと思っただけです。

 それに、そう簡単に第三者機関は作れないのでしょうけど…」


優夏は言って一太を見た。


「まずは弁護士から抱えましょう。

 もちろん、行動力がある、

 世界的にも通用する優秀な弁護士に知り合いがいますので」


「…一太君、すごいぃー…」と優夏は大いに感動して言った。


「やはり、アメリカにスタジアムを抱えた件で必要になると思っていましたので。

 合衆国とカリフォルニア州との橋渡しも必要ですから。

 今はマイク・ロドリコさんがその代わりをしてくださっているだけですので」


「…まだ早いって思ってたけど、

 その人に会うから」


春之介の言葉に、一太はすぐさま頭を下げて電話をかけ始めた。


「…ふーん、フランス人かその属国の人…

 まさに中立な立場…」


春之介は大いに感動してうなづいている。


「…うふふ…」と天照大神は意味ありげに笑って、一太を見上げていた。


春之介と優夏は顔を見合わせて大いに眉を下げていた。


「…なぁーんか、気に入らないなぁー…」と春菜が言うと、「まあね、事実は確認してないけど、隠し事をしてるからね」と春之介は堂々と言った。


「堂々と、隠し事があることを吐露するなぁー!」と春菜は大いに激怒した。


「夫婦間の秘め事に首を突っ込む方が悪い」


春之介の言葉に、春菜は意気消沈して大いにうなだれた。


「ここは察して無視することが正解だ」と健太郎は自分に言い聞かせるように言った。


しかし、「むっ!」と春菜がうなって健太郎を見ると、「…怒らないでくれない?」と健太郎は大いに怯えながら言った。


「…普通の高校生に戻ろうかなぁー…」と春菜は大いにうなだれて言った。


「いや、確実に何かやらかすから、ここにいて欲しい」


春之介の言葉に、春菜は一瞬にらんだが、「…それをやらない保証も自信もないわ…」と春菜はすぐさま言ってうなだれた。


「シュタインリッヒ、行け」と春之介が言うと、ミックスの子犬がすぐさま春菜に飛びついた。


「…ああ、あなただけが私の味方だわぁー…」と春菜は言って、上機嫌で子犬を抱き上げた。


「…扱いがうまいぃー…」と健太郎は小声でうなった。


「八郎君とはどうなのよぉー…」と秋菜が眉を下げて春菜に聞くと、「知り合いだから詰まんない」とまさにお嬢様然として言った。


「…まあ、新鮮味はないな…

 やはり春菜の相手は、近くの人じゃない方がいいのかなぁー…

 たぶん、かなり苦労して探さないといないような気もする…

 特に次期女帝としては、一国の王子とのロマンス、とか…」


「あら、素敵」と優夏は機嫌よく言って春菜を見た。


「逞しさはないわね」と春菜はすぐさま切り捨てた。


「みんながみんなそんな楽な道を歩んでないさ。

 さらに言えば、地球外生物も考慮しておいてもいいね」


春之介の言葉に、春菜は大いににらみつけたが、一理あるとも思ったようで、うなづいていたことに、誰もが眉を下げていた。



一太が笑みを浮かべて電話を切ると、「出会ったって、エジプトの紹介?」と春之介が聞くと、「はい、そうです」と一太がすぐさま答えた。


「となると、日本のこともよく知っているようだね…」


春之介は笑みを浮かべて言って何度もうなづいている。


「日本に興味を持ったのは」と一太はここまで言って健太郎を見た。


「…ふーん… 爺ちゃんの自伝の映画で興味を持った…」


「はい、そう聞いています。

 ファーストコンタクトではたいそう怪訝に思われましたが、

 浅草… 多摩川健太郎の話で大いに盛り上がって、

 事情を話すとさらに興味を持ってくださいました」


「その弁護士さんは本物の伝説に会えるわけだ…」と春之介が言って健太郎を見ると、大いにバツが悪そうな顔をしていた。


そして春之介はすぐさま怪訝そうな顔をして、「…多摩川健太郎の相手役の花咲麗美って、一体どんな関係? 確実に春緒婆ちゃんじゃないよね?」と健太郎に聞くと、「…いろいろとあったぁー…」と健太郎は大いにバツが悪そうな顔をしてやんわりとそっぽを向いた。


「…花咲…

 珍しい苗字だけど、聞き覚えがあるな…」


春之介が大いに考えていると、「…文部科学省長官…」と健太郎は早々に自ら暴露した。


「…そうだぁー… 父さんの上司だぁー…」と春之介は感慨深げに言った。


「…多分、春拓君は気付いている…

 俺たちの関係もな…」


健太郎の告白に、特に女子たちは大いに健太郎に注目して顔を高揚させていた。


「…ふーん… まあ、悲劇なんだろうけどね…」と春之介は言って春菜に笑みを向けていた。


「…仲間だったぁー…」と春菜はすぐさま察して、健太郎を見て眉を下げた。


「…映画では麗美と抱き合って終わった…

 だが、そのあとで地獄に落とされた…

 麗美は、ワシの姉だった…」


健太郎のさらなる告白に、「どの爺ちゃんを怒ればいいの?」と春之介は真剣な顔をして言った。


「…だましてなどいない…

 俺と麗美が付き合っていることを知らなかっただけだ…

 親父は若い時に一般の女性と結婚していて、

 浮気が原因で離婚した。

 そのあとに再婚して俺が生まれた。

 麗美は若く見えるが、そろそろ勇退するはずだ」


健太郎は大いに照れくさそうに言って頭をかいた。


「…それもドラマになるぅー…」と春菜が感慨深く言うと、優夏はもうすでに号泣していた。


「だからこそ、春緒の態度も冷たいところがあるんだよ」と健太郎は眉を下げて言った。


「…はあ… 実感してるからよくわかるわぁー…」と秋菜が言うと、春之介も春菜も大いに眉を下げていた。


「…ブルジョワだからこその苦悩…

 いや、映画の当時はそれほどブルジョワではない、か…」


浩也は笑みを浮かべて言った。


「兄ちゃんも映画観たの?」と春之介が聞くと、「ああ、浅草健太郎社長を遠くで身近に感じてすぐにな」と浩也は答えた。


「…ああ、このスタジアムができる前に…」と春之介は言って笑みを浮かべた。


「本名で演じていたことを初めて知ったけどな!」と浩也は陽気い叫んで大いに笑った。


「しかも、その主演女優がここにいるし…」と浩也は言って、ニ子と並んで座っている真奈美を見て言った。


「今日は社長の秘書ですから」と真奈美は気障っぽく言って伊達眼鏡を指で軽く上げた。


「…あなたがついてくるって言ってきかなかっただけじゃない…」と秋菜が眉を下げていうと、「暴露しないでくださいませ」と真奈美は言って少しだけ頭を下げた。


「まあ、映画の主人公たちは結婚するんだし、

 報われたと思っておけばいいじゃないの?」


春之介の締めの言葉に、「…そうだったぁー…」と誰もがつぶやいて笑みを浮かべてから、特に女子たちは真奈美に向けて拍手をして祝福した。



宇宙は広い。


特にこの地球は未確認飛行物体に何度も攻め込まれようとしていた。


しかし神たちが敏感なので、簡単に放り出されていて、尻尾を巻いて逃げ出していたのだが、ここにきてかなり久しぶりに、宇宙からこの地球をうかがっている宇宙船があった。


「平和そうだし、立ち寄らなくていいと思う。

 それに、まとまって神がいるから、確実に悟られる」


万有源一の言葉に、船長のキースは、「おお、怖ええ怖ええ…」とつぶやいた。


「お近づきになっておけば、何かと使えるんじゃないの?」と源一の妻の花蓮が言うと、「中心人物が微妙なんだ…」と源一が眉を下げて言った。


「悪さはしないし、良心を感じるわよ。

 …それに、まだ気づいていないからアドバイスしておくべきなんじゃないの?」


「本人がそれを自分自身の力で知りたいと感じているはずだよ。

 まあ、そうなったとしても、

 この星には宇宙船はないから何も起こらないし。

 だけど、偵察員を何人か置いて行こうかな…

 ここからじゃ、離れすぎていて正確な実状は見えない」


源一としては全くいい予感がしなかったので、どれほどの能力をもってしても悟られないほど地球から離れて様子をうかがっていた。


源一は振り返って大勢の仲間たちを見たが、「さすがに取り残されるのは嫌だよね?」と言うと、「ペアだったらいいんじゃねえの?」と木島琢磨が言って、妻のローレル・ミストガンを見た。


「ボクも立候補します!」と右手を上げて春野夏介が陽気に言った。


「…夏介、あんた、取り込まれるかもしれないのよ…」と花蓮は言って眉を下げた。


「異星人の彼女もいいかなぁーって…」と夏介が言うと、夏介がお目当ての屈強な女性たちはあんぐりと口を開けていた。


「人間のタイプとしては猿の進化。

 その割には平和だな…

 まあ、神たちが集まっていることで、少々荒事でもあったか…

 見た目は俺たちと同じで、目はふたつ鼻はひとつ口もひとつ…」


源一はデータを見上げて言った。


「…迎えはいつ来るのよぉー…」とローレルは大いに苦情があるように言うと、「今まで通り一週間」と春之介は言った。


「偵察艇に偽装を施す必要もありますぜ」とキースが言うと、「それは俺がやるよ」と琢磨が胸を張って言った。


「一瞬怪訝に思われるけど、確認すると鳥になるから。

 それに、この位置だとまず悟られない」


琢磨は宙に浮かんでいる地球の映像の南極に指を差すと、源一は大いにうなづいた。


「うん、そこはテリトリーに入ってないね。

 だけど、この星の半分以上はテリトリー内だから、

 ごまかすのも大変になるよ」


「その時は消えるからいい。

 おっと、油断だなこれは…」


「相手は神だ。

 能力次第では簡単に捕まるぞ」


「俺はまだ人間だが、人間の皮を着るよ…」と琢磨は苦笑いを受けベて言った。


「そうだな。

 そう簡単には見破られないはずだ。

 修行として、夏介も連れて行って欲しい」


源一の言葉に、「ありがとうございます!」と夏介は陽気に礼を言った。



「…ん?」と天照大神は言って、南側を見た。


今は就寝前で春之介たちは神たちのおままごと遊びの相手をしている。


春之介がすぐに気づいて、「何かあったの?」と聞くと、「…何かが飛んできたようなぁー…」と天照大神はつぶやいてその姿が消えた。


しかしすぐに現れて、「…小さな隕石かなぁー…」と言って不思議そうに小首をかしげていた。


「偵察かもな…

 ここで南極の神とコンタクトを取ることになるとは思わなかった」


春之介は言って、大きくなったその能力を南極に向けて放つと、「…優夏が喜ぶなぁー…」と言って笑みを浮かべて、「軽装備者三名!」と春之介が叫ぶと、その三人はペンギン三頭に囲まれて、目を見開いて春之介の目の前にいた。


「やあ、いらっしゃい」と春之介が大いに苦笑いを浮かべると、「…もう捕まっちまったぁー…」と琢磨は大いに嘆いた。


春之介の仲間たちはいきなりのことで大いに驚いていたが、「宇宙人… 地球外生物だ」と春之介が言うと、誰もが大いに目を見開いた。


「…春之介、すごいぃー…」と天照大神は言って、笑みを浮かべて見上げた。


「細心の注意を払って慎重に探ったからね。

 それに、全く危険はないけど、

 何を着てるの?」


春之介の言葉に、「人間の皮」と琢磨はすぐさま答えると、春之介は笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「嘘は言っていない。

 人間だが、人間の皮を着こむという偽装をしているんだ。

 こうしておけば、本来の能力を見抜けないから」


「…確実に源が気に入るわね…」とローレルは言って苦笑いを浮かべた。


「…ゲン? それって王様?」と春之介が聞いて春菜を見た。


「結婚してるわ…

 私の兄で宇宙の覇者よ…」


ローレルの投げやりな言葉に、「…嘘がないことがさらに嘘っぽく聞こえるよね…」と春之介は言って大いに眉を下げていた。


「どんだけ疑り深いのよぉー…

 私はそれほど平和じゃないけど、

 源は平和の象徴のようなものだわ」


「いや、その少年がそのゲンって人じゃないの?」と春之介は言って夏介を見た。


「源の弟子よ」とローレルは投げやりに言った。


「はい! 志願して逃げてきました!」と夏介が叫ぶと、誰もが怪訝そうな顔をしてローレルと琢磨をにらみつけた。


「言葉足らずも程々だ…

 多分、君の師匠に注意されてたって思うけど?」


春之介の言葉に、夏介は大いに目を見開いて、「…正確には、武闘派の女性から逃げたくてここに来ることを志願しましたぁー…」と答えると、春之介は大いに笑った。


「なるほどね、どこの世界も女性は怖い」と春之介は言って優夏を見た。


「…私は怖くないわよ?」と優夏が天照大神のマネをしてかわいらしく言うと、「…なんか、我慢してます…」と夏介が言うと、「そう! 大正解!」と春之介は叫んで大声で笑った。


「…私たちが源に騙されてる…」とローレルがつぶやくと、「…行動は似てるな…」と琢磨は苦笑いを浮かべて言った。


「春之介様は源一先生に似ているだけです。

 まず魂が違いますし、偽装も施していませんから」


夏介の言葉に、「能力者でもあるわけだ」と春之介は言った。


「はい! 先生からいろいろと教わっています!」と夏介は胸を張って言った。


「じゃ、連絡とれるかな?」


「母船を呼び寄せてもいいですか?」と夏介は陽気に言った。


春之介は天照大神たちと簡単に話し合って、夏介の言葉通りにして、スタジアムの天井を開いた。


そして大人数でスタンドに出ると、フィールドの中央に、直径30メートルほどの空飛ぶ円盤らしき船が停船していた。


誰もが目を見開いたが、春之介は身軽にフィールドに降りると、神たちは慌てて春之介を追いかけた。


するとハッチが開いて、春之介よりも高身長の、源一と花蓮が下りてきた。


その後ろには屈強な戦士らしき者が大勢いるが、まるで武器を持ってるように見えないことを春之介は怪訝に思った。


これは夏介たちにも言えることだった。


さらにはもうひとつの大きな問題にも気づいていて、―― 都合はいい ―― と春之介は感じているだけだった。


すぐさま優夏も走って来て、「くっそぉー…」と大いに悔しがって花蓮を見入った。


「源君、勝ったわ!」と花蓮が陽気に言うと、「刺激するなよ…」と源一は大いに眉を下げて言った。


優夏以外は気さくにあいさつを交わして、源一が事の一部始終を話した。


そして源一が宙に映像を浮かべて、「短期間で相当なことをやったようだ…」と大いに感心して言った。


「潮来様、どうです?」


『想像を絶した存在感…』と潮来は大いに嘆いて答えた。


「おや? 念話まで使えるんだね。

 そして能力は高い。

 俺の正体も見破られそうだ」


源一は大いに苦笑いを浮かべて言った。


「具体的に…

 比喩でもいいです」


『…宇宙、そのもの…』と潮来はつぶやいた。


「あなたは宇宙そのものだそうです」という春之介の言葉に、「うん、ほとんど正解だよ」と源一は陽気に答えた。


「そう簡単にその答えは出ないわ…

 だからここには興味はないわ、帰りましょう」


花蓮の言葉に、「そうだね、帰っていい?」と源一が言うと、春之介は、「こちらは色々と興味がありますけど、気が向いたらまた来てやってください」と春之介は笑みを浮かべて言って頭を下げた。


「弟子が粗相をしたね。

 それに一瞬で指摘するとはね…

 大いに安心したよ」


源一は言って、春之介に頭を下げてからスタンドを見上げて、「夏介! 帰るぞ!」と叫ぶと、「捕まってまぁーす!」と夏介が陽気に叫んだ。


春菜が必死の形相で、逃がすものかと夏介の腕を両手でしっかりと握りしめていたからだ。


「こら、春菜!

 邪魔をするんじゃない!」


春之介が半分笑いながら陽気に叫ぶと、「あっ」と春菜はすぐさま自分の行動に気づいて、申し訳なさそうな顔をして夏介の手を放した。


「春菜さんは夏介を気に入ったようだね。

 それは兄の君を夏介が超えているから」


「そうだろうと、今悟りました」と春之介は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「夏介はどうしたいんだ?!」


「この地球の配属にしてくださぁーい!!」


「置いて行っていい?」と源一が聞くと、「はい、もちろんです」と春之介は笑みを浮かべて答えた。


「また来るよ。

 夏介も君たちの仕事の手伝いができるから、

 うまく使ってやって欲しい」


源一は琢磨とローレルに、「お疲れさん」と大いに苦笑いを浮かべて言ってから、春之介に頭を下げてから、宇宙船に乗り込んですぐさま消えた。。


「夏介君…」と春菜は恋する乙女の顔をして、夏介を少し見上げて言った。


「すっごいお嬢様なんだよね?

 ボクって、先生に拾われたから、

 お金持ちじゃないよ?」


夏介の言葉に、「…宇宙そのものの先生に指導を受けている人ってそれほどいないはずだわ…」という春菜の言葉に、「…はは、それはそうだね…」と夏介は言って頭をかいた。


「私、14才なの。あなたも同じほどよね?」


「そうだよ、ハイスクールクラスの一年生で15才だよ」


すると優夏がついさっきの春菜のマネをして、春之介の腕をつかんで足を開いて腰を落とし、大いにおどけてからかっている。


「余計なことすんなっ!」と春菜は恥ずかしそうにホホを赤らめて大いに叫んだ。


「春菜さんみたいな普通だけど、ちょっと違う人が理想だったんだ」と夏介が言うと、「…よかったぁー…」と言って笑みを浮かべた。


「普通じゃないのは、春之介様のおかげでもあるようだし、

 ここにはそれなり以上の神も多いから、

 あっちよりもかなり厳しそうだ」


「この地球では、私たちは超人扱いよ」


「今のままの春菜さんがいいなぁー…」と夏介が言うと、「そうするわ!」と春菜は堂々と答えて大いに照れていた。


「聞きたいことは色々とあるけど、

 明日の早朝はアルバイトがあるからもう寝なきゃいけないんだよ。

 だけど、春菜に任せるから、

 話しがあればしてやって欲しい」


春之介の言葉に、「いえ、今日はボクもご一緒して就寝します」と夏介は笑みを浮かべて言った。


春菜は残念そうだったが、ここは無理は言わないことにして、春之介の言葉に従った。



翌朝、新聞配達を終えてから食事の席で、春之介は夏介に様々な質問を浴びせかけた。


一番興味があったのは万有源一の件で、宇宙を旅している理由だ。


「…なるほどなぁー…

 ここにいる神のように優秀な者がいない星は、

 まさに戦いの渦なんだなぁー…

 ここだって神たちがいなければ、

 きっと源一様たちの制裁を受けていたと思うよ」


「この地球の状態の方が本当に珍しいんです。

 神がいても、これほど大勢はいないし、

 能力はほとんど忘れ去っていて使えないんです」


夏介の言葉に、春之介は大いにうなづいた。


「これから学校なんだけど、君も授業を受けてみる?

 君たちの持っている翻訳機は本当に素晴らしいと感心したよ」


すると誰もが大いに目を見開いていた。


「…その件は大いに盲点なんですよね…

 気付く人はほとんどいませんし、

 ボクも先生に誘われた時、

 かなり後になって気づいたので…」


夏介は照れくさそうに頭をかいて言った。


「普通に話ができたことを幸運に思ったよ。

 本来ならまだ源一様たちとコミュニケーションを取っていたはずだからね。

 言葉の壁は大問題だから。

 そうそう!

 きっとさ、普通じゃないことができるって思うんだけど、

 それをここでやって問題のないことってない?」


「あ、はい」と夏介は言って、ふわりと宙に浮いた。


そして広い食堂を一周して戻ってきた。


「今のって術かい?」と春之介が天照大神に聞くと、「…術は発してないから能力ぅー…」と目を見開いて言った。


「春菜に空のデートでも誘ってやって欲しい。

 できれば騒ぎにならないように」


「披露、されてないんですか?」と夏介が春之介に聞くと、「…さすがに人間じゃなくなるからね!」と陽気に答えた。


「…春之介も宇宙人…」と優夏が大いに眉を下げて言うと、「違うから」と、春之介はごく自然に言った。


「多くの魂に接していたら、魂のことに詳しくなってね。

 俺自身の魂がどういう存在なのかよくわかった。

 そして物理的に動かせると感じてそれをやった時、

 天井に激突したことがあるんだ。

 まさに幽体離脱だけど、

 肉体もついてきたから離脱はしないで、

 体ごと宙に浮いていたということは理解できた。

 だから肉体と魂はワンセットで、

 しかも肉体は魂の動きに抗えない」


「…ボク… そんな仕組みになっているとは知りせんでした…

 体を鍛えていたら、自分の意思で宙に浮いて空を飛べただけだったんです…

 春之介様は本当にすごい神様です」


夏介が言って春之介に頭を下げると、「そういうのが嫌だからね」と春之介が眉を下げて言うと、「…先生にも何度も言われました…」と言ってまた頭を下げてから、大いにバツが悪そうな顔をした。


「先生は神様なのに、神扱いするなって…

 実は先生は生を受けた人間で、まだ16才です」


春之介は大いに納得してうなづいた。


「琢磨って言われていた人も同じだよね?」


「はい、先生のご友人です。

 奥さんのローレル様は、春菜さんと同じで14才です」


「…はは、今の話が一番驚いた!」と春之介は言って大いに笑った。


まさに度胸が据わっている春菜と同じだが、その春菜よりもさらに輪をかけて大人だと感じたからだ。


「花蓮様だけ、ちょっと違うと思ったね。

 それに、この星にもいたんだよ」


「はい、正体… というか真髄は悪魔です」と夏介が言うと、春之介は何度もうなづいていた。


「実は、先生との唯一の違いを発見したのです!」と夏介が陽気に言うと、「俺は相手の言葉をすべて信用するから」と春之介はすぐさま答えた。


「…先生もできないことをやっちゃってるんだぁー…

 すごいなぁー…

 でも、厳しいところは先生と同じです!」


「もちろん、嘘を言っていたらただでは済まさないよ。

 でも、平和的に解決できることは、

 相手の意思を汲んでから正すだろうね。

 もちろん、欲を持った言葉を吐いたのなら大いに糾弾するよ」


「…先生になって欲しいなぁー…」と夏介が言うと、「万有様を怒らせたくないから、承諾はしないから」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「この地球に永住することに決めました!」


「それは話し合いをして納得してもらってからだから」


夏介は大いにうなだれて、春之介を上目づかいで見た。


「…春之介様のような人は、あちらにひとりもいません…」と夏介は悲しそうに言った。


「それに先生の口癖があるのです。

 本人の意思を尊重するから、

 自由に行動しても構わない」


「その言葉に甘えていないかい?」と春之介はすぐさま指摘した。


「…あー… やっぱり、すごいぃー…

 …ボク、すっごく薄情者だぁー…」


夏介の言葉に、春之介は大いに笑った。


「万有様は大いに寂しがるはずだよ。

 だからそれなり以上の成果を見せて納得してもらって、

 堂々と胸を張ってここで暮らす必要があると思う」


「…はい、その日まで、どうかよろしくお願いします…」と夏介は眉を下げて頭を下げた。


すると夏介から源一が飛び出してきたように見えた。


誰もが叫び声をあげることなく、源一を眼を見開いて見上げていた。


「ここに永住することを許可するから」と源一は眉を下げて言った。


「万有様の本心ではないと俺は思いますし、

 それほどの欲はありません。

 ここは弟子が師匠を思いやる気持ちが大切だと俺は思っているのです」


「…うう、俺が叱られているような気が…」と源一は大いに眉を下げて言った。


しかし春之介は笑みを浮かべていた。


「俺は万有様を何も疑いません。

 ですのでここは、

 弟子に厳しい言葉という褒美を与えてやって欲しいのです」


「…そうだよな…

 それが師匠となった俺の責任でもある…」


源一は言って胸を張った。


「週に一度必ず帰ってこい。

 その都度、一週間の成果を見せてもらう。

 肉体的にも、精神的にもだ。

 免許皆伝になった時、お前の自由にすればいい」


「はいっ! 先生っ!」と夏介は満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


「…魂を経由して飛んできたわけだ…

 術の気配…」


春之介がつぶやくと、「気功術っていうんです。春之介様ももう使えるはずですよ」と源一は陽気に言った。


源一は自分を抱きしめるように両手で両肩を掴んだ途端、体が倍の厚みとなり、身長が倍になった。


「…これは術だ…

 いや、微妙に違う…

 だが材料はどこから…」


「材料は魂を経由して、異空間にある専用の貯蔵庫にあります」


「…ああ、なるほど…

 自分の魂の中身まで探ったことはなかった…」


春之介は言って、自分自身の魂を探り、その材料がある貯蔵庫を簡単に発見した。


そして気合を入れることなく、その体を倍増させた。


「その道筋で術を放った人に初めて出会いました」と源一は大いに眉を下げて言った。


「きっと俺の場合、魂たちが率先して協力してくれているからだと思います。

 俺が考えるよりも早く対応してくれていると感じますね」


「…これが、星の神の神髄だが、どこにもいないはずだ…」と源一はつぶやいて笑みを浮かべた。


「…星の神…」と春之介は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「おっと、本気で口がすべってしまった…

 許してください…」


源一が頭を下げると、「…いえ、なんとなく気づいてはいましたので…」と春之介は苦笑いを浮かべて言った。


「だけど、星の神は二種類ありますから。

 その違いは、ご自身で知ってください」


「はい、宿題を与えてくださって感謝します」


春之介と源一は大いに笑いあった。


そして源一は名残惜しそうにして消えた。


「…先生と対等だぁー…」と夏介は陽気に言って、春之介も師匠として尊敬していた。


「宇宙の覇者、宇宙そのものの人と同じなわけないじゃないか…」


春之介が大いに眉を下げて言うと、「先生の言葉で言うと、精神的にです」と夏介は胸を張って言った。


「ということは、力は及ばないけど、

 精神的には並んだ星の神、ってことでよさそうだね」


「はい! そうです!」と夏介は陽気に叫んだ。


春之介は何度もうなづいて、「いろいろと考えることができたが、まずは学校に行こうか」と春之介が言うと、誰もが大慌てで身支度を始めた。



春之介は担任の真由美に事情を話して、夏介と席を並べる許可を得た。


「…宇宙人が私の教室に…」と真由美は大いに感動して言った。


「あまり広めないでくださいよ…

 騒ぎになりますから…

 名前が春野夏介なので、まさに都合はいいんですけどね。

 俺の恩師の息子…

 弟の方が近いかなぁー…」


「教師としてライバル!」と真由美は大いに気合を入れた。


「公立中学の普通の教師で、先生ほど優秀じゃないと思いますから…」


春之介が大いに持ち上げて言うと、「家庭訪問します!」とさらに気合を入れていた。


「いえ、今回の場合は戸籍だけという意味ですから、その必要はまるでありません」


「…納得できないぃー…」と真由美が言うと、「先生もめんどくさかったんですね…」と春之介が眉を下げて言うと、「…めんどくさくないもぉーん…」とここはほぼ年相応よりも少し幼い25才の女性的に言って、ホームルームが始まった。



午前中は何事もなく授業を終えて、「なかなかの内容だと思います」と夏介は余裕の笑みを浮かべて言った。


「授業は復習のようなものだからね。

 今まで勉強してきたものの再確認として受けているようなものだから。

 もちろん、そんな生徒はひと握りだよ」


「…そうでしたか…

 それはさらに納得です。

 …だから、こっちの方が上かもしれない…

 それは、生徒の心構えひとつで決まる…」


夏介がつぶやくと、「あっちは厳しい授業のようだね」と春之介が聞くと、「ボクもまだ人間ですけど、授業が終わるとみんな頭から煙が出ています」となんでもないことのように言った。


「なるほどね、高校で大学クラスの講義をしているわけだ。

 大学に行く必要はなくなりそうだね」


春之介の言葉に、夏介は眉を下げていた。


「源一様はそれでも大学に行くことに決めていたのですけど、

 事情があって星を移り住むことになって、宇宙の覇者となりました」


「…急展開だな…」と春之介は大いに眉を下げて言った。


「…はい、多分どこにもいないと思います。

 そして仕事はと言えば、最終的には春之介様と同じで、

 未来ある子供たちのために」


「さらに親近感が湧いたよ」と春之介は上機嫌で言った。


今は校舎の屋上で大勢の級友たちとともに食事をしているので、誰もが興味津々で春之介と夏介を囲んでいた。


「こういうところも、先生と同じです」と夏介は笑みを浮かべて言った。


「王でもあるのに、常に仲間に囲まれている、か…」と春之介は言って何度もうなづいた。


「ですから時には、花蓮様とイチャイチャするからと理由をつけて、

 二人っきりになる時間も作っています」


「それは大いに同意したいわ…」と優夏が穏やかに答えた。


「そして優夏様も、花蓮様とそれほどお変わりではありません。

 もちろん、精神的な部分です」


「…何百キロのボールを投げ込めれば勝てるんだぁー…」と優夏が悪魔のようにうなると、「…はは… 生身での戦いは、優夏様の勝ちかもしれませんね…」と夏介は言って、困惑の笑みを浮かべた。


「…よっしゃぁ―――っ!!」と優夏は大いに陽気に叫んだ。


「そうなの?」と春之介が聞くと、「スポーツをしている姿を拝見したことがありませんので、多分…」と夏介は答えた。


「ですが、それ以外のことでは、

 様々なことをやられています。

 本来の仕事以外では俳優とか…」


優夏が大いに興味をもって話を聞くと、「…特別出演のエキストラ…」という結果を得て、春之介をにらみつけた。


「…もう出ないから…」と春之介は苦笑いを浮かべて言った。


「…コマーシャルも大盛況じゃなぁーい…」という優夏の言葉には逆らえる言葉がなかった。


もちろん、メイドたちが主演のミキジュエリーのコマーシャルだ。


優夏がスマートフォンを出してその映像を夏介に見せると、「…これは甲乙つけがたいですね…」と夏介は本気で考えながら言った。


「ほらほらほら!」と優夏はさらに陽気になっていた。


「これ以上、時間を取られたくないんだけど…

 そんな仕事をするのなら、

 デートのひとつでもした方がいいんじゃないの?」


「それは言えるな」と優夏は鼻息荒く答えてから、「祝日だけでいいから、時間を作ってデートしろ」と堂々と言った。


「わかったよ…」と春之介はすぐさま答えた。


「あとは、金曜の放課後は自由時間にすることに決めたよ。

 どう考えても、今の生活は生き急いでいるとしか思えない。

 もちろん気が向けば練習もするし、試合が入る日もあるだろうけどね」


「ぜんぜんいいいい!」と優夏は陽気に言って、「…早く金曜日になりますように…」と願い始めたので、春之介は大いに眉を下げていた。


「みんなもそれぞれ決めて欲しい。

 問題は…」


春之介は大いに眉を下げて一太を見た。


「遊んでもらっちゃうぅー…」と天照大神がいきなり現れて言ったので、「任せた」と春之介はすぐさま答えた。


「…うふふ… きちんと警備もするよ?」と天照大神が一太を見て言うと、「はい、全く心配しておりませんので」と笑みを浮かべて言った。


すると夏介の明るい表情は消え、天照大神に大いに怯えている。


「子供でしかないから…」と春之介が言うと、「…は… 早く、慣れるように努力いたします…」と夏介は大いに眉を下げて言った。


「…まあ、天照よりも、この子の方が怖い場合もある」と春之介は言って、天照大神の肩で丸くなっているクレオパトラの頭を指でつついた。


「…あちらにも、この方のように白くて小さい猫様がいます…

 その実態は、恐竜よりも怖いです…

 目が八つあって、全方向の視界があって、手足が4本ずつある、

 次元解という種族の方です」


夏介が恐る恐る言うと、「…そりゃ、大いに化け物だね…」と春之介は眉を下げて言った。


「昨日来ていたローレル様も同種族です」


「…はは、全然本気じゃなかったわけだ…」と春之介は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「ローレル様は修行不足なので、それほど脅威ではありませんが、

 変身すると、すっごく怒りっぽくなります」


「…なるほどね、めんどくさい人の典型だね…」


「…はい… みんな、そう思ってます…」と春介はかなりうんざりして言った。


「星を救う仕事をしているんだから、

 ユニークな人も多いようだね」


「はい、皆さん本当にすごいのですが、

 基本的には荒れた大地を整地して、

 まずは農地や住処を作る仕事を生業にしています。

 ほとんどの星が終戦して、

 荒れ果てた星ばかりなので…」


「…ふーん…」と春之介は言ってから少し考えて、「その原動力は、何か大きな問題があるようだね」と春之介が言うと、「宇宙の空気、宇宙の悪い雰囲気というものが、悪や災いを生んでしまうのです」と答えた。


「…そうか… 悪い心を持つと、

 宇宙の雰囲気が悪いものに包まれてしまう…

 それを阻止するために働いているわけか…

 普通の慈善事業じゃないと思っていたけど、

 とんでもないことだね…」


「ですので、強い力を集めることも仕事なのです。

 ですが、先生は春之介様を欲することはなかった…

 いえ、欲したいようでしたけど、

 この星に必要だから断念したと言っていいと思います」


「…星の神、か…」と春之介は言って、源一の言葉を思い出していた。


『星の神は二種類ある』


「この星の創造神はいません。

 これは珍しいパターンで、この宇宙に偶然できた星のようです」


「…神が星を創る、か…

 なるほどな…

 まさに神話の世界だな…」


「はい、普通の人間にとってそうなりますね。

 ですので春之介様はそれ以外の星の神ということになります」


「…なんとなくわかったよ…

 …おっと…」


春之介が少し驚くと、「キャッ!」と女子たちが少し驚きの声を上げて、頭を隠すようにして床に伏せた。


その原因は地震だった。


しかし揺れはすぐに収まって、誰もがほっと胸をなでおろしていた。


「…地震も怖いから、なんとかした方がよさそうだ…」と春之介がつぶやくと、「えっ?」と夏介は言って春之介を見入った。


「平和になったこの星で、地震という天災は本当に怖いからね。

 多分、問題なくできると思うんだけど…

 潮来様、どうなの?」


『できますじゃ』と潮来は自信満々に言った。


「じゃ、みんな頼んだよ」と春之介が言うと、魂たちは大いに働いて、断層などの修復を開始した。


「まずは、大問題になりそうなところだけでいい。

 小さいところはまた別の機会に指示するから」


『張り切っておりますじゃ

 終了した。

 大きな地震も小さな地震もこれで起きないだろう』


「はい、助かりました。

 ですが、公表しないでおきますよ。

 危機管理をしなくなりますからね」


『あいわかった』と潮来は言って、念話を切った。


「…まさか、もう終わったのでしょうか?」と夏介が言うと、「俺の管理している土地は全部だから、この星の半分だね」と夏之介は普通に答えた。


「…なにか、小さな術を放っただけだったと思いますが…」


「この星の魂たちにお願いしただけだよ。

 総監督は別の場所にいて、

 かなりの威厳をもって命令しているようだけどね」


春之介の言葉に、「これは、この星の独自のシステムだ…」と夏介は言って納得していた。


「そうか…

 星の条件によれば、星自体を修復する必要もある…

 そういった作業もしているんだよね?」


「はい… 先生を含めて、ほんの十名ほどしかできません。

 この星独自の方法と言っても、

 今の短時間での修復は誰もできません」


「はは、それはよかった」と春之介は言って満面の笑みを浮かべた。


「従う多くの魂…

 そして、その監督者…

 さらに、監督者の上司…

 では、その星に行って魂たちとコミュニケションが取れたらできるわけですね?」


夏介の問いかけに、「まあ、すぐには無理だろうし、その星に住み着く必要はあると思うね」と春之介が答えると、「…そうだ、そうなってしまう… 裏切ることは罪だし…」と夏介はつぶやくように言った。


「…死の魂は悪魔は確認できるけど、

 従わせることは聞いたことがない…

 神としても大いに特殊だ…」


「ここでは、君の知識以外のことができているわけだ」


「あのぉー… 先生に報告してもいいですか?」


夏介が控えめに聞くと、「面倒なことにならなきゃいいよ」と春之介は気さくに答えた。


「たぶん、先生は興味を持ってここに来ますけど、

 勝手に確認するだけだと思います」


「うん、だったら何も問題はないよ」と春之介は穏やかに答えた。


夏介が念話を始めてすぐに源一が夏介から飛び出してきて、そして屋上から中庭に飛び降りて、両手のひらを地面につけた。


「…はは、すげえすげえ…」と源一は陽気に言って、屋上に向かって手を振ってから消えた。


「先生、すっごく喜んでおられました」


「…素早いね…」と春之介は苦笑いを浮かべて言った。


「先生も、ご自分の時間を大切にされますので。

 ですので、春之介様の邪魔は絶対にしないと思っていました」


「もし機会があったら、ゆっくりと話し合いたいね。

 だけど、この星をすべて統一してからでもいいな」


「はい、いつでも申し付けてください」と夏介は陽気に言った。


しかし、面倒事がここで起こった。


それは夏介と、今現れて消えた源一についてだ。


「天照たちとはまた別の神様だから」という春之介の短い言葉だけで、誰もが大いに眉を下げていた。


「ほら、夏介君、神の証拠証拠」と春之介がせかすように言うと、「えー…」と夏介は大いにクレームがあるように嘆いてから、ふわりと宙に浮いて、校舎の上空を飛んで戻ってきた。


「何かの機械を担いでいるわけでもない。

 自ら空を飛べるのは神でしかないよ」


確かのその通りで、しかも自分たちと全く変わらない高校生なので、信じざるを得なかった。


「…私、空、飛べない…」と天照大神が悲しそうに言ったので、誰もがこの話はなかったことにして、春之介たちから少し距離を置いた。


「ふーん、そうかい…」と春之介が言って天照大神たちの背中に触れると、シーサー、インゴレッド、秋之介、ツクヨミがふわりと宙に浮いて、それぞれの巫女たちを抱き上げて空の散歩を楽しみ始めた。


「…飛べなかったはずなのに、地力で飛び始めた…

 あの一瞬で何が…」


夏介が目を見開いて言うと、春之介が夏介の背中に触れ、ついさっき語った春之介の飛行方法の詳細を知った。


そしていつもとは違う方法で、夏介は腰だけを床から浮かべた。


「…資格があれば浮かべる…

 だから人間でもできる人がいるかもしれない…」


「気功術は魂の神髄を知る体術のようだけど、

 俺の場合は魂自体を知る学問、と言った方がいいかな?」


「…はあ、納得してしまいました…

 まさにその通りです…」


夏介は飛行を止めて春之介に笑みを浮かべた。


「もう、大いに勉強になってしまいました。

 この恩は、返し切れるものではありません。

 ですので末永く、どうかよろしくお願いします」


「ちょっと大げさだけど、君の思う通りにしてくれていいから。

 それに、もうすでに、万有様から人間たちの扱いについては

 教育を受けているようだし」


夏介はすぐにうなづいて、「郷に入れば郷に従え。人間の前では目立った術を使わないように」と言ってから、大いに苦笑いを浮かべたが、神として紹介されたので、問題はないと思い直した。


よって、実際に神の力を見せることが一番面倒がない説明方法だったと察した。


隠した方が誰もを刺激して探求心を沸かせ、面倒ごとの原因となるからだ。


「…夏介君、返して?」と春菜がかわいらしく言うと、「あはは、ごめんごめん」と春之介は謝ってから、「春菜の相手をしてやってくれない?」と眉を下げて夏介に言った。


夏介も大いに眉を下げていたが、ここは春之介の言葉に従った。


「…私も空飛べるの?」と優夏が小さな声で聞いてきたので、「問題ないと思う」と春之介は答えて、優夏の背中のそっと触れた。


「…あー… そういうことなの…」と優夏は言って、今は何もしなかった。


理由は春之介と同じで、神扱いを受けないためで、今は人間として過ごしたいと強く願っているからだ。


「残念だけど、巫女たちにはその資格はないようだ。

 だから神たちが大いに気を使ってる」


春之介が言って空を見上げると、「楽しそうでいいわ」と優夏は穏やかに言って、神たちに笑みを向けていた。


「デートする時には大いに使える」と春之介が言うと、優夏は朗らかに笑い始めた。


空を飛べば、追いかけてこられる者が誰もいないからだ。


さらに変装でもしておけば別人と思わせることもできる。


ここは真奈美を見習って、それほど面倒ではない変装を考えることにした。



春之介たちが放課後にネクストキオスタジアムの食堂に戻ると、健太郎が待ち構えていた。


夏介の件ではなく、本来の春之介のバイトの件だ。


「闇、NBL…」と春之介が言うと、「人聞きが悪いがその通り…」と健太郎はにやりと笑って言った。


「その基本コンセプトはアメリカに渡ることなく、

 この日本で野球の真髄を知るため。

 実はな、大リーガーとして雇われた日本人たちが、

 シーズンを終えて半分以上戻ってくる。

 一躍大スターとなった大山秋春もだ」


春之介はその名前を見て、「…秋春…」と言って大いに苦笑いを浮かべた。


「…俺は大いに気に入らん…」と健太郎は言ったがほぼ冗談で、苦笑いを浮かべている。


「基本的にはNBLの一線級の選手と試合をすることになる。

 ここでの試合は親善試合となるが、

 結果はペナントに加味されることになる。

 もちろんネクストキオは中立地帯なので、

 リーグに加わるわけではない。

 その予備軍として、地方リーグのチームも提携として抱えることになったから、

 スター選手が一部移動して、試合をしても構わない」


「気兼ねなく野球を楽しめるわけだ。

 しかも集客人数も減ることはないだろうね。

 逆に、地方リーグの試合の方が盛り上がるかも…」


「ああ、一方的な試合展開にはなりにくいからな」と健太郎は胸を張って言った。


「そしてだ、これは来年度からだが、

 それぞれのタイトルに歩合としてのボーナスの支給がある。

 個人プレーに走りそうだが、

 そこはセミプロとして大いに考えてもらいものだ」


「そうだね。

 そういった選手は放り出すだけだから」


春之介の厳しい言葉に、大人たちは大いに眉を下げていた。


「一番判断が難しいのは投手の白星の件だ。

 よってここは大いに計算式を当てはめて、

 単純な勝ち負けだけの評価はせず、ポイント制を導入する。

 味方のエラーで大失点もあるから、これは大いに不平等だ。

 運不運があるのが勝負の世界と言えばそれまでだが、

 できればそれを救済したい」


「投手が報われないのはそこにあると思うからね。

 大いに報われてもらいたい」


健太郎と春之介の心強い言葉に、投手たちはもう報われている気分になっていた。


こうやって健太郎はさらに客を呼べる興行主となっていく。


「それに、報われるとわかっていれば、

 自責以外で大量得点を取られても気持ちも変わると思うけど?

 そしてその逆の効果」


春之介の問いかけに、大人たちは大いに考え始めた。


「やけになって投げ続けることは減るが、

 ハングリー精神が減退してしまいそうだ…」


常盤の言葉に、「その感情が大いに沸くからこそ、野球を楽しみたいんだよ」という春之介の言葉に、「ドンマイドンマイ!」と柳川が陽気に叫ぶと、誰もが大声で笑った。


「大人だが、子供でいる必要はあるな…

 さらに納得した…」


三条は笑みを浮かべて言った。


その想いには教え子たちの笑みがあったからだ。


「さらにだ、野球の活性化第二弾」と言って健太郎はその青写真をテーブルに広げた。


「二段階の少年野球チームとリトルリーグへの参戦…」と春之介は笑みを浮かべて言った。


「ここにいる全員が指導者として子供たちに教えることができる、

 ある意味定年対策でもある。

 春之介がチームの中心にいる以上、

 ネクストキオに監督もコーチも必要ないからな。

 その対策でもあるんだよ」


「…はは! わがままでごめんね!」と春之介は陽気に言ったが、誰も責めることはない。


まさに快く野球をやっていると誰もが思っているからだ。


「だけど、たまにはサインのひとつも出すよ…

 もちろん、全キャンセルするけどね…」


「…相手チームを戸惑わせるわけだ…

 それに、子供たちはベンチにいる春之介も見ているからな」


柳川の言葉に、春之介は大きくうなづいた。


「まあ、ファンサービスでもあるね。

 ノンプロとはいっても、

 ある程度は職業野球のレールに乗ってもいいからね」


大人たちは大いに穏やかな話を終えて、それぞれの練習に行った。



「さて、夏介の戸籍の件で話に行ってくるかな」


「ワシの子にする!」と健太郎が豪語したが、「却下」と春之介がすぐさま答えた。


「夏介は大切な預かりものでもあるんだ。

 ここは俺だけの関係者に頼むことに決めているんだ。

 ここは八丁畷家と浅草家の手の届かないところに

 お願いに行くことはもう決めていたから」


「…まあ、そういうことなら構わん…」と健太郎はすぐさま折れた。


八丁畷家が特別にならなければ健太郎としては文句はないからだ。


「それに…

 どんなことでも気さくに言ってきて!

 って言われていたからね。

 社交辞令じゃなく心の底から。

 そういった、教師としては欠点のある先生だから」


「…はは… 自分の言葉に縛り付けられてますよね…」と夏介は言って苦笑いを浮かべた。


「…春野秋桜先生…」と春菜は言って、大いに笑みを浮かべていた。


「同じ苗字なんですね?!」と夏介は大いに喜んで言った。


「姓を変える必要もないからさらに都合がいいんだよ。

 こういうのも運命だ」


「…春野っていう親戚、いないかぁー…」と健太郎は嘆くように言った。



ここは優夏もついてきて、四人で注意して空を飛んで中学校にやってきた。


そして4人して職員室に訪れると、教師たちに大歓迎された。


そして春之介が秋桜を見ると、「…どんなお願いかしらぁー…」と大いに怯えて言った。


「落ち着いて話せる場所に連れて行ってもらえます?」


春之介の言葉に、「うん… いいわよぉー…」と秋桜はまだ大いに怯えていた。


まさかのこの展開に、大いに慌てているだけで、さらにはその先の話には期待すらあった。


「教頭先生、応接予備室をお借りします」と秋桜が言うと、「…応接室の方が都合がいいー…」と教頭の佐山は大いに嘆いた。


応接予備室は、確実に盗み聞きができない場所にあるからだ。


よって、生徒指導などにも使われている。


四人は秋桜の導きで、予備室の椅子に座った。


春之介は優夏と夏介の紹介をした。


秋桜はもちろん優夏のことは知っていたが、夏介という少年がここにいることがわからなかったが、苗字が同じことを聞いて、ある程度は察していた。


「春野夏介君は、この地球上での戸籍がないんです」


春之介の言葉に、秋桜は大いに目を見開いた。


この日本に、戸籍がない子供がいるとは思えなかったからだ。


「…夏介君は地球外生物だからです…」と春之介が言うと、「…へー…」と秋桜は妙な声を上げて、卒倒しそうになっていた。


優夏がすぐさま背中を支えると、「…ああ、温かい… 女神様…」と秋桜はもうろうとして言った。


「優ちゃんのどこが女神なのよ…」と春菜が言って秋桜の背中に触れると、「怖いっ!!」といきなり言って背筋が伸びていた。


春菜はバツが悪そうにして大いに苦笑いを浮かべていた。


「…ある意味能力者だぁー…」と夏介が春菜を見て言うと、春之介は陽気に笑った。


そして春之介はようやく本題に入って、春野家の戸籍に夏介を加えてもらうようにお願いした。


もちろん手続きは弁護士に任せるので秋桜に面倒はなにもない。


「第三者機関の弁護士なので、八丁畷家とは無関係です。

 少々浅草家との確執が噴出してきたので、

 そういった機関を造り上げることにしたのです」


「…ここで、最高級のお坊ちゃまの苦悩が出てきちゃったのね…」と秋桜は大いに同情して言って、胸を張ってこの話を受けた。


「どうかよろしくお願いします、秋桜お姉さん」と夏介が言うと、「…ああ、弟にできないところが辛いぃー…」と秋桜は大いに嘆いた。


秋桜の両親は他界していたので、秋桜の息子として養子縁組をする必要があるからだ。


親戚はいるが、春野姓ではないし、兄弟もいない。


秋桜は嘆いてはいたが、夏介に笑みを向けた。


「一応、家はネクストキオスタジアムだから、同居することはないから」


春之介の言葉に、「家族特権、欲しいなぁー…」と秋桜は少し欲を持って言った。


養子とはいえ親族になるので、ひとり暮らしよりはきっと素晴らしい生活になると確信していたからだ。


もちろん、春之介と春菜からの依頼なので、夏介を100パーセント信用している。


さらに言えば、秋桜に夏介を疑うようなこのような考えはまるでもっていないほどだった。


「夏介君、どうする?」


「はい、ここは戸籍通り、姉さんの許可を得て、

 ネクストキオスタジアムに住みたいと思います」


夏介の言葉に、「じゃ! 今夜はお泊りね!」と秋桜が陽気に言って、胸の前で手を合わせて喜んだ。


「…先生にとられちゃったぁー…」と春菜が嘆くと、「ついていけば?」と春之介がなんでもないことのように言った。


「…まさか、春菜様が…」と秋桜は言って、夏介、春之介、春菜の三人を代わる代わる見た。


「春菜の結婚相手有力候補だよ」という春之介の言葉に、「おめでとうござりまする!」と秋桜が大いに動揺して言って、春菜に頭を下げた。


そして顔を上げて、「…まさかでしたぁー…」と大いに感動して言って、改めて二人を祝福した。


弁護士との面会は後日として、春之介と優夏はまた空を飛んでネクストキオスタジアムに戻った。



春之介と優夏は練習をしようと思ってたいのだがもう終わっているようで、勉強部屋から人の気配を感じた。


よってこのまま勉強をしようと思い、ふたりは勉強部屋に入った。


「…春ちゃんは置いてきちゃったの?」と尚が聞くと、春之介はすべての事情を話した。


そして春之介は落ち込んでいる八郎を見て大いに苦笑いを浮かべた。


「相手は神だし。

 それに、春菜のあんな必死な姿を見たことがなかった」


優夏がその再現をすると、春之介だけが大いに笑っていた。


「…八郎兄ちゃん、私と付き合わない?」と尚が言うと、春之介たちは少し驚いていたが、すぐさま笑みを浮かべた。


「…俺って、尚ちゃんほどスーパーマンじゃないよ…」と八郎は大いに照れくさそうに言った。


「農地で、そのスーパーマンぶりを見せることもできるわよ?」


尚は大いに積極的だった。


「…親父たちにとられちゃうようで嫌だなぁー…」などと八郎は言ったが、かなり嬉しそうだった。


「…助かったぁー…」と浩也は小さな声で言って、ほっと胸をなでおろしていた。


もちろん、仲間に引き込んでおいてうまいエサを取り上げるようなことになってしまっていたからだ。



勉強と夕食を終えてから、今夜もバスケットボールに精を出していたが、優夏がドッジポールにも興味を持ったので、競技用のドッジボールをショッピングモールで入手してから、軽く練習を始めた。


まずはキャッチポールのように投げあうだけだが、野球のボールとは違い、女子たちは手のひらが小さいので投げづらそうだ。


その中で優夏だけは簡単にわしづかみにして春之介と投げ合う。


「やはりドッジボールの神髄は、

 フェイントだろうな」


優夏の男らしい言葉に、「狭い範囲だから、そっぽを向いて投げることは常套手段になるだろうね」と春之介は陽気に答えた。


「あとは外野とのボール回し。

 これが早くできれば、確実にアウトをとれる。

 野球にも精通することが多いよ」


「…やはりそうだったか…

 球技は大いに役に立つが、

 サッカーはどうなんだ?」


「スタミナをつけるのにはいいけど、

 手を使えない球技だからね。

 応用はそれほどできないかなぁー…

 ラグビーの方が荒っぽいけど、大いに応用できる。

 ぶちかましもそうだし、ボールに回転をかけること、

 その逆にパスする時は捕りやすいボールを投げる必要がある、

 とかね」


春之介がドッジポールでライジングボールを投げると、「目に見えて浮いてきた」と優夏は笑みを浮かべて言った。


「これだけ大きい方が、安定して投げられる」


すると大人たちが大挙してやってきて、ドッジボールを使って投球練習を始めた。


「…どん欲になってきた…」と春之介が言うと、優夏も同意して眉を下げていた。



経験として一度だけドッジポールの試合をすることになり、誰もが大いに子供に戻っていた。


しかしさすがに大人で、次々と簡単に内野の者たちを打ち落とす。


そして春之介が言っていたように、外野との素早いポール回しで、ターゲットの背後を取る。


とんでもない基礎訓練だと思い、何百本ものダッシュを終えた大人たちは床に寝転んで呼吸を整えている。


「…ふふふ… こうなると確信していたぁー…」と優夏が不敵に言って、ただ一人残っている春之介を見て言った。


ここはまずは一騎打ちの熱の入った投げ合いとなる。


特に春之介は変化球を多用する。


まさに取りづらいボールばかりだが、優夏は両腕と腹、胸でしっかりと受け取る。


その優夏が投げるボールは剛球ばかりで、これもかなり取りづらく、しっかりと受け取ってもバウンドして体から逃げて行く。


「時間切れ!」と真由夏が叫ぶと、春之介と優夏は笑みを浮かべて中央に駆け寄って固い握手を交わした。


「…なんか、とんでもない夫婦だわ…」と尚は大いに眉を下げて言った。


「…だけど、子供の時と何も変わらないし、

 春之介様の相手をできる子は、

 上級生たちでも難しかった…」


八郎は眉を下げて言った。


「優ちゃんは春君のオアシスになったのね…」と幸せいっぱいの尚はふたりを祝福していた。



その翌日の自主訓練の時間、春之介がスタンディングでバーベルを上げていると、着飾ったメイドの御陵真世が小走りでやってきた。


「おや? 今日は聞いてなかったよ?」と春之介が言うと、「子供たちからの感激のお便りを伝えさせてくださいぃー…」と真世は懇願の眼を春之介に向けた。


「…あー… ドッジボールの…

 映像、撮ってたんだ…」


春之介は大いに苦笑いを浮かべていた。


「抜かりはございません!

 私が撮影していましたので、

 今日はインタビュアーとしてやってまいりました!」


真世はカメラに向かって明るく言った。


「さらには、敏感なお子様もいらしたようですので、

 最後にそのお便りもお伝えいたしますので」


真世の言葉に、春之介はふたつのことがすぐに頭に浮かんだ。


子供たちはまさに熱い内容のメールを送ってきていて、誰もがミラクルマンたちのマネをして学校で遊ぶと意気揚々と綴っていた。


春之介としては笑みを浮かべて、トレーニングをしながら聞き入っていって短い言葉を返す。


一騎打ちもそうだが、素早いボール回しはさすがにマネできないが、大いに勉強になったという熱いメールが多い。


春之介としては、少々イヤな予感が過ったが、ここは表情だけにしておいた。


「ミラクルマンたちは、遊びでも本気なところがすっごく好きです!」


「ほとんど競技としてやっていて、本気だったから」と春之介は陽気に答えた。


「ミラクルマンのボールの変化がすごいです!

 学校でみんなマネしたけど、

 誰もできなかったので悲しかった…」


「大人だからこそできることもあるんだ。

 今は無茶なことはしないようにね!」


春之介はすべての便りに、必ずひと言添える。


これもファンを得る大切なコミュニケーションだ。


「たくさんのお便りありがとう!

 全部読みたいんだけど、

 ひと月ほどかかっちゃうので、

 代表してほんの一部だけ紹介させていただきました!」


真世は笑みを浮かべて言ってから、ここで眉をひそめた。


「…では、ここからは、ちょっと不思議なお便りの紹介をします…」


真世が雰囲気を込めて大人しい声で語ると、春之介は大いに苦笑いを浮かべて、バーベルをフックに戻した。


「何かが来ました!」と真世が叫んだ。


「…ん? それだけ?」と春之介が聞くと、「なんか来た、頭重い、怖い、ざわざわする、かわいい、など、一言コメント多数です」と真世は真剣な眼を春之介に向けた。


「今までになかったわけじゃないよね?」


「今までの十倍ほどのお便りの数ですので、何かあると思っています」


真実を知っている真世は、春之介に地球外生物について語らせようと必死だった。


「かわいいだけは説明できるよ。

 南極の神とコンタクトを取ったから。

 見た目はまさにペンギンだった。

 今回は必要なのか三人もいたよ。

 今は南極に戻ってるけどね」


「…いないと思ったら、そうだったのですかぁー…」と真世は残念そうに言った。


「今の日本は少々暑いからという理由だよ」


「一瞬で理解できました」と真世は言って頭を下げた。


「何かが来たっていうのは新しい神が来たからってことでいいと思うし、

 神は恐ろしい存在だからね。

 怖がったり、肉体の異変を感じた子は、

 悪い子だとは言わないけど、

 お父さんやお母さんに隠し事とかしてないかな?

 ざわざわするっていうのも、

 神は未知の存在で、それほど出会えるわけじゃない。

 遠くにいても現れたことを察知できる子も多くいるはずだから。

 もっと具体的なお便り来てない?」


春之介が言うと、真世はディレクターとは別にタブレットを手に取って、集計されたその情報を見入った。


「…南の空に、何かが飛び込んできおった…」


真世の言葉に、春之介が怪訝に思ってタブレットを見ると、「潮来様じゃないか…」と大いに眉を下げて言った。


「子供たちに紛れて大人が報告しないように」と春之介が釘をさすと、真世は大いに悔しがっていた。


「それに、飛び込んできたのは二回だ。

 そしてひとつはもうひとつを回収してこの地球から離脱して、

 今はいないよ。

 証拠映像もあるけど、これは公表しないから。

 確実に疑われることはわかっているから」


「それは!

 未確認生物と接触したということでよろしいのでしょうか?!」


真世はここで息を吹き返して大声で叫んだ。


「ノーコメントで。

 確実に騒がしくなることがわかっているから。

 だから、俺の幻覚だったのかもなぁー…

 偽造した映像を作ったのかもなぁー…」


春之介の言葉に、ギャラリーたちは腹を抱えて笑っていた。


まさに、地球外生物の存在を認めないと言わんばかりの発言だった。


真世が悔しそうな顔をしていると、「子供たちよりも大人が面倒なんだよ」と春之介は冷静な声で言った。


「あまり欲を持ってると、ここから出て行ってもらうよ」


春之介の言葉に、真世は大いに怯えていた。


すると真奈美がすぐさまやって来て、マイクを真由夏に渡して、真世を連行して行った。


「…お見苦しい点がありましたこと、深くお詫びいたします…

 真世さんは超常現象などに興味があって、

 未確認飛行物体を一度見てみたいって思っていたそうです。

 ですが真実は、

 最近でも50年前にこの地球に宇宙船らしきものが来ていたことがあると、

 北アメリカの神インゴレッド様からお聞きしていた限りです。

 世界各地で、多くの目撃証言はありますけど、

 真実は砂漠の一粒の砂のように低確率です。

 しかも、神たちは確認した時点で追い返しているので、

 地上に降りたという事実はないはずです。

 国の神は、このような者たちを外敵として、

 追い返すことも仕事のひとつなのです。

 きっと平和な宇宙人もいるのでしょうけど、

 その証拠は何もありません。

 もし迎え入れて、それが悪い人たちで、

 抵抗できなかったら大変なことになります。

 だからできれば、騒がないで欲しいのです。

 どうか、納得してください」


真由夏は穏やかに言って頭を下げた。


春之介はタブレットを見ながら納得の笑みを浮かべてうなづいた。


ほとんどのメールの内容が、「真由夏ちゃんを信じる!」だったからだ。


やはり子供なので、「ミラクルマンに本当のことを教えてもらいたい」という書き込みも多い。


しかし、それと似た書き込みは、親が判断したのか次々と消えて行った。


春之介がメッセージの状況を解説すると、真由夏はほっと胸をなでおろしていた。


「もし、いい宇宙人が来ていたとして、

 その人って、どんな扱いを受けるんだろうね?

 俺は、動物園の動物のような扱いを受けると思っているんだ。

 それって、悲しいって思わない?

 そしてずっと見張られるんだ。

 大人たちは誰も信用しないから。

 だからこそ、俺がもし真実を知っていても公表はしないから。

 だからこそ、この地球上の安全は俺が保証する」


春之介が熱く語ると、真由夏はすぐさま頭を下げた。


「ですが、神様がおられることはもう誰も疑っていません。

 ですので、宇宙人がいてもみんな信用すると思うのです」


真由夏の言葉に、「食いつくね…」と春之介は眉を下げて言った。


「真由夏がわざわざ俺に盾を突くのは友達想いだから。

 俺の前で欲を見せた真世を救うためだから。

 真由夏の本心を言ったわけじゃない」


春之介の言葉に、真由夏は大いに眉を下げていた。


「だからこそ真奈美さんはわざわざ真由夏にマイクを渡した。

 ここは穏便にという意味だったんだろうね。

 真世をここから放り出した時の方が面倒だからね。

 …では、今回ここに来た宇宙人に聞いた話をしよう…」


春之介は昨夜あった一部始終を名前だけを伏せて語った。


詳細は真由夏も聞かされていなかったので驚きの表情を浮かべていた。


「…と、聞いた。

 もちろんその証明はしていないが、俺は信じた。

 そういった慈善事業のようなことをしている宇宙人もいるんだよ。

 その理由は、今語ったように、宇宙の空気をきれいにするため。

 汚い空気だと、誰もが大いに争い、

 正体不明の者が大勢現れるらしい。

 それとは別に、宇宙人の中には、

 目が八つ、腕と足を4本持った怪人もいるそうだよ。

 まさに悪役っぽいけど、

 王の命令には背かないそうだ。

 出会ったら、その場で死んだふりをしたくなるだろうね。

 …そしてだ…

 宇宙にはそういった善人と言える人は一握りしかいなかったということらしい…

 星々を襲っていた宇宙人たちはほぼ絶滅したらしいからね。

 だからこそ、さらなる平和のために、宇宙を旅しているそうなんだ。

 できれば俺も、その仕事につきたいと思っているんだよ」


「お兄ちゃん、もうやめて!」と真由夏はタブレットを見入って大いに嘆いた。


春之介がのぞき込むと、『ミラクルマン! 行っちゃヤダ!』という書き込みがかなりの数あった。


「…愛されていてよかった…」と春之介が穏やかに言うと、「…ここで、一緒に暮らすんだもぉーん…」と真由夏は大いに泣き始めた。


春之介は真由夏を抱きしめてから、「ほら、仕事中だ」と春之介は優しく言って、真由夏の涙を拭いた。


「…取り乱してしまって申し訳ありません…

 私も、みんなと同じ気持ちです…

 この地球で、お兄ちゃんとずっと一緒に過ごしたい…

 だから私は、今まで以上に逞しくなります!

 そしてバスケットも、ドッジボールも頑張っちゃうからね!」


真由夏は本来の明るさを取り戻して大いに陽気にふるまって、今日のミラクルマンインタビューを終えた。


「…あー… やれやれだ…」と春之介は言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「…でも、お兄ちゃんは行っちゃう…」と真由夏はうなだれて言った。


「通いにしてもらうさ」と春之介が明るく言うと、真由夏は安心したのか笑みを浮かべて春之介に抱きついた。


「…大いに焼けるね…」と浩也が言うと、真由夏は、「…お兄ちゃんの方が好きだもぉーん…」と堂々と言った。


「さすがに、俺は神じゃないからな…

 だけど今の話、それほど先のことじゃないよな?」


浩也が聞くと、「俺が何者なのかを正確に知ってからだね」と春之介はすぐさま答えた。



春之介は特に急いだわけではないが、この先一週間は神たちとコンタクトを取り、この地球の全域の支配を終えた。


しかし、今までと何も変わることはなく、天照大神の周りが移動動物園になっただけだった。


「…今までと全く同じということは、

 考えて導く必要があるんだろうなぁー…」


春之介は特に急いではいないので、穏やかなままだ。


「ん? 腹がかゆいな…」と春之介が言ってかいた。


「…あー… 大勢の人が助かったぁー…」と天照大神が言って、春之介を拝みまくった。


「ん? どういうこと?」と春之介が言うと、「うふふ…」と天照大神は笑っただけだ。


「ふーん…」と春之介は言って、今のかゆみとこの地球をリンクさせてみると、一気にその事実が判明した。


『ついに悟られたかっ?!』と潮来の喜びの声が聞こえた。


「…はは、わかってしまった…」と春之介は大いに照れて言った。


そして地球の細部まで子細に探り、この百年間程度では天変地異が起こらないように処置をした。


「言わないでおくか…

 問題は、この俺自身がこの星を出ても問題がないのか、だが…

 大いに問題ありだな」


「…宇宙に出ちゃダメなんだぁー…」と天照大神は寂しそうに言った。


「宇宙旅行、したかったよな」と春之介は言って、天照大神の頭をなでた。


「さらに、それを見込んで考えてみるか…」と春之介はいって、浩也のマネをして手のひら足の裏を天井に向けて座禅をした。


「…あー… 宇宙になった感覚…」と春之介が言うと、「宙に浮いてるよ?」と天照大神は言ってから、春之介のマネをした。


ほかの神たちも、大勢の巫女たちもすぐさま真似をした。


「…身代わり… いや、切れない絆…」


春之介は自分自身と神たちの魂の中にある一部を抜き出して、防御の陣を張った。


「…比較的簡単だった…」と春之介は目を開いて、足元にある多くの大小さまざまな金色の球を見入った。


それぞれには特徴があり、透かし彫りが施されているように見える。


「俺たちの存在感はここにある。

 宇宙に出た場合は、俺たちは幽霊のようになるわけだ。

 そして宇宙に出てもほかの星に行っても何の変化も起こらない。

 どれほど離れていても、この地球とつながっていられる。

 あ、巫女たちのものはないから。

 神様じゃないからね。

 だけど宇宙に出ても何も問題なく、

 神たちのサポートができるから」


巫女たちは安堵の笑みを浮かべて、春之介を見上げた。


「…お父様… ずっとおそばにいますぅー…」と天照大神が言うと、「心細かったよな… だが、もう大丈夫だぞ」と春之介は言って、天照大神を抱きしめた。


「少し成長して、一太の妻となってもいいぞ」


天照大神は泣き顔を上げて、「…もう、お父様ったらぁー…」と大いに恥ずかしそうに言って、12才程度までその体を成長させた。


まさに少女と大人の狭間と言っていいほど、魅力のある肉体となっていた。


「…今は、一太の邪魔をしないように、恋愛を楽しむわ…」と天照大神は穏やかに言って、春之介をしっかりと抱きしめた。


「神の畏れが今までよりも多少出ているから、

 気を緩めない方がいいぞ」


「…うふふ…

 大いに反省してもらうからいいのぉー…」


天照大神はさも楽しそうに言った。


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