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19 俺。とどめを降り下ろす。

 姉を自称する魔女に2敗するちょっと前。記憶を2回失うちょっと前。

 背後からドタマかち割るという作戦というにはあまりにも粗末な作戦をマオと練っていた時の事だった。


(もしもの話をしていいかオニイチャンとやら?)


「んだよ。これから一世一代の勝負を挑むんだ。ちょっと集中させてくれ」


 幼女の皮を被った魔女と相対するに俺の武器は演技力。如何に従順な弟くんを演じられるかにかかっている。


(いや、それはすまないが。まぁ集中しながらでもいいから聞いてくれ)


 こう言われたらこう返そう。そんな感じのシミュレーションを必死こいてしていたから、無言で片耳に入れるくらいで聞いていた。


(作戦を行う前からこんな提言をするのも心苦しいのだがね、私がしたいのは万が一失敗した時の話だ)


 思わず吹き出してしまった。

 お前の演技力にかかっているとか激励されたと思ったら、いきなり失敗後の話をし始めるのだ。そりゃあそうもなる。


(作戦というのは計画の時点でも万策を尽くすべきだ。結果が成功ならそれに越したことはないが、大体すべての事象にはアクシデントが付き物だ。そららに対して予め心構えが出来ているのと出来ていないのではその後の対応に雲泥の差があるだろう? だから時間が許す限り議論はするべきだ)


 それはそうだ。現にうまく行っていないからその時の俺はそんな状況に陥っていたのだから。


「そりゃあそうだけど、作戦を練りながら会話のシミュレーションを並行するなんて器用な真似は俺には出来んぜ」


 威張れることではないが、虚勢を張れるような余裕もない。


(それはわかっている。だからそれが私がやろう、それで一つ確認したいことがあるのだが。万が一、オニイチャンが敗北したとして、また記憶を失ったとして、記憶が戻るまで体の使用権を一時譲渡してもらうことは可能だろうか?)


「は? 体の使用権?」


 なんか一気に陰謀臭くなった。

 身体の使用権の譲渡。浮かぶのは下手すれば一生俺の身体を使われるという事。

 そうなると俺はどうなる?

 これは事実上の乗っ取り宣言ではないか?


(うん、考えていることが手に取るようにわかるぞオニイチャンとやら。だが安心してほしい。体の永続使用は越権行為に当たるから私にそれは行う事ができない。また貴様にとっての不利益を被るような行動は契約に反するから行えない。私ができるのはあくまでも契約の範囲内だ。だからそうだな、仮にまた敗北したとして、記憶を取り戻すべく奔走する為に一時身体を貸してもらうと言ったところだろうか?)


 なんかすっごい早口でまくしたてられているけれど正直内容はそんなに頭に入ってこない。

 なにせこんな状況だ、圧迫面接の内容を覚えていないのに似ている気がする。いや圧迫面接したことねーけど。

 契約の越権行為は行えない。契約以上の事は行えない。契約に対しては誠実に向き合うしかない、それが真実ならなんて生きづらい生物なのだろう。


「わかったよ。その条件でいいよ。もしも俺が失敗したら、あとは頼むぜマオ」


 これに関しては本来ならもっと考えなければいけないことだ。

 法律にいくらでも抜け道があるみたいに、この契約だって探せばアラが出て来そうなものである。

 ただ、本当に時間がなかったこと、あくまでも契約に真摯に向き合うマオをという一個人を信じた、というか、信じるという言葉に逃げて難しいことから目を背けたかったのか。まぁいずれにしろ俺はマオを信じる事にした。

 結果としては、マオの提言通り俺はまた敗北して、今度は魔女を姉と信じ切って、最後の最後でマオに救われるカタチになった。

 結論としては、マオを信じて良かったわけである。



 そんなわけでこれまでのあらすじを思い出した。

 家族を盗られて、いつの間にか俺のいるはずだった場所に居座っていた魔女。

 幼く可憐な容姿にしてなんて老獪なのだろう。きっとこの見た目はクソほども当てにならない。


「‥‥‥どうして?」


 記憶を取り戻す前ならば、この言葉の意味は、どうしてこんな事をするの? と俺を非難する問いだと思ったが。

 今ならば、記憶を取り戻した今なら、どうして記憶を失っていないの? と己の魔法の成果に対する疑問だとわかる。


「さぁ? なんで忘れてないんだろうなぁ? 不思議だよなぁ? おっっかしいよなぁ?」


 しっかり忘れていたし、不思議でもないし、おかしくもない。色んな事を積み上げてなんとか繋がった今だ。

 しかもこれがラストチャンスである。これで決めなくてはならない。


(早く決着したほうがいい。先ほどオニイチャンの振り下ろした棒切れを受け止めたのは魔力による身体能力強化だと思われるが、それを肉体再生に充てられたらもう勝てない)


 かつて俺史上この異世界で一番魔法とやらをバンバカ使っていたヤツの魔法は炎やら雷やらを使役するものだった。

 だけどなに? 身体強化? 肉体再生? 用途が多岐に渡りすぎてズルじゃんこんなん。

 全然化学の代替品以上のトンデモじゃん。


「ごめんなさい。お姉ちゃん何か悪い事しちゃったのなら謝るから、その足をどけて?」


 謝ってどうにかなると思っているのか?

 もうそんな段階ではないだろうに。それでも必死に顔を上げて潤んだ瞳でこちらを見上げる仕草はあくまでも小動物的だった。


(目を合わせるな!!! 眼球は魔力放出器官とて使用される可能性もある)


「ひぇっ」


 マオのアドバイスに思わず短い悲鳴が出る。

 まだこの魔女は俺をどうにかしようと画策しているというのだろうか?

 そうはさせないと魔女の頭を踏みつけた。

 魔女は短い悲鳴を上げて潰れた蛙みたいに地面に突っ伏す。

 やべぇ光景だ。


(そうだ、それでいいぞオニイチャンとやら。あとは頭蓋をその岩ですり潰して終わりだ。時間をかけるほど、貴様は不利になっていくからさくっと殺ってしまう事をおススメする)


 そう、それで終わりだ。別に難しい事を言われているわけではない。

 この手を、握った岩を相手の頭に向かって振り下ろすだけ。

 ただこれは明確な殺人である。

 この世界で少なくない数の死体を見てきたが、俺ってば誰も殺したことがないのだ。ビビりお兄ちゃんなのだ。

 もしかして己の手を汚さずに間接的に殺っちゃっていることはあるかもしれないのだが、実行犯としては未遂である。

 もうこの上ないくらいにビビッていた。

 零と一。その境界線は明確で、今ここでそれを飛び越えないと待っているのは自分の死である。恐らくこの魔女は俺を殺す気はないのかもしれないが、それでも記憶喪失の中で自分の都合のいいような家族として存在させられてしまうのはもう死と同義ではないだろうか?


(やれ!!!)


 マオが背中を押してくる。

 いやわかっている。もう悩むような段階ではない。そんな段階はとうに通りすぎたはずである。


(取り戻したい者があるのだろう? 後悔など後で好きなだけすればいい。今はその取り戻したい者の為にできることをやれ)


 マオがすっごい背中を押してくる。

 いやわかっている。もう相手の生死を選ぶような段階ではない。

 もう殺すしかない。


(逆に出来なかったとしたら、もう取り戻したかったモノがなにかも思い出せないまま、ずっと箱庭の中で穏やかに過ごせるのだろうな。それもいいか、きっと不幸はその魔女が全部忘れさせてくれるだろうよ)


 マオがベクトルを変えて背中を押してくる。

 今まで相手の否定で背中を押してきたというのに。肯定、これからの穏やかで悩みの無い幸せに見える空っぽの未来を俺に提示してきやがった。

 箱庭の中。マオはそう称した、不孝はないかもしれない、きっと魔女が忘れさせてくれる。幸せはそのまま忘れさせることはしないだろう。

 総じて、数値化すると幸せだけが積み重なるという寸法だ。


「うっさいわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 でも、そんなのは御免だ、そんなんヤダ。

 そんな家畜みたいな生き方をしろなんて暗に示されて、良かったな、なんて上からにやけづらで言われている気がしてひどくカチンと来た。

 怒りの衝動のまま、ついカチンときて。キレる若者こと俺は岩を振り下ろしていた。

 それで頭蓋を砕いて終了。

 うまい事マオの口車に乗ってしまった。うまい事俺を口車に乗せてくれた。

 やっちまったと思いながら、もうどーにでもなれという投げやりな気持ちがごっちゃになりながらもう止まれはしない。今日から俺は前科一犯マンだ。


「何をやってるんだよ!?」


 だというのに、俺の手は振り下ろされることもなかった。

 誰かが俺の腕を掴んでいた。

 誰かの邪魔が入ったのだ。

 誰だよとそっちを向くと。


「何をやってるんだよって聞いてるんだ!!」


 俺の腕を掴んで、鬼の形相で俺を睨んでいる弟がそこにいた。


(ああ、時間切れだな。魔女の家はすぐそこだったからな、援軍は想像できた。がんばれよオニイチャンとやら?)


マジかよ? なら先に言っとけよ。

 だらだら冷や汗が出て、もうゲロ吐きそうだった。


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