1-7 臨死体験みたいなことをした
もう殺すヒトも残っていない。
もう壊す建造物もありゃしない。
なんの根拠もないが、弟の暴走がストレスによるものであるのならば。今回の引き金はコドモトカゲニンゲンのあまりにも残忍な殺され方に弟の心が耐えきれなかった、と俺は考察する。
「‥‥‥」
圧倒的な静寂が場を支配していた。
爆弾でも落っことされたんじゃね? とか、いや、爆弾なんてこんなファンタジーには存在しねーか。
すっげぇ魔法でもぶっぱなされたんじゃね? と被害の原因を予想するあらゆるヒトが予想できようか‥‥‥。
これ、俺の弟が一人でちょちょいとやったんだぜ‥‥‥。
惨劇の中心で立ち尽くす弟は頭をふらふらとあっちらこっちらに揺らし、その瞳孔に光はなくなんつーかレイプ目でどうにも心神喪失状態のようだった。
理知的ではない、とういうか、あそこまでビーストじみてしまった弟は果たしてヒューマンに戻れないんじゃねーだろうか。
そんな危惧を抱かせる。
「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
そうしてさらに弟の様子を窺っていると低い獣じみた唸り声を発し始めた。
低く、地の底から響くような唸り声。
カタカタ、とあたりの石だとかも共振し始める。
「うぉ・・・今度はなんだよ?」
共振はとどまらず、そのうちあらゆるものが弟の唸り声につられて震えはじめた。
カタカタ、カタカタ、と物体どころか空気すら震えている気がする。
なんか鼓膜にダイレクトに振動を叩きつけられているみたいでひたすらに不快だ。
そのうち我慢できなくなって耳を抑えた。
それでも抑えた指の隙間から振動がひたすらに入り込んでくる。
直接、心に不快な振動を叩きつけてくる。
やべえ。
結構村から離れたつもりだった。
だがこれでも安全ではない、強制的にそう理解させるなにかがこの振動にはある。
先ほどの安全圏だと思っていた場所よりも遠くへと逃げなければいけない。
この不快な振動から逃げる為にちょっとでも遠くへ‥‥‥。
「あれ?」
いつの間にか俺の眼前に地面があった。
つーかいつの間にか昇っていた木から転倒していたらしかった。
痛みはない。あるかもしれないけどそれより危機感とかが強すぎて痛みを感じている余裕がないのか?
立ち上がらないと、もっと遠くに逃げないと‥‥‥。
「くっそ。ウソだろ?」
身体が動かない。転倒のせいではなさそうだった。
いつの間にか、俺の身体もカタカタと震えている。
弟の発する振動とシンクロしていた。
やべえ。
こうなると嫌でもわかる。
なんかすげー大技ぶっ放すっぽいぞコレ。
もういいじゃん。
生き残っている奴なんて俺とお前くらいだし、そこまでする必要なくね?
必死にこの弁明を弟に届けたい、届けたいが、身体が動かない。
もうわかったって、お前がすげーのはわかったって。俺またなにかやっちゃいました?だって。
お前が主人公だって、お前がナンバーワンだって、だからもういーじゃん。つーかやめてください、俺ごと巻き添えにするつもりかよ。やめてくれ、その特殊能力のすげーところを発揮するのはこんな場末の惨劇現場じゃねーって、もっと魔王とかにぷっぱなせって、おいやめろ。マジで死ぬぞ、お前の大事な兄上のライフはもうゼロだぞ。
言いたいことはいくらでもある。その口上ばかりが頭を駆け巡る、しかしそのすべてが言葉になることはなく、しだいに俺の歯がカチカチと共振し始めた。
舌を噛まないようにするので必死である。
そして次に襲ってきたのはものすごい倦怠感と吐き気だった。
振動で体が揺れて、頭が心臓が腹が、身体の中身が震える。
震えた分だけ体力が抜け落ちていくような感覚。
そしてなくなる体力に比例して押し寄せる吐き気。
こういうのはいっそ吐いちまったほうが楽になれる。
数少ない経験からそれがわかっていたから俺は抵抗することなくその吐き気に身を任せてさっさと吐いてしまおうとした。
「!!」
しかし、口から出たのは吐瀉物などではなく、淡く輝く光の球だった。
もうそう表現するしかないくらい光の珠だった。
そして直観で悟る。これは俺の命そのものであると。
「くっそ」
まるで昇天するかのように浮かび上がる光の珠を手放してたまるものかと、反射的に飛び掛かりかぶりついて必死に飲み込んだ。