1-4この異世界について思う事
「話は済んだかの?」
長老が呆れた様に俺達の話を遮った。
「ああ、まあ、終わったぜ」
「貴様等は聞いたこともないコトバを使うのだな」
「日本語ってんだ、世界で一番美しい言語だぜ」
「ニホンゴ? 聞いたことがないコトバだのぉ。わしらからすれば聞き取れなければそのニホンゴとやらもリザードマンの鳴き声も一緒じゃて」
「日本語のよさがわからねーなんて‥‥‥じゃねーよ、話が脱線したな。今しなきゃいけねーのは報酬の話だろじーさん」
話の主導をじーさんに握られている気がしてあわてて話を報酬の方向に戻すことにした。
なんとなくだけど、このまま主導権を握られっぱなしだと報酬の件もうまくはぐらかされる気がしたからだ。
弟がなんらかのトラブルを解決し、俺がその後に交渉にはいる。このパターンももう何回か目ではあるが、俺の話術があまりにも未熟なため、ほとんど慈善事業みたいな報酬になってしまっている。
この世界の価値基準はまだよくわからないが、それでも今までの報酬がうまく丸め込まれたのだけはわかる。
初めての報酬なんてパンらしきもの一斤だぜ?
命をかけた現場で! テメエらの命はそんな価値しかねーのかよ! じゃあ死ねよ! とか叫びそうになったが、弟がこっちを見ているからそんなことも言えなかったが。
報酬が無料では訝しがるくせに、どこまでもこちらの善意に付け込んで報酬を安くあげようとする。
それでもいいっちゃいいんだけど、こうしてネゴシエーションというちょっと非日常な行為を行う以上、それなりの結果を求めたくなるのはゲーム脳すぎるかね?
「したたか」といえば聞こえはいいが、俺はこの世界に抱く感情は「あさましい」だった。
「それで報酬なんだが‥‥‥そうだな、この村の財産の半分を寄こせ」
とりあえずふっかけてみる。
これでこの無愛想な長老が破顔でもして狼狽でもしてくれればこちらの溜飲も下がろうものだが。
「ふむ、半分か‥‥‥こちらから一つだけ追加で依頼したい。それをこなしてもらえば望むだけ報酬なんぞくれてやる」
と、こんな追加条件を出してきやがった。
「‥‥‥むむむ」
追加条件を出してきた理由を考える。
ひとつ。この村の財産などたかが知れていて、いくらくれてやってもこの村は損をしない。
ふたつ。その追加依頼とやらは本当にせっぱつまっている案件で多少ぼったくられてでも解決したい。
みっつ。俺の提示した価格が意外と妥当である。
ぱっと思い浮かんだのはこのみっつ。
なんとなく。みっつめはないな。
弱者であるはずのこんな村人Aどもであれこんなにしたたかなのだ。
人生経験からも俺よりは当然深い筈である。
考えなければ手玉に取られるのは自明の理だった。
「ダメだ。あくまでも要求は今回の分に限ったものだ。なだ俺達になにかをしてもらいなら別に報酬を用意するんだな」
長老はここでようやく思慮顔をした。
「わしの一存では決められん。他の者と相談してもよいかの」
「まぁいいけど、俺の弟は俺ほど気の長いほうじゃないからな。暴れ出さない内に報酬を出したほうがいいと思うぞ? ほらさっきのリザードマンみたいにぐちゃぐちゃにされたくないだろ?」
ウソである。
弟は恐らくこんな些事に報酬なんぞ求めない。
ただこの世界の言語がわからない以上利用させてもらう。
俺に武力という一番わかりやすい実力行使がかなわない以上、こんな後ろ立てがひとつもない異世界において交渉術の向上にくらい、利用しても罰は当たらないだろう。
当たらない‥‥‥よな。
ご機嫌で辺りを散策している弟のほうをチラリと見る。
目が合った。終わった?と訴えてくる。
俺は首を横に振って答えた。
了解。とばかりに首を縦に振って曲がり角の向こう消えた。
はぁ、とため息が出る。
こんな異世界に突如拉致された俺達兄弟。
これは異世界転生モノで間違いないだろう。いや、異世界召喚ものか? まあどっちでもいいか。
弟はおおよそ万能だ。おそらく求められた結果以上のものを叩きだすだろう。
よって異世界に拉致る価値がある。
俺は?
物語じみた特殊技能なんていっこもなかった。
唯一得たものといえばこの世界に拉致られた時に習得したらしいこの世界の言語を理解する能力とこの世界の言語を話せる能力だけ。
いうならばこの世界のニンゲンが初めから得ている言語能力を異世界転生モノのキモである「特殊能力」として技能欄を一個埋めてしまっているということだ。
出来るなら、そりゃあ出来るのなら無双できるスゲー強い能力を習得したかった。そしてその能力になんかスゲーカッコいい二つ名とかつけたかった。
あれ、また俺なんかやっちゃいましたか? とか言いたかった。
ああ、なんか腹立ってきた。
だって俺達がこんな世界に連れてこられたのってなんらかの大きな存在による拉致だろ?
だったらなんかスゲー能力ぐらいくれよって思ったって罰は当たらんと思うんよ。
「おい。じーさん。まだか、どんだけ待たせんだよ」
苛立ちを隠しもせず、相談するだか言って消えたじーさんに怒号を飛ばす。
だが、じーさんの返答よりも先に帰ってきたのは大きな破裂音だった。
なにか、木造のものが倒壊するような。
なにか、瓦やレンガが砕けるような。
なにか、地面が揺れるような。
なにか、人が理不尽にさらされたときにあげる悲鳴のような。
そっちは先ほど弟が向かっていった方だ。
嫌な予感がした。