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第四話 サロンにて①

 レオン様から〝ヤンデレ(やまい)〟の告白をされて三日。その後、レオン様にお会いすることはできておりません。元々、お忙しい方ですから月に5回会えればよいほうです。


 会えないのは仕方ありませんが、わたくしの心は日が経つにつれて重くなってきました。


 〝ヤンデレ(やまい)〟を受け止める覚悟はできておりますが、具体的にどういった態度をとればよいのか……それがさっぱりなのです。


 レオン様は今までとは違う一面を見せるとおっしゃいましたが、それすら想像がつきません。


 今までのレオン様は婚約者として不出来なわたくしにも紳士的に接してくださいました。


 好きな花束を送ってくださったり、会う時間が空けば手紙も送ってくださいました。侯爵家にも招かれたことがありました。


 侯爵・侯爵夫人共に素敵な方々で、わたくしの稚拙な振る舞いにも目を瞑ってくださったのです。わたくしは恵まれておりますわ。


 ただ、ここ一ヶ月ばかりは様子がおかしかったです。サロンに出てもエスコートはそこそこに、他の令嬢と談笑してわたくしは置いてけぼり。だから、わたくしに飽きたとばかり思っていました。


 でも〝ヤンデレ(やまい)〟を告白した時のレオン様はわたくしを頼ってくださった。他のご令嬢ではなくわたくしに打ち明けてくださった。それは純粋に嬉しかったのです。


 たとえ、()()()()婚約者がわたくしであった、という理由でも。


 〝ヤンデレ〟は殺意を抱く恐ろしい病です。進行速度が早いといってましたので、治癒がすぐ必要なのでしょう。なら、婚約者のわたくしに頼るのは一番の近道ですわ。


 できうる限り支えましょう。そう決意はあるのですが……


「ふぅ……」


 やはりするべきことが明確ではなくて、困り果ててしまいます。


 例えるならそう。


 ぬかるみに足を取られて、そのまま身動きが取れなくなるような不安定な気持ちです。


 気を抜くとため息をついてしまうので、わたくしは目の前のするべきことに集中することにしました。



 ***


 わたくしの一日は(せわ)しないです。


 日が昇る前に起きて、お父様がたの食事の準備をします。レオン様の婚約者となってからは、料理人がきてくれましたので、朝食作りはしなくてもよいことです。


 でも、わたくしは朝のパン作りが楽しくてしかたありませんでした。


 ドレスではなく着なれた綿のワンピースを身につけます。胸を持ち上げ締め付けるコルセットもなく、スカートのボリュームを魅せるために必要なパニエもいりません。ラフな格好でパン作りをします。


 作業台に打ち粉をして、パンをこねるのは体力がいりますが、その分、無心になれました。余計なものを考えなくてよい時間は幸せなものです。


 ただのエリアルになれたような気がして、ホッとしてしまいます。


 それに、出来映えがよければとても美味しい。パリッと香ばしく焼けたパンの匂いも心踊ります。


 だから、パン作りは、わたくしの一日の最大の楽しみとなっておりました。



 自作のパンを家族で頬張り、一息ついたら、そこからは厳しい所作の訓練を学ぶ時間です。ダンスの先生。マナーの先生。学問の先生。毎日変わる先生方にみっちり教えられます。厳しい先生方ばかりですが、わたくしにはありがたかったです。


 一年前のわたくしが何のマナーも身につけず社交界に足を踏み入れたとしたら、ご婦人がたに笑われてレオン様の評判を落としたことでしょう。それすらも分かっておりませんでしたから、恐ろしいことです。


 婚約してから半年はみっちり所作や知識を学び、半年前から少しずつ社交の場にも出ていきました。二ヶ月前ぐらいからようやく、レオン様のエスコートなしに一人でもサロンに行けるようになりました。


 ですが、付け焼き刃にならないように日々訓練です。その為の厳しさならばわたくしは受け入れますわ。



 午前の勉強が終わると、マナーの練習を兼ねての昼食です。


 それが終わると後は、自由時間ともいえますが、お母様と共に本を読んで視野を広げたりします。お母様はわたくしに淑女として恥じない振る舞いをしなさいと、婚約が決まってから厳しくなりました。


 ですが、お母様も社交のことには明るくなく、歴史・経済・文学・地理などの知識もこの土地のものしか知りません。新聞を数種類定期購入して、二人で読む毎日です。そして、分からないことがあれば、都市の王立図書館へ二人で足を運びます。


 王立図書館は聖女さまが来る前は、王族の持ち物で特権階級しか見れないものでした。


 聖女さまは国民の知識向上のために、図書館として解放してくださり、身分を問わず読みたい本が読めますの。


 本の貸し出しは、盗む人が多いとかで今は禁止されています。でも、仕組みを整えたらまた貸し出しをしたいと、聖女さまがおっしゃられているとのこと。ありがたいことです。


 王立図書館の蔵書は幅広く、高価な経済本や、手に入りにくい歴史書もあります。図書館へ行ったときは、日がくれるまでお母様と共に読みふけります。


 あとは、刺繍の練習をしたりもします。


 織物はしたことがありますが、可憐さが求められる刺繍は別物です。最初はセンスのなさにしょげましたが、絵画で描かれる刺繍や、ドレスを贈られたときに作り方を聞いたりして、腕を磨いてまいりました。


 刺繍はのめり込めばとても楽しいものです。ついついやりすぎて、クッションカバーや、ナプキン、ハンカチ、カーテンなど、家にある布製品はわたくしの刺繍で溢れかえっています。


 縫うものがなくなるのは困りものです。


 後は婚約者となった際に多くなったサロンのお誘いに参加したりします。


 今日はちょうど、その日でした。



 いくら所作を学んでも、実践に使えなければ意味がないですから、わたくしはお呼ばれしたサロンには参加するようにしています。


 社交の場というのは、学びの多い場所ですわ。扇子で周りに悟られずに会話すると知ったときは驚愕したものです。


 わたくしはサロンに行くためにドレスに着替えます。これがなかなか大変なものです。自分に気合いを入れないとできないものですわ。


 まず、丈が膝までしかない短いワンピースタイプの肌着(シフト)姿になり、太ももまである長い白いタイツを履いていきます。タイツがずれ落ちないように膝上のところで、リボンをもらって、蝶結びにして固定していきます。タイツの足首にはヒスイカズラの刺繍をしたので、お気に入りのものです。


 それから白いペティコート──アンダースカート──の端にある紐を結んで、腰で固定していきます。今は肌寒い季節なので、保温性のある厚手のものを選びました。とろみのある生地がわたくしを寒さから守ってくれることでしょう。


 次はコルセットなのですが……

 わたくしは気合いを再度、入れ直しました。

 机に手をつけて、これから起こるコルセットの締め付けに耐えます。


「いくわよ」


 お母様に声をかけられ、体が強ばりました。


 圧迫され形を変えていく体。細くなる腰。持ち上がる胸の谷間。締め付けている間「んっ……」と、苦しい声を漏らさないように、口元を手で押さえます。


 最近ではコルセットの紐がゴム製のものも出てきているのですが、『不倫妻の代名詞』と言われているらしく、わたくしは昔ながらのものを使用しています。


 ゴム製のものは一回取り外しても、紐の結び目が同じなので、取ったことがバレないのだそうです。不倫防止にコルセットの紐は夫が締めることもあると聞きますし、お遊びをしたいご婦人がそのコルセットに飛び付いているらしいのです。


 だから、ゴム製のコルセットを付けているとあの人は不倫しているのね……と、ひそひそと陰口を言われてしまうのです。


 キリキリと締め付けられ、息も絶え絶えになっている間に、ポケットバックと呼ばれる手がいれられる袋が二つ、紐で結ばれたものをつけていきます。


 ドレスにポケットはないので、これがあると便利ですわ。ドレスのスカートには切り込みが入っていて、手がいれられます。


 スカートのボリュームをあげるためのパニエを付けてもらい、それからようやくドレスです。


 全身鏡の前に立ち、用意された藍色のドレスのパーツを順番ずつ付けていきます。このドレスは胸元、スカート、肩と背中を覆うガウンでパーツが分かれています。まずは胸元の胴衣からです。これが素晴らしいデザインなので、見るといつもほぅと息を吐いてしまいます。


「素敵……」


 そう呟くと、同意するようにお母様も微笑みました。


 この胴衣は藍色一色のシンプルな色味ではありますが、胸元が大きく開いており、貴重なガラス玉が贅沢に使われています。流線型を描きながら散らばるそれは、無数の流れ星が落ちているようですわ。


 逆三角形の胴衣をピンで固定してもらい、次にスカートを履きます。


 こちらも藍色一色ではありますが、スカートの端まで、小さなガラスの玉が無数に散りばめられて、夜空に瞬く星屑のようです。スカートは腰にあるリボンで落ちないように固定します。


 丈が肘まである藍色のガウンを羽織ると、下に着ていたワンピースが隠れました。ガウンをピンで固定して、全身鏡の前に立ちます。右と左にと体を動かすと、袖口にある大きめの白いフリルが、羽のように揺れました。


 ドレスが素晴らしいので、宝飾品は控えめに。胸元を飾るジュエリーは、ねじりが入ったシルバーのチェーンに小粒なダイヤモンドが三つ連なっております。


 ダイヤモンドは気を失うほど高価なものです。付けるときは緊張します。


 髪飾りは同じくシルバーのものです。結い上げた髪に控えめに輝く白銀。形は王冠、まではいきませんが小さなティアラのようになっており、気分はどこかの国のお姫様です。


 薄く化粧をほどこせば、パンをこねていた自分とはまるで別人です。全身鏡で覗くわたくしは、ただのエリアルではなく、侯爵家の嫡男の婚約者にすっかり変身しておりました。


 ──この姿に恥じない振る舞いをしないと。


 田舎娘が見た目だけは着飾っていると、揶揄されないように。ドレスを着て浮かれた気持ちを律します。


 自然に、気品があるように。何度も鏡の前で練習した微笑みをします。その出来映えを確認して、わたくしは毛皮の外套を羽織りました。



「いってまいります」


 お母様に見送られ、わたくしは馬車でサロンが開かれる都市へと向かいました。


着替えのシーンはイギリスのリバプールにある国立博物館の動画を参考にしました。着替えが大変すぎて驚愕したものです。興味のあるかたはぜひご覧になってください!

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