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第二十二話 レオン視点①

三人称になります。

「ハンプティ・ダンプティ、塀にのる」


 夜、湯船に浸かっていたレオンはご機嫌だった。子供の頃からよく口ずさんでいた歌をうたい、リズムまでとって体をゆらす。足を組みかえれば、香水まじりのお湯がゆらりと揺らめいた。


 レオンがこうしてお風呂に入るのは、聖女の影響に他ならない。彼女が来る前は風呂に入る概念はなかったのだから。


 風呂以外にも、振り返ると彼女がいなければ、自分もこの国の運命も大きく変わっていただろうと思っていた。




 聖女は、神の儀式と呼ばれるもので召喚された。彼女はこの国の人ではなく、未来の日本から来たひとだった。


 真っ黒な長い髪をなびかせ、鋭い漆黒の瞳を持つ彼女は、見るからにこの国の者ではなかった。


 彼女は女性なのに黒いズボンを履き、黒いスーツを身につけ、顔と一体化したメガネをかけていた。


 この国のメガネは手持ちのもので、ローネットと呼ばれる。観劇を見るために主に貴族が使うもので、コンパクトに折りたためるようになっていた。だから、顔と一体化しているようなメガネは存在しないものだった。


 彼女は手に〝攻略本〟を持っていて、呼び出した王に向かって厳しい眼差しを向けた。聖女の召喚に成功して、感極まる当時の王──マチュー四世に向かって、一言、こういったそうだ。


(くさ)い」と。


 彼女は汚物でも見るような顔で王を見た。王はカンカンだった。


「な、なんだよっ! 臭いって何事だ! よ、余は君の夫となる男だぞぅ!」


 王の前にもかかわらず、彼女は怒号を飛ばした。


「黙りなさい! 臭いものは臭いの! よるな攻略対象1〝お花畑・加齢臭、ついでに不能〟! わたしと話をしたかったら、顔と体を洗って出直してきなさい!」


 彼女の絶叫に王はおそれおののき、聖女を捕らえようとしたらしい。しかし、彼女は烈火の如く怒った。


「人を呼び出しておいて、捕らえるとはどこまで無能なの! だから、イギリスに負けるのよ! そこのボンクラ軍人! 酒飲んで女をはべらしていれば、戦争に勝てるのか!? 勝てるわけないでしょ! このクズ!! 聖女、ジャンヌを思い出しなさい! わたしは彼女の代わりに滅ぶしかない王家を助けにきた!」


 ジャンヌの名前はこの国では有名な人だ。国を救おうとして、魔女として敵国に捉えられた聖女。火炙りにされて、彼女の命はついえても、その心はこの国に勇気を与えた。


 その名前を見るからに他国の人間が知っている。それは、彼女の言葉を聞いてもよいと思わせた。


 しかし、この国では風呂に入ることは悪魔が体が入り込むと信じられていて、聖女の言葉はすぐに実行できそうになかった。


 それに、聖女は怒り狂った。


「何が悪魔よ! 怖いのはシラミだ! シラミ! アタマジラミはね、寄生虫なの! 頭痒くなるし、血を吸うし、感染症を引き起こすときもあんのよ! 不潔だから病気になるんだ! 湯を沸かせ! 熱い湯で体を綺麗にしなさい!!」


 あまりの怒号にお花畑・加齢臭・ついでに不能な王は震え上がった。彼は今まで女性に怒られたことがなかったため、余計に怖かったらしい。


 それを庇ったのは彼の母親である。


「な、なんて下品な言葉遣いなの!? おお……マチュー……可哀想に」

「ま、まま……」


 抱き合う王とその母親に聖女はしらけた顔をした。


 大飢饉のために聖女を呼び出したとあるが、実際のところは息子が不能で世継ぎに悩んだ王の母親がけしかけたことだった。


 実際に大飢饉は起こっていたし、敵国の戦争で国庫には金がなく、国はひっぱくした状況だった。それをかえりみれないほど、王や王の母親はお花畑を頭に咲かせていたのだ。


 聖女はあわや投獄されそうになったが、その前に飢饉をなんとかすると言って、その力を発揮した。


 飢饉はエリアルの実家を頼り、強い稲の開発に協力させた。研究者として彼女の父親を登城させ、資金を渡して、その稲を被害が酷かった場所に種をもっていかせた。


 聖女は娘は、決してパリに連れてくるなと父親に言い聞かせていた。この仕事も隠し通すように念を押した。


「彼女がパリにきたら、彼女は死ぬことになる。娘を死なせたくなかったら、わたしの言うとおりにしなさい」


 エリアルの父は聖女の言葉を守った。聖女に畏怖してというよりは、一人娘の身を案じた結果だ。


 エリアルをパリにこさせなかったのは、彼女が悪役令嬢になる〝フラグ〟を折っているためらしい。


 エリアルが、幼い頃懇意にしていた司教がいるパリにくると良くないことが起きる。攻略本を見れば一目瞭然だった。



 飢饉を回復している最中、聖女は王の弟であるエドモンと密かに繋がった。そして、彼と共闘して、国王を離宮に退けたのだった。


 不能なので、子供は見込めないだろう。頭に咲いた花を外でも咲かせるわけにはいかない。監視下においた方がよいという判断だった。


 聖女は〝攻略本〟を持って次々に革命を起こして、国を安定させた。キレながら。


「飢饉で食べるものがないのに重税強いるとか、頭沸いてんの? だから反乱なんか起こされるのよ。そのドレス買って、どんちゃん騒ぎする暇あったら、鍬もって畑を耕せっていうのよ。働かざる者、食うべからずよ!」


 真面目に領地を見ない貴族は土地を没収して、真面目な経営をする貴族に任せた。貴族らしい生活をするのは認めたが、それはあくまで仕事を真面目にしている貴族に限った。そのために、貴族と呼ばれる者たちの数は大幅に減った。


 彼女の改革は都市パリにも及んだ。


「パリくっさ! 何、この臭さ! イメージが台無しよ! なんで、家にトイレがついてないのよ! 汚物はそこいらに捨てるな! 病原菌が沸く! この臭さで死ねるわよ! ユニットバスを作りなさい。え? なんだそれ? こういうものよ! それと、ゴミはゴミ箱へ! ちゃんと回収して処理すんのよ。その後はどうするんだって? あぁ! もぉぉ!!」


 異臭の酷かったパリの町は、聖女の怒号により、衛生面の発達をさせた。


 彼女はこの国よりずっと発達した国から来たもので、その方法は革新的だった。


 常に国民に目が向いていた聖女を支持する声は大きかった。


 彼女は「当たり前のことをしただけだ」と言っていたが、それでも彼女がいたからこの国はどん底から救われた。


 時を経て、彼女はエドモンと結婚して王妃となり、それまで接触してこなかったレオンに攻略本を見せた。


「……ねぇ、あなたはこの子のことをどう思う? たぶん、あなたの全てを受け入れるのはこの子よ。激情家同士、うまくいくと思うんだけど」


 レオンには理解不能な言葉をつらつら並べて、聖女はエリアルの〝スチル〟を見せた。


 聖女から見たら、レオンとエリアルかくっつくのは、最高の

相性、運命の相手だからと、持論を述べてきた。


 そんなものがあるのか?と最初は信じられない気持ちだったか、今となっては信じたくもなる。


 すべては聖女の思惑通りに事が運んでいる気がするが、それでもよかった。


 エリアルという愛しくてたまらない存在を見つけてくれたことに、レオンは感謝すらしていた。


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