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第二十話 帰り道①

 

 コーヒーハウスを出た後も、わたくしは頭がふわふわとしたままでした。


 結局、コーヒーは飲みきれずにレオン様が飲んでくださいました。


「喉が甘すぎて、苦味がほしいんだ」と言って。


 わたくしが口をつけたものなので、やめてほしかったのですが、レオン様はコーヒーをあっさりと奪いとってしまいました。しかも一気に飲まれてしまったのです。


 視線をこちらに向けながら、喉仏をならす姿は、あらぬ欲を掻き立てます。わたくしは、不埒なことを考えている自分が恥ずかしくてたまらなかったです。


 アイスクリームの甘さが舌に残ったまま、レオン様に手を引かれ、店を出ました。


 馬車に乗ってもまだ体が熱く、レオン様の方を向けません。馬の声をどこか遠くに聞き、馬車が揺れ出します。


 ボーッとしていたせいで、がくんと揺れた馬車に反応できず、大きく体が倒れそうになってしまいました。


 寸前のところで、レオン様に肩を抱かれて馬車の窓にぶつかるのはさけられました。


「大丈夫?」


 心配した声さえどきりとしてしまいます。神経がむき出しになって、少しの刺激を敏感に拾っているようです。


 視界の端でレオン様の口元が見えて、わたくしの意識は吸い込まれていきます。


 ──触れてみたい……


 トランプゲームで叶えられなかったことを急にしたくなり、はっとしました。


 ──やだ。わたくしったら……なんてことを考えているの……


 アイスクリームの魔法がとけきっていないみたいで頭が混乱します。


「申し訳ありません……」


 取り繕うように感謝を述べると、頭の上でため息が聞こえました。


 横に向いていた体を正面にされて、肩に腕を回されます。右半身がぴったりとレオン様にくっつく形になって、わたくしは体を強ばらせました。


「危ないからこうしてよう」


 優しい声がけに、恥ずかしいとも言えず、わたくしはこくりと頷きました。


 ドキン。ドキン。


 この右半身から、わたくしの心臓の音が伝わらないでしょうか。

 それが気になって仕方なく、わたくしの体はゆるむことはなかったです。



 馬車はそのまま軽快に走り、またセーヌ川が見えてきました。そこで馬が一声鳴いて、止まってしまいます。どうしたのでしょう?と、レオン様を見上げると、掴まれていた肩を離されました。


 すっと空いた距離のまま、レオン様はわたくしに尋ねてきます。


「この後なんだけど、クグロフを買いに行こうと思うんだ」


 クグロフ。わたくしが自分の家にいた頃、レオン様に出していたケーキです。それを買いに行くとは、美味しいところがあるのでしょうか。


 こてんと首をかしげたわたくしに、レオン様は爽やかに微笑みます。その笑顔とは裏腹に、わたくしの秘密を暴こうとしてきました。


「エリアルの家で食べたクグロフの味が忘れられなくてね。色々と探し回ったんだけど、あの味に辿り着けないんだ」


 その一言にひゅっと息を飲みました。爽やかな笑顔に、いっぺんの陰りが入ります。


「ねぇ、エリアル……あのクグロフを食べたいんだ。どこで買ったのか教えてくれないかな?」


 わたくしはびくっと震えてしまいました。加熱していた頭が一気に冷えていきます。


 あれはわたくしが作ったもので、買えるものではありません。


 それに、あのクグロフはわたくしの秘密の想いが込められたものでした。


 ──ダメよ。わたくしが作ったものなんて……言えないわ……


 想いが暴かれてしまうことを恐れて、わたくしは血の気が引いてしまいました。







 婚約話があったとき、わたくしは戸惑いながらも、レオン様に惹かれていました。幸せそうに婚約者になってほしいと言われて、わたくしは胸が高鳴ってしまったのです。


 いつからレオン様に惹かれていたのか……思い返すと、一目惚れだったとしか言えません。


 童話の世界から飛び出したような見目麗しい王子さまが、わたくしを望んでいる。


 それにお姫様にでもなれたような気分になっていました。


 一度、抱いた淡い気持ちは、ずっとわたくしの中でくすぶっていました。


 ですが、貴族の世界はわたくしが裸足で踏み入れてはいけない世界。


『あなたの所作ひとつひとつがレオン様の評判に繋がります。好きなだけでは、生きられない世界です。レオン様を慕うなら、隣に立つのに恥ずかしくない振る舞いを身に付けなさい』


 そう言ってわたくしを律してくださったお母様。


 わたくしの浮わついた心に現実をみせるように、婚約してから半年はレオン様とは、あまり会えませんでした。


 わたくしは寂しくて、気持ちが盛り上がってしまい、手作りのものを食べてほしいと欲がでてしまったのです。


 愚かなことです。上流階級の方はキッチンに立つことはしないでしょう。専属の料理人がおりますものね。


 お母様にもクグロフを作ることは渋い顔をされました。でも、わたくしは懇願してしまったのです。


「一度だけ……一度だけでいいの……」


 お母様はわたくしに根負けして認めてくださいました。


「……やってみてもいいけど……なるなら、シェフのクレールさんが認めるものを作りなさい。中途半端は、レオン様へ失礼ですよ」


 お母様の言うことは最もなので、わたくしはその教えを守りました。何度も何度もクグロフを作りました。


 侯爵家から来たシェフのクレールさんはとても親切な方で、不器用なわたくしのクグロフを何度も味見してくださったのです。そして、レオン様が遠征から戻ってきたとき。わたくしは内緒で手作りのクグロフをお出ししました。


 内緒にしたのは、呆れられてしまうのが怖かったから。庶民ぽいことをして、心が離れてしまうことを恐れたのです。


 最初、お出ししたときは心臓がはちきれそうでした。まずいって言われたらどうしようと、不安で仕方なかったです。


 クグロフを食べたレオン様は驚いていました。


「美味しい……すごく美味しいよ」


 仄かに頬が赤くなり、幸せそうなお顔。それを見て、わたくしは心が震えました。


 レオン様への気持ちが報われたような気がしてしまったのです。


 それから、秘密を重ねるようにわたくしは内緒でクグロフを作ってしまっていました。

この話は長くなってしまったので、夜にもう一度更新します。

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