第十七話 パリへお出かけ①
更新の日付を間違えました……二話更新しています。13時に改稿しました。
その日の朝は、びっくりするお誘いがレオン様からありました。
「まぁ……パリにお出かけなの?」
朝の着替えを手伝ってくれていたジュリーが、ニコニコと笑顔で言います。
「えぇ。先程、オーラスさんから言付けがありました。今日はレオン様も一日、お休みですから、パリで流行しているコーヒーハウスに行きましょう、とのお話です」
ぐっぐっと、コルセットを絞られているというのに、苦しさはなく心が踊りました。
──レオン様とお出かけ……すごく嬉しい……
あのトランプゲームをした夜以来、レオン様とはゆっくりお話できていません。お仕事が忙しいらしく、夜の余暇も一緒にいられませんでした。
『ごめんね。仕事が終わったら、またゆっくり過ごせるから』
謝る姿を見たら、何も言えません。本当は寂しくてしかたがなかったのですが、ぐっと堪えました。
あの夜以来、レオン様への気持ちがふくらんでしまい、うまく感情が制御できていません。だから、切ない気持ちを前より強く感じてしまいます。
それに、大切にしていたしおりも失くしてしまい、わたくしは落ち込んでいました。
本ごとどこかにいってしまい、散々探したのですが、見つからなかったのです。内容が内容の本なので、しつこく行方を聞き回るわけにもいかず、わたくしは気を落としていました。
ですから、今日のお誘いはとても嬉しく、いつも以上に心が弾んでしまったのです。
コルセットで身を引き締められながら、お出かけ先のコーヒーハウスへと思いを馳せます。
コーヒーは飲んだことがありませんが、確か紅茶よりも色が濃く、苦味が強いものだと本で読みました。イギリスでは盛んに飲まれるものらしいです。この国でも、コーヒーの文化は広まりつつあります。パリを中心に、コーヒーハウスが急激にオープンしているとか。
そんなことを考えていると、ジュリーがおしりに七段の襞があるペティコートを付けだしました。ボリュームたっぷりのペティコートは、ドレスのスカートの丈より少し短いものです。
ドレスの下準備をしていると、モード商人──ファッションアドバイザー──のデボラさんが、縞模様のドレスを持ってきました。
焦げ茶色の髪をひっつめて、カツンとハイヒールを鳴らす彼女は一見、怖い人に見えます。でも、とても仕事熱心な方です。
初めて着るドレスなので、デボラさんが説明をしてくれました。
すごく、早口で。
「エリアル様、ご覧下さい。この縦縞模様。パリで流行っている最新の柄です。イエローベースに見えますが、よくよく見ると、十二色使われています。色は、黒、ローズ、白など……庭に咲くダリアの花の色味。えぇ! まさに、ダリアの花のように優美なエリアル様のためのドレス!」
「このドレスはローブ・ア・ラ・ポロネーズという最先端のものです。ローブ・ア・ラ・ポロネーズは、ヒップを高く上げたデザインで、この三つの襞が肝です! 動きやすく、外出には最適です! 結婚前のお二人のお出掛けに、これ以上のドレスはありますでしょうか? いや、ないと、私は断言します!」
段々と熱がこもり、デボラさんは息切れしていました。
熱くドレスを語るデボラさんに、わたくしは呆気にとられてしまいます。
デボラさんは、意気揚々とドレスをジュリーに手渡します。そして、熱心に着替えをさせてくれました。
もっとヒップを高く! その高さは下品になります……もっと、低く。えぇ、その辺りで。スカートはボリュームがあるように!と、デボラさんの声が飛んでいます。
ドレスを身につけて分かったのですが、スカートが持ち上がったデザインなので、裾を引きずらずにすみ、本当に歩きやすいです。
鏡で見ると、ちょこんと、焦げ茶色のハイヒールがスカートから顔を出しています。
ツンとおしりが上がったシルエットも可愛らしいです。
胸元をしっかり隠してるデザインですが、胸の周りはスカートと同じ縦縞模様の生地で襞が作られ、半円を描いておりました。
胸から腰まで。両手を手首で合わせたように二つの襞が直線に伸びて、腰から下のスカートは劇場のカーテンを開くように分かれています。
肩をおおい、肘まであるタイトな袖は、袖口に胸と同じ襞が付いていました。
襞しかないデザインですが、それが体のラインを綺麗に、豪華に魅せてくれていました。
「次はこの帽子です!」
デボラさんが渡してくれたのは、つばが水平で高さのない帽子でした。
靴と同じ焦げ茶色の色味で、飾りにはダリアの花の造花がありました。
帽子の両端から出たオリーブ色のスカーフを顎の下で結べば、完成です。
「エレガント! 完璧です! はい、拍手!」
デボラさんが拍手をしてくださり、ジュリーもにこにこと手を叩いてくれて、なんだか恥ずかしくなります。
照れるわたくしの背中を押して、ジュリーがレオン様がお待ちですよと、急かしました。
***
玄関ホールに行くと、レオン様が待っておりました。こちらを見たレオン様は、顔を綻ばせて近づいてきます。
わたくしも近づきたかったのですが、レオン様の姿にみとれてしまい、足が床に縫い付けられたように動けなくなってしまいました。
燕尾服のようなデザインのスーツ姿で、前はきっちりと金色のボタンがしまっていました。
スーツの色味は紺ですが、模様が織り込まれているらしく、レオン様が動くたびに煌めいています。
襟元にはジャボとよばれる白いレース飾りをしていて、銀色の留め具が輝いていました。
ぴったりとした長ズボンはカーキ色。スーツの前裾が短いせいか、足が長くすらっとして見えます。
ズボンを中に入れた革製のブーツの存在は、紳士的な雰囲気にワイルドさを加えて、胸がとくんと高鳴りました。
シルクハットを手に持ち、レオン様がわたくしの前で止まります。
「エリアル。とっても綺麗だ」
蕩けるような眼差しで言われて、わたくしの鼓動は早まります。惚けていた顔のまま、うっとりと微笑みかけました。
「ありがとうございます。……レオン様も素敵ですわ」
ありがとうの代わりに、少年のようにレオン様は微笑まれます。
レオン様はすっと右手腕を上げて、手のひらを下に向けました。スーツの袖口から出た白いレースの飾りが、さらりと流れ落ちます。
「行こうか」
わたくしはレオン様の手に左手を重ねて、えぇと微笑みました。
──こんな風にレオン様の笑顔を近くで見られるなんて……幸せだわ……
どうやら、わたくしは思ったよりも寂しかったようです。レオン様が近くにいるだけで、夢見心地になるのですから。
ふわふわとした心地のまま足を前に出すと、重ねられた指先を強く引き寄せられました。
わたくしはもつれながら、レオン様の体に軽くぶつかってしまいます。
どうしたのでしょう?と、不思議に思ってレオン様を見上げると、くすりと笑われてしまいます。
捕らわれた手は、レオン様の左腕に絡み付くような形にされてしまいました。密着した体勢に驚きます。
薄く口を開いていると、レオン様は上機嫌にシルクハットを被ります。
「異国ではね。こうやって女性をエスコートするのが主流なんだよ。〝レディ・ファースト〟というものなんだ」
「〝レディ・ファースト〟……ですか?」
無知なわたくしにレオン様は丁寧に教えてくださいます。
「大切な女性を守るためにね、常に体を密着させておくんだよ。パリは治安が回復したとはいえ、スリや乞食もいるからね。悪いやつから、エリアルを守らせて」
わたくしたちには護衛が付きますので、レオン様が守る必要はないのです。それなのにその心が嬉しいです。
「レオン様……ありがとうございます」
心から言うと、レオン様はまた破顔されました。
***
馬車に乗り込み、パリへ向かいます。目当てはコーヒーハウス。お昼を食べてからのお出掛けなので、コーヒーとお店で評判の〝アイスクリーム〟をいただきましょうと、レオン様が話してくれました。
アイスクリームは食べたことがありませんが、甘く舌でとろける氷菓子だそうです。楽しみです。
馬車で一時間ほど揺られると、窓から見える風景が変わってきました。
活気のある人々の声。行き交う馬車の多さに驚いてしまいます。
建物は石造りで四階建てのものが多く、一階は灰色の石垣が作られ、アーチの形をしています。その奥に進むと扉があるようです。二階から上は白い壁になっており、石造りの枠に木製の窓が並んでいました。
屋根の上に煙突があって、黒い煙を吐き出しています。建物が密集して、煙を出しているせいでしょうか。晴れだというのに、空はどこか薄暗い雰囲気です。
同じような色味の建物が並んでいますが、食堂と思われる場所では様子が違っていました。
外にあるテーブルのまん中には、赤い大きなパラソルがささっています。側に置いてあった樽からワインを出して、笑いながら飲む人の姿も見えました。
今は聖女さまによって各家に〝トイレ〟の設置が義務付けられたので、綺麗な町並みですが、かつては酷い悪臭の街だったそうです。
下水の設備も不十分で、汚物も川に捨てていたそうです。人が多い分、匂いもきつかったでしょう。
そんな姿の片鱗は、セーヌ川に見られました。
賑やかなメイン通りから横道に入ると、セーヌ川が見えてきます。
水の色はさほど綺麗ではありません。昔の汚泥が残ったままなのでしょう。
広い川幅なので、ゴンドラに乗って舟を漕ぐ人の姿が見えます。無秩序に漕いでいますから、ぶつかっているものもありました。
川沿いを走っていると、ノートルダム橋が見えてきます。
橋の両端には五階建ての細長い建物が、平屋のように連なっていました。
それぞれの建物は窓が二つしかないので、幅は広くないのでしょうね。
オレンジ、黄色、緑など。色とりどりの三角屋根がついて、煙突からやはり、黒煙が見えました。
等間隔に煙突があり、煙をだす様は工業地帯のような風景です。
橋を横切り、しばらく走ったところで目当てのコーヒーハウスに着きました。
馬車から降りるとき、先にレオン様が降りられ、右手を差し出されます。紳士的なエスコートに微笑みながら、左手を重ねました。
ぴょんっと、跳ねるように地面に降りたとき、わたくしはすかさず道路側に立ちます。
身分が低いものが道路側にくる。たとえ婚約者であろうと、それは決まりごとです。
「こらこら。エリアルはこっちだよ」
「え……?」
レオン様がわたくしの肩を抱き、道路とは反対側に立たせてしまいます。目を丸くして見上げると、レオン様はくすりと笑いました。
「〝レディ・ファースト〟って言ったでしょ? だから、エリアルはこっちだよ」
でも……と、言おうとして口をつぐみます。
レオン様の背後には反対側の歩道が見え、恋人らしい二人が歩いていました。
女性の方が身分が低いのでしょう。道路側を歩いていますから。
わたくしは困ってしまい、眉尻を下げて、レオン様に言いました。
「レオン様が侯爵家の方なのは事実ですし、外では……その……目立つことはなさらない方がいいと思います。決して、レオン様の好意が嫌ではなく……」
そこで言葉を切り、腹に力を込めます。
「わたくしのせいでレオン様の評判を落としたらと思うと……心苦しいのです」
田舎娘が身分をわきまえずに調子に乗っている。レオン様も咎めればよいものを……世間はそう見るでしょう。それが常識というものです。
うつむいたわたくしに、レオン様は肩を大きく上下しました。
「これは僕が悪いのかな……」
ぽつりと呟くように言われて、顔を上げます。レオン様は何か考えるような顔をして後、真摯な眼差しをされました。
「エリアルに話があるんだ。今日はその為に外に出た」
──話? 一体、なんの?
考えている隙に、右手を差し出されます。
「ひとまずコーヒーハウスに行こうか。話はそこでしよう」
ふっと和らいだ瞳につられて、わたくしは左手を重ねました。
町並みは、18世紀当時のパリ市内を再現した動画を参考にしました。地図を元に当時の音声も再現されていて、感嘆しました。YouTubeに上がっているので、興味のあるかたは探してみてください。
間違えて更新してしまったので、明日の更新はありません。すみません! また新年に更新します。よいお年を!




