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第十三話 トランプ遊び①

 入浴を終えて、全身を磨かれた後、ラウンド・ガウンと呼ばれるハイ・ウエストの白いワンピースドレスに着替えます。


 堅苦しいドレスではなく、綿を基調としたものなので、ふわっとしていて着心地がよいです。このドレスはウエストラインが胸の位置にあり、身頃とスカートがひとつづきとなっています。スカートには小さな稲の刺繍が散りばめられておりました。この刺繍が可愛らしく、故郷を思い出して、頬がゆるんでしまいます。


 控えめに空いた丸い胸元。肩から胸にかけての飾りは、縦に波うつように襞がついています。長袖なので、夜の冷たさから、わたくしを守ってくれているようですわ。


 下はコルセットを付けず、シュミーズ(したぎ)のみです。


 これからサロン室でレオン様と会うので、コルセットなしは恥ずかしいのですが、昨晩、お願いをされてしまいましたの。


『エリアルには、夜はゆったりと過ごしてもらいたいんだ。窮屈なコルセットは脱いできて』と。


 わたくしを思っての配慮でしょうが、やはりコルセットなしは引き締まらないような気がします。


 しかも、昼間にジュリーに『抱きしめて』とレオン様に言うという約束までしてしまいました。


 ──そんな恥ずかしいこと、言える気がしないけど……


 ふぅとひとつ息を吐いて、白い手すりの螺旋階段を下り、遊戯を楽しむためのサロン室へ向かいました。



 ***


 遊戯のためのサロン室は、その名の通りチェスやトランプといった卓上の遊戯を楽しむ場所です。


 そのため円形のチェステーブルがいくつも置いてあります。天板にはすぐにチェスができるように、チェスボードが彫られていました。


 わたくしは残念ながらチェスには明るくありません。対戦ときくとお母様の『賭け事はしない』という教えが脳裏をちらつき、ついつい遠ざけてしまっています。


 ──ここに呼ばれたということは、チェスのお誘いかしら?


 わたくしなんかに対戦相手が務まるのだろうか、と不安になりながら、サロン室へ入りました。


「エリアル……」


 淡い水色のソファに腰かけていたレオン様が、立ち上がって近づいてきます。


 レオン様は、藍色のバニヤンを羽織っていました。丈が膝まである長袖のバニヤンは、体の線を隠すゆったりめの室内コートです。色味は藍色のみですが、唐草模様が織り込まれているらしく、蝋燭の灯りをうつしてキラキラと輝いていました。


 バニヤンの生地はインドで作られた、と聞いております。だからなのか、どこかエキゾチックな雰囲気です。


 夜という時の魔法のせいでしょうか。わたくしはレオン様から男性的な色香を感じてしまい、ほぅとため息をついてしまいました。


 レオン様が首をすこし傾け、目を細めます。


「どうしたの? 惚けて」


 それにはっとして、わたくしは恥ずかしくなり視線を逸らしました。


「……昼間のレオン様とは雰囲気が違いますので……」


 レオン様はそう?と声をだして、わたくしの横に立ちます。


 少しだけ腰を折り、わたくしの顔を覗き込むような体勢になりました。


「この格好は嫌い?」


 声もどこか低く聞こえてしまい余計に色っぽいです。レオン様から香る花の匂いが、わたくしの体温を高めます。雰囲気にのまれながらも、わたくしは声を絞り出しました。


「いえ……素敵ですわ……」


 ちらりと見上げると藍色の瞳とぶつかり、どきりとしてまた視線を逸らしました。


「それはよかった」


 すっと自然に、腰の辺りにレオン様の手が添えられます。歩くのを促されるのかと思いましたが、何かを確認するようにその手がわたくしの背骨に添って上下しました。


 コルセットをしていないので、ダイレクトにレオン様の手の感触がして、ぞわぞわします。思わず声を出しそうになって、慌てて喉の奥で声を殺します。


 硬直したわたくしに、レオン様はけろっとした声で問いかけてきました。


「コルセットを外してきてくれたの?」


 その間にも、わたくしの背骨をなぞる手の動きはとまりません。むしろ、ちょっと強めに触られているような気がします。


 わたくしはぞわぞわしながら、手を前に組んで力を込めます。


「昨日、つけてほしくないと言っていましたので……」


 蚊の鳴くような声で言うと、頭の上でくすりと笑う声がしました。


「そう……ありがとう。すごく嬉しいよ」


 また低い声。空気に飲まれそうになり、わたくしは頭を軽く振ります。


 淑女らしく!と、強く念じて、わたくしは背筋を伸ばし、レオン様に微笑みかけます。レオン様は息を飲みましたが、次の瞬間にはぐっと腰を掴まれました。


 びくっとわたくしが震えるのも構わず、レオン様は歩き出します。わたくしも歩みを進めました。


「今日はエリアルと、トランプをして遊ぼうと思ってね」

「トランプですか?」


 焦げ茶色の丸いテーブルの前に案内されます。


 レオン様は、机と同じ焦げ茶色の木の椅子を引き、わたくしの指先を手で支えながら座るように促してきました。


 座ってレオン様を見上げると「ちょっと待ってて」と言われます。レオン様はサロンの隅にある黒檀(こくたん)のキャビネットから、木目が浮き出た木箱を持ってきました。


 その箱をテーブルの上に置いて、レオン様も椅子に座ります。箱を開いたレオン様は、中身を取り出しました。


 出てきたのは、トランプ。それをレオン様は、滝のように美しくシャッフルさせます。見事な手さばきに、わたくしはみとれてしまいました。


 シャッフルしながら、レオン様はこれからするゲームのことを話してくれます。


「エリアルは、ピケという遊びを知っている?」

「いえ……」


 わたくしはゆるゆると首を振りました。トランプは賭け事の象徴みたいな遊び。嵌まると怖いので、手に取ったことはありません。


「そう。なら、教えてあげる。簡単なゲームだから、すぐ覚えられるよ」


 そう言って、レオン様はピケを教えてくださいました。


 ピケは二から六までを抜いた三十二枚のトランプで行うゲームです。(ディーラー)と子に分かれ、親が十二枚のカードを配り、残りは山となります。細かいルールはありますが、要は手持ちのカードを一枚ずつ出して、強さを比べていきます。そして、先に百点になった方が勝ちです。


 食い入るように説明を聞いていたわたくしに、レオン様は声をかけます。


「運任せの遊びだからね。気兼ねなくやろう?」


 わたくしはルールを覚えようと必死で、体が緊張していました。優しい声がけに強ばった体がゆるんでいきます。


「はい。お願いいたします」


 わたくしは礼をして、ゲームを始めました。



 ゲームの結果は惨敗です。

 二回やりましたが、一向に勝てません。


「僕の勝ち」


 悪戯っ子のように笑うレオン様に、口がすぼまります。


 ──運任せなのに、勝てないわ……なぜかしら?


 自分の運のなさに眉根がひそまります。勝敗の決まったカードを見て、思わず口を尖らせました。


 悔しい。一回ぐらい、勝ちたい。


 チリチリと闘争心を燃やしていると、レオン様がトランプをシャッフルさせながら、クスリと笑います。


「もう一回やる?」

「ぜひ」


 わたくしは間髪いれずに答えました。レオン様は藍色の瞳を細めながら、口の端を上げます。


「じゃあ、次はエリアルが勝てるようにハンディをあげる。最初のカードの強さ比べはエリアルの加点でいいよ」


 そうなると一枚ずつ強さを比べる前に点数が加算されて、わたくしがリードする形になります。


「でもそれでは、ずるになります」


 拗ねた子供みたいに口をすぼめて言うと、レオン様はくすくす笑います。


「いいよ。ハンディだから。その代わり、僕が(ディーラー)だよ。それに……」


 レオン様の手でシャッフルされていたカードがとまります。


「もし、僕が勝ったら、褒美を頂戴」

「褒美ですか?」


「うん。褒美は君への口づけ」


 耳にパチリと暖炉の木炭が崩れる音が響きます。息を飲んだわたくしに、レオン様は小首を傾げて、艶やかに笑っていました。


 わたくしは言葉の意味がわからず……いえ、意味は分かるのですが、動揺してしまいました。二、三度、瞬きをした後に、真顔で聞いてしまいました。


「口づけというのは……手にですか?」


 寓話の騎士が姫にするように、指先に唇を落とされたことがあります。挨拶と言われたそれは、わたくしが卒倒しそうになったものです。それを思いだし、膝の上で揃えた指先がもぞもぞと動き出してしまいました。


 レオン様は変わらず微笑んでいて、わたくしの前にトランプを並べていきます。準備が整うと、ふふっと弾むような笑い声を出しました。


「僕らは婚約者だよ? 口づけといったら、唇だよね?」


 自分の唇を人差し指で二回、ちょんちょんと触れて、レオン様は爽やかに微笑まれました。


 その言葉にわたくしは目を見開き、瞬きを忘れてしまいました。




ピケはフランス発祥のトランプゲームで18世紀には、遊ばれていたそうです。YouTubeにもやり方がのっている動画があるので、興味のある方は見てみてください。


あと、トランプのエースがフランスでは1と表記されるらしいのですが、なじみのないことなので、この話ではエースと書いてあります。


そして、しばらくレオンのターンが続きます。

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