第八話【魔法紋を刻もう】
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――奥多摩ダンジョン。
広大な自然に囲まれた場所にあるそこは、全十階層からなる初級者~中級者向けのダンジョンである。
最深部に生息する魔物はかなり屈強で、クラスレベル2に到達していないと勝つことは難しいとされており、パラメータ上限が非常に高い七瀬さんであっても、クラスレベル1のままだと苦戦するかもしれない。
たぶんそう判断されたから、今回の防衛戦は他のチームと協力して行うことになったのだと思われる。
ちなみにクラスアップの条件とは、各種パラメータのどれか一つが成長限界まで到達している状態で、今以上の成長が必要だと強く感じるような経験をすること……らしいのだが、実際に体験したことのないぼくには未知の領域だ。
たしか七瀬さんのステータスをガン見したとき、敏捷値がそろそろ成長限界を迎えそうだったと記憶しているため、クラスレベル2に到達する日も遠くないのでは? と勝手に想像している。
しかし、ネットなどでは全パラメータを成長限界まで鍛えてからクラスアップしたほうが将来的に強くなるため、それまではクラスアップを保留にすべし! ……といった意見もあるので、色々と難しいところだ。
――とまあ、そんなことを考えつつ、ぼくは放課後に七瀬さんと政府公認のダンジョンショップを訪れていた。
今や日本全国――各都道府県に最低一つはダンジョンショップが設置されており、このお店の最大の目玉といえるのは、当然ながらコアクリスタルの販売である。
ダンジョンショップを経営している母体の会社は、もともと国が経営管理していたらしいのだが、今では民営化されたことで、利益追求の姿勢を隠さず莫大な利益を上げており、各省庁の官僚の天下り先としても絶賛人気を集めているとかなんとか。
コアクリスタル以外にも、多彩なダンジョングッズなどが販売されており、エンターテインメントとして楽しめるように工夫されていたりする。
「上月君、あれ見て」
七瀬さんが指差した方に積まれていたのは、ダンジョンに生息する魔物たちの顔を模したお面だった。
ゴブリン、オーク、オーガといった見知った魔物がデフォルメされてお面になっている。
「ちょっと可愛いよね、これ」
山積みになっているお面から、デフォルメされたオーガのお面を手に取った七瀬さんは、それを被ってこちらに向き直った。
「がお……」
ふむぅ、もしこんなオーガがダンジョンに生息していたら、きっと誰もオーガを狩ることができなくなるだろう。
微笑みながら様子を見ていると、彼女は恥ずかしそうにしながら黙ってお面を投げ捨てた。
だったらやらなきゃいいのにと思うが、七瀬さんは意外とノリがいいのだ。
商品説明欄には、『魔物のお面。これであなたも同種の魔物と認識されてお友達になれるかも!?』と手書きのポップが飾られていたが、その下に小さく『※実際は襲われます。ご注意ください』と事務的に印刷された注意書きがぶら下がっている。
……ですよね~。
実際、ダンジョン内部でこのお面を仮想体で被ってみた人がいたのかもしれない。
友達になれなかったぞ! とクレームでも入ったのか。
さて……今日はこういったファンシーグッズを買いに来たわけではない。
「――いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか」
「えっと、コアクリスタルに魔法紋を付与したくて」
ぼくはそう言って、前回手に入れた属性魔石と、滝本さんから渡されていた黒一色で装飾も何もないブラックカードを提示した。
「……かしこまりました。こちらへどうぞ」
おおう、実はこういうの、ちょっと憧れてたんだよな。
特殊任務に就くエージェントだけが持つことを許されているカードで、特別な優遇措置が受けられる……みたいな?
映画の観すぎかな。
防衛戦に協力する適性者は、様々なサービスを無料で受けることができる――滝本さんはそう言っていたが、魔法紋の付与もなんと無料になるらしい。
その事実を七瀬さんに教えてもらったぼくは、さっそくダンジョンショップへやって来たわけだ。
通常、魔法紋をコアクリスタルに付与しようとすれば、安くても数十万円はかかる。
そのため、魔法は贅沢品などと言われるのだ。
ぼくが持ち込んだ小さな属性魔石だと、それほど強力な魔法紋は付与できないだろうが、無料ならばやる価値はある。
魔力パラメータもそろそろ上げておきたいと思っていたところだ。
「それでは、属性魔石をお預かりします。どのような魔法紋を付与できるかをお調べしますので、少々お待ちください」
奥の部屋に通されたぼくたちは、そのまま感触の良いソファに座って待つことにした。
「付与できる魔法の種類って、どうやって決まるのかな?」
そのへんのことは、ダンジョン探索免許を取得するときの講習でも教えてくれなかった。
魔法紋は高級オプションみたいなものだから、基本知識としては必要ないとされているのかもしれない。
「わたしも詳しくは知らないけど、属性魔石の大きさや、純度、形状なんかが関わってくるみたい。基本的に今まで設計された魔法紋を参考にして作られるから、あらかじめ効果が判明しているのはありがたいわよね。もし新しい魔法紋を職人さんに作ってもらうのなら、自由な設計を試せるぐらい大きな属性魔石を持ってこないと無理だと思う」
なるほど……詳しく知ってるじゃないか。
いや、ありがとうございます。
「――お待たせしました。お預かりした魔石ですと、こちらの二種類の魔法を付与することができます。どちらの魔法紋に致しましょう?」
〈ストーンバレット〉
〈ロックアーマー〉
店員さんに魔法の効果について尋ねると、丁寧に教えてくれた。
〈ストーンバレット〉は、石の弾丸を撃ち出す魔法らしい。
魔法の威力は魔力値に依存するため、今のぼくだとその辺りに転がっている石を投げた程度の威力だろう。
離れた位置にいる敵に攻撃できるのは、ちょっと魅力だが。
〈ロックアーマー〉のほうは、自分自身の耐久値を一時的に高める魔法とのこと。
上昇幅はやはり魔力依存だが、コストパフォーマンスに優れた魔法で、近接戦闘を得意とする人にはお勧めらしい。
どっちにしようかな……。
ぼくがソロでダンジョン探索をする毎日を続けていたならば、〈ストーンバレット〉も悪くなかったかもしれない。
石つぶて程度の威力だとしても、敵を足止めしたり撹乱することはできるだろうから。
しかし、七瀬さんとタッグを組んで魔物を狩っている現状では、それこそ彼女の銃撃のほうが余程威力があるため、ぼくが下手に遠距離攻撃をするよりも任せてしまったほうがいい気がする。
「じゃあ、ロックアーマーの魔法紋を付与してください」
……となれば、ぼくは自分が得意な近接戦闘を強化していくのがベストだ。
ぼくは回避型の戦闘スタイルなので耐久値の伸びがやや低い。弱点補強という意味でも、付与しておいて間違いはないだろう。
「かしこまりました。それでは魔石を魔法紋へと加工致しますので、少々お待ちください」
いったい、どうやってコアクリスタルに魔法紋を付与するんだろう?
ワクワクしながら待っていると、持ち込んだ琥珀色の魔石が、特徴的な形に加工されて運ばれてくる。
なんというか……宝石の装飾加工みたいだな。
魔法紋とは、魔石を加工して綺麗な意匠を施した紋章だった。
それをぼくが所持しているコアクリスタルに近づけると、なんと魔法紋が吸収されるかのようにシュッと消えてしまったではないか。
へぇ……コアクリスタルに魔法紋を付与する行程って、こういう感じなのか。
さっそく使ってみたいなぁ……。
ウズウズしている内心を見透かされたのだろう。
「奥多摩ダンジョン……行っとく?」
七瀬さん……そんな『一狩り行っとく?』みたいなノリで言われたら、断れないじゃない。
でも、ここから奥多摩まではかなりの距離がある。
住所こそ東京都だが、電車で行くとすると片道二時間ほどかかるんじゃないかな。
日本の主要都市を結ぶ路線はリニア新幹線が整備されているため、昔と比べるとかなり時間短縮が進んでいるのだが、地域の交通網は実はそれほど発達していない。
日本が起伏の多い土地柄であることも関係しているのか、いまだに昔ながらの電車が走っていたりするのだ。
「滝本さんにお願いすれば、たぶんヘリを出してもらえると思うよ。次の防衛戦は奥多摩だから、必要経費ってやつ?」
「そういう……ものかな?」
たしかに、奥多摩ダンジョンに生息している魔物と戦っておくことは、防衛戦で役に立つだろうし、そういう意味では必要……かな?
「――あ、滝本さん。事前に奥多摩ダンジョンの魔物と戦っておきたいんですが、ヘリを用意できますか? はい……はい、わかりました」
……タクシーを呼ぶ感覚でヘリを呼んでしまう七瀬さん、さすがです。
滝本さんに指定されたビルの屋上からヘリに乗リ込み、ぼくたちは言葉通り真っ直ぐ奥多摩へと飛んだ。
最新の軍用ヘリは時速400kmほどらしいので、あっという間に奥多摩に到着である。
仮想体をどんどん強化していけば、ヘリで移動するより走ったほうが早い! ……みたいな展開とかになるのかな? まさかね。
さて……。
奥多摩は、自然豊かな観光地として人気の場所だ。
奥多摩湖、キャンプ場、森林遊歩道、名物の滝などなど、観光名所を目当てにたくさんの観光客が訪れる憩いの場所である。
ぼくらの目的地である奥多摩ダンジョンは、その観光ルートから少し奥まった場所に設置されており、自然の景観を損なわないように配慮されている。
だが、奥多摩ダンジョンも最近では立派な観光名所の一つとなっており、自分の仮想体を持っている人たちなんかは、自然豊かな奥多摩ダンジョン内でキャンプしたりするのが流行っているんだとか(※魔物対策は必須)。
この前、無料配信されているダンジョンウォーカーにそんなことが書かれていた。
「わたし、奥多摩ダンジョンに来るのは初めてなんだけど。上月君は?」
「うん。ぼくも初めてだけど、昨日のうちに公開されてる情報を自分なりにまとめてみたんだ。七瀬さんも見る?」
ぼくは携帯端末を操作して、情報ファイルを彼女へと送る。
「――へぇ。奥多摩ダンジョンに生息してる魔物の行動パターンに注意すべき攻撃……弱点部位なんかも立体画像でわかりやすくまとめてくれてる。これはグッジョブだね」
そう言ってもらえると嬉しい。
初めての防衛戦の前に、やれることはしっかりやっておきたいのだ。
――奥多摩ダンジョン、地下一階。
「「キィィィィィィィッ」」
さっそく、浅層に繁殖しているダンジョンウサギが何匹も群れをなして襲いかかってくる。
……習得した魔法を発動させてみるか。
魔法紋をコアクリスタルに付与したことで、体力ゲージのすぐ下に、魔力ゲージも追加されているのが確認できた。
〈ロックアーマー〉を発動させると、透明の鎧を着込んだかのような安堵感が体を包んでくれる。
これが……魔法か。
よし――やるぞぉ!
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