第六話【勧誘は密室に入った時点でアウトぉ!】
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台風の影響か、やたらとネットが切断されてかなり焦りました汗
「……」
滝本さんの言葉に、ぼくは無言で頷く。
ここで嘘をついても仕方がない。だって相手は国家権力だもの。
「七瀬さんが言っていた適性者というのは、〈拡張現実〉のスキルを所持している者のことです。極めて稀な例ですが、そのスキルが発現した人は、ダンジョンの外でも仮想体と同じ能力を行使することができる――それがどれだけすごいことか、上月君のほうがよくわかっているんじゃないですか?」
「……そうですね。もし悪用すれば、大抵のことはできてしまいそうな気がします」
「たしかに、その力を自分の欲望を満たすためだけに使おうとした者も実際にいます。そういった人間には、こちらもそれなりの対応をさせていただきますので、紳士的な勧誘も必要なくなって楽と言えば楽なのですが……」
黒縁メガネをきらりと光らせ、滝本さんは「ふふふ」と薄っすら笑う。
「滝本さん。その笑い方も怖いからやめたほうが……」
「おっと、失礼しました。それでは率直に本題に入りましょうか。上月君……どうか我々に力を貸していただけませんか? 歪みから発生する魔物に対処するには、どうしても君たちのような適性者の協力が必要なのです」
やっぱりそうなるよね。
さっきの話の流れからして、絶対そう来ると思ってたし。
日常からかけ離れた場所で、実はこんな大変な事態が起こっていて、それを解決することができるのは君だけなんだ! ……なんて言われたら、少なからず英雄願望を心に秘めている男子などはころりと落ちるだろう。
滝本さんは勧誘慣れしているのか、危うくぼくも何も考えずに頷きそうになってしまった。
「いくつか聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろんです。納得が行くまで質問をしてください。時間はたっぷりありますから」
おおう……ちょっと怖いよ。
時間はたっぷりある→納得して首を縦に振るまで帰さないよ? という心の声が漏れ聞こえてくるようだ。
「さっき歪みから発生した魔物と戦ったとき、攻撃を喰らって体力ゲージが減少するのを確認したんですけど……もしもあのまま体力ゲージがゼロになっていたら、ぼくはどうなっていましたか?」
「……仮想体の能力が現実に適用されるといっても、あくまで生身の体が仮想体と同様に強化されているわけですからね。耐えられないダメージを負った場合は――……死にます。これは私の憶測で答えているわけではなく、過去に実際に起こった事実です」
滝本さんは、隠すことなくそう言った。
「ですから、協力すると決断してくださった場合は、相応の危険が伴うと思ってください。ただし、そうならないように我々も全力を尽くします。適性者が戦闘時の最大火力となるのは間違いないですが、訓練された戦闘員も魔物に対して無力というわけではありませんからね」
「滝本さんが鍛えた戦闘班の人たち、かなり強いですよね。あの人たちがいなかったら、上月君たちを助けに行けなかったかも」
どうやら、さっきのエリアには歪みが複数発生しており、七瀬さんも少々手こずっていたようだ。武装した戦闘員の人たちの支援もあり、どうにかぼくたちを助けに来ることができたらしい。
組織のチーム構成としては、滝本さんが指揮官で、適性者である七瀬さんがエース、それを支援する戦闘班、後始末をする処理班……みたいな感じかな。
鍛えた……ということは、ひょっとすると滝本さんは元自衛官とかかもしれない。
柔和そうな顔つきからは、全然そんなふうに見えないけども。
「ダンジョン産の新素材をふんだんに使用した武器を戦闘員の標準装備にするなんて、予算が豊富ですよね」
「当然でしょう。歪みから発生する魔物の脅威を防ぐことは、最重要案件と言っても過言ではありませんからね。
我々の組織は防衛省の管轄ですが、現代における『防衛』の定義は昔と少しずつ変わってきています。本来『防衛』は外からの攻撃に対して行われるものですが、国と国が戦争する理由の最たるものは資源の奪い合いです。これは大昔から変わりません。
ですが、ダンジョンから魔石という資源が得られるようになり、この構図は変化しつつあります。他国から資源を奪わなくとも、豊かな暮らしが維持できるわけですからね。
まあ……いまだにダンジョンが設置されていない発展途上国はその限りではありませんし、人間というのは欲深い生き物ですから、それでも他国を羨ましいと感じる者はいるでしょうが」
「だから国内で発生するダンジョン関連の問題解決に、少なくない防衛費が割かれてるってわけですね」
と、七瀬さん。
なるほどなぁ。
……え、どういうこと?
ぼくが黙って滝本さんと七瀬さんのやり取りを聞いていると、ふと七瀬さんと目が合った。
「……どうしたの? 何か聞きたいことでも?」
「あ、いや、七瀬さんは学校にいるときと違って、よく喋るなぁ……と思って」
「そう? 別に変わらないと思うけど」
ぼくがそう言うと、滝本さんが興味深そうに掘り下げてくる。
「ほほう。私としても、七瀬さんが学校でどのような女子高校生をしているのかは気になるところですね」
「やめてください滝本さん。セクハラですよ」
「七瀬さんは……本を読んでいることが多いですかね。あと、同じクラスの女子が話しかけようとしても、なんとなく壁を作っているというか」
「はっはっは。こう見えて七瀬さんは人見知りをするほうですからね。転校したばかりで皆と話すのが恥ずかしいのでしょう。読書しながら、実は誰かが話しかけてくるのを今か今かと待っているのだと思いますよ」
マジで?
なにそれ、ちょっと可愛い。ギャップ萌え。
「――上月君。スキル発動させたほうがいいよ」
真横から聞こえた七瀬さんの冷たい声に反応して、ぼくは咄嗟に〈拡張現実〉のスキルを発動させた。
――バキバキバキィッ!!
ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
……と叫びたくなりそうなほど、肩を強く掴まれた。
嘘だろ。痛覚が抑えられているはずなのに、けっこう痛い。
オーガより力強いんじゃないの?
っていうか体力ゲージちょっと削られてるぅ! やめてぇ!
「……滝本さんも、まだセクハラ発言を続けます?」
「いえいえ。それで上月君。他に何か聞きたいことはありますか?」
滝本さんは速攻で勧誘モードに切り替わったようで、にこりと笑う。
ちょっと待って。色んな意味で待って。
ひっひっふぅ、ひっひっふぅ。
「……えっと、七瀬さんはうちの学校に転校してきましたけど、それってあの初心者向けダンジョンの近辺に歪みが発生する兆候が見られたからですか?」
もしかすると、魔物の発生にすぐ対処できるよう、該当するダンジョンから遠くない場所に引っ越してきたとか?
「いえ、適性者の中には自分から望んで日本各地を移動したり、場合によっては世界中を飛び回っている人もいますが、七瀬さんは違います」
「わたし、ここ数年は海外で暮らしてたの。両親の都合で日本に戻ってきたけど、あの学校に転校したのは昔住んでた家から近かったってだけ。適性者なのは判明していたから、日本に移住してすぐに協力要請があったわ。それで、滝本さんのチームに組み込まれることになったのよ」
ああ……そういえば七瀬さんが転校してきたときの自己紹介では、親の都合で転校してきたと言っていたっけ。
「私のチームが担当している範囲は関東全域ですが、必要であればヘリなどの移動手段もすぐ用意できます。転居を強制するようなことはありませんので、安心してください」
なんというか、ぼくが短期バイトのときに受けた面接みたいだ。
引っ越し仕事のバイトだったのだが、遠方で人手が足りないとき、急ぎでヘルプ行ってもらうことってできる? とか聞かれたもの。
実際大型トラックに乗せられてドナドナされることもあったから、それに比べるとヘリで送迎とか、やはり国家権力は最強なんですね、わかります。
「つまり、どこかのダンジョンが活性化して歪みが発生する兆候が見られたら、招集されて魔物を討伐するのに協力する……みたいなイメージですか?」
「仰る通りです。そのため、普段の生活を束縛するような真似は一切しませんし、魔物と戦っているときに危険だと判断したら撤退してもらっても結構です」
え……でもそんなことしたら、逃した魔物が街に侵入して被害が出ちゃいそうだが……。
「適性者の数は多くありませんが、我々のようなチームは他にいくつかあります。七瀬さんは比較的経験の浅い適性者ですが、クラスアップした熟練の適性者が在籍するチームもありますので、歪みから発生する魔物が凶悪であると予想される場合、そういった熟練チームが動員されることになります。ですので、そもそも危険な状況に陥る可能性は低いと思ってください」
黒縁メガネをクイッと押し上げた滝本さんは、声のトーンを少し低くする。
「ですが、不測の事態が起こる可能性は否定できません。その場合、私は適性者の命を優先するべきだと思っています。戦闘員の代わりは大勢いますが、適性者の代わりは簡単には見つかりませんからね。自分の命を最優先に考えてください」
自分の命を最優先に……と言われても、やはりちょっと怖い。
「あの、ここまで話を聞いておいて協力を断った場合はどうなるんですか?」
「心配いりません。協力を拒んだからといって不当な扱いを受けることはありませんよ。ただ……」
「ただ……?」
「上月君がそのスキルを使用して犯罪行為などに手を染めてしまった場合は、おそらくすぐ捕まることになると思います。そうなると、かなり厳しい条件で半強制的にチームに組み込まれることになります」
なにそれ怖い。
犯罪者予備軍として監視されることになるってわけかな。
そうして本当に犯罪行為を犯したら、減刑を餌にして、犯罪者ばかりのチームとかに編成されてこき使われることになるんですね、わかります。
「ちなみに、自由意志のもとに協力を申し出てくれた適性者は、様々な特典を受けることができます。具体的には、協力一時金――これは歪みから発生した魔物を討伐したときの報酬のようなものですね。他にも、ダンジョン探索に役立つ様々なサービスを無料で利用できるようになりますし、万が一ダンジョン内で仮想体を消滅させてしまった場合も、コアクリスタルを無償で提供させていただきますよ」
……マジで?
ダンジョン内で修行してるときに魔物にやられてしまったら、労災みたいな扱いになるってこと?
「あと、これはあまり大きな声では言えないことですが、適性者の家族は有事の際に最優先で保護されることになっています」
「と……言いますと?」
「歪みから発生する魔物には迅速に対処していますが、不測の事態は起こるものです。過去にも倒しきれなかった魔物が街や民間人に被害を出したことはありました。侵入禁止のエリアに自分から入ってきた馬鹿な民間人は自業自得ですが、善良な人々が被害に遭われるのはとても心苦しいことです」
さっきの猪又たちの行動には、滝本さんもご立腹のようだ。
「……でも、自分たちの家族だけ優先的に守ってもらえるっていうのは、なんだかちょっと気が引けますね」
「いえ、当然の権利だと思いますよ。体を張って最前線で戦っている者にこそ、後顧の憂いなく集中してもらうべきなのです。デスクの前でふんぞり返って保身しか考えていない豚にはわからないでしょうが」
「滝本さん。また腹黒注意報が出てますよ」
嗜めるように言う七瀬さん。
お、おう。なんとなく、滝本さんのキャラがわかってきた気がする。
家族を最優先で保護、か。
……よし、決めた。
「――システムコマンド、ステータスオープン」
ぼくはそう言って、ステータスボードの可視化共有をオンにした。
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