第五話【転校生の七瀬さん】
投稿しました^^
皆様、台風にお気をつけください。
「ありがとう。おかげで助かったよ。ところで、七瀬さんはもしかして――」
ぼくが矢継ぎ早に質問しようとすると、七瀬さんは手でそれを遮った。
「ちょっと待って、ボールの人。まずは事後処理をしないといけないから、話はその後で聞くわ」
「うん……わかった。でもその呼び方は止めてくれないかな。ぼくには上月晶っていう名前があるから」
「そう。わたしは――」
「いや、知ってるよ。七瀬紗也さんだよね?」
ぼくがそう言うと、七瀬さんは一歩後ずさった。
「なんでわたしの名前……知ってるの?」
あ、これ絶対引かれてるやつだよね。顔から『やだ怖い』って気持ちが滲み出てるもの。
「いや、クラスメイトの顔と名前ぐらいは覚えてるし」
「……? ……? ……あ、うん。そっか。クラスメイトの上月君だっけ? うんうん、覚えてた覚えてた」
うん、これ絶対覚えられてなかったね。
ぼくがショックを受けていると、七瀬さんは携帯端末で誰かに連絡を取り始めた。
「――はい。封鎖エリア内で民間人が魔物に襲われているところを発見。速やかにこれを排除しました。民間人は男性二名、女性二名の計四名で、そのうち一人は『適性者』だと思われます。現場には魔狼の群れの死骸が散乱しており、オーガとも善戦していた様子を確認しました。指示を」
おう、七瀬さんがこんなに喋るところなんて初めて見た。
……なんて言ってる場合じゃない。
今の、明らかに普通の高校生が話す内容ではなかった。
ひょっとすると、ぼくは何か大きな出来事に巻き込まれているんじゃなかろうか。
「――はい。わかりました。現場の後始末は処理班に任せることにします」
そう言って、七瀬さんは携帯端末の通信を切った。
つかつかと猪又たちのところへと歩いていき、彼らを見下ろす。
突然魔物が出現したとき、ぼくは猪又たちに逃げろと叫んだが、どうやら彼らは腰を抜かしてしまったようで、その場から一歩も動けないでいたのだ。
「あ……お、お前、七瀬だよな? 俺だよ俺!」
猪又は七瀬さんのことがすぐわかったようだが、当の彼女はやはり不思議そうな顔をしていた。基本的に人の顔と名前は覚えない人なんですね、わかりました。
「悪いけど、あなたたちとは話すつもりはないわ。だって……全部忘れちゃうから」
七瀬さんはそう言って、猪又たちに小型の機械のようなものを向けた。
ピカッと機械が光を放ったかと思うと、うるさく騒いでいた猪又も、恐慌状態だった女子たちも、急に大人しくなってしまう。
ボーッとしたような放心状態だ。
そうこうしているうちに、白い作業服を着た人たちが大勢やって来た。
魔物の死骸処理や、壊れた道路の補修などが急ピッチで進められていく。
「ボ……上月君。後始末はあの人たちに任せていいから、わたしたちは少し場所を変えましょうか」
「……猪又たちに何をしたんだ? 急に大人しくなったけど」
「記憶を消したの。必要以上に騒ぎ立てられると面倒だから。もちろん、消したのはここ数時間ほどの記憶だけよ」
「そうか、なるほど」
……いやっ! なるほどじゃねーから。
なにその機械、やだ怖い!
昔のハリウッド映画の中でそういう機械が登場するのを見たことがあるけど、あれって実用化されてたの? 知らなかったのぼくだけ!?
さっきまでダンジョンで魔物を倒して魔石ゲットだぜ! とか言ってたのに、ちょっと急展開すぎるだろ!
「その、色々と聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ。話してあげるから、ついてきて」
こうしてぼくの平凡な暮らしに終止符が――……とかなりそうだけど、とにかくついて行くしかなさそうだ。むしろこのまま帰宅しようとしたら、許してもらえるのだろうか。許してもらえないんだろうな……。
――ぼくが黙って七瀬さんの後ろについて歩いていると、黒塗りの高級車が横付けされてキキッと停車した。
「乗って」
端的に乗車を促されたが、これって明らかにヤバいやつなんじゃないの?
黒塗りの高級車なんて、進化を遂げたインテリヤクザか、政府関係の偉い人――もといインテリヤクザしか使わないと思うんだけど。
七瀬さんが先に乗り込んでしまったので、ぼくも渋々と乗車した。
くっ……路上キャンペーンで美人なお姉さんについていったら、いきなり強面のお兄さんたちに囲まれる状況と似てる気がする。
車内はかなり広く設計されており、座り心地の良いシートに腰を下ろすと、正面に座っている人物と向かい合うかたちとなった。
「はじめまして。私は滝本と申します」
丁寧に自己紹介をしてくれた人物は、洗練された動作で名刺を差し出してきた。
ぼくはぎこちない動きで名刺を受け取ると、書かれている内容を確認する。
地下構造体安全管理部門所属――滝本 篤。
強面のお兄さんというわけではなく、柔和な顔つきをしている男性だ。
「これでも一応は防衛省が管轄する組織でしてね。わかりやすく言えば、国内にダンジョンを設置したことで起こり得る様々な問題に対処する便利屋みたいなもの……と思っていただいて結構です」
黒縁メガネが似合う滝本さんは、自分が所属している組織について教えてくれた。
防衛省の管轄組織とか、さっきから平凡な高校生のぼくには縁のなさそうな単語ばかり並んでいるなぁ。
「上月晶君でしたね。君のことは七瀬さんから報告を受けました。『歪み』から出現した魔物と戦い、民間人の保護を手伝ってくれたそうで、私からもお礼を言わせてください」
「魔狼の死骸はどれも鋭利な刃物で両断されていました。オーガとも対等に渡り合っていたみたいだし、おそらく上月君は適性者だと思います。滝本さん勧誘よろしく」
七瀬さんがそう言うと、滝本さんは苦笑しながらメガネを押し上げた。
「ええ、それが私の仕事ですからね。しかし……七瀬さんにしてもそうですが、若い子たちに危険な役割を押しつけるみたいで気が引けますね」
勧誘? どういうこと?
「上月君。ダンジョンの外で魔物と遭遇したことについて、どのように考えていますか?」
「……正直、びっくりしました」
基本的に、ダンジョン内部の魔物が外に出てくることはないはずなのだ。
しかしながら、地表で魔物が確認された例が皆無というわけではなく、極稀に魔物の被害報告がニュースで報道されることもある。ダンジョンの出入口は厳重に管理されているのに、やつらはどこから湧いてくるのか? とニュースキャスターから疑問の声が上がっていた。
そういえば、そういった魔物の被害を未然に防ぐため、政府が対策部門を組織しているとか言っていた気が――
「ええ、それが私たちです。上月君は魔物が出現する瞬間をその目で見ましたか?」
「最初は目の錯覚かと思ったんですが、空間が揺らいだような気がして……」
そこから魔狼の群れが飛び出してきた。
「我々はそれを『歪み』と呼んでいます。なぜそんなものが発生するのか、原理的には解明できていませんが、順当に考えればダンジョンを設置したことによる弊害でしょう。何もなかった地下空間に、人工的にダンジョンを生成したことによる空間の歪み……そこからダンジョン内部に生息している魔物が漏れ出すことがある――いくつかある仮説の中では、これが最も現実的だと思います」
ダンジョンを設置したことによる弊害……副作用。
「上月君もご存知だと思いますが、現代社会において、ダンジョン資源が不可欠になっているのは知っていますよね。有限の地下資源が枯渇してしまった今、魔石からのエネルギー供給がなくなれば、我々は現在の暮らしを維持することができない」
それはわかる。
弊害があるからといって、すぐさまダンジョンを廃止するわけにもいかない。
「新たなダンジョンの設置については、国際会議で慎重に議論を重ねてから決定されるわけですが、これにはいくつか理由があります。一般的に言われているように、各国のパワーバランスを崩さないよう先進国を中心に設置を進めているのも間違いではありませんが、最も重要な懸念事項は歪みから発生する魔物への対処なのです。もしも、魔物が自分たちの現実を脅かすことになるかもしれないと民衆が知ったら、どうなると思います?」
魔物はダンジョンから出てこない。そう思っているからこそ、皆はダンジョン探索を一種のエンターテインメントとして楽しむことができている。最悪の場合でも、失うものは仮想体だけだから。
だけど、現実の生活を脅かす危険性があると知れたら……。
一時的にパニックになるだけなら、まだいい。
下手をすれば――
「……ダンジョンそのものを、否定しかねない」
滝本さんは、ぼくの言葉を聞いて満足そうに頷いた。
「理解が早くて助かります。魔物の被害が増えれば、当然そういった声が大きくなるでしょう。選挙で当選したいだけの政治家も、こぞってダンジョン廃止を公約に盛り込むことになる。何のリスクもなしに利益だけを得られることなどないというのに、そういった馬鹿は世の中から絶対にいなくなりませんからね」
「滝本さん。黒い部分が出ちゃってますよ。初対面の人はびっくりすると思います」
「……これは失礼しました。ですから、私たちの仕事は被害を最小限に抑えつつ、民衆に不安を与えないことです。現代の生活水準を保つためには魔石が必須ですからね。今さらダンジョンを否定することはできません。国際会議でダンジョンの危険性については何度も話し合われていることですし、そもそも日本政府はそれを理解した上でダンジョン設置を承認しているわけですから。発展途上国にダンジョンが設置されないのは、歪みから発生する魔物に対処するだけの資金力がない、というのが最も大きな理由です」
……なるほど。歪みから出現する魔物を処理するのには、莫大なお金が必要になりそうだ。
「でも、突然出現する魔物をどうやって食い止めるんですか?」
「我々も苦労しているところですが、基本的にダンジョンは都心から離れた郊外に設置されています。これは、ダンジョンを中心とした最大3kmの同心円状のどこかに歪みが発生すると判明しているからです。もし都心の真っ只中に魔物が大量に溢れ出たりしたら、封鎖にも限界がありますからね。また、歪みが発生する場所と時間については、概ね予測が可能となっています」
たしかに、そうでもないと魔物が出現する場所を封鎖して準備することもできない。
あの道路も本来は通行止めだったのに、猪又たちが無視して強引に入っていったもんだから、滝本さん側からすればイレギュラーだったわけだ。
「そうですね……ダンジョン周囲で歪みが発生するのは、火山の噴火に似ています。休火山が活動を開始し、予兆ともいえる地震や地熱温度の上昇が起こり、最後には噴火する――ダンジョンもそれと同じで、全てのダンジョンが常に周囲に歪みを発生させているわけではないんです。特徴的な予波が観測され、歪みが発生する兆候があれば我々が迅速に動いて対処する……といった感じですね」
なるほど……それなら被害を出さずに処理できるかも。
「とはいえ、屈強な魔物を相手にするのはやはり危険が大きい。威力の高い銃火器で武装したとしても、犠牲は免れないでしょう。仮想体と違い、我々は生身の人間なのですから」
滝本さんがそこまで言って、七瀬さんのほうへと視線を向けた。
こくりと頷いた彼女は、
「システムコマンド――ステータスオープン」
と聞き慣れた文言をつぶやきながら、何もない空中で指を動かし――半透明のボードを出現させた。
これは……ステータスの可視化共有をオンにしたのか。
そのおかげで、ぼくにも彼女のステータスボードが見えるようになったわけだ。
というか、これが使えるということはやはり……。
「見ていいよ」
七瀬さんはそう言って、ぼくのすぐ傍まで来てステータスを見せてくれた。
肩がぶつかりそうな距離感。そして彼女のステータスを見ることに対しての謎の背徳感。
ああ――ぼくは変態だ。
いや、違う。変態ではない。
ぼくはキメ顔でそう言った。
見ていいと言ってるんだから、堂々と閲覧して何が悪いというのか。
もうガン見しよう。
----------------------------------------------------------------
名前:ナナセ・サヤ(クラス:銃士)
クラスレベル:1
適合率:S
【筋力】A(28/100)
【敏捷】A(75/100)
【耐久】B(46/100)
【器用】A(39/100)
【魔力】B(63/100)
スキル:〈拡張現実〉
魔法:〈フレイムタン〉〈エアリアルブースト〉
----------------------------------------------------------------
適合率――S、か。
強い……けど、まだクラスレベル1ということは、七瀬さんが仮想体を手に入れたのも最近なのかもしれない。
ちなみにクラスレベルが上がると、筋力などの個々のパラメータがランクアップするより、さらに大きな恩恵を受けることができる。がしかし、ぼくにはまだ先の話だ。
それはともかく……やはり彼女も所持していたか。
「さて……」
滝本さんは姿勢を正すようにしてシートへ座り直し、ようやく本題へ入れると言わんばかりに真剣な顔でぼくを見た。
「上月君。君も所持しているのでしょう? スキル――〈拡張現実〉を」
物語がゆっくり動き始めた感じです。
この先どうなるのか。
お楽しみに^^