第四話【困惑】
続き投稿しました。どぞ!
「嘘、だろ……」
突如として何もなかった空間から姿を現したのは、ダンジョンの魔物だった。
ついさっきまで戦っていた魔狼が、何匹も群れになって飛び出してくる。
魔物がダンジョンの外に出現するという異質な光景。
猪又たちは硬直したように動かない、いや、動けないのか。
「ひっ、なに、なんだよ、これ……。なんでダンジョンの外で魔物が……」
「い、猪又君、強いんでしょ? こ、こいつらなんとかしてよ、ねえ」
「ば、馬鹿っ! あれは仮想体があるからで……」
「ガァァァァッ!」
一匹の大きな魔狼が咆哮を上げると、他のやつらはそいつに従うように臨戦態勢を取った。
「ひ、ひやぁぁぁぁっ!」
――〈拡張現実〉発動。
ぼくだって頭は混乱している。
だけど……。
「――早く逃げろ!」
ぼくは、反射的に猪又たちの前に飛び出していた。
イラッとさせるような発言が多い連中だが、目の前で殺されそうになっているのを黙って見過ごすことはできない。
生身の彼らでは、魔狼に引き裂かれてしまうのがオチだろう。
今にも襲いかかろうとしていた魔狼の一匹を、剣で一刀両断にする。
「お、お前……たしか同じクラスの……えっと」
ちょっ、せめて名前ぐらい覚えてろよぉぉぉ!
……いや、今はそんな場合じゃない。
仲間がやられたことで怒り狂った魔狼たちが、標的をぼくに絞って襲いかかってくる。
――焦るな。
魔狼の相手は、ここ最近ダンジョンで嫌ってほどしてきたじゃないか。
「ガルァッ!」
こいつらは複数で獲物を襲う場合、相手を取り囲むようにしてから一気に攻撃してくる。
だから――
「せいっ!」
包囲されそうになった瞬間、ぼくはランクアップした敏捷値を最大限に活かし、俊足の一歩を踏み出した。
「ギャウンッ」
こちらを完全に囲むまでのわずかな隙を突けば、複数を相手取ることができる。
……どうやら、ダンジョンに生息している魔狼と同じだな。
これなら、あのボスみたいな魔狼以外は労せず倒せそうである。
「キャイン」
「ギャウ!」
次々に魔狼たちを切り伏せ、残りは最後の一匹となった。
「グルルルゥ」
配下の魔狼が全部やられたせいで怒っているのだろうか?
大きな牙を剥き出しにして、飛びかかってきた。
だけど……いける。
仮想体を失いたくないので、ぼくはダンジョンへ潜るとき、いつも十分な安全マージンを確保しているのだ。
よって――こんな魔狼のボス程度に遅れを取ることはない。
飛びかかってきた魔狼に合わせるようにして、ぼくは持っていた剣を大きく振りかぶった。
「おおおぉぉっ!」
気勢の声とともに、魔狼のボスを空中で両断する。
二つに裂かれた体は慣性の法則に従い、地面にビチャアッと血を撒き散らしながら転がっていった。
「ふぅ。これで終わ、り……」
――じゃない。
スキルを解除しようと思ったのだが、まだ空間の揺らぎが消えていないのだ。
「ゴァァァァッ!」
「……冗談じゃないぞ」
空間の揺らぎからは、まだぼくが戦ったことのない魔物まで出てきた。
ゴブリンのような小鬼ではなく、正しく『鬼』と呼ぶべき存在――オーガ。
力が強く、動きも素早いため、初心者殺しと呼ばれている厄介なやつだ。
初心者ダンジョンにおいては、最深層に生息しているような魔物である。
「ウガァァァッ」
「うわっ」
ゴブリンなんか比べ物にならない速度で振り下ろされた鋭い爪は、地面のアスファルトを砕くようにして軽々と切り裂いてしまった。
……こんなやつ、普通の人間が勝てる相手じゃない。
「ウガッ!」「ゴガッ!」「ウォォォォッ!」
オーガの攻撃をなんとか躱しつつ、剣で反撃していくのだが、相手もそれなりの知性を持ち合わせているようで、致命傷となるような一撃は防御されてしまう。
「ウォッ!」「ガァッ!」「ゴァァァァッ!」
「しまっ――!」
苛烈な攻撃を防ぎきれず、オーガの爪に剣を弾かれてしまった。
武器を手放すまではいかなかったが、がら空きになった胴体を抉るように爪が襲いかかり、ざぐっ! と嫌な音が響く。
「――痛っ」
鈍い痛みが、腹部を襲う。
〈拡張現実〉のスキルを発動しているおかげで、痛みの感覚も仮想体と同様に低く抑えられているようだが、痛いものは痛い。
攻撃された箇所から血が噴き出るわけではないが、視界の端にある体力ゲージが五分の一ほど削られてしまったのが確認できた。
……まだ検証できてなかったけど、こういうところも仮想体と同じなんだな。
だけど……もし体力ゲージがゼロになったら、どうなるんだろう?
――そう考えてしまうと、怖くなった。
ここはダンジョンの外だ。
〈拡張現実〉のスキルによって、生身に仮想体と同じ能力を適用させているが、あくまでぼくは生身なのである。
それなら……体力ゲージが全損してしまったなら、ぼくは……。
剣を握る手が、かたかたと震えた。
……死にたくない。
ダンジョン探索を楽しんでいる皆だって、最悪でも仮想体が消滅するだけで済むからこそ、ある程度の無茶ができるのだ。
本当に死んでしまうかもしれない戦いなんて、リターンが大きくても望むわけがない。
「ゴァァァァッ!」
……だけど、やるしかない。
この場を切り抜けるには、もう目の前にいるオーガを倒すしかなさそうだ。
震えていた手に、力を目一杯こめる。
落ち着いて大きく深呼吸すると、小刻みに揺れていた剣はようやく静かになってくれた。
「う……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
喉が破れそうになるほどの声を上げながら、ぼくはオーガに真っ直ぐと駆けていき――
――ドンッ!
――腹に響くような重低音が空気を裂き、ぼくは足を止めた。
「え……」
鋭い爪が伸びているオーガの腕が、真っ赤な血飛沫とともに弾け飛んだ。
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
花火のような連続音の後に、オーガの体が躍るようにくるくると回る。
そうして回るごとに、オーガの体が原型を留めなくなっていった。
生命力が強いオーガはかろうじて立ってはいたが、もはや瀕死の状態である。
何が起こっているのか一瞬わからなかったが、音のした方へ視線を向けると、それはすぐ明らかになった。
……オーガは、銃で撃たれたのだ。
日本の警察官が所持しているような、威力の低い銃ではない。
小口径の実弾を撃ち出す銃などでは、オーガに致命傷を与えるのは難しいだろう。
――その人物が両手に持っていたのは、仮想体が装備しているような特別な銃だった。
銃士のクラスが所持するそれは、硬い魔物の外皮を貫き、殺傷できるだけの十分な威力を有する。
「ガ、アァァァァァッ!」
瀕死状態だったオーガは、それでも戦意は失っていないようで、最後の力を振り絞って反撃を試みた。
――が、その人物は一瞬でオーガの背後へと回り込み、引き金に指をかける。
ドンッ――と至近距離から撃ち出された銃弾は、オーガの頭部を粉々に吹き飛ばした。
頭部を失った体はそのまま力なく地面へと倒れ込み、魔物の群れが出てきた空間の揺らぎもいつの間にか消えていた。
……助けて、くれたのか?
まずはお礼を言うべきなのだろうが、聞きたいことは山ほどある。
「えっと……そこのボールの人、大丈夫だった?」
いや、いやいやいや、さすがにその覚え方はどうかなと思う。
だってクラスメイトだよ?
猪又にしろ、なんでぼくの名前を誰も覚えてくれていないのか。
わりと本気でショックだわ。
でもまあ、一番気になるのはそこじゃない。
さっきのは、明らかに通常の人間の動きではなかった。
たぶん、君もそういうことなんだよね? ――――七瀬さん。
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