表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

第一話【いざ、ダンジョン探索】

投稿しました!^^

 ぼくはダンジョン内部を慎重に歩きつつ、自分のスキルについて考察を続けていた。


 一般的に知られている拡張現実というのは、Augmented  Reality――オーグメンテッド・リアリティというもので、人が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術だ。

 ぼくに発現した〈拡張現実〉がそれと近い意味を持つのだとすれば“仮想体の能力を現実にも適用させる”――というのが、あのスキルの効果かもしれない。

 コンピュータによって、ではなく、仮想体によって現実環境を拡張することができるというのが、ぼくの授かったスキル……?

 でも、仮想体の能力を現実に適用させるなんてスキルは、聞いたことがない。


 ダンジョン内部でしか仮想体は実体化できないし、その力が生身に反映されるとなれば、大きな話題になっているはずだ。

 動画をアップして稼いでいる人なんかだと、再生数を伸ばすため、自分が授かったスキルを見せびらかしたりする。


 ぼくもこのスキルについて動画にすれば、ひょっとすると億万長者になれるかも?

 ……いや、世の中はそんなに甘くないか。


 とにかく、まずは検証するべきだろう。

 完全な初心者であるぼくの仮想体は今のところ生身と大差はないため、違いが判別できるぐらいは強くなる必要がある。


 そんなことを考えていると、ここのダンジョンの地下一階に多く生息しているという『ミニゴブリン』の姿が見えた。

 緑色の体皮を持ち、奇妙な唸り声を上げる子鬼といった魔物である。


 ぼくは、腰に装備されていた剣の柄を握りしめた。

 鞘から引き抜くと――煌めく青白い刃に、一瞬目を奪われてしまいそうになる。

 ぼくのクラスタイプは剣士だったため、それに合った武器が仮想体に実装されたわけだ。

 もしクラスが槍士なら武器は槍、斧士なら斧が――といった具合に、仮想体のクラスに適した武器が実装されることになる。

 クラスアップすれば武器も進化していくらしいが、それはずっと先の話になるので今はいいだろう。


「ギィィィィィッ!」


 叫び声とともに、ミニゴブリンがこちらに向かって駆けてくる。

 体格は小さな子供ほどだが、敵意を剥き出しにして、躊躇なく襲いかかってくる様子はかなり怖いものがある。

 ダンジョンシミュレーション講習で似たような体験をしていなかったら、恐怖で体が動かなかったかもしれない。


 ……年齢制限が設けられるのもわかる。

 こんなの純真な子供にやらせたら、間違いなくトラウマになるだろう。

 ぼくは剣を構え、ミニゴブリンの突進をなんとか回避した。


 ……心臓がバクバクだ。


 ドクンドクン、と体内に血液が流れる様子が想像できてしまうほどに、胸の辺りがギュッと締め付けられる。


 落ち着け、ぼく。

 これは仮想体……何が起こっても、本当に死ぬわけじゃない。


 だけど、ゲームではない。

 臨場感は、ゲーム画面の中で敵キャラを殺すのとは比較にならない。


 獲物を殺し損ねた悔しさとともに振り返った小鬼に向けて、ぼくは剣を思いきり振りかぶった。


「う……おおおぉぉぉぉ!」


 自然と、ぼくは叫んでいた。

 魔物とはいえ、生き物を殺すのだ。

 今までのようなシミュレーションではなく、本物を。


 ザンッという手応えがあり、ミニゴブリンの首があっけなく落ちた。

 ブシュゥゥッ! と断面から血が吹き出し、緑色の体がゆっくりと倒れていく。


「か、勝った……?」


 相手が完全に動かなくなっても、ぼくはしばらくミニゴブリンの様子を観察し続けていた。

 深呼吸しながら一分ぐらい経つと、ようやく興奮の熱が冷めてきたようだ。

 早鐘を打つかのようだった心臓の鼓動も、トクン、トクン――と平常運転に戻っている。


 たしかに……これは嫌がる人も多いだろうな。

 動画で見るのと、自分でするのとでは大違いだ。

 一攫千金もあり得るダンジョン探索だが、こういうのが苦手な人は吐くかもしれない。


 だが、今や魔石エネルギーは世界中で必須の資源と言われており、誰かがダンジョンで魔石を手に入れてこなければならない。

 だからこそ、日本政府も可能な限り援助をしてくれているのだ。

 本来なら、いくらぼくがバイトを頑張ったといっても、最先端技術の塊である仮想体を自費で購入できるわけがない。購入時に国からの補助金があるからこそ、ぼくは高校生という身分でダンジョン探索が可能となっているのだ。


 ぼくはミニゴブリンの死骸に剣を刺し込み、心臓の辺りにあった小さな魔石をほじくり出した。

 ぐぢゃり、にちゃ……と嫌な音は聞こえなかったことにして、手に入れた魔石を専用のケースに保管する。


 魔石を失ったミニゴブリンの体は、灰のようになって消失してしまった。

 食えそうな魔物を調理して動画にしている人なんかは、倒した魔物から敢えて魔石を取り出さず、残したままにしているらしいが、今のところぼくは魔物を食べるつもりはない。


「ふぅ……初魔石ゲット、と」


 浅層で手に入るような魔石の換金額はそこまで高くない。

 一粒千円といったところだろうか。


 それにしても……この剣の切れ味はかなり鋭いな。

 どことなく手に馴染む感じもするし、ぼくに合っているのかもしれない。

 魔物を斬り殺す感覚が苦手な人なんかは、弓士などの間接攻撃ができるクラスになることを希望したりするが、こればっかりは本人の適性だ。


 とあるテレビ番組で、『人気アイドルがダンジョンに決死の潜入!』とかいうタイトルで仮想体を実体化させた際、選ばれたクラスは『拳闘士』だった。

 そのアイドルも最初は『やだ、怖~い』とか『信じらんな~い』と言って可愛らしさをアピールしていたが、番組が終わる頃には興奮しながら魔物を殴り殺す様子が放送された。

 その後、天使系アイドルから撲殺系アイドルへと路線変更を余儀なくされることになったらしいが、今ではトップアイドルとして芸能界に君臨している。

 やはり拳闘士としての隠された適性があったのだろう。


 ……まあいい。


 とにかく、ぼくの仮想体は弱い魔物なら倒すことができるとわかった。

 シミュレーションで体験していたとはいえ、実践することは何よりも大事である。

 もしこれが、米国のネバダ州にある最強最悪のダンジョンだったならば、ぼくの仮想体なんか地下一階で魔物たちに惨殺されていたことだろう。


 ネバダ州にある実験場……いや、『元』実験場かな。

 そこは謎の爆発事故のせいで、世界で初めてダンジョンが確認された場所だ。

 今では最も難易度の高いダンジョンがある場所として世界的に知られている。

 武装した軍隊が何人もの死者を出してしまったのも、生息している魔物があまりにも強かったためらしい。


 幸いなことに、今は技術の進歩で発生させるダンジョンの難易度をある程度は調整することができるようになっており、ぼくが潜っているここも初心者向けのダンジョンとされている。


「よし、どんどん行くぞ」


 今日は休日だし、ひたすら魔物を倒して成長率についても検証を進めていきたい。

 ダンジョン探索を再開し、しばらくすると今度はミニゴブリンが二匹も徘徊しているのを発見した。


「ギィィィィ」


 さっきと違い、奇襲するかたちで一匹目を倒すことができたのは運が良かったが、二匹目は怒り狂ったように暴れた。

 ざりっと鋭い爪に引っかかれると同時に、鈍い痛みが攻撃を受けた箇所に走る。


「こん……の!」


 少し焦ったものの、なんとか追撃を躱すことには成功した。


「ギャギャ!」


 調子に乗って腕をぶんぶんと振り回すミニゴブリンの腕を切り飛ばし、胴体を横薙ぎにして真っ二つにしてやる。


「……ググ、ギィ」


 ぼくは相手が完全に動かなくなるのを待ってから、大きく息を吐き出した。


「……怖っ! 講習で教わったけど、やっぱり二匹以上の魔物を相手にするときは要注意だな」


 爪で攻撃を受けた箇所を恐る恐る触ってみたが、特に目立った傷はない。

 仮想体なので、生々しく血が流れることはないとわかっているのだが、つい反射的に自分の体を心配してしまった。


 というのも、攻撃されたときに微かに痛みを伴ったからだ。

 仮想体は、様々な感覚が生身と同様に再現されるよう設計されているが、それは痛覚に対しても例外ではない。

 もちろん、痛覚強度は通常よりも低く抑えられているが、完全に遮断されてはいない。


 なんでも、痛みというのは体の異変を報せるシグナルであり、それを全て遮断してしまうのは逆に危険なのだとか。

 ただし、仮想体が消滅してしまうような目に遭ったときには、その時点で全感覚が遮断されるため、精神に異常を来たすことがないよう配慮はされている。


 ぼくは自分のステータスを呼び出し、右上に表示されている緑色のバーを眺めた。

 ミニゴブリンの攻撃を受けたせいで、満タンの状態からわずかに削られている。


「やっぱり、ちょっと減ってるな」


 これは仮想体を構成するエネルギー残量のようなもので、ゲームでいうところの体力ゲージのようなものと思えばいい。

 これが全損してしまうと、ぼくの仮想体は消滅してしまうわけだ。


 どういう仕組みかは知らないが、ダンジョン内部は不思議な力で満たされているため、時間経過で体力ゲージは回復していくのだが、激しい攻撃に何度もさらされるとあっけなく消滅してしまう。

 気をつけなければ。




 ――その後、ぼくは帰宅しないといけない時間になるまで魔物を狩り続けた。

 仮想体が便利な点はいくつもあるが、ダンジョン内部で食事や排泄の心配をする必要がないというのも、その一つだろう。

 生身の体はエントランスのカプセル内にあるわけだから、生理的な問題の多くはそちらで解決することができるのだ。


 まあ、味覚なんかは高精度に再現されているため、何かを食べようと思えば摂取することはできるのだが、それが生身の栄養になるわけではない。

 そのため、わざわざ仮想体で食事をするのは動画をアップしているような人だけだと思う。


「さてと……どれぐらい成長したかな?」


----------------------------------------------------------------

名前:コウヅキ・アキラ(クラス:剣士)

クラスレベル:1

適合率:EX

【筋力】F(58/100)→F(87/100)

【敏捷】F(52/100)→F(73/100)

【耐久】F(30/100)→F(52/100)

【器用】F(55/100)→F(78/100)

【魔力】--

スキル:〈拡張現実〉

----------------------------------------------------------------


 ステータスには、このように成長した分がわかりやすく表示されるようになっている。

 自分で言うのもなんだが、すごいな……。


 地下一階で、それも最弱に近い魔物を相手に戦って、これほど成長するなんて。

 普通はこの十分の一程度も成長すればいいほうだ。たとえ適合率がSだとしても、ここまでの成長は望めないと思う。

 心なしか体が軽くなり、力も強くなった気がする。


 しかし、まだ劇的な変化とまではいえない。

 各能力値の下にある数値が(100/100)になったとき、F→Eと昇格するのだが、そのときにはかなり顕著に違いが実感できるらしい。

 これから夢が膨らむというものだ。


 ぼくはエントランスまで戻り、仮想体を解除してから魔石を換金することにした。

 夕方の六時ということもあり、換金所は多くの人で賑わっていたが、職員の方々は慣れた対応で列をさばいていくため、あっという間にぼくの順番がやってくる。


「お預かりした魔石を換金しますと……全部で一万二千円になりますが、よろしいですか?」

「はい、それでお願いします」


 力仕事のバイトを丸一日こなした場合と同じぐらいの報酬。

 地下一階の探索でこの稼ぎだ。


 もっと深い層に潜ることができるようになれば、一攫千金も夢ではない。

 まあ、仮想体が消滅すると大赤字になる危険性と、魔物と戦うことによる精神的消耗があるのは否めないが。


「ダンジョン最高!」

読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ