プロローグ
楽しんでいただければ幸いです^^
西暦――二〇XX年。
人類は深刻なエネルギー不足問題に悩まされていた。
原油の埋蔵量が多いとされていた中東の油田など、とうの昔に枯渇した。
海底に眠る資源も、当初は採算性の面で採掘不可とされていたが、長年の研究によって深海採掘が低コストで可能になると、人類は喜々として掘りまくった。
それまで省エネ徹底をマニフェストに掲げていた政治家は、またまた人類の発展や未来だのを声高に叫ぶようになり、政治資金を流用して自家用車に燃料を注ぎ込むことを止め、自分の財布に金を貯め込むという元通りの平和な光景が散見されるようになったのだ。
だがしかし、海底資源もやはり有限だった。
世界各国で争うように掘り尽くし、ついには海底資源も枯渇したのだ。
クリーンエネルギーといわれる太陽光、風力、水力、地熱などを利用して供給されるエネルギーでは、人類が必要とするエネルギー量には到底足りない。
ここに来て、世界各国の政治家たちの心はようやく一つになった。
『あ、これ本気でヤベーんじゃね?』と。
『争ってる場合じゃねーな』と。
各国から優秀な科学者が招集され、危機感を抱き始めた政治家たちは口を揃えて言った。
『なんとかしろ』と。
ブチ切れそうになった科学者たちは、毎度のように無茶な要求を突きつけてくる政治家たちを駆除する機械を発明する――ことはなく、実直に研究を進めていった。
・安定した核融合反応の新案。
・核分裂反応における中性子速度の制御法の新案。
・安全でクリーンな新エネルギーの模索など。
様々な実験が毎日のように繰り返されていた。
そんなある日、実験区域一帯が消し飛ぶという事故が発生。
研究は一時凍結されるかに見えた。
しかし――その事故は、意外な副産物を人類にもたらしたのである。
事故が発生した爆心地。
生物が死に絶えたはずの場所で、未知のエネルギーが検知されたのである。
すぐさま調査団が派遣され、現地を調べてみると……そこには地下へと続く不思議な穴があった。
地上から眺めても、内部の様子が窺えないほど深い穴。
銃火器と防護服で武装した軍隊は、穴の中を調査しようと足を踏み入れた。
それが――新時代の始まりとは知らずに。
◇◆◇
「……ふぅ。長い文章を読むのは疲れるや」
ぼくは、『ダンジョンの歴史(ライト版)』というタイトルの下に書かれている長文を読み終えると、文字が投影されている電子タブレットから目を離した。
今や子供でも知っているダンジョンであるが、ぼくが今受けている講習は、その歴史についてだ。
学校で習う一般的なものよりも、ちょっとだけ踏み込んだ内容となっている。
「よし。これでダンジョンの歴史①も受講完了、と」
無事に講習が終わり、教官から電子判子を押してもらった。
これでようやく、必須講習となっている欄に全て判子が押されたことになる。
あとは免許申請を終えれば、ぼくも晴れてダンジョンに潜ることができるというものだ。
今からワクワクが止まらない。
スキップしそうになりながら免許交付受付に向かう途中で、ぼくは今まで受けた講習の内容を思い返していた。
――さっきの話の続き。
ダンジョンの歴史②とか③とかだ。
日程の都合で最後に①を受講したが、すでに②と③は受講済みである。
武装した軍隊は、穴の中――つまりはダンジョンへ突入した後に、驚きの体験をすることになった。
地球上で確認されたことのない未知の生物――魔物と遭遇したのである。
なぜその生物が『魔物』と呼称されているのか?
それは、やつらが体内に魔石を保有しているからである。
そもそも魔石と名付けたのは誰だっけ? えーと……まあいいか。
とにかく、初めて軍隊がダンジョンへ突入した際、凶暴な魔物が襲いかかってきたせいで、多くの犠牲者が出た。
訓練された兵士とはいえ、いきなり未知の生物に遭遇したら、強力な火器を手にしていても反応が遅れることはあるだろう。
だが、尊い犠牲の見返りはあったのだ。
――十分すぎるほどに。
軍隊がダンジョンから持ち帰った魔石は、すぐさま科学者によって分析された。
慎重に実験が繰り返され、それが未知のエネルギーの一端であると証明されてから、人類のエネルギー問題は大いに改善されることとなる。
魔石についての難しいことは、ぼくには正直よくわからない。
ぼくはまだ高校生だし、よく居眠りをしているグータラ学生だ。
だけどまあ、魔石のすごさってやつは、最近の小学生だって存じていることだろう。
ダンジョンの魔物が体内に保有しているこの『魔石』というやつは、特殊な変換措置を施すことによって、およそエネルギーと認識されている全てのものと交換することができる――らしいのだ。
それって、たぶんすごいこと……なんだよね?
さらに注目すべきなのは、その交換率。
一番わかりやすいのは、電気エネルギーに変換する場合だろう。
魔石の純度にもよるが、わずかな量の魔石を電気エネルギーへ変換した場合でも、一般家庭のひと月分ほどの電力を賄うことができる。
そうして魔石の有用性が証明されたとき――世界が沸いた。
偶然の産物ともいえるダンジョンを、周囲が消し飛ぶような事故を起こさなくとも発生させられるよう研究が進められ、なんと今日では、任意の場所へダンジョンを生み出すことが可能となったのだ。
そうして、エネルギー枯渇で深刻な状態に陥っていた多くの国が、自国の領土にダンジョンを設置するべく制度を整えていったのである。
ただし、ダンジョンにはまだまだ未知の部分が多く、その設置は国際会議で慎重に議論がなされてから行われる。
慎重に議論……とは言うものの、米国、欧州連合諸国、ロシアなんかがダンジョン保有数の多い順となっているため、おそらく大人の事情も関係しているのだろう。
発展途上国では、まだダンジョンが設置されていないところもあったりする。
ちなみに、ぼくにとってはありがたいことだが、日本のダンジョン保有数は世界でも多いほうだ。
――そんなことを考えながら、ぼくは免許交付受付に到着すると、所定の手続きを終えてしばし大人しく待機していた。
「上月晶さん。いらっしゃいますか?」
ぼくの名前が呼ばれ、いそいそと受付に歩いていく。
「はい。これがダンジョン探索免許となります。くれぐれも講習で受けた内容を忘れることのないようお願いしますね」
受付嬢から、手渡しで免許をいただいた。
……こういうところは、時代が進んでもやたらアナログなんだよな。
いや、まあ、こっちのほうが免許を手にした実感があっていいんだけどさ。
免許はドッグタグのような形状をしており、ICチップ内蔵の特殊合金で作られているそうだ。
このダンジョン探索免許は、日本がダンジョンを設置するにあたって整えた制度の一つであり、一言で言うなら車の運転免許のようなものである。
ちなみに取得できる年齢は、十五歳から。
「さっそくダンジョン探索をなさいますか?」
「はい。もちろんです」
ぼくが今いる免許センターは、東京郊外にあるダンジョンに併設されているため、免許を取得したらすぐにでもダンジョンへと潜ることができるようになっているのだ。
「では、ダンジョンエントランスにいる職員にそちらの免許を提示してくださいね。あなたの仮想体を実体化させていただきますので」
……ついに、ぼくのダンジョン探索が始まるわけか。
思えば、ここまで長かったなぁ。
仮想体のコアクリスタルを買うために、バイトを掛け持ちしたりして必死でお金を貯めたもんね。
――当然と言えばそうなのだが、ダンジョンへは生身で潜るわけではない。
過去に武装した軍隊がダンジョンで死人まで出しているのに、ごく平凡な日本人であるぼくが喜々として生身でダンジョンに潜るとか、それはもはや変態の域だ。
というか、日本の法律で生身のままダンジョンに潜ることは禁止されている。
仮想体を所有していないと、エントランスで門前払いである。
この仮想体というのは、現代の科学技術の粋を集めて発明されたもので、本人そっくりの分身体を作り上げる技術だ。
世界各国で利用されているが、これは本人とまったく同じ能力というわけではなく、ダンジョン内に生息している魔物と戦うことができるよう作られている。
仮想体は、魔物を倒すことで成長させることができるのだ。
ステータスという概念が存在し、『スキル』と呼ばれる特別な能力が仮想体に発現するため、成長した仮想体は生身と比べ物にならないほどの戦闘能力を持つ。
とまあ、そんなものが存在するなら戦争に利用されてしまいそうな気もするが、仮想体はダンジョン内でしか実体化することはできない。
そのため、ゲーム内で使用するプレイヤーの分身のようなものと言われることが多い。
もちろんダンジョンはゲームではなく現実だが、昨今では仮想体によるダンジョン探索は実益を兼ねた最大の娯楽とされており、単純に魔物を狩って魔石を集めるのではなく、華々しく魔物を倒す様子なんかをカメラで録画し、動画サイトにアップする者もいたりする。
人気の動画なんかは再生数が百万オーバーすることもあり、魔石の換金よりも大きな稼ぎになる場合もあるとか。なんとも夢のある話だ。
その他にも、ダンジョンにいる魔物を料理して食べるなんていう猛者もいて、各々がダンジョンを好きに楽しんでいるというわけだ。
まあでも、誰もがダンジョンに潜るのを楽しみにしているわけではない。
仮想体とはいえ、襲いかかってくる魔物にショックを受けたり、殺すことに忌避感を抱いてしまう人も当然いる。
ぼくなんかは、死ぬ危険もなく、ゲーム感覚で魔物を倒し、自分の分身ともいえる仮想体を強くしていくのは最高に楽しそうに思えるのだが。
……とはいえ、仮想体が魔物にやられて消滅してしまうと、全てがパーだ。
仮想体の核となるのは、コアクリスタルと呼ばれる物質である。
細かい仕組みはわからないが、これに使用者の生体情報をインプットすることで、自分の分身ともいえる仮想体を作成できるのだ。
だが、もしダンジョン内で仮想体が消滅すれば、核であるコアクリスタルも一緒に消滅してしまう。どれだけ能力値が高かろうが、心血を注いで育て上げていようが、問答無用に消えてしまうのだ。
ダンジョン探索を生活の糧にしている人からすれば死活問題であり、またコアクリスタルはとても高価なので、購入したばかりで消滅なんかさせた日には目も当てられない。
……初めは慎重に行かないとな。
生身で死にたくないのと同じぐらい、仮想体でだって死にたくない。
――ダンジョンのエントランスに到着したぼくは、そんなことを考えていた。
コアクリスタルはアクセサリなどに加工されていることが多く、ぼくのは無骨な指輪にコアクリスタルがはめ込まれている。
最初なのでドキドキしたが、仮想体を実体化させ、専用カプセルの中で意識をリンクさせる行程へと進む。
無事に仮想体へと意識を移し終えると、飛んだり跳ねたりして自分の体の性能を確かめてみた。
「ふーん……やっぱり、最初はこんなものか」
体が羽のように軽い――などということはない。
まだ何も成長していない仮想体なので、体感的には生身のときと変化はほとんどない。
これからだ。
「あ、そういえば」
たしか、初めて仮想体でダンジョンに入ったとき、何かしらのスキルを一個得ることができるんだった。
いわゆるファーストスキルと呼ばれるものだ。
「システムコマンド――ステータスオープン」
講習で習った文言を述べ、ぼくは仮想体の状態が記載された半透明ボードを出現させる。
そこには、こんな内容が記されていた。
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名前:コウヅキ・アキラ(クラス:剣士)
クラスレベル:1
適合率:EX
【筋力】F(68/100)
【敏捷】F(52/100)
【耐久】F(30/100)
【器用】F(55/100)
【魔力】--
スキル:〈拡張現実〉
----------------------------------------------------------------
へえ、ぼくの現在のステータスはこんな感じなんだな。
クラスは剣士で、適合率は……Eか。
うーん、平凡にも程がある。
? いや違うな。適合率が――『EX!?』
えっ……なにこれ!?
待った。
一旦落ち着こう、ぼく。
そもそも適合率とは、ぼくと仮想体の相性のようなものだ。
この値は、そのまま成長率と言い換えてしまっていい。
適合率が高ければ仮想体の成長速度が飛躍的に向上するため、誰しも必ずチェックする重要なパラメータだ。
ネットで公開されている適合率の最高値は、たしか――『S』だったはず。
でもEXというのは聞いたことがない。ゲームとかだと、EXは『エクストラ』……つまりは最高値を指すものだったと思うけども。
「と、とりあえず検証しないと」
いまだ興奮は止まないが、まだ他にも注目すべき点があった。
ぼくのファーストスキルは――……〈拡張現実〉?
……これもわからない。
自分がどんなスキルを授かるか楽しみだったので、公開されているスキルについてはネットで十分に予習していたつもりだが、こんなスキルは知らない。
ぼくは首を捻りながら半透明ボードをタップし、ヘルプを表示させようとしてみた。
〈拡張現実〉――???
……駄目か。
データベースに記録されていないスキルのためか、ヘルプ表示も役に立たない。
だけど、もしこれが言葉通りの意味を持ち、ぼくの想像を現実のものとしてくれるというのならば――
……ちょっと待って。
これ、すごいことになりそうなんだけど。
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