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俺が異世界小説をぶっ潰す!

作者: 夏川結月

 俺は小説家志望のフリーター28歳。男。小説家になることを目指して何年も新人賞などに応募してはいるが、結果は芳しくない。一次審査は何回か突破できたものの、二次審査以上を通過したことはなかった。


 濃厚なストーリー、魅力的なキャラクターに細かな設定。完成させた小説は、魂を込めて書いたという自信があるし、面白いと思っている。だけど結果が出ない。俺はしがないフリーター。30近くになって焦りも出てきた。


 そんな風に悩んでいるときだった、ある噂を聞いたのは。


 『小説家になれるかも』というサイトでランキング上位になれば、勝手にオファーが来て書籍化ができると聞いたのだ。


 早速天下のfoogle先生に検索をかけて調べる。『小説家になれるかも』で多くの作品が書籍化されていることが、すぐにわかった。


 人気のジャンルは異世界モノや剣と魔法のファンタジーモノらしい。おそらくは『ナルニア国物語』や『指輪物語』のような世界観が人気なのだろう。この手のジャンルを書いたことはないが、個人的には好きな話だ。ちょうどスランプだし、趣向を変えて挑戦してみるのもいいだろう。そんな風に俺は考えた。


 しかし、『小説家になれるかも』でランキングに載っている作品を見て驚愕した。


 これは本当に小説なのか!?


 主人公が何の脈絡もなくトラックにひき殺されたと思ったら、異世界の神様にチートスキルを貰い無双するだけ。本当にただそれだけだった。何の努力もせず手に入れた力を使えば使うほど、なぜか女の子たちには好かれる。周りの人にもてはやされる。それの無限ループ。


 それだけならまだよかっただろう。無双する爽快感を楽しむ小説だと割り切ってしまえばいいのだから。だが肝心の戦闘シーンが爽快感どころじゃない。爽快感を通り過ぎて、南極まで来たかのような寒さだった。


 キンキン、キンキン、キンキン


 バトルシーンがこれだけなのである。キンキン打ち合っているだけなのである。これのどこに爽快感があるのか、さっぱりわからない。驚くべき事実はこれだけではない。なんと、この作品、書籍化されたらしいのだ。なぜ書籍化の判断がされたのか、俺には理解不能だったが、さすがに編集でバトルシーンや地の文も修正されているだろう。そう思って、書籍化されたその本を買ってみた。なけなしのお金を使って。もしかしたら書籍化のヒントが得られかもしれないと僅かな希望を抱いて。


 結論を先に言おう。ほとんど修正されていなかった。キンキンはキンキンのままだった。むしろ下手に地の文を追加したせいで、唯一の利点である読みやすさが消えていた。


 読み進めていくうちに、怒りがこみ上げてきた。書籍化しようと判断した出版社、書籍化されて喜んでいる作者、何よりもこれを本気で面白いと思っている読者に。


 許せない。


 こんなものが書籍化されるなら、俺の作品だって審査を通して受賞作品にしてくれたっていいじゃないか。俺の今までの努力、魂を込めて書き上げた小説は何だったのか。


 復讐だ。復讐してやる。これは俺だけの復讐ではない。本気で小説に向き合っているすべての人たちの復讐だ。俺の手でその復讐を成し遂げてやる。


 計画を練る。この作品に堕落している人たちに何が一番効果的なのか。思案する。俺にできるのは小説を書くことぐらいしかない。だから、この作戦で行こう。


 作戦の内容はこうだ。


 まず、俺が異世界で無双する話を書くのだ。こんなものを書きたくはないが、書いて読者を喜ばせる。そのような展開にしてみせる。主人公は活躍し、チートスキルを使ってヒロインを助ける。当然ヒロインには好感度マックスで好かれるし、悪役は気持ちよく退治される。


 ここまでは普通の異世界モノだ。


 本番はここから。物語終盤、主人公とヒロインたちで魔王を倒す場面。この一番盛り上がったシーンで、ヒロインが魔王側について、主人公を集団リンチするのだ。


 主人公は泣き叫びながら命乞いをするが、そんなものを許すわけがない。最後は惨めな醜態を晒しながら主人公はヒロインたちに笑われながら殺される。それで物語が完結する。


 当然読者は激怒するだろう。それでいい。それが目的なのだ。怒った読者が二度と異世界モノを読まなくなればいい。そして、本気で小説と向き合って書いている他の人の作品を読んでくれればいい。これが俺の、俺たちの復讐だ。


 思わず口角が吊り上がってしまうほどいい作戦だと思ってはいるが、この作戦には問題がある。


 ある程度の人気がないと意味がないのだ。誰も読んでくれない作品だったら悲惨な結末だろうと何の意味もない。


 だから人気になるための努力は惜しまない。今あるランキング上位の作品を研究に研究を重ねて、プロットも詳細に書こう。失敗は許されない。


 俺は『小説家になれるかも』の日間、週間、月間、年間、総合、あらゆる人気作品を読み込み、どのような作品が人気になるのか、考えに考え抜いた。次にプロットを埋めていく。そして、ようやく読者を地獄に突き落とす俺の作品が完成した。後はこれを毎日決まった時間に投稿すればいいだけだ。


 初めて新人賞に応募するかのような緊張感の中、俺は作品を投稿した。


 毎日投稿を初めて一週間。結果は良いほうだと思う。ランキング上位にはなれなかったが、ランキングの下の方にひょっこり顔を出すこともあった。感想もレビューも書かれたし、ブクマ、ポイント共に上々だ。これだけの読者が読んでくれるなら計画は成功といえるだろう。


 投稿一ヶ月。とうとうこの時が来た。読者のみんなは、ストーリーよりもヒロインが好きらしい。それも当然だ。ヒロインのキャラクター設定は一番力を入れた。ヒロインが好きなら、裏切るときにより絶望を味わえるってもんだからな。


 今から投稿するのは、ヒロインが実は魔王側の人間だと暴露し、絶望しながら殺される話だ。ワクワクで指が震えるぜ。


 俺は期待と興奮を込めて投稿をクリックした。小説は完結済。バッドエンドだ。今は月曜の朝7時。通勤時間に読んで絶望しろ。まあ、俺も今からバイトなんだが。バイトから帰った時、感想欄を見るのが楽しみだ。


 バイトを終え俺はすぐにパソコンへ向かう。クソ客に絡まれている時でさえ、投稿した話が頭から離れなかった。『小説家になれるかも』はスマホからでも確認できるが、そうしなかったのは家の中でじっくり楽しみたかったからだ。


「すげぇ」


 思わず感嘆の声を上げた。つまらない、面白くない、という批判の感想はたまにあったが、ここまでの罵詈雑言は見たことが無い。



『は? 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』


『失望しました。作者としてどうなんですか? 同じ人間だと思えません』


『うわきっも』


『お前が死ねや』


『まーんwww チンカスチンカス!』


 

 作戦は大成功だった。炎上どころではない。感想欄に核爆弾が投下されたかのようだった。


「ふふっ、うひひひ、あはあははははははっはは!」

 

 お腹を抱えて大爆笑した。こんなに笑ったのは久しぶりだった。やった。やったぞ。俺は復讐を果たした。あがいても小説家になれなかったみんな、俺はやったぞ! 糞小説を好きな奴に痛い目を見させてやった!


 俺はブラウザを閉じ、余韻に浸る。最近は不安で眠れなかったが今日はぐっすり眠れそうだ。夕飯にして、早めに寝よう。


 カップ麺をすする。カップ麺がこれほど美味しいと感じたのは生まれて初めてだった。麺を食べ終え、スープを飲みながら考える。次の新人賞の作品をどうするべきか。本当は、嫌いな異世界モノを書くよりも、そっちの方を考えるべきだったのだが、自分を止められなかった。だがとてもいい気分だ。次のネタもすぐに浮かぶ予感がある。明日はきっといい日になるだろう。俺はシャワーを浴び、歯磨きを済ませてベッドに潜った。



◆◇◆◇



 目が覚めると知らない天井があった。天井だけではない。ベッドも、窓も、服も、俺の体も、何もかもが見覚えのないものだった。


「な、なんじゃこりゃああああああ!」


 俺はベッドから飛び降りて叫んだ。何がどうなっている。ここはどこだ? なんで俺は少年の姿になっているんだ?


 部屋の扉が勢いよく開かれる。叫び声を聞いて、誰かが入り込んできた。美少女だった。銀髪にエメラルドグリーンの瞳が美しい。その美貌に俺は見とれてしまう。俺の人生にこんな女の子が出てくるわけがない、そのはずなのだが、俺はこの人のことを知っているような気がした。


「ユウトさまっ、なにかありましたか!?」


 普段なら、その美しい容姿と声に見入ったまま動けずにいただろう。しかし、ユウトという単語を聞いて、我に返った。ユウトというのは、俺が昨日まで投稿していた小説の主人公の名前だったからだ。


 それに、目の前の美少女の姿は、俺が設定した姿かたちと似ている――いや、まったく同じといって過言ではない。どうなっているんだ?


「ユウトさま、大丈夫ですか? 具合でも悪いのでしょうか? 顔色が優れないようですが……」


「あ、いや、大丈夫大丈夫。ちょっと頭を打っただけだから……」

 

 心配そうに尋ねる少女に適当な嘘をついてごまかす。


 もしかすると、これは俺が小説の中に転生してしまったということだろうか。夢じゃないよな? こんなにリアルな夢は見たことが無い。


 頬をつねってみる。痛い。夢じゃない、現実だ。


()()()、この町は“はじまりの町”で合ってる?」

 

 俺は自分の予想が外れることを祈りながら聞いた。この世界が、俺の書いた小説通りなら、今立っているこの場所は、はじまりの町の宿屋で、目の前にいる美少女はアリスという名前のはずだ。


「はい、そうですけど……。ユウトさま、本当に大丈夫ですか? 念のため熱を測りましょうか」


 そうアリスが言うと、俺の方へ歩みを進める。


 時間がスローモーションに感じる。アリスとの距離が縮まり、その距離はもうなくなっていた。アリスは背伸びをする。目を閉じて顔と顔が近づいていく。


 いったい何が始まろうというんだ? こんな場面、小説に書いたっけ? 


 俺のおでことアリスのおでこがくっついた。


 ち、近い。近すぎる! 


 女の子のいい匂いが、アリスの呼吸が顔にかかる。しばらくの間、アリスは目を閉じたままじっとしていたが、ようやく離れた。


「よかった、熱はないです。念のために、治療(ヒール)の呪文をかけておきましょうか?」


「いや、本当に大丈夫だから」

 

 俺は手で停止のジェスチャーをする。


 やっべぇ、マジで好きになるところだった……。女の子耐性ゼロの童貞にはキツかったぜ……。だが絶対に好きになってはならない。だって俺は結末を知っている。主人公ユウトはこの子に、アリスに裏切られて殺される運命にあるのだ。それをどうにかして回避しなければならない。しかも、アリス以外にもヒロインがあと二人いるので、その二人からも殺されないようにしないといけない。


 まだ俺が殺されるまでの時間は十分にある。はじまりの町は物語の序盤だ。主人公が死ぬのは物語の最終盤。それまでに、どう問題を解決するかがポイントだ。


 俺が死なずに済む可能性を一つずつ考えよう。


 一つ目、ヒロインたちから逃げる。


 これは無理だ。ヒロインがアリスだけの状況なら逃げ出すことはできるとは思う。が、主人公は魔王に監視魔法を掛けられている。逃げてもすぐにつかまるだろう。そして監視魔法を解く手段は序盤では手に入らない。

 

 魔王に監視魔法を掛けられている理由だが、それはユウトが魔王に呼ばれたからだ。魔王は『私は神様でユウトにはチートスキルを授けよう』と言うので、主人公も読者もそれに騙されているのだが。


 ちなみに、呼んだ理由は、魔王は人間が苦しむのが楽しくて仕方がないためである。つまり主人公は魔王の遊び道具として呼ばれたのだ。



二つ目、ヒロインたちを倒す。


 これも難しい。なにせ、ヒロインたちは主人公より強い設定なのだ。さらに、ヒロインは魔王の手下である。当然、小説ではその事実を明かすのは、主人公を殺す瞬間に、だ。最初にその事実を明かしてしまえば、主人公が活躍できない。主人公も強いスキルを持ってはいるのだが、魔王側、すなわちヒロイン達にはその能力の弱点はばれている。もちろん俺は作者だから、相手の能力の弱点もわかってはいるのだが、魔王+ヒロイン3人を相手にして勝てる方法が思いつかない。特に魔王の能力は強すぎる。勝てる確率はかなり低いだろう。




三つ目、ヒロインを救う


 相当難しい。が、一番可能性が高いのはこれかもしれない。ヒロインが魔王側についているのには理由がある。弱みを握られているからだ。例えばアリスは家族を人質に取られている。ここで俺が家族を救出すれば、アリスは俺に味方をしてくれるかもしれない。しかし、幽閉されているのが魔王城だ。救出するのは困難だろう。他のヒロインを救うのも同様に困難を極める。魔王により厳重に管理されているからだ。だが、俺が死なない道はこれしかない。ヒロイン三人を救出し、俺と協力して魔王を倒す。これだ。これに決めた。


 よし、そうと決まれば。


「今から冒険者ギルドに行くぞ」


 俺はアリスの手を引っ張って言う。


「え、ちょっとどうしたんですか急に!?」


 アリスは驚いているが、どんどん道を進んでいく。


 ――絶対に俺が救ってみせる。そう心に固く誓って



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[良い点] 主人公の独白でスクスク進む。しかも、自分で書いた事ある人なら一度は思う事などか盛り込まれていて共感し易いと思います。 主人公の作品のランキングも微妙な所がリアルです。ここでぐんぐんあがる…
[良い点] まさか自分の小説にハマるとはw
[良い点] 続きが気になる!! 小説のランキングや感想もですが主人公が今後どうなっていくのかも含めて続きが気になってしまう面白さがありました!! また、主人公が書いた小説の設定も面白そうで読んでみたい…
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