表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/38

第9話 転校生によくある風景

 昼休みの校内はひどくざわついていた。


 教室から食堂へ。食堂から校内の様々な施設へ。


 ざわざわが止まらない。

 おしゃべりが止む事はない。


「お、おい! どういう事だよ、あれ?!」

「うぉおおおおおッ! 俺のカナデがっ!! なんだ、あいつはぁッ?!」

「コロスコロスコロスゥッ!!!!」


 男子生徒たちの嫉妬の炎が凄まじい。


「えぇーッ? うっそー? なんであのスターリングさんがあんな冴えないのと?」

「バッカ。あんなんブラフでしょ。最近コクられまくりでうざいって言ってたし。あのカナデがあんなのと付き合うわけないじゃーん」

「許せない。彼女に似合うのは神聖なる百合の世界。呪う呪う呪う……」


 女子生徒たちの噂話も恐ろしい。


《ヒャァーッハッハッハーッ!! 一躍、注目の的だなァッ、おいッ!!!! ウヒャヒャヒャヒャ!! きっもちいィイイイイイイイイッ!!!!》


 み、耳が腐る……。


 ガクンとうなだれながら歩く俺の前には、毅然とした姿勢で赤い髪を靡かせている少女の背中がある。


 カナデ・スターリング。

 そう名乗った彼女により、俺は今、校舎を案内してもらっている最中だった。


 どうして、こうなったのかって?


 そう。これにはたまらない経緯があった……。


 まず朝の一件。

 担任教師襲撃事件を収めてくれたのは、他でもない彼女だった。

 不幸な事故だと言い張って、どうにこうにかうやむやにしてくれたのだ。もっとも、その後の担任の様子から察するに、実際は全然納得してなさそうだったが、とにかく事なきを得た事だけは間違いない。


 またその際、俺の事を「知り合い」と言った事もあり、教室の席も彼女の隣に配置された。

 元々隣に座っていた男子生徒が俺に席を譲る際、血の涙を流しながら「この恨み晴らさでおくべきか……」と怨嗟の言葉を吐き捨てて去っていったのが忘れられない。


 怖すぎる……。


 勿論、他の男子も負けてはいない。

 授業中、時折感じた彼女の視線。それが気に入らなかったのだろう。


「な、なんだ、あの熱視線は?」

「クソクソクソ!」

「スライム野郎めぇぇぇ……」

「しねしねしね。あと死ね」


 と、四方八方から罵詈雑言の嵐だった。ちなみに俺と席を変わった男子は無言で完全暗殺読本なる本を読んでいた……。


 一方、彼女はと言うと、そんな周りの様子もどこ吹く風で、淡々と授業を受け続けていた。


 いや、少しは気にしろよ! っていうか、気にしてくれよ! 針のむしろだよ?!

 そう言いたかったが、勿論思っただけだった事は言うまでもない……。


 そして、授業の間の短い休み時間――これが特に最悪だった。

 女の子たちだって負けてはいなかったのだ……。


 彼女の友人たちに取り囲まれ、関係を聞かれたり、編入以前の経歴について聞かれたり、ベステリアについて聞かれたり――と、もうそれだけで汗だくである。そのせいで、彼女たちは最初の休み時間以降、二度と近付いてくる事はなかった。


「あいつ汗やばくない?」

「カナデもあれ本当は嫌がってるでしょ?」

「ていうか、何か弱みでも握られてるんじゃない?」

「最悪でしょ! 助けてあげなきゃ!」


 どころか、コミュ症なだけで悪人扱いされるハメになった……。

 なお、肝心の彼女はと言うと――何か考えるような仕草をするだけで、特に忠言してくれたりする事はなかった。ついでに普通に友人たちとおしゃべりを楽しんだりもしていた。


 いや、本当に。朝の一件はなんだったんだ? と言いたくなるくらいどこまでも放置プレイだったのだ。

 

 昼休みに入るまでは――


「行くわよ」


 授業が終わるや否や、彼女はそう言って困惑する俺を教室の外に連れ出した。


 そのまま食堂で一緒に昼食を食べ――今に至っているわけなのだが、こいつは一体どういうつもりなんだ?

 名前を知っていた以上、手紙は読んでくれたのだろうが、今の今までその話題は一度も出ていない。どころか、「ここが食堂」「ここが訓練場」とかそんな言葉しか聞いていない。


 しかし、こちらから言葉をかけるきっかけが掴めない。

 声を出そうとしても――本当にその言葉で大丈夫なのか? そう思うと、どうしても声が出てこないのだ。


 相手がマリーやベステリアならこんな事はないのに……。


 こればかりはどうしようもない。

 自分がコミュ症である事をわかっているから……。


 そんな事を考えていると、知らず汗をかいている事に気付いた。


 彼女の案内はずっと続いている。


「次は旧校舎ね。ついてきて」

「ぁ……はい……」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったのはその時だった。


 もう午後の授業が始まるらしい――が、彼女は教室に戻ろうとはしなかった。


「あ、あの……?」


 次の授業って教室じゃなかったっけ?

 しかし、彼女は止まらない。どんどん歩いて行ってしまう。


「じ、授業は……」

「いいから来て」


 いや、よくないだろ……。

 そう思ったが、出てきた言葉は「……ぁ、はい」だった。


《どこ連れてく気だ、このメスブタァ?》


「俺が知るか――あ」


 まずった。

 さすがにスライムと会話するのはマジで頭がおかしい奴に思われかねないので避けていたのだが……やってしまった。


「…………」


 だが、彼女は気付いていないのか無言で歩いていくだけだ。


 現校舎から離れた所にある木造の旧校舎を一通り見て回り、再び外に戻ってくる。

 彼女の案内によると、旧校舎はそれ自体が全て生徒会によって使用されていて、一般生徒が立ち入る事はまずないらしい。


 いや、あの、僕も一般生徒なんですけど……。


 こんな所、案内されても二度と来ることはないわけで、ますます彼女が何を考えているのかわからなくなった。


 それでも案内は続いていく。

 校舎の外の庭園だとか、グラウンド、更に実力テスト用に建てられた塔だとか、校舎に続く裏道だとか――この学校の全てをあますところなく案内しているように思える。


 そうして、ようやく――


「――次で最後よ」


 彼女がそう言った時には、もう最後の授業が始まろうという時間になっていた。


 連れて来られた先は――なんだこりゃ?


 危険。立ち入り禁止。KEEP OUT。と書かれた黄色いテープが至る所に張り巡らされていた。


 だが、彼女はお構いなしといった様子で、そのテープを潜り抜けていく。


「……ぁ、あの……どこに?」


 問いかけたが、答えは返ってこない。


《無視かコラァッ?! 舐めてんじゃあねーぞ、メスブタがァッ!!!!》


 いや、お前が言っても、こいつには「ぷいぷいっ」としか聞こえないぞ……。というか、彼女は振り返る事すらもしない。


 無言のままひたすらに歩いていくだけだ。


 先に進むと、また立ち入り禁止のテープが張り巡らされていたが、今度は色が赤い。しかも、テープの量がはるかに増している。


 絶対に侵入を許さないという強固な意志を感じるほどに……。


 というか、なんで俺はこんな所に連れて来られてるんだ……?


 お前、どう思う?


 訊ねるように頭の上に目を向けてみたが、


《ヒョォオオオオッ?! なんかワクワクしてくんなァッ!!!!》


 無駄にテンションの高い声が返ってきただけだった。


 そんな俺たちをよそに、彼女は赤いテープの間を潜り抜けていく。


《おっ! パンツ見えた!! 水色だ水色!! ウヒヒヒヒ!!》


 ……お前は一体何なんだ。いや、ラッキーだけどさ。


《オラ! パンツに見とれてんじゃあねえ!! 水色が行っちまうぞ!!》


 パンツの色で呼ぶなよ……。


 心の中で突っ込みながら、赤いテープを潜り抜け、彼女の後を追っていく。そうして辿り着いた先にあったのは――


「――な、なんだ、これ?」


 瓦礫の山というべきか。


 完全に倒壊した建物だった。


 しかし、この損傷具合はひどい。自然事故の類じゃない事は一目見ればあきらかだった。それほどに無茶苦茶になっている。いや、それより――これ……魔力、か?


 今の今までは確かになかった。だが、瓦礫の入り口というべきだろうか。そこに足を踏み入れた瞬間、わずかだが魔力残滓を感じるようになった。


《ヒッ、ヒヒヒヒ、ヒャァアーハッハッハッハァーッ!!!!! クケケケケェエエエエッ!! ざッまあねえなあァッ!! 愉快愉快!!!! 愉快すぎるぜェエエエエエエエエエッ!!!!》


 ベステリア?


 なんだ、こいつ? 

 バカ笑いはいつもの事だ――が、何か違う。

 喜悦に歪んでる……?


 何かを感じたのだろうか。

 前を歩いていた彼女も驚いた様子で振り返っていた。だが、それも一瞬だ。すぐにまた先へと進んでいく。


 かつて建物だった瓦礫の山の最深部へと。


 地面に飛散しているガラスの破片を越えて、行きついた先は祭壇だったのだろうか。一際小高い瓦礫の前に立ち――彼女が振り返る。


「――ここが礼拝堂」


 そう言った――彼女の視線と俺の視線は、だが、交じり合う事はなかった。


 だって、仕方ないだろう?


 どうしたって、『それ』に目がいってしまう。


 彼女の背後。恐らく巨大なステンドグラスがあったのだろう、崩れかけの瓦礫の壁へと。


 そこに――文字が書いてある。


 べっとりと、赤黒い文字。血文字だ――が、読めない。


 少なくとも、俺には。ただ、見た事はある。読む事はできなくとも、知識としてその文字を知っている。


《――古代ルーン文字》


 およそこいつのものと思えないほど、低く、鋭い声音でベステリアが言った。


「読めるのか?」


 問いかけはベステリアへ。だが、彼女の方も察したらしい。背後の『それ』を振り返った。


 文字は上下に一つずつ。


 上の文字は――単語だろうか。短い文字で、何故か上からバツ印がつけられていた。


 書いてある言葉は――


《――ジゼル》


「ジゼル?」

「会長?!」


 彼女の赤い瞳が見開かれる。


 同時に俺の視線も彼女へと――しかし、ベステリアはそれには構わず続けた。


《下の方はァッ――ケッ》



 残り四人、だってよ。



 ベステリアはそう言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ