第7話 想いはめぐって
彼らの思想を美しいと思った。
だって、とても素敵な事でしょう?
生命あるものは、皆一つ。一つは二つに、二つは三つに。
私たちはきっと手を取り合えるわ。
その為に――ええ。私はまだ未熟で、あの人の隣には決して立てないけれど、それでもいいの。
あの人の理想を見届けたい。
そして、いつか……。
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まるで熱源だ。
知らない少女の燃えるような赤い髪が、立ち昇るオーラによって揺れている。
名は体を表すという言葉があるが、オーラにも同じ事が言える。
千差万別、様々な人間がいるように、オーラの色も人によって違うものなのだ。
俺の場合は青白いもので、マリーは白一色だった。ベステリアはどうだったっけ? 赤と黒が混じっていたような記憶があるが、とにかくオーラの色は十人十色だ。
彼女の場合は――髪の色と同じ。赤すぎるほどに赤いものだった。
まるで炎の潮流を見ているようだ。
鮮烈で、苛烈で、目を奪われる。
だが、わけがわからないまま惚けている俺をよそに、彼女は何か意味不明な事を捲し立てていた。
「――礼拝堂の結界は厳重だったはずよ。どうやって立ち入ったの?」
と言われても、何の話だか全くわからない。
「ふん。答えないつもりなら、それでもいいわ。とにかく! あんたはあたしが倒す!!」
「ぃ、いや……あの……」
ちょっと待て、というように軽く両手を上げて一歩引いてみせるが――問答無用ですか?!
「ハァアアアアアアアアッ!!」
気合いの咆哮とともに、両手に生み出された炎弾を容赦なく撃ち放ってくる。しかも、二発同時にだ。
まあ、避けれるけど。
ささっと動いて、軌道上から身をかわすと、炎弾はどこか遠くへと飛んで行った。
見える範囲にはいないとはいえ、近くに人がいたら危ないと思ったが――この感じだと大丈夫か。
大した魔力でもなかったし、誰かに当たる前に多分消失するだろう。
「……くっ!? あれを避けるなんて!!」
歯噛みしながらも、更にもう二発。赤髪の少女が炎弾を飛ばしてくる――が、ささっ!!
威力はどうあれ、当たったら痛いので、勿論かわした。
「そ、そんな……」
再び避けられた事で、彼女は刹那、呆然とした表情を浮かべていたが、すぐにまた元の鋭い眼光へと戻った。
今、気付いたが瞳の色も赤い。
どこまでも赤い。それはきっと――彼女という存在そのものを表している。
「私は負けない――絶対に倒す!!」
不屈の闘志だ。
今日より明日。明日より明後日。
時を刻むごとに、彼女はきっと強くなっていく。そんなタイプの人間だと思った。
でも、まあ……。
「これで――」
正直、俺の相手じゃないな。
「――終わりよォオオオオオオオオッ!!!!!!!!」
両手に一つの巨大な魔炎を生み出し、彼女が咆える。
「クリムゾンレッド!!!!!!!!!!!」
撃ち放たれたそれはすごく熱そうだった。あと、でかい。でかすぎて、かなり動かなきゃ避けきれない。
「仕方ない……」
ならば、かき消すか――と思った瞬間。
《ウケケケケ!!!! 見つけたぞ、バカアマがぁアアアアアアアアッ!!!!》
呪いのアイテムが頭の上に戻ってきた。
《あ゛? なんだ、このチンケな火花はァッ?!》
邪魔だ、とでも言うように、ベステリアが鼻を鳴らすと、クリムゾンレッドとやらは一瞬でかき消えた。
「そ、そんな……ッ?!」
目の前で起きた事が信じられないのか、彼女は愕然と息を呑んでいた。しかし、それも一瞬だった。
「さ、さっき倒したスライム……!? や、やっぱりあんたが……」
わなわなと震えながらも、彼女のオーラはその熱量を増していく。
って、はっ? この子がベステリアを倒した?!
言っちゃあ悪いが、魔王時代と比べてハナクソ以下に成り下がったとはいえ、さすがにレベルが違いすぎるだろう。
「お、お前、負けたの?」
《なんでだコラァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ?!》
ブチ切れられた。
《おめえのせいで気ぃ失っちまってェエエエエエッ!! そんで、起きようとしたら、このアマ!! 踏み潰しィイイイイッ!! ウォオオオオオッ! コロスゥウウウウウウッ!!!!》
よ、よくわからんが……なるほど。
恐らくは、さっきベステリアを思い切りぶん投げた際、どこかに当たって気を失ってしまい、その後、起きようとしたところに彼女がやってきて踏み潰された、と。そんなところだろうか。
正解かどうかはともかく、とりあえず納得したところで、彼女に意識を戻すと、
「――それでも私は……負けるわけにはいかないの!!!!」
やっぱり不屈だった。
何だかわからないが、何かが彼女を突き動かしている。ここまでの経緯だけでも、それは分かる。だから――
「ぁ、あの……は、話を……」
どうにか話し合いができないものかと、必死に声を絞り出したが、彼女には聞こえなかったようだ。
これで何度目の正直か。いや、きっと何度だって立ち上がるのだろう。
再び、魔力を練り上げていく。
《マジでムカツクぜ、クソザコがァアアアアアアアアアアアッ!!!! 生ゴミがイキってんじゃあねえェアアア!!!! 殺せ殺せ殺せぇエエエエエエエエエエッ!!!!!!!! ウケケケケェエエエエエッ!!!!》
「…………」
完全にこっちが悪役だった。
言ってる傍から、またさっきのクリムゾンレッドらしきものが彼女の両手に生み出されていく。
「――リプカディストラクション!!!!!!!」
と思ったら、違ったみたいだ。
巨大な魔炎は、俺ではなく地面に向かって撃ちつけられた。
「って、熱ッ?!」
どうやら地面から炎を吹き出す技だったようだ。
円型に俺を取り囲むように、その一体だけ火炎地獄になっている。
《ウヒョォオオオオオッ?! アッチアチだぁアアアアアアアアアアッ!!》
ベステリアは何かテンションが上がっていた。体色と同じだからか……?
「ハハハ……。どう?! 私の勝ちよ! 観念しなさい!!」
えッ? なんで?!
と思ったが、なるほど。俺以外には、ベステリアがぷいぷい言ってるようにしか聞こえないんだった。それで悲鳴と勘違いしたのだろう。
「自首すると約束すれば助けてあげるわ!! さあッ! どうするのッ?!」
いや、そう言われても……。
なんで、こんな目に遭っているのかもわからないのに……。
とりあえず、勝ち誇っている彼女には悪いが――いい加減、熱いので、俺の魔力をぶつけてリプカなんとかの炎をかき消した。
「――――ッ?!」
う、嘘……。というように彼女の口唇が微かに動いた。
「な、なんなの、あんた……なんなの? ――なんなのよぉおーーーーーッ!!!!!!!」
瞬間、彼女の魔力が爆発する。オーラが燃え上がる。
「絶対……絶対負けない!! あんたを倒す!! 絶対に自首させてやる!!!!」
だから、自首って一体何の――そう思って、ふいに気付いた。
「ま、まさか……!?」
「これ以上、奪わせない!! 私の全てを賭けて――」
――あんたを倒す!!
心なる咆哮とともに、彼女自身が炎の化身となって駆けてくる!!
いや! まずいまずいまずい!!
これ以上、奪わせないって――要するにそういう事!?
俺が怪盗だってバレている?!
となると、まずい。本当にまずい。真剣にまずい。
この事実が学校側に知られでもしたら、初登校を前に退学になっちまう……!!
どうする? どうする? どうする?
考えろ! 考えろ!! 考えろ!!!
超高速で思考を巡らしまくるが、彼女の方はそんなのお構いなしといった感じで炎を纏っての肉弾戦を仕掛けてくる。
それを適当にいなしながらも、俺の思考は止まらない。
こうなったら、後は野となれ山となれの精神で倒してしまおうか?
いや、アホか俺は!? それはありえない。
じゃあ、正直に「私がやりました」と告白するか?
いや、ダメだ! 謝って許してくれるレベルの怪盗っぷりじゃない。そんな事すれば間違いなく牢獄送りだ!
なら、どうする? どんな手を使えば――
《ウケケケケ!!!! なぁに遊んでんだァッ?! 早くぶっ殺せェエエエエエァッ!!!》
お前はうるさい。
いや! 待てよ? 逆にぶっ殺される――っていうか、わざと負けるっていうのはどうだ?
世間の怪盗評価は風林火山だ。
風のように素早く、林のように静かで忍びやかで、火のように激しく強く、そして山のように大いなる強さを持った存在。そんな風に言われている。
実際、悪徳貴族ばかり相手にしてきたせいで、護衛に雇われていた騎士もどきや悪たれ冒険者を山ほどなぎ倒してきた。
そんな奴が弱いわけがない。
……い、いやいやいや!! やっぱ違くないか?
わざと負けてみたところで、「あんた弱いから怪盗じゃないわね!」なんて流れになるか?
しかも、この子はこのレベルのわりに何でか自信家みたいだし、「強い怪盗を倒した私すごい!」になるだけなんじゃないか?
……いや、なる。絶対なる。この子はきっとそういう子だ。それで、俺は牢獄送りだ。
それじゃダメなんだ。もっと、よく考えろ!
俺が怪盗であるという事実は変わらない。そのうえで、彼女を納得させる方法――それを考えるんだ!!
ポクポクポクポク、ポクポクポクポク、ポクポクポクポク――チーン!
ダメだ!! 何も浮かばない!!!!
《さっきから何やってんだ、おめえはァッ?》
絶望的な気分になり、涙目で顔を上げた――瞬間。
「ハァアアアアアッ!!」
顔面めがけて飛んできた彼女の炎の拳をパシッと受け止める。
「……クッ! クソッ! クソッ! なんで――なんでよォオオオオオッ!!」
赤いオーラの残滓が目の前で舞い踊る。
彼女は泣いていた。
悔しくて? 悲しくて? 理由はわからないが、不屈の意志はそのままに、力強い赤い瞳にめいっぱい涙の雫を蓄えていた。
「……ぁ、あの……俺は……」
「負けられない! 奪わせない!! もう何も!!!!」
何度だって、彼女はきっと立ち上がる。
これまでと同じように。
どうすればいいんだろう。本当に――そう、思った時だった。
《あァアアアアアッ!? メンドクセエェエエエエエエエエエエッ!!!!!!!》
頭上に魔力を感じた。
ベステリアだ――が、はい?
瞬間、赤い髪の少女は遥か彼方の地面にぶっ飛んで行った――キラリーン☆
……え? えぇえええええええええええッ?!
《ハッ!! ザコが!!!!》
「いや!! 何してんだ、お前ぇえええええええええッ?!!」
倒しちゃったよ!! どうすんだ、これ?!
っていうか、今までの思考巡りは何だったんだ……。
《心配すんな。殺しちゃあいねえ》
「当たり前だ!!」
俺は慌てて彼女がぶっ飛ばされた方向へとダッシュする。
かなり遠くまで飛ばされたらしく、結構な距離を走るハメになったが――見つけた。
気を失っているのか、地面に倒れたまま彼女は微動だにしない。
かわいそうに、スカートがめくれあがってピンク色のパンツが丸見えになっていた。
「うっ――」
ゴクリ……。
《ヒョォオオオオオッ!? かわいいパンツはいてんじゃねえかァアアアアアッ!!!!》
いや、お前は一応女だろ……。
それより、どうしよう。
このまま放置して帰るわけにもいかないし、怪盗の件もバレてしまっている。
《よしッ! わらわを踏みつけた罰だ!! マッパにしてその辺に吊るしとこうぜ!!》
「鬼か、お前は……」
ベステリアの言う事は無視して、しばらく考えた結果――まあ、そうするしかないよな。
俺は彼女を背負って、学校にあるだろう保健室へと向かう事にした。
道中、状況を理解していないベステリアに怪盗行為がバレている事を話してやると、
《ねえよ、バカが! こんなクソザコにバレるくらいなら、とっくの昔にバレてんだろうが。おめえ、なんか勘違いしてんじゃあねえのかァ?》
意外な答えが返ってきた。
だが、なるほど。勘違いか。言われてみれば、彼女の口から『怪盗』という言葉は一度だって出ていない。
その線も充分にあるんじゃないのか。
そう考えると、急に希望が湧いてきた!!
でも、頭に血が上っている彼女がまともに話を聞いてくれるだろうか。いや、そもそも、俺の方がまともに話せるのか……。
となると――方法は一つしかない。
覚悟を決め、俺は歩みを進めていく。
微かな希望を胸に。
《っつーかよォオオオオオッ?! お前、それ胸あたってんだろ? おっぱい気持ちいいか、おい? なあッ? 気持ちいいんかァッ?! ほれ! おっぱい! おっぱい!! おっぱい!!!!》
「死ねよ……」
でも、確かに俺はドキドキしていた。
胸がどうとかではなくて、マリー以外の女の子とこんなに密着したのは初めてだったから……。
それに――彼女の赤い髪はとても良い匂いがした。