第6話 赤色エンカウント
拝啓
魔王も消え、平和になった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
御家族の皆様に至っては、ご健勝の事と信じたいところですが、それはともかく僕はすっかり悪い子になってしまいました……。ごめんなさい。
本当にごめんなさい、父さん母さん……。
心底、そう思いながら日中の街を歩いていると、立ち話をしていたオッサンたちの会話が耳に入ってきた。
「おい!! 遂にこの街にも怪盗が出たって?!」
「ああ!! 伯爵のナルカネーのところがやられたらしい!!!!」
「ハハッ。ざまあないね。あの野郎、あくどいことたくさんやってたしな!」
世間では今、各国に無差別に現れる謎の怪盗事件が問題になっていた。
犯人は恐らく、二十代から三十代の男性か女性。もしくは十代や四十代以上の可能性もあると言われている。
また、この怪盗は貧しい人や一般市民などから盗みを行う事は一切せず、悪徳商人や汚い手段で私腹を肥やしている貴族などのみを犯行の対象にしているらしい。
「とはいえ、怪盗野郎もちったぁ俺たちに還元してくれりゃあいいのになあ」
「義賊気取りのくせに、奪った金は全部自分のものにしちまうんだろ?」
「結局、ただ金がほしいだけのクズ野郎って事よ」
ちげえねえや、と言いながらオッサンたちは笑い合っていた。
「うぅ……」
その通りすぎて、耳が痛い……。
後ろめたさからか、無意識に俯いて歩いていると――ドンッ! と前から来ていた通行人とぶつかった。
「おうっ?! すまねえな、お嬢ちゃん! 大丈夫かい?!」
「…………ッ!」
ガタイのいい気さくなおじさんは、あきらかにこちらが悪いにも関わらず心配そうな顔で謝ってくれた。
しかし――声を出すわけにはいかない。
淑女らしくドレスのスカートを持ち上げ、軽く一礼すると、逃げるように早足で歩き出した。ついでに意味もなく次の路地で曲がり、背後におじさんの姿が見えなくなったところで、思い切り地面を蹴って駆けだした。
《ヒャァーッハッハッハッハ!!!! 走れ走れ、お嬢ちゃぁあああああああああああああん!!!!》
誰がお嬢ちゃんか!!
ドレスが乱れるのも厭わず、俺はしばらく走り続け、人通りがほとんどなくなった辺りで、ようやく足を止めた。
つ、疲れた……。
ドレス姿で走り回るのは、想像以上に骨が折れる。なにせハイヒールだし……。足がめちゃくちゃ痛い……。
《よおっ?! どうする? どっかでメシでも食ってくか、おい? 金なら腐るほどあるしよォ!!! ウケケケケケ!!!!》
いつもの事ながら、何のための金だと思ってるんだ、こいつは……。
だが、今はしゃべるのも億劫なので、無視しておいた。
今はとにかく、とっととこの国とおさらばする。それだけである。
結局、国の外に脱出する事ができたのは、それから丸一日後の事だった……。
朝露が眩しい。
時折、肌を撫でてくるそよ風が周囲の緑を躍らせている。
清々しい空気を思い切り吸い込むと、体が浄化されるような、そんな気分がした。
とても気持ちの良い朝だ。
《……ふざけんな、コラ!! ぶっ殺すぞ!!!! 餓死させる気か、てめえぇッ!? メシだメシメシ!!! メシ食わせろォオオオオオオオオオッ!!!!》
他に人気のない草原で、野蛮な魔物が何か言っていたが気にならない。
なにせ今日は門出の日なのだ!!
俺は着ていたドレスを脱ぎ捨てると、パンツ一枚の姿になってさわやかな朝の太陽を見つめた。
遂にこの日が来た!!
あの誓いの日から半年。長かった。本当に長かった……。
けど、俺はやり遂げたんだ!!
もう犯罪に手を染める必要はない。
俺は俺のまま真っ当に生きていく。生きていけるんだ!!!!
こんな俺をいつも見つめてくれていた太陽と自然に――
「――ありがとう」
《じゃあねぇえええええッ!!!! 気持ちわりぃんだよ、女装野郎がァアアアアアッ!!!! いいから、とっととメシ食わせろコラァアアアアアッ!!!!》
はぁあああああッ……。
全く、こいつはどこまでも感動とかそういうのとは無縁の奴だ。
大体、毎回変装して別人の犯行に思われるようにしろって言いだしたのはお前だろうが……。
そのせいで何度女装した事か。勿論、男の姿のまま髪を逆立てたりしてやった事もあるが、とにかく怪盗ごっこの時間は終わったのだ!!
金はもう充分すぎるほどに貯まった。
後は中立国家セントテイルに行くだけだ。
そうして、冒険者養成学校に入学する。
そして――一刻も早く、真実に近付いてみせる!!
「――待ってろ」
誰にともなくそう言って、俺は真実への第一歩を踏み出した。
《いや、服着ろや……》
・
・
・
・
・
・
冒険者養成学院セントテイル校。
それが俺がこれから通う学校の正式名称だった。
かつては辛酸をなめさせられたが、これが金の力なのだろう。
事務局の職員も、今回はあっさりと編入手続きを進めてくれた。その辺はさすが身寄りのない子供の受け入れにも積極的と言われているだけの事はある。もっとも、俺の場合、身寄り以前に身元すら不明なのだが……金さえしっかり払えば、その辺はどうでもいいらしい。
ともかくこれで晴れて冒険者への第一歩を踏み出す事ができたわけだ。
ちなみに学院は三年制で、俺は二年生への編入となる。また希望すれば寮に入る事も出来るのだが、人間関係が面倒くさそうなので、それはお断りしておいた。
そもそも、よく知らない人間と一緒に共同生活するなんて、俺には絶対無理だ……。
というわけで、これから一年と少しの間、学院の近くにある安宿で生活する事になる。
なに。金ならある。
怪盗生活のおかげで……。だが、とにかく生活するのに困らないだけの貯蓄はあった。
後は適当に学院生活を送って卒業すればいいだけだ。
そして、ギルドに入って名を上げる。皇国に近付くには、多分それが一番真っ当で手っ取り早い。それに運が良ければ、予定より早く卒業する事もできるかもしれない。なにせ、この学校には飛び級制度というものがあるのだ。
自分で言うと角が立つかもしれないが、はっきり言って俺は相当に強い。少なくとも、同年代の奴らに負ける要素は全くと言っていいほどないだろう。
『祝福』がなくても、だ。
最初はもしかして? くらいの感覚だったが、怪盗生活を続けるうちに疑惑は自信へ。やがて、確信へと変わっていった。
間違いない。俺は強いのだ、と。
恐らくは、これまでの鍛錬と何より苛烈極まりない戦闘経験のおかげだろう。もっとも『祝福』時代の俺から見たら、ハナクソ以下のクソザコでしかないのだが……。
何はともあれ、過去は過去。今は今だ。
昔を懐かしんでいても仕方がない。飛び級できるかどうかはともかく、今は一日でも早く卒業する事だけを考えよう。
そう決めて、俺は学校の外へと歩き出す。
今日は手続きに来ただけで、実際に登校するのは明後日からになる。
にしても、学校生活か……。
緊張するな……。
なにせ学校に通った事は人生で一度もない。
故郷の村では、年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんが子供たちに読み書きや常識などを教えるのがしきたりとなっていたからだ。
俺もマリーと一緒に色々教わったっけ……。
「マリー……」
お前は今、どこで何をしてるんだ?
《ウケケケケ! どこも何も皇国でよろしくやってんだろ? 遂に頭イカレちまったかぁ?》
「うォオオオオイッ?! 何勝手に人の心読んでんだ?! っていうか、何ッ!? テレパシー?!」
《ウヘヘヘへヘ! いい加減、なげえ付き合いだからなぁッ!! ウッヒャヒャヒャヒャァアーーーーーッ!!》
マジかよ……。
今更ながら、なんなんだこいつは……?
《ウッキャキャキャキャ!!!! ヘイヘーイ!? もしかしてびびってるぅッ? びびっちゃってますかァアアアアアッ?!》
「ぐッ……」
心底うざい。どこまでもうざい。
《ウヒャァアッハッハッハッハ!! ウヒウヒウヒァアアハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!》
「うるっせーな!!!! いい加減にしろ、このッ――クソがぁあああああああああああああッ!!!!」
言うが早いか、遠投の要領でベステリアを遥か遠く彼方へと投げ捨てた。
キラーン☆
《ウォオオオオオオオッ!? それを捨てるなんてとんでもねぇええええええええええええッ!!!!》
悪は去った。
そうして俺はまた歩き出す。
だが――予想通り。しばらくすると、後ろからドドドドッ! という物凄い足音が聞こえてきた。
いつもの事だ。
捨てても捨てても戻ってくる。
それが呪いのアイテム、ベステリアだった。
まあ、それがわかってて捨ててるんだけどさ――って、ん?
足音?
スライムに足などない――という事は……え?
思わず振り返った先。そこにいたのは――
「――見つけたわよぉーーーーーッ!!」
「誰ッ?!!!!」
髪の長い知らない女の子だった。
学院の制服を着ている事から、この学校の生徒だという事はわかるが、今は授業中なんじゃないのか?
いや、それより――なんか怒ってる?
俺の目の前までやってくると、女の子はしばらくの間、ぜえぜえと肩で息をし、ややして怒りの形相を俺に向けてきた。
「……ぁ、あの……?」
燃えるような赤い髪のせいか迫力が凄い。
「――やっと見つけたわ」
「……ぇ? え?」
何がなんだかわからず困惑する俺に彼女は言った。
「あんたが犯人ね!!」
絶対に許さない――と。