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第5話 明日にフォーリンダウン

『祝福』がなくなった。


 なんて、そんな事がありえるのか?

 だって、『祝福』は天からの贈り物だ。

 それがなくなるなんて……。


 例えば、悪事を働いたり。例えば、誰かを傷つけたり――天に叛逆でもしない限り、そんな事は起こり得ない。


 そして、俺はそんな事はしていない。だから――


「――ありえない。ありえない。ありえない!」


 現実が受け入れられない。

 否定の言葉を吐きながら、自然と頭を振り続ける。


 わけがわからない。意味がわからない、と。


 大体、天って何だ?


 いや、知ってるさ。世界各国どこの『教会』にも『それ』はいる。神様だろ?


 だからって、神様だからって!!!!


 勝手に与えといて、勝手に奪うなよ!!!!!!!!


 それこそまさに天に叛逆するように。

 俺の全力をもって魔力を練り上げてみる。練り上げて……練り上げて……練り上げてぇええええええ!!!? 練り……終わった。それはもう一瞬で。


「ぅ……ぅう……」


 自分でもびっくりするくらい魔力が減っていた。


《ヒーーーーッ!!!! ヒッ、ヒッ、ヒッ……ウヒ、ウヘヘヒャヒャァーーーーッ!!!! よえぇ!!! こいつぁ、よえぇええええええええええ!!!! マジでよえぇえええええええええ!!!!!!》


「う……ぐぎぎぎぎ……」


 しねしねしね!!!

 これは何かの間違いだ!! こんな事あるはずがない!!


 そ、そうだ! アレだ!! 俺にはまだアレがあるじゃないか!! そう――


「――我は神約の十二天なり!! 永久不変の誓いを以て、御心(おんこころ)に尽くす!! 顕現せよ、アルス・マグナ!!」



 シーン……。



 しかし、なにもおこらなかった!


《ウッ……プププ……プヒハァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!! おもしろすぎィイイイイイイッ!!!! 永久不変の誓い破られちゃったみたいですけど、今の気持ちはァッ?! どんなお気持ちですかァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ?!??!?!》


 死ね――


「――ふんッ!!!!」


 頭の上の魔王ベステリア、いやただの群れからはぐれた赤いスライムを思い切り地面に叩きつけた。


「ぷぎゃっ!?」


 ぷいぷい言っているが、無視だ無視。それより、どうする? って、えぇえええええええええええ?!!!!


 スライムを地面に叩きつける行為が、敵対行動だと受け止められてしまったらしい。

 一人の近衛兵が俺に向かって、槍を突き出してきた。


 あっぶな――けど!!


「正当防衛ですよ?!」


 瞬間、俺は相手の懐に飛び込むと、鳩尾めがけて肘打ちを叩き込んでやった。

 蛙が潰れた時のような悲鳴を上げ、近衛兵がその場に倒れ込む。


「……あ、あの?」

「きっさまぁああああああああッ!!!!」


 正当防衛だって言ったのに!!

 俺の正論に耳を貸してくれる近衛兵は誰もいなかった。しかも、今度は一斉に襲いかかってくる。


「ぷいぷいぃーーーーーーっ!!!!!!!!!!」


 だが、兵士たちの槍が俺に届く事はなかった。

 突然の熱風とともに炎の柱が発現したのだ。

 俺と近衛兵を隔てる、いくつもの炎の柱だ。


「ぷいぃい!」


 どうだ、見たか? とばかりにベステリアが俺の顔を見つめてくる。


「…………」


 全く、こいつは――何を考えてるのか、本当によくわからない!


 俺はさっとベステリアを拾い上げると、頭の上に押し付けるようにして乗せてやり――颯爽と平民街を逆走し始めた。


《ケッケッケ!! 全員ぶっ殺した方がよかったかぁあああああああああ?!!!》


「なわけないだろ!!!!!」


 などと話していると――やっぱ、そうなる?


 兵士たちも簡単に逃がしてくれる気はないようだった。

 炎の柱を迂回してきたのだろう。決死の形相で追いかけてくる。と思ったら、今度は前からも近衛兵が数人現れた――が、


「すみません!!」


 目の前にいた二人を物理的に拳で殴り倒して、俺は更に加速する。


「クソッ! どこまでついてくるつもりだ?!」


 どこから集まってきたのか、追ってくる兵士たちの数は増えていく一方だ。

 後ろからだけじゃない。前からも横からも。


 そのたびに殴る蹴るで、その場を切り抜けていくが――なんか、これもう国家反逆罪なんじゃないの……?


 自分の行いを後悔しながらも、駆ける足は止められない。止まるわけにはいかない。

 捕まったら何をされるかわかったもんじゃないし――そもそも俺には捕まる理由がない!!!


 だが、世界でも有数の広さを誇る皇国を出るまでには、まだかなりの距離がある。


 俺だって永遠に走り続けられるわけじゃない。


 けど、今は街中だ。その気になれば――追ってくる兵士の数はもはや十人以上になっているが、祝福の力がなくともやってやれない事はない。いや、多分やれる。

 ただ、まとめて相手にしようとすれば、無関係の人間に被害が及ぶかもしれない。それだけはしてはいけない。避けなければいけない。


 でも、じゃあどうする? このまま逃げ続けるのか? 逃げ延びる事ができるのか?


「…………ベステリア」


《んあぁ?》


「お前、後ろの兵士足止めできるか?」


《ウヒッ?! ウヒハハハハ!! わらわに借りを作ろうってかぁあああああッ?!》


「貸しならとっくにしてるだろ」


《うぇ?》


「頭の上で」


《あ、そーゆうこと? ウケケケケッと。でも、おめえ――》



 文句言うなよ?



 ベステリアが笑った――瞬間、背後で魔力が爆発した。

 悲鳴が上がる。


《どぉおおおらァあああああッ?! ざっとこんなもんだぁあああああッ!!! ヒャァアーッハッハッハッハッハーーーーー!!!》


 振り返ると、凄まじく巨大な炎の竜巻が近衛兵たちを襲っていた。


「何してくれてんだ、お前ぇええええええええええええッ?!」


 完全に大量殺人だ!!!


 さっき市民街への扉の前で兵士たちを足止めしてくれた事、それに――あの戦いの後から今に至るまでの過程で、もしかしてこいつって性格が最悪なだけで根はそんなに悪い奴じゃないんじゃないか?

 なんて思ったのが間違いだった!!!!!


 やっぱり魔王は魔王だ!!!!

 こんな奴と一緒にいられるか!!!!!


 今度こそ本当に捨ててやろうと思い、ベステリアの体を引っ掴んだ――瞬間。



《――真実を見据えよ、ラスカル・ノーズ。善悪然り、天魔然り。果たして目に見えるものは現実か? 幻想に惑わされるな。常識に惑わされるな。心の眼で見つめてみよ。わらわはベステリア。今も昔もただのベステリアでしかない》



「……は?」


《なぁーーーーーーんちゃってぇえええええええええええッ!!!!!》


「……は?」


 急に真面目なトーンで意味不明な語りをし出したと思ったら、今度はバカ笑いをし始めた。その時である。


 熱い熱いと阿鼻叫喚の声を上げていた兵士たちが、ふいに「あれ? 熱くない?」とか言い出した。


 振り返ると、炎の竜巻はそのままだったが、本当に何の被害も起きていない。というか、その辺にいた子供が「うわぁい!!」とか言って、笑顔で竜巻と戯れている。


「…………ん、んんんん?!」


 なんだかよくわからないが、幻覚魔法だったらしい。とにかく――今のうちだ!


 俺は再び、前を向くと平民街をひたすらに駆け抜け――それから数時間後、ようやく皇国の外に出る事ができた。


 兵士はかなりの数が追ってきていたが、そのたびにベステリアが足止めしてくれ、どうにかこうにか巻き切る事ができた。


 明るかった空はもう真っ暗だ。

 景色も街中とは全く違う。

 一歩、国の外に出ると、一気に何もなくなってしまう。


 自然の王国だ。


 しばらく歩き続け、身を隠す為に適当な森の中へと踏み込んでいく。


 国の外には世界中どこだって、小さな村が点在しているが、この辺りには何もない。

 仕方なく野営する事にして、その辺の草の上に腰を下ろすと、どっと疲れが襲ってきた。

 常備していた非常食で簡単にお腹を満たすと、すぐに眠気が襲ってくる。


 抗えないまま、横になるとスライムもちょこんと頭の横に落ち着いた。

 寝る時のいつものスタイルだ。


 なんとなく、口が動いていた。


「なあ、お前――もし『復活』できたら、また魔王になるのか?」


 答えはない。


 落ちていく。


 ゆっくり、ゆっくりと。


 眠りの底に沈んでいく。


 深く、深く……。



《……そんなもん、最初からいないさ》



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



「舐めてるのかい? 出直してきな」

「……あ、ぅ、はい」


 冒険者養成学校の職員は、身元不明無職の人間に死ぬほど冷たかった。


 いや、当たり前か……。


 あれから俺たちは、現英雄ご一行ことかつての仲間たちの実家へと赴いてみた。

 勿論、俺がパーティを抜けた後、何があったのかを聞く為だ。


 何故、みんなが英雄と呼ばれているのか。そして何より――もう一人の俺、である。


 聞きたい事が山ほどあった。


 だが、結論から言えば、誰にも会う事はできなかった。

 実家の場所がわかっている仲間たちは、ほぼ全員が皇国ベルサイユに移住してしまっていたのだ。


 ただ一人。故郷に恋人を残していた仲間を除いて。

 彼女に話を聞いてみると、簡単にだが事の経緯を教えてくれた。彼はこう言っていたのだという。


 俺たちは英雄なんかじゃねえ、と。


 そうして、「やらなきゃならねえ事がある」と言って、そのまま皇国へと旅立っていったのだそうだ。

 手に入った情報はそれくらいのものだった。

 その、やらなきゃならない事というのが何かはわからないが――『なにか』が起こっている。


 それはきっと今現在も続いており、ひいてはアレクたちが英雄と呼ばれている事や、もう一人の俺にも直結している。



 真実が知りたい――



 その為には、どうするべきか。

 

 答えは一つだった。


 皇国ベルサイユの市民街へ、いやその先まで辿り着くしかない。


 だが、ラスカル・ノーズのままでは無理だ。

『俺』は皇国にいるのだから。

 

 ならば、どうする?


 考えるまでもない。


 別人になればいいんだ。


 決意すると、すぐさま行動に移る事にした。


 生まれ持っての銀色の髪を黒く染め上げ、別の名前を名乗る。それだけだ――が、それだけで大分、印象が変わったような気がした。



 ベロムス・アライグ



 それが俺の新たな名だ。


 名前の由来は単純なものだ。

 染髪料を購入した店に、舌を出しているアライグマの人形が置いてあったから。それだけである。 


 とにかく、そうしてベロムス・アライグとなった俺は意気揚々とギルドへと乗り込んだ。


 冒険者としてギルドで名を上げれば、きっと各国の目に留まるはず。そうすれば、いずれは皇国に近付く事ができるだろう。運が良ければ皇国のベルサイユ騎士団から誘いがくる可能性だってある。

 それを糸口にしようと思ったのだ――が、門前払いされてしまった。


 ギルドに登録するには、冒険者ライセンスが必要だったのだ。


 これまで祝福のフリーパスのおかげで、いつでもどこでも特別待遇だった事もあり、そんな事は全く知らなかった……。


 だが、そうと知ったら、その冒険者ライセンスを取得すればいいだけだ。

 俺は颯爽と図書館に赴き、ライセンスを手に入れる方法を調べ上げた。


 そうしてやって来たのが、俺たちが今いる――この中立国家セントテイルである。


 冒険者ライセンスを取得するには、各国にある冒険者養成学校を卒業する必要があるのだ。その中でも、このセントテイルにある学校は、身寄りのない子供の受け入れにも積極的で、数多くの有能な冒険者を輩出しているらしい。


 まさに俺にうってつけの学校である。


 そう思ったのだが――またしても門前払いされてしまった……。


 身寄りのない子供の受け入れに積極的ではあっても、最低限保証人は必要だったらしい。

 なお、保証人がいない場合でも、多額の入学金を払えば入学する事ができるそうだ――が、手持ちの金などほとんどない……。


 もう遠い昔の事のように感じるが、あの時、アレクが放り投げた札束をもらっておけばよかった……。


 しかし、後悔してももう遅い。


「や、やるしかないのか……」


 学校を叩きだされ、途方に暮れていた俺にベステリアが言った。


 いい方法がある、と。

 舌なめずりしながら……。


 だが、確かにその方法しかないかもしれない。


 真実を手にするには――


《ウケケケケ!!!! これでわらわは大金持ちよぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!》


 こうして、この日、謎の怪盗ベロムス・アライグが誕生したのだった。


「うぅ……堕ちていく……」


《ヒャァアーッハッハッハッハッハァアアアアアアアアアアアアッ!!!!》

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