第4話 そしてミステリー
魔王を倒して英雄になるんだ!
それは幼い頃の無邪気な夢。
人生は希望に溢れてて、世界は愛に満ちている。
そう信じて疑わなかった頃の、未来の自分の理想像。
けれども、今でもきっと信じてる。
斜に構えて、かつての自分を嘲ったって。どこかの誰かに後ろ指をさされたって。
希望はきっとあるのだと。世界に愛はあるのだと。
どこかで俺は信じてる。
信じたい。
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いや、本当マジで……。
人生は苦難の連続で、世界は謎に満ちまくっている。
大きくなった俺は心底そう思っていた。
「な、何がどうなってるんだ……?」
《ヒャアッハッハッハッハ!!! マジウケル!!!! 誰だおめえはァアアアアアッ!!!?》
捨てたろか、こいつ……。
俺の頭の上を我が物顔で占拠している魔王ベステリア・アウグスト・なんとかかんとかである。いや、もう元魔王か。
なにせ今のこいつはただのスライムだ。
普通のスライムと違って色が赤く、クッソ強いけど、それでもスライムだ。それに、強いといっても魔王だった頃と比べれば、ハナクソみたいなものだ。
そんなこいつが、なぜか俺の頭の上に居着いてしまった。
ベステリア曰く――この体じゃ何にもできねえ! そのうち死んじまう!! だから、殺したお前が責任をとれとの事だった。
つまり『復活』させろ――という事らしい。
ふざけるな、である。
そもそも死者を蘇らせる魔法なんてあるわけがない。
もし仮に俺が知らないだけで、そんな魔法が存在するのだとしても、魔王を『復活』させる気なんて当たり前だがあるはずもなかった。
ただ、こいつの場合はそれ以前の問題だった。
死体がなかったからだ。
あの魔王の城にこいつの死体はなかった。俺が消滅させたのかと思ったが、こいつに言わせると《わらわはそんなに脆くねえッ!!》らしい。
じゃあ、死体が勝手に消えたってのか?
わからないが、多分そうだからお前が探せとか言い出したのである。
勿論、最初は無視を決め込もうとした。だが、こいつには不思議な魔法があったのだ。
『願い』を現実のものとする魔法――『奇跡』の力だ。
それによって、捨てようとしても、俺自身がこいつの元に舞い戻ってしまう。時にはこいつが俺の前に現れる。
つまり、捨てるという行為自体が無駄なのだ。
完全に呪いのアイテムだ――が、とにかく、そういったわけで、なし崩し的に今に至ってしまっていた。
ただ――こいつがスライムの姿をしているからだろうか。それとも敵だったからか。
理由はわからないが、不思議とコミュニケーションをとるのに苦痛を感じなかった。
苦手だという意識もない。
どころか、ほんの少しだけ、本当にほんのちょびっとではあるのだが――俺はこいつに対して、親和感情に似た何かを覚えていた。
いや、本当に少しだけだけどね……。
と――今はそれどころではなかった!!
ベステリアの事なんて心底どうでもいい!!
そんな事より、『これ』だ『これ』!!
冗談抜きで、わけがわからない。
ドッキリか、トラップか、ミステリーか。何だかわからないが、俺は困惑を超えて完全に混乱していた。
俺は確かにここにいるのに――俺とは違う別の俺が『ここ』にいるのだ。
いや、自分でも何を言っているのかわけがわからないが、とにかくそういう事なのだ。
少なくとも、『これ』にはそう記してあった。
読んでいる最中に無意識に力が入ってしまったのだろう。しわしわになってしまった号外新聞である。
既に穴が開くほど読み込みまくったせいで、記事の内容は一字一句覚えてしまった。
見出しはこうだ。
『第二王女ルイーゼ様に熱愛発覚!! お相手はかの英雄ご一行が一人、大魔導師ラスカル・ノーズ様!!』
密やかに愛を育む二人のご様子を、本誌が独占キャッチ!!
いや、誰だよ……。
会った事もねーよ……。
だが、実際この号外新聞には、仲睦まじい二人の様子が激写されている。
何か庭園らしき場所で紅茶を嗜みながら談笑している二人の姿が。しっかりばっちりと。勿論、写真に写っている件の『大魔導師ラスカル・ノーズ様』は俺だった。いや、正確には俺じゃないのだが、『そいつ』は確かに俺と同じ顔をしていて、俺と同じ姿をしていた。
新聞の日付は一週間ほど前。
ちなみにその時、もう一人の俺――つまりこの俺は頭の上のスライムと酒場で酒をかっくらっていた……。
かたやお姫様と庭園でティータイム。
かたやスライムと酒場で泥酔タイム。
同じ俺なのに、凄まじい格差があるように感じる……。
ていうか、マリーはどうなったんだ……。
あと、もう一つ。クソほどどうでもいい事ではあるが、英雄アレクサンダー・ランビエール様は現在『世界に真の平和を!』を合言葉に公務に励んでいらっしゃるらしい。
知るか。死ね。
とにかく、これが今、俺の前にある現実だった。
嫌な予感はしていた。
魔王ベステリアとの戦いを終え、何の因果かスライムに化身したこいつとともに故郷の村に帰った時から。
結論から言えば俺の家族は引っ越していた。
初恋の相手であり、幼馴染でもあったマリーの家族と一緒に――今、俺たちがいるこの国『皇国ベルサイユ』に移り住んだらしい。
――世界を救った英雄なんだし、当然の権利よねえ。でも、なんで突然帰ってきたんだい?
幼い頃、俺とマリーに良くしてくれた近所のおばあちゃんはそんな風に言って笑っていた。
彼女の話によると、俺とマリーは魔王討伐を果たした後、すぐに故郷へと帰ってきたらしい。その後、間もなくして家族を連れて皇国へと引っ越していったそうだ。
この話を聞いた時、俺はおばあちゃんがボケてしまっているのかと思った。
マリーはともかく、俺は今確かにここにいて、それ以前に故郷に帰ってきた事はないのだから……。だが、村の他の知人たちも一様にして同じ事を口にした。
俺とマリーは確かに帰ってきた、と。
結局、俺は混乱状態のまま故郷を後にする事しかできなかった。
向かう先は一つ。
皇国ベルサイユ。
そこにマリーがいる。
とにかく会いたい。会わなくては。
そう思って、願って――ようやく辿り着いた結果が『これ』だった……。
ベルサイユの城下町に入るや否や、街の人たちに声をかけられた。
ノーズ様! ノーズ様! と、それはもう大人気だった。
何故、こんな平民街にいるのですか?
王女様とお忍びデートとか?
頭の上のそれは新しいペットですか?
《殺されんぞ、ガキィイイイイイイイッ?!》
困惑する俺をよそに、怒涛の質問攻めはとどまる事を知らなかったが、どうにかこうにか逃げ出した先で――路上に落ちていたこの新聞を見つけたのだ。
頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだが、とにかくまずは状況を整理しよう。
然したるところの謎はこの三つだ。
謎その1 ベステリアの死体はどこに消えたのか。あと、そもそもこいつはなんでこんな姿になっているのか。本人にもわからないらしい。
謎その2 俺じゃないもう一人の俺が別に存在している。
謎その3 なぜかアレクを筆頭とした勇者チームが世界を救った英雄として崇められている。しかも、俺含めである。いや、実際倒したけどね。頭の上のこいつを……。
と、まあこんなところか。
ベステリアの事はさておき、今問題なのは他の二つだ。だが、これらはすぐに真相を暴く事ができるだろう。
何故なら、謎と同時に真相もまた『ここ』にあるからだ。
皇国ベルサイユの市民街。
そこに、もう一人の俺とマリーがいる――はずだ。
とにかく行ってみるしかない。
とはいえ、この格好のままでは色々とまずいだろう。
なにせ、俺――厳密には、もう一人の俺がだが――は有名人なのだ。このままだと、またファンだか野次馬だかに囲まれてしまう。
そんなわけで、俺は適当な店で顔を隠す為の帽子とサングラスを購入し、若干こそこそしながら市民街へと向かう事にした。
ちなみに皇国ベルサイユは市民街と平民街に分かれている。
平民街は身元さえはっきりしていれば誰でも住む事ができるが、市民街の方は皇国に認められた者だけが居住する事を許される。
以前、アレクたちと旅をしていた時も、この国に来た事があったが、その差別的な思想が嫌で、俺やマリー、それに他の仲間もほとんどが市民街には立ち入らなかった。
その市民街にもう一人の俺が住んでいるなんて、どういう皮肉だよ……。
そんな事を考えながら、市民街の入口までやってきた俺を待っていたものは――バッテン!!!!!?
入口の大扉の両脇に立っていた近衛兵が、互いの槍を重ね合わせ、大きなバツ印を作ってみせる。
「市民証は?」
はいはい。そういう事ね……。
帽子とサングラスを自ら外し――俺が噂のラスカル・ノーズだ!!!!! よく見ろ!!!!!!! とアピールしながら腰袋の中に入れてあった教会発行の祝福のフリーパスを取り出し、兵の一人に手渡した。
ん? 驚きのあまりか兵はパスを見つめたまま固まってしまっていた。いや、正確にはパスを持つ手だけがぷるぷると震えている。
「あ、あの……?」
「貴様……なんだ、これは? それに、その顔……貴様……」
「へ? ……え?」
「全兵士に告ぐ!!!!!!! 噂の偽英雄が我が国に現れたぞ!!!!!」
に、偽英雄!?!!!!???
なんだそりゃ?
混乱する俺に向けて、まるで価値のないゴミでも扱うように祝福のフリーパスが投げつけられる。
慌ててキャッチして見てみると――
「なっ!? ないっ!!? 何も書いてない?!!!」
そんな馬鹿な?!
嘘だろと思いつつも、裏を見ても表を見ても、どこからどう見ても何も書いてない。
印字されていたはずの俺の名前や職業、これまでの功績や経歴の数々も全て。何もかもが消えてしまっている。というか、本当に何もない!! 無地だ!!!!
それならば、と今度は魔力を込めてみる――がこっちもさっぱり反応しない。
祝福のフリーパスは天の魔力を帯びていて、選ばれた者が魔力を込めれば本来魔力発現が起きるはずなのだ――が、全く何もぴくりとも反応してくれない。
なんだ?! なんで?!
《ウヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!! なんだ、オメエ!! 祝福なくなったのかよ!!!!! ウッケケケケ!!! ざまああああああああああああああああ!!!!!!!》
なくな……った?
するり、と手から無地のパスが零れ落ちた。
地面に落ちたそれは無価値な証明書。
今までの自分を全否定するかのように、何も書いていない。
何もない。
『祝福』だけじゃなく――
――俺は全てを失っていた。