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第3話 ふたりぼっちメモリー

 それからの事はあまり覚えていない。

 気付いたら森の中にいた俺は、ひたすらにアレクたちの行方を探し続けた。


 マリーに会わなくては。みんなを探さなくては。

 頭の中にあるのはそればかり。


 幸い俺は強かったから、一人での戦いであっても生命の危機に瀕する事は全くなかった。


 追い詰められたのは、むしろ心の方だ。


 絶望の妄想が止まらない。マイナスの想像がより自分を蝕んでいく。


 孤独はきっと、死のはじまりだ。


 心の死だ。


 親密度に関わらず他者とのふれあいには、心を豊かにする何かがある。


 例えば顔も知らない、会った事もない誰かとでも、意思の疎通を交わす事ができるのならば、それだけでも心はきっと豊かになる。


 ここにいると知ってくれている。


 存在を認知してくれている。


 それだけで、心はずっと穏やかになる。


 コミュニケーション能力に乏しい人間だからといって、孤独を愛しているわけではない。


 誰かと目を合わせられないからといって、その誰かを嫌っているわけではない。


 ただ、そういう人間もいるってだけの話だ。


 そういう俺が今、マリーを必要としているように。


 受け入れてくれる誰かを。


 必要としてくれている誰かを。


 俺は、誰かは、いつだって求めてる。探してる。


 探し続けてる……。

 


 そうして、歩いて歩いて歩いて歩いて――


 

 俺は、その女に出会ったんだ。



「ウッヒヒヒヒヒ! ヒヒ、ヒヒヒ、ヒャァアッハッハッハッハァアアアアアアアアアアアッ!!!!!」



 森羅三天(しんらさんてん)の解放王。


 狂ったように甲高い哄笑を続けるその女は自らをそう称していた。


 世界を征服して、平和な日常から人間を解き放つ。

 恐らくはそんな意味なのだろう。つまり――人類の敵というわけだ。


 だからこそ、誰もがこの女をこう呼んでいた。


 魔王、と。


 そして、この女――いや、魔王が女だとは今の今まで思いもしなかったのだが、とにかくこいつを倒す為に、俺は……俺たちは長い間、旅を続けてきたのだ。


 しかし、今ここにいるのは俺だけだ。


 アレクたちの姿はない。

 いつの間に追い越してしまったのか。それとも、まさかやられてしまったのか。

 入手した情報では、アレクたちは確かに今日この魔王の居城に乗り込むという事だったのだが……。


 ひんやりとしたものが背筋を走る。


 嫌な予感が拭えない。


 あの女――あの俺の後釜でパーティに加わった女魔導師。

 あいつが何かしたんじゃないのか?


 実際、会って話したのはほんのわずかな時間だけだったが、どこまでも怪しい感じがあった。態度も、雰囲気も、およそ俺たちとは全く違っていた。


 そぐわない、と言うべきか。

 俺の追放云々を抜きにしても、あの女がマリーや他の仲間たちとうまくやっている姿が全く想像できない。アレクとすらも、だ。


 まさかとは思うが――あの女、こいつの手先なんじゃないだろうな?


 目の前でケタケタと笑っているこの魔王が、俺たちを、パーティを崩壊させようと仕組んだ罠だった。そう考えると、妙にしっくりときた。

 だって、いくらアレクだってあれはあまりにも急すぎる。


 コミュ症だからパーティ抜けろ、だなんてそんな無茶苦茶な話がありえるか?

 仮にあったとしても、だったらもっと以前に言っているだろう。


 それに――結局のところ、俺をパーティから追放したのはあの女だった。


 あの奇妙な水晶玉みたいなものを使って……。


 あの女――本当に十二天なのか?

 少なくとも俺はあの女の『祝福』を見ていない。


 あの女がもし本当は敵だったとしたら――マリーは、みんなは……。


 クソッ、と知らず言葉が漏れていた。


 実際、この最深部に辿り着く前にも、他の敵はいたがアレクたちの姿はなかった。


 戦いがあった形跡すらも。


 だが、引き返すわけにはいかない。


 なにせ俺たちにとって、ひいては世界にとっての最大の敵ともいえる魔王がこの先にいるのだから。


 マリーがいなくても、みんながいなくても――やるしかない!!


「ヒャッハッハッハッハ!! オメエみたいなクソ弱そうなもやし野郎が、よくもまあわらわの前まで来れたもんだ!!! エエッ? よォオオオオオッ!!!?」


 魔王はうるさいほどに饒舌だった。だが、そんな事はどうでもいい。


 そんな事より――こいつの魔力……。


 めちゃくちゃだ……。


『祝福』の力が、まるで子供騙しのようにすら感じられてしまう。それほどに圧倒的だった。


「まぁーさぁーかぁーッ!!! おめえがわらわの仲間を全員倒したとでも言うんじゃあねえだろうなァアアアアアッ? アァンッッ?」


 解放軍四天王とか名乗った魔王軍の一人は確かに倒したが、残り三人の事は知らない。いや、そのうち一人は――


「――仲間、か。あの女……あの女もお前の仲間なのか?」

「あ゛? ウサギちゃんかァッ?」


 う、ウサギちゃん?

 あの女、そんな名前なのか? いや――


「――名前なんて知らない! お前が俺たちを、パーティを崩壊する為に送り込んだあの女の事だ!!」

「は? パーティを崩壊?」


 ……あ、あれ? 違うのか?


「ってか、オメエェェェ――ぬわァあああああんでッ、わらわがワンコロ退治ごときにそんなまだるっこしい事しなきゃあならねェんだァッ?!!!!」


 瞬間、ただでさえ尋常ではなかった魔王の魔力がいきなり爆発した。

 赤と黒が入り混じった煉獄のようなそのオーラに――まずい。圧し潰されそうだ。


「フン。まあ、いっかァッ!! 話はテメエを挽き肉にしてェ――ハンバーグにしてから聞いてやるよぉおおおおおおおッ!!!!!!!!!」


 ハンバーグになったらしゃべれないだろ……。

 などと思う間もなく、唐突に戦いは始まった。


 よくしゃべるうえ、どこまでも頭が悪そうな女だったが――ダメだ、こいつ……!! めちゃくちゃに強ぇえええええええええええええ!!!!!!!!


 想像を遥かに超える凄まじい強さだ。というか、なんかもう桁違いすぎて笑けてくる。

 住んでいる世界があまりにも違いすぎる。


 冗談ではなく本当にハンバーグにされるのは時間の問題だ――けど!!


 引けない。引くわけにはいかないのだ。


 マリーがいなくても、みんながいなくても……!!


 この世界最悪の災厄を前に――正義を貫いてみせる!!!!


 お前には無理だと笑われたって、クサいセリフだとバカにされたって、俺はずっとそうしてきたんだから……!!


 英雄になりたかった。


 なりたくて、なりたくて――願いは天に届いたのか、俺は『祝福』を授かった。


 でも、それで終わりなんて事はしなかった。


 奢る事なく、今日まで必死に鍛錬を続けてきた。そうして数多の魔法を使いこなせるようになり――今、ここに立っている!!


 だから、たった一人でも、みんながいなくても――俺がやってやる!!


 勝ってやる!!!!


 奇跡を起こしてみせる!!!!!


 目に、腕に、全身に魔力を漲らせ――爆発させる!!!!!!!!!!


「……ぅ……ぅあああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」

「ヒャァアッハッァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!」


 待ってて、マリー。


 こいつを倒して迎えに行くから。


 世界を救って。


 君を必ず迎えに行く!!!!!!!!!!! 


 限界を超えろ!

 想いを全て乗せて。 

 解き放て!!!!!!!!!!!


 自分自身を。


 この俺の全てを――



「――我は神約の十二天なり!! 永久不変の誓いを以て、御心(みこころ)に尽くす!! 顕現せよ――アルス・マグナ!!」



 瞬間、陽炎のように世界がゆらめいた。


 そうして、俺の前に一本の錫杖が現れる。


 これは『福音』。


『祝福』と連なる天からの贈り物。神々のアーティファクトである。


 この聖なる力にて――魔王!! お前の魔を打ち祓う!!


「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!」


 天を貫くほどの咆哮とともに、全魔力を神の錫杖アルス・マグナに集約させる。


 魂の一片まであますことなく。


 もう指一本動かせないほどに全てを賭けた。


 そうして――



「――魔王ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!!」



 俺の意識は白い世界の中に飲み込まれていった。




 白の中で誰かの声が聞こえた気がした。




 知っているような、知らないような。そんな誰かの声。




 俺は生きてるのだろうか。それとも死んでいるのか。




 わからない。




 わからない。




 マリー……。




 みんな……。




 どこ……。




 ど……こ……。




 ……………………。




 …………し……。




 …………しい。




「ぷぃッ!?」




 まぶしい……。



「ぷいッ! ぷいぷいっ!!!!!!!!!」

「あ――」



 光だ。



「ぷぃいーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

「ッ!? なに? うるさ……」


 ゆっくりと目を開ける。


「ぷいぷいぷいぷいぃーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」


 甲高い何かの鳴き声が鼓膜を突き破る勢いで飛び込んでくる。


「な……」


 なんだ、あれ……?


 視線の先で、赤いスライムがぷるぷる飛び跳ねていた。


 目は覚めたが状況が理解できない。


 ここは多分、魔王の居城だ。

 戦いの爪痕というべきか。城は完全に崩壊し、空からは光が射し込んでいたが、それは多分間違いないだろう。


 とにかく起きないと。そう思ったが――う、動けない?


 凄まじく体が重かった。


 ど、どうしよう……?

 困惑する俺の耳に再び「ぷいぷいっ」というスライムの声が飛び込んでくる。


 助けを求めるように、ゆっくりと腕を伸ばした。


 スライムがぴょんぴょん飛び跳ねながら近付いてくる。


 丸っこいそいつは、魔物のくせにどこか必死で可愛らしかった。


 ぴょんぴょん! ぴょんぴょん!


 あと少し。


 ぴょんぴょん! ぴょんぴょん!


 あともう、ほんの少し。


 ぴょんぴょん! ぴょんぴょん!


 伸ばした手の先に、指先に、ようやくスライムが触れた――瞬間。


 ぴょーーーーーんっ!


 赤い小さな体が宙を舞い――ぺったん!


 俺の顔面に着地した……。


《ウォオオオオオオッ!! びびらせんじゃあねえよ、オメエよォオオオオオオッ!!! 死んじまったかと思ってたぜェエエエエエエエエッ!!!!!》


 …………っ?!!??!


 何が起こったのかわからなかった。


 頭の上から、唐突に声が聞こえた。いや、厳密には声ではない。


 脳内に直接語りかけてくるような、そんなイメージだ。


《オラッ! いつまでも横たわってんじゃあねえぞ!! はよ起きろ! 今起きろ! すぐ起きろ! そんで今すぐこの状況を何とかしやがれ、コラァッ!!!!!!!》


 …………。


 何だ、これ? ていうか――


「おたく、どちらさん?」


《あぁあああああんッ?! マジで言ってんのかオメエ!? どちらもクソもねえだろうがァアッ!!!!! わらわこそ――》



 森羅三天の解放王!! ベステリア・アウグスト・プロスペル・フォン・ウェンセスラス・アンジェルベール様だ!!!!!!!



 スライムはそう言った。


 ていうか――


《ひれ伏すがいい、クサレ魔導師がァアアアアアアアアッ!!!!!!!!》


 名前、なげーよ……。



 これが――俺とベステリアとの出会いだった。

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