第2話 君といつまでも
だって、人はいつか死んでしまうのよ。
そうしたら、どうなるの?
無になるのかな? それとも生まれ変わるのかな?
今の私たちはどうなっちゃうの?
わからないよね。わからないし、とても怖い。だからお願い――約束して。
もし私が死んじゃったとしても、その後も、その先も、ずっと一緒にいてくれるって……。
マリーはそう言った。
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「ラス、お前とはここまでだ」
その宣告は突然だった。
目の前に立つアレクは、どこか薄ら寒い笑顔で「今後の事を考えて」だとか「お前の為を思って」だとか言っているが、そこに感情は込められてはいなかった。
動揺のあまり全身から汗が噴き出てくる。
付き合いの長い慣れた相手であれば、絶対こんな事にはならないのに……。
今は汗が止まらない。
アレクと目を合わせられない。
「おい。聞いてるのか?」
「……ぁ、え、と……な、なんで?」
ようやく絞り出した声は、自分でも分かるくらい弱々しい蚊の鳴くような声だった。
「ああ。ちょっと言いにくいんだが、新しい魔導師をパーティに迎える事になってな。色々考えた結果、お前にはここで降りてもらうって事になったんだ」
言いにくいわりに、すらすらとそう教えてくれた。けど、
「な、なんで、急に……」
新しい魔導師なんか、と言いたかったがそれ以上は言葉が続かなかった。
動揺しすぎて口がうまく動かないのだ。
「だから、そりゃ……ハハ。言わせるなよ」
いや、言えよ!! 意味わかんねーよ!!
「ぅう……」
抗議の視線を向けていると、アレクは諦めたように小さく息を吐いた。
「だからさ、何て言うか……ほら。お前、コミュ症じゃん?」
「や。それは……」
確かにそうだ。
「けど……」
それとこれは全く関係なくないか?
「だ、大体……」
新しい魔導師なんてありえないだろ。あっちゃいけないんだ。確固たる理由をもってそう言える。言い切れる。だって――
「――祝福が……」
そう。俺は天に祝福されているのだから。
『祝福』は選ばれた者にしか与えられない。天から与えられた奇跡の力だ。
およそ人間では到達できないであろう遥かな高みにある領域。
祝福の力はその頂きに人間を到達させてくれる。
だからこそ、俺たちは今ここにいるのだ。
本来、冒険者だったり、国家に属する騎士だったりになるには、各国が発行する世界共通のライセンスが必要となる。
だが、祝福を受けた俺たちには、それが必要ないのだ。
世界中の教会に天からの神託が降りるからだ。そうして教会から世界中フリーパスとなる特殊なライセンスが発行される。
天の使いとしてかの者を受け入れるように、と。
そもそもが圧倒的な力を誇っている祝福者たちは、そうして世界中どこで何をするにも自由である権利を得る。同時に、俺たちは世界の命運を握る鍵として、魔王との戦いに赴く事になったのだ。
それからおよそ二年弱――まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。だが、俺には『祝福』がある。
俺じゃなきゃダメなはずなんだ!
そう思って口にした『祝福』という言葉にも、アレクはただ鼻を鳴らしただけだった。
「おいおい? 勘違いするなよ? 祝福を受けているのは、お前だけじゃないんだぜ? 俺だって受けてる。いいか? 選ばれた人間ってのはお前だけじゃないんだ」
嫌な予感がした。
『祝福』を受けた選ばれし者。
天が選んだ祝福の十二天。
それは文字通り。
十二人存在するという。
だが、俺たちのパーティは全部で七人。
他に五人。
『祝福』を持つ十二天が存在するのだ。
今までその五人に関しては、行方どころか何者なのかすらわかっていなかったのだが……。
まさか――
「――ふん。気付いたか。ようやく見つかったのさ。八人目がな」
「……で、でも……」
俺だって十二天だ。
それはきっとアレクにもわかっているはずだ。だが……。
「今までだって七人でやってきたんだ。お前が抜けてもまた同じ人数になるってだけだ。な? お前はさ――少し休めよ」
「け、けど……でも……!」
何とか言い返そうとするが、言葉が出てこない。代わりに、出てくる汗の量が増えただけだ。
そんな俺を見かねてか、アレクはしつこいなとでも言うように息を吐き、小さく首を振ってみせた。
「なあ。本当はお前だってわかってるんだろ? お前は確かに強いが、いくらなんでもひどすぎる。魔法のスキルを磨く前に、対人スキルを磨いた方がお前自身の為だぜ」
余計なお世話だ――が、口からは「……ぅぐ」という言葉になっていない言葉が漏れただけだ。
「なぁに。心配するな。魔王は俺たちが必ず倒してみせる! みんなもいるしな!」
そ、そうだ!
「み……みんな! みんなは?」
この決定について、みんなはどう思っているのか。
アレクこと勇者アレクサンダー・ランビエールを筆頭とした俺たちのパーティ。
このパーティのメンバーは全部で七人いるのだ。
勇者 アレクサンダー・ランビエール
大剣士 ゼップ・ビールマン
聖女 ルチア・メンツェル
召喚士 エミル・ルイ=ボッタ
ルーンマスター マリー・マリニャック
占星術師 シャルル・シフェール
そして、この俺。ラスこと――
魔導師 ラスカル・ノーズ
この七人でこれまでやって来たのだ。
しかも、マリーは幼馴染であり、初恋の相手であり、今でも大好きな――唯一無二の少女なのだ。
いつも味方をしてくれ、傍に寄り添ってくれている彼女が、俺がパーティから離脱する事を許すはずなんてない!
それに他のみんなだって。きっと……。
だが――
「みんなにはまだ言っていない。当たり前だろ? そりゃいきなりお前をクビにして他の奴を入れるなんて言ったら反対されるに決まってるじゃないか」
あっさりそう返された。
言ってないって。
じゃあ独断ってことか?
いくらリーダーだからってそんなこと許されるわけない。
そう思ったが、口から漏れた言葉は「……そ、そう」という二文字だけだった。
「だが、納得はさせる。その為にも、お前には今日――いや。今を限りにここから出て行ってほしい」
現在、パーティが宿泊しているホテルから出て行け。という事らしい。
「で、でも……」
「心配するな。金ならやるさ」
アレクはぶら下げていた袋から分厚い札束を取り出すと、「ほら」と俺の足下に放り投げた。
結構な金額だ――が、そんな事はどうでもいい。
金なんてどうでもいい。
そんな事よりも!!!!!!!!!!!
「お、おお、おかしいだろ! ここ、こんな! お、俺! 俺は――」
必死だった。
何とかパーティに留まる為に。
マリーと一緒にいる為に。
必死で絞り出した声は、「こぉーんにちわっ」という知らない女の声によってかき消された。
「――へ?」
「はじめまして、でいいのかしら?」
振り返ると妖艶な雰囲気を纏った美しい女がそこに立っていた。
ものすごいナイスバディだ。
思わず胸元に目がいってしまうほどに。
視線を察したのか女はくすくすと笑い出した。
「フフッ。赤くなっちゃって。かーわいい」
途端に顔がカッと熱くなるのが分かった。
目を背ける――が、もう遅い。
後から後から汗が止まらない。
彼女のくすくす笑いも止まらない。
「おいおい。あんまいじめないでやってくれよ。これでも元仲間なんだからさ」
元? 俺はここにいる。まだここにいるんだ! なのに……。
「フフッ。……かわいそうな人」
「まあな。俺も心苦しいよ」
一ミリたりともそんな感じしないんですけどねぇっ?!
「本当――愚かね」
な、なんだよ、こいつ……。初対面の相手に普通そんなこと言うか?
「わ、悪かった……な……!」
苛立ちゆえか、俺の口からは思いのほかはっきりと声が出た。
「あ、アレク……」
お前、本気でこんな女を仲間にする気か?
言葉にしなかった俺の想いをアレクは察してくれたらしい。
「わかってくれたか、ラス」
小さな笑みを口元に浮かべてそう言った――が、そうじゃあねーよ!!
悲しいくらいわかってくれていなかった……。
長年、一緒に旅をしてきたつもりだったが、全く意思の疎通ができていない。
「ぅ……ぅう……」
なんだかもう言葉が出てこない。
今までの時間はなんだったんだ……。
共に旅した記憶の全てが色褪せていく気がした。それでも――
「――アレク」
もう一度だけ。
目の前の友人だと、仲間だと思っていた男を見つめる。
「今まで、ありがとな」
返ってきたのは、感謝の言葉だった。
ああ、ダメだ……。そう思った。
モノクロになった記憶が消えていく。冷めていく。
なんかもう――いいかな。
アレクと知らない女。二人を交互に見て、ふっとそう思った。
だって、こんな女と一緒に旅を続ける自信なんてないし、それに――ああ。はじめからそうだったじゃないか。
俺にはマリーがいればそれでいい。
ただ『祝福』を受けて、仲間が増えた。それだけの事だ。
だから――最初に戻るだけ。それだけの事だ。いや、他の仲間だってこんな決断を受け入れるか分かったもんじゃない。
みんなが一緒に来てくれるなら、それでもいい。
むしろ大歓迎だ。
納得はしていない。全てにおいて不満しかない。だけど――アレク、お前が俺をいらないと言うなら。ずっと一緒に旅してきた俺より、どこの誰かもわからないそんな女を選ぶというなら――
「――もういい。わかった。けど、マリーは俺が連れて行く」
はっきりとそう口にした。だが、
「それはダァメ」
アレクではなく、知らない女がそう答えた。
「運命論なんて信じない」
「……え?」
は? 運命?
思わず顔を上げた先――女はもうその妖艶な笑みを浮かべてはいなかった。
真顔で俺を見つめている。
わけがわからず顔を引き攣らせる俺に――今度はアレクだ。
「なあ、ラス? 元仲間、いや、友達として言ってやる。現実を受け入れろよ。――大人になろうぜ?」
だが、聞き分けのない子供をなだめるようなその口調は、俺の苛立ちに火をつけただけだった。
「ふっ――ふざ……ッ!」
ふざけんな!!!!
声を大にして言いたかったが、その言葉も途中で掠れて消えてしまう。代わりに「……ぅう」という言葉になっていない言葉が後から漏れてきた。
「さあ。もういいでしょう?」
何がだよ?! いいわけねーだろ!!
全然!! 全く!!!
いい事なんて何もない!!!!
話はまだ終わってない!!!!
怒りの視線を向けたが、女は艶っぽく微笑んだだけだった。
その手が吸い寄せられるように彼女自身の胸元へと向けられる。そこから取り出したのは、奇妙な水晶玉だった。
赤紫色のそれは、中に奇妙な輪っかが浮かんでいる。
なん……だ、あれ?
「フフッ。いつかまた、ね――ラスカル・ノーズ」
カッ! と水晶玉が発光する。
次の瞬間、奇妙な輪っかが俺の体を包み込み――
――マリー! マリーッ!!!! マリィイイイイイイイイイイーーーーーーーッ!!!!!!!!!
叫びは虚空へ。悲鳴は彼方へ。
俺は強制的にパーティから排除されたのだった。