第八話 同郷天使に出会う下僕
プッケと買い物をして以来、主人はよく僕にお使いをさせてくれるようになった。
だいたい女の人が使うものばかりだけど。最初にいった香水屋さんの薔薇という香水は気品がある主人にぴったりである。
僕は主人のお役にたてているようで嬉しかった。こんな日が毎日続けばいいと思っている。でも理由はわからないのに不安が胸の辺りで一杯になっていることに気づいた。
だから久しぶりに空を飛んでみれば気分がよくなると思ったのだ。
いつもの畑でうえのふくをぜんぶ脱いで背中に意識を向ければ、バサッと白い羽が広がる。力を加えれば前のように軽やかに僕を空まで運んでくれる。
屋敷が小さくなるまで高く飛んで僕は空を見上げる。
「神よ」
僕が生まれ育った神の世界に存在しているから空を見上げても見えるわけではないけど不安な心が落ち着かないのだ。
天使は神の使いだというのに、その神の助けを求めるなんて僕はなさけなさを感じてしまいそうである。
「ただ主人のお役にたちたい」
僕はそれだけのために存在している。
主人、主人。美しい主人。僕を拾っていただいたときの笑顔が忘れられません。
機嫌がいいときには唇に微かな笑いをのせて不機嫌なら少し眉を寄せて怒っているときには目がちょっとだけつり目になっているのだ。まるで恥ずかしがりやの妖精みたいで可愛らしいと思う。表情をはっきりと現しているときは感情が高ぶったときと演技のふたつあると思っているんだけど、どうなのかな?
目を閉じて主人の麗しい表情を思い出していたら目の前にうまれた世界のような懐かしい感じをうけて、ゆっくりまぶたをあげた。
金髪碧眼で白い衣を纏った天使。綺麗な微笑みを浮かべて僕を見ている。
「こんにちは」
柔らかな声に僕も「こんにちは」と挨拶を返した。
同郷の天使。柔らかく微笑んでいたのに僕の羽をみて困ったようにはなしかけてきた。
「この辺りに私は派遣されてきたのですけれど天界のミスなのでしょうかね〜それに貴方は足りないようですから交代なのかな?」
「はけん?足りない?こうたい?」
何を言っているのかわからない。僕と初めてみた天使二人で首を傾げることになった。
「この辺りに派遣されている天使ですよね?」
更に首を斜めにしている。僕は神の世界から降りてきたときに、すぐに主人に拾われたのだ。そういえばお使いらしいことは何もしていない?
「違うかな?だっておつげが来たことないよ」
だから僕はお使いではなくて主人に仕えるために降りてきたに違いない。
「はぁ、それでは体の維持が出来ないはずで何のために降りてきたのですか?」
信仰心が人間界での天使の体を保つ大きな要素であるから目の前の上半身裸の天使はなんなのだ?と疑問を抱くのは当然。自分のこれからの行動が変わってくるのだからと遠慮ない天使であった。
「もちろん、主人のお役にたつためです」
げぼくなのだからそれ以外にはなにもない。ただ最近は理由が分からないふあんをぼくのからだはうったえている。
「はぁ、よくわかりませんが、それでは体の維持ができませんよ。それにあなたの口調は幼い、成長もできていないようですね。詳しい話は教会でしませんか?いつでも歓迎します。私は近くの町の教会にいますから、いつでも来てください、・・・手遅れにならないうちに」
右手を上げたきれいなお辞儀をされて僕も慌てておじぎをしかえした。
「はい、主人が教会にいくきょかをもらえたらあそびに行きます」
きょとんとした天使は「はぁ」と頷くと教会に向かって降りていくのが見えた。これからお使いとしての使命を果たしていくんだろう。
またズキッと心の辺りが痛む。そこを押さえながら僕は会いに行くべきかと考えた。
魔王様、僕はきょうかいにいってからだのことを相談したほうがいいのでしょうか?神にいのってはいけない、主人がかみを好いていないから。
空の上で気持ちよくなりたかったけど、なにもかわらないままに畑におりることにした。
少し残念に思いながらもゆっくりと下降した。柔らかな風が僕を励ましてくれるかのように吹いているのが少しばかり嬉しい。草の上に降り立ち脱ぎ捨てていたシャツのボタンを止める。
「ゲボクー!!スゴいことがおきたっ!」
ボタンを全部止めてズボンに入れてチョッキを拾い上げたところでプッケの元気なさけびごえが聞こえた。プッケ自身はまだ小さく見えるくらいの大きさである。
「どうしたの?」
こうふんして顔を赤らめながらも僕をひっぱるようにしているプッケ。
「教会にさ!天使さまが降りてきたんだよっ!すっごく綺麗で優しそうなのっ今偉い人たちがその歓迎会をするんだって。病気の人や怪我した人を凄い力で直してくれるんだってさ、凄いよね!!ゲボクも一緒に見に行こう」
僕を引っ張りながらもしゃべっているけど僕はかなしくなった。
「・・・ごめんなさい、主人の許しがないときょうかいには行けない」
「なんでだよ、みてすぐもどればバレナイよ」
悲しくなった僕と同じようにプッケもかなしそうなかおをした。
「それに天使さま、さっき会ったよ。やさしそうな天使さまだったね」
「・・・ゲボクのばか・・・ずるい」
僕の服を握っていた手が離されて叩かれた。僕をにらみつけているかわいいめ。今にもなきだしてしまいそう。
それをみて僕はなにも言えなくなってしまった、ただプッケの姿が屋敷から消えていくのをみているだけだった。
夜に主人がおきだすのをまって完璧に作りだしたトマトジュースをのんでいるのをみてふだんは主人のきげんを悪くしたくないけど思わずきいてしまった。
「きょうかいに遊びに行ってもいいですか?」
流れるようなしせんをむけられて白い頬、つきのひかりに輝くひとみ、唇がうごくだけのかすかな笑い。屋敷内は暗いのにそれらすべてが主人をひきたてる。
「ならぬ、あの空気は嫌い」
「はい」
ちょっとあたまをさげて頷いた。主人にさからうなどもってのほか。その視線をむけてもらえるだけで嬉しさを感じてしまう。
天使さまにもプッケにも、もう会うことはないんだろうとかんじた。
外出するときに主人をするりと繊細なてで僕のあたまをなでてくださった。それだけで天使さまのこともプッケのことも僕のしあわせに入り込めなくなってしまう。




