表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第四話 主人に困惑する下僕

 僕は今、凄く困っている。

 なんでかってトマトジュースを飲んだのに主人は席を立ちあがろうとせず、そのまま本を読み始めてしまったのだ。

 とりあえずコップを片づけてから戻ってきたのだが、光景は変わることなく本を読んでいる主人がいた。

 こういった場合には恐れ多いが問いかけたほうがいいのだろうか?それとも何も聞かずに静かにこの場をさったほうが賢いのか?何かお持ちしたほうがいいのかな?本を読みやすいように明かりとか、寒さを感じないように羽織るものとかお持ちしたほうがいいのかな?

 ジッとみても答えはわからなくて考え続けることどれくらいたったかわからないほどになってから主人は僕を見た。急いで背筋を伸ばして執事らしくしてみる。

「下僕は寝ていいぞ」

 就寝の許可をいただいたが主人が起きているのに寝るなんて使用人としてはあるまじき、だと思われるので首を振って意志表示をしてみる。

 それに主人を傍でみていたほうが幸せだ。

「お前がいたとしても役に立たん」

 はっきりと役立たずだと言われてしまったが僕は使用人なんだから。さらに首を振ればため息をつかれてしまった。

 大人しく自室に戻ればよかったです、主人。いまさら取り消せない。

「主人は本日、お出かけはなさらないのですか?」

 だって屋敷にとどまるなんて珍しすぎることだ、気になってたのだから仕方ない。

 僕の問いかけに本を閉じて机に放り出してしまった。本に飽きたのか僕の問いかけに呆れたのか、どちらか区別がつかない。答えてくれるのかな。

 黙って壁を見ながらも煩わしそうにしっとりと溜息をついておられる主人を見ていて飽きない。後ろに黒バラが咲いているような錯覚を起こしそうだ。

「今宵は雨だ、出掛けるのが億劫でな」

 なるほど壁ではなくて、その向こう側の向こう側ぐらいにある外を思ってのことであるのか。

 たしかに今日は朝から雨がやまずに一日中降り続いているから僕もトマト摘み以外では外に出てはいない。掃除をするにも窓を開けることもできないし室内は湿っているから埃を落とすこともできない、なので僕はガラスのコップを綺麗に磨いていたのだ自慢できるほどにぴかぴかと光るまで磨くのは久しぶりである。

「やることがない」

 ちらりと僕を見て言い切られてしまった。えーと、何かを期待されているということかなっ!?

 僕が知っている時間を潰せるゲームは・・・。

「しりとり、でもしましょうか?」

 主人としりとりって楽しいと思ったのだ。ほっぺたが緩みそうになる。

「…しりとりか…」

「えーと、ご存じありませんか。単語の最後の言葉を次の人が引き継いで違う単語をいっていくゲームなんですけど。たとえば…」

「いい、ルールぐらいは知っている」

 もしかして、しりとりを知らないのかと思って説明しようとしたのだけれども賢い主人に説明は必要なかったのである。主人が知らないことなんて屋敷にいるのより珍しいから、ちゃんと説明しようと思ったのに。

 やりたくなかったのかな?面白いんだけど。どうなのかな、と主人の様子でやりたいのかやりたくないのかをわかろうとしたのだけれども肩肘をついている姿を見るが、まったくわからない。

「まぁ、いいだろう。たまには下僕と遊んであげる」

 億劫そうに髪をかきあげるしぐさなんて惚れ惚れとしそうで僕は幸せだ。顎をクイッとして僕から始めるように合図をしてくれる。

「それでは、しりとりのり、からとなりますので、リスっ」

 リスはかわいいんだよね、木の実を口いっぱいにいれてほっぺたがふっくらとしながら、あのクリクリとした大きな瞳を向けられて手のひらにちょこんと手を乗せてくれると、すっごく嬉しくなる。かわいいんだよ。

「衰弱死」

「シカ」

 シカも目がおっきくてジーとみてくる視線がカッコイイんだよな、それに毛皮はあったかいし寒い時に抱きつくととってもいい友達である。

「過労死」

「し、し、しまりす?リスはさっきいったから。違うので、し、し、し…」

 主人に楽しんでもらうために始めたのだから僕で止まるわけにはいかないのだ。しししし、ばっかり言ってたから思いついたものをとりあえず口から出す。

「獅子、でお願いします」

 主人をうかがってみてもダメというわけではなさそうである、空気を吐き出していたけど。ちょっとズルかもしれないけどほかに思いつかなかったんだ。

「死体」

「イルカ」

 主人はきれいに赤くひかれた唇を指でなぞりながらも躊躇わずに次々と言葉を返してくれる。その指先がたまらない。

「解剖」

「う?う、うま」

「埋葬」

「また、う、ですか。うさぎ」

「危篤」

「くま」

「抹殺」

「つばめ」

 ここでやっと主人も言葉が思いつかないようだ、少しだけ眉をよせて考えている。さきほどから寒く感じているのは主人が次々とためらいもなくいった単語のせいかと思っていたが。どうやら部屋自体が冷えてきていたようだ。

 外は雨が降り続いているから温度が低くなっているようである。

 主人が視線をふっと天井に向けたのには僕は気付かなかったからドキッとした。

「目ざわり」

 にっこりと笑って僕をまっすぐに見て言われた言葉だがしりとりの続きですよね!?僕のことじゃないですよね!と力強く確認したいけれども、あまりお役に立てていないと自覚できているから何も言えない。胸に痛みを感じます。

「…リス」

 笑顔に見惚れてしまったことで同じ言葉をいってしまった。さらに深まる主人の笑顔をみてしまうと負けてよかったと自分を褒めてあげたくなる。そして僕の顔は夕日みたいに赤く染まっていると思う。

「お前は獣しか知らないのか?それとも、わらわと同じように自分で一定のルールを設けていたのか?」

 主人、どんなルールを設けたのか予想がつきましたけれども自ら難しくするなんて凄いです。なのに僕みたいに考えることもなくスラスラと出てくるなんて頭の違いがよくわかりました。

「いえ、僕は動物たちと仲がいいので最初に思いついてしまったのです」

「では、これとも仲がいいのかな?」

 主人は細長い指がそろえられた手を軽く掲げると、いつのまにか逆さにとまっている黒い動物を示した。

「コウモリですね」

「どう?」

 残念ながらコウモリは夜に活動するせいなのか僕の種族とは相性が悪いみたいで仲良くなれない動物だった。悲しいけれども首を振って否定するしかない。

 夜だけ活動するなんて主人そっくりである、だからなのかコウモリは主人につっつかれようがなでられようが反応を返すことはしていないよう。僕なら天にも舞いあがれそうなほどうれしいのに。

「これは使いだ」

 そういわれれば主人がコウモリの足のあたりをいじっているので、よく見れば手紙を外したようである。主人はそれを一読して胸元にしまいこんでしまった。

 一気に機嫌が悪くなったのが僕でもわかる。

「主人、何か羽織るものでもお持ちしましょうか?」

 いつまでも気温さがる部屋の中にいるのだ暖かくしていただかないと人間は風邪という病気になってしまうから。暖炉があるので火を入れて部屋を暖められればいいのだが主人が火の明かりを嫌っているためそれは出来ない。

「いや、必要ない。招待されたので出かけてくる、しばらくは戻らないから好きにするといい」

 渡してもいないのにマントをひっかけると主人は外に出るのを嫌がっていたのがうそのように、あっというまに姿をけしてしまった。

 いきなりのことで頭を下げることも忘れてボケッと立ったまま見送ってしまった。

 外出してしまった主人を追う必要もないのでコウモリと仲良くなろうと思った。主人が座っていたあたりをみて、天井をみて、出入り口をみたけれどもコウモリの姿がどこにもない。

 コウモリもいつのまにか姿を消してしまったようである。主人の後についていってしまったのかな?

「今日はすっごく珍しい日だった」

 だって主人としりとりってなかなか執事はできないと思うんだ。それにとっても楽しかったし。また主人と遊べたらいいな。こんなに主人と会話したのだって久し振りで、それだけで気分が高揚するのがわかる。主人は僕にとって神様と同じくらいに素敵な人である。

 主人は「しばらく出かける」って言っていた、いつ戻ってくるのかわからない。どうか主人が怪我も病気もなく無事に戻ってこれますように。

 いつものように寝る前に魔王あたりに祈りを捧げ、服を脱いでベットにもぐりこんだ。いつもより遅くの就寝だけれども、充実した日であったことは確実である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ