第三話 探検者に困惑する下僕
今日も外出から戻った麗しい主人が寝室に下がるのを確認してから自室と通路を簡単に掃除して自作畑に向かおうと裏口にある扉から出ようとすれば目の前に小さな人間が一人。
その表情は固まっている。瞬きをすることもなく視線を動かすこともなく僕の顔を見ながら体全体が固まっている。
「何か御用かな?」
主人以外の人間に会うのは始めてだ。お客だってきたことがない。僕の問いかけにも口をかろうじてパクパクしているだけで答えることが出来ないようである。
お眠りになっている主人に心の中で、どうすればいいのかと問いかけてしまったが返事があるわけもない。そして思い出すのは主人の些細な行動。
僕が主人に頭をなでられると幸せを感じるようにびっくりしたままの子供の頭をなでてあげた、さらに硬直させてしまったようだ。固まった体をリラックスさせようと思っただけなのだけれども。
「お、おばけーっ!!」
子供は叫ぶと僕の手をたたき落して柵のほうに素早く走っていく。
止めようと思ったけど、どうすればいいのかわからないから伸ばした手を戻して叩かれた場所をなでる。
「ちょっと痛いかも」
頭をなでてはいけなかったのかもしれない。
畑にいこう、今日も主人に美味なトマトジュースを出さないと。
ふふん、ふん、なるべく楽しく唄を歌おうと思ったが僕はさっきのことが、けっこう心にきてるみたいだった。僕怖かったのかな?主人には「まぬけ、ばか」とかよく言われるけれども「怖い」とは言われたことがない。今までだって言われたことはないのだ。
主人、僕は見た目だけはいいのかと思っていたのですが勘違いだったのでしょうか。僕の心をお救い下さい。
眠っているはずの主人にもう一度問いかけながらも祈ることで落ち着ける。
自作畑にたどり着いたときに後で音が聞こえた、バタッという感じだ。慌てて振り返れば先ほどの子供が地面に倒れこんだままに身もだえている。
近寄り手を差し出そうとしたけれど叩かれたことを思い出して、見守ることにした。
そうだ、自分で立ち上がってくれ。
「かわいい少年が倒れて怪我してるんだぞっ助け起こしてくれたっていいじゃん!!」
見守っていたら子供が僕を涙目でみて訴えてきた。僕には至って普通の少年にしか見えないが、どこがかわいいのだろうか。さらにしゃがみこんで見守ることにした。
「怪我してるの?」
倒れたままじゃどこを怪我しているのかもわからないが自力で起き上がって地面に座り込んだ少年は泣きながらも膝を見せてきた。
確かにけがをしている、赤い血がツッーと流れているがそれほどひどい怪我ではない、と思う。
「手当てしてよ」
むっつりとしながらも少年は僕に頼んできた。「触ってもいいの?」って聞いてみれば「いいよ」って答えてくれたから頼まれたけがの手当てをすることにした。
少年の近くにしゃがみこんで怪我に顔を近づける舌をのばして傷口をなめとった。ビクッと足が震えたけれども、それは傷が痛かったんだろうからと気にしないで血と泥をきれいにすればそこには怪我をしてなどいないかのように傷口がなくなっている。
うん、僕は満足だ。頼まれた傷の手当を完璧にしたんだから。
「ヘンタイ」
だから、そんなことを言われて顔を靴で蹴られるのは違うと思う。僕は変態じゃない。
「僕は変態じゃなくて下僕だよ」
「ゲボク?」
子供には難しい言葉だったみたいだ。
「ご主人様にお仕えする執事のことだよ、ほら僕、執事服着てるでしょ」
僕のために主人がお店で仕立ててくれた服を指し示す。同じのが何着もあるんだよね。これを着れることが僕の誇りでもあるんだから自慢したかった。
なのに反応は「ふーん」ってだけで不思議そうに治した膝をなでている。
「でさゲボクは天使様なの?けがとか病気を治せるのは神の使いでもある天使様だけってシスターがいってたよ。見た目は天使様見たいにきれいだけど」
みんな同じ金の髪で青い眼をしているからかな?でも街では珍しくない組み合わせだと思うんだけど。主人の赤い目に真黒な髪の毛のほうが、凄く綺麗でほれぼれとするような組み合わせだと僕は思うね。
「うん、僕は天使だけど」
聞かれたのならちゃんと答えなくちゃいけない。
「やっぱりヘンタイだ、ってか頭が弱いだけだな、うん」
僕がきれいに傷を治したところを服の袖で赤くなるまでコスっている。なめられるの嫌だったみたいだ、嫌がられたことはなかったんだけど。そして顔の涙の跡もこすっているので赤くなっている。トマトみたいだ。
「俺、プッケって名前だよ。ここには探検で来たんだっ有名なお化け屋敷だからな。なのに居るのは自分のことを天使だと思ってるゲボクだけ。一瞬信じそうになったけど違うね、ゲボクには天使様の羽がないんだもん。ゲボクは頭が弱いだけのちょっと不思議な力を持ってる人間じゃん」
なんか哀れな目で見られているのは僕の勘違いかな?僕、本物の天使なのに信じてもらえてないみたい、けがを治して見せたのに。
主人は信じてくれたのに。
「なぁ、おい。屋敷の中見せてくれよ、盗んだり汚したりしないからさ」
「ダメ、主人が寝てるんだから音を立てるのはダメなの」
「もう昼だろ!どんなダメな大人だよ。ケチー」
指を空に示して太陽の位置を教えてもらわなくても僕だって知っている。
「主人は立派な人間です。ただ太陽が嫌いだから夜に動いてるだけなの、ダメな人間じゃない」
そこは訂正してもらわないと、だって昼と夜は逆になってるけどちゃんと動いてるんだから外にだって出てるし。それにあんな立派で綺麗な主人がダメな大人というのには納得がいかない。
「…あのさゲボクの主人は本当に人間なわけ?お前、頭弱いからだまされてるんじゃいの?だってここ昔から吸血鬼がいる屋敷だって有名だよ」
キュウケツキが何かはちょっとわからないけど、自作畑についていることだしプッケがトマトをちらちらとみているから二つだけとってプッケに渡してあげた。お昼だからお腹がすいていたようで拭くこともしないで噛り付いている。
おいしそうに食べてくれるからうれしくて笑いながら見ていたらヘタを投げつけられた。プッケは少し行儀が悪いと思う。
「俺の話を無視すんなよ」
そういいながらも、どうでもよくなったのか近くの小川で手を洗うとズボンでそのまま手を拭いてしまった、別にいいんだけど。
だって僕にはキュウケツキの意味がわからないから、なんと答えればいいのかわからなかったのだ。そういうときは黙ることがいいと。それを実行しただけ。
「まぁゲボクみたいなのを雇ってるんだから悪いやつじゃないんだろうな」
今度は反対に僕がプッケに頭をなでられた。主人がしてくれると幸せを感じるがプッケにしてもらうと少し嬉しかった。
「はい、僕を拾ってくれた主人は、とてもいい人なんですよ」
「はいはい、お前、ご主人様が大好きな犬みたいだな」
鼻を鳴らされた。
しばらく黙って僕のことをみてたけど子供には似合わないような深いため息をつくと寝転がってしまった。僕も真似して寝てみる。ちょっと楽しい。
「なぁ、また遊びに来ていいか?」
「うん、いいよ。ここなら主人の睡眠の邪魔にならないからここになら来てもいいよ」
「そっか、ならゲボクが一人でさびしくないようにまた来てやるよ」
寂しくはないんだけれども僕のことを思ってならすごくうれしい。
僕の返事も聞かないでプッケは手を振ると森に消えてしまった。帰り道は大丈夫みたいだ。
とりあえず探検という目的は済んだみたいであるし、できるだけ同じ時間にここに来よう。だって来たときに誰もいなかったらさびしく感じちゃうからね。
人間の友達なんて初めてだ。
いつもどおりに主人にトマトジュースを差し出したら腕を掴まれてドキとした。僕の顔に近づいてくる主人の顔は僕にはめったに見せてくれないような微笑みが浮かんでいる。
「血のにおいだ」
そういってそのままペロリと口のそばをなめられた。
主人にこんなことをされたのは初めてで顔に熱が集まって考えがぐちゃぐちゃになった。こんなことをされるなんて!
もしかしたらプッケの傷をなめた時の血が口についていたのかもしれない。主人は耳と同じように鼻も、とてもいいようである。
僕がごちゃごちゃの頭でいたせいか気づいたら空のコップだけが目の前にあった、いつのまにか主人が出かけてしまっていたのだ。お見送りができなかった。
今日も完璧なお世話が出来ないままである。でも主人の細身の黒いドレス姿が綺麗だったな。
コップを片づけながらもなめられたことを思い出しては顔に熱が集まるのを感じて慌てて頭を振るということを繰り返した。
プッケも舐められたのが恥ずかしくてこすっていたのかもしれない。




