第二話 下僕の日中
いつもどおりに麗しの主人が寝室へと下がるのを確認したらエプロンを身につけるべくキッチンへと急いだ。
エプロンを身につけ作業道具を持ち、周りを見て忘れ物がないことを確認する、そしてすぐに屋敷裏にある森の少し先にある僕の自作の畑へと向かった。
「主人に食べていただくものは新鮮で美味でなければ!」
僕は今日も決意を改め主人のためだけに作成した自作畑にたどり着いた。
近くを小川が流れ森から切り離されたように開けた場所で太陽の光をたっぷりと浴びているトマトたちが今日もきらきらと輝いている。これを毎日収穫して主人のためのトマトジュースにしているのだ。
いつもなら収穫だけをして帰るのだが今日は、この子たちの世話をすることに決めている。
本来は草を抜かなければトマトが大きく育たないそうだが、僕は大きさよりも味を大切にしている、そしてなによりも僕は植物を殺す行為、つまりは“抜く”ということができないのだ。
なので畑は草が立派に生えておりトマトと草の区別はよくみないとわからないということになっている。草に養分を取られまいと頑張っているみたいで味が売られているものよりも美味なのだ。なので、僕の信条と合わせて放置していることにしている。
僕がすることはトマトが実の重さで倒れないように添え木をしてやり水やりをすることのみである。
太陽がキラキラと輝き、水をはねる葉っぱもキラキラと輝いて見える。小川の中には小さいけれども魚が生きて土の中にも生き物が潜んでいるに違いない。鳥の鳴き声や獣の気配を感じ人間界での自然を満喫した。
ここには自然の動物以外には存在しないため気持ちが弾み、さらに奥まで足を進めた。
湖の姿が見えると同時にエプロンや来ていた執事服すべてを脱ぎ捨てて湖に飛び込んだ。大きな音ともに朝の冷えた水が体を引き締めるように触れてくる。
深くまでもぐりこみ目を閉じる、背中に意識を向ければ軽く体が浮かぶように感じた。体に抑え込んでいた翼を解放したのだ。翼にも冷たい水が触れ、瞬間震える感覚があったが気にせずに数度羽ばたく。
それに伴い裸の体は水面へと近付き勢いよく浮き上がった。
「ぷはっー久しぶりに翼出すと気持ちいいね」
白い翼を羽ばたかせて運動させながらも口から出るのは軽やかな唄。鳥のさえずりにも祝詞にも聞こえる唄につられたのか鳥が集まり軽やかなさえずりを立てる、手を差し出せば手に腕にと小さな鳥たちは止まる。
唄を楽しみ、水を楽しみ、空や太陽、自然を楽しみながらも考えることは主人のことのみ。
今頃、自室で熟睡している頃で、見たことがないがベットに深く潜り込み布団をかぶって静かに寝ていると予想をしている。きっと寝姿もきれいなのだろうな。
鳥を飛び立たせ湖から静かに出ると体をふくものがないことに気づいた。
「気持ちのままに行動をしないように、って主人にも言われてるのに忘れちゃってたよ」
主人が困ったようにして言われた時のことを思い出せば呆けそうになるので慌てて首を振って考えを払い、エプロンの汚れていない場所で体をふいた。すぐに乾くだろうから大丈夫だとおもう。翼はすでにしまっている。
トマトを3つ取り、道具を片づけてきた道を戻った。屋敷はひっそりとだれも住んでいないかのように暗く静まり返っている。
草は伸び放題で室内をのぞくこともできないほど暗い。空気の入れ替え以外では家具が傷まないようにカーテンを閉め切っているせいだ。おまけに僕は掃除が上手にできないから、普段使用する場所以外はきれいに保つことができない。
湖で時間をいっぱい使ったみたいで屋敷に入れば時計は昼過ぎをさしていた。
今日は布団もシーツも干していないから、さて何をしようか?
やっぱり、苦手だけれども部屋の掃除をするのが一番だ。
トマトをキッチンに置き、掃除道具のホウキと雑巾をもって主人から一番遠い場所にある客室を掃除することにした。泊まるお客もいないのでほこりを落とす程度の掃除しかするつもりはないが棚の上や窓枠にイスやテーブルどれも雑巾で何回も拭かなければきれいにならないような暑さのほこりがたまっていた。
まずは窓をあける。今までの掃除の経験で上から掃除したほうが後が楽だと気付いたのでホウキでとりあえず天井近くにあるほこりをたたく。そうすれば落ちてきて天井がきれいになるのだ。
「まずまずだね」
きれいになれば主人に褒めてもらえるかもしれないが主人はここには来ないので気付かないかもしれない。それからは棚を雑巾で何回も拭いてピカピカにして椅子もテーブルも同じようにする。
汚れた水をこぼさないように音をたてないように静かに静かにゆっくりと入れ替える。
最後に窓を拭くことにして、執事服を脱いだ。着たままだと翼を出すことができないからだ。
窓から体を半分出して、翼を出して、そのまま雑巾を持って外に浮かんだ。鳥みたいに羽ばたけば浮かぶことなんて難しくない。それで窓を雑巾できれいに拭いて手で触って汚れがないことを確認してから室内に戻った。
執事服を着ながら、赤く染まった太陽がきれいだと思った。主人の瞳のように赤く染まってきれいである。
「いけない!主人が起きる時間だ!」
夕日ということは、もうすぐ夜が来る。夜行性の主人が起きてくる時間なのだ。
キッチンで手をきれいに洗って、とってきたトマトを粉々に潰して水分だけをコップに移した。周りを汚すこともしていない。思わず笑いがこぼれた。
銀のお盆に移して今日は完ぺきだ。
「ああ、主人を先に起こしてこなくちゃ」
今日は完ぺきだと思ったのに、悲しくなってくる。僕が主人に拾われてから一日を完璧に過ごしていただいたことなど数えるぐらいしかないのに記録を伸ばすことができなかった。
主人の部屋を軽くノックすれば「ああ」の気のない返事。起こすより先に起きていたようである。
さらに悲しくなったが、これ以上の失敗をするのはよくないので急いでキッチンに戻りトマトジュースを運ぶ。机に置けば、扉が開いて主人が現れた。
今日は花を模した紺色のドレスである、それをちらりと脳内に焼きつけながら頭を下げた。
音も立てずに席につきトマトジュースをゆっくりと飲んでいる主人をみる。やっぱり綺麗だ。眉をよせて、少し不機嫌そうにしているようではあるが、それもきれいである。
僕は今日も一日主人に仕える幸せをありがとうございます、魔王様。
「下僕」
僕が魔王様に祈りをささげていると突然、主人に声をかけられた。こんなこと滅多にない。
「はい、主人」
ほほ笑むようにしながら、さわやかをイメージしてドキドキしながらも返事を返す。声をかけてもらえるなんて幸せすぎて眠れないかもしれない。
ドキドキとわくわくで胸がいっぱいだ。
「ほこり臭い、汚い、身だしなみもできないのか」
冷たい視線を向けられたことに背中がゾクゾクとしたが、静かに言われたことを考える。
自分の恰好を見てみれば確かに掃除の時のホコリが執事服に付いていて、よく考えれば主人の前に出ているような格好ではない。
着替えればよかった。
「もうしわけありません」
かっと体温が上がったが、謝ることしかできない。どうして僕は考えが一歩足りないんだ。
トマトジュースを飲み終わった主人は僕が肩にかけてあげようとしたマントを手で受け取り屋敷から出掛けて行った。僕が汚いから触られるのを嫌がられたんだ。
僕は主人が見えなくなってから、まっさきに井戸に向かって歩いた。そして執事服を脱いで頭から水をかぶる。何度かやればほこりはおちる。
汚れた服を着る気になれなくて、そのまま僕の部屋に向かった。着替えることすら思いつかない自分に腹が立って午後に湖で遊べばよかったと後悔した。そしたらきれいになったのに。怒られることもなかったのに。
寝間着に着替える気になれなくて、主人の不機嫌そうな顔を思い出すだけで涙が出そうで、僕はいつのまにそのまま眠ってしまっていた。




