第一話 疑うことを知らない下僕
僕の主人は至上まれに見る美貌と頭脳を持ち合わせた年頃の人間である。
難点をいえば主人は夜行性な人物であるということぐらいだ。
朝に弱く、夜に強い。
主人のことを夜行性などと言う言葉で表すのは僕としては非常に心苦しいのであるがその言葉しか見当たらない。
僕の語彙は限りなく少ないせいであるのだろう。
夕方の5時。
主人がおきだしてくる時間である。
執事である僕は主人の扉を軽くノックした。
初めてのときは聞こえないものだと思い強くノックをしたら1週間も口を利いてもらえなく悲しい思いをしたものだ。
それ以降はどこの扉であろうと軽くノックするように心がけている。
「ん・。・・・起きた」
主人が起きて先ず必ず言う一言である、ここで働くようになってからチェックしていたのであるから間違いない。
そのお声だけでも僕は背筋にぞくぞくとしたものを感じてしまうほどに魅力的なお声である。
ああ、今日も一日かの主人につかえる幸せをありがとうございます。
と僕は魔王当りに祈っておいた。
なにせ主人が神を毛嫌いしているのだ、魔王ならぎりぎり許すと言われている。
誰かに祈らずには生きていけない僕のために妥協までしてくれる優しい主人でもあるのだ。
まず主人は起きたてでは食欲がわかないらしくトマトジュース一杯だけという非常に栄養が気なる朝食をする。
今は夕方だか主人にとっては朝食になる。
僕は主人が着替えている間にその朝食の準備をし食事の間で主人がくるのを控えて待っていた。
この屋敷には僕しか使用人はいないため主人は自分で着替えなければならない。
はじめには僕にもやらせようとしたのだが、ちょっといろいろ耐え切れずに主人は今までどおりに自分でやることになってしまった。
ふがいない自分を責めるばかりである。
主人の手間を少しでも減らし快適な生活をおくっていただきたいのに。
本日はどのようなお召し物だろうか?
昨日は真っ赤な色のドレス、薔薇の花びらのような飾りがとても似合っていた。
一昨日は夜の町にはえるような真っ黒なドレス、体の線をはっきりと現していたのがとてもよく似合っていた。
主人のスタイルは抜群であるのだ。
きっと一般女性たちには嫉妬の視線でみられているのだろう。
足音もきこえなかったという食堂の扉は開かれた。
目を伏せしずしずと席につく主人はまるで軽やかな妖精のようだ。
足音を立てずふわふわと移動するのだから。
そして僕が作ったトマトジュースをゆっくりとゆっくりと味わうように飲んでくださるのだ。
主人は低血圧なので、どうも起き立てではしゃべる元気もないのである。
僕もはなしかけるなど恐れ多いことはしない。
必要最小限の会話しか僕は主人としたことがないのだ。
あとは主人が僕を気にかけてくれるときなどである。
ふっ、と僕は主人の視線を感じ目を主人に合わせた。
主人の真っ赤な瞳は僕の魂を吸い込んでしまいそうなほどに魅力的である。
できるだけさわやかな笑顔を浮かべることを忘れてはいけない。
「今日は帰ってこないから」
それだけをいうとまだ半分ほど残っているトマトジュースを飲み始めた。
「かしこまりました」
きっちりと45度の角度で頭をさげ、主人は帰宅しない。ということを頭に刻み込んだ。
頭を上げたときには主人はぼんやりと立ち上がっていた。
これからどこにいくか考えているのだろう。
主人は朝食を召し上がったらすぐにお出かけになるのだから。
僕は隠し持っていた主人の愛マントをとりだし無言で主人の肩にかけてさしあげた。
声をかけようものなら「煩い!」との一喝をいただいてしまうことは経験済みである。
考え事をしているときに声をかけられるのは耐えられないほどにいろいろと気をお配りになるほど繊細な方でもあるのだ。
こんなに広い屋敷に僕がくるまで一人で住んでいたのだから僕がいることにまだなれない部分もあるようだ。
主人はゆっくりと音を立てずに歩き出すとそのまま扉からでていってしまった。
そのまま出かけてしまうのであろう。
本当は玄関までお見送りに行きたいのだが主人がとてもシャイなため「するな」といわれているので早速、主人の朝食を片付けることにした。
最初に作ったころはめったに飲んでくださらなかったのに、のんだとしても一口だけだったり。
今ではゆっくりとだが全部のんでくださるようになった。
そのあとは自分の夕食を頂いたら寝ることにしている。
僕の部屋はこの屋敷で一番日当たりがいい場所にある。
どう考えても一番いいのだ。
昼間に干しておいた布団はふかふかとして気持ちがよい。
主人の布団も毎日干している。
主人は日光にあたってはいけないらしく日があたらない地下を部屋にしているのだ。
部屋の中はそれは豪華である。
まさに主人にお似合いのきらびやかな衣裳部屋や一流職人によって作られた家具。
誰からかの貢物のアクセサリー類、これがまたキラキラしているものばかりなのである。
僕が唯一もっている高いものといえば常に持ち歩いている懐中時計ぐらいなものである。
あぁ、主人の顔を思い出しただけでも少し幸せな気分になれる。
主人に解雇されてしまえば僕の人生は終わったも同然になってしまう。
なので解雇されないように明日もがんばろう。
いくらお優しい主人であっても僕のように役立たずにいつまでもいられたらつらいだけだろうし
そして僕が目覚めたのはまだ日も昇らない時間帯。
まだ空は暗く肌寒い。
急いで執事服をみにつけ玄関先に立った。
これから主人が帰ってくるのだ。
お見送りはやらないのだがお迎えはしっかりとやらせていただいているのである。
今日も主人が一日無事にお帰りになるのをこの目でしかとみとどけなければ。
帰ってきた主人は血色がよく楽しそうに微笑んでさえいた。
よほど外で遊ぶのが楽しかったのであろう。
主人が楽しいのであれば僕は満足だ。
「お帰りなさいませ」
「わらわの魅力はあいかわらずだな」
「はい主人はいつでもお美しいです」
さわやかな微笑みとともに思ったことを、そのまま口に出す。
主人は僕の頭をひと撫ですると、静かに地下にあるお部屋へと向かっていった。
きっとこれからお眠りになるのだろう。
僕は主人の姿が見えなくなるまで頭を下げ、いなくなったと確信してから頭をあげた。
これからは静かに使用している部分だけを掃除していく、音をたてて主人の眠りを妨げるわけにはいかないのだ。
主人の屋敷であるのだから使われていない部屋も少しづつではあるが掃除することにしている。
主人には綺麗で豪華な屋敷が似合うのだから。埃まみれの屋敷なんて似合わない!




