隣の女神様1 女子高校生女神様 御鏡静奈の大活躍 ~ミサイルなんてぶっ飛ばせ~
あなたは神を信じますか。
誠によく見かける書き出しで申し訳ない、作者としても苦笑い状態である。神の存在を証明することは通常では難しいことだと思うが、私は神をあなたに紹介することはできる。しかも女神だ。やったね、うれしいだろう。もしかするとあなたはすでに私が紹介できる女神に会っているかもしれない。なんせ、この女神は普通の人間と同様に生活している。しかも女子高校生として学校に通っている。ねっ、びっくりしただろう。私だってびっくりしている。ただし、ご利益はあまり期待しないで欲しい。これはそんな女神さまについての内緒のお話である。
〇小さな時のこと
御鏡静奈は長野県南部伊那谷にある宮川村に産まれて宮川村で育った生粋の田舎人である。一般的なサラリーマンである父と母の間に産まれた女の子だ。寒くなり始めた時期に産まれたが、特別寒がりというわけではない。どちらかと言えば暑がりに属する。産まれた時に髪の毛や体毛が他の赤ちゃんに比べると濃くて多目だったこと以外は身長体重共にごく標準的な赤ちゃんであった。
標準的なサイズで産まれた静奈であるが、その後はあまり大きくならなかった。まあ、控えめというか、小さいというか。高校生になっても150cmに満たない、小柄というやつである。
赤ん坊は成長すると徐々に言葉を覚える。静奈は他の子供よりも言葉を発するのが遅かった。しかも、最初に覚えた言葉はお母さんを意味する「かあか」でもお父さんを呼ぶための「とうと」でもなく「ぎゅうにゅう」という言葉であった。喉が渇いてどうしても牛乳が飲みたくなると体全体を震わせながら、
「ぎゅうにゅう。」(がのみたい。)
と叫んだ。冷蔵庫の前に座り込むと家族の誰かが1リットルの牛乳パックから乳児用ストロー付きのカップに移して電子レンジで温めてくれること要求した。この要求は主に4歳離れた兄が叶えてることが多かった。
乳児用カップに暖められた牛乳が満たされるとそれを片手で持ち、部屋の中をふらふらとしながらストローをくわえて時折おいしそうに牛乳を飲む。牛乳をカップ一杯飲むとお腹が膨れてご機嫌になり、部屋の中を酔っぱらいのように歩きまわるのだ。
母のところに行って「ばあ。」と愛想を振りまくことも多い。そうしているうちに眠くなり、ばたんと倒れて眠ってしまうのである。これを静奈の行き倒れと家族の者は称して、この家の名物となっていた。
誰しも小さな頃は様々な要求を気が向くままにするものであるが、静奈はこの牛乳以外に強い欲求を表現したことはない。いわゆる手がかからない子としてすくすくと成長した。
〇誰かがやって来る。
「おそとであそんでもいい?」
引っ越してきたばかりの上にまだ2歳の静奈には近所に一緒に遊ぶ友達はいなかった。
「お庭から出ちゃだめよ。」
静奈の母はそういうと家事を続けるために玄関から家の中に入った。母が家の中にいる間静奈は庭で一人で遊ぶことになる。静奈の家は宮川村にある。村の真ん中あたりのたんぼを転換した造成地である。このあたりの一戸建ては田舎なので土地も安い。都会からすれば信じられないくらい広い土地のため、家を建てても庭はけっこうな広さが残っている。都会なら保育園の園庭だってこんなものだろう。
燐家との境界は簡単なフェンスで仕切られているだけで門扉などのしゃれた設備はない。したがって、覗こうと思えば誰でものぞけるし、入ろうと思えば誰でも入れる。それでも小さな子供が一人で遊ぶのに危険を感じたことは今までにない。
「だれもいないね~。」
静奈はぐるりとあたりを見回す。まだお昼までにはちょっと時間がある。
「まっ、いいか~。」
お砂場にお気に入りのシャベルとバケツを抱えて行くと静奈はおむつでこんもりしたおしりをどすんと地面につけて独り遊びを始めた。
「ここはしずちゃんのおうち、こっちはおにいちゃんのがっこう、こっちが・・。」
砂で山を作るとシャベルでぱんぱんとてっぺんをならしてちょっと平らにする。そこにきれいな色の石を乗せると家の出来上りである。
「おにいちゃのがっこうはこーんなにおおきいんだぞお~。」
静奈は大きな山を作ってそこを兄の学校にした。
「あっ、あめがふってきましたあ~。」
じょうろに水をくんでくると砂山に流す。すると作ったばかりの学校に大雨が降り、大洪水が発生する。
母は家の中に入ったとはいえ庭の様子はよく見えている。家事の手を休めて時々庭に目をやる。静奈は石で囲んで父が作ってくれた小さな砂場に座り込んで砂をシャベルで熱心にすくってはバケツに移していた。バケツがいっぱいになるとくるりと背を向けて中の砂をざーっと開ける。小さな山ができつつあるところであった。母は家の中から静奈に声をかける。
「かずちゃん、なにしてるの?」
「おにいちゃんのがっこうをつくってるんだよ~。」
「そうなの、すごいねえ。」
静奈の今のお気に入りの遊びである。母は洗濯物を畳むために目を手元に戻す。独りで勝手にどこかへいってしまったことは一度もない。
「いま、あめがふってきてたいへんです~。」
「えっ。」
母は雨と聞いてあわてて外へ飛び出した。
「あれ?。」
外は相変わらず良いお天気である。
「なあーんだ、雨降りは静ちゃんのお山なの?。」
「そうだよう、いっぱいふってるんだよう~。」
「もうちょっと遊んでいてね。」
「はーい~。」
安心した母は裁縫箱を出し、春が来ると保育園に通う予定の静奈のために服を縫い始めた。静奈の好きな赤い服である。その服を着て静奈が保育園に通う姿を思い浮かべながら母は一針一針丁寧に仕上げる。
「おじょうちゃん、いくつ?。」
「おじょうちゃんじゃないよ~、しずちゃんだよ~。」
「ごめん、ごめんよ。静ちゃんは、いくつなの?。」
「2つだよ~。」
「静ちゃん、保育園は?。」
「もうじきいけるっておかあさんがいってたよ~。」
「ひとりで遊んでるの?。」
「うん。」
「楽しい?。」
「うん、とってもたのしいよ~。じいちゃんもいっしょにあそぼうよ~。」
「これから畑に行くから、この次に一緒に遊ぼう。」
「ねえ、ねえ、あそぼうよ~。」
「静ちゃん、これ、おかあさんに渡してね。」
じいちゃんは野菜のたくさん入った袋を静奈に渡すと、軽トラックに乗り込み、行ってしまった。
「ばいば~い。」
「あっ、いけない、もうこんな時間!」
「きーん、こーん、かーん、こーん。」
遠くにある学校のお昼のチャイムが聞こえてきた。
「静ちゃーん、お昼だよ。お家に入りなさいよ。」
「あのね、これもらったの~。」
静奈の小さな声が庭から聞こえる。母は不思議に思って外に目を向けるとキュウリやトマトが入った袋を両手で重たそうにぶら下げた静奈がちょこんと立っていた。
「誰に頂戴したの。」
「じーじ。」
「どこのじーじなの。」
「くるまのじーじ。」
「ふーん。」
静奈は誰に頂戴するのか時々野菜やちょっとしたお菓子を通りすがりの人にもらっているようであった。
「これはねえ~、しずちゃんのじいちゃんがくれたんだよ~。」
夕ご飯の時、静奈はいばって兄に言った。
「うん、とってもおいしいね~。」
野菜が苦手の兄も口一杯野菜をほおばっている。
「じいちゃんってだーれ?。」
「じいちゃんじゃないよ、”しずちゃんのじいちゃん”!~。」
「わかった、わかった、じゃあ、静ちゃんのじいちゃんってどこからくるの?。」
「しずちゃんのじいちゃんはねえ~、じどうしゃでぶーってくるんだよ~。」
「しずちゃんのじいちゃん」はこうして週に二、三度まるでお供えするかのように素敵なプレゼントを静奈に持ってきてくれるようになった。
「静ちゃん、今度じいちゃんが来てくれたらおかあさんに教えてね。」
「じいちゃんじゃないよ、しずちゃんのじいちゃん!~」
でもじいちゃんは静奈と少し話をするとすぐに行ってしまうのでなかなか母と会うことができなかった。
なぜ静奈がこのようなものを頂戴しているのか理由がわからない。要領を得ない静奈の返事に不安を感じたこともある。母が目を離した隙に静奈が誘拐でもされたらどうしようと母親としては当然の心配であった。一度くらいは直接お礼を言おうと外を通る車の気配に気を付けた母であったが、野菜をくれる人が姿を現わすことは一度もなかった。
長い冬が終わってたんぼの土手にかわいらしい薄青の花が顔を出し始めた頃、静奈は保育園に通い始めた。
「静ちゃん、保育園楽しい?。」
「うん、とってもおもしろいよ~。しずちゃん、おひるがいちばんだいすき!~」
野菜の好き嫌いが多くて心配していた給食もじいちゃんがくれた野菜のおかげでとってもおいしく食べられているようであった。
「さいきん、じいちゃんの野菜ないね。」
あるとき兄がぽつんとつぶやいた。
「そうだね、静奈が保育園に通い始めて昼間いないから静ちゃんのじいちゃんに会えないんだよ。」
父が残念そうに答える。
「それにしても静ちゃんのじいちゃんてどんな方なのかしら?。」
静奈は保育園に嫌がりもせず喜んで通っている。その後は野菜が届くことはなくなった。
〇いじめのターゲット
静奈は中学校を卒業すると地元宮川村にある県立宮川高校に入学した。1学年5クラスで男女共学の普通高校である。上はジャケット、下は男子はチェック柄のパンツ、女子は同じチェックのスカートを制服と定めており、まあまあの評判の学校である。
この高校に入学した静奈は部活動に加入しなかった。放課後と休み時間は教室の隅っこで読書をするか、ぼんやりする過ごし方を選んだ。思春期を迎えた静奈は疲れを感じる時が多く、休日もしっかり休みたいと考えたのである。勉強もこれといって得意教科はなく、成績はいつも真ん中より下であった。
これまで仲良しだった玉川涼子は元気はつらつとしてクラブ活動に忙しく、一緒に行動する機会がずいぶんと減ってしまった。 静奈に話しかけてもうん、ううんくらいしか反応がなく、一部の男子からは幽霊女と呼ばれてからかいのターゲットになりつつあった。
クラスメイトの女子たちは静観の構えであったが、からかっても反応しない静奈にいらいらがつのる。
「ああいう女がいるから女子全体がばかにされるのよ。」
とわけのわからない理由をつけて徐々に静奈を目標に定めたのである。ほどなく、静奈への嫌がらせが始まった。
「おっと、ごめんね。」
すれ違いざまに肩をわずかに当ててくる。男子と違って目立つように肩をどんと当てるようなことはしない。当たったかどうかというくらい目立たないようにやる。これを何人もが続けてやるとけっこう嫌な感じがするものである。椅子の座面にスティックのりを薄く塗っておくと座ったときにスカートがくっついてしまい、立ち上がった時に脱げそうになって不快である。でも、脱げるほど悪質ではない。
静奈をターゲットにしたグループは目立たない嫌がらせを繰り返し繰り返し行った。普通の女子ならこれを一週間も続ければ参ってしまうが、静奈は気にしなかった。涼しい顔で毎日登校する。
頭に来たグループのリーダー格である村山香織はある日の休み時間、ついに静奈の前に立った。
「あんた、これだけ仕掛けられても何にも感じないんだね。ほんとにどんくさい女だ。」
読書をしていた静奈は顔をあげて話しかける香織に視線を合わせた。
「どんくさい女にはそんな髪型は似合わないよ。美容師を目指している私がナイスなヘヤーにしてやるよ。」
いつの間にか何人かの女生徒が取り囲んで他の生徒から見えないようにしている。香織の手には美容はさみが握られている。
「まず、前髪からカットしよっか。」
言うが早いか、静奈の前髪を右手でつかむと左手ではさみをすっと入れてじゃくっとカットした。静奈の机の上には切り取られた髪の毛がばさりと落ちる。
「あっ。」
静奈より先に取り囲んでいた女生徒たちが声をあげた。ちょっと脅すために髪を少し切ってやろうという話だったが、今切られた髪はちょっとという長さではない。
「あ~あ、どうしてほっといてくれないのかなあ~。」
切り取られた髪を机の端に寄せると下敷きをちりとりがわりにしてのせた。静奈は静かに立ち上がって、髪を載せた下敷きをそっと持ち上げると教室の隅にあるごみ箱まで歩き始めた。
取り囲んでいた生徒たちはごくりとつばを飲み込むと何かに気押されたように静奈と通り道をすっと空けてしまう。割れた人垣の間を難なく通り抜けた静奈は下敷きから髪の毛を落とさないようによたよたとバランスを取りながら歩いた。ゴミ箱の上で下敷きをひっくりかえすとぱんぱんと軽くたたいて、髪の毛をゴミ箱の中に落とす。そして、何事もなかったかのように自分の机まで戻ると静かに座った。
「なんだよ、無視かよ。」
香織は動じない静奈にむかつき、さらに手を出そうとチャンスをうかがっている。
「やめとこうよ。」
なにやら不穏な空気を察知して腰が引けている取り巻きたちはもう半分以上が解散して自分の机に戻りつつあった。そのとき、静奈は香織に顔を向けるとごく自然にすっと視線を合わせた。そして、
「今なら何もなかったことにしておいてあげるよ~。」
とその子にだけ聞こえる声で囁く。静奈と視線を合わせた香織は毒気を抜かれたように緊張の糸が切れ、近くの椅子にすとんと座ってしまった。
「それでいいと思うな~。」
静奈は小さくつぶやくとまた読書にもどった。固唾を飲んでことの成り行きを見守っていたグループの少女たちはふーっとそれぞれにため息をつくと、静奈を直視することができずに自分の席に戻った。そして、全員身体ががたがたと小刻みに震えだしたのである。
「私たちは絶対にやってはいけないことをしてしまったのではないか。」
香織をはじめとする女生徒たちは大きなものへの畏れと後悔の念で強く心を圧迫された。それはそのうち神から天罰が下るのではないかと恐れる気持ちと同じであった。
翌日から静奈はまた元の静かな根暗に戻った。今までと違うのは静奈にたいしてだれも干渉しようとしなかっとことと、しばらくして村山香織がお家の都合という理由である日突然転校してしまったことであった。
〇生徒会会長選挙
静奈の通う宮川高校は年度の半ばを過ぎると新しい生徒会長を選ぶための選挙が行われる。2学年5クラスから1名ずつ候補を選出し、選挙運動の後に立会演説会と投票を行う日程になっている。会長選挙の告示を一週間後に控えたある日のHRで静奈のクラスの選挙管理委員が教壇に立っている。
「生徒会長に立候補する人はいませんか。」
立候補者がいないことを前提とした問いかけに応えるかのように教室内は静まり返り、誰も返事をしないまま時が流れる。
「ほんとにいないですか。」
「・・・」
「それでは、適任者の推薦をお願いします。」
「・・・」
「こんなことをしていても決まらないので、投票で決めていいですか。」
「いいで~す。」
生徒会役員は大変な割には調査書の評価が低く人気がない。そうなると立候補者を生徒同士で押しつけあうことになる。静奈のクラスは静奈をいじめていた村山香織が転校後、ボスがいなくなったこともあってまとまりがついていない。クラス内投票を何度か行った結果、候補者は静奈に決定した。
「投票の結果、会長候補は御鏡さんになりました。」
ぱちぱち・・
「御鏡さん、このクラスの会長候補として選挙戦に臨む決意表明をしてください。」
静奈はクラス会長候補に選出されたことにあわてることもなく立ち上がった。
「私で良ければ会長選挙、がんばります。皆さん、応援をよろしくお願いします。」
簡単に挨拶してぺこっと頭を下げる。
「次に推薦責任者ですが、次点の玉川涼子さんでいいですか。」
「いいで~す。」
「会長候補御鏡さん、異論はないですか。」
「玉川さんならこちらから推薦責任者をお願いしたいです。」
「それではこのクラスの会長候補は御鏡静奈さん、推薦責任者は玉川さんに決定します。ご協力ありがとうございました。」
なんとか責任を果たすことができた選挙管理委員はほっとして教壇から降りて自分の席に座った。選挙管理委員会に提出する立候補者届け出用紙に二人の氏名を記入した。
「・・・なので、候補者は選挙規約に則って、選挙運動や立会演説会に臨んでください。」
放課後さっそく会長候補として選挙管理委員会に出席した静奈と涼子は、選挙規約とスケジュール表を渡された。
「涼子、あなたが頼りだからね~。」
静奈は推薦責任者になってくれた涼子の顔をしげしげと眺めた。
「ほんと~に、よろしくお願いします~。」
珍しくぺこりと頭を下げると、涼子が照れ臭くなるほど顔を見入っている。
生徒会長候補となった静奈は、クラス廻りや朝登校する生徒に行う顔見世兼挨拶運動を選挙管理委員会のスケジュールにしたがって精力的にこなしている。クラブにも所属せず周囲から根暗キャラ認定されている静奈は、他のクラスへの知名度は低く、挨拶への返事をかえす生徒も少ないように感じる。静奈はそんな反応を気にするでもなく、他の候補と並んでおはようございます~、を繰り返す。
投票日前日には立ち会い演説会が設定されている。体育館に全校生徒が集まり、各クラスから選出された候補者の抱負や公約を聞く会である。選挙の中では非常に重要な会であるが、生徒会長選挙の立ち会い演説会がそんなに盛り上がるわけもなく、言う方も聞く方も例年しらっとしている会である。こんな会を開かなくても、クラブを中心とした組織票がすでに固まっており、会長当選者は事実上立候補の段階で決まっていることが多いと囁かれている。
この日も例年通り、選挙管理委員長のはじめの言葉から始まり、推薦責任者の推薦の言葉、候補者の演説がクラス毎に続く。時折受け狙いの言葉が飛び出し、笑いが起こるのは、当選確実の候補からだろうか。静奈は5組なので、最後である。4クラス分8人の演説を聴かされた後の5組の候補者の演説は正直言って不利とのみんなが思っている。
推薦責任者である涼子の推薦の言葉が終わる。
「美鏡静奈候補お願いします。」静奈の名前が呼ばれる。
「はい。」
静奈は短く答えると演台の前に立った。右から左に体育館内を見回すと、深呼吸をしてから演説を始めた。そんなわけで、私は笑顔あふれ、誰もが安心して生活できる高校生活を・・・静奈の演説が続く、いじめは生徒会長として絶対に許すわけにはいきません・・・そして、授業をきちんときかない生徒も許すわけにはいきません・・・静奈にしては過激な言葉が口から飛び出す。
聞いている生徒は最初はざわつき、いらつきのため息や咳払いがわざとらしく響いた。が、しばらくすると潮が引くように収まり、やがて静寂が体育館内を支配した。この時、生徒達はまるで魅入られたような、あこがれるような目で静奈を見つめていた。
「以上で終わります。」
演説を終える声が発せられる。しばらくすると、会場を埋め尽くす拍手がわき起こった。そして全員が満足げに笑顔を見せた。
これで、立ち会い演説会を終わります、閉会の言葉が告げられると生徒達は下級生から体育館を後にする。どの生徒もこの場から立ち去るのが惜しいように振り返り、振り返り、会場を後にしている。そして視線は静奈を探しているようであった。涼子は、この光景を見て、静奈が小学校の時に児童会長に当選したときのことを思い出した。そして、静奈が生徒会長に当選することを確信した。
翌日の投票日、朝8時から投票所となる体育館が開場された。と同時に何十人もの生徒が投票所になだれこんできた。クラス選出の選挙管理委員はあたふたと受付業務に取りかかる。例年、投票時間のピークはSHR開始10分ほど前であり、開場してから40分近くはぱらぱらとやってくる生徒達を適度にさばけばすむはずであった。
受付をすませた生徒は我先にと投票用紙を受け取り、記入すると満足げに投票箱に清き一票を投入する。朝の投票が終わると、投票箱は生徒会室に移されて、昼の投票を待つが、ほとんどの生徒が朝のうちに投票をすませていたために、昼の投票を利用したのは遅刻した生徒の他にはいなかった。この日の投票率は今までになく高く、98%であった。これは具合が悪くて欠席した生徒以外は全て投票した結果である。
開票は推薦責任者立ち会いの下、選挙管理委員が行う。施錠され、保管されていた投票箱が開票所にあてられた教室中央に運ばれてくる。委員長が開錠し、中から投票用紙が取り出される。
周囲の机におおざっぱに分けられてた投票用紙は、委員の手によって同じ名前が書かれた投票用紙ごとに取り分けられ、10票毎にまとめられる。全部が同じ名前かどうかを推薦責任者が机に呼ばれて確認する。確認が終わると、さらに10束にまとめられて、候補者の名前が書かれた紙が貼られた机に積み上げれる。開票はこの作業が繰り返し行われる。涼子は何度も机に呼ばれて確認する。
決まったね、選挙管理委員長が机に積み上げられた投票用紙の山を見ただけでつぶやいた。机には美鏡静奈と書かれていた。
静奈は会長に当選した。翌日張り出された選挙結果には得票数が書かれていなかった。ただ、会長当選 美鏡静奈 とだけ書かれている。ああ、小学校の時と同じだ、涼子は小さくつぶやいた。小学校の時、総投票数の95%を得票した静奈の得票数は他の候補者とあまりにも差が付いているために公表されなかったのである。
民主主義の結果を公表しないのは異例であるが、ここは学校なので、今後の執行部のためにも全てを公表してしまうのは得策とはいいきれないのであろう。得票数については選挙管理委員に対して厳しい箝口令がしかれた。
「静奈、おめでとう。」
涼子は大きく当選御鏡静奈と書かれた当選結果を前にして静奈と握手をかわした。「涼子、ありがとう、あなたのおかげだよ。」
と静奈は固く握手を返した。
会長となった静奈は生徒会顧問の教師と相談しながら他の役員の選出を始めた。副会長に涼子を指名したほかは教師のアドバイスにしたがって、いくつもある委員会の委員長と副委員長を決定した。
〇オープンキャンパス
10月初旬の土曜日、会長になったばかりの静奈と涼子は来年度入学を希望する中学生向けオープンキャンパスで挨拶と生徒会の説明をするために休日登校した。中学生も生徒会活動は行っているので、高校の活動との違いを説明するのが主な目的である。会長になってまだ間もない生徒が説明するので、中学生には今一つわかりにくい説明になっているのはアンケートで判明しているのであるが、たどたどしい新会長の説明がとても誠実に聞こえるのも事実であり、今年も静奈がお役目を果たすことになった。
校長のあいさつ、教頭の学校概要説明と続く中、静奈はちょっと緊張するねと横に座っている涼子にささやく。静奈がそんなことをいうなんて珍しいと涼子は思ったが、座っている様子は凛としてなかなか様になっている。同じように慣れない場所に座っている中学生も緊張している様子がうかがえる。
宮川中学校と書かれた看板の後ろに座っている生徒は生徒会席の静奈を見ると、一様にあれっという顔をした。宮川村には宮川中学校と宮川小学校しかなく、今の中学3年生は静奈が小学校6年生の時に4年生だった生徒なので、顔に見覚えがあるのであろう。
学校からの説明を聞いている間中静奈の顔をじっと見つめている生徒が多くいることをなんとなく感じる。当の静奈がそんな中学生の視線を集めることがうれしいのか、宮川中学生の列ににこにこと笑顔で返しているように見える。
「中学生のみなさん、こんにちは。生徒会長になったばかりの御鏡静奈です。宮川中学校出身です。もしかするとちらっと覚えている皆さんもいるかもしれません。ちょっと笑いを取りながら静奈の挨拶は進んだ。今日のオープンキャンパスを経験してこの高校はいいな~と少しでも感じることができた方はぜひ入学を考えてみてくださいね。これで終わります。」
ぱちぱちぱち・・・・、中学生の間から大きな拍手が沸き起こった。涼子はえっ、そんなたいした挨拶じゃなかったと思うけど、と思いながらも、お疲れさま、いい挨拶だったよ。と静奈をねぎらった。
〇初の生徒総会
会長になってしばらくすると、3年生から業務を引き継ぎ、2年生主体の生徒総会を開催する。会長である静奈や副会長の涼子、他の委員長は春までの活動計画を立て、生徒総会に臨む。この生徒総会は来年度のことを決める会なので、3年生は出席しない。1,2、年生だけの生徒総会なのである。厳密には総会とは言えない会ではあるが。
静奈たちは委員長達を何度か招集し、各委員会の事業計画を立案する。立案と言っても毎年そんなに変わったことをするわけではないので、前年度計画を踏襲したものが多い。それを委員会を開いて、承認を受ける。毎年この委員会は
「いいですか。」
「いいで~す。」
で計画案が承認され、生徒総会に回されることになる。
ところが、今年は委員会で提案が否決されることが起きていた。理由は、
「毎年同じでちっとも変わらないのはおかしい。」
との意見が一年生から出されているというのだ。否決された意見を修正するのは時間的に難しく、しかたがないので、静奈たちは否決されて事実をそのまま生徒総会で再度審議することにした。
その中でも一番もめそうな議題が、スマートフォンの使い方についての議題である。朝登校時からスマホの画面を眺めっぱなしでSHRを迎え、授業中だけは手放すものの、終わった瞬間にスマホを取り出し、男子はゲーム、女子はRINと呼ばれるチャットアプリに心を奪われてしまう。
症状が重くなると授業中も教師の目を盗んで机の下でこっそり操作している生徒もいる。こうした現象はこの学校だけのものではなく、全国で発生し、深刻化している学校もある。こうした状況を学校側が見逃すはずはなく、スマートフォンの持ち込み禁止を検討し始めていると脅しとも受け取れる話が生徒会につい最近持ち込まれた。
スマートフォンについてを取り扱うのは風紀委員会である。各クラスでスマホの扱いを話し合った結果は、自主管理という結論が大半である。つまり、何もしない、現状維持ということであった。これに対して教師側は生徒総会に緊急議題としてスマホの学校持ち込み禁止を提案するという暴挙に出るという噂である。生徒会規約では教師側も生徒総会に提案することが可能であり、全校生徒のうち8割の賛成で議決することが可能となっている。ただこれまでにこの条項が使われたことはなく、死文化しているとのことであった。
そんなレアな提案が生徒総会でなされるかもしれないなんて、今年の執行部は運が悪いとささやかれている。事実上のスマホ禁止令に生徒の8割が賛成するとは思えないが、提案されるだけでも静奈たちにとっては無為無策を指摘されるようであり、あまりうれしい事態ではない。ただ、各クラスでスマホについては現状維持となってきているので、これを無視すれば執行部としての信頼をそこねかねない。静奈と涼子、駿平の3人は連日話し合いを持ったが、うまい解決策をひねり出すことができないまま生徒会総会を迎えたのである。
「ということで、スマートフォンについては現状維持を提案します。」
風紀委員長の声が体育館に響く。
「それでは、決をとります。提案に賛成するみなさんは挙手を・・・」
「議長!」
教員席から挙手があった。
「なんでしょうか。」
「生徒会規約に則り、教員特別提案を行います。よろしいですね。」
規約では教員特別提案は動議と同じですぐに審議しなくてはならないことになっている。
「どうぞ。」
「スマートフォンの扱いだけれど、最近の諸君らの使い方には目に余るものがある。そこで職員一同はスマートフォンは学校では一切使ってはならない、ことを提案します。」
ええー、横暴だ、声なき声が体育館中に響き渡る。
「質問意見がありますか。」
「風紀委員会の提案は無視するのですか。」
「君たちの自主規制だけではもう授業に支障がでている。もう待ったなしの状況なので提案にいたったのです。」
「いきなり持ち込み禁止なんてあまりにも横暴ではないですか。」
「だいたい、こんな提案に生徒の8割が賛成するとでも思っているのですか。」
「授業にしっかり取り組みたいと考えている生徒がこの学校には多数いると授業アンケートでわかっている。8割の賛成は得られると思っています。決議はもちろん挙手ではなくて投票で行います。」
「そんなのあんまりだ。」
大きな声で反対意見を述べているのはごく少数の生徒であることは執行部はわかっている。投票すればおそらく可決されるだろうと想像がつく。この動議を通してしまえば始まったばかりの新生徒会に対する信頼は大きく揺らぐことになり、今後の生徒会活動がうまくいかないことが目に見えている。
「どうしよっかな~、困ったな~。」
静奈はまっすぐ前を向いたまま、涼子につぶやいた。
「絶対絶命かな~。」
物騒なことを言いながらも静奈の顔に余裕があるように見えるのは気のせいか。
そういえば、前にもこんなことがあったけ。涼子は小学校の頃のことを思い出した。静奈と涼子の母校宮川小学校にも児童会があった。児童会長は選挙で選ぶ。クラスから会長候補を1名ずつ選出して、5クラス5人に対して4年生以上が投票して、会長を選出するというものである。だいたいどこの小学校もそんな方法ではないだろうか。
さて、クラスから候補を選出する際に目立ちたがりの男子が選出されることが多い。小学校なので、クラス内立候補でそのまま承認のケースもけっこうある。たまたま同級生だった静奈と涼子のクラスには自薦立候補の男子が誰もいなかった。では推薦で決めようと担任が挙手させようとしたのであるが、誰も推薦しようとしない。
決めないわけにはいかないので、担任の独自判断で無記名の投票をさせたのである。その結果、選出されたのが静奈である。第2位が涼子だったので、そのまま推薦責任者になった。この時まで静奈と涼子はそれほど仲良しだったわけではないが、腐れ縁というか中学でもクラスが一緒、高校でも一緒というわけで今の関係に落ち着いている。
児童会長選挙当日、欠席者を除いてほぼ全員投票という状況の中、見事に静奈が会長に当選したのである。票数は非公開であったが、相当の得票数だったことは担任からの耳打ちで聞いたので知っている。
そして、初めての児童総会が開催された。小学校の児童会なので、進行や議題は全て担当教師が用意してあり、会長をはじめとする役員はその原稿を上手に読めば最後まで会が進行する手はずになっていた。ところがである。
「緊急議題があります。」
と6年生が挙手をした。
「昼休みが短すぎます。もう5分でいいから長くできないでしょうか。」
担当教師に促されて静奈がマイクの前に進む。
「ご意見はわかりました。すぐに返事はできないので、先生と相談して決めたいと思います。」
静奈はそう答えると自分の席に戻った。ふつうはこれで終わるはずである。ところが、
「そんなこと言ってれば今年中に決まらないのではないでしょうか。それじゃあ、僕たち6年生は納得できません。なんとかしてください。」
この一言で会場の体育館は騒然となってしまった。
「そうだ、そうだ、なんとかしろ。」
この際にと思ったのか、6年生を中心に立ち上がって騒ぎ立てる児童いる。
「静かにしてください。」
議長の児童が連呼するがなかなか静粛にならない。そろそろ教師の助け舟が入ると思うが、児童会としてはちょっとかっこ悪い。
「どうしよっかな~、困ったな~。」
静奈はぼそりとつぶやくと再びマイクに進んだ。
「あ~あ~、みなさん、座ってください。」
最初はぼそりという。
「座ってくださいね~。」
今度は少し大きめの声で、体育館内を見回すようにマイクに向かって声を出した。すると、徐々に体育館内は落ち着きはじめ、やがて静かな館内が戻ってきた。
「それでは、児童会として給食早く準備するコンテストを開催したいと思います。これはクラスごとに1か月給食の準備かかった時間を調べて平均した時間が一番短かったクラスを表彰するコンクールです。詳しいことはまた連絡します。決まるまでは練習しておいてください。」
一気に発言するとくるりと静奈は自分の席に戻った。
「そっか、給食の準備が早くなれば休み時間が増えるもんね。会長、なかなかやるね~。」
涼子はこれまで5年生で特に目立つこともなく、どっちかというと出来の悪い方に分類されていたらしい静奈を見直した。提案もなかなかアイディアにあふれているが、静奈が全校児童を前にして立つとどの児童もちゃんと静奈の話聴く体制に自然となったのが不思議だったのである。
さて、4年前のことを涼子が思い出していると、
「なんとかなるかな~。」
静奈はすっと立ち上がり、演台の発言用マイクに向かった。マイクの前ですっと深呼吸すると発言を始めた。
「みなさん、会長として提案がありま~す。」
体育館内を一渡り見回した。まるで全員とアイコンタクトを確保しているかのようである。気のせいか、静奈の眠そう目が少しきりっとしたように見える。体育館内はそれまでの喧騒がうそのように静かになっていく。
「あの時と同じだ。」
涼子はごくんと固唾を飲んで静奈を見つめる。
「学校にスマホを持ってこないというのが理想ではあると思いますが、それではあまりにも不便です。そこで、生徒会としては、朝自分のロッカーにしまって施錠、昼休みは使用OK、その後また帰りまではロッカーに保管することを提案しますが、いかがでしょうか~。」
しばらくは体育館内はし~んとしていたが、やがてあちこちで相談する小さな声が聞こえる。
「そのくらいなら妥協できるんじゃないの?。」
「そのあたりで手を打たないとほんとに持ち込み禁止にされちゃうよ。」
やがて、賛成の意を示す小さな拍手があちこちで沸き起こり、それは体育館全体に包み込んだ。
「今の会長の提案に賛成多数とみなしてよろしいでしょうか。」
議長の確認に再び大きな拍手が起こった。
「ありがとうございました。」
静奈は一礼すると自分の席に戻った。
「会長、すごいじゃないの。」
涼子が耳元でささやく。
「なんとかなって良かったよ。」
静奈がぼそりとつぶやくといつものふわんふわんした表情の静奈に戻ったのである。
〇大根坂補完計画
宮川高校は長野県の南部伊那谷の真ん中あたりにある。伊那谷と言えば中央アルプス駒ケ岳、そこから流れ出る清流は天竜川に注ぎ込む。その時に段丘を激しく削り込むことになる。そのおかげで、静奈たちが通学に使うJR線は段丘に沿ってぐねぐねと回り道をしている。宮川高校はそんな段丘の上に立っている。
したがって、ここの生徒諸君は宮川駅を降りると、急な坂を上らないと学校にたどり着くことができない。これまで静奈たちは駅から学校まで最短距離であることができる通称大根坂をダッシュすることで8時35分着の電車で朝のSHRに遅刻することなく登校することが出来ていた。
ところがである、その年の6月の大雨で大根坂の一部が土砂崩れを起こしてしまい、通行ができなくなってしまった。生徒たちは大根坂よりずいぶん遠回りになる通称車道を通るしかなくなっていた。この車道は坂道ではあるもののきちんと舗装もされており、歩道付きの立派な道路である。学校側は当面大根坂は絶対通らないように、車道を使って登下校するようにきつく生徒たちを指導している。
生徒の中にはそんな指導を振り切って、通行禁止の大根坂を使っての登下校にチャレンジする猛者もいたが、がけ下に滑り落ちてけがをする生徒が出るにつれ、絶対禁止のお達しが出る始末であった。
学校側は登校時には駅側に、下校時には学校側の大根坂に当番の教師をつけるようになった。やがて、当番が足りなくなったのか、静奈たち生徒会にも立ち番をするように提案があった。朝は電車から降りるとそのまま立ち番に入り、大根坂を上らないように指導する。帰りは、大根坂の降り口で同じようにとうせんぼを行った。生徒指導と書かれた腕章をつけて、指導を行う静奈たち執行部は学校側の手先とみなされて、生徒たちからの反発は日増しに強くなるようであった。
「このままでは、生徒会は生徒たちから総スカンを受けてしまいそうです。生徒会として対策を打ち出さないとまずい状況です。」
副会長の涼子が発言する。
「ただ、大根坂の修復工事は再三村に学校からお願いしているけれど、予算がないとかで今年は無理なようなことを言われているみだいです。」
涼子が続ける。
「何か、いい案があるかなあ。」
会長の静奈がとろんとした眠そうな目で投げかける。選挙の立会演説会ではあんなに切れ者っぽい演説を行った女子と同一人物とはとても思えない。
「いまのところは、ないです。」
涼子が続ける。
「後は、役場に直接交渉に行くくらいしか、残ってないです。」
「どうする~、役場に行っても相手にしてくれるかな~。」
重要かつ深刻な話し合いをしているはずなのに、静奈が口にするとどうにもふわんふわんしてしまう。
「う~ん、ここで話をしていても、先に進まないから、とにかく私がまず偵察に役場に行ってくるってのはどうかな?。」
副会長の涼子の提案にうなずいた。翌日の放課後、涼子は駅の近くにある役場に出向いた。村役場なのでそんなに大きな建物ではない。今風の外観ではあるものの、こじんまりとした建物である。玄関をくぐると総合受付に座っている初老の職員に声をかけた。
「あの宮川高校生徒会のものですが、大根坂の補修のことでお願いに来ました。担当の方にお会いしたいのですが、取り次いでいただけますか。」
涼子は使い慣れない敬語を精一杯使って、用件を告げる。
「あっ、高校の方ね。とりあえず、総務課へ行ってください。総務はそこの角を曲がった部屋です。」
「ありがとうございます。」
教わった通り角を曲がり、最初のドアを開けて中に入る。室内では数名の職員が忙しそうに書類仕事をしている。
「あのお、宮川高校生徒会の者ですが、大根坂の補修についてお願いにきたのですが。」
一番入り口に近い職員が顔をあげて、涼子の姿を認めると立ち上がり、近寄ってきた。
「ああ、高校の生徒さんね。道路の補修なら、2階の土木課が担当だから、そっちがいいかな。」
「ありがとうございます。」
涼子は教わった通り2階への階段を上る。2階の廊下には各課を示すプレートがぶらさがっている。土木課と書かれたプレートが示すドアをノックすると、どうぞと野太い声が聞こえた。
「あのお、宮川高校生徒会のものですが、大根坂の補修について、」
「ああ、それなら聞いてるよ。」
よかった、と涼子はようやく独りでうなずいた。
「土木課は現地の状況がわからないと動けないから、下の総務で話をまずきいてもらってくれないかな。」
「あのお、総務でここに行くように言われたんですが。」
「そうかあ、でもここじゃあ、最初に動き出す権限がないからねえ。やっぱりまずは下かな。」
暗にここから出ていくように言われていることを察して、下に降りた。総務へ行っても話が進むような気がしなくて、役場の外へ一旦出る。
「これが、たらい回しってやつかあ~。」
涼子は大きくため息をついた。
「どうしたらいいかなあ。アポなしの高校生じゃあこんな扱いになっちゃうんだね。」
涼子はがっかりして肩を落として宮川駅に向かうと、会長の静奈が駅にたたずんでいるのが見えた。
「お疲れ~、役場、どうだった?。」
静奈は涼子に向かってひらひらと胸のあたりで手を小さく振ると駆け寄ってきた。
「静奈、聞いてよ。どうもこうもないよ。あれはリアルたらいまわしってやつだよ。ほんとにあるんだねえ。」
「そうなんだ~そりゃあびっくりだね~。」
静奈の間延びしたおしゃべりを聞いていると涼子に芽生えていたがっかり感がうそのように収まっていく。
「学校から話を通してもらった方が早いかなあ。」
静奈は現実的な方向に話を振り出す。
「でもねえ、ここまで放置されてきたんだから学校から行ったところで、はい、わかりました~、すぐ対処します、なんて話には絶対にならないと思うよ。」
涼子が口をとがらせて反論する。
「会長、どうする?。」涼子から真剣なまなざしを向けられて、静奈は決断を下した。
「そうだね~、いい考えがあるよ~。まずは、そこの自販機でジュース飲もっか、今日は私がおごるから、ね?」
静奈の的外れな提案に涼子は今日ばかりはがっかりしたような安心したような複雑な顔をした。その隙に静奈が自販機に硬貨を投入し、購入ボタンを押している。
「涼子はアセロラソーダ、私はオレンジソーダね。」
静奈は一人で銘柄を決めるとがちゃがちゃ言わせて商品を取り出す。2本購入すると、自動販売機から
「あた~り~」
の声がした。
「うっそ~、当たったよ、自販機って当たるんだね。じゃあ、これね。」
無料の3本目は牛乳コーラなる怪しいボタンを連打する。
「お待たせ~。これでも飲んで元気出そ。」
言いながら静奈は涼子にペットボトルを渡し、自分はアルミ缶の蓋をかちっと回す。
「それじゃあ、お疲れ~。」
静奈は缶を小さく差し出して乾杯のまねをする。涼子も同じようにボトルを合わせるとそれぞれ一口ずつ飲んだ。
「ふ~、おいしいね~。」
こんな時、静奈ののんびりした声が救いの声に聞こえてしまうのが不思議である。
「どうしよ、もう一度行ってみよっか。」
静奈はボトルを飲みながら歩きだした。
「ちょっ、静奈待ってよ。」
涼子は慌てて後を追うために立ち上がった。駅から役場までの5分の間に涼子は役場でのたらいまわしっぷりをかいつまんで静奈に話した。
「ふ~ん、そうなんだ。私が行ってもおんなじかもしれないね~。まっ、私も一応村人だから、知ってる人がいるかも。」
「役場に知り合いがいるの。」
涼子は期待を込めて静奈に聞く。
「いるかな、どうかなあ。役場なんていつ行ったかも忘れるくらい用がないからね~。誰かのお父さんやお母さんがいるかもね。」
「そ、そうなんだ。それでよくすぐに行こうって気になるね。」
「まね~、その雰囲気っちゅうもんは行かなきゃわからんからね~。」
そんな話をしているうちに再び役場の玄関前である。
「じゃあ、入ろっか。」
足が涼子をうながすと2人は玄関をくぐった。今度は静奈が受付の人に声をかける。
「あのお、宮川高校生徒会会長 御鏡といいます、大根坂の補修のことでお話を聞いて欲しいのですが、取り次いでもらえますか~。」
そんなほわんほわんしたしゃべりかたすれば余計に相手にされないよお、と涼子は内心気が気ではない。
「しばらくお待ちください。」
受付の男性は総務課の方へ行くとなにやらごしょごしょと相談している。しばらくすると別の人がやってきた。今度は総務課の人らしい。
「お待たせしました。村長がお会いしたいそうです。」
えっ、さっきは全然相手にしてくれなかったのに、どういうことだろ。
「ねえねえ、静奈って村長と知り合い?。」
「そんなわけないでしょ~、顔も知らないよ~。」
小声で静奈が応える。
「じゃあ、どうして会ってくれるのよ。」
「そんなのわかんないよ~。」
2人は男の係の人の後をついて総務課のさらに奥にある部屋に向かう。村長室、と書かれたドアのまえで職員は3回ノックした。
「どうぞ。」
中から返事があった。連れてきてくれた職員がドアを開けて2人を村長室に招き入れる。
「失礼します。中にお入りください。」
2人が村長室に入ると同時に職員は外に出て行ってしまう。
「やあやあ、どうぞどうぞ、そこに座ってください。若い人はいいねえ。いるだけで元気になる気がするよ。あっはっは。」
村長は豪快に笑うと、ソファに座るように促す。2人は並んで長椅子に腰を下ろした。
「宮川高校生徒会会長御鏡静奈といいます。」
「同じく副会長の玉川涼子です。」
「いやあやあ、村長の今井です。よろしく。」
村長は右手を差し出すと3人と順番に握手をした。
「まあ、どうぞ。」
座るようにうながす村長の合図にしたがって、2人そろって浮かせた腰を再びソファに落とした。
「お話と言うのは、大根坂のことでしょうかな。」
総務課から話が伝わっているのか、村長から話題に切り込んできた。
「そうです、さっきは副会長の玉川がお話に伺ったのですが、どうもうまく伝わらなかったみたいで。」
静奈が応答する。
「それは申し訳ないことをした。このとおり、謝罪します。」
深々と頭を下げる村長に涼子は目を丸くしている。
「で、大根坂を補修すればいいのですかな。それともこの際に手すりも完備した歩行者専用道路に生まれ変わらせればいいのですかな。」
「そりゃあ、歩行者専用道路になれば歩きやすくなり、今よりもいい大根坂になって後輩だって喜びます。」
深くうなずく静奈。
「じゃあ、その線で話を勧めようじゃあありませんか。」
「ってことは、また通れるようになるってことですよね。」
「そうだね、しばらくは工事で不自由なことになるかもしれないけど、急がせれば年内には歩きやすい安全な歩行者専用通路に生まれ変わると思うよ。それでどうかな。」
「もちろん、それでいいです。先が見えていれば不自由があっても全校生徒が納得して待っていられると思います。」
涼子は思わぬ展開に興奮気味で声のトーンが高くなっている。
「じゃあ、話はこれでまとまったね。工事の詳しい進め方については明日にでも学校に業者を向かわせるから先生方と一緒に歩きやすい通路になるように打ち合わせをしてくださいね。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
深々と頭を下げて、ソファから2人は立ち上がった。
「それでは、失礼します。」
涼子は退席しようと歩き始めた。
「あっ、会長さん、御鏡さんだっけ。」
「あっ、はい、御鏡静奈です。」
「ちょっと御鏡さんは残ってくれませんか。」
村長の意外な言葉に静奈はうなずき、踵を返して村長室のソファに再び収まった。いつの間にかドアを外からばたんと閉められた。
「御鏡さん、大きくなったねえ。」
「??、どこかでお会いしましたでしょうか。」
「御鏡さんは南沢に住んでるんだよね。」
「その通りです。南沢の農業道路の近くにある住宅団地です。私が小さい時に土地を買って引っ越してきたと両親から聞いています。」
「ご両親は健在かね。」
「ええ、おかげさまで元気に働いています。」
静奈と村長の間で探りあうかのように当たりのさわりのない話が続く。
「御鏡さんがまだ小さい頃、あなたの家の前を通った時に庭で遊んでいる御鏡さんの姿を見ることができるといいことがあると噂になったことがあってねえ。」
今井村長がとうとう核心に迫る話を切り出した。
「ええ~??、そんなの初耳です。」
「そりゃあ、このことを知っているのは日本でもほんの一部の人間だけだからね。」
「日本で、ですか。私にそんなご利益があるなんて両親からも聞いたことないです。」
そうだろう、そうだろうと村長はうなずきながら話を進める。
「私も知ったのは東京からここに来て村長になったばかりの頃でね。その噂については半信半疑だったのだけれど、静奈さんの家の前を1日1回だけ通り、あなたの姿を見ることができた日には新しいプランを職員に提案すれば耳を傾けてもらえることがわかったんですよ。」
「ふう~ん。」
「しばらく静奈さんに頼っていたのだけれど、どうすればいい提案ができるのかがだんだんわかり自力でできるようになりました。それからはあまり頼らなくてもすむようになったんですよ。」
「そうだったんですか。」
「これは静奈さんがまだ2,3歳の頃の話なので、今から14,5年ほど前のことです。うまくプランが通った翌日には野菜や果物をちょっとだけお礼にお渡ししていました。」
そうか、毎日野菜や果物を渡されたのはそういうことなのか。きっと他にも持ってきていた人がいたんだろうなあ。そこまで村長に貢献したのに報酬が野菜だけっていうのはみみっちい感じもする。
「まっ、そんなわけであなたには恩義を感じているんです。今でも不安な時はこっそりあなたの家の前を通って成就をお願いすることもあるんですよ。おっとこれこそ私の最大の秘密です。そのあなたが生徒会長になったことは聞いていたので、副会長さんが話に来た時にこれは大根坂の話だなってぴんときました。お礼に新しい通路を作ってびっくりさせてやろうって子供みたいなことを考えてお二人を追い返してしまったので、静奈会長のお気を悪くさせたかとびくびくしていました。そしたら、すぐに2人でお見えになって頂いたので、慌てて対応させていただいた次第です。悪気は全くなかったのです。申し訳ありませんでした。」
村長はそういうと静奈に土下座をせんばかりに頭を下げている。
「ええ~、全然大丈夫です。気にしてないです。じゃあ、大根坂をよろしくお願いします。」
「はは、お任せください。最優先で取り掛かります。」
話をしているうちに村長はどんどん低姿勢になっていった。
「じゃあ、また来ます~。」
静奈は丁寧ではあるものの、相変わらずのふわんふわんした調子で挨拶をしながら村長室を出た。村長の
「おい、お送りしろ。」
という申し出には
「自分で帰るからいいです~。」
と丁寧に断りつつ、役場を退出した。
「ねえねえ、いったいどうなってんの」
役場の駐車場で涼子は静奈の顔を覗き込んで尋ねた。
「私だって、よくわかんないよ~、まっ、大根坂が補修されるっていうんだから、いいじゃんか。」
ぶらぶらと駅までの道を歩きながら、
「静奈って実はすごくいいとこのお嬢様だったんだね。」
「え~、そんなことないよ。父も母も普通だよ。うちだって30年ローンだと思うよ。」
「じゃあ、なんなんだろうね。」
「もしかして、静奈にお参りすれば願いが叶うとか?。」
「ええ~っ、恋愛成就するってか?。それはないと思うよ。そんな力があれば、私、もっと勉強できるようになってるし、今頃彼氏がたくさんいてうはうは状態だとと思うもん。」
「そだよね~。」
「はっきりうなずかれるとなんだか頭にくるなあ、ぷんぷん。あっ、でも今日の村長室でのことはみんなには内緒ね。どうせ信じてもらえないし、変に詮索されるのは私絶対に嫌だからね~。」
「うん、わかったよ。」
涼子はうなずいた。いや、きっと誰にも話すことはできないだろうなという予感がした。
翌日の昼時に、明日から大根坂の補修工事が始まるから、不便だと思うけれど、しばらく我慢するようにとの放送が流れた。その日の放課後、静奈たちは職員室に呼び出された。
「お前たち、なんだ、役場に直訴に行ったのか?。ちょうどのタイミングで役場も大根坂の補修工事を計画していたらしいぞ。さっき、連絡があったところだ。」
教師たちは静奈たちの訪問の成果だとは露程も思っていないようだ。まあ当然であろう。
「で、相談なんだけど、工事期間中、朝のSHRの時間を遅くして、昼休みを削るか、終わりを伸ばすか・・・」
「朝のSHRを無くしてください。うちの生徒なら授業には遅れないと思います。」
静奈はきっぱりと迷いなく宣言した。
「・・・そうか、じゃあそうするか。もし、遅刻者が増えるようなら・・・」
「大丈夫です。そうはなりません。生徒会も対策します。」
静奈のダメ押しの返事に教師はひるんだのか、それ以上追及してはこなかった。
こののち、朝のSHRの時間がカットされ、大根坂を通らなくても歩いて授業に間に合うようになった。そして、大根坂の補修工事が村長の約束通り開始された。静奈たちは従来のSHRの始まる時間になると大根坂の終点付近に出向いて
「後15分で遅刻になるよ~。遅刻が多いと大根坂の工事が止まっちゃうよ~。」
と叫び続けた。そのおかげか、工事が始まっても遅刻者が大幅に増えることはなく、順調に工事は進んだのである。大根坂の工事の一部始終は生徒たちには内緒にされていたが、静奈たち役員が役場を訪問したこと自体はけっこう知られており、今年の生徒会の初仕事はすごいと高く評価されたのである。
〇いよいよ3年生
様々な出来事があったものの、静奈たち新執行部は3年生を送る会も無事に開催することができた。3年生と豪華賞品のビンゴで楽しんだ後で、入学時から撮りためた写真をスライドにして高校生活を振り返るというお決まりの送別会ではあったが、静奈たち執行部は精一杯準備をして3年生を楽しませることに全力を傾けることができた。
翌日挙行された卒業式において、静奈は生徒会長として送辞を披露し、3年生を送り出すことができた。後で聞いた話では3年生のほとんどがなぜか静奈に投票してくれたらしい。例年の選挙であればクラスやクラブでひそかに決めた候補に投票する組織票が存在し、競り合う要因となるのであるが、この年の選挙だけは静奈が圧倒的に優勢だったのはこのためである。
3年生が最後のHRを終えて生徒玄関に現れるころ、在校生は外に出てアーチを作って卒業生を見送る風習がこの学校にある。静奈たち執行部はアーチの最後に全員が集合して、お疲れさまでしたと心を込めて3年生を見送ったのである。
静奈は多くの3年生から男女を問わず記念撮影と握手を求められ、照れながらも応じていた。ちょっとしたアイドル並みの人気であった。静奈を会長にしてくれた3年生がいよいよ卒業してしまう。これからは全て自分たちで切り抜けていかなくてはならないのかとスマホのシャッター音が響く中で静奈は決意を新たにしたのであった。
卒業式が終わると続けて入学試験が行われる。この年の入学試験はなぜか、志願者が前年度の1.5倍にもなった。この年倍率が上がった理由は学校関係者一同にはわからなかった。涼子だけは中学生体験学習の際、静奈会長挨拶時に中学生が見せた表情が気になっていた。
圧倒的人気で当選した生徒会長と児童会長、もしかすると静奈には何か特別な力が備わっているのではないかとこの時初めて思い当たったのである。ただ、それがどんな力なのかは今一つぴんとこない。ただ人気があるだけならそこいらのアイドルだってたいした人気を集めている。
そして迎えた入学式、式次第が進み、生徒会長歓迎の言葉になった。
「新入生のみなさん、保護者のみなさん、ご入学おめでとうございます。そして生徒会へようこそ、私が生徒会長の御鏡静奈です。この学校では学校生活のかなりの部分を生徒が自主的に運営しています。その運営をになっているのが生徒会なのです。もし、みなさんが困った事があれば、生徒会役員まで申し出てください。それでは早く学校生活に慣れるようにしてください。」
「ぱちぱちぱち・・」
静奈のお祝いの言葉が終わると式場は割れんばかりの拍手に包まれた。静奈は一礼すると壇上から降りた。式は粛々と進行し、これで入学式を終わります、の教頭の宣言と共に入学式は無事に終了した。
〇文化祭大問題発生
夏も近づく7月初旬、宮川高校では例年文化祭が開催される。金曜日に前夜祭、土日と一般公開を行うという割と普通の開催日程である。生徒会執行部である静奈と涼子の駿平は5月の連休明けから準備に忙殺されてきた。そして残り一週間に文化祭が迫り、いよいよ学校の授業も半日となり、準備もラストスパートを迎える。
「ええっ~。」
校長室に静奈たちのつぶやきが響く。
「生徒会がどうしてもというからせっかく半日にして文化祭準備の時間としているのに、学校を抜け出して煙草を吸っていたなんて、生徒の意識統一ができてない証拠じゃないのかね。」
「ほんとうにすみません。」
静奈は生徒を代表して学校長に平謝りする。
「こんなだったら、特別日課にする必要はないよなあ。その分授業をやった方が効いいんじゃないかな。」
同席していた生徒指導主任もここぞとばかり追い込みをかけてくる。
「そんなことないです。普通の授業時間では準備が間に合いません。どうか、このまま続けさせてください。」
「喫煙した生徒はしばらく家庭反省ってことでいいかな。」
「それはお任せします。どうか、文化祭への協力をお願いします。」
ここは静奈たちはひたすら守勢に入るしかない。
「まあ、今回は生徒会執行部の日頃の活動を信じてこのまま継続でどうでしょうか。」
教頭が助け舟を出した。
「なんだか変な感じだね~。」
静奈は涼子にだけ聞こえる声でぼそっとつぶやいた。
「生徒の喫煙を生徒会に言ったって解決しないと思うけどな~。」
校長室を出るとそれまで黙っていた涼子が言う。
「校長って大根坂の一件以来、静奈のことをよく思ってないんじゃないかなあ。」
「なんでかな~。生徒相手に大人げないぞ~。」
静奈がほわんほわんしたいつもの調子に戻った。
「私たちが学校を通さずに役場に乗り込んで解決しちゃったことをいまだに根に持っているんだよ。」
「学校が真剣に対応しないからだよ。解決しちゃったものはしょうがないじゃんね~。そんなことを根に持つなんて校長としてどうかと思うよ。」
静奈はそれほど気にしていないように見える。しかし、静奈を怒らせるとほんとうに怖いことは涼子たちはよく知っている。
〇女神様の御力
喫煙抜け出し事件のすぐ後のことである。
「びーっ、びーっ」
準備のために全校集会が開かれている最中、準備期間中は所持が許されているスマートフォンが一斉に不気味な音を立てて鳴り響いた。
なんだ、地震か、いや、これは、Kアラートだ、今度は生徒の間からざわざわと騒ぎが広がった。
「某国よりミサイルが発射されました。国民のみなさんにお伝えします。○県、◇県、△県のみなさんは安全な場所に避難してください。できれば屋内にだめならば物陰に隠れるようにしてください。これは訓練ではありません。実際に起きていることです。」
「びーっ、びーっ。」
各人のスマホから鳴り響くと共に全校一斉放送が国からの緊急放送に切り替わり教室のスピーカーから大きな警報音が鳴り響く。
「生徒のみなさんは静かにしてください。頭を足の間にはさんで保護してください。」
加えて校庭に設置されている地元向け広報のスピーカーからも大音量で鳴り響いている。
「びーっ、びーっ」
複数の場所でどんどん大きくなる不気味な警報音で頭が痛くなりそうである。
「ミサイルは海上に墜落しました。警戒態勢を解いてください。」
このような状況が3日連続している。文化祭も近いというのに土日は外出を控えるよう政府方針が出されている。このままでは文化祭を開催することができなくなってしまう。
「このままでは文化祭の開催は難しいと思う、ミサイルの発射状況が好転するまで文化祭の開催は無期限延期にせざるを得ないと思うが生徒会はどう考えるかね。」
校長室に呼び出された静奈と涼子は学校長より相談を受けた。状況としては相談というよりも申し渡しに近い言い方なのが気になる。もともと校長は静奈たち生徒会の面々を良く思っていない節がある。
「やっぱり大根坂かな。」
校長のメンツをつぶしたことでどうにも静奈たちはやりにくい状況を作ってしまった。よりによってこの場面でメンツ回復にしなくてもいいのにな、と涼子は思った。
「国の方針とあれば、文化祭を高校生がやっているどころではないので、無期限延期か中止もやむを得ないと考えます。が、学校で開催を決めることができるのであれば、校長先生の英断でなんとか実施してください。生徒も地域の方もうちの文化祭を楽しみにしています。」
「まあ、もうじき国の方針がでるだろうから、その時にはっきり決めればいいだろう?。君たちの意見ではどうしようもないこともあるんだよ。それがわかればよろしい。」
静奈と涼子はうなだれて校長室を後にした。
「ちぇー、校長のやつ、こんなところで仕返しするなんて、大人げないな。でも、こればっかりはやつの言うとおり、私たちじゃあどうしようもないことだね。」
「そうだね~、どうしようもないかもね~。」
この緊急事態でも静奈はほわんほわんしたままらしい。
「ああー、むかつくー。」涼子がいらいらして叫んだ。
その日の午後、全校集会で校長から重要発表があるとして、全校生徒が集められることになった。内容がわかっている静奈と涼子は体育館への足取りも重い。体育館の玄関をくぐったころ、放送が入った。
「生徒会長御鏡さん、副会長玉川さんは校長室に大至急来てください。」
「失礼します。御鏡と玉川です。呼ばれてまいりました。」
校長室には今井村長と静奈たちが初めて会ったスーツ姿で眼光鋭い男2二人がソファに座っている。校長が3人と対応している。
「御鏡さん、この方々があなたに話があるそうだ。」
村長だけでも嫌な相手なのに政府筋の高級官僚も一緒とあって校長は今までに見たことがない低姿勢である。
「御鏡様、お久しぶりです。そして、玉川さんもお元気そうですね。」
今井村長が深々と頭を下げた。
「ああー、村長さんだ、お久しぶりです。あれえ、静奈は様付けになってるし・・。」
涼子は静奈と顔を見合わせた。スーツ姿の男2人が立ち上がって静奈に頭を下げる。
「初めまして、御鏡様。我々は内閣総理大臣室特務M機関の者です。」
「こちらこそ、こんにちは~。Mさんがなんの御用ですか~。」
涼子は内心びびってしまい、生きた心地がしない。
「ははっ、静奈様にお会いできて光栄です。」
「え~、私はそんな光栄になるほどのもんじゃないです。」
静奈はとんちんかんな応答をしている。
「鍛錬は日々重ねておりますが、不調法があったらすぐにご指摘ください。」
M機関と名乗った男たちは見かけによらず低姿勢のまま静奈に挨拶を重ねた。
「御鏡様、昨年は役場までおいでいただきありがとうございました。今日お連れしたのはM機関のお二人です。私はですね、村長になる前はこのM機関に勤務しておりました。この二人は当時の部下だが、今は私よりも出世しているはずです。」
「M機関ってなんですか~。」
静奈が村長の顔を見ながら訪ねた。
「M機関は、」
村長は言葉を切った。そして秘密を打ち明けるように声を潜めて続ける。
「女神様を現代の力でサポートする政府機関です。総理大臣であってもM機関の力なしには政権を運営することはできません。」
「そうなんだ~。それは知らなかったです。」
「総理大臣に就任した最初の仕事は、M機関に出向いて女神様についてのレクチャを受ける事です。日本の最高機密をつかさどるM機関の一員であることは非常に名誉ある事なのです。ただ、このことを他所にもらすことは一切できません。私がM機関に籍を残したまま宮川村の村長になったのは、御鏡様の近くにいて護衛を兼ねつつ、すぐにお力になることができるようにするためだったのです。」
「それで、そのM機関が私になんの用でしょうか~。」
「御鏡様は、現在確認されているただ一人の女神様なのです。今回、外交分野で御鏡さんの神のお力にすがらなくては解決しないことが生じました。」
村長が答える。
「私の力とは。」
「あなた様の神の御力におすがりしたいのです。」
「またまた、そんな力はありません。私はただの女子高校生です。」
「いや、御鏡様のお力が本物であることはこれまでの活躍で証明されている。あなたは正真正銘現代に降臨した女神なのです。」
「それで、何をしろというのですか。私、ここの生徒会長なので、文化祭準備に忙しいんです。できれば今はここを離れたくないんだけどね~。」
静奈は半ば本気で答える。今の静奈に文化祭を成功させる以上に重要な課題はない。
「あなた様にお願いしたいのは、3日連続している某国のミサイル発射を阻止して頂きたいのです。ミサイルは今のところ海上に落下していますが、次は内陸部に落とすと通告が出ています。国として人に被害がでるのはなんとしてでも避けたい。しかし、このまま外交ルートを使った交渉では時間がかかりすぎて、某国の大統領は本当に内陸部に落とすでしょう。それを防ぐために静奈様の力にすがりたいのです。」
「そんな難しいこと、私には無理ですよ~。」
静奈は即答で断った。
「うまくすれば文化祭を予定通り開催できるかもしれません。」
村長からすかさず説得の言葉が入った。
「文化祭が開催できるのかあ~。」
静奈の心が少し動いた。
「御鏡様、ぜひお願いします。」
村長とM機関の2人が深々と頭を下げるのを見て、校長は目を白黒させている。自分のところの生徒が神様だといきなり言われてもぴんと来ないらしい。
「でも校長先生がうんといってくれそうもないんだよね~。文化祭より授業の方が大事ってついこの間念を押されたばかりだしね~。」
「学校長、文部科学省もこのM機関の管理下にあるんだがね。御鏡様のお力を借りることに何か異論がありますかね。」
「いや、滅相もありません。御鏡君、存分に協力してやってください。」
校長は顔を真っ青にして震えながら答えた。
「ほんとにいいんですね~、わかりました。私で何か力になれることがあるのならやってみましょう。」
「ありがとうございます。これで日本は救われます。では、すぐに出発の準備をさせてください。」
M機関の男たちは、持っていたアタッシュケースを広げると、中にセットされているシステムに二人が所持しているキーを差し込んだ。するとびーんという音と共にシステムが起動する。パスワードを入力し、いくつかのコマンドを入力する。
「それでは2人とも校庭に出てください。」
静奈たち2人と村長、M機関の5人は校庭に出た。ほどなくして近くの山間から大型ヘリコプタが飛来する。ヘリコプタは宮川高校校庭の上空で旋回を始めた。
「校庭にいる生徒は直ちに校舎内に入りなさい。」
最初は点のように見えていたヘリコプタはあっという間に降下し、宮川高校のグランドに着陸した。生徒たちは教室から何事が起きたのかと校庭をじっと見ている。ヘリコプタから数名の係員が降りると、外の扉を解放して静奈たちを招き入れた。
静奈が指定されたシートに着座するとすかさずシートベルトが装着される。静奈と涼子は並んで座り、その両端をM機関の二人が挟んで着席する。準備が整うとヘリコプタは地面からふわりと浮き上がった。上空で一度旋回すると北へ向かって全速前進し、北方約60kmの位置にある地方空港に向かった。
「狭い機内ですが、短時間ですので、ご容赦ください。」
前方の席に座った村長から静奈に声がかかった。
「私、ヘリコプタに乗るのなんて初めてだよ。うるさいけどけっこう快適だね。」
30分ほど搭乗するとヘリコプタは小さな空港に着陸した。そこには手際の良いことに既に政府専用機が離陸準備を終えて待機していた。静奈たちは政府専用機に乗り込むと機体はただちに離陸を開始した。
「ぴーん、本機は水平飛行に移りました。しばらくは安定した飛行をお楽しみください。」
機長よりアナウンスがある。
「初めて乗った飛行機が政府専用機なんて私くらいのもんだろうな~。」
シートベルト外しながら静奈は涼子に話しかけた。
「これからどこに連れていかれんだろうね。」
2人がようやく話をする余裕が出たころ、村長が静奈の前にびしっとスーツを着こなした60歳を過ぎたくらいの男性を案内した。
「あっ、この人、知っている。もしかして、総理大臣さんかな~。」
静奈が顔を見るなり、声をかけた。
「お見知りいただき、大変光栄です。現総理大臣阿川です。静奈様、よろしくお願いします。」
旅客機の中に既に搭乗していたのは、時の内閣総理大臣その人である。M機関の二人が起動したシステムはM有事発生時対応システムである。これが起動すると直ちに政府専用機は首相を乗せて離陸する仕組みらしい。大変なことになった。涼子は豪華なソファにシートベルト閉めたまま離陸上昇する旅客機内で緊張の極致に達していた。
「御鏡静奈様、今回は無理をお願いして大変申し訳ございません。日本をお預かりする内閣総理大臣として、御礼を申し上げます。あなた様のことは内閣総理大臣に代々引き継がれる国家の最高機密なのです。
そして、その補佐である玉川涼子様にもお手をわずらわせてしまい、申し訳ありません。」
テレビでしか見たことがない本物の総理大臣が今静奈と涼子の前に直立不動の姿勢を取って敬意を表しているのである。
「静奈様に今回お願いするのは、某国大統領との秘密会談への同席です。かの国はミサイルを我が国へ3日連続打ち込み、脅しをかけております。こちらからの説得に耳を貸しません。今までも同じ状況はあったのですが、今までとはちょっと違う報告が入っています。某国では大統領を止める側近はおらず、暴走状態かもしれません。このままだと戦争に発展しかねない状況なのです。」
「そんな相手を説得なんてできるのかしら。」
つい涼子が口をはさんでしまった。
「大統領との秘密会談をする約束までは取り付けております。お恥ずかしい限りここから先の展開が描けておりません。静奈様に同席して頂き、かの国の大統領に我が国との平和条約締結についてうんと言わせて欲しいのです。日本国首相として力不足を恥じたうえでのお願いです。どうかご協力お願いします。」
静奈は
「ふ~ん。」
と事情を聞いていた。
「で、私は具体的にはどうすればいいのかな~。」
静奈はあまり乗り気でない。興味なさそうにしている。
女神様は日本という国家の守り神ではない。普段は何もしてくれないが、興味を持ってもらえれば気まぐれに協力してくれる可能性がある、というのがM機関の分析結果である。
「静奈様は某国との首脳会談の折に、首相側近として誠に失礼ながら私の部下として近くにいていただきたいのです。いるだけでかまいません。」
「ほんとに傍にいるだけでいいのかな~。」
つまらなそうに出来の悪い弟の隠し事を探るように質問する。
「すみません、説明が足りませんでした。傍にいて、神としての力を使って頂きたいのです。」
「あなたはどこまで私のことを知っているのかな~。」
「静奈様は古来日本の八百万の神々の一人だと伝えられております。そのお力が今回必要なのです。」
「ほんとうにそれだけかな~。」
言葉はゆるいが刺すようなまなざしで総理大臣に問う。総理は意を決して静奈にこたえる
「すみません、もし、交渉が決裂した場合には大統領を失脚させて欲しいのです。」
失脚ってどうすればいいのかしらね~、まさか殺せってことじゃないよね~、静奈は一人でぶつぶつ何か言っている。しばらくすると顔を上げて答えを告げた。
「わかりました。協力しましょう。」
「ありがとうございます。」
飛行機内で静奈と涼子は高校の制服から準備されていた黒色のビジネススーツに着替えた。白のブラウスに黒のタイトスカート、同じく黒のジャケット着こむ。地味ではあるが洗練された服装に加えて専属のスタイリストさんがやぼったい田舎の高校生を出来る大人の女に仕上げてくれた。
化粧を施された静奈と涼子は
「ほほ~。」
だの、
「なかなかいいね。」
などとお互いにはしゃいでいる。
総理大臣のいる居室に戻ると、打ち合わせをしていた面々が
「日本を代表する素敵なレディーが二人も現れたよ。素敵だね。」
などと口々に言うものだから、緊張感をちょっとの間だけでもほぐすことができたのである。
某国の領空に入ると、さっそく迎撃用戦闘機が出迎える。過去に撃墜事件を起こしており、機内は緊張感に包まれた。今日は迎えと護衛のためにスクランブル発進したらしく、政府専用機は高度を徐々に落として着陸態勢に入った。軽いショックと共に某国飛行場に無事着陸する。飛行場の見える範囲にはこれといったものは何もない。
「なんか寂しいとこだねえ~。」
政府専用機からタラップを使って地上に降りる。すぐ下に黒塗りの乗用車が横付けされており、静奈達は乗り込んだ。車内では誰もしゃべることがなく、重苦しい空気が支配している。
「ねえ、この車はどこに向かっているの~。」
静奈は沈黙を破って助手席の軍服を着た護衛らしきいかつい男性にしゃべりかけた。
「jdgflakaldjfa;」
返事をしてくれたようであるが、日本語ではないでの静奈にはわからなかった。
「日本語しゃべれますか。」
「ホトンドワカラナイ。」
「なんだ、しゃべれるじゃないですか~。」
「ヨケイナコトヲシャベルトアトデオコラレルマス。ダカラダマッテイマス。」
これを聞いていた運転手が口をはさんだ。こっちが現地語らしい。
「rutiehdjsfnshd。」
「これからどこへいきますか。」
静奈は改めて二人に質問した。
「ダイトウリョウカンテイニムカッテイマス。」
「そうなんだ~、ありがとっ。」
「こっちの兵士が車に乗せている乗客に話をするなんて私は初めて見ましたよ。」
M機関の一人が驚いて静奈に耳打ちした。
車は首脳会談会場らしき大きな建物のこれまた大きな車寄せに滑り込んだ。車から降りると迎賓館らしきその建物内に全員が入った。
玄関から会談の間らしい豪華な部屋に入いると総理大臣は指定の椅子に着席する。その横にM機関の二人、そのさらに後ろに静奈と涼子が控える形となった。今井村長はさらにその後ろに控えている。
ほどなく某国大統領がこちらと同じ5人の取り巻きを従えて現れた。机をはさんで同じように着座する。
「ハジメマシテ、ダイトウリョウノSIです。」
「日本国首相です。」
双方挨拶から会談は始まった。
「今年、この国は干ばつが激しくて・・・」
「日本は酷暑に参っています。」
「その結果、主食の米の収穫量が激減している。しかし日本の輸出制裁のおかげで輸入することもできず、国民は食べるものがない。」
「では、制裁が解除されるようにこちらの要求を呑んではどうか。」
「それは簡単にはできない。」
「大統領権限で行えば問題ないのではないか。」
様々なテーマで揺さぶりをかけるが、どれについても最後は結論を出すことが出来ずに、あいまいに終わりになってしまう。
会談が始まって2時間が経過した。外交についてはど素人の静奈にも某国が何かを待っているのがわかる。
「退屈だね~。お腹も空いたし。」
一人一人の机には蓋つきの湯のみが用意されている。セットで急須らしきものもあるので、のどが渇けばこれを飲めばいいらしい。
「もし、何か入っているといけません。お飲みにならないほうが賢明です。」
静奈は湯飲みからお茶らしきものを飲もうとしたが、M機関の二人に小声で制止された。
「でもね~、のど渇いたんだよね~。大丈夫だよ。」
余計なことを言うなとばかりに静奈は湯飲みの蓋を外すと手に持って一口飲んだ。どうやらジャスミンティーらしい。
「うん、なかなかおいしいよ。ダイジョブだよ。」
お茶を一口飲むことも不自由な会談に座っているだけの静奈のいらいらが高まる。
「ぐうぅ~。」
静奈のお腹から可愛い音が鳴った。これは、まずい。非常にまずい。隣に座っている涼子は誰よりも緊急事態を危惧し始めた。
「く~。」
静奈が腹を空かせて今までにいいことがあったためしがない。そういえば、久しぶりに静奈のお腹の音を聞いた気がする。前に聞いたとき、どうやってなだめたんだっけ。涼子は緊張と空腹でぼーっとした頭で必死に考えてみる。しかし、静奈に何かおいしいものを食わす以外解決方法を思いつかない。
「それは承知できない。」
大統領の何回目かの要求を否定する言葉が日本語に通訳されて首相に伝えられた。
「こんなのが外交なの。こんな白々しいやり取りで国同士が仲良くなれるわけないじゃん。こんなんだったら最初から、やるかやらないか、イエスかノーか、だめかいいのかソッコーで決めりゃあいいじゃん。ばかばかしいったらありゃしない、駆け引きとかけてばかばかしいと説く、 その心は頭に来る、来る、来た、もうガマンできない・・・。お腹が空いた~。」
静奈の顔から表情が失われたことに気が付いたのは涼子である。この表情は非常にまずい。
「ああっ、静奈、だめ~。」
涼子の小さな叫び声にM機関の二人が呼応するように静奈の前面に立って守りの体制に入る。
「こんなくだらない会は不要とみなす。どいつもこいつも我の言うことに従え~。」
静奈の髪が逆立った。全身が虹色に発光を始めている。静奈の本気の力を初めて目にする周囲の人たち。本物の神の力のオーラに圧倒される。いつの間にか首相も大統領も静奈に完璧に魅了されてしまい、敬虔な使徒のように二人並んで神の言葉を待つ。
「2人は仲良くしないとだめだぞ~。」
「ははっ、わかりました。仰せに従い、両国は平和条約を直ちに締結、某国と交流を再開します。」
2人の言葉を聞き届けると静奈は、神の言葉を発した。
「
よかろう、直ちに食事を用意しなさい。もちろん、デザート付きだよ~。」
次の瞬間、静奈はまた元の静奈に戻っていた。
「てへ、またやっちゃったかな。でも、平和条約を結ぶことができたんだから、全てよし、だよね。よかった、よかった。」
こうして、静奈は日本国総理大臣と某国大統領とが平和条約を結ぶことに成功したのである。
「あれが、本物の神なのか。M機関に伝わる話はただの伝説ではなかった。」
静奈の力をまじかに見た首相は放心状態となってつぶやいた。目の前にいるの女の子と言ってもおかしくない年頃の少女はいわゆる「神が憑いた」状態ではなく、本人が神そのものであることを自分の目で確かめてしまった。
500年ぶりに神の降臨を目にした現首相は運がいいのか、はたまた最悪なのか、すぐには判断は付きそうにもなかった。それは某国大統領にとっても同じである。某国にとって今後神の存在知ってしまった事がどのように影響するのか全くかわからない。
某国には八百万の神などという概念はなく、この大統領が初めて経験した。今までにない状況を抱えた首相は当面さらに頭を悩ますことになるであろう。
M機関によれば前に神と会ったのは武田信玄か徳川家康らしい。その結果何が起こったのか。江戸幕府はその内情を外に示すことはほとんどなかった。あの時、何かを国全体で隠すように鎖国まで突き進んだのである。
何はともあれ、某国と秘密裏に平和条約を結ぶことに成功した首相は詳細な事務手続きは事務官に任せて、政府専用機に乗り込み帰国の途についた。
「ねえ、うちの学校の文化祭、予定通り開催して大丈夫だよね?。」
静奈は機内で首相に詰め寄る。
「も、もちろん大丈夫です。行事中止を取り消す通告を直ちに出すように文科省に連絡します。」
「よかった~、じゃあ、すぐ学校に帰るね~。このまま送ってくれるよね~。」
「この飛行機では無理なので、途中でヘリコプタに乗り換えますが、それでいいですか。」
「どうでもいいけど、なるべく早くお願いします。それとお腹が空いたな~。」
そういうが早いか静奈のお腹からまた、くぅ~、とかわいらしい音が聞こえた。
「えへへ、失礼しました。」
ぺろんと静奈は舌を出して笑った。某国で起こった状況を見ている首相とM機関の面々は背筋がぞくっと震えた。
30時間ぶりに静奈は宮川高校に戻ることができた。校庭にヘリが着陸すると静奈と涼子は振り返りもせずに体育館に猛ダッシュする。
「そんなに急ぐと転びますよ。」
日本を代表する実力者、それも首相がいう言葉ではないが、本気で心配している様子がわかる。
「そんな場合じゃないの~、なんとか文化祭の開会式に間に合いそうなんだからね~。」
そう言って全力で走る静奈はどこにでもいる女子高校生にしか見えなかった。
終わり
初めて投稿します。御鏡静奈はまだまだ活躍します。応援よろしくお願いします。