事情聴取 (現実)
(現実世界)
取調室に連れて行かれた俺達は、別々に事情を聴取されることとなった。
二人同時ではないのは、口裏を合わせられないようにするためなのだろう。
丸顔の、五十歳ぐらいの男性刑事さんが、
「あのとき、彼女さんが『やばい』って言ってましたよね? あれ、どういうことか教えてくれませんか?」
と、意外にも優しい口調で聞いてきた。
まだ現段階では任意同行なので、きつい取り調べではないのかもしれない。
しかし、下手にウソをついたりすれば厳しく怒鳴られるに違いない。
その証拠に、もう一人、起立してこちらを見ている厳つい顔の、四十歳ぐらいの刑事さんは、睨み付けるような表情だ。
俺は、自分がしでかしたことを、洗いざらい白状した。
趣味で、会社での出来事や人物をモデルにしたライトノベルを作成し、それを公開していたこと。
そして調子に乗って、最近の話で、実在する山口という元社員を、そのままの名前で敵として登場させてしまったこと。
バグを量産させる妖魔として、俺が惨殺するという酷いストーリーだったこと。
彼には申し訳ないことをしてしまったと、後悔と謝罪の念を伝えた。
すると、二人の刑事さんは、なぜか首を傾げ、困惑した表情を浮かべていた。
そして最も気になっていた事を話す。
同じく事情を聞かれているはずの美香には何の責任も、関係もないこと、そして彼女は妊娠しているので、早く解放してあげて欲しい、と伝えたのだ。
すると彼等は驚きの表情を浮かべ、部屋の隅で何かヒソヒソと話しをした後、厳つい顔の刑事さんが部屋を出て行った。
「もうしわけない、彼女が妊娠していることは我々も把握出来ていませんでした。念のためあちら側に配慮するよう伝えに行ったので、ご安心ください」
と笑顔で言われたので、胸をなで下ろす。
すぐに厳つい刑事さんは帰って来て、向こうは一通り事情が聞けたので、先に帰ってもらうことになったと言ってくれた。
「……それで、先程の続きですが……その小説……ライトノベル、とおっしゃいましたか。ネットで公開している、という事でしたよね? それを見せていただけませんか?」
そう言われ、ノートPCを差し出されたので、俺は素直にアドレスを入力してその内容を見せた。
二人の刑事さんは、真剣な表情で読み始めた。
……数分後、二人はニヤニヤと笑みを浮かべ始めていた。
そしてフトシが魔獣に襲われるシーンを見て、
「……えっと、これって、ひょっとして貴方の上司がモデルですか?」
と聞かれたので、
「はい、そうです、すみません」
と謝罪すると、二人とも吹き出した。
どうやら、笑いを必死に堪えていたらしい。
「……いや、これは失礼しました。あまりに面白い内容だったので……土屋さん、文才ありますねぇ」
「そ……そうですか? ありがとうございます……」
怒られると思ったのに褒められたので、今度はこっちが困惑する番だった。
想像より長い小説だったことに、二人は驚きと呆れの両方を見せていて、
「時間がかかりそうなので、後でじっくりと読ませていただきます。それよりも、その山口さん、でしたっけ? その人が登場するシーンを見せていただけますか?」
「あ、はい、こちらです……」
と、最新話を見せた。
すると二人とも、また笑いながらそれを見て、
「……な、なるほど、土屋さん、貴方はこれを山口さんに無断で、この投稿サイトに掲載してしまったことが問題だった、と思ったわけですね?」
「あ、はい……違うんですか?」
真顔でそう質問した俺に対して、二人は顔を見合わせた。
そして丸顔の刑事さんは一度咳払いをして、
「いやいや、そうではないんです……実は我々、ある方から告発を受けましてね……貴方が、会社の機密情報……具体的には、開発中だった重要プログラムのソースコードを、外部に意図的に流出させたのではないか、という疑いを持っている訳なのですよ」
「……はっ?」
俺は数秒間、フリーズした。
「……ちょ、ちょっとまってください。そんなの、寝耳に水です。そんなこと、あるわけないじゃないですか。それに重要プログラムって何ですか?」
その俺の質問に、二人の刑事さん達は、さっきまでとは違って、睨み付けるような厳しい視線を向けてきた。
まるで、
「心当たり、あるんだろう?」
とでも言いたげな表情だった。
「……まさか、『ラ・ミカエル』の事ですか?」
そう、それはライバル会社の『月齢ソフトシステム』に丸パクリされた、次世代型の人工知能ソリューションシステムだった。
二人の刑事さんは、同時にゆっくりと頷いた。
「……そんなバカなっ! 俺はそもそも、あのソフト開発に関わっていなかったんですよ? ソースコードを入手できる訳がないじゃないですか!」
まくし立てるように反論する。
「……貴方が務める会社の、貴方のPCから、不正に社内のメインサーバにアクセスして、その『ミカエル』とかいうソフトのプログラムが盗まれた形跡が見つかったらしいんですよ」
「……俺のPCから? そんなバカな……」
俺は血の気が引いていくのを感じていた。




