絶対服従 (創作)
イクアスク王が張った結界により、会話は王と俺、王の側近の三人にしか聞こえなくなっているようだった。
そして王は、こう話を切り出した。
「軍の内部……それもかなり上層部に、裏切り者がいる可能性が高い」
えっ、と、俺は声に出してしまった。
「例えば、ヒステリック・モラハーラが商業都市カイケーイに侵攻した際も、我々の軍がまだ配備に着く前に、その手薄な箇所に攻め込まれ、痛手を負った……こんなことが何度もあった。軍の作戦は、その実行直前まで一般の兵士には知らされない。なのにまるで事前に我々の動きを把握していたとしか思えないような行動を取られていたのだ」
「……確かに、失礼ながら軍は後手後手に回っている印象がありましたね……」
「恥ずかしながらその通りだ。そのため、貴殿には多くの負担をかけてしまうことになったが……そして将軍達に勇者を紹介する、ということは、ある意味諸刃の剣、とも言える。目論見通り協力関係を構築することができたならば、相乗効果により大きな戦力となることができるだろう。しかし、万が一、裏切り者により貴殿の動きが察知され、邪鬼王側に先回りされるような事態になれば、貴殿にとって命の危険さえもたらされかねない。それに、正直、裏切り者など存在していなかったとしても、勇者の事を快く思っていない者が、軍内部には一定数存在するものと思われる。その理由は……まあ、一言で言えば『嫉妬』だ」
「嫉妬……ですか……」
思いがけない言葉だったが、なんとなく分かる気はした。
本来であれば、ハラスメント四天王は国王軍の騎士や兵士が倒すべき敵だったはずなのだ。
それを、勇者を名乗る異世界からの転移者が、碌に戦略も練らずに次々と倒したものだから、軍の中には不満を持つ者もいただろう。
「……とはいえ、将軍達は皆、国家の安泰を望んでいるし、邪鬼王を排除すべき最凶の敵とみなしていることには間違いない。私に対して、『忠誠』の契約魔法も結んでいてくれるのだ……記念パーティーには、貴殿の仲間達と共にぜひ参加して、親睦を深めて欲しい」
イクアスク王は、(アイザックとは違って)最後まで威厳のある言葉で、そう締めくくった。
その後、レイの転移魔法でアイザックの館に戻った俺は、まずそのアイザックにイクアスク王と面談した内容、つまりパワハーラ・ザイゼン討伐記念パーティーに仲間達と共に招待されたこと、パーティー会場で将軍達と会って親睦を深めるように奨められたこと、そして軍内部に裏切り者がいる可能性、等について細かく報告した。
彼が特に反応を見せたのは、やはり『裏切り者』の事だった。
「……確かにその可能性は否定できんな……勇者であるそなたであれば、その能力の高さゆえ、たとえ不意に戦いを挑まれたとしても、人が相手であればまず破れることはないじゃろう。しかし、そのような直接的な裏切り行為をしてくることは考えられん。ネチネチと罠に嵌めるような、いやらしい手口を用いてくるかもしれん……それはイクアスク王にとっても同様じゃろう。全ての騎士や兵士に『忠誠』の契約魔法を使用できればいいのじゃが、手間と魔力がかかる儀式が必要じゃからそうもいかん……気を付けろ、としかアドバイスのしようがないな……」
アイザックは、いつになく真面目に答えてくれた。
かつての盟友、イクアスク王に対しても、心配しているように感じられた。
そして、俺とレイの二人だけで遠出していたことをいぶかしがる仲間達(特にミキとユウは拗ねていた)に、勇者としてイクアスク国王と極秘会談したことを説明すると、シュン、フトシ含めて、みんな目を見開いて驚いていた。
裏切り者の可能性についてはあえて触れず、パワハーラ・ザイゼン討伐記念パーティーに招待されたことを告げると、みんな、自分達の行動が評価されたと喜んだ。
特にフトシは上機嫌で、
「どんなご馳走が出るのだろうか、褒美は何なのだろうか、ひょっとしたら美女のおもてなしがあるのではないだろうか……」
と期待に胸を膨らませている様子で、
「ヒロ君、君と一緒に旅ができて良かった」
と握手を求められた程だった。
ところが、わずか数時間後、そんな浮かれた状況が一変する。
イクアスク国王から、通信の魔術具を持たされているレイに、直接指令が入ったのだ。
その内容は、聞いた瞬間に天を扇ぐほどのものだった。
「邪鬼王軍が、妖魔数万を従えて、リエージェに攻め込む準備をしている。勇者ヒロとその一行は、各将軍達の戦略会議に参加して欲しい!」
その知らせを聞いたフトシは、数秒間絶句した後、
「……なんてことだ! パーティーどころじゃないじゃないか! だから私は反対したんだ!」
と喚いていた。
何かに反対された覚えなんか、ないんだけどな……。
そんなに嫌なら、勇者一行のパーティーから抜ければいいと提案したのだが、
「君は何を言っているんだ! 国王陛下直々の命令なんだぞ、従う以外に選択肢など、あるわけがないだろうが!」
と怒られてしまった。
どうもこの辺り、サラリーマン時代の思想が抜けていないようで、
「社長命令には絶対服従」
という呪縛に捕らわれているらしい……ちょっと可哀想な気もする。
とにかく、一気に緊迫した、きな臭い雰囲気になってしまったので、まず状況把握のため、今度は俺とミキ、ユウ、シュン、フトシ、レイの六人で、王都に向かう事となったのだった。




