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エージェント (現実)

「こんにちは、土屋さん。ひょっとして美香さんも一緒じゃないですか?」


 ドアホン越しに、笑顔でそう話しかけてくる虹山秘書。


 俺は一瞬、美香の顔を見た。

 すると彼女は、頷いてドアホンの側に来て、話しはじめた。


「はい、一緒ですけど……何かありましたか?」


「ごめんなさい、お邪魔だったかしら? さきほど、美香さんのお宅にお邪魔したのですが、お留守だったので、ひょっとしたらこちらかと思って、伺ったんですよ」


 相変わらず笑顔でそう語りかけてくる虹山さんだが、それがかえって不気味に思えた。

 とりあえず、ドアホンごしに会話を続けるのも失礼だと思ったので、美香と目で合図して、中に入ってもらう事にした。


「……突然、ごめんなさいね……えっと、優美さんや瞳さんはいらっしゃらないのですか?」


「はい、二人だけです」


 俺がそう答えると、


「あら、じゃあ、なおのことお邪魔でしたか?」


「いえいえ、世間話しかしていなかったので、全然大丈夫ですよ」


 美香も笑顔だが、絶対にまだ「なぜこの人が、一人で来るの?」と不審に思っているに違いない。


「でも、二人ともいらっしゃるんでしたら、ちょうど良いタイミングです。土屋さんには少しお話していたのですが……」


 そして彼女は、昨日俺に話したことを、もう一度、美香にも説明を始めた。


 社長からの伝言で、『社内エージェント』になって欲しい、ということ。

 社内で不正を働いたりするような者がいないか、社長直属の監視員として秘密裏に調査する仕事となること。

 通常の給与以外に、活躍に応じて社長から直接報奨金が支払われること。


 美香は目を丸くして、


「そんな話、信じられません……」


 と、当初の俺と同じような返事をしていたが、


「土屋さん、美香さん、優美さん、それに風見さんは、みんな同じような活動を自主的にしていたではないですか」


 と言われ、


「……そう言われれば……そうですけど……」


 と返すしかなかった。


「え、それじゃあ、優美ちゃんも、風見君も、その『エージェント』なんですか?」


「風見君はすでにそうです。けれど、優美さんは……あの温泉旅行で少しだけ一緒に時間を共に過ごしましたが、新入社員と言うこともあり、まだ時期尚早かな、という印象を受けました。心苦しいところですが、秘密にしてもらえれば幸いです」


「……そうですよね……優美ちゃん、純粋ですから……」


 美香はそう言って頷く。 

 そして彼女は、俺の方を向いた。


「……ツッチーがさっき言ってた、『特命』ってこのこと?」


「ああ、そうだよ」


「虹山さんが温泉旅行で一緒になったのも、偶然じゃなくて、その『エージェント活動』と一環、っていうことですか?」


「そういうことになります……黙ってて、ごめんなさいね」


 そこまで聞いて、美香は思案顔になった。


「……ツッチーは、どうするつもりなの?」


「まだ決めかねてる」


「そうよね……」


 そう言って、美香はまた虹山さんの方を見た。


「……えっと、じゃあ、虹山さんがツッチーにいろいろ話をしているのは、そのことなんですね?」


「ええ、そうですよ……ひょっとして、それ以外の理由で私が土屋さんに接近している、と思いました?」


「……いえ、そういうわけでは……」


 赤くなる美香に対して、虹山さんはニッコリと微笑み、


「大丈夫ですよ。土屋さんには美香さんっていうパートナーがいるわけですから、私が入り込む余地なんてないですし、そんなこと考えてもいないですよ。でも、できれば周りからは、二人にとって仲の良いお友達、ぐらいに考えてもらえるようになれば嬉しいな、って思ってます。そうすると、プライベートで集まっても不審に思われませんし、エージェントの話もしやすいです」


「……温泉旅行も、そういうことだったんですね……」


「でも、素直に楽しかったですよ。若、って言われたときの土屋さん、照れ具合が面白くて……」


「そうそう、あれ、傑作でしたね。当分、あれでからかえそうです」


「人の気も知らないで……あれ、相当恥ずかしかったんだぞ!」


 俺が反論すると、二人とも大笑いしていた。


 その後はしばらく、備前専務のその後や、世間話、雑談が続き、なんだかんだで、打ち解けてきたような気がする。


 また、美香が、


「虹山さんは、ツッチーの書いている作品を読んでいますか?」


 とストレートに聞いたのだが、彼女は


「えっ……土屋さん、なにか書いているのですか?」


 と、まったく表情を崩さずに答えたので、美香は


「あ、だったらいいです。ところで……」


 と、別の話題に振っていた。


 気がつけば一時間ほどすぎていた。

 虹山さんは、


「エージェントの件、二人でゆっくり話し合って、考えておいてくださいね」


 と言い残して、帰っていった。


 二人だけになって、美香は、


「……レイって、虹山さんがモデルよね?」


 と切り込んできた。


「あ、ああ、まあ、一応」


「主人公、彼女の裸も見てるよね……どういうこと?」


「いや、あれは、ラノベのお約束って言うか、ハーレム展開で……」


「混浴してたけど……実際は見てしまったりしてないよね?」


「してない、してない! 湯浴み着着てたの、知っているだろう?」


 慌ててそう弁明した。


「どうだか……まあ、それは信じたとしても、虹山さんの言葉……全部信じられる?」


「どうかな……いや、別に今の時点で信じなくてもいいんじゃないのか?」


「えっ……どういうこと?」


「仮に『エージェントになります』って了承して、その依頼内容がヤバそうだったら、断ればいいだけだろう?」


「……じゃあ、話自体は受けるつもりなの?」


「ああ、今書いている小説のネタにもなりそうだ」


「ダメ! 下手にそんなことしたら……社長……いえ、その、誰が見ているか分からないでしょう?」


 俺としては冗談っぽく答えたつもりだったが、予想以上の剣幕で、美香に反対された。


「そうか? いや、絶対に分からないようにするつもりだけど……」


「……だったら、せめて、投稿する前に私に見せてくれない?」


「……そんなに心配なのか?」


「うん……口出しはしないつもりだけど、ヤバイかどうかの見極めはできると思うから……ツッチーのこと、支えたいの。だから、ツッチーがエージェントの話、受けるんだったら、私も受けるよ」


 美香の目は、真剣だった。

 軽い気持ちで


「受けるつもり」


 と言ってしまった俺が、ちょっと恥ずかしく思った。


「……いや、いっそのこと、美香にもシナリオ、手伝ってもらったらいいのかな。よりぶっ飛んだ話が書けるかもしれない」


「それってどういう意味? 私に常識がない、ってこと?」


 イタズラっぽく笑いながらも、彼女も、少し興味があるようだった。


**********

(翌日の午後、社長室、第三者目線)


「……というわけで、土屋勇斗さんと火野美香さんが、条件付きながらエージェントの話を受けるということでした」


「……内容を聞いてから、か……まあ、慎重になるのは当然だろうな」


 虹山秘書の言葉に、二階堂社長は深く頷いた。


「やってもらいたい仕事はいくつかあったと思うが、君としては、どれを任せたい?」


「そうですね……最初は、タイムカードの不正利用をしている社員の調査、ぐらいがいいのではないでしょうか?」


「いや……それならエージェントでなくても、総務部の人間にでも任せられるだろう。やはり、ここは『社内に入り込んでいると思われる他社エージェントの炙り出し』を頼んでみたい」


「……いきなり、ですか……彼、警戒するのではないでしょうか」


「それなら、依頼自体を他言無用と念押しした上で、断らせればいい……私としては、彼はこちらの方がタイムカードなどより興味を示しそうに感じている。彼には期待しているんだ」


 二階堂は、不敵な笑みを浮かべた。


「なるほど……わかりました。それと、そのことを彼が例の小説に書かないか心配なのですが……」


「いや、それは大丈夫だ。もう手を打ってある。というか、手を打たれていた」


「……なるほど、美香さん、ですね。しっかりものの彼女がいれば安心です。ところで……作中、レイという少女が登場するのですが……」


「ああ、あれは君がモデルだろう。本当に二人だけで混浴したのか?」


「……やはり、そんなふうに誤解されていましたか」


 虹山秘書は、深くため息をついた。


「二人だけの時間があったのは確かですが、湯浴み着を着ていましたので。そこで少し、エージェントの話をしただけですよ」


「ははっ、君でも少しはムキになる事があるんだな。まあ、そういうことにしておこう……続きが楽しみだな」


「……ええ、そうですね……」


 二人はそう言って、揃って微笑んだのだった。

※土屋はまだ『ダンディ』の正体を知りません。


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