混浴 その⑦ 星空(現実)
「ま、まあ、俺が入っていないときだったら湯浴み着はいらないかもしれないけどね」
ちょっと焦りながらそう言うと、
「単純に、湯浴み着を着ていたら体が洗いにくいっていうだけですよ。私達が体を洗っているその間だけ、待っていてもらえましたら、一緒に入れますけど。でも、それも土屋さんに失礼なお話ですよね」
虹山さんは真面目な事を言っているのだが、何か慌てる俺の様子を楽しんでいるような……。
「いえ、全然待ちますよ。俺だって気兼ねなく混浴……じゃなかった、露天風呂を楽しみたいし」
ちょっと言い間違えた事に対して、
「うわぁ、本音が出たっ!」
とか、
「若、やっぱりそんな目で見ていたんですねっ!」
とか、みんなから猛ツッコミを受けた。
「あと、今回湯船が、少し小さめの場所しか貸し切ることができなかったんです。洗い場はそこそこ広いのですが、湯船に一緒に入れるとすれば、せいぜい二人だけですね」
虹山さんの冷静な分析。でも、だったらわざわざ一緒に入る事無いのでは……。
そんな俺の思いを察したのか、
「今回、六十分っていう制限があるのですから、みんな入ろうと思ったら、やっぱり二人一緒に入るのがいいですよね。じゃあまず、美香さんとツッチーさん、一緒に入ってください。私達、その間に体、洗っちゃいますから」
優美は笑顔でそう進言してくる。
それに対して、美香は驚いたような顔をして、何か反論しようとしていたが、そこで一旦思案顔になり、
「……じゃあ、その後、私も体、洗いたいから、優美ちゃんがツッチーと一緒に入ってくれる?」
と話した。
「えっ……あの……いいんですか?」
今度は優美が驚いたような顔になっていたが、女性同士、何かをわかり合ったのか、頷いて双方とも納得したようだった。
悲しいかな、そこに俺の意思が介在する余地は無かった。
夜、八時半。
予定の時間となって、俺は腰にタオルを巻いて、その貸し切り露天風呂の湯船に浸かっていた。
檜の湯船で、ややぬるめだが、れっきとした温泉であり、一メートルほどの柵の向こうには夜空が広がっている。
天気も良く、綺麗な三日月と、この場所が田舎であることも幸いして、満天の星空となっており、昼間の大露天風呂とはまた異なる絶景だった。
……と、カラカラと引き戸が開かれる音がして、誰かが入ってきた。
俺は意図的にそちらを見ず、正面の星空に見入っていた。
するとその人物はかけ湯をして、湯船の方に近づいてきた。
「お待たせ、ツッチー。隣、入っていい?」
「ああ、いいよ……」
予想通り、美香だった。
もちろん、きちんと湯浴み着を着ていた。
ゆっくりと入ってきた後、ピッタリと俺に肩を寄せてきた……まあ、湯船が狭いので、必然的にそうなるのだが。
「……わあ、すごい、綺麗な星空ね……なんか、すごいね……」
いつもより、やや語彙が少ない……彼女も緊張しているのだろう。
そんな俺も、
「ああ……」
しか返せなかったのだが。
「……他の人達は?」
「うん、なんか……忘れ物したとか、先に歯を磨くとかで、ちょっと遅れてて……ひょっとしたら、気を使ってくれているのかな……」
「……そっか……そんな気を使わなくてもいいのにな……」
「本当ね……でも、ちょっと嬉しいかも。こんなシチュエーション、滅多に無いよ」
「ああ……そうだな……」
恋人と二人だけで、肩を寄せて露天風呂に浸かり、美しい月と星空を眺める……。ほんの少し前まで、想像すらできなかったことだ。
「……でもツッチ-、本当は優美ちゃんと方が良かった、とか思っていない? まあ、この後そうなるんだけど」
「そんなことないよ。湯浴み着だって着ているんだから、優美と二人で入ったとしても何とも思わないさ」
「……本当?」
「ああ、多分」
「あはは、本音が出たね……でも、本当にもし、優美ちゃんの方が私よりも先に、……お酒を飲んでいない状態で、真剣にツッチーに告白したとしたら……ツッチー、やっぱり優美ちゃんと付き合ってたんじゃないかな?」
「俺が? いや、それは無いと思うよ。優美は、俺には可愛すぎる」
「……自分には可愛すぎるっていうのは、否定したことになるのかな? それに、遠回しに私の事、可愛くないってディスってない?」
「そんなことないって」
苦笑しながら、俺はそう返した。
「あはは、だったらいいけどね。でも、もし優美ちゃんと、本当に付き合い始めてたとしたら……私が告白したとしても、ツッチ-、絶対に私に乗り換えたりせず、ずっと優美ちゃん一筋で付き合い続けていたと思うよ。そう考えると、単にタイミングが良かっただけなのかなって思ってしまう。そうしたら、ちょっと心のつかえ、みたいなのがあって……だからこの後、優美ちゃんと、本音で話できる時間となって欲しいって、そう思っているよ」
「……なんか、ずいぶん律儀なんだな。でも、俺は今、美香のこと……」
と、そこまで話したところで、またガラガラと扉が開いて、ワイワイと数人の女子が入ってくるのが分かった。
「ツッチーさん、美香さん、お待たせしました! 私も瞳さんも、虹山さんもやっと集まりました……じゃあ、私達、先に体と髪を洗いますから、こっち、見ちゃダメですからね!」
そんな忠告が聞こえてきて、その後、キャッキャという声と、シャワーを出す音、洗面器を置く音などが、賑やかに聞こえてきた。
そして後ろを向いた美香は、
「ツッチー、分かっていると思うけど……みんな一応タオルとかでガードしてるけど、裸に近い格好だから、絶対に後ろ見ちゃダメだよっ!」
彼女の一言に、俺は緊張しながら
「はい……」
と返事をすることしかできなかった。
※すみません、混浴編、長く続いていますが、次回もこの現実の続きです。
※引き続き、評価やブクマ登録、感想などを頂けますと、ヒロインや同僚社員一同と共に大喜びいたします。




