混浴 その② (現実)
美香から届いたメールの意味が分からず、俺は電話をかけてみた。
「……はい、もしもし。どうしたの?」
すっとぼけた声を返してきた。
「それはこっちのセリフだよ! なんだ、『変態さん』って!」
「なんとなく。そんな気がしただけ。まあ、女のカンかな?」
「訳がわからない……」
まったく心当たりがないので、何かあったのかと心配したのに、カンと言われると、この思いをどこにぶつければいいのか分からなくなる。
「……えっと、そうそう。ついでだから聞くけど、例の『祝勝旅行』、どこに行くか決まった?」
「いや……まだちょっと決めかねてる。そういうの、風見調べるの得意だし、車出すのもあいつだから任せてしまってるんだけどね……」
『祝勝旅行』とは、備前専務に勝ったことを記念して、みんなで遊びに行こう、と決めたものだ。
ちなみに参加者は、俺と風見、美香と優美が確定メンバー。
あと、旅行の日程と行き先によっては、サポートセンターの瞳も参加するかもしれない。
彼女には備前専務の一件は完全に秘密なのだが。
俺としては、社長秘書の虹山さんにもぜひ参加してもらいたいのだが、俺以外のメンバーとほどんど接点がないので、さすがに誘いづらい。
ちなみに日程は、第一候補はお盆休みとなっていて、もうすぐそこに迫っている。
「風見、最初は『海に行きましょう!』って言って捜してたけど、優美があまり日焼けしたくないって言ってたから頓挫したしな……」
「あ、それ私も言ったよ。もうあまり若くないから、肌トラブルは気になるの」
「まだ二十三だろ? 気にすることはないと思うけどな……ま、風見は単純にみんなの水着姿、見たかっただけなんじゃないかと俺は思ってるけどな」
「そんな、ツッチーじゃあるまいし……」
声が本気だ。
「ひどいなあ……あと、温泉旅行も候補に入れてたみたいだ。これは一泊するつもりで、旅館かホテル、真剣に捜してるみたいだぞ」
「温泉? ……なるほど、そういうことね……だからああいう話になったのね……ひょっとして混浴とか、捜してない?」
「ははっ、なんかそんな冗談、言ってたけど……今時混浴なんて、よっぽどの秘境じゃないと無理だろう? あったとしても、美香や優美が承諾してくれるとは思えないし、な」
「……でも、ちょっと想像してたでしょう? やっぱり、私のカン、当たってたね」
「な……違うって。俺としては、備前専務との戦いのために協力してくれたみんなが、楽しんでくれればそれで良いって思ってるよ」
今回の旅行、風見と美香、優美の旅行代は、俺が半分出す事を申し出ている。
「……ツッチーのそーゆーところは良い所なんだけどね。でも、あまり安請け合いしちゃダメだよ、SEになるんだから」
「まだ正式に決まった訳じゃないけどな」
と、そんなふうな会話をしているとき、何か警告音のような者が聞こえた。
「あれ? ……ごめん、優美ちゃんからメッセージが入ったみたい。ちょっと待っててね」
そう言われて会話が途切れ、一分ほど無言状態が続いた。
そして次に話しかけてきたとき、その声のトーンが変わっていた。
「もしもし! ちょっと、ツッチー! 優美ちゃん、『混浴のある温泉に行きたい』って風見君に連絡したらしいよ! 迂闊だった、あの子も見てるんだった!」
「へっ? 混浴の温泉……すごい偶然だなあ……それとも、風見が先に連絡取っていたのかな……それより、見てるって、何を?」
「……何でもない。困ったね、二人が意気投合しちゃったら、私達、止められないかも」
「まあ、大丈夫じゃないのか? さっき言ったように、『秘境』だったらそもそも行くのが大変だから候補にならないだろうし、そうでなければ、最近の混浴って、湯浴み着を貸してくれたりするところが多いみたいだし」
「……よく調べてるね」
美香の一言に、しまった、と思ったが、
「そ、そんなの常識じゃないか。この前、テレビでもやってたし」
と、ごまかした。
「……まあ、そういうのだったら、いいけどね……ただ、ツッチー、やっぱりずっと優美ちゃんのこと、推してるみたいに見えるから……」
「俺が、優美を? なんで?」
「……ま、それもカンね。うん、まあ……湯浴み着を貸してくれるところなら、私も入れるかな? なんかちょっと楽しみになってきたね。ほんとにいい旅行になるの、願ってるから!」
そう言い残して、美香は電話を切った。
やれやれ、なぜか最初は機嫌があまり良くなかったようだけど、会話の最後の方は、まったく普通に戻ってて、逆にハイテンションになってたから……電話してよかったと思うことにした。
ところが、この混浴のある温泉、『ワニ』と呼ばれる、ある意味恐ろしい魔獣? が、想像をはるかに超えて大量に出没することを、俺はまだ知らないでいた。
※次回もこの続きです。




