勇者の決断 (前編、現実)
(現実世界、創作最新話投稿の数日前)
備前専務が会社を去った翌日、俺は虹山秘書と二人だけで、打ち合わせスペースにて『社長からの伝言』を伝えられていた。
相変わらずの美形、知的でクールな印象だ。
俺よりいくつか年上の彼女、
「ごめんなさいね、本来であれば社長が直接お話するところなんでしょうけど、さすがに社長と土屋さんの二人だけで面談したとなれば、何事かと思われるでしょうから……」
と切り出してきた。
それはそうだ、俺だってそんな緊張する場面はなるべく避けたい。
っていうか、社長秘書と二人だけで面談でも、かなり何事かと思われるだろうけど……。
「……それで、社長からの伝言って、一体なんでしょうか?」
俺は早速本題に入った。
「そうですね、そのお話をしましょう。伝言は二つあって、まず一つは、社長室での、備前専務との攻防についてのお礼です。貴方に頑張っていただいたおかげで、思い通りに事を勧めることができた、感謝している、との事です」
「……いえ、こちらこそ、あの場に呼んでいただいて感謝しています。言いたかったことも言えましたし……」
「本当、備前専務にあれだけ言い返せるなんて……私も社長も、いい意味でちょっと驚いたんですよ」
彼女はそう言って、わずかに微笑んだ。
「いえ、なんていうか、無我夢中で……」
少し恥ずかしい思いで顔が熱くなるのを感じた。
「……それで、社長からの伝言……というか、提案なんですけど……土屋さんは、システム開発への復帰を望んでいるのでしたよね?」
(来たっ!)
と俺は思った。
プログラムを組むのが好きだった俺は、その職場に戻ることを熱望していた。
その事は社長も知っているはずだ……最大の障害だった備前専務がいなくなった今、社長なら簡単に俺の所属を変更できるはずだ。
「はい、できれば以前の環境で働きたいですっ!」
ここぞとばかりに、俺は自分の意思を明確にアピールした。
「でしたら、一つ、提案があるとの事です。けれど、それは貴方が望むものではないかもしれません。実は、システム開発の中でも、プログラマーは減らしていこう、という方針になっているのです。単純にそれだけならば、下請け会社への発注や、派遣社員の利用などで、より低コストで調達できますから」
「……へっ?」
思わぬ返答に、妙な声が出てしまった。
「そこで、社長が土屋さんに挑戦していただきたいと考えている職種……それはSE、つまり『システムエンジニア』なのです」
「……システムエンジニア……」
プログラマーとシステムエンジニアは、仕事内容が似ているようで、実は役割が大きく異なる。
プログラマーが純粋な技術職で、仕様書通りに動くソフトウエアをひたすら構築していくのに対して、システムエンジニアは、ある程度のプログラミング技術を身につけた上で、顧客と打ち合わせをして現状の問題点を抽出し、最適な提案をしたり、仕様を決めたり、といった、対顧客とのコミュニケーション能力や、システムデザインのセンスも必要とされる。
時には営業のように値段交渉をしたり、新規の仕事を取りに行かされることもある。
予算に応じた開発人員の割り振り、といった、マネジメント業務を任せられることもある。
いわばプログラマーの上級職であり、年収もやや高い傾向にある。
しかしその分、仕事内容はきついと聞いている。
短納期でプロジェクトを完成させないといけないときや、致命的な障害が発生したとき、その責任はSEに大きくのしかかってくる。
自ら提案して仕事を受注することにノルマを課せられていれば、相当なストレスになるという。
なにより、俺は人とのコミュニケーションが苦手な方だ。
知らない人と話をする、打ち解ける、というところまでは、まあ何とかなるのだが、問題は交渉能力、だ。
ようするに、『駆け引き』が苦手なのだ。
人が良すぎる、と言われることもあるのだが、自分に不利な条件でも、つい物事を受け入れてしまう。しかしそれでは、SEとしては失格だ。
俺が難しい顔をしているのを把握したのだろう、彼女は、
「もちろん、返事を今すぐに頂きたい、という訳ではありませんが、一週間後ぐらいには回答を頂いていいでしょうか」
と、考える時間を与えてくれて、その場は解散となった。
事務室に戻ったとき、美香、優美、風見の三人は、最初、面談に行っていた俺を祝福するかのように笑顔だった……しかし、俺の表情を見て、思い通りいかなかったことを悟ったのだろう、気まずそうな顔になった。
金田課長代理がいたこともあり、
「どうだった?」
と聞かれることもなく、その日、俺は定時で帰った。
その夜、美香から
「今から遊びに行っていい?」
というメールが来た。
特に断る理由もなかったし、本音を言えば会いたかったので、OKの返事を返した。
すると近所に住んでいる彼女、すぐにやって来てた……缶ビール十二本と大量のおつまみを抱えて。
「今日は花の金曜だし、朝まで飲みあかそーっ! 愚痴があるなら聞いてあげるよ!」
と、妙にハイテンションだった……っていうか、既に少し飲んでいるようだった。
そして俺も、少しビールを飲んだ後、彼女に昼間の、虹山秘書との話し合いの内容を伝えた。
「……そっかー、SEかー。確かに仕事としては大変だね。それで悩んだ顔してたんだ……でも、上級職じゃない。ちょっとした出世だし、悪い話じゃないと思うけどね」
「ああ、ありがたい話だとは思うけど、俺で務まるかなっていうのはあるんだ。俺、基本的に交渉ごととか、争いごととか、苦手だし。今まではせいぜい、社内の上司の嫌みや嫌がらせに耐えたり、ちょっと反抗したりする程度だったけど……まあ、備前専務は例外として。今後は、社外……つまり複数の顧客や下請けと、会社対会社として、ときには『切った張った』の立ち回りをしないといけなくなってくる。なんかのドラマとかでそういうの見てきたから、大変だろうなって思ってるんだ……どうして社長は、俺にそんな仕事、させようとしているのかなって不思議には思ってる」
俺は少し酔ってきたこともあって、考えていることを素直に美香に話した。
「なるほどねー」
美香は、そう言うと俺の顔をまじまじと見つめた。
「……どうした?」
「えっと、ツッチー、まだ気付いていないよね?」
「……何に?」
「社長の正体に」
「……はあ?」
意味不明の言葉を返されて、思わず妙な声を出してしまった。
「ううん、気付いてないのだったらそれでいいの……えっと、さっきの続きだけど……今までの話を聞く限り、社長はすごく、ツッチーに可能性を感じていると思うの。ゲーム風に例えるならば、備前専務と社長室で渡り合ったっていうツッチーに、『勇者の素質』を見いだしているんだと思う」
「……勇者?」
「そう。基本的に後方で指示を待つだけの魔法使いでも、ただ単に突っ込んで行く戦士でもなくて、魔法も、剣も使えて、かつ、冷静に仲間達を率いていくことができる勇者。ツッチーにはその素質がある……社長はそう見てくれているんだと思う」
「……俺が……勇者……」
美香の、思いも寄らぬ表現に、俺は戸惑いながらも、内から沸き上がる何かを感じ始めていた――。
※次回もこの続きです。




