直接対決 (決着編、現実)
「……なるほど、どこからかはわかりませんが、社長はそういう話を耳にされて、私をここに呼びされたわけですね。私が、孫請け会社の社長と会ったことがあるから、ひょっとしたら、なにか不正でもあるのではないか、と」
いつの間にか、備前専務の表情には笑みが戻っていた。
「いやいや、私としてはまさかそのようなことはあるまい、と思っていたのだがね。先程言った、匿名の投書にそのような事が書かれていたんだ。そこで君の口から、真相を語ってもらえれば、私としても安心できると考えたんだ」
社長の言葉は、専務を庇うようで、その実、どういうことか説明しろ、と言っている。
「……確かに、彼女とは旧知の仲です。食事ぐらいには出かけたことはありましたかな。しかし、別に孫請け会社の社員と会ったことがあるからといって、それが不正だ、などと疑われるのは心外ですな……ああ、土屋君。ちなみに君はどんなふうに思っているんだ?」
俺の態度の変化に気付いた備前は、意見を求めてきた……もちろん睨み付けながらだ。
「そうですね……それだけ聞いて、僕が今までの経緯やディープシーソフトウエアのプログラムの価格や品質をふまえ、備前専務が異常な程推奨していることを考えると……大海原システムの社長がとても美しいと知ったあなたは、彼女に対して『自分の愛人になったならば、プログラムの発注がいくらでも入るようにしてやろう。形だけのものを納品すればいい、どこからもクレームは来ない』というようなことを言って関係を持った。そして、下請けであるディープシーソフトウエアには、『大海原システムに定期的に発注をかけろ。品質は問うな。その分上乗せして俺の会社に請求しろ。全部受注してやる、そうでなければお前の会社とは今後一切、取引を行わない』と脅した……そんな推理ができますね。それで全てのつじつまが合う」
俺はまったく恐れることなく、いや、逆に専務を挑発するようにそう言った。
「……貴様……」
備前専務の顔が、みるみる赤くなっていった。
「……社長、この男、テレビドラマの見過ぎで頭がおかしくなったようですな……そんな事があるわけないでしょう。匿名の投書、でしたっけ? そもそも、それに悪意を感じますな。それもこの男の仕業なのではないですか?」
やや語気を荒げて、備前は明確に否定した。
「まあまあ、私とてそんな正体不明の告発など、信用に足らぬ事は分かっていた」
「そうでしょう? さすが社長、確かな目をお持ちだ」
備前の表情にやや余裕が戻り、そらみたことか、と、見下すように俺の方を睨んだ。
「……しかし、昨今のSNSブームなどを考えた際、そのような出所不明の噂が広まっても困るのでね。君には申し訳ないが、興信所を使って真実を調べさせてもらった」
「……興信所、ですと?」
社長の言葉に、備前は明らかに狼狽した。
「そうだ。その結果……残念ながら、君と大海原システムの女性社長は、不倫関係にあると結論付ける報告書が上がってきた」
それを聞いた備前は、しばらく返答ができなかった。
しかし、今度は開き直ったように、
「……確かに、私と彼女との間には恋愛感情が生まれ、世間一般で言うところの不適切な関係になってしまったことは認めましょう。しかし、このことはウチの家内も知っている。まあ、あれはそのような事には寛大な性格でしてね。好きになってしまったものはしかたがない、とまあ、こんな感じですよ。だから、これは純粋に個人的な問題です。会社とは関係無い。そもそも、このような場にそんな話題が出されること自体、心外ですな」
と、明らかにいらついた様子で弁明した。
「ならば、土屋君が先程言った不正などはあり得ない、と?」
「当然です。とんでもない濡れ衣だ。これだけで、彼が懲戒委員会にかけられるだけの材料になるのではないでしょうか」
備前専務は、この期に及んで反撃に出てきた。
「ふむ……しかし、我々の調査では、そうとも言い切れないのだがね」
「……と、言いますと?」
社長のとぼけた返答に、備前は困惑している。
「……虹山君、先生を呼んできてもらえるかな?」
「承知しました」
虹山秘書はそう言って一礼すると、一旦社長室から出たが、ほんの十秒ほどで、もう一人、男性を連れて帰ってきた。
四十歳ぐらい、がっしりとした体格の男性だ。
高そうなスーツに身を包み、黒縁の眼鏡が知的な印象を与えている。
「……南谷先生……なぜあなたが……」
備前は驚愕の表情だ。
「いや、今回、調査を進めるうちに、少々面倒な話になってきたのでね。顧問弁護士である彼に、仲裁に入ってもらう事にしたんだ」
「……仲裁、ですって? 一体、なんの?」
「それをゆっくり話してもらおうじゃないか……さあ、南谷先生、どうぞおかけになって、ご説明をお願いできますか」
社長に促され、弁護士の南谷先生は
「はい、では、失礼します」
と一言述べて、俺の隣に座った。
「……まず、結論から申し上げますと、大海原システムの大海原麗子社長は、備前専務、あなたを告訴するとおっしゃっています」
「……告訴、だと!?」
備前専務はその言葉に衝撃を受けたようで、立ち上がって大声を上げた。
「そうです、告訴、です。あなたに、『俺の言うことを聞かなければ、下請け会社に圧力をかけて、お前の会社への発注を全て止める。しかし、言うとおりにするならば、適当なプログラムを作るだけで、最低でも年間三千万円の仕事を回してやる』と脅され、不倫関係を強要され続けた、とのことです」
「……ばかな、デタラメだ……」
備前はそう否定するものの、真っ青になっていた。
「いいえ、残念ながら本当です」
「……これは何かの陰謀だ……俺を陥れるための……証拠……そうだ、なにか証拠でもあるのか?」
「いくつもありますが、そうですね……大海原社長から借りてきたこのボイスレコーダーの内容でもお聞かせしましょうか」
南谷弁護士はそう言って、再生した。
そこには、
「もうこんな関係終わりにしたい」
と言う女性に対して、
「なにをバカなことを言っているんだ!? 俺のおかげで、どれほど利益を得たと思っているんだ! 俺が本気で動けば、今までの受取額に見合わないプログラムしか納品していなかったとして、損害賠償を請求することだってできるんだぞっ!」
と怒鳴る、備前専務の声が録音されていた。
女性が泣きながら
「そんな……約束が違う」
と反論すると、
「先に約束を破ろうとしているのは、麗子、お前だろう? もう、お前は俺のいいなりとしてでしか、生きていけないんだ!」
と、罵詈雑言を浴びせていた。
言葉を失う備前専務。
「なんて卑劣な……」
今まで無言を貫いていた虹山秘書も、思わず声を漏らした。
「あと、この告訴の話を、ディープシーソフトウエアの深海社長にしたところ、『自分も備前専務に脅され、仕方無く大海原システムに発注をかけていた、我々のソフトが割高なのは、その分が盛り込まれていたからだ、全部備前専務の指示だった』という意味の証言をしてくれました。必要であれば、告発状も提出する、とおっしゃっていました」
南谷弁護士の澱みのない発言に、備前は
「……あいつら……」
と一言だけ漏らし、呆然としていた。
数秒間そのままで……しかし、突然何かに気付いたように、ギロリと、俺を睨み付けた。
「……貴様か……貴様の仕業か……」
呪詛のようにそう呻いた。
それに対して、俺は黙って、睨み返した。
「……貴様は……たかが平社員の分際で……この俺を……」
「……ええ、確かに……僕は、たかが平社員です……しかし、僕は……いえ、僕達は、正義です。そしてあなたは、倒されるべき悪だ」
「……なんだと!?」
俺に思わぬ反撃を受けて、備前は一瞬、怯んだ。
「……僕は一人ではなかった。共に戦ってくれる仲間がいた。上司の叱責にも、他部署からの嫌がらせ、モラルハラスメント、時にはセクハラや、パワハラにも、耐え、忍び、励まし合い、時には立ち向かった。そんな戦友達との絆は、深く、何よりも強い。権力を笠に着た、あんたのようなやり方ならば、一見味方になったと思えても、そんなもの、少し風向きが変われば簡単に崩れ落ち、そして裏切る。今回の事がそれを証明している。備前専務、もう一度……いや、何度だって言う。俺達は正義で、あんたは悪だ。そしてあんたは、たかが平社員の俺達に負けたんだ、完膚無きまでに!」
「……この俺が……負けた、だと? たかが、平社員ごときに……」
備前は、呆然と立ち尽くしていた。
「……備前君、この話を、我々だけで処理し、役員会にかけようとしていないのは、これまでの功績に免じての、せめてもの情けだ。大海原社長も、君が我が社を去って、これ以上関係を持たなくても良くなるのならば、告訴は取りやめると言ってくれている。深海社長も、今後は適正な価格のプログラムを提供すると言ってくれている……君が自発的に責任を取るのであれば、それで全て丸く収まる。しかし、そうでないならば、私は容赦しない。懲戒解雇、そして損害賠償ということになるだろう……辞表を提出したまえ。三日以内に、だ」
社長のその厳しい一言に、備前は、ソファーに崩れ落ちた。
その様子を見た俺は、これまでの鬱憤が霧散した思いと、完全勝利を収めた歓喜、そして仲間達への感謝の念で、涙が溢れそうになるのを必死に堪えながら、心の中でこう叫んだ。
(……滅殺完了!)
※次回以降、仲間達への勝利の報告、そして創作の世界でのパワハーラとの最終決戦が待っています。
※冒険は今後も続く予定です。




