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月夜 (現実)

※今回も土屋視点の現実世界です。

 その日の午後八時、会社の近くの洋風居酒屋で、祝勝会が開かれた。

 参加者は、俺と美香、優美、そして瞳さんの計四人だった。


 すでに七月に入っており、この日は天気も良かったので、この時間でも気温は高めだ。

 その分、女性達の私服も薄着で、それだけで俺はドギマギしてしまう。


 美香は、白いレースのブラウスにデニムパンツのボーイッシュな格好で、ショートカットの整った顔立ちによく似合っている。


 瞳さんは黒のインナーにフェミニンなワンピースと、シックな雰囲気で、まさに美人女子アナそのものだった。


 そして優美は、白にドット柄のワンピースをすっきりと着こなしており、その細い体躯とセミロングの綺麗な黒髪によく似合っている。

 さらに彼女が童顔であることも手伝って、ちょっと大人びた美少女、という感じだった。


 これに対して俺は普通にジーンズと黒のTシャツの上に、モノトーンのシャツと、結構頑張った方だが、やはりこの美人三人と一緒に入店すると、ちょっと浮いてしまう。


 実際、いろんな意味で、かなり注目を浴びてしまっていた気がする……。


 その後、一番奥のテーブルに案内され、それぞれドリンクを注文する。

 俺と瞳さん、美香は最初は生ビールだったが、優美はビールは苦いので苦手……というか、まだ二十歳の彼女、お酒自体あまり飲んだことがないとのことで、瞳さんのお勧めで、カルーアミルクを注文していた。


 優美が店員に年齢確認をされたのには、みんなで苦笑いをしたが。


 飲み物が揃ったところで、クレーマーを撃退したことに対して乾杯し、祝勝会……というか、女子会に俺が紛れ込んだような飲み会が始まった。


「あ……これ、おいしい!」


 カルーアミルクを初めて飲んだ優美、かなり気に入ったようで、すぐに飲んでしまい、おかわりを注文していた。

 決してアルコール度数が低いわけじゃないのに、大丈夫だろうか……。


 料理もオシャレでおいしく、普段忘年会なんかでよく行く格安の居酒屋とはまったく異なる雰囲気だった。


 みんな、ほろ酔いになった頃に、俺は酒のつまみのように、彼女たちの話題にされた。


「土屋君、彼女とかいないの?」


「いえ、いないですよ」


「どうして? 結構カッコイイのに……ひょっとして、三次元の女の子に興味ないとか?」


「あははっ、ツッチーならあり得るね」


「ええっ? 土屋さん、そういう趣味だったんですか? ……でも、最近はちょっとオタク系の人って、人気なんですよね。純粋な人が多いって」


 みんな、好き勝手な事を言っているが、なんか悪い気はしない。

 うっ……周囲の、特に男だけで集まっているテーブルからの視線が痛い……。


「あと、ツッチー、もうちょっとだけ仕事にやる気出してくれたら、もっと評価上がるのにね……」


 美香が説教っぽくそんな事を言ってきた。


「うーん、まあ、自分でもそれは分かっているけど、なんか今の仕事、苦手なんだ……」


「そっか。人見知りするタイプだもんね……」


「へえ、美香ちゃん、土屋君のこと良く知ってるんだ……高校の時からの同級生、だっけ?」


「えっと、正確には高専からです。パソコンとか、プログラムとかの知識はすごくて……やっぱり、ちょっとオタク系、かな?」


 美香の余計な一言に、また笑いが漏れた。


「そっか……前はシステム開発部だったわね。でも、たしか備前専務に悪い意味で目を付けられちゃったんだよね……それは運が悪かったって思うしかないね……」


 瞳さんは慰めるように、そう言ってくれた。


「……備前専務、最近また猛威をふるっているみたいですね……松本部長、専務に退社させられたんでしょう?」


 美香が、小声でそう瞳さんに言った。


「……よく知ってるね……って、噂になってたもんね。そうらしいわ。まあ、あのプロジェクト、結構な損害出してたから仕方無いのかもしれないけど……あと、その下の人達も、結構地方に飛ばされたらしいわよ」


 恐るべし、備前専務。やりたい放題だ。


 この人こそが、今執筆中のラノベの中の、パワハーラ財前のモデルとなっているのだ。

 しかし正直な所、創作の中でさえ、彼を倒す有効な手段が思いつかず、作品の更新が進んでいなかった。


「怖い人なんですね……私、関わり合いたくないです……」


 ちょっと酔っている優美が本音を口にする。


「あはは、私達の部署は、今のところ仕事で直接関わることないから大丈夫。それより、もっと楽しい話しましょう!」


 美香が、話題を変えてくれたのだった。


 ……それから約、一時間後。


 カルアミルクを飲み過ぎた優美が、完全に酔いつぶれた。

 なぜか俺にもたれかかって、甘えるように抱きついている状態だ。


 半分眠っているような感じで、


「土屋さーん、私と結婚、してくださーい……」


 と、何度も繰り返している。


 俺も酔っていて、この状況、嬉しいことは嬉しいのだが、戸惑いの方が大きい。

 美香も瞳さんも、苦笑いだ。


 その美香にも、優美は可愛く絡んでいく。


「……あ、でも土屋さん、美香さんと結婚するんだったら、私はあきらめるかもしれないですー。けど、美香さん、抜け駆けはなしですよー」


「……あの、水原さん、大分酔っているようだし、もうそろそろ、帰った方が……」


「土屋さん、ダメです! 私の事も、美香さんみたいに、名前で呼んでくださいよー。私もツッチーさんって呼びますから……」


「……えっと、じゃあ、優美ちゃん、そろそろ……」


「だめです、呼び捨てがいいですーっ!」


「……優美、そろそろ帰ろうか……」


 俺がそう言うと、彼女は満面の笑みになって、


「いいです、今のセリフ! ドキッとしましたーっ! 大好きですーっ!」


 と、両手で抱きついて来た。

 う……周囲の男性客の視線が、殺気を帯びている……。


 しかし彼女、そのまま眠り込んでしまいそうになっていたので、予定より少し早いものの、ここで祝勝会はお開きとなり、家が近くの瞳さんはここで別れてそのまま帰宅、俺と美香、優美はタクシーで帰ることになった。


 そのタクシーの車内では、美香が前の席、そして俺と優美は後部座席でべったりとくっついていた。

 優美が住んでいるマンションに着くと、多少ふらつきながらも自分の足で歩ける彼女は、


「今日はすごく、すっごく楽しかったです、ツッチーさん、美香さん、明後日からまた仕事、がんばりましょーねっ!」


 とだけ言い残して、玄関先まで迎えに来た彼女の母親と一緒に、部屋の中へと入っていった。

 その際、彼女の母親に、少し飲ませすぎたことをお詫びすると、


「いえいえ、仲良くしていただいて恐縮です」


 と、笑顔でお礼を言ってくれた……いいお母さんだ。


「優美ちゃん、大丈夫かな……相当酔ってるみたいだけど……」


「特に具合が悪そうじゃなかったから、平気だと思うよ。お母さんと一緒だし……」


 と、そんな会話をして、待たせていたタクシーに再び乗り込み、俺のアパートの近くまで運んでもらった。


 そしてここで、二人とも下車。

 美香の家は、俺のアパートから歩いて五分ぐらいだったが、せっかくだったらそこまで乗っていけばいいのに、と言ったのだが、


「いーの。今日は何となく、ツッチーと一緒に降りたい気分だったから」


 と、妙に色っぽくそう言われたのに、少しだけ鼓動が高鳴るのを感じた。


「綺麗な月……きょう、満月なんだ……」


 彼女がそう言うので、空を見上げると、確かにまん丸の月が、俺達二人を照らしていた。


 俺のアパートは、少し入り組んだ住宅街の中にあって、そして目の前には小さな公園があった。


「ね、あのブランコに乗らない?」


 公園の中には、子供用のブランコが二つあるが、さすがにこの時間にいい大人二人がそれに乗るのは気が引けたので、


「美香、おまえも大分酔っているな?」


 と注意すると、


「もう、ケチね……なんか、気分もいいし、いい雰囲気になるかなって思ったのに……」


 そう言いながら、名残惜しそうにブランコの方を眺めていた。


 まだ夜の十時過ぎだが、閑静な住宅街のこの辺り、周りには誰もいない。

 公園の街灯がぽつんと点いている他は、月明かりが周囲を照らしているだけだった。


「……ねえ、ツッチー……」


「うん?」


 不意に、小柄な美香が、すぐ側で俺を見上げるように声をかけてきたので、その方向を見た。

 そこには、酔っているためか、わずかに頬を桜色に染めている彼女の、綺麗な顔があった。


 気のせいか、その特徴的な美しい瞳が、潤んでいるように見えた。

 そして彼女は一言、こう言った。


「結婚しよっか?」

※次回はこの続きとなります。

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